泡坂妻夫論

純粋な本格推理小説で出発した泡坂妻夫も、人情ものや時代物の捕物帳を書くようになりました。
本人が日本伝統の紋章上絵師でもあることから不思議はありません。また奇術でも有名な達人でも有ることから、仕掛け・トリックに深い拘りがあるのも理解出来ると思います。

従って、私は泡坂妻夫の作品を
(1)トリック物(2)人情物に分けて考えています。双方の中間的な作品も当然存在します。
泡坂の作品(本格推理小説)は表面的には多岐にわたりますので、これをトリック物としてまとめてしまう事に反対の意見も多いと思います。
これは作品をテーマ・シリーズ・キャラクター・文章・構成・技巧などの数々の特徴でみる場合に生じます。
一方、作者が考え出し実現させようとしたトリックを最大限に生かす事を目的に、トリック優先でその他の事を決めて行ったと考えれば「トリック至上主義」としてひとつに考える事ができます。
トリックを生かすために、通常では考え難いあらゆる手段を考えだしこれを可能にする舞台・人物・時代・文章等を設定したと考えます。
トリックには、作品内の人物に対するものと、読者に対するものがあります。その種類により、表現・構成などあらゆるものが変わることは必然といえます。
もし読者がトリックと作品内容が合っていないと感じたならば、作者の設定に誤算があったか読者が作品を充分に読み切れていないか、あるいは多分一番可能性が高いですが読者が作者のトリックに嵌ったまま気がついていないのどれかでしょう。

トリックの中でも、作者が読者に対して仕掛けるものは大がかりなもの程、非常な技巧と努力が要求されます。
そして読者は、このような作品に対しては細部まで詳しく読み成立の可否を調べる傾向にあります。
人間が書く小説には大なり小なり誤りがあります。普通の作品では読み飛ばしてしまう所でも、この種類の作品では欠陥として指摘されます。泡坂作品でも同様の事がいえます。
しかし私は、これは逆に読者を完全に作品に引きつけてしまう事であり作者の勲章と考えたいと思います。
推理小説はトリック・犯人・真相が分かると二度は読まれないとしばしば言われます。
しかし、複雑・精緻・技巧の元に書かれた作品は読者を再読させる魅力があります。少なくとも私個人は泡坂作品を複数回読んだ事が度々あります。
実際の所、複数回読まなければわずかな文章ミスの指摘などがあるとは思えません。従って、泡坂作品は再読される推理小説と位置付けしています。これは長編のみではなく、連作シリーズでも同じです。
シリーズを通しての伏線が貼ってあるのを、気づいていても全く見逃していても最後に真相が分かると読み直して伏線を探すのが習慣になってしまっています。
そんな事はしないと言う人は、本格推理小説特にトリック小説にあまり興味がないと断言できます。泡坂は多くのシリーズを作り・完結させました。
しかし、シリーズの完結編を読むたびに完結していないシリーズの作品の評価をする、あるいは単に感想を述べる事も何か大きな事を見逃していないか心配になります。

泡坂がデビューした時は、いわゆる社会派(言葉として適当でない部分もあります)が主流の中で、突如起こった横溝正史ブームの最中でした。
横溝自身も「社会派以降の本格推理小説は影響を受けざるを得ない」と言っていますが、作家を志す人特に本格推理小説を志す人は過去の作品を知っている必要があります。
人間ですから限界はありますが、何も知らないで書くことはトリックの再使用を行ってしまう危険性があります。全く新規なトリックは少ないとしても、前例を意識して時代に合ったアレンジで工夫をするべきです。
横溝ブームの中で、本格推理小説の復活の傾向がありましたが、当然新しい書き手を求める動きもありました。
その中で登場したのです。デビュー時の泡坂の作風は日本の推理小説界には殆どいない少数派でしたので、期待を持って迎えられました。特にそれを明言したのが中井英夫です。
泡坂の作風を欧米の誰の影響を受けているとか、どの様な作品の雰囲気と似ているとかしばしばいわれました。しかし私にとっては、先に述べたように外見上の類似性や過去の誰の影響等は、泡坂作品を論じる時にはほとんど意味がないとかんがえます。
それは、先にのべた様にトリックを最大に生かすために他の要素を変える事をいとわないのですから単に作者の手段に過ぎないと考えるからです。

私は本論で、引用を全く行っていません。これには二つの理由があります。ひとつは本人による複数のエッセイ等の本が有ることです。
もうひとつは、泡坂は予告・作者の言葉・後書きその他をもトリックのために利用する事が有ることです。
作者の言葉を引用する事自体が難しいのです。

泡坂の推理小説について語ってきましたが、量的に多いことは事実ですが、時代物や人情ものが余技であるような誤解はしないで下さい。
具体的な統計は取っていませんが、短篇の名手でもある泡坂は色々な年間ベストアンソロジーに作品が録られています。
例えば推理小説年鑑・現代小説集・時代小説集などです。どの分野でも見掛ける作家としては、陳舜臣や黒岩重吾などが記憶にありますが、泡坂も同様にどのアンソロジーにも多く録られています。
非常に守備範囲の広い作家のひとりであると言えます。本格推理小説のファンにとっては、量的にこの分野が多い事が非常に幸運であったと感じます。

泡坂の個々の作品についてはあえて述べませんでした。トリック小説の一部でも述べることは、いくら再読したくなる作者でも好ましくないと感じるからです。

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泡坂妻夫著書リスト
(2017/05:現在)
 
 
亜愛一郎 #
曾我佳城 $
怪盗S79号 %
ヨギ・ガンジー &
能坂要・宝引の辰 @
夢裡庵 *
海方惣稔・小湊進介 +
亜智一郎 <
 
 
長編
11枚のとらんぷ 長編1 1976/10
乱れからくり 長編2 1977/12
湖底のまつり 長編3 1978/11
花嫁のさけび 長編4 1980/01
迷蝶の島 長編5 1980/12
喜劇悲喜劇 長編6 1982/05
妖女のねむり 1983/07 長編7
花嫁は二度眠る 長編8 1984/04
死者の輪舞 長編9 1985/05 +
猫女 長編10 1985/12
しあわせの書 長編11 1987/07 &
斜光 長編12 1988/07
黒き舞楽 長編13 1990/03
毒薬の輪舞 長編14 1990/04 +
旋風 長編15 1992/05
写楽百面相 長編16 1993/07
弓形の月 長編17 1994/04
生者と死者 長編18 1994/11 &
からくり東海道 長編19 1996/09
春のとなり 長編20 2006/04
 
 
作品集
亜愛一郎の狼狽 作品集 1978/05 #
 「DL2号機事件・右腕山上空・曲った部屋・掌上の黄金仮面
  ・G線上の鼬・堀出された童話・ホロボの神・黒い霧」
   注:「ホロボの神」は雑誌初出より改稿
秘文字 共著 1979/02
 「かげろう飛車」
   注:暗号化して掲載
煙の殺意 1980/11 作品集
 「赤の追想・椛山訪雪図・紳士の園・閏の花嫁
  ・煙の殺意・狐の面・歯と胴・開橋式次第」
亜愛一郎の転倒 作品集 1982/07 #
 「藁の猫・砂我家の消失・珠洲子の装い・意外な遺骸
  ・ねじれた帽子・争う四巨頭・三郎町路上・病人に刃物」
天井のとらんぷ 作品集 1983/06 $
 「天井のとらんぷ・シンブルの味・空中朝顔・白いハンカチーフ
  ・バースディロープ・ビルチューブ・消える銃弾・カップと玉」
ヨギガンジーの妖術 1984/01 作品集 &
 「王たちの恵み・隼の贄・心魂の怪光・ヨギガンジーの予言
  ・帰りた銀杏・釈尊と悪魔・蘭と幽霊」
  注:「蘭と幽霊」は1987/01復刊時に追加
亜愛一郎の逃亡 作品集 1984/12 #
 「赤島砂上・球形の楽園・歯痛の思い出・双頭の蛸
  ・飯鉢山山腹・赤の讃歌・火事酒屋・亜愛一郎の逃亡」
ゆきなだれ 作品集 198502
 「ゆきなだれ・厚化粧・迷路の出口・雛の弔い・闘柑
  ・アトリエの情事・同行者・鳴神」
ダイヤル7 作品集 1985/12
 「ダイヤル7・芍薬に孔雀・飛んでくる声・可愛い動機
  ・金津の切符・広重好み・青泉さん」
妖盗S79号 作品集 198707 %
 「ルビーは火・生きていた化石・サファイアの空
  ・庚申丸異聞・黄色いヤグルマソウ・メビウス美術館
  ・癸酉組129537番・黒鷺の茶碗・南畝の幽霊
  ・檜毛寺の観音像・S79号の逮捕・東郷警視の花道」
奇跡の男 作品集 1988/02
 「奇跡の男・狐の香典・密会の岩・ナチ式の健脳法・妖異蛸男」
折鶴 作品集 1988/03
 「忍火山恋唄・駆落・角館にて・折鶴」
鬼女の鱗 作品集 1988/03 @
 「目吉の死人形・柾木心中・鬼女の鱗・辰巳菩薩
  ・伊万里の杯・江戸桜小紋・改三分定銀」
花火と銃声 作品集 1988/06 $
 「石になった人形・七羽の銀鳩・剣の舞・虚像実像
  ・花火と銃声・ジグザグ・だるまさんがころした」
びいどろの筆 作品集 198901 *
 「びいどろの筆・経師屋橋之助・南蛮うどん
  ・泥棒番付・砂子四千両・芸者の首・虎の女」
蔭桔梗 作品集 1990/02
 「増山雁金・遺影・絹針・簪・蔭桔梗・弱竹さんの字
  ・十一月五日・竜田川・くれまどう・色揚げ・校舎惜別」
砂のアラベスク 作品集 1990/10
 「砂のアラベスク・ソンブラの愛・夜の人形・裸の真波」
ぼくたちの太陽 作品集 1991/01
 「雨女・蘭の女・三人目の女・ぼくたちの太陽
  ・危険なステーキ・凶手の影」
夢の密室 作品集 1993/08
 「石の棺・蛇の棲処・凶漢消失・トリュフとトナカイ
  ・ダッキーニ抄・夢の密室」
恋路吟行 作品集 1993/10
 「黒の通信・仮面の恋・怪しい乗客簿・火遊び・恋路吟行
  ・藤棚・勿忘草・るいの恋人・雪帽子・子持愛」
自来也小町 作品集 1994/06 @
 「自来也小町・雪の大菊・毒を食らわば・謡幽霊
  ・旅差道中・夜光亭の一夜・忍び半弓」
泡坂妻夫の怖い話 作品集 1995/05
 「毒・ハートのQ・解坂中腹・ミュージシャン・階段
  ・ねずみ穴・雨の銀座・大仕事・固い種子・虫の知らせ
  ・影人形・烏が・実用の品・お助けおばさん・悪夢
  ・唇紅・大欲は無欲・排水口など・御徒町・黙祷・自然食
  ・まんまん鳥・分身・牡丹記・永日・面・女護も島
  ・妻恋おきみ・キジマくんの話・吉田御殿・妖香」
凧をみる武士 作品集 1995/05 @
 「とんぼ玉異聞・雛の宵宮・幽霊大夫・凧をみる武士」
からくり富 作品集 199605 *
 「もひとつ観音・小判祭・新道の女・猿曳駒・手相拝見
  ・天正かるた・からくり富」
砂時計 作品集 1996/12
 「女紋・硯・色合わせ・埋み火・三つ追い松葉・静かな男
  ・六代目のねえさん・真紅のボウル・砂時計・鶴の三変」
亜智一郎の恐慌 作品集 1997/12 <
 「雲見番拝命・補陀落往生・地震時計・女方の胸
  ・ばら印籠・薩摩の尼僧・大奥の曝頭」
鬼子母像 作品集 1998/12
 「鬼子母像・弟の首・鳴き砂・ライオン・他化自在天
  ・指輪の首飾り・竹夫人・三郎菱・ジャガイモとストロー
  ・色縫い・幕をおろして・連理」
朱房の鷹 作品集 1999/04 @
 「朱房の鷹・笠松草・角平市松・この手かさね
  ・墓磨きの怪・天狗飛び・にっころ河岸・面影蛍」
泡亭の一夜 作品集 1999/10
奇術探偵曽我佳城全集 作品集 2000/06 $
 「天井のとらんぷ」+「花火と銃声」+
 「ミダスの王の奇跡・浮気な鍵・真珠夫人・とらんぷの歌
  ・百魔術・おしゃべり鏡・魔術城落成」
比翼 作品集 2001/02
 「風神雷神・筆屋さん・胡蝶の毎・スペードの弾丸・赤いロープ
  ・思いのまま・お村さんの友達・比翼・記念日・好敵手・花の別離」
飛奴 作品集 2002/10 *
 「風車・飛奴・金魚狂言・仙台花押・一天地六
  ・向い天狗・夢裡庵の逃走」
鳥居の赤兵衛 作品集 2004/08 @
 「鳥居の赤兵衛・優曇華の銭・黒田狐・雪見船・駒込の馬
  ・毒にも薬・熊谷の馬・十二月十四日」
蚊取湖殺人事件 作品集 2005/03
 「雪の絵画教室・えへんの守・念力時計・蚊取湖殺人事件
  ・銀の靴殺人事件・秘宝館の秘密・紋の神様」
揚羽蝶 作品集 2006/11
 「揚羽蝶・雪月梅花・紋の華苑・鳥居と兎・精神感応術
  ・おじいちゃんのシンプル・小さなサーカス・コロスケの貯金箱」
織姫かえる 作品集 200808 @
 「消えた百両・願かけて・織姫かえる・焼野の灰兵衛
  ・千両の一失・菜の花や・蟹と河童・五ん兵衛船
  ・山王の猿・だらだら桜」
泡坂妻夫引退公演・1 作品集 2012/08
 「大奥の七不思議 <・文銭の大蛇 <・妖刀時代 <
  ・吉備津の釜 <・逆鉾の金兵衛 <・喧嘩飛脚 <
  ・敷島の道 <・兄貴の腕・五節句・三国一・匂い梅
  ・逆祝い・隠し紋・丸に三つ扇・撥る・母神像・茶吉尼天」
泡坂妻夫引退公演・2 作品集 2012/08
 「カルダモンの匂い &・未確認歩行原人 &
  ・ヨギガンジー、最後の妖術 &・月の絵・聖なる河・絶滅
  ・流行・魔法文字・ジャンピングダイヤ・しくじりマジシャン
  ・真似マジシャン・交霊会の夜」
   注:1と2は2冊揃い箱入り
 

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