酔芙蓉 第一巻 神田川


 

第五部-1 元町 1

密航・湧き水・シャボン・ピカルディ・紅茶・ハウダチーズ・佃煮

 根岸和津矢(阿井一矢)

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 ・ 密航

寅吉の帰りを待ちかねたように卯三郎さんが連絡をつけてきて森田町に出かけた。

二人の若い侍がいて、山尾庸三様と野村弥吉様と名乗られました。

長州のお侍、攘夷運動でこれまで活動なされたが相手を知るためにがむしゃらに殺傷するよりもまず勉強のため渡航しようとしているそうです。

伊藤俊介、井上聞多、遠藤謹介という方々と供に長崎のグラバーさんより、横浜のジャーディン・マセソン商会(横浜、英一番館)のウィリアム・ケズウィック氏を紹介されて、出来るだけ早い機会に英吉利に渡りたいという話であった。

「金が問題だよ、国でも軽輩のものだそうで中々金が集まらんそうだ、俺のところで200両出すことにしたがどうだい少し融通できまいか」

薩摩と知り人が多い卯三郎さんは長州とも知り合いがいたとは、

「解りました、お一人百両宛ご都合いたしましよう、ここに200ポンドのオリエンタル銀行の手形があります、今これで500両に成ります」

いつも持っている振り分けの荷物から手形を取り出して、

「ロンドンに銀行の店がありますがジャーディン・マセソン商会で渡して換金してもらうことも出来ますし、あちらで受け取ることも出来ます」

二人が驚く中、寅吉はなおも話しを続けます「皆様には此れからの日本を発展させるために大切な勉強をぜひ成し遂げていただきたく、これらを提供させていただきます」

普段身に着けてきたあの時計と、もうひとつの新品を二人に餞別としてお渡しして「これからはあちらの時間で行動する事が多くなりますから使い方にもなれてくださいませ」そういうとねじの巻き方などの使い方などの説明をいたします。

保証書も渡し「英吉利のリバプールという港町のトビアスという会社で保証書を出していますから万一のときはここで修理できます」

「コタさんよ、おめえの気前がいいのはわかるが、ここまで金を出してくれるとは思わなかったぜ」

「これほどのお肩入れどのように感謝してよいかわからぬが、勉学の達成の後は必ずや恩に報いますぞ」

「いえこれはそのような斟酌の要らぬ金でございます、私は異人達に負けぬ日本のために働き其の儲けでさらに多くの方々が新しい方を導くために日々努力いたして居ります、でございますからこの金はそのように気を置かずにお受け取りくださいませ」

「すまん、すまん」とお二人がさらに言うのですが、寅吉はさらに懐から出した財布、中身はいつもの20両入り、野村という侍に渡して、これは当座の入り用にお二方でお使いください、出発前にお目にかかれればさらに、ご都合できるかもいたしませんので横浜の連絡先をお教えいたします」

横浜の拠点としている場所と地図を描き覚えていただいた後寅吉は自分の懐にしまい「覚えていただけたでしょうか」

「大丈夫でござる」

「しかと覚えまいた」

「この財布をお見せしていただけば、店のものがご相談に乗るようになって居りますから、用事があればお店に御出で下されば私から連絡が行かないうちでも私とつなぎをつける事になって居ります」

お二人とも受けあい、月が変われば元町にも家が建つこともお話いたしました。

「オイオイ、コタさんよ、おめえどこまで家を増やすんだよ」

「マダマダこれからでございますよ、もう直に横浜だけで80人ほど使う予定ですから、とても足りません、元町の山の上にも外人用に家を七軒ほど建てる予定です」

「山上では水が不便でござろう」

「いやそれがあの山は水が湧き出すのでございます、井戸には困らぬし異人達はよい水の出る山手に住みたがっておりやすし、いま手に入れる場所では湧き水もありますので周りを広く取って買い入れる約束が出来ました」

「何か考えているようだな」

「今、亜米利加からパン職人を呼ぶ約束ができたので、パンを焼くにはよい水が必要になると考えて、まず水源を確保いたすことに致しました」

「準備周到なことだ」

「はい、先々のことを考えますと楽しくなるのでございますよ」

「デ」

「デ、と申しますと何のことで」

「それさ、何を考えて居るのだよ」

「マァあとのお楽しみということで」 

「それより聞いたかよ、川開きのことを」

「まだ一月もありやすぜ」

「いやさ、今年は取りやめだそうだ」

「エエツ本当ですかよ、いくら非常時でもそんなことをすりゃ世間が暗くなるだけでよいことなどありゃしませんぜ」

「お大名達は下々のことなどただ浮かれて過ごしてるとしか考えて為さらんのさ」

二人の長州の方はお礼を述べられてお屋敷に戻り、伊藤さん。井上さん遠藤さんという方の到着を待ち横浜に発つということでした。

寅吉は丸高屋さんに回り、スカーフを2枚土産に預け午後には赤坂の勝先生に廻るという忙しさでございます。

今日はブンソウと新三を供に連れていて、「時分時だから久し振りに切畑で鰻にしようぜ」

二人がくすくす笑うので、

「なにょ、笑ってやがる」

「旦那といるときの昼飯に半分は鰻だと心得ろと千代兄いに言われていたので、先ほど賭けをして赤坂か神田で鰻を食うだろうと遣りましたがブンソウに負けちまいやした」

「何だ食う場所を賭けていやがったか、くわねえほうになぜ賭けねえ」

「旦那そりゃ無いでござんすよ、店のものでそっちにかけるやつはいねえでしょう」

「バカやろう、俺だって毎日喰いやしねえぜ」

「千代の兄いに半分はうなぎに当たるから、嫌いなやつは供につかねえようにしろといいやすぜ」

「あいつ、俺が事をいい加減にほらを吹きやがって仕方ねえやつだ」

「店のものと遊びに行くとほらばかり吹いていやがるのかよ」

「まんざらほらではないでござんしょう」

ブンソウに言われて三人で大笑いで溜池切畑の岩附屋の近くまで来ました。

「オーイ、コタさんじゃねえか」後ろから遠慮の無い声がするので振り向けば、なんとたあさん。

「小松崎様、お久し振りでございます」

「よせよ、小松崎様は恐れ入るぜ」

「こいつらに紹介する手間をはぶいただけでござんすよ、たあさんはどちらへ、私たちは勝先生の奥様に土産を届けに行く予定ですがここで昼に」

暖簾を指差せば「わしとこの人もごちになるか」

遠慮のないたあさんは、連れ立っているお侍を「この男がとらやのコタさんじやよ」

簡単に言うとさっさと中に入り「5人だが座敷は空いてるかい」

顔なじみの女中にさっさと心づけを握らして部屋に上がりこみます。

「改めて紹介しよう、国許で郡奉行を務めておられた、国島六左衛門殿でござる、国許であちこちと廻ったときにはいかいお世話になってな」

「左様でございますか、勝先生の下で小松崎様にはお世話を頂いた虎屋の寅吉と申します、このもの達は、文崇と新三と申し私たちの店のものでございます」

「噂はたあさんから聞いておりますぞ、中々の人物なそうな」

「まさか、それはたあさんの買いかぶりでございますよ、おいお前たちも挨拶しな」

二人がそれぞれに挨拶をいたしていますうちに鰻も焼きあがり、車座になって鰻を食べることになりました。

薩摩の情勢も長州もせっぱ詰まってきて、いつ暴発するかわからぬ情勢で有るとか、英吉利の船舶が薩摩を威嚇するために横浜を出るとか、外国の商人がどんどん武器を売り込むので、余計不安な情勢が膨らむ様子をお二人に話したのでございます。

「わが藩もうかうかとしてはおれんな、いつ火の粉が降りかかるやも知れぬ、殿のお国入りのお供で帰るが国許でも議論がやかましいことになっておろう」

国島様は温厚なお顔にしわを寄せて国に戻ってからの先行きなど寅吉に相談致すのでございました。 

「大体このような時期において薩摩に船を売る商人がいて、英吉利と戦えといわんばかりの武器の売り込みまでして居ります、さらに長州にも大砲や銃を買えと申すものも有ると聞き及びます、私は武器を扱いませぬがこのような話を聞くと心が痛むのでございます」

寅吉はいつものように武器を売る商人たちが掛け売りでもどしどしと武器を売りつけ、大きな争いを引き起こそうとしているのではないかと気を揉むのでございます。

開国した幕府が攘夷期限を切るなど混乱のきわみと申す世の中をどう乗り切るのか、寅吉には解決策などなく誰がどのように歴史の中で動いたのかなどの知識の乏しい自分に、苦しむのでした。

「声を大きく言うのは出来ぬが攘夷には無理が大きく犠牲も大きいであろうな」

「左様でございます異人どもは戦争の経験が多く、軍隊もよく訓練されて居りますがわが国は太平の世が続き武器も旧式で太刀打ちできるものではありません、一人一人の戦いならどうにか出来てもあちらは軍艦で来て大砲を打ち込んでさっと引き上げられては犠牲が大きく出るだけでございます。

「どうやら御老中方は英吉利に賠償金を払う方向みたいでございますよ、それでは攘夷と反対でますます混乱するばかりでござんしょう」

「コタさんよ、そんな金を払えば薩摩だって払えと英吉利が脅すのは断りきれねえだろう」

「しかしあそこのお国、今は攘夷派が多くて一度は火の手をみなきゃ収まりませんでしょう、困ったことでございますよ」

「クーパー提督にもいつでも出港できるように外出は3時間以内と乗船員に通達するように指令が出てるようでございます、英仏水師提督に横浜防衛権を移譲するという話も出てきているようでございますし、自分たちで防衛しろということでは幕府も形無しになってしまうでござんしょうに」

「それは勝先生からの情報かよ」

「いえ坂本さんが風聞を集めて送ってくれました、来月は大坂と京に長崎と何人かが出向いてまた新しい情報を集めてくることになっておりまっすがね」

「なぁるほど、地元では知らない事でも、京大阪のすずめはお喋りすずめでということか」

「左様でございます、あちらのほうが情報は早く人の口に出てきます、私のところも準備が出来次第長崎に6人ほどの人間を送る予定でございます」

「そうかいよいよ支店の開設までこぎつけたか、儲けを出すだけでは満足しないお前さんの双六は上がりがねえものだから話が大きすぎて覚え切れないぞ」

「自分でも最近はどう動けばよいかを、伝次郎たちに任せる事が多くなって居りますし、自分だけの分の商売のほかの商いは、店のものの自由に采配をさせるように、主なものに言って居ります」

「ここに連れてきている文崇は、呼び名をブンソウと申し伝次郎が長崎に出ますと江戸の責任者として佐久間町を率いるものでございます、今から私か伝次郎が連れまわしてはあちこちに顔つなぎをしておりますのでよろしく引き回してくださいませ」

本日は酒も飲まぬのに口がよく廻る寅吉ですが、小出しにする情報は新三にブンソウも知らぬことばかりでございます。

お二人に店の前で別れ勝先生のところでは、夕方まで江の島のお土産話とお土産を渡して、塾の方々との情報交換をいたし奥様のお見送りの中神田に戻りました。

「コタさん鰻のにおいが染み付いてるよ」小鹿さんに言われて袖を嗅いで笑われてしまう寅吉でありました。

 

・ 湧き水 

 

寅吉は太四郎や春太郎に勧められて車橋の近くの山林五万坪近くを七百両で買うことにした、横浜村の名主石川様が骨を折ってくださり崖地では有るが水が欲しいという話を聞いてよいところを太四郎に勧めてくれました。

植木を植えたり、花の栽培をしてくれるものを近くから雇い入れて働いてもらうために、紀重郎さんのところに来るもののうち、力仕事に向かないものをまわしてもらうことに前々から頼んでいたのが、ここに来て何人も現れたこともあって人はすぐに集まった。

地元のものもいて湧き水はすぐに良質のものが見つかり、石組みをこしらえて飲み水として使えるようにろ過装置もこしらえるのだった。

他のものはそのままでも大丈夫というが、寅吉は大きな桶や酒樽を集めて中に切り炭を入れて流下式のろ過装置を置いてその下で酒樽に水を集めて義士焼きの店で使うことにした。

元町の店もあすには開店することになり、ここの店の裏に長屋で8所帯が住めるようになって夫婦物が働きやすくなった、野毛は周りが買えたのでこれから太四郎が采配して家を建てることにしたのでそちらでも10所帯分は建ちそうだ。

水は車橋まで降ろして、其処から船で配達させることにして笹岡さんが船の手配も簡単に済すませてしまった。

話が来てからわずか10日で4軒の店とパン屋用に20番で借りた家全てに毎日朝晩と配達する手配がついたのは春太郎のおかげだった。

思いのほか手順よく話しを進め、其の合間には江戸と横浜をなんども往復するという離れ業をしてのけて、若さがそれだけの行動に結びつく様子が、他のものへのよい影響も与えてくれている。

五日の節句も過ぎて元町の売り上げが予想外に多く働くものも張り合いが有るようだ。

この町も新しい人間が各地から出てきているようで話す言葉もお国訛りで溢れている。

太四郎はいま外人墓地の上に建てる家で土台からしっかりとしたものをと考えて紀重郎さんと忙しく飛び回っているようだ。

10日になっても野村さん達はまだ横浜に来ていないのか、何処にも顔を出していない様子で、連絡は来ていない。

5日にジャーディン・マセソン商会の船が入り噂で10日ほど停泊するらしいからそれまでに間に合えばよいが、話が漏れないようにお怜さんにも話をしていない寅吉だった。

弁天町は相変わらず好調に売れているようで早く20番でも売り出せとゴーンさんまでが言うようになった。

異人さんのところで働くものの中でもシナ人たちに好評らしく、真似をする店がもう出来ていて寅吉を驚かせるのだった。

出来上がってきた義士焼きの台と春太郎が来てマックが雇うということで申請した五人の人間も昨日のうちに江戸から入り鑑札も降りて、全員で店の整理をして夕方にはマックにゴーンさんが家族と様子を見に来た。

「ようやく開店できますね、ここなら海にも近いし波止場で働くものにも休む場所が出来て繁盛しますよ」

仏蘭西から来たばかりのゴーンさんの奥さんと娘のソフィアが話す言葉がわからないのでゴーンさんに翻訳してもらいながら、フランスのパンについても話してもらうのだった。

「パンを焼く釜はどうするのですか」

「職人が来たらレンガで組んで造ろうと思います」

「アアそれでよいでしょう、誰でも自分で考えて作ればそれだけ働きやすいでしよう」

ゴーンさんの妹夫婦がやっていると最近知ったマークル石鹸、どうやら発音が違うようだが難しくてよく発音できないので、ゴーンさんにも通じるこれで売り続けることにしてしまった。

「最近、義妹夫婦も日本での売り上げが増えて手紙にも忙しいが張り合いが有ると、言って来てますよ」奥さんの言う話を聞いて寅吉は嬉しくなるのだった。

最近の売上高は月に500箱5000ダースになり、これだけで大卸でも500両の利が出て20人は働ける儲けが出るのだった。

「さうだよコタさんこのおかげで私の店は安定して収入が有るから家族も安心できるよ」
Sophiaはまだ7歳という可愛い盛で日本風のこいのぼりや旗ざおに興味がわくようです、ここの居留地にはまだ学校というものがありませんがそれでも同じフランス人たちがかわるがわる数学と文章を教えて廻っているということです。

「コタさん聞きましたか、昨日小笠原様がこちらに来て英吉利に22万ドルの賞金を払ったこと」
「蟠龍艦が来ていたのはそのためでしたか、人止めまでして厳重に警戒してたのはやはり金を支払ったので浪士の切り込みでも有るかと心配してそのためのものですかい」
「これで薩摩はどう出るのでしょうかね」
「朝廷が異人を打ち払えといっている以上応じることはないでしょうよ、だけど薩摩との応対を英吉利にさせれば幕府に力がないという事が判ってしまいますね」

帽子をかぶったメキシコ人風の五人ずれが店の外でなにやら相談しているのでよくみると野村さんたちだった。

他のものに「商売の知り合いだ」と断って海縁りに出て「どうしました」というと帽子を取って断髪した頭を恥ずかしそうに一回りして見せてくれた「お似合いですよ、それならばれることもないでしょう、英語で話しますか」

「すまんがまだ上手に話せないのだ」

「いいですよ、私が見るところメキシコの人間と見分けが付きにくいですからスペイン人かポルトガル人で英吉利も日本語もよくわからんといえば通用いたしますよ」

「いまどちらにお泊まりですか、昨日警戒が厳重でしたろうに大丈夫なのですか」」

「ジャーディン・マセソン商会が用意してくれたところで潜んでいるが、スペイン人の真似をしろと言われてるよ」

「船はいつ出ますか」

「あと3日後の12日の予定だ、もう荷も運んであとは身体を持っていくだけだ」

「金のほうは大丈夫ですか」

「どうやら五千両のほうは都合が付いたよ」

「それはようございました、時計はそちらのお方もお持ちでしょうか」

「いやもっとらん、わしゃ井上聞多と申す、こいつは悪友の伊藤俊介じゃ」

「それとこの人は遠藤謹介といいます、私たちのことは内緒でお願いいたします」

「お任せください店のものにも何も知らせては居りませんから、もれることはありません、時計ですがあと三台都合いたしますから少しお付き合いくださいませんか」

「よいのか懐中時計は高いときかされたばかりじゃ」

「お任せくださいませ、今店の者に断ってきます」

中に入り「時計を買うというので22番に言って商売してきますぜ」そう断って、ジャーディン・マセソン商会の近くの22番館に行き、5台の時計を買い入れ其のうちの3台をお渡しいたしました。

「あまり高いものは買えませんが、これで勘弁してください、出帆まで目立たぬようにお気をつけください」挨拶もそこそこにお別れいたしました。

谷戸橋の関門で寅吉は顔で通過できるのですが、元町で家族と住むものが、これからも通行に楽なように袖の下も滞りなくいきわたっているようでした。

「春よだいぶつかませたのかよ、たいそう愛想がいいじゃねえか」

「旦那が思うほど使ってませんぜ、水舟の出入りが有るのでお奉行から通達が来てそれからは楽なものです」

「ハッハッハァ、お前に会っちゃ番人も顔負けするかよ」

元町にはお怜さんも来ていてアンの味を春太郎に試させています。

結局弁天町の店の者も20番のものもお怜さんの采配で動くことでいつの間にか話ができてしまい寅吉の出番はないようです。

「春よ、お前までお怜さんに丸め込まれたようで馬鹿におとなしいじゃねえか」

「そんなことはありやせんがね、こうもあんこが旨くこねて味が広がると、言う事など見つかりませんや」

「江戸の店もこれからこの味で統一していくことでもう品川では同じ味にできるようになりましたぜ、あとしんぺえなのは森田町くらいです、あそこは爺様がやっているのでどうにも甘すぎるのは感心しねえと、いこじになっていやす」

「売れてる内はほっとけよ、あの爺さんには世話になってるからやんわりといこうぜ」

「あっしも千代の兄いからそういわれていまは此方の品はこういう味でござんすと見本を渡すだけにしておりやす」

「アアそれでいいよ」

ここにも寅吉用に風呂付の部屋ができていて野毛に戻るのが面倒で今夜はここに泊まるのだった。

 

・ シャボン

龍馬さんから来た手紙によると先生の兵庫の塾は本決まりになり、春嶽様に五千両のお借り入れを頼みに越前に行くということでした、其の中に先の10日に長州が亜米利加のペンブローグ号への砲撃をしたとかかれています、損傷はわずかなものということだが先生も大事になるだろうから心配だといっていると書いてありました。

そして最近知り合った中に元紀州藩士の陸奥陽之助という人の事が書いてありました。

伊達小次郎といわれたそうですが京に上がり攘夷運動のために奔走しているので名前を変えたそうですが、坂本さんに説得されて先生の塾生になるというそうです。 

ここ横浜では4日ほど前ですが、英吉利、仏蘭西に対して横浜防衛の移譲がなされ、防衛軍の設置が決まり山手の外人墓地の海側に駐屯地が設営されました。

「旦那、野毛に渡る仮橋が出来てもあいつは不便で使いづらいでやすね」

そうかよまだ渡ったことはねえが吉田橋のほうが楽かよ」

「弁天町からでも弁天の先まで行くより吉田橋のほうが楽ですよ」

「水舟を使って移動すれば楽だからみな其の時間に移動していやがって、どう楽なんだかわかりゃしねえぞ」

「時間が決まっていますと其のときに移動しょうと待ち合わせてるやつで櫓が重いとこの間船頭の松さんがこぼしてましたよ」

「そうだろうよあんまり船ばかり当てにするなよ、そうだゴーンさんやマックにも毎日水を届けてるかい」

「はい一樽づつ朝の便でお届けしています、料金をといいますが旦那からのサービスといっても配達のものに其のたびに駄賃をくれるので船頭と折半してるそうですが黙認して居ります」

「そうか春もそんな気の聞いた目こぼしが出来るようになったかよ、褒めておこうぜ」

「ではそのままでよろしいですか」

「いいともよほかに買いたいものが出たら其のときは水売り連中と仲たがいしねえ様に、いまから連中にも金を使って遊ばせて置けよ」

「はいそういたしますが、どの金を使いましょうか」

「お怜さんから除けて有る分から出してもらえよ、月に五両程度で足りるかよ」

「はいあいつらは小店になじみがいるといいますから、一回五人程度で三両もあれば大喜びでござんすよ」

「では一回五両まで、月一1度は遊ばせてやってくれよ、まだ頭分はいねえのか」

「洲干町の東屋善八さんという料理人の差配が、水屋の面倒も見ているそうですがあちらにはつなぎが付いて居りますから、でいじょうぶでございます」

「善八の親方が水屋の面倒も見てるのか、義士焼きは料理人と違うし人を雇うにも口入れ屋をつかわねえからそいつは知らなかったぜ」

そう寅吉がいうと岩蔵が、

「旦那でもしらねえことがあるなんざあ驚きでござんす」

「馬鹿言うなよ、おいらが知れねえ事が無いと言うのは、誰かの噂話だよ」

「安心しやした、旦那が千里眼だという噂は全員が話していますから、悪いことでもおみ通しじゃかとびくびくしてるやつばかりですぜ」

岩蔵はマダマダそのようなことを本気で信じています。

「バカやろう悪いことしてるからびくつくんだよ、何もしてなきゃそんなこと有るかよ、それに千里眼は言いすぎだ、おいらにわかるのはおおよその世間の流れくらいで、それだってお前たちが集めてくる噂話をこねくり回して、先生や坂本さん、卯三郎さんとの話しを付き合わせてのことだぜ」

「だけど長州の話は先月からそういってたじゃありやせんか」

「ありゃぁな、攘夷期限を切られても船が攘夷運動の盛んな国の中に入るか、異人たちが行かなきゃそういうことにはならねえのさ、それをこねくり回すと長州の下関と対岸の小倉藩くらいしかないということさ、まさか長行様のご本家筋の小笠原様のところで出来もすまいよ」

青木町で車座で夕飯を食べ、各地から来る情報の整理をしながら此れからの商売の方針を打ち合わせます。

今月は長崎に伝次郎が行くのでブンソウは江戸にいて此方は永吉と幸助が替わり番子に、大阪、名古屋に商売で往復いたします。

岩蔵は横浜で時計を扱えるので此方で幸助が預かり、いまは行動を供にして居ります。

「橋本先生、今度野毛に横浜物産会社の店が出来たらそちらの取り締まりは先生にお願いいたしますぜ、帳付けに誰かいいやつを探しますから、責任者ということで頼みますよ」

「オイオイ永吉や幸助はどうするよ、あいつらが責任者じゃねえのかよ」

「先生には、商売じゃなくて人間のほうでお願いしますよ、いわば顔ということでござんすよ」

「何かい、俺はただ皆にあれをやれこれをやれといわずに、睨んでいりゃいいのかよ、そんな楽なことで給金をもらうのは気が引けるのう」

「まさかそういうことではいけませんぜ、今此方でなさってる仕事にもうひとつ笹岡さんのように人足の取り締まりということでござんすよ」

「オッナンダ仕事が増えてしまうのかよ、まいったなぁ旦那は人を働かせるのが旨すぎるぜ」

これには笹岡さんも千代も大笑いで、今の仕事が楽なのは解りますが、これから橋本さんには楽はさせぬと二人に言われてしまいます。

「だけど旦那よ、長州はこれからどうするよ、暫くは近づく船を攻撃するだろうが、報復に出られては太刀打ちできまい」

「左様でございますよ、間に入るにも御老中方にはそれだけの力はありやせんね」

「そうすると薩摩と長州は見殺しかよ」

「いまの幕府はそうするしか手はないと安閑としているお方が多いでござんしょう、誰も長州、薩摩を止める事が出来ないという事が知れ渡れば、さらに幕閣の言うことを聞かなくなるでござんしょう」

「我らはどうすればよいのかな」

「私はいつも言うように、数多くのものに仕事を与えて、どのようになろうとも、下々のものとお上がいう人々に仕事と生きがいを与えて、小さな者の力を集めればどのような事が出来るかを見せることを主眼と考えておりやす」

「そうか、旦那一人ならどのような儲けでも思いのままのように思うが、それでも儲けを分散してしまうのが惜しいといつも思っておった、侍と違う男の生き様を一緒に歩ませてもらおうぞ」

「橋本の旦那は、すぐ力むようでいけやせんぜ、柔らかく行って下せえよ、といっても人足の取り締まりは先生の顔が有効ですがね」

「コリャコリャ、わしの顔が厳ついからと言って心の中まで厳しい訳ではないぞ」

そういう顔がいかめしく見えて、やはり皆を笑わせる橋本先生でありました。

「いまの攘夷というが国の中に揉め事を起こして一儲けをしようとするやつらがいても、話に乗るなよ、確かに幕府のお偉方はどうにもならねえ頭の遅れた方々かも知れねえが、それでも国を纏めておられるんだ」

「でも旦那、京のお公家様の仲には異国嫌いで凝り固まった人が多いそうじゃありませんか」

だから国が困難に向かうのはこれからだと、いつもの寅吉の話しを笹岡さんが引き取って皆に説明してくれます。

「みなも聞いておいてくれ、2年前からアメリカは内戦になっている戦いは奴隷解放という名目をたてている国の独立と主導権争いが大きく影響している、わが国で言えば朝廷と幕府が対立するように国の中で争っているんだ、旦那は北軍が勝と予測しなさっている」

「旦那の千里眼でやすか」

まだそんなことを言うものがいます。

「うむ、そういってもよいが旦那が言うには北は工業が盛んでヨーロッパからどんどん移民に人が来ている、しかし南部は農業主体で大地主と小作というわが国の有様とにているそうだ、あと2年は内戦が続くと旦那は予想されている」

「そんなに長く戦が続けば国の力が落ちましょう」

「だからいまアメリカは軍隊も少ないだろう、イギリスとフランスに操られているんだよ、あの国の大きな輸出の綿花というやつあれをインドやエジプトで作らせるには南部の力が強くては困るやつがいるということだよ」

「ということは旦那が言う肩入れをするものが戦争を長引かせるということでしょうか」

「そうだ、武器を売りつけるやつ、金を貸すやつは裏でアメリカの力が弱まっている間に東洋での利権を自分たちの手に取り込もうとどこかに肩入れしてくるんだろうと旦那達は心配していなさる」

「勝先生や坂本さんの活動でいくらかはお公家さんにも開明派の方が増えたろうが、それでも攘夷の運動をするものに金を出す商社が裏で活躍するだろう」

「アメリカで行っていることを私たちの国でも行って武器や金を貸し付けて長引かせようとするのでしょうか」

「そうだんなは睨んでいなさる、勝先生もその意見だそうだ、アメリカが終われば次はシナか日本だと坂本さんも今からでも遅くないから国の中を纏めようと躍起になっていなさる」

笹岡さんは寅吉の意見を代弁して此れからの横浜物産会社の商売の指針として決してその手にのらぬように言い聞かせます。抜け駆けして自分本位のものが出ても仕方ないから有る程度の話はしようではないかと寅吉とこの間から打ち合わせての今日の会合でございます。

「旦那、パン屋の職人のパルメスという人はそんな戦争のさなかにこちらに来れるんですか」

「マックの話によるとよ、初期の戦闘で足を撃たれて走る事が出来ないということだそうだぜ、それと足を引きずりながらでは他の戦闘員の邪魔だということで後方に下げられたのを、プリュインさんの父親の世話でこちら来ることになったそうだ、パンは焼けても料理はからっぺただという不思議な親父らしいぜ」

「いつごろになりますかね、横浜に着くのが」

「この間の手紙か電報が着いたら折り返し船が出るのに乗ってくるということらしいから早くても7月頃だろうぜ」

「売り子はどうしますかな、居留地では女子は入りづらいし、言葉が通じないでしょう」

「笹岡さんよ、そいつはな、異人さんの奥さんの中から日に3時間くらい働ける人を探そうと考えてる、何人かを昼前と昼過ぎに別けて雇えば働きたい人もいるだろうさ」

「異人の奥さんですかよ、そいつは豪儀だあの連中の中には日本の言葉を早く覚えようとしてますから、短い時間なら店に出ようということもありそうですな」

密航のことは寅吉が内緒にしていますので身内同然のここに集う連中も知りません。

「それより今日の予定のアメ一が持ってくる予定のポンプは竜吐水よりも勢いが強いそうだ、2台で100両はするそうだがよ手押しではあまり替わるはずもねえきがするぞ」

「そうですかね、あそこの孫三郎さんは大分とよい物だと薦めておりますぜ」

「来たら弁天町と20番に1台ずつ置いて辰さんに扱えるか見てもらえよ、今日は何処に行ってるんだ」

「今日はお怜さんの供で本牧の十二天まで土地の買い入れの相談に行きましたぜ、あそこは参詣人が最近増えて茶屋まで出来てきたそうです」

「そうかい、あそこはこれから住む人間も増えるだろうからいい買い物かも知れねえよ」

そんな話をしている寅吉のところに手紙を届けに辰さんが現れたのはもう9時を回ったころです。

「おうこんな遅くにどうしなすった」

「これはマックさんから渡されたそうで、急ぎらしいというのでお届けに来ました」

急いで書いたらしく読みずらい文字でしたがそれでも活字体で書いてくださったので翻訳すると「てえへんだパン屋の親父が今日の船で着いたそうだぜ、あすには会いたいということで今日は横浜ホテルに泊まらせたそうだ、そんなに早く手紙が行くはずはねえが」

「気の早いのは江戸っ子いがいにもいるということでござんすね、此方の返事も聞かずにとりあえず出てきたということはやる気が有るか、よほどの事情が有るかでござんしょう」辰さんもいっぱしのうがった意見を言うこのごろでございます。

「辰さんはこっちの火消しの親方とは面識が有ったよな」

「ヘイこちらに来てすぐに挨拶だけはしておきました、組の仲間に入れとは言われましたが、今はその気がないが身体の空いた時間なら手伝いの真似事くらい、ということで若い衆の訓練を手伝っておりやす」

「そいつはちょうどいいや、新しいポンプが来るからそれを使えるようにそいつらにも教えてやってくれよ」

「それとアメリカの石鹸も入ってきたから買う気が有るなら専属契約を結ぶと有利だからアメ一で至急知りたいそうだ、笹岡さんどう思いなさる」

「私に聞くよりやはり化粧石鹸は幸助さんでしょう、洗濯用なら永吉さんだが今度は同じ者にやらせる気ですかな」

「二人が承知なら石鹸の担当を誰か専門にやらせれば二人が楽になるだろうよ」

「ハーフムーンソープというそうだが前に見本は見たが安い割には良い落ち具合だが、マークルに比べるとにおいがよくないようだ、風呂屋に置かせてもらうにはいいかも知れねえ」

「いかがですか橋本さんの仕事始めに誰かつけてやらせてみてはいかがですかな」

「いいかも知れませんね、岩蔵をつけてやってもらいましょうか、江戸はブンソウがやるでしょうから大坂と名古屋に永吉と幸助が売り込めばいままでより売れるでしょう」

「いまどのくらいつぎ込んでも商売に影響が出ないでしょうかの」

「鶴屋さんや淀屋さんが元手を一万両までならいつでも引き受けるといってくださって居りますから年間契約をそれ以下で結べば3年間は契約できましょう、後はどのくらいの品物の品質が約束できるかでしょう」

「そろそろゴーンさんのものは高級品として扱い、普段用の安物をほかから大量に売り出さないうちに抑えるのもいいでしょう」笹岡さんは賛成のようです。
「岩蔵よあすは俺とアメ一で孫さんにあって話しを聞いてみようぜマックに代理店に為らせて手続きをさせればあちらにも少しは利が出ていいだろうよ」
「旦那はどうしてあちこちに儲けを出させてあげるのですか、こちらで一手にやれば儲けも大きいでしょうに」
「それはな間に人が入れば、おかしな値段で売りつけられることもないのと、契約でごねられないように目を光らせてくれるからだよ、大きな取引になればなるほど自分でやろうとするがそれでは危険も背負い込む確率が高いのだぜ」

「今度鶴屋さんの所からのお茶を売り込もうと考えてるが、安く売り込んでいるところが有るのでいいものでも価格で話が進まないので困るぜ」さらに寅吉は、
「安くても品質の悪いものをつかんでは、困るのはあちらさんでぃ、と平気なやつが横行しやがるのは困りものだよ」奇麗な商売を考えるのは商人としてのモラルだと寅吉は教えられて育ちましたし、実際に付き合う商人はそのような人が多いのです。
そして、あくまでも儲けは分散させても危険を全て背負い込む気がない寅吉でした。

 

・  ピカルディ

早朝、岩蔵、辰さんと供に船で居留地まで渡り28番館でマックに会って話しを聞きました。

そして横浜ホテルには岩蔵を連れて三人でパルメスさんを訪ねました、幸いにも起きていて人懐っこい笑顔で出迎えてくれました。

「此方がコタさんです、そしてパルメスさん」二人を紹介して握手を交わしました。

GoodmorningGood to see youWelcome it gave it by going out、call me kota

「イイデストモ、コタさん私はパルと呼んでください」

仲良く仕事が出来そうな予感がする寅吉で半分は不安でした気持ちがこれでなくなるように思いました。

「早く仕事場をみたいです、かまどは有るのですか」

「店は確保しましたがあなたが到着してからレンガで組む予定です、職人は確保しましたからどのように組み立てれば使いやすいか教えてください」 

「オッケー、では見に行きましょう」来るそうそう仕事場をみたいと言う職人根性は見上げたもんだと岩蔵も驚いています。

荷物を岩蔵が持って20番に出かけ義士焼きの部分を説明して、奥の部屋10坪ほどの仕事場を見せてどのようにやるかを聞き岩蔵を紀重郎さんのところに職人を呼びに行かせました。

マックに解らないところを通訳してもらいながら、図面を引いて設置場所と窓の位置、火の炬口、材料置き場などを相談して義士焼きの元造さんに引き合わせて、この人があなたの下職で働く男ですと紹介しました。

「二人で働きやすいように相談してくれよ、この人は元造で皆は元さんと呼んでいます」

「オオ、モトサンネ、私パルです、みっちりと扱いてあげます」片目を此方につぶって見せながら大きな声でモトさんになにやら言いつけて居ります。

にわか勉強のモトさんですがどうやら言われていることは理解できるようで台のうえで小麦の見方など教えられているようです。

「コタさん、この粉ではBreadは焼けません、Bread用の粉はどれですか」

「モトさんあいつを出してきなせえよ」パン用に見本に仕入れた粉を網張りの部屋から出して見せると「よろしいです、これはいい粉です」

かまどもできないうちからもうパンをこねてイーストが充分使える用意を始めています。

「船の中でもコックを手伝ってイーストを駄目にしないようにしてきました、これから毎日こうして作りそのうちの半分をこうして取っておきます」さらしで巻いてネズミ除けの棚をすばやく見つけると其処に保存して残りをBreadではありませんがこうして焼くことも出来ますと義士焼きのアンを炊くかまどですぐに焼いて見せました。

「これは戦場でBread用のかまどがないときに、急ぎで焼く方法で旨くは焼けませんがそれでも食べられるものは出来ます」

気が早いというかすばやいというかあれよあれよと言う間にパンが焼きあがってしまいました。

「後売り子に何人か女の人を雇いますが、仏蘭西と亜米利加、英吉利とご婦人方に声をかけて居りますが国について好き嫌いはありますか」

「ノーノー、私伊太利人と仏蘭西の母の間に生まれて、亜米利加で育ちました、黒人にもシナ人にも偏見有りません、ただ清潔な人がよいです、それとこの水は非常においしいホテルのものよりおいしいね」

紀重郎さんが3人の職人と春に太四郎も連れてやってきました。

「太四郎が来たならおいらと岩蔵は仕事の話に行こうか」それぞれを紹介して仕事場の細工を紀重郎さんたちに任せて出かけることにしました。

ゴーンさんのところによって事情を説明した。

「これからは岩蔵が担当で仕入れをします、ついては仕入れの数を」といいかけるとゴーンさんが情けなさそうな顔をするのを見て、寅吉が笑いながら「後、月に200箱2000ダース増やせないでしょうか」

「エッ、減らす相談だと思ったら増やす相談ですか」ゴーンさんの顔が嬉しさで満開になります。

「昨晩噂が聞こえてきて、もしかして打ち切りかと心配で家内など一睡も出来ませんでした、価格ではあの会社と争うことが出来ません」

「ゴーンさんの所のマークルは品質は一流ですよ、ただ是から普及品が売れるようになりますから妹さんのところでは、さらに高級品になるように金持ち専門のよいものを作るか、大量に作る工夫をしないと生き残るのが難しくなりますよ」

「追加注文はすぐ出してよいのですか、明日の船で連絡してボンベイから電報を打てばすぐに送れる様に手配できます」

「はいこの後3年間は最低でも月に700箱、7000ダースの取引を契約してもよいのですが価格の設定を約束できますか相談してください、安定した価格ならすぐに契約をしますそれと年間の原料費の高騰の場合の値上げ率も20分の1までなら相談できるとしてもよいですがそれには値下げの場合の相談も出来るという話で無ければいけません」

「解りましたその分の話は詳しく手紙に書いて電報とは別に連絡いたしますよ、ちょっと待っていてください」

奥に入ると奥さんを呼んできました、本当に寝不足の顔でやつれた様子が伺え心配した様子がよくわかります。

「コタさんありがとうございます、私たちはマックに裏切られたのかと本当に心配してしまいました、ごめんなさいお二人を疑う私は駄目な女です」

「奥さんそんなことはありません、私たちがゴーンさんを交えて相談する間が無いうちにウォルシュ・ホール商会の取引の照会をコタさんにしてしまったからです、あなたに要らぬ心配をさせてしまった私の責任です」

わだかまりが残らぬ前の通りの関係に3者が戻り奥さんもやっと安心したようでございました。

「それよりマック、アメ一はどのくらいの価格の予想だよ」

「いいのですかここで話しても」

「いいともさ、ゴーンさんたちにも話がわかってもらうほうが後でマークル石鹸の取引に手心を加えてもらえるだろ」

それにはゴーンさんも奥さんも口をアングリ、寅吉の商売根性は秘密が無い代わりに値段にも容赦がありません。

「マークルと違い一箱がグロス単位で12ダース144個いりだよそれでアメ一では卸を3ドルでどうだと言ってるよ、年間契約か大量注文ならもう少し安くなるそうだ、昨晩計算したけれどこの価格のままではマークルが負けることは無いよ」

皆で計算をだしたところマークルは表向き壱分で15個、ハーフムーンソープは壱分で16個になるようです。

「月に100グロスだと300ドルか225両といまどのくらい品物が来たという話かわかるかい」

暗算は得意の寅吉です。

「何でもトマスの話では500グロスが船でついたという話なので今日一杯はほかと取引しないということになっている」

「そうか、するといい値で買うと1500ドル1125両必要か、待てよいまどのくらい有るかな」振り分けをあければ500ドルの手形が2枚これは自分の取引の分なので後で横浜物産会社から返してもらえる金。

「それだけあれば後はうちで立て替えてもよいですよ」マックが受けあうので、

「実はよ、これをそちらに預けてスミス商会で一度取引をして横浜物産会社におろすという形にしないか、口銭は5パーセントとっていいがどうだいだから交渉して1250ドルで買えば月に口銭だけで62ドル50セント取れるぜ」

「コタさんは計算が速すぎる、ちょっと待ってくれ、1400ドルなら口銭が70ドル取れるか」

「こらこら何を言うんだ、1250より高けりゃそっちの口銭など出せねえよ」

「それは無いよ、きびし過ぎるよ」

「年間契約で月に500グロス取引するならそのくらいで交渉してくれよ、1250からうえではそちらの口銭は50ドル増えれば1パーセント減らす」

「待ってくれよ1400ドルだと2パーセントだけかい、28ドルでは少ないよ」

「計算してみろよ1300ドルでも4パーセントで52ドル取れるぜ」

「これは真剣に交渉しないと儲けが出ないじや無いか、まいったよこりゃ」

ゴーンさんと奥さんは寅吉の計算高さにもうあきれてしまうばかり、難しい交渉の駆け引きは人任せというのにもビックリしています。

「コタさんは気前がいいのか渋いのかよくわからん人だ」マックも根負けしてそれで承知だから交渉してみようと、ゴーンさんも助っ人に連れてウォルシュ・ホール商会まで出かけました。

岩蔵が孫三郎さんと話してみれば値引きは難しいというのですが、トマスと話しをしてみました。

交渉はもっぱらマックに任せトマスは使用人に計算させて盛んに孫三郎さんを隣りに連れて行っては内緒の話をして帰ると孫三郎さんが寅吉にどのくらいの数と値段なら買えますかと打診してきます。

此方はもう相談が出来ているので「一月に500グロス1200ドルが希望値段だ」というとマックが「仕方ない1250ドルまで出して下さいよ」と寅吉に相談するように言います。

「それで手を打ってください、月に500グロス年間契約なら1200ドルでも契約しますから、お得ですよ」

どうやらその辺りが限界らしくも無いと思うのですが、あまり値切りすぎると後で他の取引が差し控えが出るので「今回のも含めての年間契約なら承知しましょう、手付けに1000ドルのオリエンタルの手形を置いてゆきます、後でマックが正式に契約を代行するのでそのときに200ドル持参しますがそれでよいですか」

「それでよろしいですが後の支払方法はどういたします、今回はそれでよくても後は品物が来てからでは困るのですが」

「あと、13,200ドルだね」

「エッ、ちょっと待ってください」トマスと相談して「そうです両ですと9900両になりますが一括払いだと品物でサービスすると言って居りますよ」

「どちらが希望か聞いてください」

「両で払ってくれてよいそうです」

「では10日後での支払いで契約をしましょう、それでよろしいですか」

「結構でございます」

トマスと握手して外に出ると岩蔵に「千代に江戸に行くから夕方までに青木町で待つようにつないでくれ、今晩は出来るだけ江戸に近いところにいけるように七つごろには発ちたいからその時間に間に合うように支度して待つようにしてくれ」

「お供は千代あにいだけでよござんすか、私は残りますか」

「アアそうしてくれパン屋のほうは太四郎たちがやるだろうがたまには顔を出しておけよ」岩蔵が了承して千代を探しに野毛に行きました。

パン屋への道すがらゴーンさんが「マックよ、コタさんが金を先払いするとお前のところは儲けだけが入る計算じゃないのか、少しは儲けたらおごれよ」

「オオ解ったよ、でも儲け以上にたかられそうだ、それで6パーセントの手数料がもらえるのですよね、コタさん」
「オットしっかりと覚えていたか月に72ドルは悪くねえだろう、品物の預かり料といっても船から降ろして運び込むまでは向こう持ち、引き取りは此方持ち、倉庫に幾日か有るだけでの儲けとしちゃあいいだろう」

三人で大笑いしながらパン屋に行けばもう義士焼きの店には人だかりがあります。

「ナンダどうしたよ、こんなに人が集まってよ」

「ア旦那買い物に来ながらパン屋はイギリス式かフランス式か皆が聴きに集まって来てますがどっちなのですか、両方出来るとパルの親父が言いますが旦那はどうします」

「話を聞いてみようぜ」

「私は仏蘭西パンが好きです」ゴーンさんが言うのは当たり前、マックはイギリスパンがよいというのも当たり前。

「どちらも焼けますか、出来ればクロワッサンなど出来ると助かるが」

「任せなさい食パン用の型も今回の荷物の中に10個ほど、入れてきたよあと必要なものは全て買い込んできたけどその勘定を出してくれるとありがたいが」

「いいとも後でマックに請求書を出してください、詳しい話はマックとして必要なものはそろえるから」寅吉が500両準備資金に預けたものがまだ手をつけていませんので少々の出費は覚悟のうえです。

「外にいる人たちが雇ってくれるのはいつからで何人雇うのかと聞いてますがもう募集の広告でも出しましたか」

「いやまだですが、アッそうかメアリーからの口コミだ」

「女の口は戸が立てられません」ゴーンさんも奥さんたちの伝言ルートには太刀打ちできない経験が有るようです。

「浮気などしたら大変なことになるですよ」マックが笑いながらご婦人たちのほうに行き「あと10日ほどで店で働ける人を雇う予定です、とらやさんが雇い主で私のところが保証人で雇いますから日に3時間以上働ける人は2時に28番のスミス商会まで来てください、月曜から土曜日までの6日間です、給与は1日3時間で15セントです、支払いは日払いと週払いどちらでも承ります」

「それと朝はお昼の時間があります9時から12時まで働いてお茶とパンが出ます、午後は1時から4時まで働いてやはり12時からのパンとお茶の時間が有ります、それと着替えていただくために午前の人は30分早く来ていただきますがそれは時間外と為りますのでご了承ください」

「着替えは必要なのですか」

「同じ柄で色違いの服を各自2着用意いたしますので、日替わりできていただくことになります、見本の服は76番のゴーン商会に飾ってありますから見てください」

「昇給はありますの」

「もちろんです、其処にいられるコタさんという若い日本の方が両方の店の責任者です、働きの良い人ていねいな応対の出来る人、店を奇麗に保てる人には最高級の扱いをしてくれます、ア余分なことですが色目を使っても駄目ですよ、私ならクラクラとしてどうかわかりませんが昇給とは関係有りません」

きていた10人ほどの人は一斉に笑って居りますが、何を話してるかわからない人もいるようなのでゴーンさんに仏蘭西語でも説明してもらいました。

「日本語を出来るだけ覚えていただければ助かります、ここにいる二人の若者のうちどちらかが顔を日に一度は出すようになりますから日本語での話し方も勉強してください」

寅吉が英語で説明して「皆さんでパルメスさんを助けておいしいパンを焼かせてください」とお願いして散会してもらいました。

釣られてきた人たちで義士焼きも売れたようで職人達はてんてこ舞いです。

ひとつ16文は売り出した時から替わらずですが、当時の今川焼きがひとつでは口寂しいという意見をおつねさんやお文さんが言うので、大きく作ったのが高くても売れた原因でした。

大人でも普通はひとつで充分といいながらも、好きなものは二つ三つと食べるようです。

あの当時はかけそばと同じ値段で売れるかと不安でしたが、餡にもたっぷりと金をかけて売り出したのがよい結果を生んでいます。

街道筋の牡丹餅と対抗する義士焼は値段で苦労していましたが簡単に大きさが変えられない事が幸いして、売り上げは最低の店でも200個以上売り上げていて赤字を出す店の報告は今のところありません。

弁天町の記録は2600個ということでこれを超すのは容易ではないでしょう、ひとつ6文程度の儲けとはいえ日に100個売れれば二人が暮らせます義士焼きだけでなく茶も甘酒も売るというようにとりえが有るものがやる店はそれだけの売り上げを出してくれ会計を担当している由松の報告では横浜を別にしても月に弐拾両ほどが虎屋の会計に入るそうです。

横浜はとらやとして笹岡さんとお怜さんが会計をしていますがそちらでも月に十二両ずつ残るそうです、お怜さんはいまは売り上げから計算すると月に十両ほどの高給になるそうで、こんなに使い切れやしないと働く子達に色々買い与えるので慕う子が増えて居ります。

なんといっても野毛と弁天町の売上げは大きくて働くものはそれぞれ8人に増えていますが、元町の店に人が転出したり、本牧の十二天に出す店で人が必要なのでさらに増やす予定だそうです。

そちらは春がお怜さんと仕切るので、寅吉は報告を聞くそばから忘れたりして、お怜さんに呆れられています。

午後になるまで20番にいた寅吉は様子を見に、スミスに行くともう20人ほどが来ていて仕事にありつきたいという顔でこちらを見ています。

「マックよあの人たちは暮らしの助けのためなのかそれとも暇なのかよ」

「旦那の取引が旨く行かない人もいるし、暇をもてあましている人もいるのでしょう」

「もう直にメアリーが来ますからそうしたら始めましょう」

Maryが来て衣装を何着も飾り椅子を此方に3つ前に5つ並べて机の脇にもひとつ置いて其処にMaryが座ります。

「どうぞ5人ずつ入ってください」マックが声をかけて入ってきた人をまずいすに座らせます、そして右手側に座った人に声をかけて。

「此方の方からお名前と喋れる言葉をおっしゃってください。

「ハンナ(Hannah)・ブキャナン(Buchanan)です英吉利だけですが駄目でしょうか」

「そんなことはありませんよ、お年は10代か20代もしくはそれ以上かを教えてくださいな、済みませんがハンナ表に出て今のことを皆さんに伝えてく来てここに戻ってくださいね、お年が解ると困る方はハローとおっしゃってくださいというのよ」

「いいですわよ、私19になりました」

ハンナが戻る間に次々に名前を聞いて居ります。

「スジャンヌ(Suzanne)バルダン(Bardin)仏蘭西と英吉利が喋れます、20代ですのよ」

「リンダ(Linda)キャシー(Cathie)クラーク(Clark)イギリスと日本が少しだけ喋れます20代です」

「シェリル(Sheryl)シェリダン(Sheridan)ハロー、英吉利と阿蘭陀が出来るわ」

「ジュリア(Julia)キャンディ(candy)ワッサーマン(Wassermann)20代よ英吉利と日本語が少し」

最初の5人は合格ラインですが札を出して「明日番号をお店の前に張りますからこの下に名前を書いて働ける時間を書いて頂戴、午前はAM午後はPM両方働きたい人はALLと書いてから、置いていってくださいね、此方のほうは持っていってね、私の家のドレスや服の割引が出来る券だからお店に来てね」二つとも同じ番号が書いてある紙を配り商売っ気も有るメアリーです。

15人の面接が終わり、印がして有る者の付きあわせをすると、最初の5人は合格「やはり早くから来るというのは意欲が有る証拠よ、事情はどうあれその気持ちが大切なのよ」メアリーはよく気が付く奥さんです、ゴーンさんもこの調子で働かされていることでしょう、何事もよく気が廻り働き者で近所の評判もよいというゴーン夫人です。

Wassermannさんはご主人も知っているけど社交好きのよい人たちよ、ただ最近入る予定の船が来ないので心配よ、だから少しでも稼ごうという事に為ったんじないの」

「一日働く人がこれで決まればあとは午前の希望から二人と午後の人が二人ね」

だんだん評価を下して全部で五人の人を雇うことにしました。

「服はメアリーさんが採寸して作ってくださいよ、後は言葉遣いなどあなたのところで暫く面倒を見てくれませんか、それと後の人の中で元町に売店を開くからそちらに来てもいという人を見つけてくれませんかね」

「じゃこうしない、落ちた人の中に有望な人が3人いるから、その人たちに連絡をつけて元町を見に行かせてよければ働かせてあげてよ」

「いいですね、それの引率も頼めますか」

「あらあら、それじゃあたしも雇ってもらわなくちゃいけませんわね」

いつの間にか顧問になってしまったのと同じメアリーですが、服が売れるのが楽しいので店を広げようかと考えているメアリーは自分でも雇う人間を物色しています。

「此方で雇った中で裁縫が出来る人は家でも働いてもらおうかな、そうすれば多くの人が働く場が出来るけど、いろんな国の技術がここでは学ぶ事ができてよい刺激なのよ」

「もちろんですともあなたの店なら手間賃も稼がせて上げられるのでしょう」

「まさかそんなに出せやしないわよ、senssense/sinn)の有る人には出してあげたいけどそれだけは売れないことにはどうにもできないわよ」

寅吉はメアリーを送りその足で波止場に行くと青木町に行く船を捕まえて乗り込みました。

着替えて待つまもなく千代が仕度をして現れたのですぐに江戸に向かいました。

「岩蔵に聞きましたが金の算段ですか」

「そうだよ俺の金は有るが今回は淀屋さんと鶴屋さんにも片棒を担いでもらうのさ」

「それで金を出してもらったらその足でまた逆戻りだよ、出来れば品川まで入るから気張って歩こうぜ」

時計を見れば5時半、ここから品川までは五里近くありますが急いで歩けば八つに為らないうちに入れそうです。

 

・ 紅茶  

江戸から帰った寅吉の元に、伊豆倉から連絡が来て九千九百両の支払いをウォルシュ・ホール商会で完了した。

運上は品物の通過時点という話なので今回の180両を納めて品物を通関しました。

マックの手数料は関税に入らぬように処置されています。

鶴屋さんが月に100グロス引き受け東海、信濃方面を受け持ち、淀屋さんでも毎月仙台方面での販売用に100グロス買い受けてくださるので寅吉は借りた金のうち半分近くが手当てしなくて済みます。

寅吉に石鹸を抑えられてしまった店では品物の補充に淀屋さんに泣き付く店も早くにも出てるようで500グロスでは足りないことになりそうです。

ブンソウは江戸の湯屋の半数はハーフムーンソープで抑えようとマークルと同じように置き石鹸として販売しようと廻らせ始めます。

マークルは値引きに応じない高級品として定着しだしたので、新規の取引は強気に出ても買手に不自由いたしません。

安物の石鹸を使い手が奇麗にならず苦渋を申し立てるものも、医者や風呂屋に進められてマークルを使えば糠袋が要らないくらいというまで凝る人まで出てきました。

しかし売りに廻るものには、石鹸で汚れを落としてから新しい糠袋で、仕上げをすれば奇麗な肌が蘇るといわせるようにしてそのように書かれた刷り物もだしました。

最近寅吉から虎太郎と名前を変えたという広重のお弟子さんとも知り合い下絵を描いてもらうほどの凝り様でございます。

「旦那とは名前のいきさつが反対でござんすね」何処で聞いたかそのように湯屋で口を聞いたのが始まりだったと思います、鰻好き天麩羅好きのところなどよく似ているか気があい横浜にも招待して遊ばせるほどの付き合いになりました。

ハーフムーンソープはそれほど安くは無いのですがシャボンという名が高級というので定着していますから疑問に思う方はいないようです。

運上などを計算すると1両で66個ほど壱朱で4個しか買えぬ計算です。

いまはマークルを湯屋に壱朱2個で卸していますので此方は2朱で5個壱分で11個と何処で儲けを出しているか解らぬ計算でございます。

皆が不思議がるのですが相手が出してくる、おまけを寅吉が自分勘定で売りさばきそれであちこちの手当てをしております。

笹岡さんと橋本さんにも言うのですが、このやり方はあと3年以内にやめて全て帳付けをして、きちんとした会社という概念を持つ訓練を伝次郎以下の者達に教えることで、いまはそれぞれが勉強中でございます。

「これでは運上のために働いているようなものでござんす」といっぱしの意見を言うものもおりそれでも横浜物産会社の魅力からは独立しないで働く若者たちです。

「伊豆倉で聞いたがまた長州ではどこかの船に砲撃を仕掛けたそうだ」

今日青木町で笹岡さんと橋本さんに商売の経過報告と情勢の聞き書きを示して此れからのことを話しました。

「それでは各国の船はあそこを通れないではないですか困ったことですな」

「軍艦が何隻か下関を攻撃することになるだろう、ワイオミングが出港したそうだが五日もすれば下関は戦争だぜ、あそこの人たちはいこじだから一度負けると後でしっぺ返しが大変だぜ、その矛先は攘夷をしない幕府に向けられるぞ」

「やはり旦那の言う国難というやつは来てしまう事に為りそうでござんすね」

「坂本さんたちが攘夷の先走りを抑える事が出来る力はまだないだろうから、朝廷の有力者を先生たちがくどいても、尊攘浪士たちが京に多く入り込んでことあらば騒ぎ立てるからな、なかなかおさまらねえぜ」

「ウォルシュ・ホール商会でくれた小麦粉は大分良質でパンを作るによいということですが」

「孫さんもしっかりしてるよ、ピカルディで使うものをこっちで買えという謎さ、仕方ねえから毎月パン用のやつを100バレル900ドル買う約束をしてしまったぜ、あいつらは国に由って単位が違うから頭が混乱してしまうぜ」

「亜米利加と英吉利は呼び名が同じなのに量が違うのが困り物です」橋本さんが五日ほど前に雇い入れた、吉岡さんという西国の浪人さんがそういうので単位の話をしました。

「大体よ小麦を計るのに秤ではなくて樽で測るという大雑把なやり方だから、樽によっては多い少ないが有るぜ、ウォルシュ・ホール商会で買うやつは粉で来てる奴で1バレルというのは五斗3升くらいだがちっとは目減りしてるだろうぜ、だから袋で来ても五斗で計算しないと損をしそうだよ」

吉岡さんは最初、攘夷に賛同して横浜の異人を切りに来て、最初は異人と取引をする私たちを狙っていたそうですが、神奈川で様子を聞いてみれば異人に国をいいようにかき回されぬように働くという、横浜物産会社の人足たちの話に感銘して橋本さんと話しをしてここで働く気になったものです。

「しかし五斗入りを100も使い切れますか」

「必要なのは20バレルだろうが後は売りさばく予定だ、もう引き合いが来てるから半分は大丈夫だよ」

「どうしてそんなに早くに引き合いが来ました」

「孫さんがあちこち口を聞いてくれたそうだよ、伊豆倉でも10バレルくらいは付き合うといってくれてるよ」

「くれたものと同じ良質のものが入ればいいのでしょうが品質は保証してくれるのでしょうか」

「それもマックが契約してくれて、毎月先払いで900ドル出す代わりに品質は一定させるとトマスが約束してくれたよ、駄目なときは他のものが入れたやつの中で良質のものを引き取っても収めてくれるとさ」

「そうしますとあちらさんも相当ピカルディに期待していますかな」

「少し情報を小出しに教えたのと、あそこは後20年すると最高の場所だといったら信じてくれて肩入れしてくれるそうだ」

「どんなことを話しました、差し支えなければ教えてくれませんか」

「いいとも全部は無理だがよ、例の亜米利加の内戦はあと2年近く続き、北が勝つ予想と、幕府が当てには出来ないということ、英吉利がグラバーとジャーディン・マセソン商会を使って武器を大量に売り込みに掛かるだろうと言う事さ」

「それは大変なことではないですか、幕府が売り込まれても引き取れないでしょう、とすると何処が買いますか」

「買い手は全国のお大名だよ、今回の攘夷打ち払いの方策は無理が有るからな武器がなければ闘えぬといわれたら買わせにゃ仕方なかろう、攘夷は自然に立ち消えさだが、その前にここでもひと騒ぎ有るだろうと、そのことも話したぜ、これは内緒だがといってまた鎖港に戻そうとする動きが有るぞということだよ」

「いまさら鎖港は無理でしょう」

「アア無理さ、だがそういう通達があってもじたばたせずに時期を待つことさ」

「最近彦蔵さんとお会いしましたか」

「いまは何処にいるかな、あちこちで誘われてアメリカの事情の話しをしてるそうだが、今のアメリカは国内で手一杯で国としては、貿易では英吉利に負けっぱなしさ、横浜では8割がたの輸出は英吉利の商社に抑えられてるぞ」

「本当ですか入ってくる品物だけではわかりませんでしたが、輸出品目が生糸と茶が多いのにそんなに英吉利は買いますか」

「そうさ生糸はマダマダ売れるだろうが相場の動きが早くて手を出さぬほうが賢明だよ、マァ現物で売り込まれたものだけを扱って、手数料が安くても手伝うだけにしとけよ」

「茶のほうはいかがですか、あいつらは砂糖を入れて甘くして飲むようですが」

「あれは船で水の味が悪いのをごまかす手立てが200年ほど前に阿蘭陀の凝り性のやつの手で旨く入れて飲むようになったのさ、アメリカのやつらが茶より珈琲を好むのは英吉利から独立するときに茶が入りにくくなったときの影響が残ってるのだよ」

「旦那が時々飲んでる紅茶というやつは砂糖をいれねえと苦いですがあれが売れますかね」

「おおあれかよ、実はパンが固くなったら甘い紅茶に浸して食べるようにすると巧い事に柔らかくなって旨いから抱き合わせで売ろうと考えてるんだよ、お怜さんたちも最近は真似をしてみたら、いい具合だとよ」

「あれは此方では出来ませんかね」

「何でも発酵させれば良いと言うことはわかるが、秘密の行程が有るらしくてな」

「そうですかなんにしても旦那が扱うというならこれからだんだんと売れる品物なのでしょうな」

「清国でも同じものを輸出してるそうだが茶ほどは買ってくれぬということだよ」

「清国のあの烏龍茶ですか、値段の割りに旨いとは思えませんね、居留地のシナ人達は盛んに喧伝しますがどんなものでしょう」

「やつらの食い物には合った味だろうよ、あの国は広くてわが国の10倍は有るというからいろんなものがあって当たり前さ」

「ところで彦蔵さんですが今度新聞というのですか、読売のようなものをだしたいということでしたが」

「そうかい、役に立てるなら誰か手伝ってやれよ」

「そういたします、前の85番から移られていまは何処にお住まいか解らぬので困って居ります」

「そのうち現れるだろうから、とらやの方にも連絡を付けとけばいいさ」

ジョゼフ・彦はなかなか忙しいようでございました。

 

・ ハウダチーズ

 

話がさかのぼりますが、坂本さんから来た手紙にあった勝先生の塾の話の中に安治川から兵庫に塾の許可が下りた日付の事が書いてありました。

文久三年四月二十七日に幕府から次の様な趣旨の沙汰があった。「摂州神戸村最寄りへ相対を以て、地所借り受け、海軍教授致し候儀、勝手次第致さるべく候事。」

長州と薩摩の騒ぎとは別にせんせいのもとにきている各藩の子弟のためにも、早く塾も操練所も完成させたいとも書いてありました。

横浜と大坂をなんども往復する塾の関係者も、情勢の緊迫した中で早く勉強の成果を挙げたいと懸命な様子で、寅吉もその完成を待つ一人でした。 

月の半ばになってついに竈も店も気に入る作りになり、味も一定してきたのでそれまで試食用にと従業員と身内同然のものに別けていたパンを売り出す日が近づきました。

PICARDIE BAKERY・ピカルディベーカリー の看板も出来て明後日12日(1863年7月27日)Mondayの開店の準備も出来ました。

義士焼は1セントで3個、波銭なら十六文、シリングは計算が難しいのでその二つでお願いしていましたが面倒だからと大目においてゆく方もあり後で両替に苦労する毎日なのでパンのほうは両替のための換算表を作りそれを見て売ることになりました。

売り子の人たちは大変だと思うのですが仕方ないことでした。

なんせホテルのcoffeeblackteamilksugar付きで10セントでこの当時の壱朱に相当するのですから、それで義士焼が30個も買えるので甘いものが好きな人には大うけでした。

清国人の真似して売る今川焼き風のものは1セントで5個買えますが小さいのと味が違うので同国人には好評のようですが義士焼きの売れ行きに影響は出ていません。

寅吉は人口密度の経過で店を出してゆくのであせらずに人を教育でき、店が開店すればすぐ売れ行きが好調になるという、良いめぐり合わせでございました。

クロワッサンを1セント、英吉利食パンを一斤3セントにして後は日替わりで売り出すことにしました、一日全部のパンを売り切っても5ドルの予定、ほかに食料品のいくつかを置く事にしました。

明日はこれこれのパンを焼き、売り出すという紙を張り出すことにして、お客の好奇心を煽る様にする事にしました。

「もう少し高くしても売れるよ」マックもプリュインさんも言うのですがとりあえずはこの値段でいくとこまで行こうということにしました。

クロワッサンを100個、英吉利食パンは50斤、三つ切りでも1セントで売ることにして予め幾つかづつはきっておくことにしました。

寅吉の子供の頃の様にスライスして売ることは、この時代はやらないようです。

それと中の柔らかい部分だけを食べる人に、お茶の中にミルクを混ぜるか砂糖で甘くしてから、浸して食べると旨いということを教えて、耳の部分もおいしく食べられることを話すようにさせています。

元町には別にクロワッサン20個英吉利食パン10斤とお勧め品を昼から、とらやで出させて、様子を見て此方にもピカルディの出店を開くことにしています。

 

月曜日は朝から寅吉も様子を見に出かけてみました、お怜さんが指揮を執り売り子の異人さんたちとも太四郎が通訳して細かいことも通じるようになってきたようです。

若いハンナがリーダー格でお怜さんのいう言葉もよく理解してくれます。

一日の約束で働きもきびきびとして明るいよい子です。

そのほか午前と午後の人たちも今日明日は全員が一日働いて呉れます。

朝8時の開店前30分には、10人ほどの奥さんたちが並んでくれています、すぐ寅吉が引き換え札を配り、30人になるとサービスにチーズは出せませんがパルがこの日のために焼いてくれたビスケットの小袋を引き換えますという札を出しました、もちろん寅吉のことですからチーズだけという事がなく先に来た人もBiscuitは配りました。

宣伝はしていませんでしたが、先着30名にチーズをサービスすると言う話が口コミで伝わっているようです。この日のために朝早くから焼きだしたクロワッサンは試食用に切り出したものを食べた奥さん達に好評で、次々に焼いてもなくなりそうであせる売り子たちでした。

店に飾った全楽堂で作ってくれたパルの半身像が飾られた店は威厳に満ちた中に若い売り子さんのかもす華やかさに溢れ、それに惹かれてくる日本人までいるのでした。

300個のクロワッサンが売り切れて仕舞い、午後の予定の分をあわてて焼きだす二人の職人は、明日の分のたねを混ぜて多めに捏ねだす始末です。

「明日の分は大丈夫かい」

「心配ないですよ、種はこうして分割して造り置きしてるから平気だよ」

こねて寝かすという作業は見ていると、まどろっこしいですがいざ伸して切り分けだせば元さんが丸めるという二人の役割が見ていても気持ちの良い作業です。

ピカルディとは違いパルの家の家政婦も見つかり食事の心配もなくなりました、元さんは元町から弁当を昼夜と届けることで心配もなく住み込んでいます。

 

開店して早くも2週間たち売り上げは当初に予定した金額を大幅に上回りました。

意外にもフランスパンが好調で特にクロワッサンは最初の予定の倍も売れてしまうので、元さんが懸命に丸めるのでパルも楽が出来ついに、クロワッサンのほうは伸す作業までも、元さんに任せてしまいました。

パンだねが、このままでは不足してしまいそうなので何か工夫しようかと、お酒やワイン、ビールなど工夫して発酵させた物からのパンも創って見ているようです。

店員Hannahの意見でドーナツを揚げて売り出したら好評で、砂糖をまぶしたものは元町でよく売れるのでお怜さんが覚えて元町で働く二人の異人さんに相談して、これは向こうでも出来るので、KarenLisaが揚げて売ることにしました、二人とも経験があり上手に揚げるものです。

ジャーディン・マセソン商会から瓶詰めのジャムが入りその売り上げもバカに出来なくなりました、バターよりも日本人には此方が好まれるようで元町からはもっと入れるように催促が来て居ります。

本来元町で焼いたほうが安く売れるのですが、寅吉があえて20番を選んだのは居留地の中で異人が焼いている、という売り込みが本当であるということを確認できる場所としてここにしたので、少々の値段のことは元の値を安くして運上の20分の一ということを勘定に入れても売れるように値段を考えたものです。

居留地に入って買うという人もあり大いに流行る様子が評判になりさらに売れる店となりました。

 

福井町から深川の松嶋屋さんからお会いしたいといってきてますがご都合はいかがかという手紙が来て、こちらの江戸に出る日を笹岡さんと相談しているときに青木町に、松嶋屋さんから紹介状を持った若者が来ました。

「仙台から出てきました兵吉と申します、松嶋屋さんにご紹介していただいてからと思いましたが、どうしてもパンの作り方を習いたくてお返事を待ちきれずに出てまいりました」

「左様ですか、今いつ江戸に出ようか調節して居りましたがとりあえず居留地まで同道して船でまいりましよう、手紙は船で読ませていただきますから急ぎましょう」

船を待たせておいて急いで荷を持って居留地に渡りました。

手紙には松嶋屋さんが取引で世話になっているお店の五男で養子に行くか自分で店を開くかという判断をつけるため、まず江戸に出て修行して来いと昨年来、松嶋屋さんで働いていたそうです。

「何かパンについて知っていますか」

「異人たちの方のご飯の代わりの食べ物ということぐらいです」

「食べ物の調理の経験は有るのですか」

「うどんを打つのが得意くらいでほかにとりえはありません」

「マァいいでしょう、今日は見学をして夜に話し合いましょう」

笹岡さんが到着の連絡を松嶋屋さんに、特別の早で送っていますからそれの返事があさってにはかえって来るでしょう。

 

ピカルディにいくと英吉利パン用の型が新しく出来てきたと馴らしに焼を見ていました、まだ何回か焼いてからでないと店に出してよい焼き上がりのパンは作れないという話なので周りを切り落としてサンドイッチという食べ方を教えて皆で試食してみました。

皮はまだ旨く焼けていませんがこれならおいしく食べられそうです。

ハムを持ってきたり、きゅうりをはさんだりして食べる中、隣りの義士焼き用のアンをはさみ食べるのが好評でした。

元さんとパルメスさんに兵吉さんを紹介すると「マア明日から働いてごらんと」パルは安請け合いで使うことに決まってしまいました。

釜を大きくするのに休むよりは、クロワッサン用のこぶりの釜をもうひとつ作り元さんに焼かせてみないかという話「いくらなんでもひと月かそこらで出来ませんよ」と元さんが言うと「何を言うですか、やらねば何年経ってもできないでしょ」

寅吉も「駄目でも勉強になるから火加減を教えてもらいながらやってみなよ」とけしかけます。

熟練工ということよりも、経験が大事ということでもなく「感覚が大事なのです、自分で焼いて見なければそれはわかりません、私も父親から15のときに釜を作ってもらって焼き始めました、最初から全て旨く焼けるなんてそんな事はないのですから、安心して失敗してください」

「なんですそりゃ」

寅吉が通訳すると訳がわからないという顔の元さんたちですが、義士焼だってはじめから手早く上手に焼くのは無理で経験して、初めて難しさを知ることで上達してゆくのだというと、ようやく納得したようです。

早速、紀重郎さんに連絡を取り5日後には釜が使えるようにしてくれるということに為りました。

面白いのは炭の事ですが、備長炭よりも柔らかいナラ炭、それか栗の木がよいとパルが言います、そして前に試しに置いておいた、ろ過に使って乾かしておいたものがよいというのです。

ろ過装置ごとここに運んで庭で乾かしてそれを使うということでろ過装置はいつも新しい炭を入れ替えるので水も旨いと評判です、それに廃物であると認定されたので炭を持ち込む運上も取られません。

はじめ寅吉はコークスか石炭がよいかと思っていましたがまだパルは昔かたぎに炭のほうがパンにしっとり感が出るし、あまり強い火でないほうが、おいしいパンが焼けると主張します。

いまこの店にはパルの住まいが奥に建ち、元さんは店の二階に住んでいます。

風呂は別棟にあり、パン焼釜の余熱を取り入れて、お湯がいつでも出るように工夫して朝から汗を流すことが出来ます。

そうそう釜が冷えると朝温まるまで時間がかかるので火鉢で中をいつも温めて居ります。

寅吉が泊まる部屋も一部屋8畳ほどの洋室が用意してあります。

其処に明日から兵吉さんを泊まらせることにして、雇うための手続きをマックに頼みに出て行く途中で、阿蘭陀のスタットさんに、竹蔵さんが歩いているところに出会いました。

22番で事務所を借りて、オランダの物産を扱っていますがこの間チーズを買ったくらいであまり付き合いは多くありません。

「いいところでお目にかかった、どこかでお話できませんか」

「いいですよ、28番に行くから其処でいいですか」

「マックのところならちょうどいい聞いてもらいたいことも有るので行きましょう」

マックに兵吉の雇いの手続きを頼みそれから二人の話を聞くことになりました。

色々話した中で、チーズを大量に買い入れたが思うように売れずに困っている、誰か買う人を紹介してくれということでした。

値段と量を聞くと小ダライほどのゴーダーチーズが200個まん丸のエダムチーズが200個だという、置いておくだけでも場所がとられるし保存が大変だという話。

全てで500ポンドでどうかという話、千二百五十両を出しても引き合う話とは思えぬが、オランダのハウダとエダムの町からのもので長崎で作るものよりは安いが、バターと違い需要が少ないし、間違えて廻りのワックスまで食べてモドシてしまうあわて物がいて、食えるものではないという話が大げさに伝わり、居留地以外ではなかなか売る事が出来ないようだ。

ホテルなども数が少なく月に5個以上は買えぬと言われ、それも毎月新しい物が欲しい買い置きはしたくないと言われているそうです。

普通1年くらいが食べごろだそうだが、3年以上寝かせたほうが好きだという人もいます。

いまはフランスの商人がスイスのものやロシアからの安い物を入れるので、なかなか売りづらいものでしょう。

この間は景品代わりに使うので無理をして20個100両で買い入れ半分づつを配って残りをマックにゴーンさんと後は働くもので別けてしまったのですが好評なので10個買っておきましたが売れるのは4分の一欲しいという人ばかりで一個ではなかなか売れませんので数を買うほどのことはないと考えていました。

 

・ 佃煮

 

下関では相変わらず攘夷の嵐が吹き荒れている中、先月の22日には英吉利艦隊7隻が横浜を出港して薩摩に向かいました。

ゴーマーさんも艦隊の中に乗艦している船を参加させて出かけています。

その中で横浜は生糸が入らず大騒ぎになっております、一日五拾箇に限定されては売り込み商も買い入れ商人も動きが取れません。

寅吉はチーズを買うことにしましたが、そのあとの船でまた100個ずつ着いてしまい、あわせて550個のチーズを引き取ることになりました。

車橋の上に植木場を設けて有る脇に、土蔵を作りネズミ除けのため3重に入り口を設けて陽を除けるためにも大きな木の下に作りました。

買い入れた大きな理由は、投げ売り状態に陥ったスタットさんがそのときあった550個のチーズを600ポンドで買って欲しいと申し入れてきたからです。

その少し前に寅吉個人で2000両ほどの儲けが出てマックのところに預けてあったのでそのうちから1500両で引き取り、新しく来た分から100個前の分から検印を見て年度別に100個を通関して倉庫に入れ残りはピカルディの一軒置いた隣りの18番の庭を借りて倉庫を作り保存する事にしました、。

ここはスジャンヌの両親の店があり、食品の輸入と販売をしていますからチーズも扱ってくれることに為りました、新しい物がよいという人には船で着いたものも扱いますが前のものが人気が高いというのが、寅吉には不思議なことと思えるのでした。

ここで日に10個ほど売れるのになぜスタットさんのところで困っていたのか不思議なことです。

竹蔵さんはバルダン商会で働くことになりチーズの管理もすることになりました、牧場の牧童たちとも付き合いがあり、新鮮なバターにmilkもいままでよりも簡単に、安く大量に手に入るようになって、パルを喜ばせることになりました。

伝次郎が長崎から横浜に案内してきた、マダムグリーンと言う威勢のよいご婦人が指導して、ケイジャーダというチーズ菓子をハンナたちに教えてくれたことも買い入れた理由です、カステラなどと違い日持ちがしないものですが寅吉はうまいと思うのですが、とらやの職人達も元さんも兵吉も旨いとは思えぬようです。

「オイオイ、お前たちパン職人が口が日本人向きのままではうまいパンを作るのは難しかろう」

「だけどチーズの何処が旨いのか解りませんぜ、バターと違い匂いがきつすぎますぜ」

バター、チーズのにおいはやはりきついと感じるのがこの時代の普通の日本人でした。
それでもクッペパンに工夫して少し大振りにしてその中にぶつ切りにしたチーズを巻き込んで焼いたものは評判がよいのでした。
「ナンダおめえたちこれなら食えるのか」と寅吉があきれるほど職人たちには評判です。

マダムgreenのお気に入りは、シェリルですが連れて帰りたいとまでいうほどですがご主人が許す訳はありません。

シェリルはデンマークから夫婦で来て旦那のミスターWatsonは機械職人として船舶の機関や蒸気窯の修理が主な仕事ですが大工仕事が国での本職だったそうです。

シエリルに作家のアンデルセン(Andersen)のことを聴いても知らないというのでつづりを書くと、ホー・セ・アンナセンというように発音を教えてくれました、最初にデンマーク語も出来るといえばよいのになぜにいわないと聞くと「ほとんど通じる言葉ではないので言っても無駄だと思った」といいます。

「童話のことをご存知とは知りませんでした」
そういうので英語の訳で読んだというとおどろいておりました。

マダムgreenはいま長崎で共同でホテルを開く準備をしているそうですが、横浜のほうにも進出しようかと考えているようです。

「コタさん、ここはもう少し散歩道が整備されれば観光にくる人間も増えます、そうすればホテルの需要も多くなるから共同でやりませんか」そう誘われますがいまはまだ自分でそれを開くだけの余裕がないので長崎に伝次郎が出店を開いたら誰かを、修行に出させてその成果しだいという話になりました。

伝次郎は此方から三人で自分の国のもの2人もしくは3人ほどを雇い入れてから開店して、地元から順次5人ほど雇おうと考えています。

準備資金は3000両ほど、後は横浜と連絡を密にして回転させて行こうと話し合いました。

個人用に使う貸付金も寅吉から500両用意できていますから、後は人脈の確保です。

片倉屋さんがグラバー商会を紹介してくれたので上海の情報がいち早くつかめるので取引は大きく出来る予感がいたします。

清国の茶に比べればマダマダ高級品は少ないのですが、鶴屋さんの茶も高くとも順次扱ってくれる店も増えてきて、高級品として壷入りの封印のまま取引してくれるところでのみ寅吉が売り出しています。

「この封印が中身の証明です、そちらでもこの封印を大事にしていただければ中身の保存と乾燥は保障されます」

そういう言葉を信じて実際に3ヶ月の航海を経てパリに届いた茶の評判がよいので次の年の予約をしたいという店も出てきました。

壷は伝次郎の故郷の窯元から掛川に送り乾燥剤を下にいれた状態で封印しますので、あくまで壷に入れてからの相場でしか売れないという言葉に、壷代が高くつくので、安くないものは引き取れないというものも出ますが、普段と違いゴーンさんがそれらを買い入れてくれますので特級品は半分の300個がゴーンさんの手に落ちています。

「儲からないでしょう」寅吉が聞くと。

「コタさんと同じで損をしてるようでも、これを扱うことで国の妹の石鹸もオーストリアに伊太利とロシアにまで売れるので大事な贈り物ですよ、この封印がLe Japonの高級品の証だと言わせるようにしています」

贈り物とは考えて見なかった寅吉でしたが、壷にも値打ちを見つけてくれる人が居る様で、それでシャボンが売れるなら困る人はいない理屈です。

坂本さんが長崎に行ったときに先生の紹介で逢った、大浦屋さんのお慶さんが話の相性がよくて「おまんさんもきっと気が合うお人ぜよ」というので一度はお会いしたいと考えて居ります。

25日に江戸に用事が出来て、笹岡さんと打ち合わせて千代に手代をつけて佐久間町に行かせるときに、浅草瓦町の鮒佐で浅利と小エビもしくは川えびの佃煮を買う様に頼みました、いつもおつねさんに作ってもらうような甘辛く煮付けたものを頼みました。

しかしながら今日帰ってきて言うには「塩煮の小魚がありましたが、旦那が食べているような醤油の甘辛いやつは扱っていないそうです」

「ほんとかよ、まいったな自分でこしらえなきゃ駄目かよ、誰かにやらせるにしても最初は巧くできねえしな」

「そう、いうと思っておつねさんに言って蛤のを作ってもらいやしたぜ」

「バカやろう、最初からだせよ、気を持たせるなよ」

「もうひとつ話がありやしてね、余分につくってもらい、鮒佐に持ち込んで、小エビとあさりか川海老で作ってくれませんかというと、食べてくれてこういう味は初めてだがやってみましょうと請け合ってくれました」

「そいつは気が聞くじゃねえか、いつごろに食べられるか楽しみだ」

「出来次第佐久間町に届けてくれるそうで、其処から早で来ればすぐに着くでござんすよ、それからこれは福井町からの手紙」

「何だよそりゃ、いやに含みが有るような言い方しゃがって、なに笑ってんだ」

「ヘヘッ旦那そりゃ無いでしょ、かつ弥さんだって今度はいつ来ますなんて聞いていましたぜ」

「そりゃお前、横浜から何か買ってこいという謎だろうに」

「そうしときやしょう」

「何だへんなやつだ、ほかに何か有るのか」

「いや何も」

どうにも千代までへんにかんぐりを入れて困る、寅吉でした。

   
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