酔芙蓉 第二巻 野毛


 

第七部-3 野毛 6

クリスマス・公使館・伝習・木挽町・泉岳寺・乾パン

 根岸和津矢(阿井一矢)


        

 ・ クリスマス

昨晩のシャンペンが残っているらしく寅吉は頭が重かった。

居留地のホテルでウィリーのおごりでシャンパンにワインが出て、ウィンザーハウスでのイブの夜を過ごしたが呑み過ぎたらしく、ピカルディの部屋に戻るのさえやっとだった。

ライオネルも最近はレオンと皆に呼ばれて親しみが沸き彼の料理を目当てにこられる方も増えてきました、プリュインさんも「こんな美味いものがニューヨークに帰っても食えるか不安だ」などといってレオンを喜ばせていました。

鴨肉に鱸そして牛肉の煮込み料理と出て野菜に果物も豊富に取り揃えてありました、サトウも来て盛んに飲み食いして「これで会費が1ドルは安い」と大満足でした。

ジャーディン・マセソン商会(横浜、英一)のウィリアム・ケズウィック氏やウォルシュ・ホール商会(横浜、亜米一)からフランクとウォルシュ氏も参加して10人での会食は有意義なものでした。

204番の孤児達にプレゼントを大量に下さったお礼を寅吉が代表して申し上げて、参加者は此れからの援助の約束もしてくださいました。

アルとスジャンヌが山手と北方にプレゼントを届けてくれてその報告を皆に披露して「今23人の孤児がいますが、養子に欲しいという人もいてマドモアゼル・ノエルもどうしょうかお考えになっています」

「相手の生活と家族構成を調べないと、ていのいい使用人にされる危険が有るからよく考えてからお渡ししたほうがよい」クラーク氏が心配そうにつぶやきました。

ケズウィック氏やプリュインさんもその意見ですし、フランシス・ホール(フランク)、トマス・ウォルシュの二人もそのことを心配だという意見です。

サトウが「WH・スミス氏はどうだろう、ユナイテッドクラブの支配人さ」

「彼ならうってつけだな、孤児たちの面倒も此処のカーチスと共によく見に行ってくれているし情報通と言う事では寅吉に負けないくらいだからな」

「私も賛成です、ここも人間がどんどん増えてきましたから、孤児達は増える事があっても減る事がない様子ですし、親として育ていただけるのでしたら結構なことで御座います」

寅吉もスミス氏が引き受けて呉れれば安心できると考えていると「いいだろう私が彼にあって頼んでみよう」ブキャナンさんがそのお役目を引き受けてくださいました、親子ともどもそのような厄介な頼まれごとの好きな家族で御座います。

二日酔いの寅吉は冷たい水をがぶがぶとのみようやくはっきりして来た頭で昨晩のことを考えて見たのだった。

奥の席にいたメリヤスお梶さんとカション神父が寅吉に「明日会いたいのだが学校のほうに1時に来てくれ」確かそう約束したことを思い出した「何の用事があるというのだろう、俺にいまさら用があるといったって卯三郎さんのフランス行きのことかそんなことくらいしか思い浮かばないぞ」寅吉は自問自答していたが諦めてまた一眠りするのだった。

神父に似ず酒は飲むわ女は好きだという破壊坊主くらいにしか伝わらないカション神父はあまり付き合いたくない人物でした。

野毛に出てその日の連絡事項など確認して弁天まで出てフランス語伝習所に入ったのが12時30分少し早いので馬小屋を覗いてみました。

顔見知りの役人や馬丁と時間まで話してから教室に向かいました。

教官室で神父から孤児たちのことで質問を受けました。

「出遅れたがわが国の者が面倒を見ているのだから私達も支援をすることにした、なにが必要かいってみたまえ」

「今特に困ったことは起きていませんが、将来のために後一棟の家を建てておきたいと考えています、働くものの宿舎と乳児のための家です」

「そうか、其れは私たちとロッシュ公使で引き受けた困った事があれば何でもいってきてくれ、それでいくらくらい掛かる予定なのだ」

「250両ほど掛かる予定です」

「よしでは27日に公使館に来てくれ用意させておく」

公使と同じく尊大な言い方ですが真心はある方のようでした、何はともあれよいことで寅吉は安心致しました。

帰りにまた馬小屋により根岸に来たサラブレッドの話しなどや競馬のことなど話してから野毛に戻る寅吉でした。

翌日クリスマスの贈り物として仏蘭西からも孤児に資金の提供が有ると言う事をミスノエルとミスベアトリスに便へに出掛けました、二人も大層喜び「北方の人たちも此方で一緒に面倒を見てくださらないでしょうか」という話をされるので「お怜さんと相談して建物が充実しましたら出来るだけそういたしましょう」とお約束いたしました。

 

 ・ 公使館

神父との約束した時間に寅吉はアルに通訳をたのんで公使館まで出向きました。

来意を伝えると公使がじきじきに広間まで出てきてくださり「カション神父から話は聞いている、受け取りにサインをしてくれれば早速に金を会計が出す」

ややこしい話も無くすんなりとお金が下げ渡されました。

お礼をこもごも申し上げ「孤児たちのための家に有効に使わせていただきます」とお約束を致しました。

今度はアルと入れ替わりにスジャンヌが附いて寅吉と129番まで出向きました。

「お金を頂いてきました、それでいつものようにクラークさんに預けておきますがこれは新しい建物建築用に別の帳面にしておきます」

「いつもご苦労様です、Clarkさんにもよろしくお便へください」

ミスノエルがそのようにおっしゃられ家の見取り図を見ながら「これだけ広い家があれば子供達も雨でも遊び場に困りませんのでよいことです」

出来るだけ平屋で建ててほしいとのお二人の要望を取り入れた建物は採光にも工夫された明るい家になる予定でした。

スジャンヌも交えて女の目でみた家の使い易さを主体に考えて、手直しが必要なところに筆を入れてワトソンさんに持っていくことになりました。

リンダがキャベツを持ってきてまた女たちの長話が始まりましたが、寅吉はあきずに其の話を聞いて居ります、家のこと旦那の事はては馬のことまで一通り話してやっと腰をあげてくれました。

石川村の畑に寄ってスジャンヌからサツマイモをしょわされて元町の店に戻る寅吉に、スジャンヌが「旦那もそうしてると使用人が異人のお供で買い出しに来た見たいよ」

「よせよ使用人が聞いてあきれるぜ、お供ならもっとしおらしくあとからついて歩いてるさ、奥様と並んで籠をしょってるわけが無いだろう」

「そりゃそうね、そのかっこうを写真にとって飾りたいくらい似合ってるわよ」

「よく言うよ、カーチスなんぞこの格好で馬に乗ってるぜ」

「アルもたまにやってるわよ」

「本当かよ、そりゃ三人揃って記念に写真に納まらなきゃいけねえな」

そんな話をして歩くうちに元町にあっという間についてしまいました。

籠を下ろし前田橋からクラークさんの店に寄って金を預け「フランス政府とカション神父から孤児たちへのクリスマスプレゼントで新しい家を作る金を頂戴いたしました、家の建築が済んだらこの金で払ってください」

「ホオあの吝親父たちがよく金を出したな、あの晩にコタさんを呼んでいたのはそんな話があるからだったのか、しかしいい事が続いて孤児達も幸せだ」

「先ほど孤児の家でリンダにも会いましたが、そんなことを矢張り言っていました」

「そうか、あの子も前と違いすっかり働き者に為りよった、これもコタさんのところで働いたおかげだ、感謝してるぜ」

「イエイエ私よりウィリーに感謝してくださいよ、彼があんなに良く働けるのもリンダのおかげと私は思っていますから、いい夫婦で御座いますよ」

「ありがとうよ、婿も娘も君には感謝してるが、わしだって家内も同じ気持ちさ。あれの弟も最近は遊びよりも勉強と仕事にと力をそぐようになって、わしゃ安泰さ」

「ホリーはいい子ですわよ」

「スジャンヌありがとうよ、まだ子供は出来ないのか」

「まだですわよ、あせらず授かり者ですからそのうちにね」

「そうだな、孫の顔を早く見たいなんてわしも年をとったもんさ」

Clarkさんも親ばかに変わりないようでそのような話をスジャンヌと暫く続けて居りました。

寅吉は店の前でスジャンヌと別れ野毛に戻りその日の仕事の連絡を受けて居りました、幸助からの連絡では坂本さんは大坂にも現れたりと西国諸国を精力的に飛び回っているそうです。

二代目が何の連絡も無く野毛に現れました。

「どうなされました、仕事ですか遊びですか」

「済みませんが今晩泊めてくだされ、急の事で金も持たずに飛び出してきたもので」

「其れはよろしいですよ、では此方においでください」

とらやのほうに案内してお松津さんに客間に案内してもらい風呂に入ってもらいました。

食事の支度と酒を用意して二人で食べながら事情を話すまで待つまでも無くポツリポツリと話し出してくださいました。

「俺の体の弱いことや、気の弱いのは承知でしょうが、安藤の母から子が出来ないのはお前さんのせいだとまで日ごろから言われていた鬱憤が爆発して離縁状を書いて家を出てきました」

「それで横浜で仕事をなさいますか」

「俺には絵を描くぐらいしか能が無いよ」

「其れは何か仕事を此方が見つけるまで気ままに絵を描いていてください、必ず二代目の気に入る絵の仕事を見つけてご覧に入れますよ」

「すまん、それから二代目は返上してきた歩きながら考えたが喜斎立祥としたから、きさいと呼んでくださいよ」

「きさいとはどう書きますか」と字を聞いて書き出して「喜ぶは良いですね鬼かと思いましたぜ」

「鬼の鬼才とまで俺の腕は良くねえから自分で喜んでるあたりが落ちさ」

「マァ今晩は此処で休んでまた明日ご相談しましょう」

早めに切り上げ、寅太郎さんには手紙を書いて此処で暫く逗留させると知らせることにしました。

翌日の朝一で江戸への連絡に出る新三に横浜物産会社まで出かけて、託してからとらやに戻りました。

朝の挨拶をして茶漬けで軽く済ませると画材に必要なものを買い集めに辰さんを喜斎さんにつけて本町まで行かせました。

「遠慮せずに必要なものは買ってきなせえよ、金が足りなければ辰さんが何とかしますから遠慮は入りませんぜ」

それでも筆などは持って出てきたので足りないものは江戸から取り寄せてくれることにしてきたそうでどうにか必要なものは取り揃える事が出来ました。

瀟洒なウィンザーハウスが気に入ったらしくそれから何日かは角度を変えて色々書いていましたが商館のスケッチを続け横浜物産会社で扱う茶箱に張る絵を描きたいと言い出しました。

「横浜の町を書いて箱に張ればただの茶と書いてあるやつや富士の絵よりは引き立つだろう」

「そうでやすね、何通りか書いてくださいよ、刷り師に言って箱に合わせてすってもらいやしょう、足りない色は後から喜斎さんが乗せれば箱ごとに趣が違って良いかも知れやせん」

こいつは当たりました、おかげで後年喜斎さんは二代目よりも茶箱広重といわれるほどイギリスやアメリカで有名になりました。

今まで箱だけの注文が多かったのが絵のおかげで絵付での注文で大忙しになるほどでございました。

 

 ・ 伝習

富田先生から一人の若者を紹介されました、寅吉より3才ほども年上でしょうか血気盛んな意気込んだお人でした。

仙台の人だそうで星恂太郎と言われるそうです。

矢張り攘夷のむなしさを知り江戸で兵学砲術を学んでいたそうですが此処横浜で実際の武器や弾薬の扱いを学びたいという話でした。

「彦さん、このお人をハード商会で働けるように紹介してくれませんか」

「コタさんお前さん直接、ヴァンリードさんに頼めば良いのによ」

「マァそういわずに吟香さんにでもたのんでくれても良いからお願いしますよ」

「仕方ねえなぁ、お前さんも一緒に来いよ」

結局吟香さんも呼び出して4人でお茶を飲みながらハード商会のことを話し合いました。

「言葉はまだ不自由ですがよろしくお願いいたします」

礼儀正しくこう頼まれれば吟香さんも彦さんもいやとは言えずハード商会までヴァンリードさんを尋ねて働けるように段取りを組んでくれるのでした。

ハード商会に行くと大鳥先生が来て居られましたのでそれぞれを紹介の後、星さんを働かせてくれるようにお頼みいたしました。

「良いだろう、だがうちは仕事がきついよそれでもいいかい」

「ハイよろしくお願いいたします」

「よしでは、寅吉が身元引き受けで良いな」

「其れで結構で御座います、よろしくお願いいたします」

あまり付き合いたくないハード商会と、これで借りが出来てしまった寅吉ですが其れは其れで仕方の無いことでした。

星さんはヴァンリードさんに託して今度は大鳥様と4人連れで中川屋さんに出向いて昼を食べることに致しました。

「此処の主人は氷を仕入れに函館に行ったというのは本当ですか」

彦さんが聞くので吟香さんが「ホラ、へボン先生たちの後押しもあって今頃は函館で震えながら何処で氷を切り出せるか歩き回ってる頃さ」

「蝦夷地の冬は寒いそうだ、今頃苦労してるだろう」

大鳥様と吟香さんが代わる代わるそのように言うので彦さんは「聞いてるだけで寒気がする」と言い出す始末で御座いました。

今年、大鳥様は開成所の教授から歩兵差図役勤方に取り立てられ幕臣となられており最近は洋式調練の指図のために忙しく江戸と横浜を行き来しておられました。

「五稜郭を知っているか」大鳥様が寅吉たちに聞くと、吟香さんが「洋式の城郭だそうですがどのような城なのですか」

「俺も見た事が無いのだが、銃での攻撃に対処できるように星型に出城を組み合わせた要塞だそうだ、今までの城とは違う作りだそうだぜ、寅吉はどう思う」

「そうですね、問題は冬の間の補給でしょうか、守にしても攻めるにしても冬の間の城外からの大砲による砲撃に耐えられるでしょうか」

「問題は其れだな、俺が指揮して攻撃するなら突撃はせずに攻城砲をそろえて打ち込むな」

「しかしですね其れに対する備えを考えて作られているのではないのですか」

吟香さんが鍋をつつきながらそうたずねました、大鳥様は普段から吟香さんと議論される事が多く今日も白熱した話になるのでした。

「城の外に函館山があるから其処に陣地を造って砲を揃えるしかないだろう、しかし其処をとられてしまうと攻撃から守る手立てがなくなるから考えどころは其処だろうな、しかしイギリスの教官はいくら質問しても攻城戦の話を真剣に教えないので困り者さ」

「最近仏蘭西がその手の伝習の教官を送るという噂が有りますが」

「そうかこの横浜では何でも筒抜けだな、しかし阿蘭陀、英吉利、仏蘭西と猫の目のように伝習が変わっていては兵の躾けひとつ満足に出来やしないさ」

「大鳥先生、今海軍は阿蘭陀伝習一本ですが、英吉利が幕府の海軍伝習を引き受けたいとの風聞がありますがご存知ですか」

彦さんが今横浜でささやかれているパークス公使周辺から漏れている情報を話して大鳥先生の注意を促しています。

「今阿蘭陀に榎本さんを筆頭に海軍伝習の教えを請いに入っているが、矢張り阿蘭陀では時代遅れになってきているのか、コタさんはどう思っているんだ」

「スペイン、フランスと打ち破ってからのイギリスは無敵でしょう、ただ今の船の力では陸軍ほどの調練に差は出ないと思います」

「そうか、小栗様たちが自分たちで海軍を育てなければいかんというのはその辺りのことなのかな」

「左様で御座いましょう、全ての艦船が蒸気だけで動くようになれば造船技術にすぐれた国が優位に立つでしょう、そのときスチールの船を作れる仏蘭西や英吉利と亜米利加がその先頭に建つと思われます」

「今の国情では英吉利と亜米利加に海軍伝習に行かせるだけの力が無いかもしれん、仏蘭西も小栗様が考えているらしいがどうも時代に後れだしているらしい。陸軍も私が教えている生徒でも旗本御家人の子弟では根性がたらんよ、俺のような小男にさえ太刀打ちできん根性無しではどうにもならん、鉄砲を担いで10丁も走れば息切れしていては外国の軍隊と太刀打ちなどできんよ、そのくせ気位は高いし何異人どもは刀の錆にしてくれるなど意気込むだけでは仕方ない」

「先生、声が高いですよ」

「いいんだよ、こんなことで俺を切ろうなどという根性が有れば見っけものだ、蕃所の英学教授で今年阿蘭陀から帰国して、俺と同じように御取り立てになった西周という人などもう阿蘭陀も行き詰まりだと言っていたよ、榎本さんはあと一年向こうで勉強して注文してある船と帰国するそうだ」

「しかしながらその船も木造船との噂ですが本当でしょうか」

「そうらしい、今は鋼鉄艦が主力になろうというのにまだ阿蘭陀では出来ないらしいコタさんは知ってるようだな」

「今は装鉄と言って木造にスチールを張ったものです、仏蘭西や英吉利と亜米利加では作られだして居りますよ、ただ値段が40万ドルほどいたします」

「重すぎて船の速度が出ないのじゃないのかい」

彦さんは昔の事が頭をよぎるのかそう聞きますが「戦国の時代に信長公がつくらせたのは帆船で櫓でこぐ舟でしたが機関がよければそのようなことはないはずです、ただ700トンから1200トンは無いとそれだけの機関を積む事が出来ないでしょう」

「そうか、そんなに大きいのかい」

「今でも700トン級1000トン級の船はこの横浜にも来ますからすぐ2000トン級の船が数が増えますよ」

「歩兵も旧式の銃では突撃に弱いから新式の銃装にしないといけないな、長州に向かう部隊は新式の兵装の部隊に出動が掛からないそうだ、そんなことで勝てるなど慶喜公は本気で考えているのだろうかと思うと心配だよ」

「この前のように葵のご紋を見れば恐れ入ると本気で考えているんじゃありませんか」

「そうかもしれんな、しかし今度はそうは行かないだろう、何でも高杉東行というのが指揮を取って洋式調練をしているそうだ、俺のような下っ端はそのようなことに敏感だがお偉方には時代が急変しているのがわからないのさ」

お酒も入り議論は白熱いたしました、矢張り幕府の中にも無理なことは無理と言う事がわかる人たちが多く居られる事が伝わる宵でございました。

「話は変わるがコタさんよう、生糸が来年入りにくくなるというのは本当かい」

「そうだろな、今年売り込みに逸り過ぎて蚕卵紙を多量に売るからいけねえのさ」

「それだけで足りなくなるのか」

大鳥様も気になるかそのように質問をされます。

「それだけとは言い切れませんが、来年は不作でござんしょう、冷害と水不足が予想されます」

「では相場を張るなら大もうけが出来るぞ」

「其れが予想道理いけばでござんしょう、そう巧くいかないのが相場で御座いますよ、予測は出来てもそのように行くとは限らないのが天候と相場で御座います」

4人で話も弾み、鍋も空になりビールも飲み終わりましたが暫く放談してから散会いたしました。

大鳥様と二人でぶらぶらと土手を歩きながら最近港崎で歌われ出したこんな唄を二人で口ずさみながら歩きました。

♪ 野毛の山からノーエ 野毛の山からノーエ えー野毛のサイサイ 

山からあ〜 異人館を見れば

お鉄砲かついでノーエ お鉄砲かついでノーエ えーお鉄砲サイサイ 

かついで〜 小隊すすめ  

 おつぴきひやらりこノーエ ちいちがたかつてノーエ

 ちいちがサイサイたかつて おつぴきひやらりこノーエ

ついには二人で大声を張り上げて何度も歌いながら吉田町に出て大鳥様は宿舎に戻られました、寅吉は横浜物産会社で橋本さんから情勢を聞いてから寝に戻ることにしました。

 

 ・ 木挽町 

江戸に出ていた寅吉は、由松から昨年の会計の締めと家に掛かった費用などの話を聞きながらおつねさんが作った七草の粥と小魚の佃煮で昼を取っていた。

「昨年は家に金を掛けたわりに金が大分残ったんだな」

「寅さん、お前さん芸者屋をだそうと考えているんだって」

「アアもうその話は本決まりになりそうだぜ、深川と同じで今はまだ遊び場が少ないがこれから築地の周りに居留地も出来るし、土地は木挽町六丁目に淀屋さんと一緒に手に入れたからよ、先取りしといて損はないだろう」

「さうかいもとの森田座のあったところの近くになるのかねえ、それで向こうはたか吉にやらせるとしても、こっちは誰にやらせるんだよ」

「まだ其れは考えていないが、きみ香あたりはどうだろうか」

「そうだねぇ、あの子もいつまでもお座敷に出しているより芸者屋の一軒でも持たせてやりたいねえ、でも旦那がいなくちゃよくないだろう」

「其れさ、きみ香が旦那を持つ気があるか今度聞いてみるか」

「寅さんが旦那になりゃ良いじゃねえか」

「金主だけならいいが旦那というわけにも行くまいよ」

「旦那だからといって別におめかけにしなくたっていいだろうさ、初音やと同じようにすれば良いじゃあないか」

「そうかそういう手もあるか、よく話し合ってみよう」

小松崎さんがこられて二人で赤坂に向かいました。

「どうだい商売はうまく行っているのかよ」

「ハイ順調で御座いますよ、最近は報告を聞くだけですんで自分が動かなくてもよく、挨拶回り位で楽なもんです」

「いいご身分だ、わしのほうは相変わらず独楽鼠のように雑用ばかり多くて大変だぜ、国許も長州に兵をだせと言われても軍備もママならず大騒ぎさ」

「鉄砲の数が足りませんか」

「そうだよ、旧式の火縄銃まで持ち出そう何ぞ、馬鹿らしくて話にならんよ」

「ハハ其れは良いですね、軍備は金が掛かりますからいい加減な銃を買うと損をしますぜ」

「ブンソウもそういっていたな、元込め銃でバンバン撃たれちゃいくら刀で立ち向かっても長続きはせんな」

「そうですね、相手が五丁も先から打ち込んできちゃ、走りこむ間に相当の犠牲が出ますぜ」

「大砲もないし、わが藩はいまだ旧式さ」

「船と大砲に銃では10万両ほども掛かりますか」

「そんな六万石しかないわが藩に金などないよ、稼いでも稼いでも消えていくばかりさ、コタさんに売ってもらう儲けもあっという間に消えてしまい会計方は頭が痛いよ」

「勝先生に相談して何かよい手がないか相談しましょうぜ、生糸に茶が一番儲かりますがどちらもあまりやられてないから、後は蝋くらいで御座いますか」

「そうだよな、コタさんがやれといった商売は今のところ当たっているがそれでも会計に入るのはせいぜい年に壱万両くらいさ、後は生産者と間に入り込む商人にわたるから国許は潤って入るのだろうが」

「殿様はお若いからよい御家来方がご指導してくだされば大丈夫ですよ」

「そうなればよいが、コタさんが言うように薩摩についていけば大丈夫というのは本当かい」

「そうですよ、あそこは信頼すれば必ず報いてくれますよ」

そんなうち明け話をしながら先生のお屋敷について、裏口から周り新年の挨拶を致しました。

「こらこら閉門の家にのこのこ来てはお殿様に迷惑だろう」

笑いながらそんなことを言う先生は健康そうでした、小鹿さんは体が丈夫でなさそうですがそれでも富田先生が勉強の手伝いをしてくださり最近は英吉利も始めたそうです。

「お久に子が生まれて梅太郎と名づけたよ」

少し恥ずかしそうに先生はそういわれました。

「おめでとう御座います、此方にはお呼びにならないのですか」

「今のお江戸に来てもいいことなどないさ、何しろ閉門中だからな」

そうは言いますが門を閉めているだけでその後なんのお呼び出しもないのは、お咎めもないのではないのでしょうか。

「しかし坂本さんはどこへでも行かれますが大丈夫なんでしょうかね」

タアさんも情報は入るらしく今はどの辺りで活動しているか詳しくは知らずとも藩のところに情報は流れてくるようです。

「あいつは薩摩と長州をくっつけようとしているから、京にも行くし長崎にも商売の指揮を取りに行くしと神出鬼没だぁな」

「しかしそうなると薩摩が動かないと長州征伐なぞ出来ませんよ」

「バカァいうなよ、出来ないのじゃなくてやる気がないのさ、やるぞやるぞと脅せば恐れ入ると踏んでいて、声ばかりだして動こうとしないからだよ、幕府の海軍を集結して海岸線から下関と萩を砲撃すれば3日で片が付くさ、天子の勅命と幕府の威光で恐れ入ると踏んでいる慶喜公の側近にはそんなことも気がつかねえのさ」

「なぜやらないのでしょう、先生ならそうしますか」

「そりゃ、将軍家がお前に指揮を任せると仰せならいっぺんに片を付けるさ、しかし俺に全権を任せると勝はなにをするかわからんから危険だというやつがいてそういうことにはならねえよ」

「大久保様が京に召しだされたそうですが」

「あの人もまた貧乏くじを引かされたものさ、今出て行っても慶喜公には使い切れるものじゃねえからなにを言っても取り上げては呉ねえだろう」

その話から前に将軍家が辞表を出されたときの話となりました。

「あの時大久保様や春嶽公ならそのまま提出して、天子の親政としてしまい一大名として政治に参加すれば苦労なぞないものを、慶喜公やその側近が自分たちの都合でひっかき回すから、よけいややこしくなるのさ、将軍家がおかわいそうでならねえよ」

夜の食事を一緒に頂き、奥様やお子様たちと横浜の話しなどしているうちに夜も更けてきて寒い中を帰るのも面倒でそのまま泊まることにしました。

「タアさんは帰らなくてもいいのですか」

「俺は今晩泊まりだといって出てきたから大丈夫だよ、お前さんこそ平気なのかよ」

「何私のほうは連絡がなくてもどこかで引っかかっているという風に思って用事があれば朝にでも誰か探しに来るでしょう」

「あきれた旦那だ、それならおらが国さの行く末でも話すことにして相談に乗ってくれ」

二人は書生部屋で布団に入って語り合うのでした。

 

 ・ 泉岳寺

この日縛りつくような寒さの中、横浜に来た大山弥助さんと供に千代を連れて江戸に出てきた寅吉は三人で泉岳寺にパークス公使を尋ねました。

忙しい公使は江戸、横浜、大阪と飛び回って居りましたが10日に江戸にいるから泉岳寺に朝来るように連絡が来たものです、此方の都合などお構い無しはいつものことでございます。

泉岳寺で二人には待っていてもらい公使に面会しました。

「寅吉は坂本と仲が良いそうだが襲撃されたことを知っているか」

「寺田屋で襲われてピストルを撃ちながら逃げて薩摩藩邸にかくまわれたところまでは一昨日連絡がありました」

「君は本当に情報が早いな、私のところに情報が届いた日と一緒じゃないか」

「留守居役の大山様のご子息が横浜にこられた時に手紙を持参してくださいました、それと大坂の出張所からも一報が届きました」

「驚いたなさすが情報を売り物にするだけの事はあるな、それで薩摩と長州が手を結んだことはしっているか」

寅吉は今月の朔日に先生にそのことをお聞きしましたが「坂本さんが仲を取り持って先月手を結んだらしう御座います」とぼかして話しました。

「そうか、そうすると薩摩は長州に兵はださないということか」

「はいそうなると存じます」

「幕府は困ろうな、それでこの戦はどうなると読んでいる」

「夏までは解決は難しいと思われますが、将軍家が乗り気ではないので慶喜公が朝廷の力を持って将軍家を進発させようと為さるでしょう」

「では大君よりも慶喜公が長州征伐に乗り気なのか」

「むしろ天子が慶喜公の後押しをしていると考えたほうが当たっていると考えられます」

「そんなに皇帝は長州が嫌いか」

「嫌いというより自分に向けて反乱した者をそのままにしておけぬとお考えで、憎しみとは違うと存じます、其れに乗じて長州を取り潰して幕府の力を誇示したいと慶喜公の側近が画策して混乱を引き起こしているのではないかと心配でございます」

「よくわからん情勢だな、そんな状態で薩摩や長州が幕府を倒しても皇帝が長州を嫌いではうまく行かないだろう」

「左様で御座います、今年一杯混乱が続いてその後収まるところに収まるというのが日本人だとお考えください」

「この国の人間はよくわからんな、そんなに嫌いあっているのに収まると寅吉は考えているのか」

「すぐに収まるということではないでしょうが、必ず譲歩をするように間に入るものが出て来るでしょう、天子が無理を押し付けなければ混乱はすぐ収まるはずです」

「皇帝が交代するとどうなる」

「其れは難しい問題です、新しい天子が今の太子だとするとまだ幼いので補佐をされる方の力次第になるでしょう」

「暫く傍観しないといかんか、幕府に力を貸すと混乱が続くと予測したが無理押しはいかんな、仏蘭西が無理押しして幕府の後押しをしすぎるようだが寅吉はどう思う」

「ロッシュ公使は騒乱に乗じて自国の優位を誇示したいのでしょうが、今の仏蘭西皇帝には其れを許すだけの軍隊を送る余裕はないでしょう」

「ということは調練の教官くらいしか送ってこないということか、では此方と余り変わらんな、其れで寅吉はどちらが勝てば良いと考えているんだ」

「私は今のままでも変化があっても町人が困らぬ世になるならそれが良いと考えています、しかしいつでも権力者は庶民のことを気にしてくれないことが多いのです、金持ちは金を持たぬ者をうとい、家柄のよいものは身分の低いものを蔑みます、それではよい国となりえません、上のもの下のものが力をあわせるすみよい世になることを望んで居ります」

「寅吉は出世をしたいとは考えたことはないのか」

「私は私と共に働く人々と共にそのひその日を懸命に生き抜くだけを考えて居ります」

「そうか、寅吉なら出世も金儲けも思いのままと思ったがそういう気持ちだったのか、それではわが国が騒乱のもとを日本に押し付ければ攘夷論者にもなりかねんな」

「まさかそんなこともありませんよ」

「イヤイヤ、こわい男だよお前さんはな、ところで三人で来たそうだが」

yes、一人は私の使用人で千代といいます、後は今度の手紙を届けてくれた大山弥助さんといい薩摩の方です」

「オオ知ってるぞ、京の留守居役の息子で薩摩の切れ者だそうじゃないか、遠慮しないで二人を連れておいで、サトウ二人を案内してきてくれないか」

アーネストが待っている二人を連れて来てくれて公使に挨拶をして話を暫くしてから泉岳寺を辞去いたしました。

今回は三田の薩摩屋敷に到着の連絡をしただけで、江戸で寅吉と各所を回る約束で御座いました。

1日に訪れたばかりの元氷川の先生のお屋敷は静かで御座いました、裏から入って先生の居間までで庭伝いに入り寝転んで本を読んでいる先生に弥助さんを紹介いたしました。

「オオ、オオ話は聞いてるよ、砲術も学問も優れた意見と見識をもたれているそうじゃねえか」

話は薩長同盟の話から坂本さんの遭難に及び「そうか危ないところだったな、しかし無事でよかった」と大層お喜びで御座いました。

「先生、新撰組は本気で坂本さんを追い詰める気はないようですね」

「そうさ、近藤達は勤皇佐幕思想といっても、浪士の取締をしろといわれて取り締まっているが本心は似非勤皇の人間を嫌っているのさ、本当の勤皇志士に手はださねえから見廻組なんぞまたも持ち出そうとしてるやつがいるのさ」

「そうしもすと新撰組は世に言われとうほど、誰にでん牙を向くわけほいならなかですか」

弥助さんは信じられないようです。

「だがな長州みたいに御所に鉄砲を撃ちかけるところには本気で立ち向かうぜ、後で恨みを買うのは皆新撰組と会津の容保公さ」

その後日暮れまで様々なことを話してくださいました、寝転んでいても先生の下には相談事やらで訪れる人も多く世間のことをよくご存知で御座います。

「しかし饅頭屋め逸ってあたら惜しい人間を死なせてしまったぜ、龍馬も困るだろうなぁ」

この時代生きていればお役に立つ人間の多くを失う事が多く、国のために残念なことでございます。

夜になり神田まで歩くよりと、食事を出していただき先生のところに泊まりこんで弥助さんから西郷先生や弟の吉次郎さん信吾さんのことをお聞きしました。

信吾さんは天保14年生まれだそうで寅吉と同い年だそうです、弥助さんは前年の生まれでひとつ上だそうです。

「西郷ドンは兄弟がずんばいて苦労されたが一番したのがもう17才になってこん男はなかなかの男前でごわすぞ、頭も切れてよか男でな」

小兵衛さんといわれるそうですがこの弥助さんからも期待されるほどの人物ということは一門の誉れとなる素質ありということなのでしょう。

弥助さんは2年程前には江川塾で砲術を学んでいたそうで江戸には1年ほどいたそうです、なんと大鳥様の教え子だったそうで、人と人との繋がりもあるもので御座います。

「なんだコタさぁは大鳥先生と知い合いなのか、それで先生は今いけんなされとう、わしは今大阪にいう事がずんばいて、たまに横浜に来ても江戸までなかなかこられんごっでお目にかかれんごっのさ」

「大鳥様はお旗本に取り立てられまして、今は歩兵差図役頭取勤を勤めておられます、横浜と江戸を行き来されていますので横浜には月に10日ほどは居られますから私の方においでになれば連絡はすぐに付きますぜ」

「ぜひあって話をしたかものだ、そよかけなぁ今は立場が違いすぎうかな」

「イヤ大鳥様はそんなことお気にしませんよ、それよりこのままでいくと将軍家は行き詰まりでしょうね」

「そうだな、西郷先生は一気に幕府を倒すのは無理ほいならっで屋台骨をゆすってぐらぐらさすっといって居られうから時間は掛かいそうだ」

「いいんですか私にそんなことまで話して」

「かまわんさ、いけんせ腐った幕府に何も出来やせんさ」

寅吉も勝先生のこともあり家茂公が歴史より長く生きておられれば何か違う展開があろうかと考えることもありましたが、矢張りジジがいっていたように、慶喜公が自分本位の我が儘が通るという快感に酔いしれているうちに、歴史の流れに押し流されたという言葉が思い出されるのでした。


乾パン 

この日桜が咲いているのに遅霜が降りるという寒い朝だった。

三分咲きの桜も凍りつくようだったがそれでも陽が差して暫くすると春らしく暖かくなり霜が溶けて道がぬかるむ中寅吉は地蔵坂を春と登っていた。

新しい育児室もほぼ完成していて仕上げに何人かの大工が忙しく立ち働いていました、愛玉、聖玉の姉妹も子供達に囲まれ遊んでいる様子に寅吉は幸せな子供達に見えて安心するのだった。

「どうしたい二人とも今日は仕事に行かないのかよ」

「イヤだコタさんまだ朝が早いから聖玉も後1時間は余裕がありますわ」

「そうかまだ8時には間があるか、マドモアゼルノエルはどこに居られますか」

「朝の支度にミチと台所ですよ、最近はお味噌汁の作り方もお上手になったということですよ」

「そうか、子供達に自分たちと同じ食事をさせるより自分たちが子供と同じものを食べられるようにと優しい気持ちがそうさせているのだろうな」

二人のマドモアゼルに簡単に挨拶をしてから、寅吉と春は桜道に出て桜が咲き始めた道をたどって妙香寺台から北方に抜けるのだった。

牛の肥育状態を見て管理のよさを褒めて、カーチスの畑に上がると丁度ウィリーとリンダが収穫にきていたところに出会いました。

「ヤァ大分ゆっくりとしてるじゃねえか」

「コタさんが遅いんだよ、俺たちは石川村の方を終えてこっちに来たんだぜ、今集めているのは小松菜にニンジンだよ、霜が降りたので急いで今日中に収穫してしまうことにしたんだ、向こうではまだ何人か小松菜とキャベツを集めてるよ」

「だから桜のつぼみが付いたら注意しろといったろう、だが一度霜に当たったくらいのほうが旨みを増すと聞いた事があるから良いかも知れねえな」

「ホンとかよ朱さんが物知りだから、ホテルに行くときに聞いて見るかな」

「そうしなよ、俺の情報のでどこも朱さんだから詳しい話が聞けるだろうぜ」

山を降りて元町に着いたのは11時頃、蝦夷地から帰った嘉兵衛さんと約束の時間に少し余裕がありました。

「体が温まるから飲んでみなよ」

嘉兵衛さんが函館で覚えてきたという熱い飲み物は甘いワインという感じの飲み物でした。

「プンチュ (Punsch)というんだぜ、ラムと茶を混ぜて砂糖やすだちを絞り込んでみたんだ、むこうは寒いからこれをのんで身体を温めるんだぜ」

「なかなか良いもんですね、もっと寒い時なら何杯でもいけますね」

春は大分気に入ったようでお替りを頂いています、寅吉はワインで造られたパンチかホットパンチに似ていると感じました。

「美味いからと言って油断するなよ、なんせ半分はラムなんだから足をとられるぜ」

「では惜しいけど2杯で止めておきます、今度自分で造って見ますよ、分量を教えてくれませんか」

「良いよ、紙をだして書いて置けよ、ラムを2合に茶を2合これにサトウを20匁入れて熱くなるまで鍋で温めてからすだちかゆずを半分から一個くらい絞り込むんだ、蜂蜜を入れるやつも居るそうだが甘くなりすぎて俺は好きじゃねえな、生姜を入れると寒い時にはよく効くそうだ」

「それでどのくらいまで熱くすればいいんです」

「今飲んでいるのは少しさめかかってるからもう少し熱くしても良いそうだ、沸騰する前に火から降ろすのがコツだそうだぜ」

もう一度作ろうと材料を集めてきて目の前で小鍋に分量を量って造ってくれました。

「少し味が濃かったら茶で薄めれば良いさ、コタさんにもらった紅茶を持っていったら其れのほうが美味いと言うのでロシアの商人には喜ばれたぜ」

せっかく作ったからとみなで一杯ずつ飲み干すとさすがによいが回ってきました。

「ところでコタさんよ、お前さんのところの兵吉さんを独立させたんだって」

「前から他のものにもいっていたがやっと第一号の独立者が出てくれたよ、先生の伝で軍艦の乾パンを収めることになったから、その仕事だけでも食っていけるからマァ独立しても困ることにはならないと踏んだのさ」

「そうか俺もパン屋をやろうと思うがどうだろうな」

「自分でやるならどこかで仕事をおぼえないといけねえが職人を雇うかどこで仕入れて売るかなら儲けは少なくても手が掛かる事がなくて楽だろう」

「そうかコタさんが卸してくれるなら小さな店を一軒出してもいいな」

「それなら兵吉から買ってやってくれよ、どのパンがよいかは二人で相談して決めれば難しいことはパルメスさんが教えてくれるよ」

「それなら都合がいいときに紹介してくれよ、俺のほうは今からでも良いぜ」

「春お前余り酔っていなければ、嘉兵衛さんと北仲通の富田屋まで案内してくれないか、少し休んでいくなら時間を約束して出かけてくれ」

「大丈夫ですよ、嘉兵衛さんの都合がよければ出かけましょう」

足元が少しふらつくのはいきなり立ったせいらしくそれでも歩き出す後ろ姿はしゃんとしていました。

後で聞くと嘉兵衛さんと二人ふらふらと兵吉の店にたどり着いたそうです、話もまとまり売り上げに応じて置くパンも増やす約束が出来たそうです。

元町のピカルディにドーナツを出させて庭でお茶をしていると大鳥様と弥助さんがやってきました。

「コタさんよいい思いをしてるな」

「果報でござんしょう、皆様にもいまださせますから此処にお座りください」と椅子を進めました。

ついでにビールも持ち出してきて二人に進め寅吉も付き合うことにしました。

「この弥助が鉄砲を此処で買い集めているということは、俺の見るところ長州に戦いに行くより幕府に向かう時の準備じゃねえかと俺は踏んでるがどう思う」

「其れは剣呑で御座いますね、大鳥様の歩兵は調練は進んでおられますか」

「駄目駄目、あいつらは根性なんぞねえよ、そいつらが士官だなぞ笑わせてくれるよ、いまだに剣を取って戦えば長州の田舎侍なぞ物の数じゃないなど抜かしやがるばかりさ、江戸の道場だって本物の剣士を育成できないところが多いからのう」

「コタさぁ何とかやってくいやんせよ、昨日からこれでいじめられてばかいです、戦うなら今のうちだぞ、仏蘭西から教官と武器が来れば此方の準備が整い其れからでは簡単にいかんぞと煽うで御座おいもすよ」

「ハハ、俺のほうは士官が養成出来たら兵は御家人や旗本でなくで町の臥煙やヤクザでも集めようと思っているんだ、あいつらのほうがよっぽど頼りになるぜ」

「そうしますと給与をきちんとだしませんとあいつらは逃げ出しますぜ」

「其れだな親方のためには火の中水の中というのは話だけで、金が全てだろうが上のものに理解できるか心配なんだよ」

「そうですね新撰組のようなのは失敗じゃないかとまた見廻組を復活させたのがよい例でしょう、あれだって口ほどでもないそうですからね」

「オイオイなんか酔ってるな、いつもと違って過激じゃねえか」

「ハァ先ほどラムの入ったお茶を付き合ったのでビールが酔い覚ましですよ」

「何だ美味そうなのを飲んだみたいだな、俺たちにも飲ませろよ」

「少し甘いですが良いですか」

「酒が入っておるならかまわんさ」

早速材料を集め、店に居たお怜さんに多めに作って貰いました。

ウィリーとリンダが来てとらやのほうに野菜を卸していたので誘うとウィリーが匂いに惹かれてやってきました。

甘味を押さえて作らせた其れは焼酎になれている弥助さんも「美味い」とお替りをするほど美味く出来ていました。

お怜さんがリンダやリサにカレンにと少しずつ飲ませたので大きな鍋がすぐ空になりました。

「もうないのか」弥助さんが惜しそうな顔をするので「ラムを全部使ったので替わりにワインで作るのも甘いくらいで余り変わらないから試してみますか、少し焼酎でも足せばラムに近い味が出るでしょう」

味を試しに来ていた釜吉に聞くと「今朝ほど中川屋さんに買い占められまして、半蔵が今仕入れに言って居りますからもうじき帰るはずです」

「なんだ隣に買い占められたのか仕方ねえワインと焼酎で造ってくれよ」

今度はお怜さんが作るのをリンダが見ていて「ホットパンチみたいね」

「嘉兵衛さんはプンチュと言って居たが国によって名が違うのじゃねえか」

「そうみたいだな、これなら少し茶を多くして甘くすれば女子供のパーティでも出せるだろう」ウィリーはもう商売のことを考えているようでした。

ホットパンチも焼酎で濃くしたぶん口当たりが好いわりに効くらしく弥助さんは大喜びで御座いました。

「ドーナツやパンでこいつを飲むのは病みつきにないそうだ」

今日は御国言葉があまり出ないくらいですがそれでも上機嫌で楽しんでおられました。

「ところでいいものが手に入りましたか」

「そうだなスペンサーが二百丁買えそうだ」

「契約なさいましたか、金額の交渉は大丈夫ですか」

「一丁50ドルだちゅうでそいつは高すぎうちゅうと45ドルまで値下げしたがコタさぁの言う値段よいまだ高そうなで二百丁買うから安くしろといって契約をしなかったよ」

「そうですそうです、じらして相手から値段を切り出すまで待つことです、あそこの大名がほしがっている此方もほしがっているというのがデント商会の手です、スネル兄弟が今プリュインさんの商館の後をついで商売を始めるらしいですからそちらの値段も聞いてみるかな、などと気を引くのも手で御座いますよ、38ドルを切ればまずまずでしょう」

「後3日居うから其れまでにまた寄うとゆて置いたから、そん時が楽しみだ」

交渉ごとを楽しんでおられるらしく焦らないのは良い事でございましょう。

暫く休んでから二人は千鳥足で宿舎に帰るようでご座居ました。

 
   
   

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