夏樹静子論 女性弁護士・検事・裁判官の活躍

夏樹静子について、作品数の多い作家かと言えば印象よりは少ない。
単行本で、長編は41作で勿論多いのだが、むしろ短編集の比率が高いのが目立つ。
レギュラー登場人物は複数存在するが、それが登場する作品数の比率は低い。
ただし、主人公を女性探偵役に設定する事が多く、女性作家の描く女性探偵は登場当時は多くはなかった。

リアリズムを基本とする作風ながら、警察組織の捜査を描く事の作品数比率は低い。
弁護士・検事が主人公の作品が、刑事が主人公よりも目立つ。
ただし、作品内では主人公が探偵役で捜査するだけではなく、本業を行う過程を描く作品も多い。
真相解明を描くだけではなく、その結論に達する過程を描く作品もある。
警察と刑事の視点ならば逮捕とか犯人確定が目的でありそれが最終だが、それ以外が視点ならばそれだけが結末では無くなるのだ。
検事た弁護士や裁判官の視点で描く事から、職業が法律を扱う事から、法律とその解釈を巡るストーリーも多くなる。
法律は専門知識であると同時に、解釈や存在は一般常識と食い違う事はあり、一般の人では存在を知らない法律も多い。

夏樹静子が描く土地は日本各地であり、いくつかは海外にも広がる。
特に多い場所としては作者が居住した東京周辺と福岡周辺が多い。

夏樹静子はニュースや時事の話題を取りあげる事が多い。
それは作者自身が、先端技術や経済や企業や制度など多様な分野で、新しい事に興味を持つ事が発端の理由であり、執筆に対しては作者は取材でさらに深く掘り下げる。
掘り下げる事で、新しい故に従来の常識と思いこみと異なる事が多く存在し作者はそこに特に注視して題材として扱う事になる。

作品集には、主題とスタイルが異なる作品が混ざる純短編集と、何らかの共通点がある短編が集められた連作的・テーマ集的な作品集がある。
後者には同一主人公が登場する作品集が多いが、同じ手法で書かれた連作集もある、夏樹作品は同じ手法で書かれた連作集も多くしかもその共通テーマは多彩だ。

法律を作品内で扱う事は多いが、それが実社会で使われる裁判や検事の取調や起訴手続きに興味を持ち取り入れている、特には日本で導入された裁判員裁判の仕組みに興味があるようだ、それを描くと法律と裁判の内容とミステリ要素と犯罪小説要素とが共存する事になる(例は後述)。

作者が描く作品の本格ミステリ度や、トリック度は作品毎に広い範囲に渉る。
平均的に見ると、「天使が消えてゆく」から始まる初期の期間に書かれた短編はトリッキィなストーリーが目立ち同時に本格ミステリ度も高い、それでいてテーマ性も高い。
それは加算式ならば内容は濃いと言える、読者にとっては詰め込み過ぎと感じる事もあるしテーマが弱くなる面もあるだろう。


夏樹静子は登場人物のリアルな職業活動を重視する、その例を見てみる。

・朝吹里矢子シリーズの設定
新米弁護士が居候弁護士となり、そこから独立して自身の事務所を開く。
「星の証言」「花の証言」「霧の証言」「贈る証言」
その成長過程を描き、併行して対応する事案とそこに絡む事件に取り組む。
事案は依頼者が事務所を訪れる事で始まる。
多くは遺産相続や、法律相談だ。
里矢子が担当になっても、行動を起こす必然性がないことも多い。
そして事案自体は依頼人に有利な解決が無いことも多い。
そこで里矢子は恩師に当たる薮原弁護士に相談する、そこで新たな検討事項が浮かぶ。
その内に何らかの進展または、付随事件が起きる。
そこで、依頼法律事案と、推理小説的な事件が進行する事になる。
法律事案で劇的な展開は難しいが、小説は進行する事が出来る。
薮原の存在で、里矢子の成長の段階が描く事が出来る。

・霞夕子シリーズの設定
「螺旋階段をおりる男」「夜更けの祝電」は、夕子の東京地検の捜査検事時代を描く。
東京都を南北2地区に分けて、その南部の担当となる。
夕子は朝に早く出勤して、担当の地域で捜査している捜査本部を回って状況を調べる。
その後に定時時間となり、事務官と効率良く検察捜査の取調べを行う。
そして予定の日常業務を時間内で早く終了させる。
そして、残った時間と時間外で捜査本部捜査中事案を現場等で調べ・確認する。
小説では、朝の担当刑事との話と、夕方からの現場の調査と、容疑者が送検されてからの検察取調べが描かれる。
一般の探偵や捜査官のような捜査が日常でない。
この仕事の進められる事件が対象となる。
そこにはリアルな検察官が確保される。
「風極の岬」の北海道釧路地検帯広支局時代は、小さな支局の責任者だが全ての業務を行う。
そもそも担当内で事件が少ない。
夕子は他の部署から持ち込まれた事件や、東京から来た夫と北海道を旅行してその先で事件に遭遇する。
そこでも本来の業務ではないが絡む事になり、事件もその範囲となる。
後に書かれた「いえない時間」は夕子は東京地検の副部長として働く、そこでは捜査とか担当はしなく部下の検事らへの割り当てと相談役となる。


社会派に近い題材を描く作者は時事のニュースに敏感で取りあげる、そこには犯罪以外の技術・政治・経済・医療・社会問題などにも興味を持つ。
現代は時事問題は多くに拡がり読者にも興味を持たれるが風化する事が多い、法律・社会は変わりが、先端技術は風化というよりも日常的に進歩する。
時事問題は取りあげ方には時代の経過を考慮する必要があり、ストーリーと小説が風化しない能力は必要だ、そして夏樹作品はそれを含めてどのジャンルでもレベルを維持している。

法律的には、裁判員裁判の導入が大きい。
夏樹作品では「てのひらのメモ」では裁判員の視点から裁判員裁判を描く、「孤独な放火魔」では新人の裁判官の視点から裁判員裁判を描く。
裁判員裁判という制度の説明を行う。
検事は犯罪の実証を行い刑をもとめる、弁護士は検事の主張する実証を否定すれば良く真相の解明は求められていない。
裁判員と裁判官は検事の主張内容の可否を判断する、弁護士の主張や作戦は検事の主張内容を否定する目的があるが、実は微妙な事項だ。
裁判員と裁判官は検事の主張内容が複数に渡る時は個別に罪相当かを決めるそれは多数決だが3人の裁判官の1人を含む必要がある、細部は裁判官が会議を進める。
有罪ならば量刑を決める、その手続きも詳しく進めて行く。


夏樹静子著書の幾つかには、山前譲編の「夏樹静子著書リスト」が巻末に添付されている。
このリストは、初出と文庫化と復刊が、初出順で番号付けされている。
ここでは「德閒文庫版・訃報は午後二時に届く(2004/06/15)」に基づき、それ以後を加えたリストを使用する。
「1:天使が消えていく」から「109:検事霞夕子 風極の岬」まで再編集短篇集と、エッセイや再編集の当たる作品集10巻を含む
今回のリストは109にそれ以降の5作を加えて、再編集作品集を省いた。

(2020/03/07)


夏樹静子著書リスト(2020/03)

未読 %

霞夕子 # 検事
朝吹里矢子 $ 弁護士
遠山玲子   刑事
久保珠美 & 裁判官

天使が消えて行く 長編 1970.02
見知らぬ我が子 作品集 1971.03
 「見知らぬわが子・襲われて・暁はもう来ない・死ぬより辛い
  ・断崖からの声・緋の化石・死人に口有り」
蒸発 ある愛の終わり 長編 1972.04
喪失 ある殺意のゆくえ 長編 1973.07
ガラスの絆 作品集 1973.07
 「ガラスの絆・暗い玄界灘に・見知らぬ夫
  ・破滅が忍びこむ・孤独のなかみ・殺意をあなたに」
砂の殺意 作品集 1974.10
 「あちら側の女・砂の殺意・面影は共犯者・跳びおりる
  ・襲われた二人・沈黙は罠・だから殺した・二DK心中
  ・秘められた訪問者」
黒白の旅路 長編 1975.04
目撃 ある愛のはじまり 長編 1975.04
誤認逮捕 作品集 1975.10
 「手首が囁く・郷愁の罪・誰知らぬ殺意・誤認逮捕
  ・風花の女・高速道路の唸り・山陽新幹線殺人事件」
死刑台のロープウェイ 作品集 1975.11
 「闇よ、やさしく・ダイイングメッセージ・燃えがらの証
  ・回転扉がうごく・死刑台のロープウェイ」
霧氷 長編 1976.02
二人の夫をもつ女 作品集 1976.04
 「あなたに似た子・波の告発・二人の夫をもつ女
  ・朝靄が死をつつむ・ガラスの中の痴態
  ・朝は女の亡骸・幻の罠・夜明けまでの恐怖」
アリバイの彼方に 作品集 1976.08
 「アリバイの彼方に・滑走路灯・止まれメロス・彼女の死を待つ
  ・遺書をもう一度・霜月心中・便り・特急夕月」
光る崖 長編 1977.03
ベッドの中の他人 作品集 1977.09
 「ベッドの中の他人・社長室の秘密・故人の名刺
  ・ある失踪・猫が死んでいた・山手線殺人事件
  ・階段・まえ置き・動機なし・一年先は闇」
星の証言 作品集 1977.10 $
 「暗闇のバルコニー・親告罪の謎・黒白の暗示・沈黙は罪
  ・相続欠落の秘密・証言拒否・被疑者へのバラ」
遠い約束 長編 1977.11
影の鎖 作品集 1977.11
 「影の鎖・殺さないで・ハプニング殺人事件
  ・愛さずにはいられない・逡巡創」
77便に何が起きたか 作品集 1977.12
 「77便に何が起きたか・ハバロフスク号殺人事件・特急夕月
  ・山陽新幹線殺人事件・ローマ急行殺人事件」
第三の女 長編 1978.04
重婚 作品集 1978.06
 「五千万円すった男・質屋の扉・事故のいきさつ
  ・水子地蔵の樹影・救けた命・小壜に詰めた死・重婚」
蒼ざめた告発 作品集 1978.06
 「冷ややかな情死・蒼ざめた告発・二粒の火・男運
  ・お話中殺人事件・見知らぬ敵・死者からの手紙」
閨閥 作品集 1978.09
 「一億円は安すぎる・闇の演出・帰路
  ・突然の朝・崖ふちの真実・閨閥」
あしたの貌 作品集 1979.03
 「あしたの貌・陰膳・遺書二つ・ベビーホテル・ひとり旅
  ・穴のあいた密室」
遙かな坂 長編 1979.04
風の扉 長編 1980.03
密室航路 作品集 1980.05
 「密室航路・逃亡者・バンクーバーの樹林から
  ・結婚しない・90便緊急退避せよ」
夜の演出 作品集 1980.07 %
 「夜の演出・ベビーホテル・質屋の扉・破滅が忍びこむ
  ・闇よ、やさしく・雨に消えて」
暗い循環 作品集 1980.10
 「暗い循環・凍え・誰にも知られず・無差別の恐怖・独り旅・懸賞」
遠ざかる影 長編 1980.12
雪の別離 作品集 1981.02
 「雪の別離・モンタージュ・偽りの兇器・死体さえあれば
  ・睡魔・最悪のチャンス・自殺前・天人教殺人事件」
花の証言 作品集 1981.02 $
 「犯す時知られざる者・片隅の青い絵・二つの査定・パパをかえして
  ・地検でお茶を・穴のあいた密室・瀬戸際の期待」
家路の果て 長編 1981.10
ビッグアップルは眠らない 作品集 1982.01
 「ビッグアップルは眠らない・足の裏・漆の炎
  ・誓約書開封・すれ違った面影」
Wの悲劇 長編 1982.02
碧の墓碑銘 長編 1982.03
ひとすじの闇に 作品集 1982.06
 「死者の嘘・ヘソの緒・普通列車の死・鼓笛隊
  ・遇わなかった男・走り去った男・年一回の訪問者」
紅い陽炎 長編 1983.05
殺意 作品集 1983.05
 「殺意・記憶」
国境の女 長編 1983.06
訃報は午後二時に届く 長編 1983.11
女の銃 作品集 1984.04
 「火の供養・女の銃・余命・路地からの脅迫状
  ・二度とできない・パスポートの秘密」
秘められた心中 作品集 1984.06
 「秘められた心中・残された車・遠い秘密
  ・説得旅行・女たちの証言・濁流の魚」
最後に愛を見たのは 長編 1984.10
旅人たちの迷路 作品集 1984.11
 「焼きつくす・現場存在証明」
螺旋階段をおりる男 作品集 1985.04 #
 「予期せぬ殺人・螺旋階段をおりる男・白い影」
Mの悲劇 長編 1985.05
その子は目撃者 作品集 1985.09 %
 「狙われて・メッセージ・ガラスの薔薇・その子は目撃者」
わが郷愁のマリアンヌ 長編 1986.03
ドーム 終末への序曲 長編 1986.07 %
孤独のフェアウェイ 長編 1987.02
霧の証言 作品集 1987.04 $
 「雨の檻・心を返して・稚い証人
  ・土地狂乱殺人事件・人口呼吸器の謎」
懇切な遺書 作品集 1987.05
 「懇切な遺書・心のデッドスペース」
駅に佇つ人 作品集 1987.09
 「雨に佇つ人・湖に佇つ人・駅に佇つ人・闇に佇つ人」
死の谷から来た女 長編 1987.11
雲から贈る死 長編 1988.04
湖・毒・夢 作品集 1988.05
 「歯・毒・夢・犬・湖」
そして誰かいなくなった 長編 1988.10
東京駅で消えた 長編 1989.05 %
ペルソナ・ノン・グラータ 作品集 1989.09
 「ペルソナノングラータ・艶やかな声
  ・カビ・俯く女・宅配便の女」
Cの悲劇 長編 1989.09
秘めた絆 長編(作品集) 1989.10
ダイヤモンドヘッドの虹 長編 1990.09
独り旅の記憶 作品集 1991.05
 「独り旅の記憶・DINKS・雨に濡れた遺書
  ・二人の目撃者・ひと言の罰・「死ぬ」という女」
死なれては困る 作品集 1991.06
 「酷い天使・死なれては困る・女子大生が消えた・路上の奇禍」
霧の向こう側 長編 1992.01
白愁のとき 長編 1992.10
女優X 伊沢蘭薯の生涯 長編 1993.05
一瞬の魔 作品集 1994.09
 「一瞬の魔・黒髪の焦点・鰻の怪・輸血のゆくえ・深夜の偶然」
人を呑むホテル 長編 1994.09
デュアル・ライフ 長編 1994.11
クロイツェル・ソナタ 長編 1995.04
乗り遅れた女 作品集 1995.10
 「乗り遅れた女・三分のドラマ・(独り旅)・(二人の目撃者)
  ・ママさんチームのアルバイト・(女請負人)
  ・(人質は、半年後)・<あのひとの髪>」
βの悲劇 長編 1996.07 合作(五十嵐均)
花を捨てる女 作品集 1997.07
 「花を捨てる女・アイデンティティ・尽くす女・家族写真
  ・三通の遺書・線と点」
最後の藁 作品集 1998.06
 「最後の藁・たおやかな落下・仮説の行方・罪深き血」
茉莉子 長編 1999.04
贈る証言 作品集 2000.06 $
 「相続放棄の謎・贈る証言・十五年目の真実
  ・五十年後の意志・離れの不審火」
検事霞夕子 夜更けの祝電 作品集 2000.09 #
 「橋の下の凶器・早朝の手紙・知らなかった・夜更けの祝電」
量刑 長編 2001.06
幻の男 作品集 2002.07
 「光る干潟・揺らぐ灯・幻の男」
モラルの罠 作品集 2003.02
 「モラルの罠・システムの穴・偶発・痛み・贈り物」
検事霞夕子 風極の岬 作品集 2004.04 #
 「札幌は遠すぎる・マリモは語る・風極の岬・さい果ての花」
見えない貌 長編 2006.07
てのひらのメモ 長編 2009.05
四文字の殺意 作品集 2009.07
 「ひめごと・ほころび・ぬれぎぬ・うらぐち・やぶへび・あやまち」
孤独な放火魔 作品集 2013.01
 「孤独な放火魔 &・DVのゆくえ &・二人の母 &」
いえない時間 作品集 2016.11
 「不作為の罪 $・現行犯 $・いえない時間 #・熱い骸
  ・二つの炎・丁字路・リメーク」

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