藤村正太論 長編作家への再出発
藤村正太は、1924年生まれで1977年にまだこれからと言うときに亡くなりました。
藤村正太は、戦後直ぐの1948年に「宝石」誌での「川島郁夫」名義での短編コンクール入賞をスタートに、長い期間の短編作家時代があります。
そして、藤村正太名義で、江戸川乱歩賞に応募・受賞したのが、1963年です。
15年の「川島郁夫」名義での短編作家時代から、長編作家へと再出発したのです。
ただし、主な執筆は10年で、その後は病気療養生活とされています。
本稿では、乱歩賞受賞以降の作品群についてのみを対象とします。
初期の短編群も、たびたびアンソロジーに採用されてかなり単行本化されていますが、雑誌掲載で終わっているものが多いのが現状でしょう。
ただ、初期の作品群の一部を読んだ感想ですが、かなり内容は多岐に渡っていると思います。
トリックを中心にした本格推理作品が多いですが、リアルな内容や科学的・SF的なものもあります。
そして、現在では社会派と呼ばれる傾向の作品も見られます。
ただし、当時は必ずしもそのような分類はなかったです。
江戸川乱歩賞が、長編応募になったのは第3回からであり、その年に発表された松本清張の「点と線」のヒットで、社会派なる分野が推理小説の大きな部分を占める事となりました。
当然に、他の推理作家もその影響を受けますが、江戸川乱歩賞では第3回の仁木悦子の明るい作風の本格推理の路線の作品が多い傾向がありました。
藤村正太の、受賞作「孤独なアスファルト」はこの作者の短編時代の作風のひとつでもあった、社会派傾向を表に押し出した本格社会派推理小説でした。
乱歩賞では最初といえます。
1963年初長編発表、そして1977年死去というわずかの期間が本作者が長編作品を執筆した短い期間となりました。
ところで、社会派全盛期であり、ハードボイルドという分野もひろがりつつある時期に、本格推理小説が、乱歩賞の傾向だったと言うことは、逆に言えば乱歩賞作品の停滞期とする見方もあります。
藤村正太の受賞時の最終候補作も3作と少なく、受賞作自体の評判も分かれています。
現在でみれば、作者が多くを盛り込みすぎた為と判断出来ますが、それを弱点とする指摘もまた一方の見方です。
主人公の青年を描くことに多くのページを割いています。
東北出身で訛りにコンプレックスを持ち、容疑を受けて孤独感が深まります。
それは、大東京の抱える問題であろうというのが作者の考えであり、それ故に社会派とされるのですが、真犯人を追及するトリック部・本格推理部との間でバランスが崩れているという指摘があります。
推理小説として、本題以外の部分に多くのページ数を使い過ぎている事は明らかであるが、それをどの様に評価されるのかは読者にゆだねるしか無いでしょう。
ただ、背景・舞台を社会やリアルなものに設定して動機もそこに含める、トリックや推理部は本格推理の内容というスタイルはこの後の多くの作品にも使用されました。
「特命社員殺人事件」「脱サラリーマン殺人事件」「コンピュータ殺人事件」等です。
国際問題・原子力や先端技術や、当時の社会問題に興味を持っていた事は、川島郁夫名義時代にも作品によっては見る事が出来ます。
長編では、「外事局第五課」「原爆不発弾」と「特命社員殺人事件」も含まれるでしょう。
世相を反映させる素材が、社会的か風俗的かはわずかな差で、みる立場の違いと思えます。
ただ、横溝正史ブーム前後でもあり、社会派と旧本格との狭間で周囲の要請もあったのか、風俗的な作品や麻雀推理というジャンルの作品が最後期には主体になっています。
なお麻雀推理というのは阿佐田哲哉作品と同様に、小説中に麻雀牌の絵が入ったものを指しています。
トリック的には、アリバイものが主体で、医学トリックや自然現象や密室もの等、多岐に渡ります。
自然現象や大胆なものも多いですが、作品の時代を考慮する必要はあります。
現在の科学捜査では、シンプルに見つかる可能性も高いからです。
しかし科学捜査の進歩は、1990年頃から目立ちますから読者は発表の時期は意識する必要があるでしょう。
麻雀推理というジャンルものと、その中の連作的な1冊の主人公はいても、レギュラーキャラクターは存在しないと言って良いでしょう。
ただ「外事局第五課」の1976年のワールドフォトプレス版のあとがきで、主人公の江崎倫太郎を「今後もシリーズものとして書き続けたい。」としているが、果たされていない様です。
「黒幕の選挙参謀」は、川島郁夫名義の「盛装」「暁の決闘」をトリックを下敷きにしていると明記しています。
短編の長編化ではなく、トリックのみの転用と言えるでしょう。
「星が流れる」は、いわゆるジュブナイルであるが、サスペンス本格的な内容です。
『藤村正太氏の作品には、常に現代が呼吸している。新鮮な素材と巧緻なトリックを駆使して、現代社会の仮面をひきはがし、悪の素顔を描きだしてみせる。』
土屋隆夫:原爆不発弾・カバー文。
『その作品からもうかがえるように、藤村正太氏は頭脳明晰にして温厚篤実な紳士であるが、ホウムズがワトスン君をびっくりさせたことにも似て、一般的な常識の面でポッカリと空洞があいているのは不思議というほかはない。』
鮎川哲也:特命社員殺人事件・カバー文>上記は一部ですが、フィクションが混ざっている様に思えます。
参考作品リスト(本稿の参考であり、書誌的に正確ではありません)
*:麻雀推理シリーズ
長編
孤独なアスファルト:1963
外事局第五課:1965
コンピューター殺人事件:1971
脱サラリーマン殺人事件:1972
特命社員殺人事件:1972
大三元殺人事件:1972 *
ねぶたの夜に女が死んだ:1973
原爆不発弾:1975
星が流れる:1976
黒幕の選挙参謀:1976
短編集
九連宝燈殺人事件:1973 *
女房を殺す方法:1974
魔女殺人:1975
必殺の大四喜:1975 *
緑一色は殺しのサイン:1977 *
死の四暗刻:1977 *