西東登論 動植物と戦争体験の影

 西東登は、1917年生まれで1980年死去です。
 1943年デビューですが、1964年の江戸川乱歩賞受賞から長編を発表しています。主な活動は、遅いといえるでしょう。結果的に17年間が長編を発表した期間となりました。
 筆者は、西東登の短編はわずかしか読んでいないので、長編の感想となります。
 作家は、ある程度の数の長編を書くとその中には、色々と変わった傾向のものが含まれます。ひとりの作者をひとつの事で区切る事は実は難しい作業なのです。
 所が、西東登作品は、ひとつの事でまとめる事が可能ではないかと考えます。勿論ある程度の幅はありますし、それが必要な事という訳ではありません。しかし、それが可能と思うのです。
 一つのキーワードは「動植物」です。
 もう一つは「戦争体験」です。
 西東登作品は、ミステリとして見ると本格味の強い物から、ミステリ味の希薄なものまであります。極度にシリアスな物は少ないですが、ユーモア味やサスペンス風や落ちのある話が含まれています。
 従って、作品のジャンル分けやミステリとしての質を扱う事は、実はかなり厄介といえます。しからば、その内容はどうかと言うと上記の2つのキーワードが、どの作品にも特に「動植物」は強く関わって来ます。
 何故このような事になって居るのかは、謎が多く予測の範囲を超えないでしょうが、本論ではあえてこの部分に立ち入る事にします。
 ミステリのジャンルでは、動植物の性質をトリックに利用した作品は古来から多くあります。これは利用価値が高いからでしょう。
 非常に知られた動植物ならばそしてその性質ならば、あえて伏線を貼る必要もありません。実際はなにげなく織り込む方がベターで作者の腕の見せ所となります。逆に、珍しいものや性質の場合は本格のフェアプレイであれば伏線で読者に知識を与える必要があります。非本格の場合はサプライズのみで利用する事も可能です。その場合は謎とは言い難いですから、他の部分の内容が問題となります。
 後者は動植物の性質を利用する事のメリットが薄そうです。しかし、その存在や知識が時代・地域とともに変化する事を利用するとかなり面白い内容にする事が出来ます。
 トータルとして動植物の性質の利用は、ミステリの定番のひとつとなっています。その意味では西東登のみが、特別と言えないです。
 ただ、拘りと利用の仕方が幅広い事がこの作者の特徴です。拘りとは良い意味でとらえていますが、悪く言えば必要性がなくても登場させている感があります。読者にとっては、ほとんどの人はそれほど拘りはないでしょう。動植物が主題・副題に登場すれば満足という人は少ないでしょう。だとすれば、特徴であっても長所とは言えないです。作者の引出しが小さいのか、趣味の問題となってしまっています。
 1940年代に第2次世界大戦が終わりました。長編ともなれば登場人物の歴史・過去が絡む事は多いです。1970年頃は30年後で、微妙な年でしょう。登場人物の年齢によっては戦争経験は避けられません。しかし、必ずしもそうだとも言えない年数が経過しています。
 戦争を知らない年齢の登場人物ばかりでは小説にならないでしょうが、作者の年齢も関わるのか主人公的な人物の年齢が高く、相当に気になる程に戦争体験が話に登場します。何故かを推測すれば、丁度社会派と呼ばれるジャンルが盛んな頃にデビューとなります。その影響は受けざるを得ません。実際に汚職問題なども舞台となっています。想像するにミステリの幅広いジャンルのほとんどの作家が社会派を意識せざるを得なかった時代では無かったかと推測します。しかし、それを描くには個々で得手不得手があります。
 戦争は大きな社会問題ともとらえる事が出来ます。戦争経験のある作者達がその経験を社会問題として取り入れる事は十分にありえます。

 西東登作品はジャンルが幅広いとしました。しかし一方で、背景や題材に共通点が多いと言うことは、やや作品を狭める方向に働きます。これは作者の評価をゆらします。読み方によれば、類似した内容と感じる可能性が高いからです。
 じっくり読めば差は分かるという意見もあると思います。ただ文体や小説展開が軽いタイプですので、読み逃されがちと言えます。作者に何かの計算があったのかどうかは分かりませんが、結果的に損な作品群になったと思います。

 地味な作風・トリックの作品・作風ですが、「一匹の小さい虫」の様なトリッキーなものもあります。時代背景を含めて医学的に成立しているのかは良く分かりません。
 また動植物についても馴染みが薄いものがかなりあります。それが実在するのか、架空なのかを考えこむ事もあります。これば、馴染みの深いものならば十分にトリッキーと言えますが、保留したくなります。
 シリーズ探偵の、「毛呂周平」は作風を反映したような地味で謎の解決にはかなり頼りない人物に設定されています。いわゆるキャラ映えしないタイプです。

 江戸川乱歩賞受賞の「蟻の木の下で」のみ有名で他は復刊される事もなく、消えた訳ではないがミステリの歴史の中で薄い色を残す存在でいるというのが、平均的な位置つけでしょう。


参考:本論の参考に(書誌的に正確さは不明です)
注:本稿の参考の為であり書誌的な精度は未確認です。
%:未読
a:毛呂周平シリーズ

蟻の木の下で  1964
轍の下      1965
偽りの軌跡  1968   %
熱砂の渇き  1971
一匹の小さい虫  1972
鶯はなぜ死んだか 1972
阿蘇惨劇道路  1972
深大寺殺人事件  1972 a
ホステス殺人事件 1973 a
狂気殺人事件  1973 a
幻の獣事件  1974
謎の野獣事件  1974   %
魚が死を招く  1975
殺人名画  1975 a
謀略      1978
クロコダイルの涙 1981

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