読みやすさの理由・・・太田忠司作品の薦め

推理小説の楽しみ方は個人で異なると思いますが、平均的にみれば「読みやすさ」は読者層にかなり影響すると思います。

いくら古典の名作と言われてもなかなか手をだせない本も存在します。

年代とか、ジャンルによりますが私個人としては、「読む気にならないほど長い話」や「何が本題か分からない話」や「作者が楽しんでいるが読者は楽しめない本」は、現在は躊躇をしてしまいます。

1番目の「長い話」が私にとって大敵です。最近は非常に増えてきています。

なぜだかこの様な作品を最近は「大作」「力作」などと呼ぶ傾向が強いように思います。

しかし私は「大作」=「傑作」とは全く別と思っています。当たり前と思う人も多いと思いますが、最近の各種ベスト選びには「長い話」が非常に目立ちます。特に論理的推理を楽しむ推理小説は、例えば「戦争と平和」「徳川家康」と同じように長く書いて面白くなる筈がないと思います。作者と読者の推理競争ともいえる超本格に限定されず、謎があって最後に解決する推理小説では読者にとって読みやすい限界があると思います。

私は最近ある評論?を書きその中で倉橋由美子の下記エッセイを引用しました。私の感じている事を分かり易く書いています。”人々が「手作り」という言葉に一も二もなく酔う傾向も労働価値説風の価値観の表れであると言える。そこで苦労して作られたものには「心」がこもっており、「心」がこもっているものは拙くても素朴でもそれでいいという観念ができあがって、これが高じると評論家も世間も努力の塊のような力作、大作はそれだけで称賛に値すると見なすに至る。<中略>文学の方でも、いくつかある賞の受賞作のいくつかは本来この「努力賞」と呼ぶべき性質のものらしい。”

私は将棋が好きですが、藤井猛九段は次の様に書いています。”努力して研究したからといって必ず何かを得られる訳でないが、努力しなくて何かを得られる程世間はあまくはない。”

結局何を言いたいのかと言うと努力しても「大作」「力作」は得られるとはかぎらないが、これらを書いても「傑作」「名作」になるほどあまくはない。むしろ、逆に作者側の都合または思いこみであり、読者にとっては少しも喜ばしい事ではないと思います。私は作品の最後を読んでいる時間にまだ最初の部分が記憶に残っている程度の長さの作品が、読者にとって「読みやすい」作品と思います。特に推理小説ではこれが強いと思います。しかし色々と要求の多い現在では、むしろ適当な長さで作品をまとめあげることに、非常な努力が必要になってきていると思います。

私が好んで読む作家には「大作主義」の人は少ないですが、太田忠司もその一人です。

本棚に並んだ異様に厚さの揃った本はまさしく「読んでみたい」と感じさせます。

では読んでみればどうかと言うと、個性的な主人公達・直球と変化球の混ざった作品群に出会って驚きます。

またジャンルも本格からホラー・SFまで驚くほど広い守備範囲です。太田忠司作品の個人での好きな作品を選ぶと、バラバラな結果になるのは当然の結果ともいえるでしょう。

星新一ショートショートコンテストが出発点とすると、SFの世界の感覚もつよいのでしょうか?。

そこでは、作者と読者の交流が普通のようにあります。推理界ではそれよりは若干弱いように感じます。

私が最初、名古屋で太田さんに会ったのがニフテイの推理フォーラムのオフ会(パソコン通信のフォーラムですので、実際に直接会うのをオフ会と言います。)です。その2回目に太田さんが幹事をやっていたのにびっくりしました。

私が勝手に作者と読者の間に線を引いてしまっていたのが原因ですが。私は参加出来なかったのですが、同じニフテイの推理フォーラムにある「太田忠司分科会」のオフを名古屋で行った時も幹事をしたと聞きます。普通はゲストの筈なんですが。

太田忠司作品を論じたり、解説したりするのがかなり大変な事は沢山のシリーズや作品の幅の広さを考えると当然予想されます。

こういう時は特に好きなシリーズや作品に絞ってしまうしかありません、

まず、霞田志郎・千鶴兄妹シリーズ(第1期都市名シリーズ、第2期和風又は男爵または色シリーズ、短編集1冊)が好きです。本格推理だからかと思っていたのですが、他にも色々あるようです。私が仁木悦子の大ファンだからとの説も有りますが、どちらかと言うと後期の三影物の方が好きですし?です。ただ、妹はどちらも詳しく書かれていますが、兄の探偵役はかなり異なります。悩めるSF作家の志郎は、天才探偵と凡人探偵の境を際どく歩いています。取り巻きの三条刑事と南田亜由美も登場すると楽しくなります。今の所は直球シリーズですが、いつ変化球が来るのか眼が離せません。

霞田志郎名義の2冊の本が出版されていますが、千鶴の漫画は出版されないのでしょうか。

続いて、阿南シリーズ(でも3冊)ですが、全く違う警察官を止めた放浪探偵?タイプです。どこかハードボイルドな雰囲気が漂います。作者が特に書くのが時間がかかるシリーズと言っているので、ライフワークのつもりでゆっくり待ちましょう。

狩野俊介シリーズについては、私は最初に読んだのが「銀扇座事件」だったのでしばらくは霧の中を彷徨っているようでした。

「神をも恐れぬ無茶をしてはいかん!」と言われて出版順に読む様にしました。そこで私も一言、「石神さん。私は常々思うのだが、狩野俊介シリーズは『銀扇座事件』『天霧家事件』以外から読むべき、出来れば発表順に読むのが正しいのではないかと。」

新宿少年探偵団シリーズは、後3冊ぐらいで終わるとの事、あまり語らぬ方が良いのでしょう。

藤森涼子シリーズは、山あり谷ありの進行になるらしいです。浅田悦子のような主婦探偵を将来に見ていた私は甘かったとしかいえません。

涼子もまた、悩める探偵役になりそうです。

書いていればきりがないです。

特殊な設定がシリーズになるのか「レンテン・ローズ」、1冊だけでシリーズになるのか不明の京堂夫妻、山崎家・中島家の次はあるのかないのかシリーズなのか、「さよならの殺人1980」は初期の殺人3部作の続編だろうか、ムナカタ氏ははたしてメジャーシリーズになるのでしょうか、ホラーやSFやショートショートの比率はどれくらいになるのでしょうか。

切れの良い短編・魅力的な登場人物達・読み易い長さにきっちりまとまった長編群等どれも魅力的でしかも「読みやすい」作品ばかりです。

ぶ厚い本の途中で読むのが疲れたそこのあなた、話が複雑で長くて最後のページにきてはじめの方の内容を忘れてしまったそこのあなた、小説は読みやすく書かれている物を楽しく読むのがよいとおもいます。

太田忠司作品を読んで疲れをいやしましょう。

謎が解けずくやしがっているそこのあなた、残念ながら太田忠司作品もそれだけは、解消してくれるかどうかは分かりません。でも長い作品で作者自身が混乱して、それが理由で謎が解けない事だけはありません。

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太田忠司著書リスト
(2017/05:現在)
 
 
狩野俊介 A
霞田志郎 B
新宿少年探偵団 C
阿南省吾 D
藤森涼子 E
京堂景子・新太郎 F
レンテンローズ G
雪永鋼 H
朔夜一心 I
甘栗晃 J 
摩神尊 K
那須舞 L
和賀刑事 M
目白台サイドキック N
 
 
僕の殺人 長編 1990/04
美奈の殺人 長編 1990/11
昨日の殺人 長編 1991/04
月光亭事件 長編 A 1991/06
上海香炉の謎 長編 B 1991/11
幻竜苑事件 長編 A 1992/01
刑事失格 長編 D 1992/10
倫敦時計の謎 長編 B 1992/11
夜叉沼事件 長編 A 1992/12
狩野俊介の冒険 作品集 A 1993/07
 「硝子の鼠・加古町の消失・雨天順延の殺人・俊介の道草・電脳車事件」
Jの少女たち 長編 DE 1993/10
伯林水晶の謎 長編 B 1994/01
玄武塔事件 長編 A 1994/02
狩野俊介の事件簿 作品集 A 1994/05
 「一時間目 国語―俊介への遺言・二時間目 理科―それなりに科学的な日々
  ・三時間目 数学―奇妙な等式・四時間目 音楽―家族のための旋律」
歪んだ素描 作品集 E 1994/08
 「善意の檻・眠る骨・彼の動機・歪んだ素描」
維納オルゴールの謎 長編 B 1994/11
暗闇への祈り 長編 E 1995/01
新宿少年探偵団 長編 C 1995/04
異説 夢見館 長編 霞田志郎名義 1995/04
天霧家事件 長編 A 1995/06
怪人大鴉博士 長編 C 1995/12
巴里人形の謎 長編 B 1996/03
降魔弓事件 長編 A 1996/04
摩天楼の悪魔 長編 C 1996/09
狩野俊介の肖像 作品集 A 1996/12
 「金糸雀は、もう鳴かない・誰も気づかない、誰も傷つかない
  ・人が歩む、すべての道は・秋雨」
3LDK要塞山崎家 長編 1997/04
東京「失楽園」の謎 長編 B 1997/04
紅天蛾 長編 C 1997/08
白亜館事件 長編 A 1997/10
さよならの殺人1980 長編 1998/01
新宿少年探偵団 鴇の仮面 長編 C 1998/05
帰郷 短編集 1998/05
天国の破片 長編 D 1998/08
trigger 凶星の歌 長編 霞田志郎名義 1999/02
銀扇座事件(上) 長編 A 1999/05
銀扇座事件(下) 長編 A 1999/05
紫の悲劇 長編 B 1999/10
まぼろし曲馬団 長編 C 2000/08
ベネチアングラスの謎 作品集 B 2000/10
 「ベナチアングラスの謎・パズルパズル・死の刻印・みぎか、ひだりか
  ・マリッジブルー・四角い悪夢・紫陽花の家・ウイザウトユー」
久遠堂事件 長編 A 2000/12
遊技の終わり 作品集 E 2000/12
 「翼なき者・犬の告発・冷たい矢・孤愁の句・封印された夏・遊技の終わり」
ふたりはミステリ 作品集 F 2001/03
 「ミステリなふたり・じっくりコトコト殺人事件・エプロン殺人事件
  ・お部屋ピカピカ殺人事件・カタログ殺人事件・ひとを呪わば殺人事件
  ・リモコン殺人事件・トランク殺人事件・虎の尾を踏む殺人事件
  ・ミステリなふたり happy lucky Mix」
建売秘密基地 中島家 長編 2001/10
黄昏という名の劇場 作品集 2002/02
 「人形たちの航海・時計譚・鎌の館・雄牛の角亭の客・赤い革装の本
  ・憂い顔の探偵・魔犬・黄昏、または物語のはじまり」
レンテンローズ 作品集 G 2002/05
 「レンテンローズ・裁く十字架」
紅の悲劇 長編 B 2002/06
笑う月 長編 G 2002/12
まぼろし曲馬団の逆襲 長編 C 2003/03
追憶の猫 作品集 E 2003/07
 「高台の家・淡彩の庭・追憶の猫・天上の花」
囁く百合 長編 G 2003/12
大怪樹 長編 C 2004/01
黄金蝶ひとり 長編 2004/02
宙 長編 C 2004/08
狩野俊介の記念日 作品集 A 2004/09
 「思い出の場所・ふたりの思い出・思い出を探して
  ・そして思い出は・・・」
藍の悲劇 長編 B 2004/10
月読 長編 I 2005/01
予告探偵 西郷家の謎 長編 K 2005/12
レストア 作品集 H 2006/03
 「夏の名残のバラ・秋の歌・冬の不思議の国
  ・春の日の花と輝く・わが母の教えたまいし歌」
忌品 作品集 2006/08
 「眼鏡・口紅・靴・ホームページ・携帯電話
  ・スケッチブック・万華鏡・手紙」
甘栗と金貨とエルム 長編 JE 2006/09
落下する花 作品集 I 2007/03
 「落下する花・溶けない水・般若の涙・そこにない手」
カッサンドラの嘲笑 作品集 E 2007/11
 「カッサンドラの嘲笑・ウンディーネの復讐・バンシーの沈黙J」
五つの鍵の物語 作品集 2007/12
奇談蒐集家 作品集 2008/01
 「自分の影に刺された男・古道具屋の姫君・不器用な魔術師
  ・水色の魔人・冬薔薇の館・金眼銀眼邪眼・すべては奇談のために」
百舌姫事件 長編 A 2008/03
誰が疑問符を付けたか? 作品集 F 2008/07
 「ヌイグルミはなぜ吊されたか?・捌くのは誰か?
  ・なぜ庭師に頼まなかったのか?・出勤当時の服装は?
  ・彼女は誰を殺したか?・汚い部屋はいかに清掃されたか?
  ・熊犬はなにを見たか?・京堂警部補に知らせますか?」
予告探偵 木塚家の謎 長編 K 2008/08
マイナス 長編 L 2008/11
男爵最後の事件 長編 B 2009/02
甘栗と戦車とシロノワール 長編 JE 2010/02
翔騎号事件 長編 A 2010/04
星町の物語 短編集 2010/03
琥珀のマズルカ 長編 2011/01
ルナティック・ガーデン 長編 2011/03
無伴奏 長編 D 2011/07
金木犀の徴 作品集 E 2012/08
 「石楠花の詞・金木犀の徴・夾竹桃の炎」
虹とノストラダムス 長編 2012/10
セメクト 長編 M 2013/01
目白台サイドキック・女神の手は白い 長編 N 2013/05
ミステリなふたりアラカルト 作品集 F 2013/08
 「密室殺人プロバンス風・シェフの気まぐれ殺人・連続殺人の童謡仕立て
  ・偽装殺人 針と糸のトリックを添えて
  ・眠れる殺人 少し辛い人生のソースと共に
  ・不完全なバラバラ殺人にバニラの香りをまとわせて
  ・ふたつの思惑をメランジュした誘拐殺人・男と女のキャラメリゼ」
目白台サイドキック・魔女の吐息は紅い 長編 N 2013/09
星空博物館 短編集 2014/03
死の天使はドミノを倒す 長編 2014/06
幻影のマイコ 長編 2015/02
目白台サイドキック・五色の事件簿 長編 N 2015/03
夜想曲 作品集 H 2015/07
 「子犬のワルツ・木枯らし・別れの曲・英雄・雨だれ・夜想曲」
伏木商店街の不思議 短編集 2015/07
クマリの祝福 セメクト2 長編 M 2015/08
ゾディアック計画 セメクト3 長編 M 2016/06
名古屋駅前西喫茶ユトリロ 作品集 2016/12
優しい幽霊たちの遁走曲 長編 2017/03
 
 注:「オリジナル・アンソロジー参加作」や
  「E-NOVELS>電子書籍」多数有るが含めて居ない

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