項目別バックナンバー[6]:その他情報:2
双子の城下町
題名は津村秀介作の推理小説「飛騨の陥穽」からとっているので、禁断のネタ
ばらしになります。まあ、この部分の面白さは現実の捜査では無いことです
し、この設定を生かした以降の進行が面白い作品ですので了解下さい。
飛騨高山に友人と旅行に行ったときに、私一人が2駅離れた飛騨古川まで足を
伸ばしました。推理小説ファンの現場検証です。ちなみに、高野志穂主人公
のNHKドラマ「さくら」の舞台になった所です。(訪れたのはテレビより先で
す)高山は観光地化していますが、飛騨古川は今から観光地化を目指してい
る所の感です。古い城下町とまだ少ない観光客とで静かな探索が出来ました。
二つの町は、兄弟の為に出来るだけ似た内容で弟の飛騨古川を、若干小さく
作られた経緯があるそうです。従って町の所どころ(配置・地名)に同じ物
が有ります。実際は川幅はかなり違いますし、東西が逆ですが行った事がな
いとどちらの町の事かは分かりません。
にぎやかな観光地が好きな人は高山を、静かな観光地が好きな人は飛騨古川を
訪れるのが良いと思います。
河川の長さ
河川の長さは厳密には規定が難しいです。そもそも上流でどこからはじまって
いるかはかなり不明瞭です。また、支流の問題もあります。本流と支流のど
ちらを長さとするのか?(支流の方が長い場合があります)
また人工的に蛇行をまっすぐにして洪水対策をすると、短くなります。湖の
面積が干拓・水不足で変わってゆくのと似ています。知識の更新が必要なの
は、やや厄介です。
オリックスと近鉄:野球
オリックス(前身は阪急)と近鉄は、南海>ダイエー>ソフトバンクと並び、
関西のパリーグの球団でした。一時代を作った南海以外は、成績はかんばし
くありませんでした。そこに登場した二人の監督:西本幸雄・仰木彬(上田
利治も含める事もあります)により両球団共に優勝を経験する事が出来まし
た。練習の虫・西本、個性を育てるマジック・仰木、理論の上田は有名です。
ただ、いずれも高齢になりなかなか後継者は現れません。いや、後継者の成
長を待てないオーナーの焦りでしょうか。
そこに発生したオリックスと近鉄の合併問題と結果としての、オリックス・バ
ファローズ誕生です。そして時代に逆行するかのような最年長監督・仰木彬
の再登板です。ほかに人がいない事情が直ぐに分かる苦しみですが、個性派
時代でもあり、期待もあります。野茂のトルネード投法・イチローの登録名
と振り子打法・三振かホームランのブライアント。果たして、新しい個性が
登場するのでしょうか。
不可能の証明:五次方程式の解法
数学(算数)では、2次方程式までを習います。これは由来がわからないくら
い昔から見つかっていました。そして、長く3次方程式の解法が捜されてい
ました。中世では、この方程式の解を求める競争も行われていたとされてい
ます。カルダノの解法として知られていますが、タルタリアが見つけて教え
た事を勝手に自分が見つけたとしたと言う考えの方が一般的です。
4次方程式もすぐ後に、フェラリにより若干の変換で3次に出来る事が示さ
れました。
5次以上はどうしても見つかりませんでした。そして最終的には不可能である
事が証明されています。不可能の証明は解の発見と同様に困難です。複数の
人が色々な方法でそこに到達または到達する道を見つけています。
元々数学は若い時に、成果を上げる傾向がありますがそれ故に一部でも不完全
な部分があれば(大抵あります)なかなか認められないものです。そこには
数々の逸話が生まれています。どこまでが真実かは分かりません。特に有名
なのは20歳で決闘で死んだガロアが前日に書き残した論文とも手紙とも言
える物です。今では、群論の始まりとしても有名です。
歩車分離信号機
新聞に歩車分離信号機を増やす記事がありました。まだ知らない人が多い様に
思います。また、交通法の正面の信号に従い行動する事を守らないで、反対
車線の信号を見て推測で横断歩道を渡る人がまだ多く、せっかくの方式が逆
に危険になります。
通常の信号は、交叉点で2車線が交互に切り替わります。
歩車分離信号機は、3段階に切り替わります。これが設置される所は車の右折
・左折が多い交叉点です。曲がる車と横断者との接触の危険が多い所ともい
えます。1:車のみ片方車線が青、2:車のみ他方が青、3:車はどちらも
赤で横断歩道が全て青、これが繰り返されます。3が特徴で歩車分離と呼ば
れます。
従って、正面の信号のみをみて行動する必要があります。そしてそれを守れば
安全な信号といえます。
大阪文化圏
人の動きの激しい現在でもまだ昔ながらの文化のなごりは残っています。大阪 は昔の国でいえば、摂津と河内です。ただし昔、中心とされた摂津は、明治 に廃藩置県がおこなわれた時に、現在の兵庫と大阪に分かれました。これが 意図的だったかどうかの考察は行いませんが、兵庫・大阪が旧文化と微妙に 異なる文化圏になっている状況が生じています。他から大阪に来たひとは、 二つの文化が混ざっている事にとまどう事もあるようにも思います。