酔芙蓉 第一巻 神田川


 

第三部-2 天下祭り

天下祭り・底抜け屋台・諌鼓鶏・元氷川・師走

 根岸和津矢(阿井一矢)

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・ 天下祭り

「ア〜ア今年は御輿がでねえから寂しいや」

「それでも山車が出て屋台が出せるだけでもありがたいと思いねぇよ」

今年神田は影祭りで御輿巡行は無しなので御輿を担げない寂しさを風呂でも話題にしていました。

今年8月に閏月が重なり祭りも近く熱気はあっても寒風が吹くこのごろです。

風呂屋での馬鹿話から帰るのも寒くなりだしました。

明日は宵宮、今日は屋台が出て馬鹿囃子で町内を廻り、明日は明神様で山車と屋台が集合、あさっては山車に屋台もが城内まで入り将軍様、御台様、大奥の奥女中までもが見物されます。

「コタさんみたいにあちこちの知り合いが呼んでくれるなんて羨ましいや」

「マァマァそう言わないで、あんまり御輿ばかり担いでいると神さんにどやされますよ、わっちみたいに独り者の気安いおっちょこちょいだから、何処へでもすっ飛んでいけるんでござんすよ」

「深川も今年は影祭りで寂しかったしよゥ」

「でも、8月の19日でしたっけ金太さんのところに皆で押しかけて騒いできたのは、あれは面白かったですよ」

「お清さんはなんていっても神田っ子だからよ、深川に嫁に行っても祭りというと血が騒ぐそうだ」

「6月の山王様は盛大だったそうですが見に行きましたか」

「おうさ、花山車を引いていたきれいどころに、辰がのぼせてよ」

「てやんでぃ、清吉こそ鼻血がとまらねえ何ぞ抜かしていたじゃねえか」

「ありゃおめえ、女衆の足に見とれてだたわけじゃねえや」

なんて具合でとどまるところがありません。

 

海舟先生は7月4日に二の丸留守居格、軍艦操練所頭取、布衣を命じられました。
(500石)さらに先生は8月には軍艦奉行並となられなんと千石取りのお旗本に立身なされました。 

塾生一同は先生が忙しい中にもかかわらず、例の皮肉たっぷりの授業のある日は用事をなげうっても駆けつけてきます。

虎太郎は一応卒業生として教授として遇されています。

今は富田先生が塾頭で、英語の授業が増えてきました。

 

風呂の二階ではまだ祭りの話題、「コタさんよ、例の底抜け屋台の人選はもめたそうだな」

「はいそのようで、芳町芸者と柳橋芸者が乗ってくださるそうですがね、あちこちの贔屓の関係で、それならこっちもなど大変だったそうで、結局書き出した名前を相政の親方が立会で籤を引いたらしいですぜ」

「よせやいしってるぜそいつはコタさんが勝先生にたのんで相政の親方に話を持って行きなさったそうじゃねえか」

「シィー、そいつは内緒でたのんますよ、あっちが絡んだなんて言うのは無しですぜ」

「おっと承知、コタさんはしらねえことだな」

「そうですよ、で誰が乗るか最終発表はありましたか」

「おやしらねえのかよ、オーイふるやんいるかい」

「呼んだかよ」

「底抜け屋台は何人乗るんだ、人選はきまったかよ」

「オッそれか、さっき回状が回ったばかりだ、柳橋はきみ香、たか吉、はつ、かね、かつ弥の五人、芳町は春吉、はつみ、てふ、すみ、芳吉と五人で後は湯島から太鼓がうまいと評判のたま、よしという町の子だそうな、後替わりの子が四ったりばかりで二台に分かれるそうだ」

「すげえな回状が来たばかりで空で言えるかよ」

「へへん、ここの作りがちがわぁ」とつむりをさすが、懐からは巻いた紙包みがのぞいています。

「そりゃなんだ」と清吉が懐を指すと「おっと手品の種が見えちゃ仕方ねえ、ここにも一枚置いてゆこう」

「なんだこんなところで油を売ってねえで早くまいてきやがれ」

「今の住まいはともかく神田の生まれか親が住んでいるか、奉公したことのあるものというから推薦されたものが多すぎだぜ」

「本当にそうですよ、来年はどうするか早めに決めねえとまたもめやすぜ」

「馬鹿ばやしだけじゃ悔しいが芸者衆のいろけがでねえもの、仕方ねえこった」

「コタさんは馬道の親方とも面識があるらしいじゃねえか」

「あれは岩さんに紹介されただけで、付き合いがあるわけじゃありやせん」

「ドウモナァ、コタさんは顔が広いくせに付き合いがあるなんぞいいたがらねえし、普通なら自慢たらたらだあな」

「旦那ちょつと」伝次郎が虎太郎を呼びに来たので下に降りました。

「どうしたよ、何か起きたのか」

「いえたいしたこっちゃありませんが、急に入用ができましてご相談に」

「どのくらいいるんだ」

「30両で」

「いいともすぐ用意しょう、ついてきてくれ」おつねさんのところに行き金の準備をします。

「旦那実は」

「いいんだお前が入用があって使う金だ、伝次郎が責任が取れる金なら俺が使い道などしらなくてもいいんだぜ」そういって家のアチら此方からおつねさんとお文さんに出してもらって渡しました。

「小判だけじゃねえがいいだろう」

「はいそれで宣うございます、では確かにお預かりいたします、急ぎますのでこれで失礼いたします」

「いいのかよ、コタさんアンナにあっさりと渡してよ」

「おっかさんよ、あいつが必要な金なら100両でも200両でも出してやろうと思う、それを生かせるやつだと俺は踏んでるんだ、これからももしもだ、入用を言ってきたらおいらの金から出してやってくれよ、まだ500金は残ってるだろう」

「そうさね、もう少し増えてるんじゃないかい、コタさんはあちこちに預けてるそうだから合わせりゃ相当の額になるだろう」

「おいらもよくわからねえが例の春駒屋さんには五百金、淀屋さんに五百金、河嶌屋さんに五百金これで千五百両分がとこ手をつけねえでとって置いてくださってるよ」
「後は越後屋に俺の名で三千両これはまだ手をつけない予定だ」

「ほんに相場もしねえのによく金が集まるもんだ」

「おっかさんがこつこつ稼いでくれるから自然と金が吸い寄せられてくるんだよ」

「まったく無駄に金をばら撒いてるように思っていたけど、どうして返りが多いのか不思議だあね」

「まいておくから返りがあるんだぜ、これをしまいこんでおきゃへらねえ替わりに増えもしねえよ」

「そうだねぇ、わたいの深川の朋輩だった年寄り連中も、酒を運ぶたびに何か仕事に結びつくことを知らせてくれるもの」

「そういう請ったよ、例の青木町に開いた店もわずか十日あまりでもう掛かりの分が儲けで収まりが付いたぜ」

「なんだよそれはすげえじゃねえか」

「ほら例の永吉と幸助がよ、今あそこに泊まって新しい人間を五人ほど雇って荷を動かしているがよ、なんとそいつらが仕入れたフランス香水が馬鹿あたりで間に合わねえよ」

「あのくさい水かよ」

「そういうなよ、新し物が好きのやつには人気があるんだからよ、おっかあはもう香水なんざようはねえのかも知れねえけどよ」

「わたいはほのかに香る程度がいいけどあれはちょいと付け過ぎるといけねえよ」

「オイオイ、あれはよう手拭などに少しつけて肌に叩くのがよいそうだ、糸瓜水のようにどばどば使っちゃいけねえのだぜ」

「あらそうだったのかよ、手のひらのうえに出してこすっちゃいけねえのか」

「参ったなぁ、そんなことしたのかよ、使い方をかいてある紙は読んでないのか」

「化粧水だと思ったけど違うのかよ」

「香水は化粧水の煮詰めたようなもんだぜ、だからほんのひとたらしで良いそうだ」

「あれ試してみよう、お文さん出しとくれよ」出してきたバラ香水をハンカチの上にひとたらしして手の甲になすると部屋にバラのよい香りが漂います。

「あらおつねさんコリャよい香りだ」

「ほんにそうだよ、驚いたもんだ」

「いくらで売るんだよ」

「一瓶、2両で卸してもう300個も売れたぜ、後100も残ってはいねえよ、次は500個入れる約束が出来たそうだ、横浜だけじゃ間にあわねえと永吉が長崎に有る品まで買い入れることにしたそうだが、同じものがないというのでどうなるやら」

「いくらで仕入れられるんだい、家でも少しは売れるように回しとくれよ」

「良いともよ、ちょいとまってなよ、見本に持ってきたが手付かずのが10個ほどあるからもってくる」

裏から家に廻り千代に荷を出させて持ち帰ります。

「同じバラ香水だがひとつ横浜で一両二朱だから卸は二両小売りは三両というところか」
「いい儲けじゃねえか」
「そうでもないぜ10個で20両だが見本で2個つけるから
元値が13両2分儲けは現金取引でも6両2分だ」

「それでも仕入れに400個入れて450両現金で即払ったら見返りに寄せ木細工を100個買ってくれたから伝次郎はほっとしたらしいぜ、もう卸した分で500両入ってきたから後は儲けになるだけだ」

「それで家はどうするよ、いつものように売れただけで良いのかよ」

「それで良いぜ、2つは見本、10個のうち売れた分からひとつあたり2両くれれば後は上に乗せられれば乗せてくれ、使い方は見本でよおく説明してくれよ」

「それと明日にでも日本橋の小売り相場を調べさせてくれよ、おいらのほうは卸だけだったので小売りはしらねえのだよ」

「よし来たそいつはこっちのお手のもんだぁ」

「かつ弥にはやったのか」

「いやこれが来てからはあってねえよ、おっかさんにやったのが最初の見本で、すぐあとから買い入れてまだどこにも俺からは回してねえよ」

「なんだお春さんにもやってねえのか」

「やるわきゃねえだろ、高すぎてそんなに回しちゃもうけがでねえよ」

「よく言うよ、いつもは見本でございますなんぞといっちゃ、儲けを度外視しゃがってこちとらが冷や汗掻かされたのはなんどあったか知れやしねえ」

「参るなぁそいつは勘弁してくれ」

「後外人が使うランプを入れるらしいがまだこいつは使い物になるめえ」

「それはなんだよ」

「異国の行灯みたいなものだが、結構明るいが手入れが大変な品物だよ」

「それじゃやめりゃ良いじゃねえか」

「それを俺が指図していたらあいつらのためにゃならねえよ」

「コタさんは此方ですか」

「おう清吉さんどうしたよ」

「頭が明日のことで相談があるから来てほしいそうですぜ」

「おいらで間に合うことか、清吉さんは知ってるかい」

「かえってきてすぐに呼びに出されたのでしらねえんですよ」

「そうか、では一緒に行こうちょいとまってくれ」

須田町に出かけた虎太郎は岩さんのところで雑魚寝。

 

・ 底抜け屋台 

朝日が差すかどうかという六つの鐘がなったばかりなのに、朝囃子(あさっぱやし)がもう始まっていた。

「オイ千代は起きてるか」表で顔を洗っていた千代が連れてきて最近雇った新三に伝次郎が声をかけると「ヘエおきて茶を飲んでおりやす」

「入るよ」そう声をかけて寅吉は中へ入った。

あとから伝次郎と清吉、梅吉が入るともう土間が一杯なので寅吉が上にあがった。

「どういたしました、こんな朝早くに皆さんおそろいで」

「いやな昼に勝先生のところに行ってもらう前によ、品川まで届け物に回ってほしいんだ」寅吉がそういいながら懐から手紙を出して「詳しいことはこれに書いてあるから、春駒屋さんで特別に人をたのんで青木町まで届けてくれるようにしてくれ」

「梅吉さんが同行するから、勝先生の家で着替えて、奥様たちを養繧堂さんまで案内してくるんだ」

「承知しました、では早速に出かけましょう、梅吉さんよろしくたのまあ」

「よしいこうか、ではどちらさんもごめんなすって」

二人は大胴(おおど)を打ち鳴らす音が響く中を出て行きました。

「清さん屋台でも見に行きながら小川やで朝飯でも食うか」

「そうすんべえ、昨日から喋りっぱなしで腹がすいてきたぜ」

「伝次郎もこいよ、お前は今日暇なのか」

「はい昨日のうちに手の尽くせるところは全て終わりました」

「そうかい、それなら今日明日は祭りを楽しんでくれよ」

八辻ヶ原には何台もの屋台が来ていて各町内から腕自慢のものが太鼓を叩いて盛り上がっていた。

「底抜け屋台は何時から動くんだ、清さん聞いてるかよ」

「五つには鍋町を出てぐるっと回って和泉橋に出るのが四つ半くれいで、佐柄木町に入るのが八つ半、昌平橋を渡るのが七つのよていだぁな」

「明神様に入るのがそうすると七つ半ごろか」

「そううまく回れりゃいいがよ」

「川向こうを巡行するのはどこから出るよ」

「いつもは湯島横丁から佐久間町まで下がって後はぐるぐる回ってしまいよ」

太鼓の音が大きいのであまり近寄らず、遠巻きに見物に出て来た人と挨拶しながら須田町に出て、小柳町三丁目の小川やで熱い汁とさばのみりん干しで飯を食べて別れ別れになって寅吉はまた八辻ヶ原に戻りました。

絡み撥が中々見事なので聞いていると麒麟から階段に演奏が移り熟練の技が光るのだった。

笛の音が混ざりさらに曲調の激しさが増し、聞いているだけで自然と身体が動き出すのだった。

笛の主がひょいと顔を出し「コタさんじゃねえかちょいと太鼓を叩いてみねえ」弦爺です。

「叩いた事がありませんよ」

「なあに誰でも最初って事があるからよ」

「ではおじゃましますよ」撥を借り受け最初は遅い曲調から始まり、いつの間にか雰囲気に呑まれたかのように懸命についていくうち、早い調子に移り周りの見物人の声が声援に変わり、他の太鼓がやすむ中、寅吉は汗みずくで叩くのだった。

「いやぁコタさん最初とはおもえねよ」

「笛についていくうちに自分が叩いている気がしなくなりやしたよ」

「それでいいんだぜ、自分が叩いていると言う内はマダマダ本物じゃねえよ、なぁ篠さんよ」近くで寅吉たちを見ている老人にそういうと。

「そうだよコタさんのように衒いがなく打ち込めればすぐに名人になれらぁ」

虎吉に刺激されたのか、まだ未熟ですがと何人もの若者が屋台に座り変わり番子に弦爺について太鼓をたたき出した。

与助を篠さんと呼ばれた老人が打ち、囃子もにぎやかになって見物のものが増えてきました。

「兄さんかっこよかったよ」お琴が来ていて虎吉に声をかけてきた。

「朝からどうしたよ」

「弦爺がどうせ夢中で食事も取らないといけないからおにぎりを運んできたの、ほら志ずがお茶とおにぎりを持って其処に」志ずという女中が恥ずかしげに虎吉に頭を下げてから弦爺のところに風呂敷と竹筒を持っていった。

三人で連雀町の角まで戻り分かれ、虎屋に戻った寅吉は、布団にもぐりこんで朝寝を決め込むのだった。

 

「そろそろ出るよ」

鍋町の角で1番の大傳馬町から36番の松田町までのうち20台が道に並んでいた。先頭の底抜け屋台が歩き出すと順に今川橋まで出て左に道をとるのだった。

「あの芸者衆の三味は粋だねえ」

「馬鹿囃とちがいしっとりしてるじゃねえかよ」

道の声がかつ弥たちにも聞こえ参加してよかったと思うのだった。

小伝馬町から松枝町に出る角にはお屋敷から出てきたお女中も大勢見物の群集に混じっていた。

柳原土手で一休みして上白壁町から佐柄木町を回る頃には疲れが出て、交代する三味の回数が増えても、かつ弥はすぐに戻って弾き続けた。

八辻ヶ原で演奏していた馬鹿囃の屋台と舞台も合流して昌平橋を渡り其処に待っていた残りの山車(花車)に順番に並び明神の坂を上るのだった。

「かつ弥ぁ疲れたろう、あたいはもうコタさんが言うグロッキだよう」

「あたいだって足がもう棒のようだ、これなら時々は歩いたほうがましだぁ」

「明日はそうしょうぜ、座りっぱなしはいけねえようだ」

そばで聞いていた総代も「そうしねえよ、見ていても辛そうなのがよくわかったからよ」

といってくれた。

今日はこれで終わり、余興とおどりが舞台で行われているが、かつ弥達は指定された宿屋で風呂に入り早めに寝ることにした。

「ささ明日も早いからよく寝るんだよ」年長のかねに言われても若いかつ弥とたか吉は喋りに夢中で部屋をのぞきにきたときだけ返事をしては、また布団の中で話しを続けるのだった。

 ・ 諌鼓鶏

明六つの鐘がなると朝囃子が聞こえてきました。

屋台は八辻ヶ原に戻っていて、人を集める太鼓の音が聞こえてきました。

神田明神では夜明け前から鉾の周りに人垣が出来ています。

鉾(ほこ)台型山車は神田祭1番は大傅馬町(現在の大伝馬町1丁目〜3丁目)の諌鼓鶏、この白い鶏が鉾の先頭に並びます。

総代連五人が先頭に並び、底抜け屋台の前には柳橋、芳町から参加した10人の芸者が三味を交互にかなで、屋台の後ろ左に弦爺が笛を帯に何本も差し込み、与助を持った篠助が右側、間の太鼓三つに取り付いているのは若い娘たち。

踊り屋台では、各町の選り抜きの町娘がところどころ屋台を止めては踊りを披露。

その後ろに少し離れて神主が並び、いよいよ其処からは鉾台が続きます。

鉾の間には馬鹿囃の屋台も入り最後の松田町の源頼義の後ろにも踊り屋台と馬鹿囃そしてその後ろには江戸町火消し一番い組の纏を先頭に各組の纏が続きました。

明神を出て和泉橋から乗り物町まで出て鎌倉河岸から外堀に沿って廻り雉橋御門から入り内堀沿いに田安御門に周り其処から吹き上げの馬場にしつらえた上覧所で上様、御台所大奥の上臈、老中諸侯の前で舞台が止まり上覧の栄に浴しました。

竹橋門から出て郭内を巡り神田橋御門から鎌倉河岸に出て竜閑川沿いに今川橋に出て其処でいったん日本橋側に出て本銀町2丁目、3丁目、大傳馬町と小伝馬町を一気にとおり抜けて松枝町で一休み、行列を整え新橋を渡り各町内も経巡り、筋違橋で八辻ヶ原に出て駿河台から小石川御門を渡り神田川沿いに下り、神田明神へと帰る頃にはもう暮れ六つの鐘がなりだします。

すぐに神主、総代の挨拶があり各町内に鉾台はかえります。

町役に引き連れられて町の娘たちも帰り後に残った芳町、柳島の芸者衆はそれぞれの箱やがついて家に戻りました。

片付け仕事は明日にして一番組から選ばれた鳶たちが夜番をいたします。

「かつ弥よぅ、腹が減ってねえかよ」

「あたいもさっきまでは興奮して感じなかったが少し寒くなって熱い物がほしいね」

「たか吉はどうだよ」

「あたいはもう腹ペコで歩くのがいやんなってきた」

「源司さんどっかこの辺で食べられるとこをしらねえかよ」

「サァこのあたりはよく存じません」かつ弥、たか吉きみ香に箱やが三人の6人連れ。

ここは佐久間町、昼間は賑やかですが日が暮れると行きかう人もまばら。

「仕方ないねぇ、このまま福井町まで戻るしかないかよ」

「そうだ冨松町に蕎麦屋があったろう、ほらコタさんが連れてくる吉松さんの近くによ」

その冨松町から出てきたのは伝次郎と千代「姐さんがた、いまお帰りですか」

「おや伝さんと千代さん、いいところでこの辺りに蕎麦屋があるかい」

「ヘェありやすよ、藤見そばといいますがそれですかい」

「まだ開いてるかよ」

「今出てきたところですが四つまではいつも開いておりやすよ」

「そりゃいい面倒でも案内しておくれな」

「ではこうおいでください」と二人が先にたち「お客さんだよ」暖簾を分けて中に声をかけ「姐さんがた、それではごめんくださいませ」と笑顔でかえります。

「何が出来ますか」源司が聞くと中から「今天ぷらそばがお勧めだ、後はうどんが打ち立てでうめえのがくえるよ」と笑いながら寅吉が出てきました。

「そんなとこで何してなさる」かつ弥が聞くと「ここは前の親父が中風で店を閉めるというのを聞いて、おいらが最近手に入れて職人はそのままに営業させてるんだよ」

「うどんなぞ江戸っ子の喰いもんじゃねえよ」

「ハハハ、お江戸にゃ江戸の生まれじゃないものも大勢いるからよ、嫌がるのを無理にたのんでやってもらってるんだあな」

「あたいはうどんで天麩羅が食べたい」たか吉が寅吉のお勧めを試します。

「よ〜しいいこだ、うまい天麩羅うどんが出てくるぞ、後はなんにしなさるよ」

天麩羅うどんは一人だっけで、後は天ぷらそば五つ。

「後は頼んだよ、では姐さんがた、お先に失礼いたしやす」寅吉はさっさと帰ってしまいました。

「なんだよ薄情だねぇ、福井町まで送ったって罰があたりゃするもんか」

「どっかで女でも待ってるんだろ」かつ弥に態とあてつけるようにきみ香とたか吉が話しますが、かつ弥は源司たちと話しをしてる様子で知らん振り。

「勘定をしてくださいな」かつ弥が中へ声をかけると出てきた若い衆が「毎度ありがとうぞんじやす、旦那がおごりだから銭を頂くなとおっしゃられて帰りましたぜ」

「おやご馳走様」きみ香はそういうことだと思ったといわんばかりの顔でいうと、あっさりと店を出ます。

かつ弥は小粒を懐紙にくるんで「これからもよろしく頼みます」と子女に渡して店を出ました。

「天麩羅うどんはうまかったかよ」意地を張って食べなくともやはり味が気になるかつ弥です。

「えびが熨してあって不思議なうまさだった」

「なんだそりゃ馬鹿に大きいと思ったら丸じゃねえのかよ」

「そばと違って開いて有ったよ、味がしみてそれはそれで美味いもんだ」

「ためしゃよかった」優柔普段は常のこと。

前からの約束でたか吉は福井町に泊まるので茅町の風呂に三人で入りに行きお金がもって付いてきた着替えに替えてから福井町の家で今日の話しをおきわさん、銀蔵、染め夫婦を交えてお茶を飲みながら冷めてしまった義士焼を染めが火鉢で温めて食べます。

「これは今川焼きと違うのかよ」

「おんなじだけど名前が違うだけさ」

「熱々の買いたてもうまいけど、外をひと焼したこいつもうまいもんだ」

などいいつつお城の中の広さや、将軍様御台様が見てくれても遠すぎて顔まではよくわからなかったなど夜のふけるのも忘れて話すのでした。

「そうだコタさんが蕎麦屋まで始めたぜ」

「聞いたよ、その義士焼をおめえたちが夜遅く帰ったらこうして食わしてくれと買ってきて、その話をしていったよ」

「なんだ、コタさんのお土産か、そばはいいがよ、うどんまで商っているぜ」

「いいじゃねえか、うどんは贅六の喰いもんだなんてのは勝手な言い分だからよ、コタさんはこういってたぜ、うどんはよ煮すぎるからいけねえ、少し固めにゆでてそばのようにすすりゃ中々いいもんだとよ」

「おきわさんはよ試す気があるのかよ」

「いやな請った」これには今日うどんを食べたばかりの、たか吉まで大笑い。

 

・ 元氷川

寅吉は朝からここのところ勝先生の家に居ます。

無事ジンキーの受け取りも済み、先生もやっと落ち着いてきました。

なんせ15万ドルラルという買い物13日に契約15日に受け取りその日のうちに海軍生が乗り込んで乗組員から教わりながら品川沖に投錨、これで先生も一安心。

「先生そろそろ坂本さんが訪ねてくる頃ですよ」

「おめえがいつも言うそいつは使い物になるのかよ」

「大層役に立つ人物です、先生の足りないところを全てして下さいますよ」

「おめえがそんなに推薦するなら本気で応対してみるか」

この日先生の元にやっとのことで坂本さんが千葉重太郎さんとやってきました。

先生の圧倒的な開国論にさすがの坂本さんもたじたじの様子が伺え、寅吉は聞いていてさすがに先生は人を食っていなさると思い笑いがこみ上げるのでした。

 

「旦那、そろそろ例の荷が着ますから横浜においでくださいませんか」

伝次郎が来て寅吉に報告するので、坂本さんと先生の初会合も立ち会えたので早速辞去して横浜に向かいました。

翌日の19日の昼に居留地に入ります。

「コタさん、やすくても品物がよくなければ買いません」ゴーン商会のフォンバッフ・ゴーンさんがそういって見本の品物を返します。

「ここを改良していい品物にするには後一分かかります、それは此方です」

そういって其の見本を示すと手にとって「これならよろしい、この蝶は細工がよいです、先ほどのはだめ、さっきの値段でならこれを買います」

「それは無理ですよ、先ほどのはひとつ三分2朱、此方は一両2朱下さらないと作れません」

「おおコタさんそれでは私儲けにならない」

「私のほうも損が出てまで作るのは勘弁してほしいです」

「日本のことわざに三方一両損というのがありますね、私とあなたともに2朱そんして一両なら買いましょう」

寅吉が伝次郎と大声で態と相談して「どうでい、それでいくらか利が出るかよ」

「元値が10個で8両一分三朱かかります、運上が2分で其の値段では一両壱朱しか出ません諦めましょう」日本語が出来ないふりのゴーン氏はちと手洗いといい出て行きすぐ帰ると「同ですそれで手を打ちなさい」

「今回は諦めて帰りましょう」

「お待ちなさい、どうですか相談ですが100個買いましよう、それと石鹸を安く出すから手を打ちなさい」

前金で100両その代わり石鹸で其の分を相殺ということになり、幸助が言うとおり石鹸が500ダース6000個手に入りました。

石鹸は信用が有る寅吉に即日引き渡すというので、荷を受け取る手続きをして運上所に届けを出しに人を行かせました、運上は石鹸は10分の1で十両。

本当は向こうで買えば安い石鹸でも日本ではまだ貴重品、高いと虎太郎は思いますが、幸助は10個で一分以下なら商売になるといいます。

壱分で15個の石鹸なら商売での損はないので伝次郎も幸助の情報に感心いたします、運上分を相殺して2分で27個。

幸助が調べたところではゴーンさんのところの石鹸は高いので他から入れた商社が扱うので、売れ残って困っているということでした。

まだ倉庫に1300ダースはあるだろうと幸助は踏んでいます。

「ゴーンさんも通詞が聞いていて此方に損がないように石鹸を売りつけて儲けたと喜んでるだろうよ、6000個の石鹸で飾り物100個ならあちらは国に持っていけば大もうけさ」安いものでも良い物と言う難しい注文でも往復の取引でなんとか利を上げて次の店に向かいます。

此方では大きな取引の話がまとまり前金を500両出して品物の到着を待ちます、荷が付くのは十日後、まだ売れていないというその荷はスミス商会のインド更紗の薄物。

全部で2000両の買い物。

寅吉が思い切って買い入れることにしました、これは永吉がお勧めの品で、鶴屋さんが四分の一出してくださり荷も買う約束。

「では旦那越後屋さんで手形を金にしてください」

「いいとも鶴屋さんの500両の手形と後千両合計千五百両は春駒屋さんに期日までに届くようにするぜ、其処からは丸高屋さんに人を出してもらおう、これで半分方は金が減ったから商売物は早めに売り込もうぜ」

「判りました、では29日に春駒屋さんに紀重郎さんから人を回していただきます、私が付き添いますが旦那はどういたしますか」

「通詞に都合が悪けりゃ出張るよ」

「ではそのあたりは千代に連絡をつけさせます」

大原やの店から人を出してもらい大八を引き出させ、会所に着いた荷を受け取り、吉田橋を渡り、青木町の店に引き上げます。

幸助、永吉も営業から戻り4人で打ち合わせを兼ねて、羽多やが込んでいたので、澤多やに上がり込んで、てんぷらを揚げさせて夕食をとりました。

「幸助も、永吉もよくやってくれるからなぁ、おいらがあまり働かないで御輿にうつつを抜かしていても儲けがどしどし転がり込んでくるぜ」

「それでな伝次郎には前々から言ってあるが、横浜が軌道に乗り、人が多く雇えたらまず長崎に支店を置きたい」食べながら飲みながらですが寅吉がいつものように話しを進めます。

「まずよ、伝次郎にはご苦労だがそのときには長崎に行って貰うぜ」

「旦那承知いたしました」伝次郎には前々から話していましたので後は時期だけ。

「お前たちも気を付けてほしいのはまず武器は扱わないこと、儲けは大きいがひとの恨みを買いかねない、それから先物取引の相場には手を出さないそれを守れれば個人商売はしてもいい」寅吉のいつもの持論です。

「支店開設は2年後の予定だ、その前になんどか足を運んでもらうことになるだろう」

「今伝次郎は月五両で働いているが、今後月10両にするそれは来月朔日の給金からだ、伝次郎が留守の間の筆頭は永吉お前だよ、永吉と幸助は今は月2両2分だが来月からは五両だ」三人共に驚き「旦那そんなに払っては赤字になります」寅吉のところはマイナスを朱で書き入れます。

「それをマイナスにならねえように三人が力をあわせて働いてくれよ、それと人間を纏める役を笹岡さんにお頼みして大店で言う大番頭にして人間の出入りと給金を任せようと思う」今までは伝次郎が秘書兼番頭で行ってきたことを寅吉たちの店で雇った侍上がりで初老の人当たりのよい笹岡伊織さんに頼もうとの算段。

「それでそれ以外の人事は俺の役目だったが、ここから上はいわば役員総代会みたいなもので俺が旦那という名目でも、みなと同じ商売仲間と思ってくれ」

「旦那そんなこと言わないで下さいよ、あくまでも旦那はだんなで私達は奉公人ですから」伝次郎も幸助も永吉も口をそろえて言います。

「マァ聞いてくんなよ、こいつは易者に聞いたことと思ってくれ、大きい声ではいえねえから傍に来てくれ」顔を寄せて寅吉が話し出します。

「今の国難はもっとひどくなる外国語でインフレといって国内の物価は上がり銭の値打ちが下がる、そうして残念ながら幕府は10年ともたねえよ」

「勝先生もそれが来ても国が困らないように今からあちこち手当てをしている、そうなって困るのは町の人間だぜ、俺たちだけで儲ける事は簡単だがそういうことをしちゃあならねえ」寅吉は誠意を込めて皆に語ります。

「外国のやつらに国を引っ掻き回されっぱなしという訳にゃいかねぇんだ、少しでも国の人間が立ち行くように俺たちの出来る範囲で人を雇い、少しでも役に立つ人間を作るためにも儲けは必要だが儲けるだけじゃならねえ」

「だからよお前たち三人が俺と同じように人を育てる役目をして、またその人間が次の世代を育てるんだ、小さくとも俺たちができることはやって置かなきゃならねぇんだ」

「まずこの二年で儲けた金のうち四分の一を長崎につぎ込む、そうして俺の目算だが500両を伝次郎に貸し付けて自分勘定の商売をしてよいことにしょうと考えているんだぜ」

「旦那そんなに金が動かせるでしょうか」伝次郎はほぼ虎屋の金の内容を知って居りますので心配いたします。

「金はある、今度の取引でほぼ半分出して後千五百両は預けてあるんだから今は差し渡って心配ないことは承知だろう」三人が肯きます。

「後は越後屋においらの名で3000両積んである、これはここ五年間虎屋以外の個人の商売でこつこつためてきた金だ」三人が寅吉の理財の才能は承知していましたがこれほどまで個人資産があるとは知りませんでした。

「貸付金は個人の金だから心配はいらねえよ、それで虎屋は今までどおりおつねさんが主人で俺が代行だ、だからお前たち三人はおつねさんから今までどおり給金が出る」

「後は青木町関係を独立させて千代に頭をさせて笹岡さんが大番頭で採算は俺たち4人の給金以外、此方で採算が取れるようにする、名前は横浜物産会社として俺たちは半期ごとに収益の半分をさらに四分の一づつ分配する、ここまでは承知してくれ」

あまりのことに三人は呆然として考えがまとまらないようです。

幸助が口を開き「では丸々のことはさておきまして」と暗に幕府のことを丸に例えます。

「今の虎屋とは採算を別にするわけでございますね」

「そうだ」

「それで横浜物産会社の資金はどういたしますか」

「今ある青木町の品物と今回の払った金の回収分、それに活動資金が1500両ある」

「私たちは会社には無給で虎屋から給金が出るということでよいのでしょうか」

「そうだ、だからおつねさんを俺と同じようにおっかさんとして尊敬してほしい」

「判りました、そういうことであれば会社の利益のうち八一で配当がいただけるというわけでございますか」

「そういう請った、いつも言うように資金と商品、人件費これから使う費用を勘案して残りが儲けだよ、三人で今の資産勘定をきちんと出して笹岡さんと帳面勘定をしっかり出しておいてくれ」三人が肯き了承いたしました。

「長崎の後は大阪と名古屋だ、これは幸助が大阪、名古屋が永吉と考えているが時期は長崎が順調に進んでからだよ、今からそのつもりで伝を使って道をつけておくことだ」

未来が開けて三人が飛躍する日が待ち遠しい寅吉でした。

 

・ 師走

先生は12月朔日に陸軍奉行・歩兵奉行・同頭を命じられました。

坂本さんが土佐藩の近藤長次郎さんと春嶽様の添え状を持って先生の門人になったのは9日のことです。

小笠原図書様が17日大坂出張され、順動丸に乗組を命じられました、先生は摂津警護のことを報ずべきの命があり、直ちに図書様に海軍所を兵庫,対馬に設けそのひとつを朝鮮に置き終に支那に及ぼすべしとの三国合従の策を建白されました。

坂本さん千葉さん近藤さんは先生に付き従い順動丸で京師にあがりました。

 

12日に御殿山を長州の高杉晋作さんたちが焼き討ちした日、常盤橋に若原様から呼び出されて、例の茶室で備中守さまから「先生からも相談をされたが、コタさんよ、お前さん侍には為りたくないと言う事だそうだが、此れからのこともあり何か必要が出来たときのために、掛川藩士として名乗りをしてよいと言う事にしたぜ」

「オット、これは先生と俺が決めたことだ断っても同じことだ」

若原様から「勝先生とも相談して名前はこう決めたから必要があれば名乗りなさるがよい、読みはねぎしこたろうとらよし、字はこうじゃ」

根岸小太郎寅吉、と書面を出してくださり啓次郎様直々の花押が書かれておりました。

「どうだよ虎太郎が小太郎にして寅吉をとらよしと読むなんざ洒落ているだろうよ」

先生と啓次郎様の私の心配してくださる気持ちが嬉しく「ありがたくお受けいたします」

とお返事をいたしました。

「よかったぜ先生からも必ず承知させろときつく言われていたのでな、断られたときには腕ずくでもと若原と相談していたんだ」

まさかそんなことはないでしょうが今の私が横浜への出張りも多くなり外国との取引にも必要が出来たときのためを考えていただけたものと感謝するばかりです。

「お前さんと茅場町でうなぎを食ったのがしきりに思い出されてよ、若原が頼んでくれたんだ、下に火を入れて熱々のまま食べられると言う贅沢なやつさ、もうつく頃だろうから一緒に食べて行けよ」

最近出前に工夫が凝らされ、茅場町の岡本がここまで配達して来ました。

二人がお女中の給仕で重箱を開いて食べ終わり膳が下げられますと「コタよこれからいつもおめえが言っていた本当の国難がいよいよ始まりそうだ、うちの父上をまたも老中に担ぎ出そうなど困った人が居るようだ、父君は身体が丈夫じゃねえのによ」

「それでも出仕がお決まりになられましたら二三度出られてから急病に付きお役ごめんを願うしかないでしょう」そう申し上げました。

「話は違うがよ先生のところに面白い連中が入門したそうじゃねえか」と坂本さんたちの話していますと思い出したように「新門の辰五郎を知っているそうだがあそこの娘が一橋様のおめかけになったことを知っているか」

「いえそれは初耳です」

「そうか慶喜公が見初めてお部屋様にしたとよ」

そうかそれはこの時期に新門と慶喜公のつながりが出来たかと思い至る寅吉でした。

常盤橋を辞去した寅吉は呼び出しを受けていたもう一方の胡蝶太夫に会いに、途中連雀町で着替えて浅草奥山まで出かけました。

「もう少しここでお待ちくだせえ」小屋の内の楽屋に通されて待つうちに最後の舞台が跳ねてお夏が部屋に戻ってきた。

「今着替えるから待ってくださいよ」と寅吉が居るのもかまわず着ていたものを脱ぎ捨てるので「出てまとうか」「いいから其処で待っていてくださいな」弟子に着替えを手伝わせ濡れ手拭で汗をぬぐうので寅吉は後ろを向いて待つのだった。

「なに恥ずかしがってんのさ、もう着替えが終わったよ」弟子達はくすくす笑いながら外に出て行き「姐さんではごめんくださいな」など挨拶をしていきます。

「コタさんこれからおじきのところにいくから来ておくれ」

「なんだそれが用事ですか」

「それもあるけどさ」何か含みがありそうな胡蝶太夫です。

「おじきの娘のお芳さんがある人のおめかけに出ることになってさ」

「今日聞いたばかりだが、本当なのかい」

「おや早耳だね、私だって昨日聞いて連絡取ったばかりだって言うのにさ」

「さすが早耳千里眼のコタさんだね」と師匠の一蝶さんが聞いてそういうのですが「まさか千里眼は買いかぶりでござんしょ」

三人で連れ立って馬道まで出て辰五郎さんの家で此れからの見通しについての相談を受けるのでした。

慶喜公の生涯と新門の親方については全てを話す事ができませんが、考えて京に親方が出ることになるだろうということはお話いたしました。

この年押し込めから一転して後見職になられた慶喜公はさらに幕府の重要な立場になられるという風にお話しました。

「後見職より重要ということは大老もしくは将軍様ということか」と聞かれ「そうなられる定めと思われます、京に出られてご苦労されるようです」そうお答えをすると「それはてえへんなことだ、ここだけの話で外に漏れないようにしてくれ」と親方が申し入れなさいました。

「コタさんよ俺は親方と話があるのでお夏を家まで送ってくれなええか」

「よろしいですよ、羨ましがるものが多いお役目でござんすね」

「なんだコタさんは嬉しくもねえのかよ」まるでお春さんのようにいってむくれるお夏さんです。

「親方では例の話はこれっきりということで、失礼いたします」

「コタさんよたのまぁ、例の品物は寛永寺様のほうで引き受けてくれるそうだから、もう連絡がいってるかも知れねえよ」

この間から伝次郎が売り込んでいたものが話がまとまるようです。

「親方ご尽力ありがとうございます」挨拶もなんどか重なりましたが待ちくたびれたお夏さんのお供で池之端を廻り帰る事になりました。

「コタさん腹はへらねえか何か食べようよ」そう言うので「田原町の草加やでうなぎを食べるかよ」と聞くと「本当にコタさんはうなぎが好きだね池之端を廻るなら料理茶屋もあるのに」そういうのですが3丁目の角にある草加やの暖簾をくぐり入り飯を食べることにしました。

「ところで何で湯島に家を借りたんだよ」

「あれは借りたんではなくてもらったのさ、一蝶師匠の仮親が持っていなさったのをわたいにくれたのさ」

「そうかい其処に何人で住んでいなさる」

「おや気になるかよ、くりゃわかるよ、だんなが居る訳じゃなくて一座の女たちとの共同住まいだよ、それでサァ寛永寺様に何を売り付けなさった」

「前に持っていったフランス物の石鹸さ伝次郎が3月掛りで500ダース売りたがっていたんだが幾つ買ってくれたものかな」

「500ダースってのはどのくらいだよ」

「おおそうか、1ダースは12個だから6000個だよ」

「あれはいいよ、浮世小路で買わせるものより落ちもいいし香りもいいしさ、小さくなっても効果に変わりないから」

幸助が聞いたら喜びそうな話です。

店から出て家まで送り連雀町に帰ったのはもう九つの鐘がなっていました。

前の家は千代が青木町に移ったので今は一人で住む寅吉です。

 

翌朝寅吉がおつねさんのところで朝飯に鯵の干物で茶漬けを食べているところに伝次郎が来ました。

「旦那大変ですぜ」

「当ててみようか、石鹸が売れてたりねえか」おつねさんは可笑しくて台所に逃げていきます、先ほど聞いたばかり。

「エッ旦那それをどこから、実は1500ダースの注文でとても足りません」

今度は寅吉が驚いた「同じ品物で納品しろというのかよ」

「左様で、今500ダースしか入っておりませんというとすぐに納品して後は急ぎ取り寄せると良いにと、言われました」

「驚いたな、それほど多いとは知らなかったよ」

おつねさんも顔を出していったいいくらで約束したんだよ」

「前にゴーンさんのところに有った500ダースのほかに後500ダース注文しましたね、あれは1000ダースで200両の約束で手に入れましたから、今回1500ダース1万8千個が仕入れ300両の予定で売りが大卸と同じ450両です」

「ということは後500ダース必要かよ」

「いえうり込んだのは500の予定でしたので在庫は700ダースは切るかも知れません」

「よし幸助に扱わせて後2000ダース注文しろよ」

「旦那本気ですかまだ永吉の更紗が全部売り切れてませんので、また追加の金を別に幸助に出してやらねえといけませんぜ」

「おいらに秘策があるから2000ダースの後の船が着いたらさらにゴーンさんから1000ダース買えるか聞いてみろ。幸助が前に言っていた風呂屋廻りの道具やに源太というのがいたろうよ」

「はいあの源太がどうしました」

「見本に五個づつ風呂屋に置かせてよろしければ虎屋の名前で売らせてくれと廻らせろよ。とりあえず10軒50個をおかせて1件10個計100個を売り上げから頂く置き薬と同じ商法でやらせてみてくれ」

風呂屋に1個銀三匁で売らせて取り分は一匁としてくれ、源太さんには風呂屋一軒あたり二朱の手間で最初のひと月を頼ませろよ、あとは売り上げ次第で相談しな」

「買い取りはどうしますか、壱朱2個あたりでどうでしょうか」
「それでいいよだが10個に1個つけてやってくれよ」

「承知いたしました」

「だけどよ三倍の注文には驚いたね」

「何でもどこかの芸人や芸者衆の肌艶がよいのはあのフランスのマークル(Maquillage)石鹸のおかげだと聞いたり、衛生にもよいと医者にも進められたそうですぜ」

なんにしても商売になって伝次郎は青木町にすっ飛んでいきました。

「1個三匁の石鹸が売れるかよ」

「それだよ風呂屋がどういう判断をくだすか試して、どの程度の値なら売れるか知りたいのさ」

「だけど売り込むのに大分使ってるんじゃないのかよ、天下祭りの時の30両だろ後20両出たかよ」

「そうだがなぁ、あれだけではなく身銭も使っているだろうがそれだけの物は帰ってくるだろうよ、あそこの義寛という坊さんは大層新門の親方を贔屓に為さるそうだから此方にも余慶があるかも知れねえ」

「この間持ってた小さな時計はどうしたよ、もってねえじゃねえか」

「あれは増上寺の三明様が珍しがるので上げてしまったよ、昼の九つにあわせると一日が正確に配分されていますと言うと本当に興味を出して珍しがるのでよ」

「驚いたねあいつは50両も出したんだろうに」

「そうだがよ、あの坊さんは最近出世しなさってまかない方を春駒屋さんに出されて下さるから、こちらもそのくらいのことはしておかねえといけねえのさ」

「本当に春駒屋の旦那は此方に善くして下さるからそいつはよかった」

 

19日の朝は荷について寅吉、伝次郎は上野のお山に入りました。

大八は松さんに引かせ、ボンさんという仇名の治吉を連れて行きました。

本覚院別当の大温様にお目にかかりマークル石鹸を50箱500ダース6000個納入いたしました。

見本用に持ってきた箱から五個を取り出し御見せいたしました、

においを嗅ぎ「中々よいにおいじゃ、どのように使うぞ」とお聞きになります。

「まず普通は風呂で糠袋の代わりに用いますが、少し熱めの湯に浸して手でこすりますと手の汚れが落ちすっきりといたします、その後乾いた布でよくてをお拭きくださいますとよろしゅうございます」伝次郎が説明いたしますとさっさく手洗いに湯を持たせ試してみます。

「これはよい、中々のものじゃ、今までの石鹸はこのようによい香りはせなんだ」

手のにおいを嗅ぎ顔にすりつけて感触を試し「よろし、本日全ての金を下げ渡すから残り100箱1000ダースをできるだけ早う納入しやしゃれ」

二人でお礼を申し上げ受け取りを書き現金を下げ渡していただきました。

お礼は改めて出さない約束と伝次郎が聞かされていて、前に使ったものを清算しても90両が店の利益となりました。

「こりゃ虎屋さん、お前安く売りすぎて儲けが少ないじゃろう、次からは100箱ごとに400両で収めなされ、その代わり当てが外れて困るものが出ないように伝次郎がつこうた金と同じものを廻してやってくだされよ」裏も表も知り尽くされた大温様でございました。

今回のものは年内に納入できることをお約束して次はひと月後にお約束して引き下がりました。

「どこかの人に廻す予定なのかよ」

「あれは各地の子院に廻す様でございますよ、それでも大層な取引が行えてようございました」

その足で待たせていた松さんとボンさんに大八の荷物を引かせ、馬道に回り新門の親方にお礼を申し石鹸を五ダースお礼に置きさらに香水を一箱12個入りを差し出しました。

「オイオイこんなことをされちゃ儲けが出ないだろうよ、そんなことをしてもらうための口利きじゃねえよ」親方がそういいますが。

「親方これはそういう意味合いに取らないでくださいませんか、これは親方からお身内へ回していただければ虎屋の宣伝になります、ひいてはそれが私の儲けを呼び寄せる撒き水とお考え下さって私を助けることと思し召しください」

「オオそうか、俺もコタさんがそういう気持ちならこれはありがたくもらっておこうよ」

「ついでのことですが香水を使うにはなかの紙をよく読んでくださりつけ過ぎぬ様にしてください」其処まで話している所に顔を出したのはお春さん。

「なんだよ、来ていたかよ、その香水はあたいにもくれよ」

「こらお春、何を言うんだずうずうしい」

「それとは違いますが見本があるからひとつ差し上げよう」寅吉がいって伝次郎に大八から箱を持ってこさせどれがよいかと匂いを嗅いで、可愛げな甘い匂いの物名前が水仙女と付いています。

「これはウィーンという町から清国に送ってきたものを廻してもらったのであまりないからひとつだけだよ」

そういってハンケチにつけて匂いをかがせました。

「こりゃいいにおいだ、まるで仙女になったようだ」

「どれどれ」と嗅いだ親方もこりゃよい匂いだ「もうひとつないか」というのでひとつずつ差し上げました。

「これはお芳に届けてやろう」そういうので伝次郎が気を聞かせそういうことでしたらと見本箱にあるうちから後二つ違うものを出して差し出しました。

それぞれ古仙児・女鳳岐と記されています。

「なにやらよくわからぬ名前だねえ」

「そうなんでもう少しよい名が付いていてりゃ売れることは間違いないでしょうがね」

やはり見本を別のハンカチにつけて嗅いでもらいます。

「いやあすまねえよ、まるでおねだりしたみたいで申しわけねぇ、こいつが可笑しなとこに出てきやがって」言うが早いかお春が伝法に。

「いいじゃねえかくれるものはどしどしもらう代わりに儲け仕事を廻してやんねぇよ」

「気楽なもんだ、こいつはわしの娘以上に家の娘面しやがってすまねえことだ」

「謝ってばかりじゃねえかよう、ほんにバカらしい」

もう笑うしかない寅吉でした。

「うなぎでも食っていきなさるか」そういう親方に「本当にコタさんはうなぎ好きだそうだが一日に昼夜とうなぎを食ったそうじゃねえか」

「お夏さんがバラシなすったかよ」

「アアそうさ、なんだってそんなにうなぎばかり食いなさる、うなぎやでも開くけえ」

「まさかそういうことではないがあの匂いに、無性に弱い見てえだ」

「それならすぐ其処の花川戸の魚金が最近評判だから食いに行こう、辰に言わせて4人座敷を取らせて家に五つたのんでこいよ」

「いいともではあたいも連れて行ってくれるのかよ」

「連れてかねえと後で何を言いやがるかしんぺえで飯がのどに落ちゃしねえ」

「おじさんのばか」それでも座敷から出て人を頼んだようです。

「おじさん座敷が取れて仕度を始めたそうですからおいでくださいとのことですよ」

そういうので伝次郎も連れて4人で出かけました、外で待っていた松さんとボンさんには先に戻ってくれるように伝次郎が伝えて帰しました。

   
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