大谷羊太郎論・本格推理小説作家の多作技法

作品論と感想文の違いは、テキストのみを対象にするか書かれた背景や環境の影響も含めて考えるかの違いが大きく、1作の内容を評価する事も大きいがその足し算だけで作品論や作者論にはならないと考える。
作者が多作で活動期間が長く、その結果で論じる者が作品の一部しか読んでいないなら、1作毎の足し算ならば読んだ作品数で内容が決まる事になる、それは否定しないが多作家を取りあげるハードルが高くなる過ぎる。
大谷羊太郎の作品は、個人的にはたぶん読書量的にはトップクラスだが同時に未読の多さも同様で、それが本論の弱点との前提だ。
未読本情報は資料的で本を見ていない事が多く情報の精度は落ち、同時に個々の作品内容も記憶は少なく混乱も多いと思われ、奇妙な状況で書く事になる。

大谷羊太郎は江戸川乱歩賞受賞で実質デビューしたが、当時の傾向と同じく複数回応募で受賞している、そして後になり受賞作と候補作を比較する機会があれば、その差が微妙だと気づく。
あくまでも選考委員がその当時の環境で選んだ作品で、別の条件で比較しても意味は変わり得る、受賞は作家活動の機会を得るがその後は何も保証しないし義務もない、ただしその環境に運と不運は存在する。
1969年は推理小説が多くのジャンルに広がった後の時期であり、1975年付近の横溝正史ブームの少し前で、1980年からの新本格が登場する1世代前だ。

本作者に限らず継続して活動した作家は多いが、注目度に差が生じる事は避けらない、1975年はまだ中堅になるかどうかの時代で、1980年には新本格グループではなく、広い守備範囲の評論家や研究家には対象になるが、若い世代の評論家や研究家には読まずして除かれる感があり、それは他の多くの作家にも傾向が見られる。

大谷羊太郎は基本は本格推理小説作家であり、トリックがやや比重が多いが全体のバランスで書く作家と考える、それは奇想でなく社会派でなくロジック派でも叙述派でもストーリーアイデア派でもないが、作品の中にその要素を探す事は可能だが「あえて」という言葉をつける事になる。
それは、ハードボイルドやサスペンス等の他のジャンルについても同様で、バランスをとった本格推理小説の中に他の要素を探す事は可能だが特に意味を感じない。
作品は短編から長編まで多数あるが、超長編は見当たらない。
それは、作品が注文で書かれたと思える物が多く枚数の要求があったと考えられる事が理由のひとつで、他は作品に長編向けの素材(トリックと背景テーマ)から短編向けの素材までを短めの長編として書いている事を理由とする。
短編素材を、1:複数の組合わせで長編にする、2:サスペンスや複数視点や旅情描写やロマンス等の追加で長編にする、3:シリーズキャラクターの使用の有無で登場人物の紹介や思考の内容の調整で真相までの時間(枚数)を調整する、等がある。
このように書くと素材に合った長さがあるべきという意見が出る事は承知しているが、現代日本作家は多くは長く書きすぎていると感じるし、短く推敲するないしは適切に書いているとは思いがたい事が多い。

大谷羊太郎の作風は必ずしもシリーズキャラクターや名探偵を必要とはしないが、紹介のスペースを調整し易いシリーズキャラクターは有利な場合もあり、八木沢刑事の登場には自然な要請があったと思うし、キャラクター設定もそのようにしている様だ。
八木沢刑事は、捜査係の中で古参で場合によれば自由な捜査を係長から認められる事も多く、例外的に1人での捜査も認められ、管轄外での捜査も同様で、警察の組織捜査も、私立探偵的な個人捜査も可能な設定で、八木沢刑事自身が最初から最後まで捜査する設定は少なく、基本は突き当たってしまった捜査を違う観点から指摘して解決に繋げる名探偵型といえる。
事件の難度や種類で、八木沢刑事の登場時期を小説内で調整する事で名探偵度を維持でき、同時に軽い謎は別の素人の目や捜査官で進める事で小説内で謎を混迷させる事が出来る。
初期を含め、キャラクターなし作品も多いが手法的には似た構成になり、本格推理の素材を他の要素でバランスを取る事で作品間のレベルを維持する事に成功する。

安定した作品数とレベルがあるとそれに応じた注文が生まれ、それを対応する事で多くの作品を積み上げる事が出来る、それは書きたい時や内容のみを書く事でなく、寡作で少数作品で勝負とは異なるが、プロの作家の姿の1つと言える。
現在は時代小説を手がけている様だが、内容を含めた注文の中で対応したと見れば、冒険的な作品が少ない事は、プラスともマイナスとも見方は分かれるだろうし、作品数の割りにはジャンルは少ない事も同様だ。

ただし、本格推理派の作者では他にも見られる傾向でもあり評価を難しくし、同時にこれもこの分野では多いのだが代表作を選びにくい・別れる事になる。
乱歩賞受賞作が紹介されるのは実は1作を選びにくい裏返しと言える、しかし多くの作品が水準を維持していても復刊とか再評価の対象になりにくいという面は、他のこの分野の作者と同様で結果的には、ライトな読者向けに書いた筈がマニアにのみ残る結果を予測させる。


参考:(未確認多い)
*:未読
%:八木沢刑事作品
(注:他のキャラクター物は省略・別名義も省略)


殺意の演奏:1970
虹色の陥穽:1971
死を運ぶギター:1972 *
モーニングショー殺人事件:1972 *
旋律の証言:1972 *
虚妄の残影:1972 *
死の部屋でギターが鳴った:1973
殺人変奏曲:1973 *
殺人航路:1973
ひかり号で消えた:1973
スキャンダル殺人事件:1974 *
殺人予告状:1975 *
御神火殺人事件:1975 *
深夜の訪問者:1975 *
予告自殺:1976 *
華麗なる惨劇:1977
花園の捜索者:1977 *
盗まれた完全犯罪:1977
偽装他殺:1978 *
青春の仮免許:1979 *
複合誘拐:1980
青春の免許証:1980 *
コンサート殺人事件:1981 *
悪の協奏曲:1981 *
二千万人が見ていた もう一つの密室殺人事件:1982 *
三角形殺人事件:1982 *
ダブル・フェイス:1984 *
早坂家の崩壊:1984 *
偽装スキャンダル カラオケパーティ殺人事件:1985 *
真夜中の殺意:1985 *
狙われた夜警たち:1986 *
玉虫色の殺意:1986
殺意の集う夜:1987
悪人は三度死ぬ:1987
スタジオの怪事件:1988 *
連鎖殺人0秒の暗合:1988 *
殺意の誘い:1988 *
邪魔な男:1988 *
その夜の三人 鏡文字9の謎:1988 *
大密室殺人事件:1989
「幻の女」殺人事件:1989
目撃者は二人いた:1989 *
見えない探偵:1989 *
真面目すぎた男:1989 *
伊豆-猪苗代W殺人:1989 *
生れ変った男:1989 *
殺人の二重罠:1989 *
北の聖夜殺人事件:1989 *
濡衣を着る男:1990 *
完全密室殺人事件:1990 *
尾瀬草紅葉殺人事件:1990 *
悲鳴:1990 *
越後七浦殺人海岸:1990 %
脅迫状はレモンの香り:1990
西麻布紅の殺人:1990 %
伊豆高原殺人事件:1990
鳥羽・葛西水族館殺人事件:1991 %
ラベンダーの殺意:1991
やまびこ129号逆転の不在証明:1991 %
死者の誘拐:1991
東京青森夜行高速バス殺人事件:1991 %
浄土ヶ浜殺人事件:1991 %
「秩父山景」三層の死角:1991
瀬田の唐橋殺人事件:1992
恋愛迷宮殺人事件:1992 %
横浜・佐世保港灯り殺人事件:1992 %
神戸異人館恋の殺人:1992 %
奥州平泉殺人事件:1992 %
午前三時の殺人者:1992 *
大密室殺人事件 光文社文庫 1992
泥棒貴族裏金を狙え:1993
宮崎竜宮伝説の殺人:1993 %
花文字の憎悪:1993
悪の相続人:1993
狙われた女:1993
幽霊殺人事件:1994
二重アリバイ三重奏:1994 *
失踪殺人事件:1994 %
佐渡金山死文字の謎:1995 %
六十歳革命:1995 *
伊豆修善寺魔王の謎:1996
大いなる錯覚殺人事件」1996 %
姫路・龍野殺意の詩:1997 %
殺人予告状は三度くる:1997 *
浅間嬬恋殺人迷路:1997
成功術殺人事件:1998 *
牡丹灯籠殺人事件:1998 *
信州安曇野殺意の絆:1998 %
完全犯罪学講義:1998
関越自動車道殺意の逆転:1999 %
加賀金沢殺意の刻:1999 %
奈良・斑鳩の里殺意の径:1999 %
奥琵琶湖羽衣殺人事件:2000 *
東伊豆殺人事件:2000 *
安芸の宮島殺意の杜:2000
伊勢・鳥羽殺人事件:2001
京都三年坂殺人事件:2001 %
南軽井沢殺意の館:2002 *
伊豆恋人岬殺意の砂:2002 *
尾州白帝城殺意の旅情:2002 %
信州千曲川殺意の旅情:2002 %
瀬戸尾道殺意の迷路:2003 *
信州諏訪湖殺人事件:2003 %
信濃黒姫殺人事件:2003 *
京都橋姫殺人事件:2003 *
三河伊良湖殺意の岬:2004 *
甲府昇仙峡殺人事件:2004 *
信州高遠殺人事件:2004 *
下関仙崎・愛と殺意の港:2005 *
奥久慈・愛と殺意の滝:2005 *
月夜野殺人事件:2006 *
浜名湖オルゴール殺人事件:2006 *
杜の都マジック殺人事件:2007 *
名古屋ベネチアングラス殺人事件:2007 *
出雲松江白兎神話殺人事件:2007 *
神戸ステンドグラス殺人事件:2007 *
岡山桃太郎伝説殺人事件:2008 *
三保の松原天女伝説殺人事件:2008 *

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