Paris1873年3月20日 Thursday
14日のエメの誕生日以来正太郎は忙しくて手紙を出すのとセディに連絡に行かすほかなく久しぶりに午後にノートルダム・デ・シャン街へ出向いた。
「ドンヌ・モワトン・モントー(Donne moi ton manteau.)」
エメは外套を着たままの正太郎に脱ぐように言った。
「すぐ出かける気は無いの」
「まだ時間が早くてお腹もすいていないし。それならオン・ヴァオ・テアトル(On va au theatre?劇場へ行く?)」
「どこかいい芝居でも掛かっているの」
「お芝居でなくて歌手の人たちの会があるの。サラ・ボードゥワンが10人ほどの若い人たちの会で歌うのよ」
「会場は何処なの」
「サン・マルタン門のルネッサンス座よ。5時から3時間行われるの」
「5時ならもう出かけてビエを手に入れてからカフェでガトーでもいかかがですかマドモアゼル」
「メルスィ・ボク、では出掛けましょうか」
エメは正太郎にハリスツイードのモントーを着る様に言って自分の仕度を始め、自分は其れにあわせて買ったモントーにした。
ビエは良い席が買えて2人はストレーへ向かった。
表の席に座りカフェ・クレームでアリババを食べているとサラが親子連れでやってきた。
「あら、こんなところでお茶なの」
「ご一緒にいかが」
正太郎が聞くと同じ物をとセルヴィスに頼んでモーリスを座らせた.
正太郎が引いた椅子へ腰を下ろすと「今日はこれで帰るの。用事がなければ家に来る。アリスが今お買い物に廻っているのよ」
「残念ですわ。私達これからサラ・ボードゥワンの若手歌手の為の会へ行くのでお伺いできませんの」
「ああ、あの方。そう何処でやられるのマキシムのお店」
「いいえこの近くのルネッサンス座です5時開演なのです」
「あらあそこはそういうことも出来るのね」
「1回きり3時間だけの会なので借りられたそうですわ」
サラが来ていると言うので周りに人が多く集まって、中には挨拶をする人に混ざって5歳くらいの小さな子が母親に手を取られて挨拶をしにきた。
「この子は貴方の事が大好きなの。手を取っていただけません」
「よろしいですわ此方へいらっしゃいな」
サラは其の子をひざ近くに呼び寄せて頬にキスをして「私のお芝居を見に来てくださいね。お名前はなんておっしゃるの」
其の子ははにかみながら「僕、エドモン・ウジェーヌ・アレクシス.・ロスタン(Edmond Eugene Alexis Rostand)サラにいい話を書くから其れに出て欲しいんだけど、良いですか」
「良いわ、私にいい役をあてがってね」
「勿論貴方が主役ですとも、約束します」
「嬉しいわ、私にキスしてね」
かがんだサラに少年は嬉しそうに頬にキスをして母親と一緒に隣の席に付いた。
「サラの信者が1人増えましたね。将来台本を書いてくれる約束をするなんてませたいい子だな」
「ショウ、其の言い方可笑しいわよ。其れを言うなら普通にいい子だでいいのよ」
サラはそういって最近は何を読んでるの言い回しが古風すぎるわよと注意した。
「サヴィニヤン・ド・シラノ・ド・ベルジュラックという人が200年位前に書いた月世界の帝国(Histoire comique des etats et empires de la lune)という本です」
「それでは古い言い方が身に付くはずだわ。新しい物を読みなさいね。でも其の本のあらすじを教えてね」
月の諸帝国の巻では主人公ディルコナがガラス瓶を体に巻き付けフランスからカナダへ飛んだかと思うと,バネ仕掛けで空飛ぶ火の竜に見える機械を作り、それでもう一度月を目指し辿り着いたところで、魔神に出会った後、四足の人獣たちに捕らえられてしまい人獣たちはディルコナを王宮へ連れて行き、猿だと思って王妃の鳥籠に入れてしまう。
太陽の諸帝国の巻では月から帰還したディルコナは、パリヘの帰り道に友人を訪ねて滞在したが言動が異端の魔法使いと怪しまれ、捕らえられて火刑に処せられそうになる。
友人が助けようと尽力しているが新たな機械を作って飛び立ち、太陽へ着くと王様と出会う。鳥の国では裁判にかけられ、ドドンナの樫の木の子孫からは、恋人たちとその木の実の話を聞くのだ。
エドモンとモーリスは眼を輝かして正太郎の話すことを聞いた。
「ねえショウ、ほんとうに月へいけるの」
「難しいだろうけどいつかはいけるさ。ジャポンでは月にはかぐや姫様という綺麗なプリンセスがいるという話が伝わっているんだよ」
「では僕が其のプリンセスに会いに行こう」
「僕も行きたいな」
2人の子供は楽しく話をして別れた。
アリスが買い物から戻り、馬車のところまで正太郎が荷物を半分持って付いていった。
「また遊びに来てねショウ」
「来月になったらかならず行くよ。モーリス君に贈り物がジャポンから付く予定なんだ」
「本当なの嬉しいな、何が来るんだろ」
「楽しみに待っていてね」
「うん、待ってる」
正太郎とエメは馬車を見送ると開演時間が迫った劇場へ向かった。
Allons enfants de la Patrie,
アロン ザンファン
ドゥ ラ パトリーユ
Le jour de gloire est arrive!
ル ジュール ドゥ グロワー(ル) レ タリヴェ
Contre nous de la tyrannie,
コントル ヌー
ドゥ ラ ティラニー
L'etendard sanglant est leve, L'etendard
sanglant est leve,
レタンダール サングラン
エ ルヴェ レタンダール サングラン
エ ルヴェ
Entendez-vous dans les campagnes
アンタンデ ヴー
ダン レ カンパーニュ
Mugir ces feroces soldats?
ミュジール セ
フェロース ソルダ
Ils viennent jusque dans nos bras
イル ヴィエンヌ ジュスク ダン ノ ブラ
Egorger nos fils, nos compagnes.
エゴルジェ ノ
フィス ノ コンパーニュ
Aux armes, citoyens! Formez vos bataillons!
オ ザルム シトワイヤン フォルメ ヴォ バタイヨン
Marchons! Marchons! Qu'un sang impur
マルション マルション カン
サン カンピュール
Abreuve nos sillons!
アブルーヴ ノ
シヨン
さあ、祖国の子供たちよ、栄光の日がやってきた、ラ・マルセイエーズで始まった歌の会は、シャンソンに古い民謡などを色々な歌手が歌い、パリ・ミュゼットの時代から続く名曲が歌われた。
腰まである黒髪にベレーを被ったスタイル抜群の歌手が出て来てAve Mariaをシューベルトの調べに乗せラテン語とフランス語で歌った。
Ave Maria, gratia plena
Maria gratia plena
Maria gratia plena
Ave Ave Dominus
Dominus tecum
In mulieribus
Et benedictus
Et benedictus fructus ventris
Ventris tui Jesus
Ave Maria.
Je vous salue, Marie pleine de grace ;
le
Seigneur est avec vous.
Vous etes benie entre toutes les femmes
Et Jesus,
le fruit de vos entrailles, est beni.
Sainte Marie, Mere de Dieu,
priez
pour nous pauvres pecheurs, maintenant et a l'heure de notre mort
プレジール・ダムールをサラ・ボードゥワンが歌い観衆の喝采を浴びた。
Plaisir d'amour ne dure qu'un moment, Chagrin d'amour dure toute la vie.
J'ai tout quitte pour l'ingrate Sylvie. Elle me quitte et prend un autre amant.
Plaisir d'amour ne dure qu'un moment, Chagrin d'amour dure toute la vie.
最後はサクランボの歌で会場も巻き込んでの大合唱となった。
Quand nous chanterons le temps des
cerises
Et gai rossignoles et merles moqueur
Seront tous en fete
Les
belles auront la folie en tete
Et les amoureux du soleil au coeur
Quand
nous chanterons le temps des cerises
Sifflera bien mieux le merle moqueur
予定通りに8時に終わりエメと正太郎はサラ・ボードゥワンの楽屋へ訪れた。
「良かったわサラ」
「メルシー・エメ」
正太郎も今日の歌手の中で気に入った2人を話題に乗せた。
あのアヴェ・マリアを歌った黒髪の人が良かったとサラに伝えた。
「そう綺麗な声ね。もう少し哀愁が出れば良い歌い手になるわ。まだ17よ」
「えっ、17なんですかとてもそうは見えませんでした」
楽屋を覗く顔が見えて「サラお邪魔してもいい」と聞いてきた。
「良いわよ後30分は大丈夫よ」
「ボンソワ・ショウ、ボンソワ・エメ」
ベレーに黒い短髪のロレーヌ・アフレが顔を出した。
「あらロレーヌ、ボンソワー。今日はお休みなの」
「アッ。やっぱり気が付いてくれなかったんだ。舞台の上から見えたのに、この間ヴァレンティノに来たときも呼んで下されないし」
「ごめんね、この間は何時もと違う人を接待していたの。次のお店に行くのであわただしくて呼べなかったのよ。でも」
「エメ、あの黒髪の」
「あら貴方この間と違う長い髪の鬘も作られたの」
これでしょとパニエのフラールの下から黒髪の鬘を取り出した。
「もう、何で自分の髪で歌わないの」
「だってこの方が雰囲気に合うと思ったのよ、ねえ其れより今晩お店を休む事にしてあるの、どこかに連れて行ってくださらない。おなかがすいたの」
「もうこの子は、子供みたいな事を言って」
「だってMereはお仕事でしょ」
「え、サラのお嬢さんなの」
「そうよ」
「だって貴方17でしょ」
「そうメールが私の年の時には子供持ちだったのよ」
2人は驚いたが自分たちのことを考えればいつ子供ができても不思議で無いのだ。
「何処がいいのサラは今日もマキシムのお店でしょ」
「そうこの子が居ると落ち着かないから、他のお店に連れて行ってくださる」
2人は承知して、他に一緒に行く人はいるのか聞いた。
「ううん、居ないわ、お邪魔でしょうがお願い」
エメもこの子には弱いようだ、自分と同じ年と言っていい子だが妹のように思えるらしい。
「小さなビストロがいい。それとも高級なレストラン」
「レストランより街のビストロが良いわ」
「ショウどこかいいところがあるの」
「そうオ・ラ・クワイ・アドールから余り離れていないところでシャ・キ・ペッシュという面白いお店があるんだ。何時行っても陽気な人たちがアコーディオンやギターで歌っているんだよ。勿論お客だけどね」
「わぁ、あたしそういうお店行ったことが無いの。お食事も美味しいかしら」
「ステーキとジャガイモににんじんの温野菜が僕はお薦め。肉は硬い物でも柔らかい物でも」
「素敵ね、私歯ごたえのある肩肉のステーキが好きなの」
話が決まりサラも同じ馬車で仕事に送り、サン・ミシェル河岸のシャ・キ・ペッシュへ連れて行った。
相変わらず立派な髭とお腹は、連れてこられたエメとロレーヌには頼もしく思えたようだ。
ヴァン・ショーを頼んで正太郎が好きなソーセージとジャガイモのフライを頼み「今日のお薦めは」
「今日はノルマンディからいいステーキ肉が入りましたよ。硬い肩肉でも柔らかいひれ肉でもお好みのままに」
「では肩肉のステーキ僕はよく焼いてください」
「私はあまり焼かないで」
「私も」
「後は何をご希望ですかな、ヴェルミセルにマカロニ、グラタンに、パエリア、鳥のラグーなどとじゃがいものスフレ−(Souffles de pommes de terre)が今晩のお薦めです」
「鳥のラグーはクレーム煮なの」
「そうですマドモアゼル」
「ではそれとヴェルミセルにするわ」
エメもヴェルミセルを頼み正太郎とオムレットを分けて食べる事にした。
「今日は静かだね」
「そう今日は皆さんお出かけでね。もう直帰ってきますよ。すぐ賑やかになりますよ」
注文した最初のソーセージとジャガイモが出ると同時のように外からアコーディオンの音と一緒に歌声が聞こえ何時もの陽気な連中が帰ってきた。
「大分遅かったね。時間が延びたのかい」
「いや途中で一杯引っ掛けてきたのさ」
それで席に座ると酒につまみにとサラダが出されている様子は何時もと同じ風景だ。
いっぺんに店は陽気になりエメもロレーヌも楽しそうだった。
ワインを頼んでいいかしらとロレーヌが正太郎に聞いてきたので「ブラン、ロゼ、ルージュ」
「ルージュ」
と言うのでステーキに合わせて出してもらうことにした。
「家には高級品は無いよマドモアゼル」
「そんな口は奢って居ませんのムッシュー」
「ではシャトー・アニーというのが有りますから其れでいですか」
正太郎が其れをお願いしますというと65年のアニーが出てきた。
思わず顔がほころぶと親父は「おやムッシューはご存知のようだね」と見破った。
「ええ、ボルドーへ出かけたときに飲ませていただきました」
「そうかねムッシューはどう思うね」
話をしながら栓を抜いてグラスに注いだ。
香りを確かめて「ああ、あの日に飲んだのと同じ香りです。保存が良いですね、飲み頃の温度でまだ開けたばかりなのに塩気と樽の香りが残っています。花の香りがしてきました」
一口飲んで味を確かめてゆっくりとまた一口「活気に満ちた果物の香りで 木苺に黒スグリのような香りが混ざっています。とても美味しいです」とつい評価をしてしまった。
「ムッシューは酒屋さんかね。それともワインの醸造でも」
「僕はジャポンへワインを輸出する仕事をしています」
「ほう、そうかねそれでな。こいつはいいワインのようだね。5フランで出すのは惜しいかな」
正太郎は驚いたが黙っていた、セカンドでも正太郎の買値は100本600フランだったのだ。
「いいのではないでしょうかお客も喜びますよ。沢山有るのですか」
「いやこいつは50本だけだ」
「ずいぶん買ったんですね」
「ああ、売り込まれてな、こいつを含めて250本を800フランで買い取った。持ち主がシーヌでな、全部であと3000本あるから買わないかといわれたがそんなに余裕が無いのだ」
「その人まだ持っているようですか」
「そうさ、仲間が死んじまって急いで売りたいらしいが本人はワインの事がわからないそうだ」
「それ親父さんが話しに乗るなら僕も相談に乗りますよ。何があるか調べてくれませんか」
「良いとも、その代わりうちのワインの値段も正当かどうか見てくれるかい」
「僕の師匠の酒屋を連れてきて良いですか。明日にでも昼間来ても良いですが」
「よし決まりだでは今日のワインはおごりだもう一本出してあげるよ」
ステーキのソースにヴェルミセルを入れて良いかしらとロレーヌが聞くと嬉しそうに「ああ、良いですともマドモアゼル。私のソース気にいってくれた様だね」
「とても美味しいですわ」
親父はにこやかに笑ってワインを1本出してきた、冗談ではないラネッサンだ。
「2人は此処でお酒を飲んでいて」
正太郎は親父に「ワインは買った分はもう出さないで。僕が帰ってくるまでお店を開けて置いてください」と頼んで店を飛び出した。
馬車が客を待っていたのを見つけ「ルピック街」と言うと10フランを渡してこれで急いでくださいと頼んだ。
店ではあっけに取られた親父とロレーヌだがエメは「すぐ戻りますわ、お友達を此処へ呼ぶつもりですわ」と落ち着いてみせワインとオムレットを楽しんで「ショウの分貴方食べてくださる」と聞いた。
「良かったそれも頼もうかと思っていたの。じゃがいものスフレ−も頼んでいいかしら」
「勿論良いわよ。貴方健啖家ね」
「そうなの、それでお客さんに誘われてもつい遠慮しちゃうでしょ。それなら自分で頼めるお店に行くほうがましなの」
「それならまだ食べられるなら頼んで良いわよ。でもワインはこれで終わりよ」
「良いわお姉様、ガトーはあるかしら」
ロレーヌはしっかりエメを姉にしてしまった。
「マカロンならありますよ」
「5つ欲しいわ、お姉様は」
「2つで良いわ」
「7つでよろしいですか。すぐ出しますね」
セルヴァーズはすぐ出してくれた。
「美味しいワインね」
「本当ねおごりだなんて気前が良いわ」
鳥のクレーム・デ・ラ・ラグーはとても美味しいとワインを飲みながらロレーヌはご機嫌だ、食べるほうもそうだが飲むほうも強そうだ。
東洋人の2人連れが店に入って来て親父さんと話を始めた。
「買うのはいいが、知り合いを紹介して其の人たちが金を出すがそれでもいいかな」
「後2500本あるから8000フランで買ってくれないか」
「そりゃ高いよ」
「酒屋で買えば倍は取られるはずだよ」
往復10キロ以上の道を正太郎はジュリアンとマルクを連れ出して1時間で帰ってきた。
「親父さんこの人が僕の先生」
正太郎がそういうと奥から出てきた二人が広東語で聞いてきた。
「お前国の者か」
「上海ですが広東語も寧波もわかります」
「そうか俺たちはマカオから来た、今親父が間に入ると言っていたがお前の事か」
「そうです。此方は僕の相棒」
ジュリアンに2人はマカオから来ているそうですと話して「まだ大分あるのですか。彼はキャバレーに酒を卸すので安ければ買って良いといっています」
「何処が取引先だ」
「オ・ラ・クワイ・アドールという新しい店です」
「ああ、あそこか、なら良いだろう。危ないところじゃ此方もやばいのでな。打ち明けると高い酒らしいが俺たちにはルートが無い。その道をつける奴が誰かにスナッフされちまった。俺たちもこいつを処分してパリをずらかるのさ」
ジュリアンに言うと肯いたので明日昼現金を用意するが品物を見て値段にあう買い物なら金貨で引き取るというと「どこか安全な場所で」と言うことに為った。
「今日見本をもっているか」と聞くと250本持っているというのでジュリアンに聞くと其の分なら持って来たと言うのが聞こえたようで見てくれと表に誘った。
馬車の荷台にカンテラをかざして見るとジュリアンも肝をつぶしたようだが其処は顔に出さずに「一度店に戻ろう」と店に入った。
「どうだいいい酒だろ」
「ああ250本800フランは今日払って引き取るよ。それで明日は何処へ行けばいいかな」
「モンマルトルのサンバンサン墓地のブドウ畑のキャバレーがあるだろう。あそこいらで落ち合おう」
「良いだろう判りやすい場所だ。で、何時にする」
「出来るだけ早いほうがいい」
「では銀行から降ろす時間が必要だから11時だ」
「良いだろう」
「では明日2250本確認したら7200フランを金貨で払うよ本数が足りなければ其の分4フランずつ差っぴくがいいか」
「仕方ないな、其れで良いよ」
ジュリアンは金を渡して5人で待たせた馬車に積み込んだ。
2人の荷馬車が去るとマルクに馬車で見張っているように伝え、あっけに取られている親父に買い入れたワインを評価させてくれと地下室へ正太郎もつれて入った。
上ではそれも知らぬげに陽気にアコーディオンの音が響きエメとロレーヌも巻き込まれて歌いだしていた。
「親父さんざっと見たところ倍の値打ちはあるぜ。特別に高い物だけ選り分けようか」
「ほんとかい、頼むよ」
2人で手分けしてラネッサンを20本見つけた。
後はシャトー・レオヴィル・バルトンが12本、マルゴーまでが36本もあるには驚いた。
ラフィット・ロートシルト12本、オー・ブリオンが12本出てきたには開いた口がふさがらないジュリアンに変わって「親父さんこのワイン聞いたことが無いかい」といった。
「いや知らんな。家じゃボルドーかブルゴーニュという名前でしか仕入れていないし3月に一度くらいしか酒屋も此処に入らないしな。普段は5本か10本の酒を買うくらいな物さ」
「親父さんよ、あいつらのねぐらを知っているのかよ」
「いやしらん、あいつらを連れてきたのは飲んだくれの爺さんで3日前に天に召されちまった。72じゃ長生きしたくらいなもんだ」
「こいつはお宝だぜ。この90本で2000フランじゃきかないぜ」
「止せよ脅かすなよ。怖くなるじゃねえか。其れが本当ならお前さんにやすく出すから其れに見合った安酒を入れてくれないか」
「良いとも、取りあえず明日の夕刻に持ってくるが其れまで大事にしなさいよ」
親父も大分落ち着いてきたか「それじゃ大分儲けたか、ロトリー・ピュブリックにでも当たった気分だ」とご機嫌になった。
「ショウ明日俺のほうで現金を持っていくから時間にあの角へ出てこいよ」
「判った、此方は手ぶらで行くよ」
明日の打ち合わせを馬車の脇でして正太郎は馭者に此処の店にいるから迎えに来てくれるように頼み、ジュリアンは助手席に乗って帰っていった。
1時に馬車が戻って来て正太郎はロレーヌを送り届け、その晩はエメのアパルトマンへ泊まった。
エメは正太郎に「話が収まったらどういうことか教えてね」というのみだった。
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