由良三郎論 「元東大教授の推理作家への転身」

由良三郎の作品の巻末の解説は、かなり通常と異なります。
ミステリとは無関係の知り合いらしき解説者が作品ではなく、作者自身の解説を行うのです。
これは初期の作品のほとんどに見られた傾向です。

由良三郎は本名を、吉野亀三郎といい東大卒で細菌学やウイルス学などを専門とする医学博士です。1921年生まれで、1982年定年退職後に1984年に作家デビューしました。2004年死去なので作家時代は15年ほどです。
高木彬光と同じ世代であり、旧制一高時代に親交があったともされています。
ミステリ作家としては全く活躍時期が重ならないが、扱うジャンルはいわゆる本格推理であり、くしくも同じです。

先に初期の解説者に医学者としての知り合いが多いと書きましたが、東大の医学部出身の作家はかなりいます。(ミステリ作家ではないですが・・)
例えば、斎籐茂吉・水原秋桜子・加賀乙彦などですが、医学以外の分野で活躍した人も多いと言われています。
そのような伝統があるのかもしれません。

医学とミステリは非常に密接な関係がありますが、由良作品のキーワードはもう少し広いです。
「解剖学」・「基礎医学」・「ウイルス学」・「音楽」・「戦争」、最後のふたつはいわゆる本業ではないが、年齢を考えれば5番目は自然であるし、熱狂的な音楽特にクラシックのファンである事は多くの解説に現れます。

従って、背景のジャンルもこれらを反映したものが多いのは自然です。
そのどれにも属する事のない作品は、作者自身が「調査」したと述べています。
「調査」とは如何にも学者的な表現と感じます。

医学者はミステリを書くのに有利と思いがちですが、作者は自身のエッセイ集「ミステリーを科学したら」等でそうではないと言っています。
それはミステリを読む時に、医学的におかしい内容が目についてしまう事だとしています。
それを回避する事は可能だが、あまり現実的に書くと実際の犯罪に使用されかねないので問題があり、そのためにある程度の嘘も必要であるとしています。
まあ贅沢な悩みですが、毒薬や細菌学を使用した完全犯罪を専門家が書いては、本当に笑い事ですまない可能性はあります。
同様に、どの程度の詳しい記述を行うかでも悩むとしています。
あまりにも適当な書き方はまずいが、犯罪に使われるかまたは読者が理解できない内容は小説的に駄目という事です。その結果「素人でもおぼろげに理解できる程度」が良いだろうとの結論です。

作品もテーマ上は、上記をなぞることになります。(分類は多くの人が類似の内容を行っています。最後の作品リスト中の分類番号は、私の主観によります。)
1:医学的な内容を多く含むもの
2:音楽をテーマにしたもの
3:どちらでもないもの
です。
初期は、1:続いて2:が非常に目立ったですが、おおよそは3テーマが混ざるように書かれています。

本格推理の分野では、探偵役の比重は大きいのが普通です。
通常は、外観的特徴・内面的特徴が似た人物、または作者の理想を人物化した探偵のどちらかが多いと言われています。

初期の「結城鉄平」は、年齢的な面を除くとどちらかよく分かりませんが、当然ながら通常よりも能力の高い人物に設定されています。
これは音楽がテーマの作品に登場します。作者の一面が反映されているとしてもおかしくはありません。

医学ミステリに、作者をモデルにした探偵役が登場すると、医学知識が豊富すぎて書きにくい面があります。
そのために、新米看護婦の「高山瑠美子」が登場します。医学知識はやや多いが、まだ専門的に高いレベルではないという設定です。苦心がみられます。

医学を知りすぎた作家のミステリは、作者には色々と他の作家とは異なる苦労が有ることがうかがえますが、読者はこのことは気にする必要はありません。
たとえ、嘘も含まれていても上質の本格ミステリとして楽しめば良いのです。
作者の作品は本格推理故に、古風と表現する人もいるようです。
ただ、それが良い意味か悪い意味か単なるジャンル等のスタイル分けかは分かりません。
無理に新しいと読者に言ってもらいたくて、本格ミステリの基本の小説内での犯人と探偵の知恵比べが無くなってしまったり、フェアプレイが消えてしまう結果になりがちな作品ではないと言う意味では、本作者の作品群は貴重と思います。

作品リスト
(本論での参考で書誌的に完全性を求めたものではありません)
1:運命交響曲殺人事件 1984年  a 1
2:黒白の幻影     1984年  #
3:葬送行進曲殺人事件 1985年    3
4:ある科学者の殺人  1985年  # %
5:殺人協奏曲ホ短調  1985年  a 1
6:黄金蜘蛛の秘密   1985年    3
7:象牙の塔の殺意   1986年    2
8:裏切りの第二楽章  1987年  a 1
9:13は殺人の数字  1987年  # 2
10:円周率πの殺人   1988年    2
11:白紙の殺人予告状  1989年    3
12:完全犯罪研究室   1989年    2
13:二重殺人トライアングル 1989年  1 2
14:悪魔の呼気     1990年    3
15:網走-東京殺人カルテ 1990年   2
16:ミステリーを科学したら 1991年 エッセイ集
17:犯罪集中治療室   1991年  b % 2
18:魔炎        1991年    2
19:血液偽装殺人事件  1992年    2
20:ミステリーの泣きどころ 1992年 エッセイ集 #
21:血痕        1993年  # 2
22:第六の殺人処方箋  1995年    2
23:そいつァご挨拶だね  1995年 エッセイ集 #
24:聖域の殺人カルテ  1996年    2
25:看護婦高山瑠美子の事件簿 1999年 b %  2 3
26:バイアグラ殺人事件 1999年  2

注:1,2,3 本論のテーマにあえて当てはめた内容
#:未読
%:短編集
a:結城鉄平 シリーズ
b:高山瑠美子 シリーズ

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