横浜幻想
 其の三 Pickpocket 阿井一矢
ピックポケット



登場人物 

ケンゾー 1849年( 嘉永2年 )生まれ 22歳
      
( 吉田健三 Mr.ケン )

正太郎  1856年( 安政3年 )生まれ 15歳

おかつ 玄三 勝治 千寿 辰次郎 寅吉 容 春太郎 千代松 伝次郎

井関盛艮(知事・もりとめ)安部弘三 

亀次郎 倉 (富貴楼)

相生町 の伝助 長次 玉吉(伝助の下っ引)

真砂町の重四郎 ( 長十手の旦那)惣治 冨次(重四郎の下っ引)

清次 由太郎 紋太  ( 街の子供たち ) 

ウィリー( Willy ) WilliamBWalter  

天下の糸平    ( 田中平八 )

海坊主の伊兵衛親方( 丸岡の親方 )俊 

喜重郎      ( 丸高屋の親方・高木喜重郎 )

高島嘉右衛門


 Pickpocket

ケンゾーは英一の契約社員となった、給与は月50ポンドそのほか売り上げに応じた配分が約束された。

日本人の給与としては信じられない待遇であった、県の参事に並ぶ高給だったのだ。

月に125両に相当したなど信じられないというのがほとんどの意見だがケンゾーはポンドでの契約なので為替レートが変わればどうなるか分からんよと人に言われるとそう言うのだった。

実は寅吉に勧められたことでもあったが預金は全てポンドで行うことにした、寅吉も外国の銀行のドル建ての預け金は全てポンドに切り替える予定だと話してくれた「少しずつ行う予定だ幸いイギリス本国に12万ポンドあるし、こっちに10万ポンドの個人預金と見世の取引残高が10万ポンド、其れとドル建てが30万ドル、こいつを半年かけてポンドに換えてしまう、面倒でもドルが必要なときは其のつど為替を組むことにするんだ。なにドルで支払ってくれという所から支払っていけば半年で片がつくだろう」

寅吉の予測は八割以上で当たると踏んだケンゾーは其の忠告に従うことにしてポンドは出来るだけ使わないように心がけることにした。

月に二十両あれば使いきるのに大変な額のケンゾーだった。

花見のときから各地の支配人が横浜入りしてきたのは其の打ち合わせだったようで、伝次郎が長崎から来たのも其の情報が向こうに入ってきたためだろう。

灯台局に蒸気船のテーボール号の売り込みが決まったことで、なにが何でもケンゾーを取り込めと香港から指令が来たのだ。

S.S.Thaborは仏蘭西の船でフランス郵船の持ち物だった。

横浜に停泊中のこの船は820トン、2本マスト2本の煙突がある外輪機帆船で進水してから5年目のこの船なら今の海軍の力に見合う船と言うことで政府の予算が決められた。
九万ドルという値段は双方がともに納得する値段だった、このときのレートは六万六千八百二十五両であったしケンゾーのコミッションは3パーセントの2700ドルにのぼった。
最初フランス郵船は回航料を含め十万二百ドルを要求してきたが井関知事が運上という名の税は無用でありケンゾーがとるコミッションも少ないということで応じたものだった、八万五千ドルまで下げられるとケンゾーは思っていたがブラントンが気に入って早く買えとせっついてきたのだ。
どうやら向こうへも郵船はコミッションを払う気のようなので折り合いをつけて決めることにした。

間を取り持ってくれたのはマドモアゼルノエルだった事もありケンゾーは千ドルを正太郎の為の基金に東洋銀行にポンド建てで預けた、其れは四百ポンドに相当した。
Maison de bonheurにも700ドルを寄付して其の恩に報いたのだ。

製鉄所所長のヴェルニーの率いる技術者集団の一員ムッシュー・ルイ・フェリックス・フロランによって建設されている灯台はこの月の5日に品川灯台が点灯され此れで観音埼、野島埼に続いて三箇所が点灯されて袖ヶ浦を夜間にも往来が可能になった。品川では街道沿いに昔から灯篭が並び夜舟の安全に役立っていたが此れで沖合いを通る船も距離を図る目安が出来て安心できることに成った。

袖ヶ浦の入り口の城ヶ島には八月に完成予定で、神戸大坂に入る紀州串本に樫野埼灯台が六月、潮岬灯台が七月には完成予定だが上方はMr.ブラントンの設計だ、本牧にはMr.ブラントンの勧めで船を使った灯台の本牧灯船が係留されている。

増える灯台の維持管理のための資材の運搬に灯台局はまだ船が必要だが今は予算の当てがないので船を遣り繰りして凌いでいた。

ケンゾーの事については虎屋には依存がなく、住まいも今のところ境町にウィリー共々住む事になり勤務時間や勤務地に制約は無い特別扱いだった。

「なんてことは無い、俺が連絡員みたいなものだ」

ウィリーはそういうが遊びに誘うのも便利だしテニスへ行くにも都合がよく此処を動く気にはなれないというのが本音だ。

9日の日に来浜してきた英吉利人モレルは19日に設置された鉄道局を事実上率いていた。

横浜にも直ぐに慣れたし朝から晩まで馬に船でと鉄道予定地の埋め立ての視察、今までの予定路線の確認など東京と往復して精力的に働いていた。

最近は特別の事もなく人々は東京と言い出していた、東亰という言葉が忘れられるのももう直の様に正太郎は思っていた。

山城屋については此処横浜での動きには変化がなかったが、日本橋本石町の山城屋で天皇が洋服を作らせたという話が横浜にも聞こえて御用商人としての権勢は高まるばかりだった。

ケンゾーが入れた蒸気消防ポンプは横浜物産会社が買い入れたもので弁天通二丁目の見世の裏に辰さんの管理下に置かれることになって、千寿さん共々野毛の長屋から移り住んだ。

同じ船でもう一台が神戸へ入り其方は太四郎の方で管理された。

ケンゾーは其の力を横浜の消防組に見てもらい知事に売り込みをしているが「東京のお偉方は入ってきた後の経費と火事のときに火をたくことに中々難色を示すのだよ。国が無理なら県で買えないか相談に時間が掛かるから輸入しても買う約束はできないのだ。政府ではとりあえずは腕木ポンプの配備から進める予定だということに決定したから、それなら前に入れた蒸気ポンプを回してくれと頼んだが断られた」

ケンゾーはそれでも此れなら脈がありそうだと踏んでいた。

正太郎を連れてケンゾーは新街道から眼鏡橋を渡り石崎へ入った。

「先生、新しい馬車道は人通りが多いですね。野毛を周るより大分速く戸部に此れますから此処から横浜道へ出るほうが楽ですね。其れと此処から見ると鉄道の予定地がよくわかりますね。この間高島様に台の田中屋でご馳走になった時に見たよりも此方の方が分かりやすいです」

「そうだね、高島さんたちが受け持ちのこのカーブになった埋め立てはよく考えられている」

「何処か普通の埋め立てと違うのですか」

「袖ヶ浦を分断するこの埋め立ては帷子川からの土砂で土手付近が埋まるだろうから徐々に内海は狭まるだろうし。橋や水のはけ口のほかにも高島さんたちが買い入れてくれたSteam Mud machineが埋め立てを助けてくれるだろうから線路の土手は強靭になる事は間違いないさ」

「先生、高島様が特別に先生や僕たちを呼んでご馳走してくれるなんて驚きました。普通は売った方がご馳走するのに買い入れたお客様がご馳走してくださるなんてSteam Mud machineが安く手に入って嬉しかったんですね」

「確かに予定より二百両も安く納入したけどね、あれには俺も驚いたよ。でもあの日は面白い話や、いい話がたくさん聞けてよかったな」

「はい先生、でもあそこに見える権現山を削って埋めたてるなんてすごい工事ですね」

「こっちの伊勢山は、ほら下の駅の予定地や野毛山下の海面の埋め立てでだいぶ削ったからね。これ以上は大神宮が移るからもう削るところが少ないよ」

「青木町に作る駅のために権現山の後ろ側を切り通しにして線路を通して其の土で埋め立てるなんて一石二鳥の案を考える高島様はすごいと思いました」

「それだけじゃなくて駅ができるなら其のそばに学校を作って先生を東京から呼んで通わせるなんて驚きだよ。福沢先生の学校の先生を一日おきに通わせるように頼む予定だなんてすごいことを考える人だと俺も驚いたさ」

「本当ですね、でもそれなら横浜に住んでいる先生でも東京へ教えに通う事もできるわけですね」

「本当にそうだ正太郎君は鋭いね。でも寅吉の旦那が言っていたな、この入り江が埋め立てられるとアナゴにキスそしてハゼまでが住処を奪われる、吉田新田の埋め立てでウナギの住処が減って横浜は地の物が無くなるんじゃねえか、そう嘆いていたな」

「食いしんぼとでも言うほかない旦那の嘆きがよく伝わりましたが、それだけでなくてそれで生活をしていた人の新しい仕事を与えなければいけないと言う話で全てはつながることに気がつきました」

「よく考えたね。そういうことだよ、旦那が春さんに水屋を任せて船頭さんとして漁民の人や船頭衆を働かせ出したのもそういう経緯の上だそうだ。今は荷揚げ人足としての船の船頭の仕事に困ることが無いがこれからも埋め立てが進めば今度は料理屋までが地の魚を揃えるのに骨を折りそうだと其方も魚金の親父などと盛んに金沢や屏風ヶ浦の方から横浜に入れる魚の話をしていたよ」

「遷宮祭が終わり五月に入ったら工事を始めるそうですが梅雨時から始まる工事は人夫の人たちには大変そうですね」

遷宮祭という人も有れば遷座祭という人もいて決まりは無いようだ。
二人は戸部から紅葉坂を降りて出来上がったばかりの大神宮へ参拝した、野毛を抜けるより大分速く着けた。

彼方此方に遷宮祭に向けての準備をする人たちが働いていた。

仏蘭西積みのレンガ模様の半纏を揃いで着た若い女衆が木遣りの稽古をしていたり、手古舞姿で金棒をジャランジャランと鳴らして歩く様子が可愛い子供衆が二十人ほど総代らしき人から教えを受けていたし、其の周りでは子供たちの親らしき人が誇らしげに佇んでいた。

「ヨオ、ケンゾーさんに正太郎じゃないか」

糸平さんが粋な唐桟の着流し姿で現れた、傍にはいなせな着流しの遊び人風の人もいた。

「見てくれよ、先頭にいる小さい子が俺のところで推薦したお千代坊だ、まだ十になったばかりだが可愛いだろう。大きい方はおなつ坊といって戸塚の子だ。この二人が先導で総代代表の前を歩くんだよ」

この間糸平さんが希望していた通りに決まったようだ。

「他の子達は街から選ばれた子ですべて衣装全てを祭りの寄付でまかなうことで親の負担は無しなんだぜ。そうだこの人が例のフッキローの亀次郎さんだ」

「吉田健三と申します。店開きにはジャーディン・マセソンの社員とお邪魔させていただきます。こっちは私の書生で正太郎といいます」

「ご贔屓にお願いいたしやす」

歯切れの良い江戸弁で簡潔に挨拶するとすいと離れていったが、向こうで歩き方や木遣りの指導をしている人たちと打ち合わせを忙しげにしだした。

「亀さんは中々忙しいのだ。なんせ江戸の芸巧者に知り合いが多いから何かにつけて引っ張りだこさ。手古舞は芸者衆が大勢出るがお宅のお容さんのほうでも浜屋と共で弐拾人も面倒見てくれているよ、今頃は子の神社で歩き方やら着付けまで深川から呼んだ人間と教えているころさ」

聞かないうちからこまごまとした練習のことを話してくれた。

手古舞や木遣りのことを二人が知らないと聞くやさらに縁台へ誘い甘酒を振舞いながら話してくれた。

「まだ髷は直していないがね、男髷其れも若衆髷に結って右肩脱ぎにした襦袢に伊勢袴で手甲脚絆に足袋と結いつけ草鞋、背に花笠を掛けて、鉄棒を突き歩いて、牡丹や日の丸を描いた黒骨の扇を持って木遣りと流行り歌を歌いながら練って歩くのさ。まだ襦袢の数が揃わないので役員がおおあわ手で催促に走り回っているのさ」

亀さんが戻ってきて話に加わり、自分たちの連では移り住んだ駒形町にちなんで跳ね馬の刺繍を縫いこんだ襦袢を誂えたがとんと出来上がる気配がないと愚痴を言ってまたも木遣りを教えている人たちの方へ行った。

「な、忙しい人だろ。あの調子で夢中になっている間は女遊びも博打もしないのでいいやつなんだがな、暇になるといけないのさ、あの様子だから金を出す女がいたりするので際限なく遊び歩いたりしゃがるのさ。俺と違って金は稼ぐものじゃねえとほざきやがる」

糸平さんは口でこなすほどは嫌っている様子ではなく困った友達だというほどの付き合いはしているようだった。

また戻ってきた亀さんは正太郎たちへラムネを持ってきてくれた。

「今日は日差しがきついから、熱いものを飲んだ後で飲むラムネもいいもんだぜ。ところで糸平さん俺たちは前の高砂町の義理もあって忙しいが店の開店は明後日だぜ、どのくらいのお客を当てにしていいのだ」

「亀さんよ。お前さんの心積もりより多めだよ。あそこの店でどう気張っても十名の客を十組がいいところだろう、それを一組一字間に限って回転させる算段で頼むよ」

「糸平さんよ。そんなに客が来ても今の料理人ではまかないきれないし、この時期芸者に仲居の助っ人もまにあわねえ」

「ばかあ言うなよ。おめえがつけたフッキローだ、それを目当てに来る客をいれねえというほうがあるものか、いまさらそんなことを言い出したらやる気のお倉がなくぜ」

「仕方ねえよ、俺にはそんな算段がつくわけがねえ」

二人が口げんかを始めそうに為るので正太郎が「もし、すみませんが芸者に仲居さんでしょうか。それでしたら臨時に東京か品川から呼んだらいかがでしょう。朝蒸気船で連れてきて翌日の船で帰せばそれほどの経費でもなくすみましょうし、開店日に来てくださるお客様もそれを聞けば祝儀を惜しまないと思います」

「オツ、お前え子供だと思ったらすごいことを考えるな。よし明日といわず午後の馬車でお江戸に出て十人も芸者を集めてこよう、しかしどこがいいかな」

「出かける前にお容様に紹介状を書いて頂けば木挽町で直ぐ集まりますよ」

「本当だ、お前さんとこの旦那やお上さんにはそういう伝があったんだ」

糸平さんがいまさらのように気がついたらしい。

「そうだそうだ、亀さんよここに五拾両の金がある此れを手金にして連れてこいよ、しかし芸者は横浜の者と助の人間でいいが、仲居の当てがないぞ、当日だけでなく出来れば三日は忙しいだろう」

「それも当てがあります、横浜物産会社の辰次郎さんへ言えばお茶場で働く女の人たちを臨時で雇えます。あの人たちは五字で仕事が終わりますから一日くらいなら二刻位は働いてくれますよ。お仕着せを損料屋で借りて貸してくれさえすれば着替えて出られます。あと料理ですが仕出しでも間に合えば最初は料理を目当てのお客では無い方を選んで出して間に合わせたらいかがですか」

「驚いた。恩にきるぜ。本当は家のお倉も其のことでやきもきしていたの、二っ町内の付き合いの、と遷宮祭の忙しさにまぎれてごまかしていたんだ。糸平さん後は任せたぜ、子の神社でお容さんに頼んで、家ではお倉に辰次郎さんの所へ行かせて頼み、そしたら成駒屋の馬車でお江戸まで突っ走ってきやすぜ」

役員らしき人に二言三言話すと一散に山を下っていった。

「大層なことになったな。ああいった手前最初の日だけでも一束は客を集めないとまずいことになるな」

「糸平の旦那大丈夫ですよ。高島様が鉄道関係の英吉利の人を引き連れて二十人ほど伺うといっておられました」

「私もジャーディン・マセソンや知り合いの者とで十人は固いですよ。寅吉の旦那と喜重郎さんにも当日においで下さいといえば少なくとも二十人は親方蓮を引き連れてきてくださいますよ」

「あの家に一時にそんなに客が来ても困るな。よし俺は人を引き連れて近所で遊ぼう、そして隠密を放って隙間を埋めに行こう。こんできたら河岸を変えれば面白い遊びになりそうだ」

面白い趣向を他にも思いついたようでにっこりと笑うこの人が天下の糸平と人が恐れる相場師とは見えない正太郎だった。

糸平と分かれて臨江寺へ降りる小道をたどって野毛に出た。

手古舞の練習を見に子の神社によると寅吉も千代に長吉を伴って来ていた。

「さっきえらい勢いで亀さんが来て芸者を集めに江戸へ出るから紹介状を書いてくれというので、俺の財布とこの人の言うことにしたがって横浜へ三日間出て来られる芸者、半玉をお貸し下されたく候と書いて渡したが詳しい事は正太郎に聞いてくれとあわてて駆けて行ったがなにがどうなっているんだよ」

驚いたようだがそれでも詳しいわけを聞かずとも鷹揚に亀さんの言うとおりにしてくださる旦那の懐の大きさに正太郎は嬉しい気持ちが広がるのを感じるのだった。

糸平さんとのやり取りからそういう話になった経緯を話した。

「それじゃ俺も喜重郎さんや海坊主に声をかけて三日間は賑やかしをしてやるか」

「あなたそうなさいまし、新門から頼まれた話に区切りが此れでつくことで御座いますし、喜重郎さんもそれで肩の荷が幾分軽くなりましょう。せいぜい芸者衆への心づけも弾んでやってくださいませ。横浜へ来れば懐が重くなると噂が出るほどにお客筋がよければこれからもずんずんと助に来る芸者衆が増えますわ」

「それもそうか、そうと聞けばこぞって向こうから送り出させろといってやればよかったかな」

お容さんはそれを聞いてホホホッと嬉しそうに笑ってから手古舞の練習の方へ行ってしまった。

暫く練習を見ていると寅吉に「今晩予定があるのかい」と聞かれたケンゾーは「今日はなにもありません」と答えた。

「では久しぶりに珠街閣へ行く予定だが大倉屋さんが安田屋さんと来ているんだ。長吉も来るんだぜ時刻は六字二十分、千代はこれるのか、できれば橋本さんと吉岡さんにも出て欲しいので連絡をつけてくれ。すまねえが正太郎は留守番だ」
千代が直ぐに答えた。
「私は大丈夫ですが吉岡さんがどうでしょうか」

「どうかしたのかよ」

「いえね昨日腹具合が悪いとこぼしていましたから」

寅吉はぷっと吹き出した「それわなおめえ、前の日に冷たいビールの飲みすぎでやられたんだ。何でも五本空けた上に大福を十個も食ったそうだ」

「まさか長松でもあるまいし大福十個とはどうにも信じられません」

千代は本当に呆れたように何度も小さく「どうかしているぜまったく」といいながらも寅吉に断って連絡に向かった、長吉も見世へ戻ると寅吉に断って神社から出て行った。

「藤見蕎麦でもりでも手繰ろう」そう誘われて容に手を振って分かれて船役所の方へ歩き藤見蕎麦の暖簾をくぐった。

「もりをくんな、俺は二枚だ」それぞれが二枚ずつ注文して出来上がるのを待った。

旦那の様にすいすいと下地を潜らせるでもなく手繰る様子に同じようには出来ない正太郎だったがそれでも美味く食べられたと思っていた。

「中々蕎麦の食べ方も上手くなったぜ」寅吉に声をかけられた正太郎に「本当だ、前にはどっぷりと下地をつけて食べていたのが嘘のようだ」と見世の店主がほめてくれて気が良くなるのだった。

「中々旦那や正太郎君のようには食べられないな」ケンゾーはそういうが正太郎は自分の去年までの蕎麦の手繰る様子から見たら上手に食べていると思うのだった。

店の前で旦那と別れたケンゾーと正太郎は野毛橋から吉田橋を通り成駒屋のところへ行くと丁度午後便の馬車がらっぱの合図で出るところだった。

「いってくらあ」正太郎たちを見つけた亀さんが陽気に手を振って馬車にゆられていた。

馬車道を太田町通りで曲がろうとしたときに大八車のようで馬車にも似た車を引き人が乗っているのが見られた。

「先生あれはなんでしょう、始めてみる車ですが」

「俺も見るのは初めてだ」

丁度向こうから伝助親分が来たので車のことを話すと「あれは東京で駕籠の換わりに人を乗せて運ぶ物らしい。横浜でも営業したいと今試験的に町を廻っているようだ。正式に認可が下りれば駕籠よりも安く人を乗せるそうで駕籠担き宿は反対しているようだ。また揉め事にならなけりゃいいが」

「伝助親分、いっそ駕籠担き宿のほうであいつの元締めをするように働きかけちゃいかがです。どう見ても駕籠よりは早そうだし駕籠を担ぐよりは楽そうだ」

「そいつはいい事を聞いた。先手を打ってやっちゃあどうかと話してみよう」

伝助はそういってまたこんだ飯でも食いやしょうといって別れた、何昨日のげ伝で散々に長次や玉吉も交えて飲み食いしたばかりだ。

入舟町新地の高島屋旅館では寅吉が東京から来た二人の商人と会っていた。

此処は昨年嘉右衛門が埋め立てた新地に寅吉たちの勧めで大きな旅館が作られていた。

江戸城で働いていた茶坊主たちの再就職を斡旋したのは伊藤や大隈たち新政府の若手官僚だった。

高島が横浜を代表してこの二人に積極的に鉄道建設を勧めていた事もありこの地が駅から降りた客を呼び込めると判断したためだ。

先手を打っての新地の埋め立てと旅館の建設は駅ができる前から横浜へ出たら高島屋へという積極的な高島の売り込みもあって評判が高かった。

「そうするとなにかいコタさんはまだまだ政府部内で勢力争いが起きると読んでいなさる」

「そうでござんすよ、安田屋さん。今は西郷先生、木戸先生、大久保先生という人たちが抑えていますが、此れも勝先生の言い草ではありませんが奇兵隊どころではなく藩を代表する軍事力のバランスが崩れるのは間違いありません。今は薩摩の兵が強力です、其れなのに奇兵隊をわざわざ解散させたのは何か裏が有ると思います」

「薩摩と長州が争うのかい」

「いえ長州内部の対立が呼び水になって各地で小規模な叛乱が起きるでしょう。武士も農民もがまとまらない程度の小さなものですが其のあとで大きな叛乱が起きてようやく収束するでしょう。誰がどのように動くかまでは分かりかねますが、木戸先生と大久保先生はそのような事は成されないでしょう」

「では西郷先生か」堪らず喜八郎が口を開いた、この部屋は高島が特別に望楼として横浜を見晴らせるように造り階段下では千代と信司郎が待機しているので人に聴かれる心配は無いがつい声を潜めてのひそひそ話にテーブルを乗り出すように三人は話すのだった。

「西郷先生は動かないでしょう。動かないという事は危険が大きいということです」

「よくえわからんよ。動かないから危険というのはどうしてだ」

「ご自身は動かないが信奉者には危険な方が多いということです。西郷先生を信じるあまり自分が西郷先生のために犠牲になろうという人が多すぎます」

「そういうことか、抑え切れなくなるのは何時で、どのような時に為るだろうかね」

「今政府が不安定なとき西郷先生の力は強大ですが山縣狂介というあの人が洋行から帰る後が危のう御座いましょう。実は帰国すれば兵部大輔の前原様の後に据えようと言う動きがあるそうです。外国の進んだ文明を短期間で見てしまうと人間は三つのタイプに別れそうです」

寅吉は勝先生の受け売りだがと断りつつも、ひとつは外国を信奉するのあまり全て文明開化が正しいとするもの、いやあれは間違いヨーロッパのものはわが日本や支那を侵略する目的の人間だと思うものでこの人たちは天皇中心の軍事国家を作り上げようとする人たち、そして文明を取り入れつつわが国を穏やかに改革しようとする人たち。

「これらの人々の意見が右に左に振れながら10年くらい続くでしょう。私は長州の中で山縣と言う人が一番の危険人物だと感じています」

「その人が叛乱を起こすのかい」

「いえ叛乱を起こさせるのだと思っています。今東京と横浜で少しずつながら山城屋がおかしな動きをしています。どうやら金をばら撒くのに使うのか盛んに投機に手を出して居りますのも危険な要素で御座います」

二人の商人は寅吉が其のあと忠告したように山城屋と山縣への接近と西郷先生の信奉者への偏りを避けることを約束してくれた。

三人は下へ降りてロビーで紅茶とバウンドケーキを頼んだ、千代と信司郎にも同じものが給仕された。

「信司郎お前は五字になったら馬車を呼んで珠街閣まで二人と来ておくれ」後ろを振り向いて伝えて大倉屋と安田屋へは「信司郎を此処へ残しますから何か起きましたら連絡をください。私たちは其の時刻には元町から前田橋を渡って歩きではいる予定です」

「分かったよコタさん、何かあるはずもないが用心深いお前さんのことだ何かありそうな予感でもするのかい」

「そうでは有りませんがね。遷宮祭のことで横浜は浮かれていて金回りのいいやつが多く町をうろつく掏児が増えているらしいのです」

「巾着きりか、最近は金時計を狙われるものが多いらしい。煙草入れの換わりに腰にぶら下げたり洋服のポケットから取られたりと言う話を聞くぞ」

「実は困ったことに子供を使った掏摸の集団が来ているらしいのです。横浜では小さな子たちが多く町にいるので区別がつきにくいのです。元締めを誰なのか突き止めたいとご存知の安部様など毎日頭が痛いと零されて居りますぜ」

「子供かぁ、随分あくどいやり方だな。昔はいつの間にか抜かれているなぞという名人技で抜かれた方が感心したなどというが、子供を使うというのは感心しないな」

掏摸をほめるというのもおかしな風潮だが、横浜の子供たちがそれらと混同されるのも困るし、さらに感化されて悪の道へ引きずりこまれるのは阻止しなければと街の人たちも考え出しては来ていたのだ。

紅茶を呑んで暫く雑談をして寅吉は千代と馬車で谷戸橋まで向かった。

「旦那、今人を乗せる大八のようなものが走り廻っているのを見ますが、あれは駕籠より便利そうで其の上安いと言う話でござんす。東京では許可が取れると直ぐにでも百台くらいは町へ出られるそうでござんす」

「そうらしい、蓮杖さんの言うにはJonathan Gobleが俺に作れといってきたがもう手遅れだというのに町で見かけてお前がやらないというのに走っているのはなぜだと文句を言われて困っていたぜ。Policestationの安部様も許可を出さないわけにも行くまいといっているから横浜も直ぐにあふれるほど走り回るようになるさ、しかし駕籠と違って速そうだ」

安部は町会所の敷地に作られた通称policeStationに詰める事になっていた。

「でも馬車屋は困るでしょうね」

「そうだな、オイHACKお前さんのところもあの車を置く会所にでも入って仲間入りを考える方がいいぜ」

「本当ですかいコタさんの旦那。家の大将に言ってくださいよ、駕籠担きたちとせっかく上手く行っているのに競争相手が増えるのも困り者で御座います」

「蓮杖さんには俺も言うがHACKからも言っておきなよ、Jonathan Gobleの言う事など気にするなと寅吉が言っていたといいな、もしいちゃもんをつけてきてもあいつはパリでは100年も前から走っているといえばいいのさ。只向こうでは引くんじゃなくて押すそうだ」

「本当ですか、やっぱり日本は100年遅れていると大将が言うのは本当のことですかね」

「直ぐに追いつけるさ。鉄道が曳かれれば其のあとは町がどんどん発展していくよ」

「本当ですか、横浜と東京が楽に行き来ができるようになると東京への馬車の客が減ると大将が悩んでいますし、此方も気がきではないのです」

「だからだよ、船や馬車で東京へ行く人が減る前に新しい仕事を作ることさ。自分で引こうとするよりも駕籠担きを雇って自分は帳付けに廻ることさ」

「大将がウンといわなけりゃ私が遣って見てもよいですかね」

「蓮杖さんがやらないならHACKがやればいいさ」

HACKは本名服部九十郎という元はれっきとしたお侍、もっとも四十石三人扶持という軽輩でしかなかったが。

正太郎は由坊と公園予定地の前であっていた。

「正ちゃん最近おかしな子供が増えた気がするんだ。三人くらいでつるんで繁華街や吉原へ出入りしているらしい。俺たちの仲間に聞いてもどこに住んでいるか誰も知らないんだ」

「どういうことだろうな、その三人だけかい」

「いや同じようなのが三組ぐらいいるらしいんだよ」

「もしかしてケンゾー先生から聞いたロンドンの掏児と同じかもしれないよ。巾着きりが子供を囮にして懐を狙う代わりに腰に挿した煙草入れや時計を狙うのかもしれないね」

「そうか、子供の背いなら腰の高さが丁度いいかもしれないね」

「アアそうか大人が見張って子供にやらせるのかも知れないね。明日からみんなに話して見張ってもらえるかい。けっして近づいたりしてはだめだぜ、遠くから何人かで見てどこでなにがやられたか二日か三日ほど見てから伝助親分に報告しよう。今日はケンゾー先生からみんなに勉強する気があるなら何処か場所を探して手習いや遊びを出来るように場所を確保するという話で来てもらったんだ」

「其れはよぅ俺たちだって勉強したいが親が金を出してくれる気がないからだめだ」

「そいつは大丈夫さ、先生は君たちから金を取らずに勉強できるようにする気だよ。寄付や子供の勉強や習字なら教えられるという人の心当たりが有るそうだ。俺のいたMaison de bonheurのマドモアゼルたちも協力してくれることになったし」

「本当かい、仏蘭西語や英吉利の言葉が覚えられれば大きくなっても働くことに困ることがなくて良いや」

「それから、三日ほど遊ばずに付き合ってもらうんだ、こいつで甘いものやせんべいでも買って食いなよ」

正太郎は袋に入った小銭を渡して「大して入ってないけど、もし巾着きりの仲間なら伝助親分からもお礼が出るさ、其れに今からそんな悪人の手先で働かされる子供たちがかわいそうだ」

「そおだよな。そいつらに引き込まれて俺たちの仲間が巾着きりになったりしたらいやだものな」

由太郎は悪びれずに「こいつはありがたくいただいてゆくぜ。明日からまた朝に此処で会おうぜ」そう言い残して帰っていった。


昨日の夜は面白かったとケンゾーは昨日正太郎に元町で買ってきてもらったケイジャーダでコーヒーを飲みながらウィリーや正太郎に話した。

今朝は朝のうちに一雨来た後風がそよそよと吹く暖かい日になった。

大倉屋が弘前へ函館征伐のための軍需品を運ぶために、自ら乗り込んだ船が「仙台を出たとたん嵐に巻き込まれて九死に一生を得て、ようように函館軍の目をかいくぐって竜飛の岬を横に見ながら、嘘のように静かな海を青森の港に入り官軍の陣営に荷を渡したときには腰が抜けるかと思った」という話を改めて面白おかしく二人に聞かせた。

二人には内緒だが安田屋が「あれはコタさんが隠匿していたボクサーという銃弾とスナイドル銃でどこにこんなにあったと驚く人たちへ横浜中の商社の倉庫からかき集めましたと言って渡したんだ。こいつは此処だけの話だぜ」とテーブルの四人にだけ聞こえるように小声で話してくれた。

寅吉とケンゾー大倉屋に安田屋だけはテーブルの関係で小部屋での食事になったので他の人がいないのと寅吉が「この男は坂本さんや陸奥さんと同じ海援隊にいたが此方で預かって見込んでロンドンに送り込んだ男だ」と信頼できる仲間だといったせいで、千代くらいしか知らない寅吉の話を二人が代わる代わる話してくれた。

其の中で特に面白かったのは昔の名は忘れたが最初の亜米利加使節団に着いて出かけた町田という人が馬車道の真砂町二丁目でアイスクリンの店を開いたことを話してくれた。

昨年の夏だったが雨続きでアイスクリンも氷水も売れ行きが悪かったそうだ「其れと値段がいけねえ、凍り水一杯が砂糖で甘くしただけで一朱、アイスクリンなんぞ小ぶりの茶碗で出すのに二分だなんぞべらぼうだ。一〇三のリズレーさんの店で食べた人が思い出してくるくらいで直ぐに店じまいだ。勝先生たちの応援で今度の遷座祭にはまた店を開くことになった、後ろ盾は中川屋さんの函館氷、ミルクはFletcher親子の根岸牧場だ」

「コタさんよお前さんのところの小豆の餡も出すのだろ」

「あれですか、あれわね坂本さんや勝先生のお気に入りでしてね。きっと受けると町田さんに勧めたものでござんすよ」

真砂町川岸の馬車道成駒屋の真向かいの三角の角見世だそうだ、アイスクリームメーカーを二台揃えて貸し出して人も貸し出す約束だそうで今度の遷座祭で横浜にアイスクリンと氷水を定着させる気の寅吉だった。

其の話を聞いた正太郎が「いくらくらいで売り出すのですか。アイスクリンが一分で氷水が一朱ではお祭りのときくらいしか売れませんよ」

「そいつも聞いてきた、アイスクリンは二朱、氷水が二匁だ銭だと三百二十文、ドルだと二十セントに五セントにする話だ。此れならいけるだろう横浜ではドルもセントも町で通用してるしな」

「本当かい、二十セントでIce Creamが食えるなら行列が出来るぜ」

「そうですねそれなら日本人でも大勢食べに来られます。去年の四分の一によく出来ましたね」

「旦那たちが赤字覚悟でミルクや氷を提供するからさ遷座祭から半月は其の値段で行くそうだ」

「ショウタローは食べた事があるかい」

Maison de bonheurにいるときに何度か旦那とお容様が来て作ってくださいました。あのころは前田牧場に根岸牧場もミルクをたくさん届けてくださっていました」

「そういえば前田牧場がなくなっているが潰れたのかい」

「いえ前田さんは東京の芝西之久保に移りました。此方からプリュインさんのところから買った牛と新しく日本の牛も二十頭集めたそうです」

「横浜へ来る人も有れば去っていく人も有りか」

「そういえば先生と息が会っていたGuy Hawkinsさんもお国へ帰ってしまいましたので牧場も寂しくなりました」

妹のAda Hawkinsは築地に移り五左衛門と一緒になって木挽町のピカルディを任されていた。

「仕方ないことさ。また新しい知り合いが出来れば昔の事はいい思い出だよ。其れより例の子供たちは大丈夫だろうか」

「何かあったのか」

「聞いてなかったんだよな。子供を使ったPickpocketが増えてきているそうだ」

「聞いたことがあるぞ、何人も被害が出ているそうだ。The pickpocket ran off with my wallet before I realized what had happenedそうはなしていたぞ財布だけでなく時計も大分やられているようだ」

やはり外国人も狙われているようだった。

昨日から具合の悪いおかつさんを連れてケンゾーは一丁目の静々舎へ連れて行った。

朝から診療に訪れる人は多かったが早朝から番を取っていた玄三へ「俺がついているから留守番に戻ってくれ」恐縮する玄三に代わり番が来て診察へ向かうおかつにうなずいて本を取り出して読み出した。

診察室へ呼ばれたケンゾーに早矢仕先生は「大した事ないですが当分冷たい物は避けさせてください。其れと薬を当分は欠かさず飲むように」

「当分とは何日くらいですか、其れと何の病気でしたのでしょうか」

日本人らしからぬ質問に有的は目を上げてケンゾーを見たが「当分とはそうだね最低二十日は続けてください。処方を書きますから二丁目の丸屋で二回に分けて薬が出るようにしますから今日と後10日後にもう一度貰って下さい。それから急激に胃が差し込んだりお腹に異変が起きたりしたら直ぐ来てください。病名は特についていませんが胃液の出すぎで胃に穴が開くようなことが有ると大事になります。異国の医者はStomach ulcerというようですがその下の腸管に胃液が流れることがあると大事になりますので注意してください」

「ありがとう御座います。病人には十分気をつけて暖かい食事をさせて忘れずに薬を飲ませます」

「それと茶も味噌汁に飯もあまり熱いのは当分だめですよ。おっとまた当分といってしまった」ケンゾーと顔を見合わせて笑い出した。

待合室へ戻りケンゾーが直ぐに支払いを済ませて家に戻る途中の丸屋薬局で薬を求めるために処方箋を出した。

住所を確認して「お近くですね直ぐ処方しますがお待ちしますか。20分くらいですが後で取に来られますか」病人を見てそのように尋ねるので「では30分ほどしたら取にまいります」帯から紐でつながっている時計を出して「では11時にまいります」と告げておかつを伴って道を渡って家の脇の路地から台所へ入った。

「旦那さま済みませんでした。お金は今払いますがいくらでしたでしょうか」

「いいよといえば気を使うだろうから此れが受け取りだよ。診察費は二朱、薬は二回分で二分だそうだが、今日は一分でいいようだね、持ち合わせはあるのかい」

玄三が引き受けて「大丈夫で御座います。それで何の病気でしたでしょうか」と尋ねた。

其の傍でおかつが巾着から二朱銀と一分銀を出して懐紙で包んでそれぞれへ渡した。

Stomach ulcerというそうだが胃がただれやすいそうだ。ロンドンで聞いたことがあるが普通は胃が弱って胃液が出すぎるのがいけないようだ。11時に其処の丸屋で薬が出来てくるから取りに行ってください」

其の後言われてきた注意を玄三に伝えた。

「ありがとう御座いました」の声を後にケンゾーは部屋へ戻り正太郎たちが無理をしなければいいがと思うとともに「あまり心配しては俺の方が胃を傷めるか」と彼らを信用することにした。

其のころ正太郎は紋太と馬車道を歩いていた「こんな時間からあいつらが出て来ているのかい」

「そうなんだよ。野毛の方のやつも知らないやつ等らしいんだ。子守っ子たちにも話して長者橋からこっちはあちらこちらに二人一組で同じ道筋を歩いてもらっているんだ」

「大変な数が出ているんだね、昨日渡した金じゃ鼈甲飴位しか買えないな」

「いいんだよ、俺たちだって他所もんが横浜で悪さをするのを見逃す気なんぞないからよ。其れとこの間からただ遊んで一日過ごすよりケンゾーさんたちとこうして町を守っている気がしていい気持ちなんだ」

正太郎はそれでも無理をして掏児の邪魔をして怪我をしないように皆に注意をしてくれるように頼むのだった。

姿見橋を渡って弁天の脇の空き地が今日の本部になっているので其処へ向かっているのだ、其処にはいつも飴やがよって子供たちへ飴を売っていて普段から子供たちの溜まり場だったし、其処には飴やが何人も来るので街の噂も話してくれるのだった。

飴やのうちでも権じぃという名で親しまれているのはもう十年も野毛辺りを廻っていて子守っ子の親の事まで知っていて飴を売るより話がしたくて来ているらしいと正太郎には感じられるのだった。

「やぁ由坊昨日の今日でもうあいつらの動きが分かるようになったのかい」

「正ちゃん、あいつら新町からこっちへ入ってくるようだぜ。この辺りの子守っ子が知らないのが十人位いたけど、釣るんで歩いていたり俺たちと話をしないのは二組だけだ。後は最近長者町筋に越してきたりしたやつだったよ」

「新吉原の周りを廻って今は入舟町から元浜町へ向かっているらしいのが一組と後は佐野松の前で見物の者達の物色をしていると連絡が来たぜ」

由坊は今日の総大将に仲間内で推薦されたそうだ、清次が後をつける組を率いて町筋を先回りして彼方此方の連絡をつけていると教えてくれた。

子守っ子が現れて「芳ちゃん新町からまた一組出てきて野毛に入って行ったよ、二人の大人が後から来たのでそれぞれに二人の組がついて行ったんだ」

「そうかいそれじゃ紋太が行くから何人かついていってくれ。ちいちゃんは帰るときには治ちゃんに断って帰っておくれよ。権じぃから飴を貰っておいきよ金は渡してあるから二つむらっておきな」

「二つもいいのかい」嬉しそうに金色に輝くべっ甲飴を手に空き地を出て行った。

「今日はもう後はいいから二人ずつ長者橋へ出てあとはこっちへ来るか好きなところへ遊びにいっていいと治ちゃんに伝えておいで、ことも家に帰りたいだろうから常も家にお戻りよ。また出て来たかったら八つの鐘の後ここへおいで」

傍にいた女の子を連れてきていた少年に飴を持たせて出してあげた。

正太郎は財布から銀の小粒を五個つかみ出して「飴やの払いも大変だろうからこいつを巾着に入れておきなよ」そういって手を開かせて渡した、べっ甲飴など一つ波銭三つで買えるので其れで百個位は買えるのだ。

「貰っておくよ、権じぃは今日は買い切りにして数を数えたら三百二十個持っていたので二分で買い切りにしたのさ。後の飴やは其のたびに払ってるのさ、内緒だが権じぃは元は江戸で金物屋の番頭をしていたので金勘定はしっかりしているのさ」金物屋で金勘定が硬いという冗談をさらりと由坊は言って正太郎が「そいつは大出来だ。何で内緒なのか判らねえよ」と口を開けて笑うと由太郎は分かったかいという風ににやりと笑うのだった。

「でも権じぃは今日なんでそんなに多く持ってきていたんだい、普段は二束がいい所だろ」

「昨日の内に権じぃの仲間に頼んだのさ。朝からここに来てくれるように手金も渡したからもてるだけもって来てくれたんだ」

采配を振るだけあって気配りもしっかりしていた。

子供たち相手に飴やが何人も権じぃに挨拶しては荷を降ろして商売をしていった。由太郎たちの仲間以外にも何組かの子供たちが入れ替わり立ち代わり此処へ出入りしていたのだ、由太郎はその子たちへも権じぃのところで飴を貰っていいと仲間の子や子守っ子を使って伝言させてうらやましそうに見ている子供たちに振舞っていた。

権じぃの荷が少なくなると傍へ寄って「誰かあまり売れ行きのよくないのが来たら残りを買いきるから権じぃの分も渡して今日は仕舞にしていいよ」そういって権じぃに「明日も来てくれるかい、雨だったら子の神社で千寿さんに飴を渡してくんな、明日は来る日だから雨でも屋根のある大玄関で絵を教えているはずだよ」

「いいとも、今日と同じくらい必要かい」

「そうしてくれるかい、あまり多くても買えないから三束位が丁度いいんだ」

「よしきた、上手い飴をこさえて持ってくるぜ」

なにたかがべっ甲飴其処まで上手いまずいが無いと言うのは間違いで子供たちの間では権じぃの飴は人気が高かった。

とらやの義士焼きも一つ二十四文になっていて子供たちにはおいそれと手が出ないし「一つくんな」といえる子はそうはいないのだ、もちろん十二文のべっ甲飴だってそうだが「一つおくれ」と簡単に買えるだけでも子供たちにはお気に入りの食べ物だった。

正太郎が保土ヶ谷に住んでいたころは八文出せば買えたのを思い出した「そういえば妹たちに最近会ってないな、遷座祭には呼んであげたいものだ」と心の中で思った。

清次が戻ってきて「あいつら子供たちだけでも時計が二つと、煙草入れを三個も掏り取っていたよ。それであくどいのは其れを追いかけるとわざと大人がぶっかって邪魔をする振りで財布を掏り取っているんだ。子供を追いかけるのに夢中で掏られたことに気がつかないうちに消えちまうというやり方だよ。遷座祭まではあまり仕事をしないようにしているらしくて、それだけでこっちへ帰ってくるようだぜ」

野毛の組も帰ってきてどうやら同じような按配だった。

八つ半になって新町へ入っていった子供たちも戻ってきたので其の娘の案内で正太郎と由太郎の二人がついて入っていった家を確認してくると飴やの飴を其処にいた子供たちで分け合って「また明日七つ過ぎに此処においで雨の時は子の神社だぜ、俺か紋太に清次が必ずいるからね」そう子守っ子や小さな子達に声をかけて家に戻らせるのだった。

「それじゃ俺は吉田先生と相談して伝助親分にも訳を話して見張りのことを頼むことにするよ。先生は今日遅くなるので明日も見張りを頼んだよ」

「任せておきな、先生が来てから退屈しなくておいらたちも楽しいんだぜ」

正太郎は保土ヶ谷の家族の事を思い出しながら境町へ戻った。

「清次郎も今年は十三になったから旦那が呼んでくださるというし、お花も九つ、おまつが七つか迎えに行けば歩いても三字間あればいいか、馬に乗せても怖がらなければ速く来れるよな」

心は遷座祭に喜ぶ弟や妹の顔が浮かんでくる正太郎だった。



朝早くからケンゾーは弁天通り五丁目の弁天塾の石川寧静の家で林董三郎こと董のことについて相談していた。

「かれは弘前でお解き放ちになるそうだが四月になったそうだ。佐藤先生には昨日話しておいたが大倉屋さんの話では元気で英吉利の言葉を弘前で教えていたそうだ」

「其れは良かった。では遅くもあと一月程でこっちへ戻ってこれるな。実は東京の明治義塾というところで英吉利の教師を探しているのだが働いてくれるだろうか。俺に来いというのだがそうもいかんのでな」

「大丈夫だろう、暫く英吉利の言葉を教えさせている間に何か良い考えも浮かぶだろう、実は留学がああいう事情で半端になったのでまた留学させたらどうかという話も出ているのだ」

「そうか長期は金もかかるが誰かの通訳という形で送り出させればいい経験になる」

其のあとケンゾーは相生町の伝助の元へ向かった、伝助は朝の食事を終えて廊下で一服していた。

「ヨオ親分今日は暖かいな」

昨日は夕方から冷たい風が吹き富士の山の方は雲に覆われていて大山下ろしの風が冷たく町へ吹き降ろしていたのだ。

「ヤァケンゾーさん今日は朝からいい天気で結構だ。どうしやした珍しいじゃありませんか」

「あとから正太郎君も来るが先に簡単に話しておこう。家の旦那から最近巾着切りが増えたという話と不審な子供の話を正太郎君の友達の由太郎君が話してくれてね。昨日一日怪しい子供たちの後をつけてくれたそうだ」

「アブねえ話でござんすね。最近のキンチャッキリの連中は危ねえと見ると刃物を振り回しやすからね。異人たちも財布や時計をやられたとpoliceStationに怒鳴り込んできたそうですぜ」

「そうらしいな、それで遠くから見るだけで近くよらないように注意するように頼んだそうだ。それで昨日だけで煙草入れを三つと腰に提げた時計が二つ取られるのを見たそうだ。ついていた連中が其の追いかける相手にわざとぶつかるようにして懐を抜くそうだ。そいつを受け渡したあとの大人の方を付けてくれた子がいてね。なに子守っ子が何人か組んで彼方此方の町筋で交代してつけてくれたそうだがね」

神さんが出してくれた茶でのどを湿していたケンゾーに少しじれたか伝助が「ケンゾーさんじらさねえで早く話しなせえよ」

「其れがな長者橋の先に悪水抜きの堀があるだろうあの先に新田町の川沿いにどこかのお妾が住んでいる様な黒板塀の小粋な家があるんだ。俺は見ていないが塀の上に松が張り出していて道まで枝が伸びているそうだ」

「旦那、そりゃ危ねえ話ですぜ、其の家たしか山城屋の妾の家ですぜ」

「なんだまた山城屋がらみかよ。番頭の大川さんの心配がいよいよひどくなりそうだ」

「あぶねえから、子供たちは遠ざけて下せえよ、長次に言って見張りに出したら長十手の旦那に相談して其方からも替わりの見張りを出させますから」

「そうしてくれるか、俺は今日、例のフッキローへ人を招待するのであまり動けないのだよ」

「噂は聞いています。寅吉の旦那や糸平の旦那たちが尻押しをしている事もね」

「浅草の新門の繋がりで後押しを頼まれているそうだ。血の繋がりがないがお倉さんの親とは義兄弟の約束をしたそうだ親方は律儀なお人だそうだ」

「あの家業の人たちはそういう人が多いそうですな」

神さんに長次を呼びに行かせて対策を練りだした。

ケンゾーは支度しに境町へ戻る途中で寅吉と出合った。

「少し付き合ってくれ」

「よろしいですが、どちらへ」

珍しく一人で東へ歩いている寅吉に不思議そうに聞くケンゾーだった。

「20番のグランドホテルに三人ばかり知り合いが来たのでよい機会だからフッキローへ連れ出すのさ。一人は長州の伊藤博文さん、一人は薩摩の大山巌さん、も一人は同じ薩摩の鮫島尚信さんだ。大山さんがあさっての船で上海に発つので見送り方々横浜見物だ。大山さんは初めてだが二人は経験があるからホテルに泊まってそのご指南だとさ」

寅吉は笑いながらその実は横浜で羽を伸ばす相談だと気がついているぞということを話し方で匂わせた。

「今日、正太郎はどうした」と聞かれて昨日の経緯と伝助から替わりを重四郎親分とするという話がまとまったことを伝えた。

「お前さんたちまるで事件を引き寄せているようだ」

顔は笑っているが心配そうな声で「また山城屋がらみか」とつぶやいた。

「しかしねちっこい野郎だな。陛下の服を作ったことで大人しく御用商人のままでいれば良い物を、同じ長州でも井上さんや伊藤さん、野村から井上という名に改めた勝さんなどとは大違いだ」

「山縣有朋さんが帰国して考え方が変わって呉れればいいのですが」

「狂介は無理だと井上さんも伊藤さんも言っていたよ。帰国すればいよいよ師匠のでこ助に似るとさ」

「其れは亡くなった村田先生のことですか」

「そう其の蔵六先生だ」

「其れは相当危険ですね。知り合いの弁天塾の石川寧が言っていました、村田という人はすべての日本人を兵隊にして異国と戦うのだと考えていたらしいですね」

「寧静先生かいあの人は中々の見識が有るからな。当たっているんじゃねえか、デモな其の小型版の山縣狂介じゃ危ないぜ。舵取りを間違えるととんでもないことを仕出かしそうだ」

グランドホテルを尋ねるとグリーン夫人が出迎えてくれてコーヒールームへ案内してくれた。

夫人へ馬車を頼んで置いて二人は部屋へ入った。

午前中から三人はコーヒーにブランデーを垂らして陽気に談笑していた。

ケンゾーを紹介してから寅吉は此処へ来た用事を話した。

「今日は伊藤さんの旧知の女が開いた待合へご案内に来ました。今日が店開きなのでご祝儀に顔を出してくださいませんか」

二人の薩摩人が喜んで伊藤をからかいだした。

「何時の間に横浜に女を作った。梅子女史に言いつけるぞ」

「まさか、何かの冗談ですよ。コタさんよお前さん可笑しな事を言うなよ」

「其れは冗談ですがね、ほら大坂で江戸の女で俺を知っているというのを呼んだでしょう」

「アアあれか、確かお倉とかいったな、そうか今横浜にいるのか」

ほらやっぱりだ、さっさと白状すれば楽になるぞと二人にすごまれているのを見てケンゾーは政府のお偉方も他愛がないと思った。

「昼の席に江戸からの芸者も来ていますからにぎやかに線香を一本ともしに行きましょう」

「オッ、昨日シティオブエドで来た女たちがそうか。新橋や木挽町に金春芸者だといっていたが三日間借り出されたと言うのは其の待合か」

「そうでござんすよ今日から三日の間座敷の助で出て其のあと一日は横浜見物都合六日の借り出しで東京から十二人が来ています」

「船でな、この伊藤の旦那はお前たちがいない江戸は寂れて諌鼓鶏がなくなぞと持ち上げていたから、いけば喜ぶ代わりに祝儀も弾まないと行かんぞ」

「そういいなさんな、ついでの事じゃから全てコタさんにおんぶに抱っこじゃいかんかい」

「そりゃいけんじゃろう。仮にも身元が割れていて、そういうわけにはいかんぞ。其れに新橋の小龍とかいうた半玉に相当熱心に今度東京で呼ぶから置屋を教えろと聞いていたろう」

「小龍には手を出さんでくださいよ。家のお容のお気に入りで友達の置屋の抱え芸者でござんすぜ」

「だしゃせんよ。おりゃこう見えても紳士じゃけん」

其れを受けて話が女遊びに飛んで大坂での博文の女遊びに陸奥が付き合った話など鮫島が喋り出した。

「勘弁してくれ、小次郎にはすっかり旧悪をつかまれとる。コタさん速く連れて行ってくれ、俺は少し部屋で身だしなみを整えて来る」そういって部屋へ戻る博文を見送ってから「小兵衛さぁから聞いたが山城屋が悪さをしとると」

話が伝わっているようなので此処までの経緯をケンゾーに話させる寅吉だった。

「そうか気をつけるように国許の吉之助さぁに手紙で言って置いてくれんか尚信ドン」

「よかです。其れと松木さんや五代さんにも話して気を置くように伝えておきます」

「そうしてくれ伊藤君や井上君にも話をしておくよ」

「井上さんも見送りに」

「そうだ、明日の船で二人の井上が来ることになっているのだよ。高島屋へ泊まるといっていた」

「そうですか井上勝さんとですかね、明日は二人も待合へ誘いましょう」

「其の勝ドンたい、今度の鉄道の頭になることにきまったぞ」

「それでは横浜においでになることが増えますね」

寅吉は旧知の井上勝が出てくることを嬉しく思うのだった。
伊藤が着替えてきたので連れ立って出かけることにして馬車に乗り込んで近くのジャーディン・マセソンでケンゾーは降ろして貰った。

「海岸を走って本町の馬車道を進んでくれ」寅吉はそう告げた。

「コタさんよ祝儀袋を20枚ほどあつらえたいが」

弥助に言われて「馬車道と弁天通りの角で止めてくれ」と御者に頼んだ。

「俺たちの分も頼むぜ」

寅吉はぽち袋を百枚の束で買ってきて三人に手渡した「せめて二朱は入れていただけますかね」

「いかんいかん、そんなに細かいのはたくさん持ち合わせが無いぞ」

「すまんが此処で待っていてくれ」

寅吉は店へ走り二朱銀を百枚入れた袋を持ってきた。

馬車の上で手分けをして百枚の袋に入れたご祝儀をそれぞれが自分の名の一字をかき入れて寅吉が一緒に持ってきた三つの信玄袋に三十枚ずつ入れ残りは自分の方の信玄袋に落とし込んだ。

「私のは先に二十枚ほど用意しておきましたので此れで足りるでしょう」

「後で配った分を払うからこれ以上此処で金を出すのは止めにしよう」

弥助がそういって寅吉に馬車を出すように頼んだ。

「駒形町新地のフッキローだ」寅吉が威勢良く場所を告げた。

「ふうきろうの間違いでは今日店開きだそうで朝から掃除に余念がありませんでしたが」

「いや女将が江戸っ子でフッキローと威勢良く言うそうだが誰でも字を見るとふうきろうと読んでしまうそうだ」

「そいつはいい話を聞きました。聞かれたらそうお客に教えましょう」

幸いにも馬車は駒形町一丁目の角を曲がり切って、新地へ入り新しく磨きだされた玄関に看板も新しい待合へ入った。

「東京から明後日上海へ発つ人の見送りに来た知り人を捕まえてきたぜ」

昼でまだ仲居も揃わないで行き届きませんがと口開けの客にお倉が愛想良く出迎えてくれた。

「まだ平専も糸平さんも来ていないのかい」

「お二人は五字になったら来るとお使いが来ました。高島様が三字で吉田様が六字だそうで御座います。虎屋様が五字半とのお話でございます。ただいまのお約束は其処までで御座います」

寅吉の事は承知でお倉はそういう冗談のような口を聞いた。

部屋へ通されてお倉がきちんと挨拶をして座を少し前に出ると伊藤に「伊藤俊介様でございましたね。大坂では過分にご贔屓いただきありがとう存じます」

「やっぱりだ。この男大坂で大分悪さを仕掛けましたか」

巌こと弥助が早速からかいだしたが、待ち受けていた横浜の芸者に東京の芸者がぞろぞろと挨拶に来ては去っていくのでぽち袋に入れたご祝儀を配るのに忙しくなった。

「驚いたな東京だけでなくこっちの芸者も昼から抑えたのかよ」

「はいな、ものはついで高砂町の方はまだ手放していないので其方へ昼前からあちらこちらへ無理を言って十二人ほどかき集めて借り切りといたしました。線香代などとけちな事はいわずにお遊びいただけるように三日間は借り切りと致しました」

さすが女傑と糸平さんもかぶとを脱ぐこの人はやる事も派手好きだった。

横浜に来ればビールということで出された台の物に盛んに箸を付けるのも横浜流、お持ちかえりなど考えない浜っ子気質が浸透したかのようなお客に取り持つお倉は自分で「英吉利のWhiskeyで御座います。あちらでは百五十才以上の長生きをされたパーおじいさんという人にあやかった名前でおめでたいお酒で御座います」と氷の入ったグラスに注いで周った。

MR.THOMAS PARRは実在したのだという事をお倉が説明した「子供や孫や子孫の人までもが百才以上の長生きする人がぞろぞろといたそうだと聞きました」

一回りした芸者からお倉が選んだ四人が座についてようやく宴もにぎやかになった。

替わり番子に踊りを披露したり三味を弾いたりして少し座が落ち着くと横浜芸者が現れて野毛の山を披露していった。

すかさず今の踊り手にご祝儀だと伊藤がまた一枚ずつ出したので皆が揃って出すことにした。

座についたものに渡す分がなくなり、お倉に言ってぽち袋を二十枚買ってもらった。

袋に息をかけている様子に「ありがとう御座います」お倉が替わって礼を言った。

其れもそうで寅吉が芸者四人に目をつぶれといってから入れたのは一ドル銀貨、町では三分で通用するのだ、寅吉は鮫島にも手伝わせて全てに入れた。

「此れは四人の共同での祝儀だから名前は無いよ」

そういって芸者四人に渡してからお倉に「仲居に四枚、板場に二枚、玄関番に二枚都合八枚だ。後渡し忘れたものはいないかい」

「女将のぶんがないぜ」

まさか私はいただけませんと辞退するのを伊藤が寅吉の前に出て四枚を強奪してお倉に差し出して「此れは俺たちの名刺だ」と渡そうとした。

「御名刺なら頂きますがお名前をお書きくださいませ」

そういって硯箱を出して来させた。

それぞれが名前を書いて差し出すと大事そうに懐へしまいこんで改めて挨拶を「一同に祝儀を振舞っていただきありがとう御座います。フッキロー最初の大事なお客様の事は一生の宝とさせていただきます」そう挨拶をして座をたって行った。

残りの芸者に盛んに話題を振る伊藤を尻目にグラスのWhiskeyがなくなるのを残念そうに見ている薩摩人に「どうですこれから鰻でまた一杯やられますか」と寅吉が声をかけた。

話がまとまり勘定を言いつけるとお倉が勘定書きを持ってきて其れを寅吉が見て「安いじゃねえか此れでやっていけるのか」と驚いた、三日間線香代はいらないというがあれだけ芸者が顔を出したうえ一本三両はするオールドパーがでた上で七両とは、其れを遠慮なぞしない伊藤が覗いて「此れなら次の鰻屋でコタさん持でも懐を心配しなくて安心だ」とおどけて見せた。

直ぐに小判と二分金で盆の上に出してから芸者に玄関まで見送られて太田町通りまで歩き出し、途中で街の使い奴に多満喜へ連絡員を二人よこすように虎屋へ連絡を頼んだ。

多満喜の前で追いついてきた雅を残して、千代には喜重郎さんへの連絡と時間になったらフッキローへ橋本さんや笹岡さんは先に出るように頼んで座敷へあがった。

「雅はぽち袋を二百枚ほど用意して二朱銀を手分けしていれておいて呉れ、今晩祝儀に渡せるように信玄袋へ入れて笹岡さんへ渡しておいてくれ」

「前もって橋本さんの方と吉岡さんが百枚ほど用意して居りますが」

「実は様子が変わって足りなくなりそうだ、それで別口も用意しておくのさ」

「かしこまりましたでは私は連絡に出ますがこちらのお迎えはどう致しましょう」

「俺のほうは勝手に行くさ。全てはいつものように笹岡さんに任せて盛り上げておいてくれ」

「かしこまりました。では旦那が遅れても宴は開かせていただきます」

「頼んだぜ、遅くはならないつもりだがなんせ酒豪の人たちだからな」

使いを出してここでは最初はビールと飲みなおしを始める面々だった。

寅吉はしまった岩蔵が来ていたんだ、呼んで置けばよかったと後悔していた。

「コタさん酔わないうちに勘定だ。さっきの祝儀のうち三十枚の二朱銀でいくらになる」

「六十朱では十五分で三両三分です」

「そうか其れと二ドルを足すと五両一分という事か。後はごちにならせて貰うぜ」伊藤さんがそういって自分の財布から太政官札で悪いがと断って十六両分を出して後二分金をひとつ寅吉に渡した。

「大山さんのは俺と鮫島さんで渡航のお祝いだ、後で清算するから受け取ってくれ」

細かい伊藤さんもこういうところは大様に出るので寅吉は好きな一人なのだ、二人の薩摩人も酔いが冷めれば伊藤さんに感謝するのだろうが今は、ヒヒッヒヒッと不思議な笑い方をしながらビールでう巻きを食べていた。

五時ごろになって出来上がりだした三人は馬車でグランドホテルへ送り出して寅吉は歩いて三丁目の雑踏へ出た。遠くにケンゾーたちがぞろぞろと歩いてくるのが見えたのは相影楼の角店の近くだった。

後ろから小さな影が近寄ってきて腰の金唐皮の煙草入れが抜かれるのを感じるとすかさず其の手を押さえて引っ張って歩き出した。

「勘弁してくれよ」急所を押さえられてとった煙草入れごと抑えられては引き摺られるように歩くしかなかった。

「声を張り上げずにそのまま歩くんだ」後ろのケンゾーが確認したのを振り返ってみてからそのまま駒形橋を渡って一丁目から先ほど馬車で入った新地のフッキローへ近づいた。

後ろから何人かの子供や大人が付き従っていたが「やいやい俺が子をかどわかすきか」と周りを取り囲んで喚き出した。

通りをふさぐようにケンゾーが遮断したのを見澄ますと煙草入れをつかんだ手を見せて「この通りだが、お前さんこの子の親かい」

「養い子だが立派な俺が子だいちゃもんつけると承知しないぞ」

懐から匕首を取り出したのは二人、一人は後ろで懐手のままだった、そっちのほうが危ないなと寅吉は用心しつつ煙草入れを取り戻して子供の手を離した。

こどもが「ばかやろう酔っ払いの癖しゃがって何てことしゃがる、手が折れたらお飯の食い上げだ」

其れを合図の様に二人が飛び込んできたが寅吉が前に出ると勝手に富貴楼の前の石へ激突してしまったようにケンゾーたちには見えた。

懐手の男が手をボキボキと鳴らしながら「中々やるなだが俺はそうはいかねえぜ」と腰を落として構えをつけた。

「よしなせえ、見れば中々の腕のようだが今の様子を見ても分からないようなら生兵法だよ」

逃げ出した子供たちはウィリーたちが道をふさいでいて、いつの間にか現れた正太郎たちが取り押さえていた。

伝助に長次たちも現れて入舟町側から迫ってきていた。

飛び込んできた男を軽く投げた先には長十手の旦那が待っていたかのように現れて直ぐに縄をかけてしまった。

二人のうめいている男は伝助と玉吉が抑えて「寅吉の旦那ありがとうござんす。今朝から正太郎君とあっしたちが見張っていましたのと現場を押さえましたのでぐうの音も言わすこっちゃありません。ありがとうござんした。別口が逃げ出さないうちに安部様と捕りに行ってめえりやす」

「安部様に子供たちの事は穏便に頼んでくれよ」

寅吉はそういうと何事もなかったかのように富貴楼へ入って行った。

玄関では何も無かったかのようにお倉が出迎えてくれて「もう皆様旦那はいなくとも始めるよと浮かれて御座います」そういって後ろから来たケンゾーたちににこやかな顔で「皆様いい余興をごらんいただき、今宵はいい晩になりますでござんす」と愛嬌を振りまいていた。

ケンゾーと簡単に立ち話をした後寅吉は仲居に案内されて虎屋の者が騒いでいる座敷へ通った。

ウィリーたちはあっけに取られる事の連続でさらに選りすぐりの芸者が次々に現れるので上機嫌だった。


 
 

昨日の晩の騒ぎ疲れでケンゾーが起きたときはいつもと違ってウィリーがもうコーヒーを飲み終わる頃だった。

「ヤァ昨晩は馳走になった。新吉原や港崎で遊ぶよりも楽しかったと支配人も上機嫌だったぜ」

同じ馬車にゆられてきたがどこでそんな話をしていたのか定かでは無いくらい酔っ払っていたが、先ほど見ると勘定書きがポケットに入っているので支払いはしてきたようで財布から金は確かに其の分減っていた。

ウィリーがケンゾーに正太郎が今日は程谷へ行くといって出かけたと伝えた。

「何か実家に起きたのかな」

「いや、昨日の捕り物で暫くは用も無さそうなので弟や妹をカーニバルのときにこちらに呼ぶ相談だそうだ。友達の紋太と言う子の爺様も直ぐ近くなので一緒に出かけて行ったよ」

「そうかこの家なら部屋に余分の空きもあるから泊める事も可能だな、ウィリーは迷惑じゃないかい」

「俺はかまわないぜ、どうせ昼間は居ないんだ。ショウタローの兄弟なら歓迎するよ。其れよりMr. Edward Schnellについて聞いたかい」

「いやしらんが、Mr.スネルがどうかしたかい」

「亜米利加へ開拓に出たが上手く行かずに行方不明だそうだ」

「アア、其れは聞き違いだぜ。アメリカへ行ったのは兄貴の方のJohn Henry Schnellという人だ。寅吉の旦那が元会津藩の山川様から聞いた話だと会津の農民を連れて亜米利加で、大きな農園を開こうと出かけたという話だよ。それに弟の方のMr.Schnellは東京と横浜を行き来しているぜ」

「しまった。俺も昨日は酔っていたのかな、それとも俺に話してくれたアレックスが間違えたのかな」

「俺も相当酔っていたが、Mr.Alexanderも酷かったぜ。大体43番にスネル商会があるのになぜそんな間違いをするんだい」

「なぜだか分からんよ。それにアレックスだって昨晩のことを覚えているかどうかな」

It is hopelessという所だな。もっとも寅吉の旦那も最近のMr.スネルには匙を投げたといっていたからな本人が行方不明でも気にせんだろう」

「其のThe spoon is thrown outというのは何のまじないだ」

「アアそうか、此れは日本の言い回しでもう手がつけられないという意味だ。つい日本の言い回しをそのまま英吉利の言葉にしてしまう」

「いいさ、俺がそのうち日本語を教えてやるよ」

「なんか変だな。教えてもらうの間違いじゃないのか」

二人で笑ってしまうちゃんぽんの言い回しは船の旅でもいいコンビだった。

昼になって長次が来て昨晩の顛末をケンゾーに大げさに話して行った。

「あれから新町の家を見張っていた冨次たちと合流すると、先ほど五人ほどの出入りがあって今は子供と大人で八人ほどいるようだと話すので其のまま人が集まるまで見張ることにしました」

月の出は遅く、出ても細い月では足元も暗いと龕灯にランプを陣屋に待機した安部が多めに用意させていた。

戸部役所にも二十人ほどが詰めて息を潜めていたし、網の目を縛るためにかお三の宮にも10人ほどが詰めていた。

そうして一刻ほどすると出て来たのは大人と子供を混ぜると11人だった。

先へ行かせて後をつけだすと長者橋から川沿いを下って野毛の町へ入った。

横浜道で野毛坂を登り戸部に入ると見て重四郎は安部の指図で程谷道へ先回りして網を張った。

「伝助あやつらこのまま石崎まで行くようなら平沼橋で捕らえよう。程谷道へ入るなら先回りした重四郎と挟み撃ちだ、東光寺で片をつけるぜ」

切り通しを抜けるとやはり程谷道へ入っていった。

伝助を筆頭に駆け足となり追い詰めていった、向こうには重四郎たちが明かりを掲げて網を張っていた、安部たちも追いついてきて東光寺の門前で取り囲むと抵抗もせず、あっさりとお縄につく一同を召し取った。

戸部役所に連れて行き早速其処で吟味が始められた。

「なにあいつら自分たちは横浜見物の帰りで夜旅をかけて明日には大山へ入る予定で御座いますと言い抜けようとしゃがるのでござんすよ」

しかし荷物を改めて懐中時計と煙草入れが数多く出たのにさらに言い抜けようとしたのを「時計については異人たちが刻印の番号を届けておる、此れが書類だが其方で其の時計の刻印と照合する気があればしても良いぞ」そう諭すようにいわれて頭株らしい老人が「恐れ入りやした、わしたちが掏り取ったものに間違いありやせん」と罪を認めた。

「昔から掏児は其の現物を取ったところを抑えないと罪に問えないといいますが、盗品の故買でつかめえることにしやした」と長次は続けた。

やはり窩主買いでしか残りのものはお縄にできないようだが、仲間にされた子供たちのことを考えてしまうケンゾーだった。


 
横浜幻想 其の三 Pickpocket 了 2007 02 26

酔芙蓉の番外編としてのお話いかがでしたか、これからも番外編の主役はコタさんからケンゾーと正太郎に移り、横浜の街の事件簿としていく予定です。  
 阿井一矢 ( 根岸 和津矢)

幻想明治 第一部 
其の一 洋館

横浜幻想  其の一   奇兵隊異聞 
 其の二   水屋始末  
 其の三   Pickpocket
 其の四   遷座祭
 其の五   鉄道掛
 其の六   三奇人
 其の七   弗屋
 其の八   高島町
 其の九   安愚楽鍋
 其の十   Antelope
 其の十一  La maison de la cave du vin
 其の十二  Moulin de la Galette
 其の十三  Special Express Bordeaux
 其の十四   La Reine Hortense
 其の十五  Vincennes
 其の十六  Je suis absorbe dans le luxe
 其の十七  Le Petit Trianon
 其の十八  Ca chante a Paname
 其の十九  Aldebaran
 其の二十  Grotte de Massbielle
 其の二十一 Tour de Paris
 其の二十二 Femme Fatale
 其の二十三 Langue de chat

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