横浜幻想 | ||
其の十三 | Special Express Bordeaux | 阿井一矢 |
ボルドー特急 |
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Bordeaux1872年6月17日 Monday オーステルリッツ橋を渡るとセーヌの向こうに不夜城のように明るい操車場が見えた。 覗きこむように馬車から眺める正太郎に「あれはGare de Lyon(リヨン駅)だ、あそこはブルゴーニュやリヨンを通ってマルセイユへの線路だ。列車が走り出せばセーヌを渡って連絡線がこっちと繋がっているのが判るぜ」 日曜日の23時15分発車のSpecial Express Bordeaux (ボルドー特急)は時間ぴったりに大きな汽笛と共にオーステルリッツ駅を発車した。 2年前に出来たばかりの駅はもう煤で汚れた天井が目立ち始めていたが夜中の駅はそれを隠して明かりが幻想的にセーヌに映り込んでいた。 車内への案内は少年が行いジュリアンは40サンチームのチップを二人分だと払った、最も二人とも着替えだけの小さなトランク一つずつに小さなバスケット一つという身軽な旅のため一人で十分運べる荷物だからだ。 「1等車の癖にけちだなと思ったろうな」 可笑しそうにジュリアンはバスケットからジャムのビンを取り出してコルクの封蝋を小さなナイフで器用にはがしてパンにつけて正太郎によこした、ジュリアンは列車が動き出すまで食べ物のことを忘れたように仕事の話しに夢中だったのだ。 「あんまりですよ二人で1フランは固いと思ってきたんでしょうに。あの顔見ましたか」 「可笑しかったぜ。でもなショウのようにいつも多めに遣るのはそろそろ止めにしないといけないぜ。限りが無いからな、俺たちは仕事して稼いでそこからのチップだ。其処を考えれば自分は其の仕事をいくらで遣るかぎりぎりのところで支払うことさ。ところでこの駅なんでオーステルリッツというか知っているか」 「パリに着いた日にモンパルナス駅の構内で観光案内のギャルソンがね、オーステルリッツの戦いで勝ったことを記念してモンパルナス駅の名前を付けたと喋って居ましたけど可笑しいなと思っていたんだ。ダンに笑われてしまったけど、二つの駅のことを一緒くたに話したんだなと最近やっと気が付きました」 「ハッハツ、二つ分を一つと聞いたか、そうだそのときの記念にこの駅の名前を付けたんだ、ショウでも間違えて覚えるんだな安心したぜ。其の後2年ほどまえにまた新しく建て直したのさ。それからこれはこれから行くボルドーまでの鉄道案内だ、途中駅の名物や大きな教会に見物する場所が書いてある」 小さなワインのビンも二つ用意してそれぞれが口のみで水代わりに飲んだ。 満月が少し欠けた月明かりでセーヌを越してくる線路が2ヶ所見えた、夜船の川蒸気に混ざり帆をはった船や降ろしたままの船が行き来してセーヌの夜の混雑に正太郎は驚いたし信号待ちをするときに聞こえてくる川歌にも情緒があった。 まだ列車はスピードも上げずに止まることが多く正太郎は特急なのにと不思議な気持ちがした。 「この時間も仕事で忙しいのですね」 「市場で売るための荷を川上から持ってくるのさ。それとパリへ来るには船のほうが vapeur locomotifより安上がりで荷が沢山運べるからだだぜ」 「でもなぜこんなに遅いんだろう」 「ショウも夜の特急は初めてか。これは乗り遅れた奴を次の駅で待つためだ。そこで乗れなきゃあきらめるしかないのさ」 発車してようやく着いたGare de Juvisy(ジュヴィジー駅)では15分ほど止まり客車の後ろに荷物車が連結された。 車掌が駅を出ると遣ってきて正太郎が差し出した2枚の切符にコンポストをして行き先の確認をした。 「終点Gare St Jean(サンジャン駅)到着は朝7時30分です。よい旅を」 「メルシー」とジュリアンは言って自分が切符を受け取って財布にしまった。 其の後列車は特急らしくスピードを上げていつしかセーヌの流れと分かれて右へ大きく曲がった。 次のGare Etampes(エタンプ駅)まで40分ほど其処では止まったと思うまもなく動き出していた、停車駅というより郵便荷物の積み下ろしだけのようだ。 6人掛けの1等席のCompartiment(コンパートメント・特別室)にはほかの乗客はなく通路を行き来するものもこの時間には見回る車掌だけだ。 Gare Orleans(オルレアン駅)到着まで1時間と3分掛かった「ここまで2時間と8分かまだ半分も来ていないのか」正太郎は一人で時計と案内書を見て時間のメモを挟み込んだ。 オルレアンはRoute Accidentee( Switchbackスイッチバック)して先へ進むので正太郎は一瞬だがおかしな錯覚に陥った。 すでにジュリアンは大きな鼾をかいて3人分の席を占領していた。 丘や森の中をとおりぬけ幾つかトンネルを抜け, 大きな川を越した. 本にはRiviere de Loire(ロワール川)としてあった。 2時間丁度でオルレアンからGare St-Pierre-des-Corps(サン・ピエール・デ・コ駅)に着いた。 「時刻は3時25分か4時間12分だ。バスチァン・ルーのワインはこのあたりのかな、ロワール川の幅は300メートルもあるかな、夜で判らないけど河川敷を入れたら相当広いな。アメリカでもこれだけの川を2回くらいしか越さなかったな、此処の下流は相当広いのかな」 本にはこの付近には城郭が80以上、有名なワインのシャトーも数知れずと大雑把に書かれていた。 ジュリアンが眼を覚まして「ショウ此処はどこだ」 「サン・ピエール・デ・コ駅に着いたとこだよ」 まだ寝ないのかと聞かれ「眼が冴えているのと月が明るいから遠くの景色がとても幻想的だしもう直に夜が明けるよ」と答えた実はエメと昼間こうした旅をしたら素敵だろうと考えながら景色を見ていたというのが本当だ。 「このあたり有名なワインの産地で。バスチァン・ルーが受け持ったのはこの地域のものだ。また詳しい話はこの次にな」 ジュリアンはまたすぐに眠りに落ちた。 Chatellerault(シャテルロ駅)まで1時間5分かかり此処で機関車の給水に時間が取られるようで長距離列車は15分の停車時間がとられると案内には書かれていた。 駅では早朝にもかかわらず売り子が新聞とワインに水とパンを台に乗せて客を待っていた。 「水とワインどちらがいい」 「朝は水でいい」 「ジャ買って来るよ」 正太郎は表で水のボトルと新聞を買い入れてきた。 いま何時だと聞いて正太郎の時計とあわせて「俺のと2分も違うなどこかであわせないと駄目だ」 「僕のは十日で10秒しか狂わないよ」 「そうかじゃそっちのに合わせて置こう。またボルドーで時間を合わせればそう違わないだろう」 「いい時計屋を知っているから一度見せたらどう」 「一日2分や3分どうって事無いぜ。これが10分も狂ったりしたら大事だがな」そういうのでルノワールの時計はワインのカップに落として気が付いたときには30分も違っていたことを話した。 「あいつめ食い物にいい加減だからな。上手い店を知っている割に半分腐った食い物でも平気で食いやがる」 其の後可笑しそうにこの付近での逸話を喋りだした。 Poitiers(ポワティエ駅)まで35分ほど、新聞に眼を通す間もないほどジュリアンの話しは面白おかしいもので正太郎は笑いながら次々に質問してはジュリアンの話を引き出した。 線路は大きく蛇行してAngouleme(アングレーム)の町へ入ったはずなのに駅はなかなか見えなかった。 「大きな町だね」 「そうだ此処は昔からの町でボルドーと同じように発展した町なんだぞ」 「向こうがアングレームの中心なのかな」 「あれは昔の旧市街といわれるほうだ。いまはこの線路に沿ったほうが賑やかだぜ。俺は軍のときこの付近に駐屯したこともあるから細かい道も承知だ」 「さぞ遊びまわったんだろうね」 ヘンと鼻を鳴らしただけで新聞を読み出した。 Libourne(リボンヌ駅)にはアングレーム駅から1時間12分、出発したのは7時20分だった。 「まあまあだな。この位で着けばいい方だ。それよりショウは何も寝ていないのかホテルの部屋が空いて居たら少し寝るか」 「いえ大丈夫です。部屋が空いていたらシャワーを浴びて服を着替えてシャトーめぐりをしましょうよ。今日早寝すれば大丈夫ですから」 「そうかホテルで朝飯が食えるか聞いてみような」 ジュリアンは遅れなぞあまり気にしていないようだ、8時間35分の特急が走った距離は540キロ余り、亜米利加の大陸横断鉄道に比べるとのんびりした物だ、これで特急料金を取るのはランスから乗った列車に比べてひどいものだと思った。 ホテルで予約の状況とオルレアン鉄道で貰った予約票を見せると「一部屋は今すぐ使えますがどうしますか」 「では其処え荷物を置いてシャワー浴びてから飯を食いに行って其のあとノートルダム通りに知り合いを訪ねて来る。其の頃にはもう一部屋も空いているだろうから昼寝をさせてもらおう」 「承知しましたそれで3泊の料金の内1泊分を先払いお願いできますか」 いいよとジュリアンが促してショウは財布から5フラン銀貨と1フラン銀貨3枚を出した。 部屋へ案内したギャルソンに60サンチームを渡してシャワーの案内をしてもらった。 「これはずいぶん昔からあるのかな」 「いや、こいつはまだ100年と経っていないはずだ。俺が駐屯していたときに出来たばかりだと聞いた覚えがある」 「そうだ100年200年はつい最近のことさ」 馬車トラムにオムニバス、辻馬車と往来は混雑して、サン・タンドレ大聖堂の前が終点で其のまえを横切る形で別の路線が走っていた。 「此処わなショウ、僅かあそこまでの通りだが幅が65メートルもあるんだぜ」 其の先の広場の脇に赤い日除けテントを道へ差し掛けた店があった。 「ピエール、ピエール。元気で遣ってるか」 「なんだJulesじゃないか。久しぶりだお前こそ元気か、俺のほうはもう3人目が生まれるぞ。お前神さんを貰ったのか」 「そいつはもう気持ちの整理はついたよ」 「そうかそれならそれでいいから早く貰え」 「近いうちに気持ちを聞いてみたいのは居るが踏ん切りがつかないのだよ」 其の後も話が長引きそうだったがショウのことを思い出してやっと紹介をした。 其の店でクロワッサンにハムとつぶしたゆで卵ををはさんでコーヒーで朝食にした二人は「また来るぜ。3日くらいはボルドーに居る予定だ」 「よせよ、次に来にくいじゃねえか」 「心配するな今度来たときはがっちりと取ってやるからよ」 「それなら今日はごちになろう。ショウの分もいいか」 「勿論だ、お前の友達は俺の友達だ。今日はどこかへ行くのか」 「今朝の特急で着いたがこの後、Gilles Butor (ジル・ビュトール)とCabanel(カバネル)の店によって其の後昼寝でもしてからシャトーめぐりが出来そうなら馬車で外回りを見て廻るのさ」 「夏だから十分時間があるさ」 「俺も其のつもりだオーヴォワー、ボナアプレミディー」 「ヴゾオースィ」 ありがとうよ元気でな、よい一日を、お前もなと挨拶してショウは「メルシー」とだけ言って広場を出てPlace des Quinconces(カンコンス広場)とJardin Public(ジャルダン・ピュブリック公園)にはさまれた通りから右へ路地を抜けた。 其処は目指すノートルダム・デ・シヤン通りで目指す店Gilles Duchamp-Villon(ジル・デュシャン・ヴィヨン)はすぐ目の前にあった。 薄暗い店内は沢山のボトルが所狭しと並んでいた。 「ショウ、ワインは特に日の光を嫌うから店もこのように暗いほうがいい店なんだぜ。もっといいのは石倉かマダム・デシャンの所みたい地下室があれば最高さ」 「ジルひさしぶりだな」 「ジュールお前も元気そうでよかった」 ジュリアンは友達づきあいの相手にそう呼ばれることを喜んでいるようだ、二人は抱き合って肩を叩き合った。 「こいつはショウといってジャポンから来たんだ。ワインを仕入れてジャポンへ輸出するための勉強に来たんだよろしくたのまぁ」 「いいとも俺のできることは何でも言ってくれ」 「そいつはいい言葉だ。明日にでも何軒かシャトーを廻りたいが今の時期訪ねてもいいのはどこか調べてくれ」 「任せておきな、それでどこか目安はあるのか」 「レオヴィル・ラス・カーズは招待状を貰った。後ポンティヨンの紹介状がシャトー ラネッサンのところだ。いまのところはこの2軒に目をつけているんだ」 「ポンティヨンは元気か」 「出世していまじゃ中佐で海軍省の中でも注目の的だ」 「ほぉあいつがか、いい引きでも掴んだな」 「奥さんの実家はブールジュの市長だ。それくらいじゃいい引きというほどでも無いだろう」 ワインに話が戻って暫く議論が続いたが明日の朝8時にもう一度来るとジュリアンが伝えると「俺のところは7時に店を開くから遠慮なく早く来てもいいぞ」と言ってくれた。 其の店の3軒置いた店がCabanel Bussieres(カバネル・ビュシエール)の店だ、此処もやはり自分の名前をそのまま店の名にしたようだ 「ネル元気かい」 やはりボンジュールも何もなくジュリアンは名前を呼んで入っていった。 「おい、ジュールなんで俺のほうへ先に来ない」 「サンジャン駅から来たからさ」 二人は抱きあってお互いの健康と商売の繁盛を確かめ合った。 「ピエールは3人目が生まれるそうだがお前のところはどうだ、このまえ来たときは生まれるのは秋だといっていたな」 「あのときの子は女だ。あともう一人は欲しいが神さんはまだいいというんだ。イギリスのレィンコートの厄介になっているのさ」 「そんなもの自然に任せりゃいいじゃないか」 「俺もそう思うのさ。だが俺は此処の婿だからな」 「言うぜ、店の名をお前の名にしたのは親父さんだろう」 また正太郎のことをやっと思い出して紹介して挨拶とシャトーの紹介を頼んでその日は馬車を呼んでもらってホテルへ戻った。 部屋は掃除が済んで入れるというのでそれぞれの部屋で少し昼寝をして5時ごろ呼んで貰う馬車で川向こうを一回りすることにした。 ジュリアンが起きたらしくドアをたたく音がして正太郎が開けると見知らぬ老人が立っていた。 あごひげが長く真っ白でベールを被った頭も真っ白だ。 「おや部屋が違ったようだな。ここはジュリアン・ドゥダルターニュの部屋と違うのかな」 「ジュリアンは隣ですが、起こしましょうか」 「いや自分で行こう、ところでどっちの隣かね」 正太郎が案内して部屋をノックすると「起きているから入れ」と声が返ってきた。 ドアを押して「ジュリアンお客さんだよ」 正太郎は客をドアから入れるように身を引いて部屋へ戻った。 「もう馬車がきたのか。はっアズナヴール司令官ではありませんか。ようこそ御出でくださいました」 「なにもう軍はお互い除隊したんだ。いまはCabanel Bussieresの隠居親父だ」 「カバネルにお聞きしましたか」 「そうだ。君がワインの仕入れに適当なシャトーを探したいと言うのでな。少し手を貸して欲しいところがあるので話に来たんだ」 「連絡を下さればお迎えに参上しましたのに」 「川向こうに下見と聞いたんでな。5時ごろから出ると聞いたから時間を無駄にしてもと出てきたんだ、気にしないで話を聞いてくれ、あの少年かね、君と一緒に商売をしながら勉強したいというのは」 「そうです。少年ながら商売熱心で気風のいい奴です」 「そうかい。面白そうだ」 老人はそういってジュリアンに最近父親がなくなりシャトーを相続で分割したので生産量が少なくネゴシアンとしても気に掛かるという話をした。 「カバネルに扱わせているが後3000本は誰か扱う人間が欲しい。味は保障できるがなんせ木が若い分苦労が耐えない」 ボルドーもようやくフィロキセラに抵抗力のある北アメリカ東部および中部の葡萄(ヴィティス・ラブルカス種)を台木としてヨーロッパ種の葡萄(ヴィティス・ヴィニフェラ種)を接ぎ木するという方法により息を吹き返しつつあって輸出に積極的なネゴシアンが多くなってきた。 馬車が着いたとポーターが呼びに来て正太郎を呼んで引き合わせた後、したへ降りると馬車の前をM. Aznavourが自分の馬で先導してpont
de pierre(ピエール橋)で向こうへ渡った、上流5キロのほかに橋が無いという不便なところなのだ。 丘を登り線路と分かれて右へ向かった。 花畑と果樹園が続きやがてそれはブドウ畑と換わった、緑の葉が一面の丘陵を覆っていた「もうすぐSaint-Emilionの入り口だ。俺などが入れない有名なシャトーも数多くある。全部の名前を覚えるだけでも大変だぜ」 道々ジュリアンは正太郎に司令官のことと娘の婿と酒屋と共に仲買とネゴシアンとに別れて商売を始めたことなどを話した。 「Chateau ChevalLe Blanc(シャトー・シュヴァル・ブラン)が見えた」 とジュリアンは正太郎におしえた。 「1862年にワインの品質の良さが認められて、ロンドンで金賞を獲得している。すぐに、1級ワインとほぼ同等の価格で取り引きされるようになった。俺の手にはおえん」 あっさりと諦めて自分の身丈にあったシャトーを扱っているようだ。 「今日は一回りこの村を見るだけのつもりだったがM.アズナヴールがぜひ一軒だけでもよってくれというのさ」 M.アズナヴールが先に立って小高い丘の家に連れて行った。 若い夫婦が家の外の坂に出てM.アズナヴールを待ち受けていた。 「ボンジュール。M.アズナヴール。M.ビュシエールから貴方が来るという連絡を頂きましたのでお待ちしていました」 馬から下りるのを待ちかねてその様に伝えた、そして馬から下りると固く握手して「ポーリーヌも貴方の申し出を心強く思っております」 「紹介しよう。これはReimsのものでM.ジュリアン・ドゥダルターニュ、わしの戦友だ。それからこの人はわしも初めての人なんだがジャポンからきた人だ」 ジュリアンはそれぞれの名を名乗って固く握手を交わした。 「俺から紹介させてもらうとM.Shiyoo Maedaという少年だが俺と同じ酒の仲買の勉強にジャポンからはるばる遣ってきた、すでに俺と俺の仲間から1万5千フランの仕入れを行って船積と支払いが済んでいる。信頼できる男だ」 正太郎はJean-Baptiste Duffau-Lagarosse(ジャン・バティスト・デュフォー・ラガロース)と名乗る青年と握手した後固く抱きしめられて「M.アズナヴールが信頼するM.ドゥダルターニュの友人だそうだな。俺も君を信頼するよ。此方は俺の神さんのPauline Marie(ポーリーヌ・マリィ)だ、いま俺のMereと彼女の母親が軽い食事の支度をしているから、ワインの試飲をかねて食べていってくれ。そっちの馭者の人も呼ばれていってくれ」 「すみませんね旦那お邪魔してもいいですか」 ジュリアンにそう聞いて3頭の馬を繋いでから丘の上の家に附いてきた。 Mme. Paulineはまだ若くこの家の切り盛りを任されているらしく二人のMereは手伝いに来たといっていた。 正太郎はmamanにせがまれて日本の話をするのだった。 料理はドゥダルターニュ家で出された味とは違うが田舎料理の素朴な味がして正太郎の母親が漬ける漬物に似た味がするピクルスが美味しかった。 パンも洗練されたものとは違いライ麦の入った少し黒い色をしていて香りがよかった。 「このパンはいい香りがしますね」 ママンは嬉しそうに「ジャンの姉が嫁いだうちで焼くパンさ、此処では一番だと近在から買いに来るお客も多いんだよ」とワインを皆に注ぎながら大皿に盛り上げたパエリアを出してきた。 「さぁお食べよ。今日は久しぶりにムール貝にイカが手に入ったのでスペイン風のパエリアだよ。いい日にお客が来てくれて料理のし甲斐があるよ」 ポテトを茹でているらしい、いい香りもして熱々のものをバターを溶かした皿に入れてそれを取り分けてくれたものはパリの一流レストランの料理に勝ると正太郎は思いフランスにはいってからこれだけ素朴な手が掛かっていないポテトが美味しいとは思ってもいませんでしたというと、ママンたちは大きな声で笑った。 ジャンはまた新しいビンを開けて「これは去年のセカンドワインのクロワ・ド・ボーセジュールです。一昨年のは1万2千本分が樽にあり出荷時期が近付いたのですがまだ仲買と売値で折り合いがつきませんこのままでは樽売りも考えないといけなくなりそうです。昨年もたたかれたし其の残り一昨々年のは3000本が眠っています。出来れば年に1200本以上は置いておきたくないのです。今年中に一昨年の分を後1万本は売りたいのですが仲買と値段が折り合いません」 「出来はいいだろう。だがChateau Beausejour(シャトー・ボーセジュール)としての3万8千本はいい値段で売れるのだがこいつが上手く売れんのだ。わしもセカンドを減らせとは言うのだがそれを売らずにわまだ力不足なのだ。畑を分割してそれぞれが協力はしているがどうしても親父の時代のようにいかん。あそこの家のも売り込みをしているが両方ともとなると引き取り手を見つけないといけないのだ君たちの手で協力できるか検討してくれ」 ジュリアンは其のビンのくちの香りとティスティングをして「いい香りだ後1時間其の侭にしてどのように換わるか試したい」 「では新しいビンをもう一本開けましょう。後2本出しますからそれをお帰りのときお持ちになれば時間ごとの変わり様も検査できます」 「いいでしょう私たちは今回下見ですが3日間ボルドーに居ます指値は帰るまでに出来るように勉強してみます」 正太郎は自分のわからない香りを嗅ぎ分けたかもしれないジュリアンの話しは今は聞くのを止めようと思った、すぐに感想を言うのは素人だ俺たちは買い手がその値段なら納得できるという値段を作り手に示さなければいけない。パリやアントワープ、ロンドンで評価が高いからと有名銘柄を焦って客に高い買い物をさせるのは素人でも出来る。 作り手もお客も両方が満足できる値段と味が合わなければ仲買として失格だと教えてくれた。 M.アズナヴールが入るネゴシアンの組合は220名を数えボルドーの市場を仕切りリボルヌの組合と協調して輸出にも力を入れていた。 大きなところでは年間の取り扱いは500万本にも達するとM.アズナヴールは少し酔ったか上機嫌で吹き上げた。 |
Bordeaux1872年6月18日 Tuesday 朝6時ジュリアンは起き出して早速髭をそった。 「昨晩はだいぶ飲んだな」そう思いながら「ショウにあのワインを扱わせたいがどう見ても4フランは必要だ。そうすると5千本で2万フラン、セカンドとはいえ売り込むにはいい品物だ」髭を当たりながら今日訪れるシャトーの数々でも「売り込まれるのかそれとも買い入れるのに低姿勢になるかその場での雰囲気だな」取り止めの無いことを考えているうちに時間は過ぎていった。 「ジュリアン。起きていますか」 「ボンジュール、ショウ入れよ」 「ボンジュール」 正太郎がきちんと身なりを整えて入ってきて「下のサラマンジュは8時までだそうだよ、其処で食べるそれとも昼まで待ってどこかへ入る」 「下で食べずに昨日のピエールの店で食べよう、あそこは朝7時からだといっていたから其処で食べて、ジルの店に顔を出してM.アズナヴールが今日も付き合ってくれることを伝えてカバネルの店へ行こう」 早速下へ降りて今日は遅くなるようだったら向こうへ泊まるが、今日と明日の宿泊費は先払いしておくことにした。 丁度オムニバスが来て行き先を聞くとコメディ広場というので二人は其の馬車に乗り込んだ。 M.アズナヴールにカバネルとジルの二人も加わり5人が馬で行くことになり正太郎に乗れるかを聞いてきた。 「はい遠出をしたことは無いのですが馬場では訓練を受けましたから大丈夫です」 「まぁ遅れずに付いておいで」 M.アズナヴールに言われて正太郎にはジュリアンがおとなしそうな牝馬を選んでくれた。 「待て、まてぇ」 正太郎が振り返ると二人の男が通りの先からかけてきてそれを追いかけていた老人が転んだ。 正太郎が追いかけられている男の手にsac en cuir(革鞄)があるのを見ると馬から宙返りを切る形で男の前に飛び降りた。 「どきやがれ」男の手にナイフが光った。 「ショウ危ない離れろ」 ジュリアンとアズナヴールが叫んだときには正太郎が懐に飛び込んで寅吉から習った柔術で体をひねると同時に男がジルの前に飛んでいた。 もう一人は其の男に躓く形で重なって倒れた、其処をジュリアンとカバネルが取り押さえたところに若い娘に支えられて老人がよろよろと遣ってきた。 「すまんねジル、ありがとうよ皆さん方」 どうやら老人はジルの知り合いのようだ。 「いいえ私が取り押さえたのでなくこのジャポンから来た少年が捕まえたのです。私の足元へ転がされたので取り押さえただけです」 正太郎がマドモアゼルに革鞄を差し出すと「ありがとう」と恥ずかしそうに言った。 正太郎がフランス語を判ると知って老人が御礼をしたいというのをアズナヴールが「M.Francois実はこれからFort Medoc(オー・メドック)のChateau Lanessan Delbos-Bouteiller (シャトー・ラネッサン・デルボ‐ブーティエ)まで行くのだ。其の後も近くを廻るので礼はまたこの次でいいよ」 「そうかそれなら家のシャトーにも寄らんか。わしももう年だしこの子がHeine(エン)の息子と一緒になりたいというので其の相談に行くのだが向こうで話しは簡単に済むのでぜひ帰りに寄ってくれないか」 「いいんじゃないですか父さん。隣へ行くんだ、シャトー・ベイシュヴェルにも寄りませんか」 「ジュリアンそれでいいか」 「お任せします」 「よし決まったようだな。では夕食のしたくもして置くから腹はすかせてこいよアズナヴールは余り飲みなさるなよ、家で浴びるほどご馳走するから。それから君名前はなんと言うんだ」 「Shiyoo Maedaといいます。友達はショウと呼んでくれます」 「ふむ、ショウかね。ではきっと寄ってくれたまえ。わしはついこの間までサン・ジュリアンで村長をしていたPierre-Francoisじゃよ。この子はわしの一人娘でJulietta(ジュリエッタ)というのじゃ」 其の頃には通報を聞いた警官が4名飛ぶようにやってきて正太郎が二人と挨拶を交わしている間に二人の男を連れて行った、警官との応対はM.アズナヴールがしてくれたのだ。 きのうとは違い川沿いを下った。 「カバネルさん、ボルドーの港はあの軍艦のあるところですか」 「そうだ、Port de la
lune(三日月港)というんだ。ローヤンの港から60キロもさかのぼって来るんだよ。ガロンヌ川もこのあたりは幅が500メートルほどだから余り大きな軍艦は入れないのさ」 マネの描いた港の風景ほどは船の込み方が多くは無いが、船の荷おろしに忙しく立ち働く人たちで混雑していた。 陸に深く抉られた波止場では魚を売る店が数多く出ていた。 市場の混雑は波止場の外にも続き一行は其の混雑を抜けるのに時間がかかった。 Rotatif(ロータリー)を右回りに進んで町を外れると石の橋が掛かった川を越えて其処にロータリーがまた見えた、先は二つに分かれていて右へ進むと土手沿いの整備された道へ出て川向こうの丘へ続く町並みが見えた。 このあたり果樹園が続きまだブドウ畑はあらわれてこなかった。 「さぁいよいよ此処からがオー・メドックだ川が広くなるあたりからシャトーが道の両側に数多く見えてくるぞ」 小さな小川に木の橋が掛かり言葉どおりに川のふちに瀟洒な建物が見え「Chateau Grattequina」とカバネルが教えてくれた。 川から登る丘の中ほどに次のシャトーが見えた、「Chateau Kirwan(シャトー・キルヴァン )」、「Chateau Palmer(シャトー・パルメ)」と次々名シャトーの名を言っては指差して「次は大物だ」と言った時に大きなシャトーが木立の中に見えた。 「Chateau Margaux(シャトー・マルゴー)」、「Chateau Lamarque(シャトー・ラマルク)」、「あの遠くに見えてきたのがM.FrancoisのChateau de Beychevelle(シャトー・ベイシュヴェル)だ、あの手前を左へ入るんだ。」次々に見えるシャトーは大小さまざまのものがありすべてを覚えるのは商売人でも大変なことだそうだ。 正太郎が予想していたよりも林が多く点在しガロンヌ川はEstuaire(河口)が近くなったかさらに川幅をましてジロンド川と合流して2000メートルはあるように見えた。 「ショウ、あれはBlaye(ブライ)の城砦跡だ。向こうへ渡るのは渡し船しか無いからピエール橋で渡るか渡し船のあるところじゃないと不便だ」 正太郎が川向こうを眺めている様子にカバネルが指差して教えた、川は中州が多く点在し川岸には漁師小屋か網を小屋の前にかざした様子が見えた。 「昔ルイ14世の頃はあそこがボルドーを守る重要な拠点だったそうだ」 向こうはRive droit(右岸)此方はRive gauche(左岸)というんだとも教えた。 そしてついにポンティヨンのお勧めのシャトーが左手の丘に見えた。 オー・メドックのChateau Lanessan(シャトー・ラネッサン)だ。 此処まで馬で4時間、馬車ではもう1時間見ないと無理だとカバネルが正太郎に教えた。 今朝昼の1時までに行くということが先行して連絡されていて館では一行の歓迎のために庭に小作人も含めて20人ほどが集まって歓迎してくれた。 「4時にはレオヴィル・ラス・カーズへ行く約束がしてあるのでそのつもりでシャトーの案内をして欲しい」 M.アズナヴールがM. Delbos(デルボ)に伝えると「聞いているよ、だがあそこまでなら馬で10分も掛からんさ」 「そうは言うがなお前さんのは馬を駆けさせての話しだろう」 「大して変わらんさ。まず旅の疲れを取るために一杯行こう。1時間前に栓を抜いておいた。それとも樽ごと飲むかね」 正太郎は面白い人だと感じたがまだ話しに加わることは出来なかった。 「忘れるとこじゃった」 M.アズナヴールが次々に紹介してジュリアンからM.ポンティヨンの紹介状を受け取り読み終わると「Shiyoo Maedaというのかね。M.ポンティヨンも君のことを褒めているよ。M.ジュリアン、君は戦友で信頼できると書いてある。二人ともワインの仲買をしているというが、わしの所と取引がしたいのかね」 「私はまず自分の目と舌で確かめて私の顧客の要望する値段で引き取れるワインを探しています。貴方のワインが優れたものということは承知で失礼なことを言わせていただければ、私の希望する値段と数量の取引が可能かどうかはまだわからないのです」 「ホウ、なかなか確りした意見だ。そちらの君はどう思うな」 「私はまだ勉強中でどのワインがジャポンで売れるか判りません。樽で取引を申し入れられるところもありますが、私は高価なワインよりもジャポンの酒のようにフルーティな香り豊かで端麗な甘口のものを求めています」 黙ってワインのビンを選んで居たが2つのグラスに注いで「これを飲んでごらん。ソムリエのようにティスティングの必要は無い。それと彼の意見が聞けるまで皆は口を開かないで呉れ」 正太郎は試されたのだ「少し言い過ぎたな。でもこれ以上自分の意見を言わずに居るのもジュリアンに負担が大きい」と考えてのことだ。 暫く交互に香りをかいで右手に置かれたワインを半分飲んだ、そして其の余韻を確かめると左のワインも半分のみ「これはまだ熟成が進んでおりませんように思います。香りの中にプラムのようなものと、りんごのドライフルーツをを混ぜた感じがしました。そして此方は」 ジュリアンがごくっとつばを飲み込んだ音が、正太郎の気持ちを引き締めた。 正太郎は手に持ったグラスのワインをゆっくりと飲み干して「熟成が進んだせいか開栓して時間が不足のように感じます、また土の匂いと山葡萄に似た鮮烈な葡萄の荒々しい風味を感じました。後1時間欲しいところです」 話しの間に開けたビンを確かめ匂いの確認をしていたM.デルボはもう一つのワインを新しいグラスに注いだ。 見ているものすべてが正太郎に集中していた。 正太郎は匂いをかいで一口飲んでテーブルを見回した「其の干し肉をいただけますか」「いいとも」とちぎって手渡してくれた。 正太郎の食べたことの無い風味がした「それは鹿の干し肉じゃよ」干してあるのに柔らかな風味と葡萄に似た味がしたのは今飲んだワインのせいかと正太郎には思えた。 そして残りを一気に飲み干すと「細かな酸とタンニンをベースに甘さを抑えた風味がします。アアそうです、口ではなく喉の奥から鮮やかな大地を思わせる豊かな森の香りがします、川風にゆれる楓と潮の満ちてくる感じが体中に広がります。私が居たYokohamaの波が打ち寄せるMississippi bayを思い出します」 M.デルボはテーブルを廻ってくると自分より大きい正太郎を抱き上げるように「ブラボー、ブラボー、君は天才のソムリエになれる、最後のものを駄目だという奴がわしのところに来ては、わしにこれは良くない安くしなければ売れないだろうと言うので売るのを拒むことも多いし、前の格付けのときにも審査に出さなかった。わしが偏屈だと言う奴には言わせておけばいいと思っているが、君の味に対する意見はわしの言葉そのままだ。M.ポンティヨンがまだフランスについて一月もしないが自分の小さな娘も神さんもShiyoo Maedaは信頼できるといっていると紹介状に書いてある通りだ」 次々にほかのものにも握手して緊張がほぐれたジュリアンも安心して自分の前のグラスを取り上げて「ア・ヴォートゥル・サンテ」と声を張り上げた。 「いや緊張したぜ。どうなるかと思った。俺よりも舌も表現もショウのほうが豊かだ」 ジュリアンにまで褒められて正太郎は嬉しさを隠し切れなかった。 話題は今朝の強盗の内の一人を投げた技の話にまで及んで時間はどんどんと進んで行った。 「君ショウと呼んでいいかな。其れでジャポンにはどれが向くかね」 「私は最初の左手に持ったほうがよいと感じました。でも私が好きなのは最後のものです」 「その左のものは熟成が12ヶ月のものだ、右のは18ヶ月最後のものは32ヶ月、樽に入れておく時間ぎりぎりのものだ。後はビンで3年すれば最高の飲み頃になるだろう。あの鹿肉を選んだのはなぜだね」 「Yokohamaでフランス人のシエフが、ボルドーのワインでも肉料理にすべてが向くとは言えないが干した雉の肉にはワインの風味を引き出す力があると教えてくれました。それならほかの干し肉でも同じような効果があるかと思いました」 「こうしちゃ居れんぞ。M.アズナヴール、この少年を早くレオヴィル・ラス・カーズへ連れて行こう、向こうでどのように味を話してくれるか楽しみじゃ。長生きはするものじゃ。ジュリアン君今日は下調べといったね一月以内にもう一度わしのところへこのショウを連れてきてくれたまえ。ティスティング用に5本持っていきなさい」 「ありがとうございます。必ず7月中に参ります。出来るだけ早くこられるように調整してお尋ねいたします」 いい気持ちで6人そろって馬で街道へ出た。 館では残った料理とWineで宴会の続きが行われていて、正太郎のことやジュリアンの男前が話題に上った。 カバネルが又現れるシャトーの名前を教えてくれた。 「其の右のが Chateau Ducru Beaucaillou(シャトー・デュクリュ・ボーカイユー)左が Chateau leoville barton(シャトー・レオヴィル・バルトン)」 「右手一番奥が今朝の老人のサン・ジュリアンのシャトー・ベイシュヴェル、それから街道沿いの先に見えたのがシャトー・レオヴィル・ラス・カーズ、此処こそ君たちが招待状を持参したレオヴィル・ラス・カーズだよ」 連絡に出たものが戻るのに出会ったのはそのレオヴィル・ラス・カーズのま直の林の近くだ、馬をゆっくりと歩かせたので15分ぐらい掛かったが先に見えるのがサンジュリアンの集落だ。 「Grand Vin du
Leoville du Marquis de Las Cases(グラン・ヴァン・デ・レオヴィル・デュ・マルキ・デ・ラス・カーズ)が此処のラベルだ、皆がレオヴィル・ラス・カーズと縮めて言うだけで本当のラベルはこう書かれているんだよ。セカンドラベルがClos du Marquis &Grand Parc(クロ・ドゥ・マルキ&グラン・パルク)さ」 正太郎はMomoに教わっていたがカバネルに敬意を表して頷くのみにした。 入り口を入ると瀟洒な建物の前に人が集まっていた。 一行は歓迎されここでも正太郎は舌と其の感性を試され合格だとMomoの父親のSylvain Francois Bellecourt(シルヴァン・フランシス・ヴェルクール)とUne hotesse du batiment(館の女主人)のMme.Jeanne Francois Las Cases(ジ−ン・フランソワ・ラス・カーズ夫人)は太鼓判を押した。 M.アズナヴールとジュリアンに正太郎の3人にラス・カーズ夫人は泊まるように勧めて賑やかに歓迎会を開いた。 ムッシュー・フランソワから催促の使者が来て大人数でベイシュヴェルの館へ押しかけることになった。 「オッずいぶん居るぞ。Potensacのテオにポールもいるぞ」 賑やかに婚約祝いが開かれていたのだ、正太郎はピエール・フランソワとジュリエッタに手をひかれんばかりに招かれて彼女の婚約者のArmand Heine(アルマン・エン)を紹介された。 Momoの叔父だという彼はまだ22才だということでジュリエッタのほうが一つ年上だそうだ。 パーティはなかなか終わらずやはりM.アズナヴールとジュリアンに正太郎は泊まる事になりカバネルとジャン・バティストは明日のこともあるので帰ることになった。 テオにポールをM.デルボとM.アズナヴールがショウたちに紹介して「この二人は見込みがある。だが畑が悪い。いまは樽買いのネゴシアンにいいようにされているが土地の割にはいい物を作る。いい畑を手に入れれば人に負けないものを作れるだろう」と正太郎とジュリアンに盛んに売り込んだ。 二人は自分たちのワインだとジュリアンと正太郎に味を見るように勧めた。 「おしいな、これを樽買いして雑たなものと混ぜてしまうのじゃ台無しだ」 「そうだろうだが大物たちには及ばんのだ、誰か年間5千本でいいから引き取り手が現れれば其の金をためてよい畑を手に入れられる」 M.アズナヴールは自分ではと言うよりフランスとイギリスでは無理だという顔で正太郎を見ていた。 ジュリアンは其の雰囲気を察して「どうだろうラベルはボルドーというのみで自分のシャトー名を名乗らなくても売れればいいだろうか」 「それはやはり混ぜるということですか」 「いや君、テオ君の樽は其の樽だけ。ポール君の樽はやはり自分の樽だけだ」 「M.ドゥダルターニュ本気かね」 M.テルボは半ば乗り気でM.アズナヴールのほうへ向いて「其れで君が引き取ってこの二人に売らんか」 「それはいいが、値段はどのくらいを見込んでいるのだ」 「ビン代を考えると一壜2フラン20サンチームが欲しいです」 「二人とも其れで卸せるかね」 「ええ、壜代が安ければもう少し安く出来るのですが、回収済みのものは使いたくないので」 「判った其れでいま18ヶ月以上樽にあるものはどのくらいある。ただし一定の味を保障してくれ。壜によって大幅に差が有ってはわしの信用がなくなる」 「此処に居られる人すべてにかけても信頼は裏切りません。テオの舌に任せて配合を確りと致します。彼のほうは彼自身が管理しますしアルマンが私たちを監督するでしょう」 「アルマンどう思う」 「私も彼らを信頼しております。壜詰め作業には必ず立ち会うことを誓約します」 テオは改めて自分はテオフィル・スカウィンスキでポール・リカルドの娘婿だと名乗った。 ポールもポール・アントナン・ドゥロンだと名乗りジュリアンと正太郎そしてM.アズナヴールを期待のこもった目で見た。 「テオはいま2年目のもの30樽9000本が眠っていて私もほぼ同じくらいです。それぞれ9000本がそろえば19800フランを希望していますがネゴシアンのM. アンペールは樽一つ250フランといってきました。半分にもなりません」 「今新しい壜は1千本で800フランだ、手間をかけても新しい壜にしたいかね」 「勿論です、仮にボルドーという名でも壜詰め業者ではなく自分のものが世に出るということは嬉しいことです。それと先ほどの値段なら働くものへの手間賃も稼げます」 「いいだろう。私の名で組合には話を通す。ジュリアン、君もショウも出来る限り引き取る算段をしてくれたまえ。年内に収まるものなら半分は売り込みたいものだ」 「M.アズナヴール、ジャポンへの輸出値段が決まりましたら私にも扱わせてください。昨日のお尋ねしたシャトーも値段が決まれば私の扱える分は年内に支払いと引取りを行いたいものです。ジュリアンがほかにも紹介してくれるでしょうがそれは前の分の品物がお金になるまで保留してもらいます」 「いいのかショウ無理をしなくてもいいぞ。だがM.アズナヴールこの二人のワインを直接半分扱わせてもらえるなら保証金の前払いをしてもいいのですが」 「どのくらいだね。半端な金では困るぜ」 「クレディ・リヨネ銀行の小切手でそれぞれに2000フラン」 「それならボルドーにも店があるからいいだろう。後はどうするね」 「M.アズナヴールが先でもよろしいですし。私たちが先でも、又半分ずつでもよろしいです」 「いいだろうジュリアンのことだ、わしと仲間内での相乗りと行こうじゃないか、ジュリアンが言うように一人2000フランの前渡し、瓶詰めが始まったらわしの方へ連絡を入れてくれ倉庫の確保をしたい。其れで入荷は1500本ずつそれぞれ現金支払い。最後に前渡し分と端数計算の上清算する。M.デルボ其れでいいかね君が立会人になりたまえ」 「よしよし、君の連れてきた二人は気前のよいことだ。それに勝負にかける運もありそうだショウが今日の分を飲んで取引を申し出るなら将来性かジャポンには合う味と匂いを嗅ぎつけたんじゃろうて」 「机と紙が必要だ。Mme.用意して下さらんか」とぞろぞろと館へ入り込んで契約書を交換してショウが2000フラン、ジュリアンも同じ金額の小切手で二人へ支払った、こういう事は息が合ってきた二人で阿吽の呼吸で胴へ巻いた財布から小切手を出すのも同時だった。 立会人の署名は館の女主人ラス・カーズ夫人とM.デルボが勤めてMomoの父に祖父も裏書に名を連ねた。 「この契約書は値打ちものだな」 M.デルボは皆に見せながら「将来この契約書に名を連ねた若者はボルドーに其の名を残すだろう」と其処に居る人々に裏書を勧めた。 |
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Bordeaux1872年6月19日 Wednesday ブドウ畑はまだ花が咲いていない。 ジュリアンの一行は朝の9時にレオヴィル・ラス・カーズの館を出て幾つかのシャトーを巡りようやくRue Notre Dame のカバネルの店に戻ったのは午後の5時になっていた。 その日のうちにサン・テミリオンのシャトー・ボーセジュール・デュフォー・ラガロースまで行くのは無理と明日にして食事をした後早寝をすることにした。 「では明日、9時に迎えに行くから支度をしておいてくれ。もう一日滞在を伸ばすかね」 「いや今回は明日の夜に特急が出るので其れでパリへ戻ります。後の日程が判れば手紙か緊急のときは電信を打ちます」 3人でそのことを話し合っていてショウは大事なことを思い出した。 「大変だジュリアン。赤ちゃんカヌレだ」 「そうだ。Bebe Canele(赤ちゃんカヌレ)を忘れたら大変だ。明日買っておく時間があるかな」 「なんだ菓子なぞどうしたんだ」 二人で交互にマダム・デシャンやLoodのママンのお土産を忘れたら大事だと話しはじめた。 Maison LEMOINE の Specialites Caneles とBebe Caneleをカバネル・ビュシエールが買って置いてくれることになった。 二人の荷物はM.アズナヴールが馬車で行くから朝ホテルを引き払うときに積み込むことになって二人がカバネルの店を後にしたのは6時をすこしすぎていた。 「どこで飯を食うかな、とりあえずホテルでシャワーを浴びて此処何日かの酒の気を抜こう」 「僕もまいりました、生まれて初めてワイン漬けになった気がしました」 「そうだ、俺だって今日もあんなに呑まされるとは思っても居なかった。ティスティングだけというのに飲まなきゃ駄目だというには困ったぜ。仕事柄人よりは強いし倒れることも無いがそれでも参ったぜ」 二人は歩いてホテルまで戻った。重い荷物になる彼方此方から貰ったワインの壜はカバネルが預かり明日帰るときのカヌレと一緒に渡してくれることになった。 「デ、ショウは何で同じものを3つも買うのだ。マダム・デシャンに後はエメにでも遣るにしてもだもう一つはどこだ」 「いやだなぁ。ジュリアンが買うかと思ったらママンの分しか買わないからポンティヨンさんの家へのお土産ですよ」 「しかしよく思い出したよな、危ないところだった。ソーテルヌ入りのマカロンも買ってもらうことも思い出したしな。ショウ、エメと食うには多すぎないか」 「あの子は近くに友達が多いからすぐなくなるでしょう」 駅について明日の特急の予約状態を確かめると1等は空いていたのですぐに予約を入れた。 ホテルで身じまいを整えてサンミッシェル教会の脇から北へ進んでパールメント広場を通り抜け、キャバレーにいかがわしい酒場の並ぶ「Rue St Remi(サン・レミ街)までに行くか、それともおとなしい店にするか」と聞いてきたので「今晩は酒の必要ない店にしようよ」と返事をした。 サン・タンドレ大聖堂手前にあるRue Loup (ルー街)にあるCroc-Loup(狼の牙)という店に入った。 名前は如何わしいところがあるが普通のレストランだ。 「よぁ久しぶり」ジュリアンは気軽に入り込んでセルヴァーズとメニューの検討をはじめた。 正太郎が食べると言う海老のラヴィオリとビーフシチューに海老は見たくもないといいながらジュリアンは、Costoletta alla milanese(子牛のカツレツミラノ風)とRognon de veau aux trois moutardes(子牛腎臓のロースト、3種類マスタード風味ソース)それとビールを頼んだ。 「ショウはなぜそんなに海老が好きなんだおかしな奴だ」 「体のためにも肉と魚、野菜という風にいろいろと食べないと駄目だよ」 「フン、独り者は好きなものを食べても文句など言わせないさ。神さんを貰えばそんなこと言えなくなるから今は好きなものを食って飲むのさ」 勘定はジュリアンがして表に出ると、黄昏が迫る通りの端々からは教会の尖塔がいくつも見えた。 「此処の教会はパリと違って尖塔の高さがあるね」 「そうだなパリから北は此処まで高いのは少ないな、サンミッシェルは113メートルとか115メートルとか言うからな」 歩きながら明日の打ち合わせをする二人はBlanc vin(白ワイン)をどうするか話し合った。 「今回はM.アズナヴールが付きっ切りだから回れないとこも出たがそれなりの成果はあった。ショウが希望していた白を明日は紹介したい。ここは200年位前から醸造してそれなりの成果が出ているが評価は低いからお勧めものだな」 「そんなところがあるのですか」 「そうだ、イギリスやドイツではシャブリのように辛口のものが好まれるのだぜ」 「ジャポンでもお酒は辛口に限るという人が大半です」 「そうだろ、ショウが言う甘口は評価が低いのだ其処がつけめさ。ヤン・ヴィニョーブル・メリックというのが作る白は絶品だ。菓子に使う樽売りばかりだったが壜詰めで売るように話はしてある後は値段の折り合いだ」 「わかりました其の交渉はお任せします。其れで明日の内金はどうします」 「M.アズナヴールが絡むのは仕方ない。こうなればカバネルとジル、それとM.アズナヴールを抜かすわけにはいかんだろう」 「僕は其れでいいです。では明日の2軒とも2000フランの前渡しで行きますか」 「そうしよう俺とショウが1000フランずつ出すことで折り合いをつけよう。シャトー・ボーセジュール・デュフォー・ラガロースは1千 bouteillesで4200フランくらい。ヤンのBel Air(ベレール)は2000フランで買えるだろう、去年来たときは樽で中身だけを一樽300フランでDix barils(10樽)買った。持ち込んだ樽と詰め替えるか樽代は別に払うのさ」 1樽300本取れるとして600フランそのうち壜代がM.アズナヴールの話しだと80サンチームかける300で240フラン手間代に60フランかと正太郎は話を聞きながらすばやく計算していた。 「シャトー・ベレールは白も作っているのですか。メゾンデマダムDDで聞いたベレールは10フラン近くする赤でしたよ」 「そいつは別のシャトーだ。ベレールを名乗るところはいくつか有るよ。ベレールという名で知られた1級のシャトーもある。そのベレールのうちでも其処は知られていないのだ。地区的にもSainte Croix du Mont(サント・クロワ・デュ・モン)はこれからも穴場のままさ。だから買い付けたものはジャポンに殆ど送りたい」 「いいですね、Yokohamaで評判になってもこっちに伝わるまでに契約を確りと出きる様にしましょう」 「そうだな一昨年の樽から壜に詰められるのは精々35樽11200本がいいとこだ、大体18ヶ月で壜詰めだ此方は昨日のシャトーと違って一昨年の分は壜詰めが始まっているだろう、半分は10年契約で抑えても良いかもしれん」 「10年の契約は値上がり分の見込みはどうするのですか」 「通例だと評価が上がればそれに準じて値上げをするか契約破棄で契約料を返還してもらう、あくまでも買いたいという優先契約できるという意思表示だ。ただ別の契約方法で年1パーセントの値上げをするとかの見込み契約は値上がりしても値段の変更は無い」 「それだと評価が上がらないと最後には高い買い物になることもあるんですね」 「そういうことさ、其処が仲買の腕の見せどこさ。M.アズナヴールがどう出るか見ものだぜ。カバネルは気心が知れているが司令官はネゴシアンとしては一流だからな。仲買人は泣かされる奴も大勢居るのさ、いい人だがへそが曲がるとてこでも動かない。其処が魅力だという人は多いのさ、まぁ俺とは少し考えも違うが向こうは長い目でシャトーそのものを育てながら儲けも出すというぎりぎりのことをするのが商売だ」 「でも驚きました年産30樽から50樽前後の小さなシャトーがこんなに多いとわ知りませんでした」 「そうなんだたいていそういうところは樽買いの仲買人に安く買われてしまうのだよ」 後は明日の成り行きと云う事になった。 |
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Bordeaux1872年6月20日 Thursday 朝6時にM.アズナヴールが下に来てギャルソンがジュリアンに都合を聞きに来た。 すでに支度が済んで荷物を下へ運ぶ用意もできていた二人は躊躇無くM.アズナヴールが乗ってきた馬車に荷物を積み込んで出発した。 「どうしましたずいぶん早いですね」 「実は今日ぜひとも寄ってもらいたいCantina(ワインの醸造所)が有るんだ」 「実は私たちもSainte Croix du Montに一軒寄りたいのですが」 「そりゃ好都合だ、ペサックにあるシャトーを紹介する予定だ」 「帰り道から余り外れていないようですね」 「そうだな、遠回りになるくらいのものだ、余り時間は取らせんよ」 「判りました。よろしく引き回してください」 正太郎も同じようにM.アズナヴールに頼んで「そちらは大きいシャトーなのですか」と聞いた。 「いや由緒はあるがそれほど大きくはないよ。1858年に此処を買ったジャン-バティスト・クレールがジロンド県農業振興会金賞を取ってパップ・クレマンのワインの名声が騰がっていまが最盛期だが、メドックやマルゴーに及ばないのだ。何とかしたいのさ、だがロンドンでの評価が上がらないのだ」 「名前は知っていますよ、でも買い付けは難しくありませんか」 「カバネルが仲買として幾許かの契約を取れるのだ、それをわしが今年のボトル詰め600ケース7200本を買い付ける契約だ。君たちが味を見てよかったら半分譲ってもいいのだ。ケース80フランが契約値段だそれはカバネルが仲買としてはいってわしに出すという値段だが、あれはケース15フランの手数料なのだ、ぜひ君たちも彼に協力してくれないか」 カバネルめ自分で言えば良いのに義父に言わせるとは俺に儲けを出しすぎといわれたくないからだなと思ったが口には違うことを言った。 「手付けは打てますが、すぐに全額は難しいのです。手持ちのものを売るまで待っていただけますか。昨日今日の買い付け分の金の手配もあるので2万4千フラン集めるには3ヶ月は掛かります」 ジュリアンは正太郎に負担をかけずに引き取るつもりのようだ。 「良いだろう。今度来るときに手付けとして6千フラン用意できるかねそうすれば後は年内でもいいのだ。わしのほうでどうせそのくらいは寝かせる予定であったので手付け分が入ればカバネルへ支払える」 「判りました、一月以内には金を用意してボルドーへ戻ってきます」 ピエール橋を渡りきるまでに其の話は決まってしまった。 正太郎は改めてワインの商売はすごい金額が単に口約束で決まっていく様子に驚きを隠せなかった。 今日の馬車は西部で見た駅馬車のように頑丈なもので6人が前後3人ずつ座れるようになっていてM.アズナヴールは正太郎が驚いている様子を見て笑っていた。 「見なよジュリアン、君からは判らんだろうがショウは今の取引の話しに驚いているぞ。仲買とネゴシアンの駆け引きも覚える必要があるな」 正太郎は本当に驚いていたのだ、自分が持ち込んだ3万フランなぞたいした取引が出来る金額ではないことにだ、ネゴシアンでも小さなものだよというM.アズナヴールでさえこれだけの取引を品物で寝かせるくらいなんでもないということにもだ。 「ジュリアン、君はどこにもって行くつもりだ」 「そうですねアントワープかコペンハーゲン経由でストックホルム、まぁその辺ですかね」 「ジャポンは無理かね」 「いまショウが売り込んだ品物の金の回収に時間がかかるのでまだ先になるでしょう、昨日の契約分以上は今すぐにYokohamaとの連絡がつきません」 「それもそうだなショウ、君にも仲買の苦労と面白みを覚えてほしい。そのためには味と知識だけでなく金を集める人とのつながりを作ることだ」 一昨日と同じように対岸の丘を左回りに登り線路と分かれてサン・テミリオンへ向かった。 シャトー・ボーセジュール・デュフォー・ラガロースでは相変わらず訪れた3人を歓待してくれた。 「今日は契約に来ました。まだ金額の相談が完了しておりませんので此処に保証金を用意しましたのでM.アズナヴールをネゴシアンとして指名した上で値段を決めさせてください」 「良いでしょうセカンドとして出す分が希望であるということでいいのですか」 「そうです。セカンドワインのクロワ・ド・ボーセジュールが希望です」 「最初の分500ケースが壜詰めできる予定で、いま其の準備に新しい壜を買う予定で居ます」 「まず去年の壜詰めした分の内150ケース1800本をいくらで買わせていただけますか。それと今年の分と来年の分それぞれ500ケースを契約するとしての金額を提示してください」 「それは150ケース木箱詰め一ケース48フランです。これはボルドーでの取引相場です。まず此方を其れで引き取れますか」 「それはネゴシアンからの卸値ですね」 「そうです」 「では私の提示する金額は40フランです。本日保証金として2000フランを置いていくことが出来ます。クレディ・リヨネ銀行のボルドー支店で何時でも換金が出来ます。もし現金をすぐに希望するのであればM.アズナヴールが明日にでも其の手配をしてくださいます」 150ケース1800本6000フランの保証金が三分の一の2000フランで品物は全額いれてからで良いという申し出にジャンは心が動かされたようだ。 昨日ショウに話したmille bouteillesで4200フランどころか最初から一壜あたり4フランを3フラン33サンチームほどを提示して様子見をしたはずが其れでまとまりそうだ、後払いで無く先に現金を用意するというジュリアンの仲買人としてのTechnique(テキニーク・テクニック)を正太郎は目の当たりにした。 「良いでしょう残金はいつになりますか」 「一月以内。もし急ぐのであればM.アズナヴールに至急送金をいたします」 「いや品物を持っていっていないのにそれは必要ありません、で、残金納入時に次の分の保証金なり来年分の契約保証金を入れてくださるのですね」 「そうです、500ケース6000本を同じ値段で取引なさいますか」 「良いでしょう、そちらはいくら入れられますか」 「4000フランの持参時に新たに2000フランの保証金年内に残金を支払いますのでカバネルの店とジルの店が窓口に為ります。翌年分の値段も同じであれば同じく2000フランを保証金としてそのときに先払いいたします」 これには正太郎もM.アズナヴールもそれどころかジャンさえも驚いた。 翌年の保証金を出してでも抑えるということはセカンドといえこの家のワインを認めたことになるのだ。 「驚きました私たちのワインを評価してくださるのに貴方に信頼を置かないものは居りません。支払いも納入先もすべてお任せいたします」 M.アズナヴールもほっとして「では私の立会いで契約を交わしましょう」 「では妻を呼んできます。彼女にもいまの話を聞かせてやってください。一番金で苦労しているのはポーリーヌですから」 夫婦で苦労して育てる葡萄のことがよぎるのだろうかポーリーヌが来て嬉しそうに契約の様子を見ていた。 これでジュリアンはこの家に出入りする仲買として認められたことになり、ボルドーでの信用も付くのだ。 ジュリアンと正太郎がそれぞれサインして1000フランの小切手をそれぞれの胴巻きから出して渡した。 お土産にと3人にこの家の一番の宝物1866年のシャトー・ボーセジュール・デュフォー・ラガロースを2本ずつ受け取らされた。 ゆっくりしていけというのを夜の特急でパリへ帰るまでに後2軒寄りたいといってシャトーを後にした。 Chateau Bel AirのあるSainte Croix du Mont まで約2時間、着くのは12時半だろうと言って「しまった昼を食い損ねたな、どこかで食べるか、それともヤンに何か出させるか、パンにワインとチーズにサラミそのくらいは有るだろう」 ジュリアンはそういってM.アズナヴールを見た「馭者にも昼を食わせていないから途中に何か売っていたらそれを持っていこう、余り俺たちは食わんほうが良いだろうがショウはかわいそうだ」 「私は大丈夫です。気持ちが張り詰めていますので腹はすいていません」 二人は可笑しそうに笑いながらボルドーの市場でのワイン取引の可笑しな話をしてくれた。 「昔々の話さ、神父がワイン作りに夢中になって、仲買を泣かして金を溜め込んだが使いたくてもな、田舎のシャトーで使い道が無いと其の金を持ってパリへ出て、賄賂を使いまくったんだそうだ。それが実って格が上の教会へ送られたのさ、それが行ってみたら確かに教会は立派で補助司祭は多いし、訪れる人も多いが金の出入りも多いが自分の金は何も無いという泣くに泣けない目にあってしまったそうだ。昔の金儲けのワインを作っていた頃が懐かしいと酒びたりになって最後には左遷されてしまったとさ」 ジュリアンが面白おかしく此処にはかけない如何わしい場所に出入りする神父の行状も話すと、M.アズナヴールは「そういえば俺が紹介するシャトーも昔は教会のものだった。パプ・クレマンと言うのだがこの館に住んでいたボルドー大司教が、Le Pape(法王)クレマン5世になったことから其の名が生まれたのだ。100年ほど前にフランスは革命がおきて教会から没収されたシャトーは競売されて、様々なものの手を経ていまのジャン-バティスト・クレールが買ってから評判が良いのさ」 Micouleauの近くで蛇行するドルドーニュ川が迫り暫くは川沿いにさかのぼるとようやく橋が見えて対岸に渡った。 Le Pont de Saint Jeanは Estuaire de la Dordogne(ドルドーニュ川)に架かり此処では川幅が狭まり200メートルほどであった。昨日の朝改めてみたこの川とガロンヌ川が合流してジロンド川となったあたりでは5000メートル近くも有り川幅というより入り江に近いといえるだろうと正太郎は思った。 まだ見ていないRoyan(ロワイヤン)の軍港付近のジロンド川の河口で川幅は10キロ近いという話しで、此処は大きな渡船が運行して馬車なら50台は乗せられるともMomoの父親が話してくれたサンピエールの下流は橋が無く渡船が唯一の頼りなのだ。 吟香さんの上海の話しも誇張で無いのだと改めて感じていた。 橋を渡りきると道は上り坂で丘陵は畑が続き其の先には大きな森が見えていた。 森をすぎると道は緩やかに下り小さな集落の入り口にはPlace Republiqueと出ていた。 其の先は幾許かの家がまばらに見えるさびしい道を10キロも行っただろうか、そこにはLa Gravetteという看板が見えた。 「やれやれようやく此処まで来たか後2キロくらいかな」 森を廻り込んで現れたブドウ畑は一面に白い花が咲いていた。 「オウ此処はもう咲いたかメドックより3日は早いようだ」 正太郎はその可憐な葡萄の花がなぜかいとおしく感じられ馬車が止まるまで見続けていた。 「ショウは葡萄の花は初めてか」 「はいそうなんです、Yokohamaでは見たことが無かったのです。かわいい花ですね」 シャトー・ベレールでは壜詰めが完了していてジュリアンの到着を歓迎した。 「手紙は読んだ、ボルドーに入ったらすぐに来ればいいのに」 「そういうな、彼方此方回るのに忙しいのだ。こいつが俺の相棒のShiyoo Maedaだ。君もショウと呼んでやってくれ」 正太郎と挨拶を交わして「ショウ、君はジュリアンと仲間だそうだな。俺とも友達になろう。家のワインは君の要望にこたえられるはずだ、まず試飲してくれ。M.アズナヴール貴方も私のワインを扱ってくださるのですか」 「そうだなまずジュリアンが買う値段しだいだ。あまり高いとジュリアンに手数料を出せんからな」 口は悪いが気心が知れれば付き合いやすいという言葉どおり、ネゴシアンとしての自負があるのだろう、高いものはごめんだと最初から強気の姿勢は崩さなかった。 M.アズナヴールが一昨日の正太郎のことを話すと、ジャポンの味覚を俺もどのくらいか知りたいと早速試飲をさせた、ジュリアンとの金額交渉は正太郎の判断しだいでどうなるのか不安もあったが、自分の味覚を信じて応じた正太郎であった。 正太郎は2つのグラスに同じように注ぐと片方は回してフレグランスを嗅いで、もう一つはそのまま置いておき回したグラスから一口飲んだ。 「レモンの砂糖漬けの味がします、其の後黄桃のコンポートの風味が残ります」 さらに一口、そして残りを飲み干すと「白い花の蜜の風味が広がってきます。ムスクに似た香りが喉の奥から鼻へ抜けてきました」 もう一つのグラスを仔細に眺めてゆっくりと回してから半分ほどをゆっくりとのどへ流し込んだ。 「熟した果実の強い甘味は先ほどと同じです。酸味はやや強めでしっかりして余韻にオレンジママレードのようなすっきりとした苦味が有ります。アルコールの強さは弱いですが余韻が残ります」 最後の分を飲み干し「ゆっくりと続けて飲むと苦味が消えて先ほど見たブドウの白い花の香りがそのままよみがえる喉の感じに為り気持ちが落ちつくワインです」と結んだ。 ジュリアンはほっとして「俺が去年飲んだより余韻に広がりが出たようだ」そういって自分も飲んでM.アズナヴールの意見を聞いた。 「そうだな俺の意見も同じようだ。レモンと、オレンジというより何かもっと強い柑橘類の味を感じた。苦味はマーマレードという意見には賛成だ」 シャトー・ベレールのヤン・ヴィニョーブル・メリックは満足したように「同だね其れでジャポンに持っていって売れそうかね」 「Yokohamaではこの味なら喜ばれる人は多いと思います。ボルドーのワインは苦味と樽香の強い赤ワインが多くシャンペンほど喜ばれていませんですがこの味なら値段しだいでシャンペンと同じように喜ばれるでしょう。ただシードルより高いようですので大量に消費できるか難しいところです」 「シードルと一緒にしないでくれ」少しむっとしたヤンに落ち着いて正太郎は答えた。 「其のシードルですが、まだワインに慣れていないジャポンのものには酒と言う事しか理解が出来ていません。私が其の違いを正すためには高いVin rouge(赤ワイン)よりセカンドでも飲み口の柔らかいものを送り出す必要があります、それはジュリアンが手配して売れそうなワインを選別してくれています。私はジュリアンが勧めてくれたこのBlanc vin(白ワイン)で其の間違いを正したいと思います」 赤くなって怒っていたヤンに微笑が戻り正太郎を抱きしめて「よし君に売った。ジュリアン君が値段を決めろ。俺が損しない値段にしろよ。今年の半分はお前たちが買ってくれ其の値段が俺の今年の相場としてほかの仲買人に示す。人気があるからと高いワインじゃないんだ」 ジュリアンは其処まで任されると困ったようにM.アズナヴールとしきりに相談しだした。 「ショウ。値段はあいつらに任せてfattoria(ぶどう園・醸造所)を見せるからついて来な」 Azienda Agricola(自家醸造業者)としての自負と自信が溢れるヤンに正太郎はYokohamaでの成功を感じた。 「樽代込みで320フランが相場だそうだが俺は今年の分の壜入りはショウにすべて渡すので壜入りを6000本、樽は20樽引き取ろう」 「そうだ言っていなかったが一昨年のが106樽それを84樽残してボトル詰めした。6500本しかない、それを6000も引き取りたいと言うのか」 「それじゃ多いか」 「いや一箇所にそれだけ出すと試飲用しか残せん」 「自分用は樽から飲めばいいだろう」 「樽の分は今までの付き合いの分だ、せめて5000本にしろよ」 「可笑しな奴だな買いたいと言うのに去年と違うな、値段をあげてきた仲買がいるのか」 「それもあるが、去年の収穫の分が112樽しかない。なかなか畑も増やせず収穫が頭打ちなのだ」 「あの畑は手には、はいらないのか」 「買いたいが5ヘクタールもあるんだ。3000フランだとよ」 「それだけあるとどのくらい増やせる」 「そうだなあれを家で管理すれば70樽は十分収穫できる」 「其の畑を買い入れられれば今までの分はともかく壜を倍に出来るな」 「それはそうだが其処まで金に余裕は無い。ジュールが先付けで契約してくれるならともかくな」 正太郎は事前の話が現実に向こうから転がり込んでくるのを感じた、ジュリアンがベネルクス3国へ売り込みに歩くまでも無く此処のワインは売れると判断しているのが良く判るのだった。 「よし10年間、来年は5000本だが隣を買えたらそれを壜につめて俺に売れ、プラス分は5000本4年先からでいい」 「いくら契約をしても現金が無い」 「俺が出す。今年の分は契約金2000フラン、5000本を10000フランで売れ」 「それはいいが後の支払いはいつだ」 「8000フランは一月以内、其の前に半分を受け取りたい。それと3000フランは今日出すがそいつはこれから10年分の契約料だ、だから10年間は同じ値段で出せ」 「13ヘクタールなら180樽は確実だ。そうすれば収入も安定するし3000フラン分の値上がりはいい判断だな。其の話しに乗った」 二人は手をパチント合わせてから抱き合って共に「これで契約終了だ。飯を食っていけ」とヤンが叫んだ。 時計を見ると1時50分ジュリアンも自分のを見て「ショウの時計は同だ」と時計を合わせて「此処を3時までに出れば大丈夫だ」と馭者も招待してくれるように頼んだ。 ここでもM.アズナヴールが立会人となり最初の分として200ケースをM.アズナヴールが引き取ってほかのものがそろったところで此処から直接Yokohamaへ送り出すことになった。 ベレールを出てガロンヌ川に向かって下り坂を降りていくと、広い道に出た。 Saint Macaireというところで川沿いに道をボルドーの市内に向かって下ると丈夫そうな土台で作られた橋がありそこを渡った 川から離れずに進むとSaint Maixantという集落でガロンヌと逆らうように小高い丘から此方へ向かって流れる川がありそれを避ける道をさらにたどった。 今度はガロンヌと直角に左手から流れてくる川に行き当たり幅が50メートルくらいあった、そこにも石の頑丈な橋が架かっていた。 其の先を丘裾とガロンヌの間に道は続き、少し先で丘の上へ登る道をたどり其処から見ると川は大きく蛇行していて雄大であった、木立のまばらな丘を降りていくとPlace Gambetta Podensacという看板が出ていて200軒ほどの集落があった。 川幅を増して右手に去ってゆく川には大きな網を竿の先に提げた風景が点在していたオー・メドックで見たものより倍はありそうだ。 中洲と言うよりは島のように大きな川を分かれさせるところにも網が多く見られこのあたりも川蒸気が盛んに行き来していた。 其の先の丘の上からはボルドーの町が見渡せた、時間は4時どうやら次の訪問先には5時前には着きそうだとM.アズナヴールがほっとしたようにジュリアンに言って「次のところは手間など取らせんよ。時間の予定も伝えてあるから9時までにカバネルの店へ戻れば11時の特急には十分間に合う」 ボルドー市内に入りBoulevard Jean-Jacques Boscへぶつかって左へ曲がると建設中のダスへ向かう線路があり踏切を渡って暫く進むとRue de Pessacという道へ出た。 3キロほど進むと線路が近付いてきた。 「さぁもうすぐだ」 ボルドーの町外れとでも言うところで少し小高い丘にあるシャトーの入り口からは一面のブドウ畑に白い花が咲きほころびていた。 「ホォ、此処も咲き出したか。この陽気だとオー・メドックもマルゴーも今日明日には咲きそうだな」 ジュリアンもM.アズナヴールもその花が咲き出してから陽気さが増していた、ワインの試飲と昼の食事に満足してこの2時間近い道中は二人で昔話の花を咲かせていたのだ。 ル・シャトー・パプ・クレマンの付近は民家もまばらでシャトーの先は降り坂になっていた。 Chateau Pape-ClementはM.アズナヴールはパップというように聞こえる名前で呼んでいた。 Jean-Baptiste Clerc(ジャン-バティスト・クレール)という人は背の高い痩せ型の紳士で1858年に入手して14年間此処を買い入れてから管理にも手を抜いたことは無いという話で優しい物言いの人だった。 M.アズナヴールからの連絡にはカバネルが来て正太郎のことも話していったと興味を持った眼でジュリアンと正太郎の挨拶を受けた。 M.アズナヴールが勧めて早速試飲が始まった、ジュリアンは正太郎の味覚を信じてはいたがこの味をどう表現するか興味を持った眼で待ち受けた。 「美しい、木の実の香りがそう、さくらんぼだジャポンのものには無い甘みの有る馥郁とした豊かな香りを含んでいます、森の息吹にエキゾチックな芳香は今日馬車で通り過ぎたジロンド川の流れを思い出します。タンニンは成熟した噛み応えのあるものです」 「ふむなかなかいい判断だ。あと少し勉強すれば深みまで到達できるだろう」 なかなか厳しい評価をするようだが自分のワインのよさの幾許かを認める正太郎を気持ちよく敷地内を案内してワイン倉の中で10年物のワインをプレゼントしてくれた。 「さてジュリアン君、私のワインを君は扱ってみるかね。いまはセカンドワインしか売れないのだがそれでもいいかな」 「ボルドーの仲買人はどのように評価しているのでしょうか。私たちはサン・テミリオンのシャトー・ボーセジュールでのセカンドワインの買い付けに成功しましたがその評価はまだ低く買い時でした。しかし此方はいま人気が高くパリでもアントワープでも値段が高騰しています」 「やはりそうか評価が上がるのは良いが一部のブルジョワたちに買い占められるのは好まんのだ。セカンドとはいえ気軽に飲んでもらいたいものだ」 「100ケース8000フランというところでパリあたりでの取引がしたいものですがいかがでしょう」 「そうだなそれが妥当だろう。私としてはレストランでも10フラン程度の金額で飲んでもらいたいがそうも行かないようだ」 正太郎がルノワールと飲んだものはベイシュヴェルのセカンドが12フランだったそうするとあれは格安で飲ませてもらえた事になるかもしれないと感じた、あそこより落ちると正太郎には思えたがフランス人の味覚は正太郎の知り得ない何かを感じ取っているのかもしれない。 「味の深みと言うのがまだ理解できない」正太郎はそう思うのだった。 M.アズナヴールは慌てて「どうだろう、カバネルが契約したものがあるのでその中からジュリアン君に回したいのだが」と話しに割り込んできた。 「あれはまだ契約が済んでいないが」 「いやぜひ彼の手を通じて此方へ回していただければ幸いです。その際安く回していただければ彼の手数料も出ますので」 ジュリアンも今朝の会話を思い出してM.アズナヴールの顔を立てることにした。 「ではM.アズナヴール、カバネルにこの間の話しの600ケースを一ケース50フランで契約しよう。これなら彼の手数料を十分出せるだろう。この間ほかのものと来たときの私の提示より、今回さらに安く出すので彼の顔も立つでしょう。M.アズナヴールもこの二人を連れてきた幸運に感謝することですな。引き取れるのであれば倍までは今年中に出しても良いのですが、それはいつまで在庫が有るかしだいで約束が出来ませんな。M.アズナヴール貴方が80フランでイギリスの商社に取引を申し入れていることは私にも聞こえてきています。是非其の値段を守っていただけるなら私も嬉しいし貴方の懐に入る金も多くなるでしょう」 ジュリアンはM.アズナヴールの手の内の一部を垣間見てしまったが、そのことには触れずに「M.アズナヴール、カバネルに言ってください。資金の話しはジュリアンに任せてくださいとね。ジルも一口かむでしょう」 カバネルの店に戻ると今日の報告をして資金の話しもジルを呼んで4人で話して決まりがついた、正太郎は其の話には遠慮して口を挟まないでいた。 M.アズナヴールが疲れて帰ったあとまだ列車の時間まで余裕があった。 「ではパプ・クレマンがだいぶ安く買えるのか。600ケース3万フランはすごい儲けにつながるな」 「其れでな二人でそれを買い付けて俺にケース10フランを載せて出してくれ。M.アズナヴールもカバネルの儲けを出してやりたいという気持ちで俺に80フランと持ちかけたのだろうが、そのときはまだ安く買えるとは知らなかったのでな」 「あの時は60フランで首を縦に振らなかったのだ。一緒に行った奴が狡猾でな嫌われたのかもしれない」 M.アズナヴールは買い入れてあるように話したがそうでもなかったようだ、娘の婿の商売にやはり親心が動くのだろうなと正太郎には思えた。 ジュリアンはこれで最後だと胴巻きから1000フランの小切手5枚を渡してカバネルとジルにパプ・クレマンにこれで早く支払って品物を出来るだけ買い入れるように勧めた。 「俺たちのように2流3流の仲買ではセカンドがいいとこだが、其処が儲けの抜け道で案外大儲けが出来る」と3人で正太郎を見ながら声をそろえて笑った。 10時に駅まで送られて大荷物に膨れたものを一等車まで二人も手伝って積み込んだ今回も二人だけでCompartimentに相客はいないようだそれを言うと「なんだ知らなかったのか1等は二人でも一部屋を与えられるんだぜ」と又呆れたような顔をされた。 「又すぐに来るからな金を算段してみんなで儲けようぜ」 二人は正太郎とジュリアンに強烈にキスをすると列車が出るまで窓枠にしがみ付く様にしてこれからの打ち合わせを入念にして列車を見送った。 |
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2008−04−03 了 阿井一矢 |
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今回は列車の旅とBordeauxでのシャトーめぐりの忙しい日程の二人ですが新たな協力者も現れて正太郎のワインへの思いも深くなりました。 次回は又パリへ戻り再度ボルドーへと忙しい正太郎にめぐり合えるでしょう。 |
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ホテル アマリース ロワイヤル ボルドーサンジャン駅から徒歩約2分 〜 カバネルの店 〜 オー・メドック 〜 サン・ジュリアン 〜 カバネルの店 ![]() 大きな地図で見る |
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カバネルの店 〜 シャトー・ボーセジュール・デュフォー・ラガロース 〜 シャトー・ベレール 〜 シャトー・パプ・クレマン 〜 カバネルの店 カヌレ ルモワーヌ Maison LEMOINE - specialites Caneles 56 rue Baudin - 33110 LE Bouscat/FRANCE パリを筆頭に支店出店が数多く有ります。 ![]() 大きな地図で見る |
酔芙蓉−ジオラマ・地図 | |||||
神奈川宿 | ![]() |
酔芙蓉-関内 | ![]() |
長崎居留地 | ![]() |
横浜地図 | ![]() |
横浜 万延元年1860年 |
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御開港横濱之全圖 慶応2年1866年 |
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横浜明細全図再版 慶応4年1868年 |
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新鐫横浜全図 明治3年1870年 |
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横浜弌覧之真景 明治4年1871年 |
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改正新刻横浜案内 明治5年1872年 |
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最新横浜市全図 大正2年1913年 |
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横浜真景一覧図絵 明治24年7月1891年 |
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