西尾正論 どの方法で闇を見つめたのか?

 戦争はあらゆるものに、多大の影響を与えます。
文学もまた、それから逃れる事は出来ません。
敗戦によって、その前後で思想的に、表現の自由という大きな影響を与えた第二次世界大戦ですが、個人レベルで見るとあまりにも大きい事件でした。
死亡という最悪の形になった作家もいます。
戦時中に、全く好まぬ作品を書かざるを得なかった作家もいます。
発表の当ても意志もなく、ただ何かを書いた作家もいます。
何をしていたかさえ知られていない人もいるでしょう。
戦争が終われば、こんな作品が書きたいと願って準備していた作家もいますが希です。
多いのが、戦時中が大きなブランクとなったしまった作家です。
戦前・戦後も多くの作品を残した少数の有名な作家は、例外的でした。
戦後直ぐに、探偵小説を含む娯楽雑誌が作られて、新人コンクールから有望な新人が複数登場しました。

 その結果、戦前・戦後と書いた複数の中堅以下の作家には、厳しい環境となりました。
一つは、作家としてのブランクを埋める問題です。
次に、発表の場が存在するかどうかの問題です。
最後に、時代の変化の中でいかなる内容の作品を書き続けるかの問題です。
これらに全て成功したのは希でした。
色々な事情で、作品の発表が途切れる事が多かったです。

 西尾正は、若干事情が異なりますが、大きく見ると戦後に復活したものの、大きな成果がなく死去という形で作家生活を終えた作家です。
発表作は今では入手困難な雑誌に掲載されたままでしたが、戦前の発表作のいくつかは、その後に現在に至るまでに、いくつかの雑誌・アンソロジーで再録されました。
戦後になると、発表誌がよりマイナーになり、しかも再録が殆どなく知られざる作家として死去しました。
21世紀になって、ほぼ全作品をまとめた選集が編まれてようやく全貌を表しました。
この様な、単行本のない作家は他にも多く存在します。

西尾正の年代別の作品の発表数と、その後の採録数を書き出してみましょう。
発表作品数:33作(一部未確認・推測も含む)
採録作品数:7
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発表年 ・作品数・採録数
1934・3  ・2
1935・6  ・2
1936・4  ・2
1937・0
1938・3  ・1
1939・1
1940・0
1941・0
1942・0
1943・0
1944・0
1945・0
1946・1
1947・7
1948・4
1949・2 >死去
1950・0
1951・1
1952・1

 第二次世界大戦終戦が1945年ですから、戦時中は発表は途絶えています。
戦前と戦後に、きれいに活動期が分かれています。
長く謎となっているのは、採録が戦前に偏っている事です。
中島河太郎の「戦後の作品は粗製濫造」という評価が存在していたが、個々の作品についてそうではないという評価も登場してはいます。
21世紀にようやく出た全集に近い、はじめての単行本はあらためて評価される機会になったと言えます。

 西尾正は、基本は怪奇小説作家と分類される・あるいは呼ばれます。
怪奇・幻想・ホラー・怪談・SF等は分類が難しいです。
大いにイメージが左右します。
ただこれらはSFを除けば、小説の終わりかたが自由というか必ずしも結論で終わる事を求められていません。
ただ、自由は読む方にもありますので、評価が分かれる傾向は自然な事です。
分野の文法が無いに近く、同時に評価軸もあいまいです。

 全体に重厚で重い文体と内容です。いや、むしろその様に理解されて認識されています。軽く書くと作者らしくない。
最後に落ちがあると、安易に妥協した。
それが重なると、粗製乱造とも見られます。

 戦中に作品が無いことは、その様な作風とも言えます。
そもそもデビュー作の「陳情書」が発禁処分になったとの事ですから。
戦後に突然に書き始めましたが、準備があったか先の見通しがあったかは不明です。
何しろ、病弱の上で1949年死去ですから。
後期の作品の評価が悪い、あるいは分かれる理由は、多作・地方誌発表が多い・ジャンルが変わりかけている・死去の直前まで書かれた様だ等の影響が微妙にあるのでしょう。

 デビュー時の西尾正の小説スタイルは、1人称の文章でした。
それだけでなく、書簡・手記・小説・談話等の形式が目立ちます。
それが、怪奇風の作風に合うかどうかは微妙ですが、結論のない終わりかた、あるいは叙述者の妄想かもしれない終わりかたが多い事とは無関係ではないです。
視点を超えた1人称形式で漸くかろうじて成立する終わりかたと言えるでしょう。
小説自体が、危うい位置に立っていたがかろうじて成立して、特異な位置での評価となっていたと思えます。

 作者の意識に大きな変革は無かったと思えるのですが、視点としての1人称や3人称の視点が次第に中期以降に増えました。
これで、同じ様な終わりかたをすると、バランスが変わります。
結論のない小説、解決ではない落ちのある小説に見える傾向に変わります。
このあたりは、読者にゆだねられるのですが、発表作の一部には内容とバランスが取れていると思える作品はあります。
ただ全体には、尻切れとんぼか安易な落ちの小説に見えてしまいます。

 総合して、作者は全体に小説の内容に大きな変化はなく、謎の解決を行わない・妄想で終わる・本題から離れた落ちで終わる等の、危ない終わりかたを続けました。
それが、書簡・手記・小説・談話等の形式の1人称と、視点としての1人称と、3人称視点で読者の受けるものが変わってしまいました。

作者に、そのような計算はなく結果的にそのようになったとの仮設も成り立つと思います。
しかし、読者にとっては受け入れやすいのは、書簡・手記・小説・談話等の形式の1人称であり、結果的に初期の作品のみが評価が高く、採録される事になったと思います。

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西尾正作品リスト
(2017/06:現在)


短編
1:陳情書 1934/07
2:海よ、罪つくりな奴! 1934/09
3:骸骨 1934/11
4:土蔵  1935/01
5:打球棒殺人事件 1935/06
6:白線の中の道化 1935/07
7:床屋の二階 1935/07
8:青い鴉 1935/10
9:笙子の場合--小説家U君の草稿 1935/12
10:海蛇 1936/04
11:線路の上 1936/05
12:めっかち 1936/06
13:放浪作家の冒険 1936/12
14:跳び込んで来た男 1938/04
15:月下の亡霊 1938/07
16:試胆会奇話 1938/11
17:地球交響楽 1939/02
18:守宮の眼 1946/07
19:路地の端れ 1947/04
20:幻想の魔薬 1947/04
21:歪んだ三面鏡 1947/09
22:紅バラ白バラ 1947/10
23:八月の狂気 1947/11
24:墓場 1947/11
25:人魚岩の悲劇 1947/12
26:情痴温泉 1948/06
27:怪奇作家 1948/07
28:女性の敵--近代犯罪説話「観念の殺人」 1948/06
29:焼けビルの幽鬼 1948/10
30:謎の風呂敷包 1949/03
31:地獄の妖婦 1949/11
32:誕生日の午前二時 1951/01
33:海辺の陽炎--大学生のある老夫人に与えた書簡 1952/09


著書リスト

西尾正探偵小説選1 作品集 2007/02
  1-13
西尾正探偵小説選2 作品集 2007/03
  14-25、27-33

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