パズラー推理小説作家としての法月綸太郎

その昔、エドガー・ポーが意識して、推理小説と呼ばれている作品群を書いたがそれは現在ではパズラーと呼ばれる分野の作品だった。
謎が存在して、作品中の探偵役が論理的(ロジック)に謎を解きあかす内容は、他の小説分野とは異なる特徴を持っていた。
パズル・ロジックを小説という方法で表現する事は、多くの後継者によって発展した。
その方法は、パズル・ロジックに重きをおく事と、小説という面にこれらより重点をおく事に分かれたと言って良いだろう。
後者については非常に多岐に渡り方法も分野も簡単にまとめる事ができない状態になっている。
パズル・ロジックに重きをおいた作品は本格推理小説と呼ばれるが、これを狭く捉えるか広く捉えるか個人個人で異なっており、狭く捉える時にパズラー推理小説と呼ぶ事がある。
この分野は欧米・日本を問わず数多くの作家によって書かれてきたと共にその愛好者もいつの時代でも存在した。
本流・はやりか等は別にしても、推理小説の出発時の形を継承するこの分野が存在する事を必要と考える人は、絶えず存在しているし逆にそれ故に内容に厳しい面がある事も自然な事である。
現在は本格推理小説と呼ばれる作品が多い時代であるが、より狭くパズラーと呼ぶべき作品・作者は多くはない。
法月綸太郎氏は多くはないその分野の一人であり、しかもその純度は非常に高い。
以前、佐野洋・都筑道夫の名探偵要・不要議論があったが、パズラーにとっては小説中の犯人が仕掛けた謎やトリックを作中の探偵がロジックを駆使して解き明かす事が作法であり、小説自体が読者にトリックを仕掛けるメタミステリ的な作品は別の分野である。
謎が難解で常人では解決が困難である設定が魅力的であり、結果として名探偵の登場となる。
探偵の捜査・解決方法は異なるがロジックが存在する事がポイントとなる。
法月作品には作者と同名の名探偵・法月綸太郎が登場する。パズラーの作品には、昔から作者と同名の人物が何らかの形で登場する事が多いが、作者名=名探偵名は最も顕著な例と言える。
特に有名なのは、エラリー・クイーンで法月作品はクイーン作品の設定をかなり律儀に踏襲している。
私は、名探偵・法月綸太郎の初登場作品「雪密室」の時点でパズラーの道を歩く事を宣言したと理解している。
そしてあえて探偵関連の人物設定をも同じにした事は内容・謎とロジックで勝負する事を宣言したとも理解している。
「雪密室」の登場人物表に母親の名前があったので、クイーンと異なると思ったが読んでゆくと既に亡くなっておりクイーンと同じ設定であった。
クイーンと同様に法月氏も評論家としても活躍している。ロジックを駆使して作品を書く作家は、元々評論家の素質も合わせもつと推察する。
ヴァン・ダインほど極端ではなくても(数作のみが限界説)、パズラー作家に寡作作家が多いのは仕方がないとも当然とも言える。
法月作品の初期長編は「雪密室」からはじまり「ふたたび赤い悪夢」まで相互に緩い繋がりが存在しており「ふたたび赤い悪夢」の末文でその時点の集大成的作品であると述べている。
今思えば、その後の活動等から作者の正直な気持ちを述べた事が分かるが当時は、全く気がつかなかった。
この後、作者は短編の世界に入り、名探偵・法月綸太郎の登場しない「パズル崩壊」と名探偵法月が活躍する「冒険」「新冒険」「功績」を刊行している。
やや趣が異なる作品もあるが、基本はパズラーであり「功績」に含まれる「都市伝説パズル」で日本推理協会賞短編賞を受賞した。

『法月綸太郎氏には、早く本賞を受賞していただきたい、と私は願っていた。(中略)パズラーの傑作は、大量生産できるものではない。本作の受賞を強く推す選考委員に、正直、私はほっとした。法月氏が推理作家協会賞を逸しつづけるのは、本賞にとっても不幸なことだと思っていたからだ。』
(大沢在昌 選考委員の選評より)

『「都市伝説パズル」を推すつもりで選考会に出席した。怪奇的なメッセージを紹介する導入部から解決にいたるまで論理に破綻がなく、見事な短編ミステリーとなっている。(中略)人物が記号にすぎない点が物足りないと指摘する委員もいたが、違うジャンルの手法を本作品に求めるのは酷だろう。重要なのは、その作品を成立させているジャンルの文法に乱れがないか、破綻がないかということだと私は考える。』
(北上次郎 選考委員の選評より)

『(前略)自分の書いているものが、賞味期限切れの古めかしい小説のように感じ始めていた時期だけに、「楷書」で書いたシンプルな本格を評価していただいて、なおさら強く励まされる思いです。(後略)』
(法月綸太郎 受賞の言葉より)

この時の選評等の一部を引用したが、パズラー及びその作品の現在の位置ずけをよく表していると感じる。
・多様化した推理小説の現在でも、パズラーの重要性は変わらない。
・パズラー作品は大量生産は出来ない。
・パズラー作品を他のジャンルと比較する事は本質ではなく、このジャンルの必要要因の論理(ロジック)に乱れや破綻がないかが重要である。
・パズラー作品は『「楷書」で書いたシンプルな本格』である。

「都市伝説パズル」の受賞時にはまだ「功績」は出版準備中であり、受賞により受賞帯への切り替えなど若干あわただしかったと作者のコメントがあった。

さてエラリー・クイーンの評価には、「災厄の町」以降の後期作品がついてまわる。法月氏自身にも評論「後期クイーン論」があり関心は深い。純粋パズラーから一歩?小説側に踏み出そうとした作品群と私は思っているが、現在の評価は前期の純粋パズラーに比べて低いと感じる。今後の法月氏の進む方向性にも影響があり、興味深い。遅れて同じジャンルに入った者には不利な点と有利な点が存在するが、先行者の残した結果を参考にする事は有利な点であり、これに現在の多様化した推理小説を組み合わすと、はたしてどのような結果が出るのか興味深い。

本文の直前に本年の「本格ミステリー大賞」に、法月氏の「生首に聞いてみろ」が決まったニュースがはいった。
「本格ミステリー大賞」でも純粋パズラーの受賞は始めてと思う。お祝いの言葉で本文を終わりとしたい。(2005/5/22)

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法月綸太郎著書リスト
(2017/06:現在)


法月綸太郎 #
怪盗グリフィン %


密閉教室 長編1 1988/10
雪密室 長編2  1989/04 #
誰彼 長編3 1989/10 #
頼子のために 長編4 1990/06 #
一の悲劇 長編5 1991/04 #
ふたたび赤い悪夢 長編6 1992/04 #
法月綸太郎の冒険 作品集 1992/11
 「死刑囚パズル #・黒衣の家 #・カニバリズム小論 #
  ・切り裂き魔 #・緑の扉は危険 #・土曜の本 #・過ぎにし薔薇は」
二の悲劇 長編7 1994/04 #
パズル崩壊 作品集 1996/06
 「重ねて二つ・懐中電灯・黒のマリア・トランスミッション
  ・シャドウプレイ・ロスマグドナルドは黄色い部屋の夢を見るか
  ・カットアウト・gallons of rubbing alcohol flow through the strip」
法月綸太郎の新冒険 作品集 1999/05
 「イントロダクション #・背信の交点 #
  ・世界の神秘を解く男 #・身投げ女のブルース #
  ・現場から生中継 #・リターンザギフト #」
法月綸太郎の功績 作品集 2002/06
 「イコールYの悲劇 #・中国蝸牛の謎 #・都市伝説パズル #
  ・ABCD包囲網 #・縊心伝心 #」
密閉教室(ノーカット版) 長編1改 2002/11 「密閉教室」のノーカット版
生首に聞いてみろ 長編8 2004/09 #
怪盗グリフィン、絶体絶命 長編9 2006/03 %
犯罪ホロスコープ1 作品集 2008/01
 「ギリシャ羊の秘密 #・六人の女王の問題 #・ゼウスの息子たち #
  ・ヒュドラ第十の首 #・鏡の中のライオン #・冥府に囚われた娘 #」
しらみつぶしの時計 作品集 2008/07
 「使用中・ダブルプレイ・素人芸・盗まれた手紙
  ・インメモリアム・猫の巡礼・四色問題・幽霊をやとった女
  ・しらみつぶしの時計・トゥオブアス」
キングを探せ 長編10 2011/12 #
犯罪ホロスコープ2 作品集 2012/12
 「宿命の交わる城で #・三人の女神の問題 #・オーキュロエの死 #
  ・錯乱のシランクス #・ガニュメデスの骸 #・引き裂かれた双魚 #」
ノックス・マシン 作品集 2013/03
 「ノックスマシン・引き立て役倶楽部の陰謀・引き立て役倶楽部の陰謀
  ・バベルの牢獄・論理蒸発 ノックスマシン2」
怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関 長編11 2015/07 %

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