飛鳥高論 先駆的社会派・サスペンス派トリックメーカー
現在では、飛鳥高の作品入手することは困難になっています。「飛鳥高名作選」の発行や色々なアンソロジーで短編はある程度読める様になりました。
しかし長編は、日本推理作家協会賞を受賞した「細い紅い糸」以外は古書以外ではよめません。
もし、あなたが飛鳥高の短編を多く読んでいて、長編をはじめて読むと多くの場合は作風の違いに驚くと予想します。
「密室推理小説は、長編によるのでなければ、完成度に問題が残ること必至である。(中略)短編の形式ではもともと無理だった。
(中略)飛鳥高氏は、たぶん、こうした考えはもっていたことと思う。しかし、(中略)まだ長編書きおろしの機運が熟していなかったので、短編の形式を借りて、作品を発表していた。」
二粒の真珠 解説 鮎川哲也の密室探求1 1983年
「犯罪の動機に、ゆれ動く若者の情念が投影されており、密室小説であるとともに、たくまずして戦後の風俗をうつし、飛鳥氏のその後の社会派的傾向の先駆的な作品になっている。」
渡辺剣次 紹介文 犯罪の場 「13の密室」1975年
「飛鳥高は第1作の『犯罪の場』から動機の設定を社会性のなかに求めており、(中略)。しかも氏の作品には推理があり、謎解きがあり、その意味ではすこぶるオーソドックスであった。」
鮎川哲也 解説 孤独 アンソロジー「殺人設計図」 1980年
「犯罪の場」は飛鳥高のデビュー作であり、「二粒の真珠」は短編トリックメーカーとしての作者の代表作といわれています。
私の様な読者は、トリックメーカーとして作者を見てしまいますが、優れたアンソロジー選者は短編故の制限を感じ、その中にかいま見る別の姿(本来の姿)を見つけています。
勿論、作者の長編も読んでいる事にも理由があるのでしょうが、これは飛鳥高の作品を紹介・論じるときにほとんど共通しています。
昭和33年を松本清張の「点と線」が発表され社会派がスタートした年と言う人がいますが、単に動機に社会性があるだけで社会派というのはかなりのご都合主義と言わざるをえないでしょう。
時代の流れは1作のみで急激に変わるものではなく、前にも後にも一連の流れがあってはじめて変わるものです。
松本清張の功績は1作に単純化できるものでは無く継続して発表された作品群全てを持って行うべきです、そしてそれは幅を持った期間でなければ実状と合わないと考えます。
「点と線」は作品としては有名ですが、社会派の作品として見ると流れを大きく変えた作品とは言い難いです。この年は、長編募集の江戸川乱歩賞が始まった年でもあります。
すなわち、少数の作家に限定されていた20年代の長編=殆どの作家は短編主体から、長編の時代へ変わってゆく移行のきっかけと考える方がより重要でしょう。
現実にこの前後に長編を書きはじめた作家が多い事は事実です。発表できる状態でないと長編は書かれないのです。
飛鳥高の初長編は江戸川乱歩賞候補にもなった、「疑惑の夜」です。ここから兼業作家の飛鳥高の短い長編の時代が始まります。
「今の世の中に住んでいる者は誰でも、自分の運命を左右するデータの全てを知ることは出来ない。(中略)謎はある確率で常に人々の日常を脅かしており、そのことはそのまま探偵小説のテーマであると、私は考えた。」
飛鳥高 あとがき 崖下の道 1961年
「一見独立しているかに見える4つの物語を貫くものがなければならないし、純粋の推理小説であれば、共通の因子を摘出することのできるようなデータを伏せておくところである。作者はアンフェアだという非難を甘んじて受けても、この効果的な大団円を選ぼうとしたのだろう。」
中島河太郎 講談社文庫解説 細い紅い糸 1961年(1977年)
「彼の作風にはたくまざる社会性があり、普通の人間を特異の視角によって描き、またプロットの妙趣、トリックの創意にも独特のものがある。」
江戸川乱歩 カバー文 虚ろな車 1962年
「われわれの人生は、非常に多くの人々との複雑な関係によって構成されている。しかしわれわれはその多くの人々の殆んどを愛していないし、又その殆んどから愛されていない。」飛鳥高 あとがき 虚ろな車 1962年
「作家としての飛鳥さんの興味は、人間ほかのさまざまな人間との間柄が、いかに不明瞭不透明なものであるかという点にあるようだ。(中略)新鮮なトリックにある以上に人間の心の側にあり、読者は、二つの、次元のちがった世界をさまようことになるのである。」
カバー文 死刑台へどうぞ 1963年
「その点、量子物理で言う不確定性原理が適用されると言ってもいいくらいの代物だ。だから私は、何も刑事事件に限らず、人間の生活そのものが、謎小説の無限の源泉だと考えている。」
飛鳥高 あとがき 顔の中の落日 1963年
1958年から1963年が飛鳥高の長編の時代になります。その後は本業が忙しくなって、発表がなくなったとされています。次にかかれたのは1990年です。
「その謎を解こうとすれば、過去の事故や父の秘密に触れなければならない。(中略)微妙な心理を抉る謎の解明が、堅実な手法で描かれ、牧歌的な渋味に溢れている。」
中島河太郎 帯文 青いリボンの誘惑 1990年
飛鳥高の短編群に強くでている(それが短編の制約による結果にしても)トリックメーカーとしての特徴は、非常に強い印象を読者に与えます。
それ故に、それが作者の作風そのものと思ってしまう事もあります。筆者はその一人です。作品群には「72時間」のような、のちの長編の雰囲気を感じさせる物もありますが、全体的な印象は変わらないものです。
さて上記のような印象を持った読者が飛鳥高の長編を読むと、全く異なる作風に接した様に感じてとまどいます。そこで一番はじめに引用した解説群がそこを埋める重要なキーを与えてくれます。
勿論、それがなくても自分で読み取れていた読者もいるとは思います。
(1)「短編の制約をはずした時に飛鳥高の作風が、明らかになる。」
(2)「デビュー作からすでに動機に社会性を持たしており、先駆的である。」
(3)「当時の風俗や、人間の情念をも描いている。」
これらが文字通り、長編の時代でまともに現れたわけです。特に(3)の人間の行動・運命・巡り会いへの関心は強くほとんどの作品のテーマとなっています。
従って、主人公自体がどこにでもいる普通の人間であり、それが事件に巻き込まれ流れの中で翻弄されるがごとく描かれます。
その結果、そこには強いサスペンスあるいはホラーの要素が加わる事になります。
「私は恐怖が好きらしい。そして恐怖を実感するには、読者の感情移入する主人公自身が危険にさらされなければならない。(中略)謎が骨で、恐怖が肉というところか。そういうものを読みたいし、また書きたいと思っているのである。」
飛鳥高 何が面白いか 幻影城 1976年5月
作者自ら語る事は長編で実現できていると言えます。それでは短編で、トリックメーカーと呼ばれた事は長編でちりばめられる事になります。
結果として、本格の一面・社会派の一面・サスペンスの一面・主人公が探偵ではなく普通の人間という独自の世界を築くことになりました。
他面性を持つ作風は、独自性と言う特徴を持つとともに、読者がその中のある一面を望んだ時に期待と異なるという弱点を併せ持つことになります。
作者の使用するトリックは大胆な不可能的なものからアリバイものまで幅広いですが、主人公を探偵にしなかった結果として密室作品などで「密室はそれを作る必然性と動機の問題で疑問がある」とされた事への、一つの答えを示しました。
それは、推理小説では謎やトリックは一人に対して存在させる事ができる事です。密室とは考えずに一般の捜査側からみれば特定の人物のみが犯行が可能に見える、しかしその人物(主人公)は自分が犯人ではないので密室が存在し、無実を証明するために密室の謎を解かなければならない状況になります。
これは特定の人物を犯人にするために密室を作る必然性と動機があり、捜査側にとっては密室ではないと見えるので専門家・科学捜査で解明されてしまう危険性が緩和されます。そして主人公は普通の人間であまり時間も自由な捜査も協力者もなく、その謎に立ち向かざるをえない状況になります。そこに、本格としての謎と、強いサスペンスが同時に成立します。
飛鳥高は兼業作家でした。結果的に、活躍時間が1作を除き長編に関しては数年に限定されてしまいました。それでもまだ存在感を残す作者ですので、より長い期間書き続けておればとの気持ちは、かなりの読者が持つと思います。
逆に短く、少ない故に印象に残る面もあります。飛鳥高を色々なジャンルの先駆者として評価する事を否定は出来ないと思います。
それでは、その後の各ジャンルの発展にどの程度関与しているのか、影響があるのかを考察するのは難しいです。
この事はその後に各ジャンルでより発展させた作家たちしかわからないでしょう。また、先駆者=当時は新しい=その後は風化は避けられないですので時代を無視してその後・最近の作家・作品群と比較すれば、他の作者も含めて当然に予想できます。
したがって、冒頭にのべた飛鳥高作品の入手困難な状況がかわる可能性は少ないと思いますし、読めない作品の再評価も可能性は限られると思います。
ただ、日本における推理小説の流れを見ようとする人にとっては、作品数と活躍期間の短さはあっても省く事ができない作者・作品群と思います。
参考文献
本文中に引用したものおよび、飛鳥高の作品群です。
飛鳥高 著書(2017/04現在):2017/05/10 追記
疑惑の夜 1958/10 長編1
死を運ぶトラック 1959/07 長編2
犯罪の場 1959/10 作品集
「逃げる者・二粒の真珠・犠牲者・金魚の裏切り・犯罪の場・暗い坂」
甦る疑惑 1959/12 長編3 >灰色の川 1961/10
死にぞこない 1960/05 長編4
黒い眠り 1960/07 作品集
「安らかな眠り・こわい眠り・疲れた眠り・満足せる社長・古傷
・悪魔だけしか知らぬこと・みずうみ・七十二時間前」
崖下の道 1961/01 長編5
細い赤い糸 1961/03 長編6
虚ろな車 1962/01 長編7
顔の中の落日 1963/02 長編8
死刑台へどうぞ 1963/10 長編9
ガラスの檻 1964/03 長編10
青いリボンの誘惑 1990/06 長編11
飛鳥高名作選・犯罪の場 2001/09 作品集
「犯罪の場」「黒い眠り」収録作+
・加多英二の死・ある墜落死・細すぎた脚+月を掴む手」
逃げて行く死体 2015/08 作品集
「逃げて行く死体・赤いチューリップ・総合手記・死刑・欲望の断層
・幻への脱走・東京完全犯罪」
傷なんか消せるさ 2015/08 作品集
「傷なんか消せるさ・矢・断崖・仲良く乾杯・線路のある街
・荒涼たる青春・ギャングの帽子・黒い扉・記憶・栄養」
飛鳥高探偵小説選Ⅰ 2016/02 作品集
「犯罪の場・孤独・白馬の怪・火の山・雲と屍・兄弟・放射能魔・
疑惑の夜」
飛鳥高探偵小説選Ⅱ 2016/03 作品集
「死を運ぶトラック・鼠はにっこりこ・夜のプラカード・ボディガード
・拾った名刺・大人の城・猫とオートバイ・狂った記録
・狂気の海・お天気次第・バシーの波」
飛鳥高探偵小説選Ⅲ 2017/03 作品集
「死刑台へどうぞ・見たのは誰だ・断崖・飯場の殺人・赤いチューリップ
・誰がいっぷく盛ったか・欲望の断層・幻への脱走・東京完全犯罪
・荒涼たる青春・とられた鏡」