高城高論 「ヘミングウエイを読んだ男」
小説界特にミステリ界では、アマチュアあるいは兼業作家として活躍した作者が占める歴史的位置つけが大きい事がしばしばあります。
ミステリという特殊な技法や作法を要求されるジャンルでは、専業作家の量産性や文章力よりも、アイデアや細部にまで丁寧に描かれた非量産作品に注目が集まる事もあり得ます。
これは量より質といった単純な問題ではなく、個人の作り出し得る特殊なアイデアに量的な限界があるとする説もあります。ただ創作品である小説は、どうしても玉石混在になる宿命があり、量産作家の職人芸とも言える技術も異なる視点で評価する必要は大いにあります。
兼業作家はどうしても、本業の影響で作品数・作品発表期間に制約があります。特に日本ではホリデー・ライターといっても、第3者の根拠のない中傷はありひいては作者が筆を断つ原因になっているようです。特に、高度成長期の多残業体質は歪んだ目で兼業作家を見る傾向があった事は否定できません。該当作家の職業も大きな影響がある事も否定できません。
作品数・活動期間に制約のある兼業作家は、作品数も少なくいつか幻の作家になりやすい事は否定できません。このような作家の作品群は一般に入手が困難で一部のマニアのみ高い評価を得ています。
最近、入手困難な作家の作品集が発行されたり、アンソロジーが刊行されたりしています。これらには、作品的にはやや見劣りがするが歴史的資料面での意味が高いものと、作品自体のレベルの高さがあるものがあります。後者には自然に歴史的な意味がついて来ます。
アメリカのヘミングウエイが「殺人者」という短編小説で取り入れた文体・スタイルがハードボイルドというジャンルのはじめとする意見が主流です。
そのスタイルをミステリに取り入れたのが、ダシール・ハメットで「血の収穫」からハードボイルド・ミステリがはじまったとされています。
日本において、ハードボイルド・ミステリというジャンルが明確に登場したのは昭和30年台です。しばしば、そのスタイルの違いから高城高・河野典生・大藪春彦の3人を日本ハードボイルドのはじめとする事が多いです。
河野・大藪は以降も職業作家として活躍して多数の作品を残しています。高城高は、最初にのべた兼業作家として1作の長編と質の高い短編群を書きました。しかし、仕事の関係も大きい影響があったと思われますが最終的には作品の発表はとぎれました。
それ以降も、アンソロジーの常連作家として一部の作品のみが読み継がれてきました。2006年末に、唯一だった短編集「微かなる弔鐘」を全て含む短編集「X橋付近 高城高ハードボイルド傑作選」が刊行されました。全集でないのが残念ですが、ごく一部の作品しか読む事の出来なかった読者には非常に歓迎されました。
高城高の作品を、学生時代を過ごした仙台と就職先の北海道に分ける事があります。正確には、後者とそれ以外になると思います。
北海道、特に湿原・雪原・オホーツク・天候などの重苦しく凍てつく孤独感はハードボイルドの舞台に合っており、客観的に記す文体とともに深い印象を残します。そのジャンルの代表作とされる「淋しい草原に」はアンソロジーでおなじみの作品のひとつです。
舞台を北海道以外に設定した作品も、風景描写にとらわれず登場人物をより深く掘り下げているとしてこちらを高く評価する意見もあります。こちらの代表作は「ラ・クカラチャ」でしょう。
いずれの共通点も必要な事のみを短編の中にきっちりと過不足なく書き込んだ小説スタイルが特徴です。読者の中には、もっと多くを書き込む事を考える人もいるかと思いますが、高城高の小説スタイルを多くの作品を読み理解すれば作者の意向は分かると思います。「簡潔で乾いた文体」とそれに合ったストーリー展開は非常に特徴的です。アメリカで始まったハードボイルドの最初のスタイルに近いし、同時にそのジャンルにも合っているとされています。
高城高は、宝石の懸賞で1席になったあとで、江戸川乱歩が編集に乗り出してから、有名な3月連続での雑誌連続発表に選ばれたりしてある期間は作品の発表がありました。
著書は、短編集「微かなる弔鐘」と唯一の長編「墓標なき墓場」でした。そして2006年の暮れに仙台の地域出版社から短編集「X橋付近 高城高ハードボイルド傑作選」が出版されました。
アンソロジーではある程度特定の作品が知られている高城高が、雑誌等で取り上げられたのは、上記著書「微かなる弔鐘」「墓標なき墓場」「X橋付近」以外では私の知っているのは2回です。
雑誌宝石の創刊250号・昭和39年5月号の「ある作家の周囲・34・高城高編」評論:小池亮、紹介:小池亮、著作リスト:島崎博。これが「ある作家の周囲」の最終回で同時に雑誌宝石の最終号です。
雑誌幻影城第51号・1979年5月号「探偵作家再評価シリーズ2:高城高」では3作品の掲載のみで、その他は全く掲載なしでした。1回目の竹村直伸での詳しい扱いとは雲泥の差でした。現実に、雑誌幻影城はこのあと2号で最終号となり、再評価というシリーズは2回のみとなりました。
「X橋付近」を刊行した地域出版社荒蝦夷が発行している「仙台学」で取り上げられた事があるようですが、私は全く知りませんので省いています。
雑誌やシリーズの最終回や廃刊を飾る作家という過去は、高城高作品が一部しか紹介されていなかった状況とイメージが重なります。
「X橋付近」を読んで驚いた事(単に私が知らなかっただけですが)が2つあります。
1は、雑誌宝石の書誌がかなり不完全だった事です。ただ、刊行後に出版社のウエブサイトでなおも追加変更されていますので、まだ完全ではない可能性があります。
2は、意識しての作品の連続性はないと思っていましたが、「賭ける」「凍った太陽」「父と子」の登場人物に重なりがある・・・後日談になっていた事です。見逃していました。エピローグ的な部分がない作品を書いていますので、後日談があっても不思議ではないのですが、この作者は書かないと思いこんでいました。
ハードボイルドと言えば、村上春樹のチャンドラーの新訳「ロング・グッバイ」が出版されて話題になっています。ハードボイルドスタイル小説の訳は非常に難しいというか、訳者により解釈も文体も変わる性格があります。(しばしば指摘されています)
高城高の文体をヘミングウエイから・・・と簡単に言っていますが、現実は何も参考にするものは無かったといえる状況だったと思います。それを、自身の解釈で新しいジャンルとして20才で書き上げた事は非常な驚きです。そして、書かれた作品群がいまだ独自の世界で存在感を持っている事はまさしく、ハードボイルドの開拓者といえるでしょう。
「X橋付近」は、市販ルートにはなく、直接通販で購入する必要がありますが是非多くの人に読まれる事を期待します。書誌は、先に書いたようにその出版社のウエブサイトのものが現時点では一番正確でしょう。
どの書評でも続編・全集が期待されています。2008年に文庫版全集出版の話も聞きます。是非実現される事を祈ります。
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高城高著書リスト
(2017/05:現在)
志賀由利 *
五条文也警部 #
黒頭悠介 %
微かなる弔鐘 1959/04 作品集
「賭ける *・淋しい草原に・ラクカラチャ・黒いエース
・暗い海深い霧・微かなる弔鐘」
墓標なき墓場 1962/01 長編
X橋付近 高城高ハードボイルド傑作選 2006/12 作品集
「X橋付近・火焔・冷たい雨・廃坑・賭ける *・ラクカラチャ・黒いエース
・淋しい草原に・暗い海深い霧・微かなる弔鐘・雪原を突っ走れ
・追いつめられて・凍った太陽 *・父と子 *・星の岬・死ぬ時は硬い笑いを」
墓標なき墓場 高城高全集1 2008/02 長編
凍った太陽 高城高全集2 2008/06 作品集
「X橋付近・火焔・冷たい雨・廃坑・淋しい草原に・ラクカラチャ・黒いエース
・賭ける *・凍った太陽 *・父と子 *・異郷にて 遠き日々 *」
暗い海 深い霧 高城高全集3 2008/08 作品集
「暗い海 深い霧・ノサップ灯台・微かなる弔鐘・ある長編への伏線
・雪原を突っ走れ・アイスクリーム・死体が消える・暗い蛇行
・アリバイ時計・汚い波紋・海坊主作戦・追いつめられて・冷たい部屋」
風の岬 高城高全集4 2008/11 作品集
「踏切・ある誤報・ホクロの女・風への墓碑銘・札幌に来た二人
・気の毒な死体・風の岬・飛べない天使・ネオンの曠野・星の岬
・上品な老人・穴なし熊・北の罠・死ぬ時は硬い笑いを」
函館水上警察 2009/07 作品集
「密漁船アークテック号 #・水兵の純情 #・巴港兎会始末 #
・スクーネル船上の決闘 #・坂の上の対話ー又は「後北遊日乗」補遺」
ウラジオストックから来た女 2010/10 作品集
「ウラジオストックから来た女 #・聖アンドレイ十字 招かれざる旗 #
・函館氷室の暗闇 #・冬に散る華 #」
夜明け遠き街 2012/08 作品集
「引き屋の街角 %・預金残高1億1千万円也 %・フィリピンパブの女 %
・百万円の花籠 %・マンションコレクター %・赤ヘネと札束の日々 %
・夜明け遠き街 %」
冬に散る華 2013/04 作品集
作品集「ウラジオストックから来た女」+「嵐と霧のラッコ島 #」
夜より黒きもの 2015/05 作品集
「猫通りの鼠花火 %・針とポンプ %・6Cのえにし %
・悲哀の喪服 %・企業舎弟の女 %」
眠りなき夜明け 2016/06 作品集
「不安な間奏曲 %・紳士の贈物 %・師走の別れ %・一億円の女 %
・夜よりも黒く %・ローソクの炎 %」
注:「高城高全集1-4」は復刊全集だが単行本初収録多い。
「冬に散る華」は「ウラジオストックから来た女」の文庫化だが
「嵐と霧のラッコ島」が追加
その他
X橋付近から・高城高エッセイ集 200811 エッセイ集