慶応3年8月20日―1867年9月17日 月曜日
弁天 - ダルメシアン
今朝の薩摩の船で京の情報を海援隊の沢村さんがもたらしてくれました。
その中で伍軒先生が自宅で暗殺されたと伝へてくれたことには驚きました。
沢村さんは吉田健三郎という若者を連れてきて「坂本さんからの紹介状もあるから横浜物産会社で使ってくれ。この男はからだが弱くて船乗りには向かぬくせに気が強くてな、陽之助もコタさんに預けて商売人にしようと長崎から呼び寄せたのさ。なんせ弥之助とは気が合わないので置いておけんのだそうだ」
「判りました、本人は武士よりも商人として生きることに満足できるなら、必ず一人前の商人に育ててみせましよう」
「よろしく頼むぜ」
「なにとぞ宜しくお願いいたします。寅吉さんのことは坂本先生陸奥先生からもお聞きして居りました。長崎より横浜で身を立てたいとお願いしたものです。ぜひともお引き回しを宜しくお願いいたします」
話は決まり、その場で笹岡さんに相談の上、元町で働くことにいたしました。
釜吉も抜けて小僧から手代に上げるほどの人材が居ないので、すぐにでも役に立つ人間が居ると助かるでしょう。
早速、信司郎が連れて元町に向かわせました、後は勝治が仕込んでくれるでしょう。
五軒先生は慶喜公の懐刀の原市之進さんで御座います、同僚に刺されたという以外詳しいことはまだ判らないそうでございます。
慶喜公が独断で幕府、朝廷を人が居無きごときに動かすのはこの人のせいとのうわさがささやかれていた事もあり、そのせいだと沢村さんは船の中で考えたと話してくれました。
坂本さんがここしばらくは長崎に居られることになりそうで、長州からは木戸さんもこられて、何か動きは早まりそうな雰囲気が漂いだしたという話で御座います。
パークス公使もこの時期活発に動き回り、長崎から大坂そして高知と積極的にゴーマー提督のバジリスクに移動を命じて動いて居りました。
アーネストは横浜に戻ることなく今は土佐で何事かを命じられたらしく滞在して居りました。
「もっとも龍馬さんのしばらくは当てにならんぜよ、神出鬼没じゃけん」
必要な物資を集めるためファヴルブラント商会にご一緒いたしました。
色黒の田舎侍と思しき人と話していたゼームスさんが「オオコタさんこの人は、越後は長岡の河井さんだよ」
河井継之助だ、寅吉はガットリングの継之助の話を、何度父から聞かされたことかと思い出しました。
見たところ風采の上がらぬ田舎侍のこの人が藩政改革、軍事改革を断行できたことに驚きを隠せませんでした。
「驚いているね、お前さんが会いたがっていた河井さんだよ」
「お初にお目にかかります、虎屋の寅吉と申します。お見知りおき下されて、お引き立てを下されば幸いで御座います」
「知ってるよ、幸民先生からも聞いてるし、肥後守様にお目に掛かった時も話を聞いて大倉屋にも行った、そこで話は聞かせてもらってるよ」
土佐の沢村さんと紹介をして互いに挨拶を交わしたところで、ゼームスさんが話しに加わりました。
「例のガットリングを入れる話を聞いて来て下さったんだよ。後払いとブリュインさんに便へたらこの間三台だけ送ると連絡が来て、10月末のコロラドに間に合わせて入ることに成ったんだ。その話を大倉屋にしたら、この河井様が三台買いたいが幾らだという話なので一台七千両と話したら、買いきれないというので交渉中なんだよ」
「其れはそうだ、one second180発は魅力だが弾をone hour撃つと一万発以上消費してしまう。10日間の間、一日五万発消費すると五十万発だ。その弾を買うのに此処では一万五千ポンドだというじゃないか、冗談じゃない弾を買うのに三台分確保すれば、百五十万発四万五千ポンドだ十一万二千五百両など出せる訳ないだろう」
「では、河井はガットリングの値段ではなくて弾の補給のことで心配しているのか、七千両は弾が二万発付いての値段だよ」
「そうだ、二万発では話にならん、銃があっても弾の補給が出来なければMinieのほうがましじゃないか。この間EnfieldにSniderを大倉屋からそれぞれtrois section分、三十六挺ずつ買い入れたが弾の補給は毎月三万六千発六ヵ月分の納品を引き受けてくれた。しかし此処では五十万発は年内には約束できんというではないか、それでは困る」
「コタさん何とかしてくれよ、値段も補給も俺ではどうにもならん、スネルもお手上げで仕事に戻ってしまって、どのようにすればいいのか話がまとまらんのだよ」
しばらく考えさせてくれと断り、茶を飲む間考えてみました。
「亜米利加の売値は1000ドル750両、送料に150両として合計900両、三台で二千七百両、一台残っても支払いには困らないと、長岡藩で一台故障しても直しが効くには二台買ってもらうか」と考えがまとまり、前のリンネル薬莢からリムファイアーの銅でケースに入れられたカートリッジを使うやつを送るとブリュインさんは言ってきていたしそれでいこうと決めました。
「ゼームスさん1865モデルに間違いないか手紙を見てください」
「これがそうだよ、間違いないが確認してくれ」
手紙を確認して金属薬莢の使える1865年モデルと言う事もカタログで確認しました。
「いかがでしょう、ガットリングを二台で八千両、弾を十万発で七千五百両、あわせて一万五千五百両これでガットリングがきたときに現金または三井の手形でのお支払いくだされば結構です、新潟開港のあと同地でスネルから後三十万発の弾を受け取るということでは」
「弾が倍はほしいところだが、四十万発の弾が手に入るならそれでもいいが、弾は何時になる」
ゼームスと話し合って慶応三年十二月七日の開港日に二十万発、年内は無理でもひと月以内に残り十万発を間に合わせることになりました。
「さすが寅吉は情報屋と言うだけのことはある。新潟開港日と銃弾の納品日を計算して集められると結論を出すのが早いな、あと十万発ほど2月までに入れられるのか」
「わたしが請合います、ジョンヘンリーにも連絡して必ず納入いたさせます。ゼームスさんそれなら入れられるだろ」
「そのくらいの余裕があれば大丈夫だよ、助かったよ、コタさんのおかげで二台売れればブリュインさんへの送金も楽になって弾を買い入れるのに安く供給できそうだ」
「ウ、それなら弾はもっと安く買えるのか」
「エッ、そんな事いいましたか」
「何を言うのか、今安く供給できるといったではないか」
「日本語の言い回しがうまく言えないが、コタさんの言った値段は十分安いですよ。普通は1ポンドで三十発が通り相場ですよ」
「10ポンドで三十三発くらいしか安くないではないか」
頭の中で計算するのか、あらかじめ調べてきているのか判りませんが、虎吉も驚くくらい切れるお方で御座いました。
悩んでいたゼームスさんが「同でしょう、亜米利加でSniderに改造された銃が有るのですが、其れを取引していただけるなら弾は十万発で七千両に値下げいたします」
「さすれば二千八百ポンドであるな、1ポンドで三十五発以上か、もう少し粘りたいがいいだろう、それで買い入れようではないか」
「それでSniderの改造のほうは幾つ買い入れていただけますか、ボストンでEnfieldをSniderに改造したものです。Springfieldでは有りませんから命中精度はよろしいですよ」
商談がまとまったゼームスさんは言葉遣いも丁寧になって居りました。
「品物はあるのか」
「有りますよ、今でも倉庫には五百挺ありますよ、ほかのものでもよければCarbineもありますよ」
「単発か連発か」
「両方あります。単発はStarr CarbineとSharps Carbineです。連発は数が少ないですがHenry Repeating
RifleとSpenser Repeating
Riffleです」
「ヘンリーというのは単発の英吉利のもあるのか、値段と今ある数を知りたい、其れと銃弾の種類とそろえられる数も知りたい」
「英吉利のMartini Henry
Rifleは高すぎて手が出せません。うわさでは100両ほどするようです」
「其れはうわさだけだろう、実際にベール商会で値段を聞いて来た者は居るが、英吉利ではそんなにしている筈が無いと大倉屋では言っていたぞ」
大倉屋さんに入れた銃を見たらしく値段も調べがついている様子で御座いました。
「Starr Carbineは四十両です、口径は557、Sharps Carbineは三十八両で口径は52です。Henry Repeating
Rifleは六十両で口径は44、Spenser Repeating
Riffleは二十八両で口径は50です」
「口径が同じものが無いのかそれでは同じものしか買えんな、同じ連発なのになぜスペンサーはそんなに安いのだ」
「コタさんのおかげですよ、中古をだいぶ安く入れられたのでこの値段で出せます」
「新品ではないのか」
「新しいのは倍位に値段を出してもらわ無いと無理ですよ」
「そんなにはだせんよ、Henry Repeating
Rifleは幾つある」
「今うちには10挺ですがすぐにでも入れられますよ」
「とり合えずその十挺が欲しい、弾は幾つ分けてもらえる」
「調べてみます」
帳面を見てロット番号を便へて出してきました。
弾は二万発ありました。
「銃が600両、弾は1600両で二万発の合計2200両」
「高い、それではだめだ、二千両なら今日三井の手形で払う」
焦ってベリュウさんのところへ人を走らせ、エドワルドが居たら来る様に便へました。
「どうしました、ヤァ、コタさんもいる所をみると値切られているね」
「俺は関係ないよ、ゼームスに聞いてくれ」
二人で相談していましたが、話がついて握手をして河井様は手形を差し出して確認させました。
「ありがとう御座います、この銃はどのように致しますか」
「家中の物が近くまで来ているから、夕刻までに馬に乗せられる程度に荷造りを仕手置いてくれ。また出直して引き取りに来る」
互いに挨拶をしてお別れを致しました。
外で手招きをするので出ると「Henry Repeating
Rifleはコタさんも持っているそうだな。大倉屋に任せるから三十挺ほど別けてくれるか」
Henry Rifleの亜米利加の分と言う事も、同じhenryのイギリスのRifleと言う事もわきまえておられましたので、Henry repeating
rifleとMartini Henry
Rifleの両方を持っている事もお伝えする事にしました。
「判りました、用意しておきますから、大倉屋さんを通じてお願いいたします。それからMartini Henry
Rifleは入荷している事もご存知のようですが」
「大倉屋で聞いたよ値段もな、自分で直接売り込まないと聞いたとおりだな、自分で売れば儲けも多いのに変ったやつだ。これからも必要なものは大倉屋かファヴルブラント商会とスネル商会に頼むからよろしく頼むぜ」
「かしこまりました、お役に立てることはどしどしとお申し付けくださいませ」
店に戻り沢村さんのほうの用事に取り掛かりました。
寅吉には今年になって、まるで鉄砲屋になったようだとしみじみ感じるのでした。
「俺も人が悪いな、新品のWinchesterが入るのに中古のHenry Rifleを売る約束を平気で出来るんだからな。しかしジジのときより兵士に犠牲が多くなりそうなのは気が重いが、安っぽい旧式銃で戦わせて一方的にぼろ負けでは可哀想だからな」
ゼームス・ファヴルブラントさんと沢村様の取引も終わり、行くところが有るという沢村様と別れてマックの店に行きました。
Henry repeating rifleはこの間は十挺しか入っておらず其れはエドワルドにまわし、改めて10日の船で着いた分の六千挺余りのなかにあったものを三十挺ずつゼームスさんと分ける事にしたものです。
すぐに二十挺は売れたようで最近のゼームスはスネルと共に武器の売り上げは大きくなっています。
Infantryは改造Sniderをゲルルさんが二千五百挺、ゼームスさんが千五百挺と分てけ、残り六十六挺を直接大倉屋さんが引き取りました。
もっともファルブラント商会経由として少しは儲けさせる事も忘れない寅吉でした。
Spenser Repeating Riffle百五十挺も入っていたので、其れもゲルル商会の倉庫に預けてあります。
陳君が相変わらず店をきれいにしていてお茶の箱の荷造りに忙しそうでした。
「忙しそうだな」
「そうですよ、最近目方をごまかそうと乾燥をいい加減で持ち込む商人が居るので、立ち合せて乾燥させてから目方を量らなければ買い付けないと、裏で乾燥機まで回していますから休む間もありませんよ」
裏で乾燥機の番をしていたマックとお茶を飲みながら物騒な話をいろいろしてみました。
「其れでコタさんはまだ銃を入れる手伝いで忙しいのかい」
「そうだなあと一年は動きが読めないくらい忙しそうだ、其れでSniderのショートライフルは何時頃到着するんだよ」
「もう来る頃さ、例の株券は12000ポンドになったそうだぜ、前のときに売らなければBigな儲けになったな」
「そんなにうまくいくかよ、あれからまた五倍近くになるなんて驚きだぜ、最初の投資は500ポンド、途中で2500ポンド手に入れて合計14500ポンドだからな」
「15ヶ月で14000ポンドか、いまさらながらすごい金額だな」
話は大きいのですがマックも虎吉もその金を実際に手にしたわけでも無いので実感が沸かないのでした。
「どうしてShort RifleはMartini Henry
Rifleで無い方がいいのかい」
「軽いし、旧式になるというので安いからさ」
「そうか、弾の補給も上海でも間に合うから楽か」
「そうさ、改造のスナイドルのあるところでもいいし、スナイドルの新しいものを買ったところでも、同じboxerを使えるからな」
「Martini Henry
Rifleだがコタさんはよくないと見たかい」
「あれならWinchester のほうがいいよ、向こうのほうが安いしなんといっても連発だから百挺もそろえたら最強さ」
「本当に買い入れるのかい」
「五百挺おくるように金も先払いしたよ、9月の末には入ってくるとさ。それとこの間のSniderはすぐに売り払ったし、ほかの銃も今は全部つけも無いよ。あとは金の回収だけだからどうって事は無いさ」
「弾の補充は俺のほうはboxerだけでいいか」
「弾は亜米一と英一で入れて此処に卸す分もしばらくは預かってくれよ。金はこの間預けた2万ポンドから支払っておいてくれよ」
「いいぜ、面倒ごとはコタさんがやるし俺は金のやり取りだけだから、損も無いし楽なもんさ」
茶が十分乾燥したらしく大勢人が出てきて庭に広げて醒ましております。
「俺はこっちもただの番人でいいし、これでふとっょにならねえのが不思議なくらいだ」
若いときからすらりと背が高く、スポーツマンらしい肩幅の広いマックはゴーンさんとは対照的でした。
ゴーンさんも日本人から見れば背は高いのですが、最近は腹も出てきてメアリーに少しは呑むのを控えろとがみがみ言われております。
書付を事務所から持ってきて「これが例のSnider Riffleの値段だそうだ。荷を乗せる前の船で届いたぜ、10日後にリバプールを出るそうだからもう直に着くだろうよ。そうするとCarbineと同じ頃に着くかな」
Snider RiffleはShort Rifleもあまり安くないようでした。
「Martini Henry はグラバーのところで入れたらInfantryが18ポンドでCarbineが17ポンドだぜ、Sniderがこのあいだ9ポンドで今回のShort Rifleは8ポンド10シリングだろ。半分だぜそれで新品が来るんだから安いもんさ」
「手紙だと銃の製作所も部品を使いきれるし大助かりだそうだ、中古は本国にはあまりないそうだぜ、インドにはまだ新式銃が渡ってないのでアフリカでも探さないと無いそうだし、アメリカのあまり物はポートサイドでも探すしかないそうだ」
「いいよ、マックのところでは中古まで探さなくてよ。ブリュインさんのAgentが探し回って中古はゲルルさんの所へ俺の名前ではいることだし、あとはスネルが引き取っているからマックは新品だけ扱えばいいさ」
「俺も中古のガラクタはいやだから扱いたくないし、コタさんが頼んだらやってもいいかと考えたが、コタさんがいいというなら、無理に手を出さなくてすむから、奇麗事を言っていられるよ」
五百挺のSnider Short
Rifleの価格は4250ポンド銃弾が四十万発で6600ポンドでした、送料込みなので銃弾のほうに其れが掛かっているようですが、ほかの業者がジャーディマジソンから入れるのは1ポンドで50発が平均価格でした。
スミス商会に預けてある金高は株券の売却のあとで2万5千ポンドになっていましたので、まだ1万4150ポンドも残りました。
その話をマックにすると「不思議だよな、どうしてそんなに金があるんだろうな。この間から買い物もすごいじゃねえか。儲けも多いから買っても買っても増えるということかよ」
「其れよりもな、銃弾を亜米一や英一でもほかの業者に卸すより安く出してくれるし、マックのとこでは本店の手数料だけで、別勘定にしてくれて儲けないから、それでずいぶん利益が出ているのさ。俺が仲介すれば安い銃と銃弾が買えるからスネル兄弟や、ゼームスさんとベリュウさんの三人は俺の仲介とブリュインさんから殆ど買い入れているから、そっちでも儲けが出るのさ。ブリュインさんは律儀にスネルたちの分も俺にコミッションをくれし、銃の支払いもスミス商会のボストン支店がやるから、ブリュインさんも現金で買い漁れてまた安い銃を集められるのさ。ほんとにお前さんの伯父さんと従兄弟には感謝しているんだぜ」
「だってよ、このまま行けば俺だって大きな戦が起きそうな物騒なことぐらいわかるぜ、俺の家系はもともとVikingだが、今の英吉利と仏蘭西は影でロスチャイルドに操られているだろう。其れを日本で二つの国を争わせてその反映をヨーロッパに持ち帰るんじゃねえかと従兄弟のMathewmoも心配しているのさ。あいつらの資産には太刀打ちできなくても江戸を救うために金を集めたいというコタさんに、俺もMathewmoも協力しているのさ。ただそのために戦う兵士が旧式の銃で新式銃の兵に太刀打ちできないから、せめて少しだけでも良い銃を持たせたいというのが少し不安だ、戦が長引きはしないかな」
Mr.John Mac Hornの従兄弟はヘンリー・マシュー・スミスと言う名でセカンドネームがあるのが家の特徴と聞いた事があります。
ヘンリーマシューという事もありますが単にMathewと書いたりMathewmoとmoと続ける事もあるので聞くと此方が正式だという事でした。
Mr.Henry Mathewmo Smithとは母親が姉妹だとも聞いた事がありました。
「俺が踏ん張っても北の方の大名達はミニエー銃を買うのが精一杯さ、向こうさんは金がねえし、付けで買うほど物産を担保にも出来ないしな。金が出来そうなのは越後あたりと庄内付近かな。其れと大きな戦になるとすれば、フランスの士官が煽って蝦夷地になるだろうと先生も俺も予想しているのさ」
先生と叛乱の兵を蝦夷地まで行かせて戦わせるという作戦は、寅吉たちが習った維新戦争で五稜郭の戦いが一番の激戦だったと教わったからでしたが、其こまでは言う事が出来ません。
坂本さんも生き残ったら蝦夷地の開発をしたいと普段から周囲に話しておられます。
「仙台はどうなんだ、ハードに居た星が銃を買い付けていたそうじゃねえか」
「ヴァンリードに儲けられたのさ、あいつ彦さんや吟香さんが付き合うから仕方なく取引をしているが俺は信用してねえよ。来月にはサンフランシスコから帰ってくるだろうが何を仕入れてきてどうするか目を光らしてくれよ」
「そうしょう、どうせ南軍のあまり物をIndianからだまくらかして集めて売るだろう」
「オイオイ、マックだって油断がならねえやつと見ているじゃねえか。俺は其れとこの間コロラドに乗った二人のクララ先生の教え子が心配さ。ヘボン先生は大丈夫だといっていたがクララ先生なんぞ夜も眠れねえと心配しなさっているぜ」
「クララ先生は英吉利に信五郎が行ってしまったし、今度は和吉に六之助だろ、町の者も3人が居ないとさびしいと言っているぜ」
クララ先生の所で学ぶ少年達は町の人気者でしたし信五郎君こと董少年はことのほか居留地の奥様たちには人気がありました。
後で知った事ですが二人の留学資金はMr.VanLeadが預かり、船室は三等に入れられて大分苦しい旅だったのを富田先生が何くれと無く面倒を見たそうですが、和吉君は呑んだくれていて船の中からふて腐っていたそうです。
彼の苦労話は有名ですが、寅吉がいたあの時代の少し前には総理大臣にまでなっているので、苦労が人間を育てるといっていたジジの言葉が思い出され、寅吉は手助けをしない事にしたのでした。
お茶の売り込み商人とも話がついたらしく、後は陳君に任せてマックと二人で13番のスミスベーカーへ出かけました。
藤吉は運良くいて三人でお茶を飲みながら最近のお茶の事情や各地の様子などを話すのでした。
平専から此方に移り、今では立派なお茶商人として、Smith Baker
Companyでは無くてはならない人間になりました。
その後28番に周りベル商会で新しいカタログを見て注文をしてから元の36番に戻り、昼抜きだったのでハイティーと洒落込みました。
陳君のかみさんの作るサンドイッチは卵や野菜などにハムが挟んであり、寅吉が子供の頃のものよりうまいもので御座いました。
「此処はいい料理人がいて幸せだ」
「ほめてくれるのはコタさんだけ、うちの男達はやれ塩が多いだとか、胡椒が足りないとかその日の気分で文句が多くて困る」
「男なんてそんなものさ、怒鳴って我慢しろといえばそれでOKさ」
「コタさんよ、何時もどなられているよ、朕君などそれで口ごたへなどできなくなるのはいつものことさ」
そうは言ってもうまいものが食えるのでこの家では外で外食するのは、マックをのぞけばいないようで御座いました。
千代が探しに来て大倉屋さんが何時もの旅館に入って、夜の食事をどうかと都合を聞きに来たので其れを機会に弁天町に戻る事にしました。
倉の屋で喜八郎さんと時間を決めて迎えに来ることにして、河井様も横浜に来ていることを話しておきました。
「だが、何処にいるか聞くのを忘れたぜ、夕方にファルブラント商会に行くとは言っていたが其れまで何処にいるかわからねえんだ」
「ハハ、コタさんでも情報漏れが有るのだね、河合様は此処で泊まっていなさったよ。もっとも私が此処にしなさいと紹介しましたがね、それでさっきまでお話をしてから横浜物産会社のほうに都合を聞き合わせに行きましたのさ。今は昼寝をなさっていますよ」
では後程といって寅吉は虎屋のほうに千代と向かい、角で蓮杖さんに捕まり長話のお付き合いを致しました。
最近飼い始めた犬の話しです、ダルメシアンを飼い始めたそうです。
前々から欲しかったそうで、やっと二頭仔犬を手に入れたと側にいた仔犬を抱き上げて頬づりまでしてご機嫌でした。
まだ黒い斑点が浮き上がるほどではなく、最初は白犬かと思ったそうです。
寅吉に山手の家ではダルメシアン(Dalmatian)とポインター(Pointer)にイングリッシュ・フォックスハウンド、(English
Foxhound)それにビーグル(Beagle)まで居りました。
父がよくこのビーグルは俺が生まれる前からこの家にいた犬のひ孫だと訪れる人たちに自慢をしていたのを思い出しました。
そうすると俺が何処で手に入れて飼っていたと言うことかと、思い当たるのでした。
「ガイが飼っているやつがそうかもしれないな、エイダがお気に入りで今は六頭もいるから俺がそのうちのどれかを貰い受ける事になるかな」
そう思うとこの維新の動乱が終わったら犬と遊ぶのもいいかもしれないと思いつき、蓮杖さんのダルメシアンを見る眼も優しくなるようでした。
「だめだよ、そんなものほしそうな目をしてもやらねえよ」
その声に昔の家の犬たちと散歩した日々を懐かしく思い出すのでした。
「今は忙しくて自分で面倒を見られないから飼いたくても無理さ、もう少し落ち着いたらどこか庭でも広く取って飼うのも良いなと考えていたのさ」
「そうか、また遠くを見るような眼をしたり、犬を見る眼がやさしくなったりと変わって居たんでな」
蓮杖さんはさすが写真家らしく人の目の中まで覗けるようでした。
子供の頃、犬を呼ぶのに伊勢佐木のあたりの大人は「かめかめ」と呼んでいましたがこの時代まだその様に呼ぶ人を見た事がありませんでした。
馬車道を午後の便の馬車が江戸から戻ってきました。
コブ商会のRaymond Markが考えて六郷で折り返しということにして、江戸も芝から六郷まで、川渡しは特別仕立てで渡り、馬車を乗り換えて芝まで片道二刻あまりで行くので朝の便で行くと神田には2時ごろには入れました。
朝八時発と午後二時発の便が有りましたのでこれが走り出した月初めから急ぎは乗って良いということにして連絡員には乗らせだしました。
片道二ドル(壱両二分)というのは大変な料金ですが時間を買うと思えば仕方の無い料金でした、これまでも公使館などの公用馬車が江戸と横浜を走っていましたが、六郷で船にのせるのに時間が係り大変な事でした。
虎吉も三回ほど利用して「なるほど容が心配したように揺れが無ければいいもんだが、なれるまでは大変だ」と思うのでした。
「ほらほら、また遠くを見てるな」
「あの馬車さ、ゆれが少なければいいが、時間が早いだけで揺れはひどいし、金は高いしな。道がよければ片道2時間で走れるとマークは言ってるがまさか江戸まで石畳にする訳にはいかねえだろうし、街道は人も多いからあまり飛ばされると事故の元だとかを考えていたのさ」
「俺もやろうと考えてるが、コタさんも金を出しなよ」
「金を出すのはいいが、許可してはくれねえだろう。あれは異人たちのために必要だとパークスや、ロッシュがじかに将軍様に掛け合った成果だそうだぜ」
「そうなんだよな、俺たちではだめだと返事が来たんだよ」
「なんだもう申請してみたのか」
「神奈川奉行所でだめなら俺たちも将軍様まで直に頼んでみるかとは、酒のつまみに言ってみても、まさか直訴する事もできねえよ」
「時期が来れば出来るようになるさ、其れまでに馬の世話や馬車のdriverを仕込んでおく事さ」
「おっとしめた、コタさんがそう見るならできるのは間違いないな。このDalmatianも馬の前を走らせて道を覚えさせるのが目的だ」
蓮杖さんは幌なしの二人乗りの前を走る犬を見て、そう思いついて買い始めたようで御座います。
「コブ商会は八人乗りだがあの馬車を阿蘭陀九番フライ商館では百二十両でうけをったそうだぜ」
「そんなにするのかよ、一日二往復で壱両だと全て埋っても三十二両だぜ、二百四十両稼ぐには大変な騒ぎだな。思ったより儲からねえか」
「よせよ蓮杖さんは儲けを欲張りすぎだよ、半分埋っても十六両になるぜ四百両かけてはじめても一月で元が取れるぜ」
「エッそうなるか、厩とかそのほかで大分掛かると踏んだが本当だ、それじゃコブの半分にしても十分儲けが出そうだ、六郷あたりの茶屋と契約して馬の世話や客に茶を振舞っても二月で儲けになるか」
「其れより馬だって馬車を引く訓練をしなけりゃだめだぜ、俺の石川村の方の牧場の与助さんにでも頼んで博労も雇う事にしときなよ」
「オイオイ、やる事はたくさんありそうだな、江戸にもどっか待合の場所も確保しなきゃいけねえしコタさんが一枚噛んでくれねえと話が頓珍漢になりそうだ」
「仕方ねえナァ、場所や人なども含めて考えておくから丸高屋さんや太四郎とも相談してどこかで与助さんも読んで話し合おうか」
「頼むぜ出来るだけ早く頼むぜ」
「気が早いな、蓮杖さんは暇なのじゃねえのか、俺のcameraも帰ってこねえところを見ると弟子たちに仕事をさせてこうして無駄話で俺や客を待たせておくんだろう」
「ばれたか、天気のいい日には急ぎの客から割り増しを取って、焼き付けるまでこうして笑わせて待たせるのさ。今日は曇りでだめだからコタさんが良いお客さ」
側で聞いている千代など笑いが止まらぬほど冗談ばかりのような蓮杖さんの話は延々と続きます。
「まったく、それだけ儲かるなら俺のCameraは買ってくれよ。大坂では一台二十五両で二台売れたが、一台はアーネストが持ち歩いているし、あいつと来たらガラスが足りねえから至急送れなんといいやがっていい気なもんさ。蓮杖さんだっていい加減買ってくれるか帰してくれよ。俺の手元には一台も無いんだぜ」
「おっと、とんだ火の粉だ、そういうなよその分埋め合わせはするからよ。穂積屋が良いやつを持ち帰るか最新式をコタさんが買い入れたら、そのときは必ず買い入れるからよ」
まったく蓮杖さんには困ったおっさんとしか言いようがありませんでした。
野毛に向かう道すがらビーグルから思い出したのはダーウィンでした進化論とはどういう話だったか詳しい話を覚えておらず董君は英吉利に着くとすぐに本屋を巡り歩き自分用と寅吉が簡単にメモをした本を探してくれていました。
種の起源は英吉利ではだいぶ批判的だそうです。
野毛で風呂に入り着替えてから千代を待って倉の屋に喜八郎さんを迎えに行きました。
「今日は清国の料理を付き合ってください」
「ほう、良い店でもご承知ですか」
「ハア、前々から何かと付き合いのあるものが店を開きまして、行くいくといいながら中々顔を出せませんでしたので、良い機会なのでお誘いいたしました。今日は私どもの店の義士焼に茶店などの支配人も越させますのでお見知りおきください」
まさかお怜さんが支配をして切り回しているなど知らない大倉屋さんに、逢わせるのが楽しみでございます。
片方は姉とも頼む片腕、方やこの間義兄弟となろうと話した間柄、二人は姉と兄なのだから合わせるのに不都合ではないはずで御座います。
珠海老という店は良い腕の料理人で珠海出身で上海にいた若者を雇って、藩文杓が10日ほど前に開いたものです。
140番の珠街閣と隣の141番の洗濯屋に挟まれた入り口は二間半ほどですが奥が深く三十人は客が入れる店を開いて、お怜さんと約束してあったもので良い機会と喜八郎さんも連れて行ったものです。
まずビールで乾杯して寅吉の好きな金華火腿と水母の酢の物の皿が出ました。
待つほどもなく出てきた料理は珠街閣ではまだ食べた事がないものでした。
薑絲桂花蚌(ジャンシーグイホアバン)は海參腸とも言ってなまこの腸の炒め物だそうです。
陶盤上牛肉(タオバンシェンニュウロウニ)は中国野菜の上に薄切り牛肉を置き、沸騰させたスープをかけて食べました、香りもよく喜八郎さんもお怜さんも千代も驚くうまさでした。
こう書く寅吉はどうかといいますと、勿論そのうまさに驚いて藩さんに「うまい、俺もこれほどうまい肉料理は初めてだ」とほめますと料理人の黄昭堂(Huáng Zhāotáng)と言う人を連れてきました。
思わずクラウン銀貨を一掴み取り出して「これからもうまい料理を食いに来るから、ぜひ腕を磨いて日本で骨をうずめる気持ちで働いてくれ」其れを藩さんがよくわからないというので、英語でまた藩さんに言うと広東語で黄さんに訳してくれました。
「旦那様が下さったお金は私には過分で御座います」
「いいんだよ、この人は寅吉さんといって気前が良いことで有名なんだ、もらっておきな」といったそうです。
感激した黄さんが厨房に戻り次に出てきた料理は前のものに劣らぬものでした。
上湯刷龍蝦(シャンタンシュアロンシャー)なんと伊勢海老のスープで今まで食べた未消化の物が胃の中で解けてしまうほど旨い物でした。
「昨日から来ると約束していたからできるものですよ。いきなり来ても中々これだけのスープはお出し出来ません」
藩さんも此処まで来ると謙遜よりも自慢の料理人が腕を認められたことがうれしそうでございました。
ビールを飲みながら楽しく食事も進み、おなかの具合と相談して粽と中身のない饅頭を出してもらい東坡肉を勧められて一緒に食べました。
四人で2ドル50セントは出てきた料理と比べれば安いと感じましたが、寅吉は横浜では物が高いから仕方ないが、平均的な日本の家なら壱両壱分二朱はひと月楽に食べられる金額だと考えてもう少し安くならないと日本人の客は増えないと感じて居りました。
そうか、三人で珠街閣だと2ドルくらい採られるのに安いと感じるのなぜだろうとぼんやりとして居りました。
帰り道で「だんな勘定の後何を考えていたんです」お怜さんに聞かれ「珠街閣だと同じような値段でも安いと感じてしまうのはなぜだろうと、考えていたのさ」
「アララ、其れは旦那も男だからさ」
「なんだい、其れは」
「あそこは給仕に娘や双子のメイリンたちが愛嬌を振り歩くから雰囲気が明るいのよ。それに比べて藩さんはまだ腕の良い料理人に頼りすぎているからだめなのよ。今度行ったらそう忠告するように朱さんにでも言って貰う方がいいわ」
「イヤハヤ、驚きました。コタさんが俺の姉さんとも頼む、とらやを仕切る人だと紹介されても、様子のいい年増盛りの姉さんくらいだと思っていましたが、感服いたしました」
「あれはずかしうござんす。どういたしやしょう」
てれるお怜さんで御座いました。
翌21日の朝、珍しくジョン・ヘンリー・スネルが野毛まで二人のお侍とやってきました。
自分の部屋に通し二人のお侍に上座を勧めて「虎屋の寅吉で御座います」と挨拶をすると「此方は会津のお侍で、京から今朝の船で横浜にこられました」
何時もは尊大なジョン・ヘンリーが言葉もやさしい所を見ると会津でも身分が高いのだろうと思いました。
「山川大蔵(おおくら)である、そちの事は此方のスネル殿から聞いておる」
「こちらのお方は会津藩の表御用人を勤めておられます」
「其れは其れは、京が何かと忙しい時期によく横浜まで御出でくださいました」
「ウム、京は今一日足りとて開けるのは殿にも負担がかかり困るのだが、ぜひともこの横浜で銃と大砲の取引を進めるためにも出てまいった」
「此方のお方は広沢安任殿で御座る、それがしも会津公より平松武兵衛と日本名を与えられもうした」
どうしたのかヘンリーは侍言葉らしきものを話すのでした。
「日本名を名乗られる事にしましたか」
「ウム、軍事顧問をおおせつかった、付いては昨晩エドワルドとも話したがぜひ此処はコタさんに力に成ってもらいたい」
「どういうことですか」
「プロシャの銃の話は聞いていますか」
「前に見本を買った物かい」
「そうですよ、あれはまだ持っていますか」
「五挺残っているよ、弾がまだ来ないので使えないよ」
「其れはファヴルブラント商会でも聞いたが、三千挺に六十万発の弾を注文してあるので見本に分けてくれないだろうか」
「よろしいですよ、二十番にあるからもって来ましょうか」
「いや、向こうには他にも見本の銃がるそうだからいろいろと試し撃ちをさせてくれないか」
「よろしいですよ、馬で御出でのようですから、私の馬も来させますのでしばらくお待ちください」
馬の手配を言いつけてしばらく玄関口でお話を続け馬が来ると早速出かけました。
馬をヘンリーと並べながら話しながら馬を進めました。
「バウムガルテン銃と聞いたが町の噂ではSchaumburg-Lippeだという話だぜ」
「Schaumburg-Lippeと言うのは候国の名前だよ、銃がバウムガルテン銃というのさ」
「Zundnadel-GewehrとChassepotに似ているが銃弾が共有できないのが難点だな」
「紀州でも買いたいというので、それぞれに三千挺を持って向こうから使節が来春までには来る事になっているんだ、其れまでに出来るだけ訓練をしたいのさ」
「それならいいが弾が補給できないとことだぜ、銃があれで言いと言うのは見ているんだろ」
「あのときの銃のうち2挺しか残っていなかったのさ、弾が無いと言ってもコタさんのことだ百や二百は残っているんだろ」
「ああ、そのくらいはあるだろう、あの時は壱挺に二百発しか付いてこなかったからな、どうにか百発ずつは残っているよ」
途中175番によってゼームスさんと落ち合い何丁かの銃を積ませた馬を従えて二十番に向かいました。
庭に馬を乗り入れまず寅吉の事務所に皆を誘い、銃を取り出して弾を数えると五百二十五発残っていました。
「これなら五挺ぜんぶ五発ずつ試し撃ちができるな」
其れをゼームスさんが下で馬に載せている間、他のゼームスさんは持っていない銃をだしてきました。
これが仏蘭西のChassepot伝習隊に配られたやつです、こっちはMartini Henry
RifleでSniderの後の英吉利の銃です。これはHenry Repeating
Rifleで、その会社買った人の名が付いた改良型のWinchester
Repeating Rifleです、Spenser
Repeating Riffleも連発銃です。今日はこのくらいは試して見ましょうゼームスさんも何丁かもって来ているようなので早速弾を持って出かけましょう」
虎屋から荷物運びの馬も付いたので其れに寅吉の銃をつんで谷戸坂を登りました。
「1868年1月1日(慶応3年12月7日)の兵庫開港は間違いありませんか」
「其れは洋暦だな、12月7日で間違いはない、その日には使節団が銃と弾を持ってくる約束になっておる」
「カルカッタからは電報を打ちたくてもこちらには受け取る所がないから最近の情報は船がどこら当りかよくわからないので困るんだよ、プロシャから船で、スエズを抜けるのは大体10月の20日頃とは連絡が来たんだがそのためには9月はじめには向こうを出てもらわないと間に合わないので胃が痛む思いだよ、間に合わない用心にエドワルドがEnfieldやMinieを集めているんだ」
「Sniderではだめなのか」
「金だよ金が足りない、付けで買おうにも例のグラバーはもうだめだというんだ。今は注文が多くてそちらに付けでまわす余裕がない、現金なら幾らでも取り寄せるなどと言うんじゃ無理だぜ」
「フランス式イギリス式の調練のやり方は知らんが、俺の考えだと同じ銃か、同じ弾を使えるものを集めるか、今補給が効く銃を何種類集めるかの選択なんだろう」
「そうだよ、何でコタさんはそんな事までわかるんだ」
前の馬と少し下がって二人で馬の歩みを緩めて話しました。
「良いかヘンリー、銃弾は補給が付く、しかしどの銃での訓練をしたかで兵の強弱は決まるぜ、城から打ち下ろすならミニエーだろうとゲーベルだろうと其れはSniderと変りはない。しかし外で撃ち合うとなると銃弾の装填の時間が勝負を決めるぜ。お前さんが国で経験してきた塹壕から打ち合うというのは今の日本ではありえねえよ。そうなると立ち撃ちができて弾込め時間の早いSniderか、接近戦ならこの亜米利加渡りのSpenser
repeating RiffleやHenry Repeating
RifleにWinchester
Repeating Rifleが有れば大分に差がつくぜ。こいつは弾が小さいが相手に与えるダメージが戦闘能力をなくすのさ。死ぬよりも戦闘能力のない兵は、相手の補給を食うし看病する兵もとられて二重にダメージを与えるのさ、だが其れはあの人たちに言うのは此処ではやめて置けよ。どうせ帰りも船だろうから、その船中で披露するんだぜ」
「よしきた、そうこなくちゃいけねえね。どうしてコタさんがそんなにその銃にこだわるのかエドワルドも不思議がっていたがようやく得心したぜ」
射撃場ではゼームスさんがもう銃の支度を始め、取り扱いを説明して居りました。
「ゼームスさんは何を持ってきたんだい。Repeatingの銃も持ってきたかい」
「アアSpenser
repeating Riffleを持ってきたよ」
「そうか俺のほうもそいつも入れてきたぜ。では俺のほうのは仕舞って置いてそっちの持ってきたやつを先に試すか、弾入れの方法は面倒ですが、こうすれば単発でも取り扱えます」寅吉の銃で山川様に弾の装填方法を見てもらい、ゼームスさんのほうも同じように広沢様に見てもらいました。
一度連射してから弾を入れさせて撃って貰いました。
次はバウムガルテン銃これは五挺あるのでゼームスさんほか、五人がそろって立ち撃ちで五発ずつ撃って見ました。
「破壊力は思ったほどではないが精度の高い銃だ、これなら三百ヤードなら苦にならんな」
山川様はそういって「新しい銃が着くのが楽しみだ」とおっしゃって満足げでございましたがゼームスさんの方の単発銃のいくつかにも興味を示せました。
「今撃ったSniderの後釜に英吉利が据え様と開発しているのがこれで御座います。弾は同じですが反動が大きく響くのでまず私が試してからお試しください」
Martini Henry RifleのinfantryとCarbineをそれぞれ試してからお渡ししました。
「Sniderより反動が大きいな兵はあちらのほうが使いやすいだろう」
「そうですあちらのほうが指に負担が少ないです、其れと此方の操作は簡単に見えていちいち肩からはずすので同じ事ですし焦ると指を挟みそうになります」
此処と此処が悪いと欠点もお話しました。
「これはHenry Repeating
Rifleというやはり連発銃で弾は16発まで入れられますが装填もしていただくために、3発ずつ試してください。こういうように弾を押し込みましてこの筒に送り込まれます」
アッという間に三発を打ち終わり、交互に撃ち終わりました。
「最後は新式の1866年モデルのWinchester
Repeating Rifleですがこれは銃身の長いほうは16発の玉が入ります。Carbineのほうは十二発でございます、これもそれぞれ3発ずつまずお試しください」
「300ヤードでは少し不安だな、半分に持ち込めれば威力は高くなりそうだ」
「さようで御座いますCarbineは主に騎馬の者が持って、出来るだけ近寄ってから仕留めるかに掛かっております、ゼームス・ファヴルブラントさんが持ってきた物のうちのSharps Carbineは一撃必殺を狙うためのもので、これを歩兵がもつときは前進しながら撃ちあうという事になるでしょう、そのときはこのWinchester
Repeating Rifleのほうに分が出ます」
全弾を込めて打っていただきました、破壊力を選ぶには弱いとお考えの様子で御座いました。
寅吉の持ち帰るほうは荷造りをしながら「Spenser
repeating Riffleは今日の記念にお持ちください、弾が装填してありますのでゼームスさんに取り出し方も教わってください。銃は必ず使う前と後で薬莢の確認をしてくださいませ」
「すまん、頂いて帰る」
二人はゼームスさんにはずし方、挿入の仕方をもう一度教わるのでした。
バウムガルテン銃のほうは包んだ後ジョン・ヘンリーに渡して「どうせもって帰るんだろうからゼームスさんのほうにつんでいきなよ、弾は帰りがけに渡すから寄っていってくれ」
「判った、銃は買値で良いかい」
「いいよ、弾の減った分はかんべんしてくれよ」
「そのくらい負けとくよ、冗談でなく本当に助かりました。これで何人かは中の到着前に訓練できます」
二十番に戻り弾を渡してから二人のお侍が「少し聞いておきたいことがあるので武兵衛殿は先にファヴルブラント商会まで戻っていてくださらんか。なにすぐに終わりますよ」
寅吉の事務所に御出でいただきお茶とビスケットをお出しいたしました。
椅子に座っていただくと刀をテーブルに置いて「この通り頭を下げ申す、ぜひ力に成っていただきたい。国許と京にと金がかかり銃の整備にまで手が廻らぬ、其処で貴殿を頼るようだがSniderを百挺ずつ国許と京に備えたい。其れも御貴殿が新しく英国から入れるというshort Rifleが欲しいのだ。武兵衛殿は弾の補給が付かないからミニエーにしろとうるさいのだ。ゼームス殿はinfantryという重いものを勧めるが其処まで歩兵として調練を施す余裕はないと見ている。御貴殿が薩摩、土佐と親しいのは承知で申すのだが彼らと戦になれば長崎からの補給を阻止できる余裕はこの間の長州への討ち入りでも明らかだ。他にも武器商人がいても何時払えるとも約束できぬ取引に弾の補給を出来れば10万発などと言える物でわないことは承知でお願い申す」
先ほどまでの尊大な様子と違い真摯な若者の国を思う気持ちにほだされました。
白虎隊の剣舞も悲惨な状況も話と知っている寅吉には見過ごす事のできない事は明白で御座いました。
「判りました。では支払いは100年間の均等払い利はおまけして置きますが銃弾は同じSniderの557で御座いますから私のほうでは十万発後用意させていただきます。其れと銃ですがSnider short
Rifleを百挺、Martini Henry
Rifleを百挺に他の銃を別勘定として贈らせていただきます。これは試験として使っていただくので私からの寄付とお考えください。Winchester
Repeating RifleのCarbineを百挺ご用意いたします」
二人の顔が輝き眼に喜びが溢れていました。
「Winchester
Carbineは弾を十万発後用意いたします。此方は全てお国元までお届けいたしますし、扱い方になれたものが銃と共に亜米利加よりまいりますので同行させますからそのものより習ってください。元の南軍兵士で銃にはなれている士官でございます。同時に同じ弾を使うHenry Rifleがあれば其れも持参するでしょうから二月は滞在できるでしょうから、その間に習得されるようにしてください」
「では京には二百挺のエンフィールド兵器工廠からの銃が補充でき申すか、しかも弾が十万発もその値段はいかほどで御座ろう」
「Snider short
Rifleは三千両Martini Henry
infantry Rifleが四千八百両で弾についてですが今回分は値引きなしと言う事で三千三百両になります。合計は一万千百両で御座います。年に百十一両ずつ100年間お支払いください、また後の弾はスネルのほうで補充いたすでしょうが、其れはあちらと交渉してください。多分一両で三十五から四十発だしてくれるはずです。Snider RiffleやEnfieldも手に入れられるなら彼が手配いたすでしょう」
簡単な支払承諾の書付を書いていただき話し合いは簡単に付きました。
「支払方法についてはジョン・ヘンリーにはお話なさいませぬようにしてください」
「判り申した。それで銃の到着後引取りはいかがいたそうか」
「Martini Henry
Rifleのほうと銃弾はお帰りの船に積み込ませます、Snider short
Rifleは荷が着き次第大坂に回送いたしますのでお受け取りください。またWinchesterのほうは江戸藩邸に話が通じるようにしてくだされば、お届けいたしますから公用便でお国表に亜米利加人と通訳を共に向かわせてください。船でまわるより早いと存じます」
「会津は港に遠いからな、そう致すしかないだろう。通訳はいかがいたそう」
「私の方で手配いたしますから、旅費と滞在費はご負担をお願いいたします」
「判り申した」
二人をゲルルさんの店へ案内して銃と銃弾を船に積み込む手配をお願いいたしました。
ゼームスさんの店で待っていたジョン・ヘンリーの所へ二人を案内し、寅吉は二十番に戻り「まいったな、俺も甘いな。つい白虎隊の事を思い出してしまったぜ」
ブリュインさんから銃と共に来る二人の方は元南軍の士官でこの機会に日本での商売を考えているわけでなく、銃の取り扱いを教えながら日本を見て廻ろうというお方だそうですので、滞在費のほかには小遣い程度で十分な金持ちだとLetterには書いてありました。
「通訳を誰か頼まないといかんな。紘吉の所に誰か良いやつでも居ないか当っておこう」そう考えて南仲通りの通詞会館まで出向き話をして二人の会津行きの者を雇う事になりました。
「丁度いいところだった、この二人は会津の人で、もう此処を卒業して会津に帰るところだったよ、では船が着くまではコタさんのほうで宿舎も世話して貰って良いかい」
「いいともさ、それでとり合えず二人の亜米利加人が国に帰るまでの俸給だが幾ら支払えば良い」
二人の若者にも相談して年内いっぱいで月十両で宿舎食事つき、契約料は二十両と決まりました。
先払いという形で年内の分を一人六十両を支払う事で話がまとまり寅吉はその日のうちに金を届ける約束を致しました。
「本当に物入り続きだ。俺も何処までお人よしなんだろう。通訳まで自腹になるとは考えても見なかったな。備中守様にもWinchester
CarbineとHenry Rifleをやすく渡す約束だしマックの言い草じゃないがどこで儲けているかよく判らねえよな」
「オイオイどこに行くんだよ、独り言なぞぶつぶつ言ってよ。年寄りみてえじゃねえか、どうしたんだよ」
「オット蓮杖さんか、危うく曲がりそこなう所だった。いやな、自腹で通訳を会津まで送ることになって今契約してきた所さ」
「フゥン、コタさんが儲けそこなうなんて珍しいな」
「俺なんぞ最近は儲けなどでねえよ、春たちが稼いだ金をぶりまいているだけさ。困ったもんだ」
今日は忙しそうなので立ち話も其処で終わりにして開放されたので、一丁目の店で金を出させて南中通り四丁目の通詞会館に届けさせました。
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