天藤真論 本格推理小説と個性

天藤真がマイナーかメジャーかはよく分かりませんが、熱狂的なフアンが存在する事は間違いありません。
如何に推理小説、特に本格推理小説に制約と決め事が多くても、各作家の個性を隠してしまう事はありません。
天藤真を個性的であるとする見方はほぼ定着していると思います。
ただ、作風にも色々な側面がありますが、一面のみを取り上げている人はかなり多いのではないかと思います。
それはそれで、良いのかも知れませんがより多くを知る事はもっと必要ではないかとも思います。

天藤真のテキストは大きく3つあります。
(1)初出本、(2)角川文庫版、(3)東京創元推理文庫版です。
(1)のそこかしこに作者の言葉があります。
簡単な内容を書く作者も多いですが天藤真は几帳面な性格からか、かなり深い内容を書いています。
(2)は文庫版特有の解説があります。しばしば(1)の内容が引用されています。
そうすると困るのが(3)の解説です。解説者の力量がはっきり分かってしまいます。ネタばれ気味の解説・解説ではなく作者と距離を置いた評論などもあります。
逆に解説を読みたいために購入してしまうほどの内容の解説の本もあります。実際に私は、辻真先と新井素子が解説を書いている本は解説を読むためだけに購入しました。
天藤真もデビュー当時は多くの作家と同様に短篇からの出発でした、長編を書きはじめたのはしばらく後でした。
ただ、短篇・長編で持ち味が全く変わる作者ではないので、長編を検討していっても大きく道を外さないと考えます。

天藤真の長編第1作は、有名な大激戦の乱歩賞候補作でした。
4人の選考委員が異なる作品を1位に推すことになり、佐賀潜と戸川昌子が受賞し、はずれた天藤真と塔晶夫ともに出版されました。

「酒脱な面白さを、推理小説に盛ることが出来たら、というのが私の夢である。この作品はその夢の所産であるし、いわゆる本格ではあるが、読者を欺すような企らみは何一つない正直無類の本格だから、のんびり寛いで読んで頂けたら幸せである。」
天藤真 陽気な容疑者たち 東都書房 1963年

第一長編の「陽気な容疑者たち」はこのような経過で出版されました。
作者は「読者を欺すような企らみ」はないと言っていますが、間にうけてはいけません。
本作のトリックは広義には何も目新しい事はありませんが、背景・登場人物を見事なまでに配置して書き込むことで新味を出す事に成功していると言えるでしょう。
人が死んだのに陽気に騒いでいる人たち、ここが天藤作品の原点であり、読者をひっぱって行くテクニックの出発点であると思います。

「犯罪、犯人に対してすこぶる寛大なようである。犯罪をおかす人間はどこかに欠陥がある。つまり弱者である。その弱者に対してこよなくあたたかで、同情的である。」
高原弘吉 鈍い球音 角川文庫 1980年

続く、「死の内幕」「鈍い球音」も同様です。
しかし、サスペンスタッチの導入に成功し、以降の作品群でしばしば使用される犯罪者側からの視点の多用に繋がって行ったと考えられます。

「トリックはいうまでもなく推理小説の骨格で、それによりかかる時代は一世紀まえにすぎたと思うが、トリックのない推理小説は骨のない人間同様に考えられない。大別して作中人物のしかけるものと、作者が読者にしかけるものと二種があり、前者が本格である。」
天藤真 皆殺しパーテイ サンケイ新聞社 1972年

「型にはまった作品の多すぎる現代では、氏の存在は一服の清涼剤であり、日本では珍重すべきユニークな作風を誇っている。」
中島河太郎 皆殺しパーテイ サンケイ新聞社 1972年

第4長編以降は多様化がすすみ、作品内容がより複雑になり、読者は迷路を彷徨う楽しみが増加して行きます。
「皆殺しパーテイ」はその典型的な例で読者は誰の立場に心を同化させてよいのか分かりません。
いや、分かっているつもりでも結果はどうだか個人個人で異なるでしょう。
作者は作中人物に仕掛けるトリックと、読者に仕掛けるトリックがあると述べていますが、読者にとっては何が自分達に向けたトリックか判断する事は容易ではありません。

「だが、ここでは、四重構造か五重構造か、それ以上になっていて、ぼくは読みながら、登場人物とおなじような立場にひきこまれた。」
植草甚一 殺しへの招待 産報 1973年

続く、「殺しへの招待」はますます構造がエスカレートしてゆきます。読みやすい文章と内容であっても、作者の狙いについて行くまたはたどりつくのは困難です。
本作には、菊村到指摘の法律上の問題点があります、登場人物の心情的には指摘の方が妥当とも思います。
でもはたして読者が気づくかあるいは疑問をもつかは微妙と思います。
普通は、複雑な構造の中で通りすぎて行く気がします(実体験より)。

1975年に雑誌「幻影城」が創刊されました。過去の作品の採録からスタートしましたが次第に新作を多く載せる様になりました。
天藤真は中編「死神はコーナーに待つ」と代表連作集「遠きに目ありて」を載せることになります。
また、長編「炎の背景」を複数発刊された単行本の最初に出版する事になります。
編集人の島崎博の天藤真への評価の高さと信頼感が感じられます。

「人間は所詮自分の幅でしかものが見えないものだから、その幅の中で最善と信じても傍目では必ずしも最善ではない。最善と信じること自体がひとつの『錯覚』にほかならないことがある。(中略)犯人がケアレスミスや計画の手落からくるトリックミスで自滅するケースがときどき出てくるが、その種の幼稚なものはもう現代では通用しない、(後略)」
天藤真 幻影城 1975年6月

これは中編「死神はコーナーに待つ」に付属した文ですが、登場人物の錯覚と孤島の風習を作品にとりいれて成功しています。

「わが最も愛する信一くんへ。(中略)私は今でも、主人公のイメージがどうしても浮かばないで苦慮していた最中に、ふと書架の『青じろい季節』がひらめいて、「あッ、ここにいたじゃないか」と気がついたときの豁然と胸がひらけた瞬間をよく覚えています。探しあぐねていたのが手許にいた・・・・きみは私の青い鳥だったのです。」
天藤真 遠きに目ありて 大和書房 1981年

「青白い季節」は仁木悦子の長編であり、その作品の主人公の翻訳工房で働く極めてわずかだけ登場する親子が、天藤真の「遠きに目ありて」の主人公になりました。体の不自由な岩井信一少年とその母親と、知り合った警察官が事件の解決にあたります。私は安楽椅子探偵物のシリーズと思いこんでいました。
しかし生まれてからずっと家にこもっていた主人公がはじめて外出する場面は非常に印象的です(出口のない街)。バリアフリーが叫ばれる今日の先駆け的な内容でもあります。推理小説的には、異なる作者間で、バイキャラが別の作家の連作作品での主人公になる希有なケースとなったのです。(除くパロデイ)

「天藤真の作品で特徴的なのは、その、”居心地のよさ”だ。
推理小説の登場人物の大半は(中略)、酷い人間だ。何たって推理小説では、普通、殺人が描かれる訳だから、犯人はそれなりに酷い奴でないと困る。(中略)
天藤作品では、登場人物の殆どが、まっとうな人間として描かれているのだ。たとえ、犯罪者であったとしても、心の本質がまっとうな、節度のある人間として。」
新井素子 炎の背景 東京創元推理文庫 2000年

「炎の背景」は、裏の陰謀にまきこまれた若い男女二人が、決死の脱出行をおこなうサスペンスタッチが強い作品です。
しかし最後の結末は・・・。本作については、同じ主人公の続編が書かれるとの噂?がありました。
期待していましたが、実現はしませんでした。決死の脱出行がユーモアな筈がないのですが、この作品には何故か有るはずがないものが存在します。笑いながら手に汗を掻く展開と言ってよいのでしょうか。

「私たちの日常生活の大方は、いわばこうした独断と錯覚のおかしなバランスの上に成り立っている気がします。まして狂悪な犯罪事件となれば、その相互の錯覚と落差とは、一層強烈な、また鮮明な形であらわれるのではないだろうか。」
天藤真 死角に消えた殺人者 KKベストセラーズ 1976年

「炎の背景」がサスペンスが強い作品ならば、「死角に消えた殺人者」は謎解き推理小説そのもの、変化球の後に剛速球を投げた感があります。
世に一番知られている次作「大誘拐」を意識していたかもしれません。一度警察の捜査で容疑者の疑いがはれて、行き詰まってしまう事、そしてその結果に納得出来ない人物が登場して素人捜査を始める展開はしばしば有ります。
そしてそれがヒロインで、それを助けるナイト役の男性が登場します。流れは2時間ドラマ風ですが、勿論内容は安易で無計画な犯罪が都合よく解決するのではなく、本格的に謎解きが展開します。

「大誘拐」は一般的には天藤真の代表作といわれています。ただ私は、飛び抜けた傑作ではなく、優れた作品を書き続けてきた作者のなかの1作と思っています。
しかし作者の特徴が良くでた作品であることは間違いありません。事件は、被害者側と犯罪者側の双方から描かれます。ただこの犯罪者側が普通ではなくて誘拐された人物が実質上の指揮を執るという意表をつく展開になります。
終始、誰を犯罪者と考えれば良いのか判断に苦しみます。この点は上記の、色々な引用にもあるように天藤真の独自の世界と言えます。

「善人たちの夜」は結果的に最終長編になりました。

「読者は善人だけの作中人物の背景に流れる低音域に初めて善人のこわさを感じとることだろう。」
???(作品紹介) 善人たちの夜 徳間書店 1980年

本作は表面的な謎は有りません、(少なくても表面的には)擬装結婚から始まる意表の展開を描きます。極端にいえば、戦記ものスパイ物と同じような視線での描き方です。
しかし作者が天藤真になると全く異なる印象の作品になります。善人と悪人とは区別出来るのだろうか?。あえて選べば誰が悪人か?。深く考えると完全に悩んでしまいます。
驚いたことに東京創元推理文庫版では、作者が長く書きすぎたために中島河太郎が削った200枚の原稿分が添付されています。
原形に戻すのは難しい状態ですが、かなり驚きました。

東京創元推理文庫版の天藤真全集には、幾つか疑問点があります。
ひとつは「わが師はサタン」の収録であり、もうひとつは「日曜日は殺しの日」の未収録です。
前者は鷹見緋紗子という名義で1975年に発表されました。謎の作家とされていましたが、故中島河太郎>新保博久と伝えられて、作者が天藤真であると公表された作品です。魔術学をテーマに学生達が事件解決に当たる作品です。
発表時は主婦とされていましたが、女性独特の繊細さに欠ける部分が多くみられ、既存作家の別名義説も早くからありました。
中島河太郎や鮎川哲也が強引に、女流作家説に誘導しようとした向きがあります。新人離れの完成度には同意するものの、天藤真の最も充実した時期にあたりますが、作風的に細部まで丁寧に描く特徴が欠けています。
シリアスとはいえないまでも通常扱う事のないテーマを扱い、しかも独特のユーモアに欠ける本作は天藤真作品とは言い難いです。
ハウスネームの間違い説はないとしても、別名義ゆえに作風を極端に変えて書かれたことは否定できないと思います。
作者の死後長く経過した後に(当然作者の了解はないと思います)突然名義を変えて出版される事は理解しがたいです。
一方、未完成の作品を草野唯雄が書き継いだ「日曜は殺しの日」は合作とは言え、後半の引き継ぎは天藤真自身から草野唯雄を指名しており全集に入れられるべき作品と思います。
本作品についても「わが師はサタン」同様に天藤真らしさが少ないのですがそれは理由にならないと思います。

「この作品は彼にしては珍しいほどシリアスで、日頃のユーモアが全くといっていいほど影を潜めていたからである。(中略)漠然と死を予感した者の作品に、ユーモアの入り込む余地があるだろうか?」
草野唯雄 日曜日は殺しの日 角川書店 1984年

最初に述べた様に、長編のみならず短篇でも同様に独特の個性を発揮する作者です。
従って、東京創元社版で短篇も網羅された事は、1ファンとしても喜ばしいというよりも、思わず万歳を三唱したくなるほどにうれしい事です。
とすれば、天藤真作品を読むのに今ほどの好機は無いと言えるでしょう。本と読者は巡りあいといわれますが、今がその時期といえるでしょう。
ひとりでも多くの人に、天藤真の優れた作品群に巡り会って頂きたいと願います。

参考文献
 本文中に引用した文に、著者と出典を記入しています。

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天藤真著書リスト
(2017/05:現在)
 
 
岩井信一 #
千石達子 %
中内主任 $
大神卓  &
北弁護士 *
 
 
単行本初出
陽気な容疑者たち 1963/04 長編1
死の内幕 1963/08 長編2
鈍い球音 1971/12 長編3
皆殺しパーティ 1972/10 長編4
殺しへの招待 1973/12 長編5
炎の背景 1976/07 長編6
死角に消えた殺人者 1976/12 長編7
大誘拐 1978/11 長編8
絶命詞 1979/07 作品集
 「逢う時は死人・鷹と鳶・穴物語・金瓶梅殺人事件
  ・死の色は紅・絶命詞」
善人たちの夜 1980/11 長編9
遠くに目ありて 1981/07 作品集
 「多すぎる証人 #・宙を飛ぶ死 #・出口のない街 #
  ・見えない白い手 #・完全な不在 #」
あたしと真夏とスパイ 1982/09 作品集
 「親友記・星を拾う男たち・あたしと真夏とスパイ
  ・背が高くて東大出・隠すよりもなお顕れる・七人美登利」
日曜日は殺しの日 1984/04 長編10 草野唯雄との共作
日曜探偵 1992/04 作品集
 「塔の家の三人の女・誰が為に金は鳴る・日曜日は殺しの日」
 
 
 
角川文庫版
大誘拐 1980/01 長編8
鈍い球音 1980/03 長編3
殺しへの招待 1980/05 長編5
陽気な容疑者たち 1980/08 長編1
皆殺しパーティ 1980/10 長編4
死の内幕 1981/03 長編2
炎の背景 1981/06 長編6
死角に消えた殺人者 1981/11 長編7
犯罪講師 1982/10 作品集
 「犯罪講師・共謀者・天然色アリバイ・目撃者・誘拐者
  ・日本KKK始末・採点委員・死神はコーナーに待つ」
雲の中の証人 1983/03 作品集
 「雲の中の証人 &*・逢う時は死人 &・赤い鴉 *
  ・公平について・悪徳の果て・或る殺人」
完全な離婚 1984/01 作品集
 「鷹と鳶・夫婦悪日・密告者 %・重ねて四つ %
  ・完全なる離婚・崖下の家・私が殺した私
  ・背面の悪魔・三枚の千円札・純情な蠍」
極楽案内 1985/04 作品集
 「金瓶梅殺人事件・極楽案内・三匹の虻 $・袋小路 $
  ・夜は三たび死の時を鳴らす・真説赤城山
  ・われら殺人者・死の色は紅」
 
 
 
創元推理文庫版
天藤真推理小説全集
1:遠くに目ありて 1994/12 作品集 #
2:陽気な容疑者たち 1995/02 長編1
3:死の内幕 1995/03 長編2
4:鈍い球音 1995/06 長編3
5:皆殺しパーティ 1997/03 長編4
6:殺しへの招待 1997/05 長編5
7:炎の背景 2000/03 長編6
8:死角に消えた殺人者 2000/05 長編7
9:大誘拐 2000/07 長編8
10:善人たちの夜 1996/10 長編9 原型長編資料添付
11:わが師はサタン 2000/09 長編? 初出は鷹見緋沙子名義
12:親友記 作品集 2000/11
 「親友記・塔の家の三人の女・なんとなんと・犯罪講師・鷹と鳶
  ・夫婦悪日・穴物語・声は死と共に・誓いの週末」
13:星を拾う男たち 作品集 2001/01
 「天然色アリバイ・共謀者・目撃者・誘拐者・白い犬のつくえ
  ・極楽案内・星を拾う男たち・日本KKK始末
  ・密告者 %・重ねて四つ %・三匹の虻 $」
14:われら殺人者 作品集 2001/03
 「夜は三たび死の時を鳴らす・金瓶梅殺人事件・白昼の恐怖
  ・幻の呼ぶ声・完全なる離婚・恐怖の山荘・袋小路 $
  ・われら殺人者・真説赤城山・崖下の家・悪徳の果て」
15:雲の中の証人 作品集 2001/05
 「逢う時は死人 &・公平について・雲の中の証人 &*
  ・赤い鴉 *・私が殺した私・あたしと真夏とスパイ
  ・或る殺人・鉄段・めだかの還る日」
16:背が高くて東大出 作品集 2001/07
 「背が高くて東大出・父子像・背面の悪魔・女子高生事件
  ・死の色は紅・日曜日は殺しの日・三枚の千円札
  ・死神はコーナーに待つ・札吹雪・誰が為に金は鳴る」
17:犯罪は二人で 作品集 2001/08
 「運食い野郎・推理クラブ殺人事件・隠すよりもなお顕れる
  ・絶命詞・のりうつる・犯罪は二人で・一人より二人がよい
  ・闇の金が呼ぶ・純情な蠍・採点委員・七人美登利・飼われた殺意」

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