岩崎正吾論 山梨発の視線

作家のデビューはには色々のきっかけがある。
応募新人賞が増えた(短命なものもあるが)頃からでも、それは変わらない。
新人賞と言っても、作品は新作のみでも既発表経験者を除外するものは少ない。

多作な作者には、同時に複数の応募新人賞に募集する事も珍しくない。
むしろ、問題は受賞後やデビュー後の作家活動だ。
継続して発表する必要条件は、出版社から注文がある事であり、そして作者にその需要に応じるポテンシュルがある事だ。
例えば、書きたい時に書きたい物を自由に書いて出版したいと考えてもそれは無理だろう、その結果多くの兼業作家が誕生し、その中から専業作家が誕生し、生涯が兼業作家のままの作家も存在はする。

出版社は新人作家が登場すると、その書けるジャンルの見極めと執筆可能量の見極めを行うと言われる、執筆注文しても完成予定が未定と言う作者でも、順番待ちしてでも依頼し続ける作家は極少数だ。
しかも予定した作品の内容が期待と異なる時には、両者の関係で出版されるかどうかあるいは初版部数が決まる、売れ無い事は作者と出版社双方にリスクをもたらす。
一方で出版社は自社の応募新人賞以外でも新人作家を探す、それが編集者の大きな仕事とも言えるだろう。

岩崎正吾のミステリ関連の執筆は、幾つかを組み合わさった複雑な形であった。
出版との関係は、自身の出身地山梨県で「やまなしふるさと文庫」を出版し、自らもノンフィクションを執筆しその事業維持が難しくなったときに、小説を書いたのがきっかけと言う。
それが「横溝正史殺人事件あるいは悪魔の子守唄」で、地方出版の制限では爆発的な販売は期待し難いが、一部のマニア間で徐々に知られる様になったとされる。
その読者の中に「鮎川哲也と13の謎」と言う新人を中心にした叢書を計画中の東京創元社の編集者がいて、「風よ、緑よ、故郷よ」の新作の出版と、「横溝正史殺人事件あるいは悪魔の子守唄」の文庫での商業出版「探偵の夏あるいは悪魔の子守唄」となって、作家として表舞台にデビューした。
時期的には「新本格」登場と重なるが、同時の立ち位置となった。

「横溝正史殺人事件あるいは悪魔の子守唄」(「探偵の夏あるいは悪魔の子守唄」)は元々は作家デビューとか全国的な商業出版を想定していなく、いくつかの変則内容があり、一部が以後に継続された。
一つはペンネームの由来が書かれている事で、他は「探偵の秋あるいは猥の悲劇」「探偵の冬あるいはシャーロック・ホームズの絶望」と続く本家取りシリーズだ。
本家取りとは明白な説明が難しい、パロディ要素もある、元の本またはキャラクターを知っている方が面白いかも知れないが全く知らなくとも問題はない。
ストーリーも似た傾向があり、関連があるのかパロディなのか、はたまた知らなくとも問題なく読めるから良いのか。
そもそも、海外作品と探偵を日本で別作品で関連させるのは、ミステリ的には無理がある、それを越えるには本質は無関係だ、現実の立ち位置はよく判らないと言える。
それは、作者の意識がどこまで関連してるか不明で、かつサンプル数が3作では如何様にも理解出来るからだ、結局は普通のミステリとして読み評価するしか無い状態だ。
そもそも横溝とクイーンと、ホームズではキャラクター使用作品の数が圧倒的に異なるのでホームズに関してはちょっとした趣向とは行かない事情が書く以前に存在した。
その内容を見てみると
第一章 ヒーローの研究
第二章 光頭倶楽部
第三章 バスかビル家のイヌ
第四章 「まだらのひもの・・・」
第五章 シャーロック・ホームズの復活
語り手は甲州出身の成金で横浜で成功しワトソンになる夢でベーカー街を作ろうとしてごく一部の区域にそのたたずまいが残った。
自称ワトソンが狂人と会い自らをワトソンと呼ばせホームズとすると、妄想を語たり出すがその内容が・・・・。
作者自ら四季と呼ぶが、「探偵の春・・・」は未完で江戸川乱歩と明智小五郎は本家取りされていない。

「風よ、緑よ、故郷よ」「恋の森殺人事件」「夜叉神山狐伝説」の3作は主人公らが同一である事から作者が田園派ミステリと述べそれでまとめたくなるようだ。
ただし「田園派ミステリ」とはあくまでも第1作の「風よ、緑よ、故郷よ」の事であり、「恋の森殺人事件」はがちがちのトリッキーな本格ミステリで、「夜叉神山狐伝説」は冒険小説的な伝奇小説で、あえて「田園派ミステリ」と呼ぶ必要はないだろう。
これらの舞台は、山岳地帯が近くにあり、動物公園が近くにある、田園地帯が設定なのだが同じ登場人物にしたのは作者の意向か出版事情なのか、対した意味はないのか謎だ。

似た事は、「ハムレットの殺人一首」と「信長殺すべし 異説本能寺」の別の主人公の2冊だけのシリーズにも言える、内容的には同一キャラクターにする必要性はなかった。
「ハムレットの殺人一首」は探偵探し的な意味も含まれるし、紀貫之の歌がきっかけになる連続殺人を描く内容だ、一方「信長殺すべし 異説本能寺」は前作の探偵役が入院して安楽椅子探偵として行う歴史推理という内容だからだ、ただこれも作者が書き続ければ変わる内容だが続編は登場していない。

「新本格」の議論が華やかしい時もそれ以降も、地味で堅実という作風は、作家としての書き下ろし文庫コンテスト優勝という肩書きがつく「闇かがやく島へ」も含めて作者の平均的な見方になった、だが実際の多様は題材と創作ジャンル・形式を拡げる事で、小説も拡げ様としたとも取れる、これで多作ならば大きな成果に繋がったとも期待出来るが、その為には作品数が少なすぎる。
いくら平均点が高くとも、作品数が少ないと、突出した1作のみの作家よりも時代の風化に晒され易いとも言えるし、本格ミステリでは細部が粗い疑問の指摘もある。
デビュー時に既に習作の時は過ぎていて、新人期間がない作家だから作品全てが同じ高いレベルである事は不思議でないが、新人賞がデビューのきっかけになる事の多いミステリのジャンルではやはり異色なのだろう。

その中で作者と山梨との関係は、他に較べると明らかに強い。
例を挙げる事も可能だし、それは避けた方が良い作品もあるが、少ない発表作の中の比率を少なめに見ても明らかだが、具体的に題名を述べるのが好ましくない作品も存在する。


参考作品(2016年現在)


・横溝正史殺人事件あるいは悪魔の子守唄:1987年 のちに「探偵の夏あるいは悪魔の子守唄」に改題
・風よ、緑よ、故郷よ:1988年
・恋の森殺人事件:1989年
・ハムレットの殺人一首:1989年
・探偵の秋あるいは猥の悲劇:1990年
・夜叉神山狐伝説:1990年
・風の記憶:1992年 短編集
・信長殺すべし 異説本能寺:1993年
・闇かがやく島へ:1993年
・探偵の冬あるいはシャーロック・ホームズの絶望:2000年
・遥かな武田騎馬隊:2001年

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