連城三紀彦論 書かれた表情景と裏情景

出版には色々な事情があり、初出と初版本と復刊本にはテキスト部以外で構成が変わる事があるが、リストには含め切れない。
初期の作品集「変調二人羽織」は復刊では掲載作品が変えられている。
「敗北への凱旋」は雑誌形態で他の作者2名と共に3長編まとめて出版されて、その後に個別に単行本化された、初出はどちらかは微妙だ。
「日曜日と九つの短編」は20年後に、「棚の隅」の題で復刊された。
「誰かヒロイン」は単行本の長編で出版され、復刊時に短編「ヒロインへの招待状」を加えて、作品集「誰かヒロイン」となった。
作品集「小さな異邦人」と、長編「処刑までの十章」「女王」「わずか一しずくの血」は作者の死後の出版だ。
雑誌連載完結後に、放置された長編は作者の最終の推敲を受けずに出版された。
その評価として推敲・完成度が不足の意見があるが、それは作者の早い死の影響もあるだろう。

2003年の出版後は2008年の「造花の蜜」だけで、その後は死後出版なのは作者の家庭事情とされている。

連城作品では、ミステリー小説と恋愛小説に分ける事は多い。
それは、推理作家協会賞「戻り川心中」と吉川英治文学新人賞「宵待草夜情」、そして直木賞「恋文」と柴田練三郎賞「隠れ菊」とにミステリーと非ミステリーを分ける人がいる事と通じる。
連城三紀彦が双方共に優れた作品を提供した事により、読者が好きな片方のみに重点的に読む現象が起きたと推測される。
そういう私も、ミステリーと呼ばれる作品を先に読み時間等の余裕があれば、恋愛小説系を読んだ事もあった。
ミステリー小説にとっては謎は合理的・論理的な解決されるがそれはしばしば客観的と表現される。
恋愛小説では解決に当たる結末は主観的な思いが、読者に対して客観的と見せる形で示される。
この見せる技術は作家の小説術であるし、作者は多彩な手法でそれの実現を図る。
連城三紀彦はその手法の一つとしてミステリー小説の手法を使用すると指摘される、例えば逆説でありどんどん返しであり、裏や反対側からの視点であり、コンゲームや偽装の導入だ。
その結果として連城作品全体を読みこんだ読者は、恋愛小説を恋愛ミステリー小説と認識する事になる。
例えば「飾り火」「美の神たちの反乱」「牡牛の柔らかな肉」がある。

人の親子関係は繰り返される事で次の世代を繋げて行く、夫婦がおれば前の世代のそれぞれの両親と、次の世代の子らがいる、それの繰り返しで一家・一族の歴史が出来ている。
その異なる世代の重なり方と描き方は大きなテーマだ、判らない部分を探す・辿るとそこに謎が産まれ発見が生まれる。
そこに何が埋め込まれているのかを掘り出すとミステリーも産まれる。
例えば「褐色の祭り」「隠れ菊」「秘花」がある。

時間と登場人物に重なりの無いあるいは少ない時代特に過去を描く小説を時代小説と呼び、かっては江戸時代以前だったが、現在では次第に明治時代以降も含む事になってきた。
明治以降は生きた証言者が存在する事も有ったがそれは次第に減少して行く、あるいは歴史書・古文書以外の資料が存在することがある、それらが有れば物的証拠や証言で組み立てられる現代小説の性格に似るそして重なる。
現代小説の性格に似るその様な時代は、現代小説の中に組み込める事が可能だろう、それが登場人物の微かな思い出であっても可能だろうと思う。
連城作品ではそのような時代と小説上の構成比重が高く、しかも効果的に描かれている。
時代をトリックにしたミステリから、過去の人物の思いが現在の人に強く係わる時間軸の長い人物のドラマも含む。

初期のミステリ小説から既にその犯罪構成と小説構成に共に、詐欺と偽装の手法が多数取られていた、小説構成上は逆説の思考となる。
自然発生的なトリックや犯罪ではなくて、人間が操作した犯罪が多く描かれてきた。
それは恋愛や男女の仲や、より多数の人間関係や地位にも同じ手法は使われる。
恋愛小説や恋愛ミステリでは動機が重点に描かれて謎になる、それは連城作品では通常のミステリ小説でも動機が謎の設定となる場合が多い事とも重なる。
連城作品と動機の謎は強く繋がる、それに対しての詐欺と偽装の手法は如何に行うかの謎になり同時に大きな見所となる。
例えば「敗北への凱旋」「運命の八分休符」「夕萩心中」「どこまでも殺されて」。

連城三紀彦は時代小説風の題材の時でも、歴史の謎を見つけるのではなく人工的に謎を設定する、故に時代と歴史は背景またはツールとなる。
明治から昭和前期にかけてを題材とする時に、証人の存在(あるいは設定)と共に人工性は特徴となっている。
例えば「戻り川心中」「宵待草夜情」「夕萩心中」「落日の門」「花塵」。

初期の短編「六花の印」は過去の犯罪と、その後のかなり後の類似の犯罪を描く、それが模倣か応用か参考かは実はテーマとしても小説手法としても分けて考えたいのだがそれほど明確ではない、読むだけならば模倣あるいは繰り返しテーマで割り切る事もで問題はなさそうだ。
このテーマはその後も色々に姿を変えて登場する。
親子あるいは3世代の繰り返し、事件ニュースの繰り返し、幼少の記憶の繰り返し、等で登場する。
ただし背景や対象が変わると、それの見方が変わる、それはあり得ないと考えるならばそれは繰りかえしを越えているとも言える。

連城三紀彦は短編と長編そして、短編集と連作集という小説の長さと形式を最大限に利用する作者だ。
それは連載でも利用されると言う、単行本で初めて読む人は間接的な理解となるだろう。連載毎に区切って読書する事まではしないからだ。

視点が謎を持つ事は、通常にある3人称の地の文では嘘は無いという約束がる、そして他の視点には嘘が含まれる人称や書簡体等の形式がある、それ故に視点を隠す事や叙述トリックを生じる。
視点はそれ自体が謎になる事はミステリ小説では多い、読者を視点に同期させる事が出来たならば、作者は読者をコントロールが可能になる。
そしてそれを謎の解明まで読者に意識させる事が無いならば、強い謎としても残るし、心理的な謎として認識される。
心理的が高度かどうかはここでは議論しないが優れた小説手法で描けば、成功する事は判るだろう。
小説で人の心や感情を描くにはそれを何らかの手段で外部に出す事になる。
誰にも直ぐに判る表面もあれば、隠された裏面・あるいは読者の判断に委ねられた裏面もある。
裏面の情景を小説内でも表面に出す形式が、ミステリー小説の持つ一面とも言える。
その手法は解明手段としても、隠蔽手段としても使用する事が可能だ。


連城三紀彦著作リスト(2018/03)

花葬 a
軍平 b

未読 %


暗色コメディ 長編 197906
戻り川心中 作品集 198009 
 「藤の香a・桔梗の宿a・桐の柩a・白蓮の寺a・戻り川心中a」
変調二人羽織 作品集 198109
 「変調二人羽織・ある東京の扉・六花の印・メビウスの環・依子の日記」
密やかな喪服 作品集 198206
 「白い花・消えた新幹線・代役・ベイシティに死す・密やかな喪服・ひらかれた闇・黒髪」
夜よ鼠たちのために 作品集 198303
 「二つの顔・過去からの声・化石の鍵・奇妙な依頼・夜よ鼠たちのために・二重生活」
運命の八分休符 作品集 198303 
 「運命の八分休符b・邪悪な羊b・観客はただ一人b・紙の鳥は青ざめてb・濡れた衣裳b」
宵待草夜情 作品集 198308
 「能師の妻a・野辺の露・宵待草夜情a・花虐の賦・未完の盛装」
敗北への凱旋 長編 198311
少女 作品集 198405
 「熱い闇・少女・ひと夏の肌・盗まれた情事・金色の髪」
恋文 作品集 198405
 「恋文・紅き唇・十三年目の子守唄・ピエロ・私の叔父さん」
私という名の変奏曲 長編 198408
瓦斯灯 作品集 198409
 「瓦斯灯・花衣の客・炎・火箭・親愛なるエス君へ」
夕萩心中 作品集 198503
 「花緋文字a・夕萩心中a・菊の塵a・陽だまり課事件簿 連作」
日曜日と九つの短編 作品集 198509 >棚の隅
 「日曜日・裏町・改札口・敷居ぎわ・母の手紙・街角・形見わけ・棚の隅・一夜・青葉」
残紅 長編 198512
青き犠牲 長編 198606
もうひとつの恋文 作品集 198607 %
離婚しない女 作品集 198609
 「離婚しない女・写し絵の女・植民地の女」
花墜ちる 長編 198704
恋愛小説館 作品集 198708
 「組歌・裏木戸・かたすみの椅子・淡味の蜜・空き部屋・冬草・かけら・片方の靴下・ふたり・捨て石」
一夜の櫛 作品集 198802
 「一夜の櫛・うしろ髪・忘れ物・娘・プラットホーム
  ・葉陰・針の音・裾模様・梅の実・交差点・昔話
  ・十年目の夏・ヴェール・通過駅」
螢草 作品集 198802
 「螢草・微笑みの秋・カイン・選ばれた女・翼だけの鳥たち」
夢こころ 作品集 198806 %
 「忘れ草・陰火・露ばかりの・春は花の下・ゆめの裏に
  ・鬼・熱き嘘・黒く赤く・紅の舌・化鳥・性・その終焉に」
黄昏のベルリン 長編 198808
あじさい前線 長編 198901
飾り火 長編 198904
たそがれ色の微笑 作品集 198906
 「落葉遊び・たそがれ色の微笑・白蘭・水色の鳥・風の矢」
萩の雨 作品集 198910
 「萩の雨・柳川の橋・会津の雪・みちのくの月・北京の恋・輪島心中」
どこまでも殺されて 長編 199005
夜のない窓 作品集 199006
 「今夜だけ・午後がけの島・夜のない窓・山雀」
褐色の祭り 長編 199011
ため息の時間 長編 199107
新・恋愛小説館 作品集 199108
 「冬の宴・白い香り・緋い石・陽ざかり・落葉樹・枯菊・即興曲・ララバイ・彩雲・青空」
美の神たちの反乱 長編 199205
愛情の限界 長編 199303
落日の門 作品集 199304
 「落日の門・残菊・夕かげろう・家路・火の密通」
明日と言う名の過去に 長編 199306
顔のない肖像画 作品集 199307
 「涜された目・美しい針・路上の闇・ぼくを見つけて・夜のもうひとつの顔・孤独な関係・顔のない肖像画」
背中合わせ 作品集 199310
 「優しい雨・つぼみ・夏の影・冬の顔・まわり道・足音
  ・再会・背中合わせ・先輩・灯・背後の席・誕生日
  ・窓・鞄の中身・彼岸花・紙の靴・いたずらな春
  ・ねずみ花火・あの時・切符・ガラスの小さな輝き」
牡牛の柔らかな肉 長編 199312
終章からの女 長編 199404
花塵 長編 199410
紫の傷 作品集 199411 %
 「唯一の証人・ゴーストトレイン・落書きの家・眼の中の現場・紫の傷」
前夜祭 作品集 199412
 「それぞれの女が・夢の余白・裏葉・薄紅の糸・黒い月・普通の女・遠火・前夜祭」
恋 長編 199502
誰かヒロイン 長編 199512 
 >「誰かヒロイン・ヒロインへの招待状」
隠れ菊 長編 199602
虹の八番目の色 長編 199604
美女 作品集 199703
 「夜光の唇・喜劇女優・夜の肌・他人たち・夜の右側・砂遊び・夜の二乗・美女」」
年上の女 作品集 199711
 「ひとり夜・年上の女・夜行列車・男女の幾何学・花裏
  ガラス模様・時の香り・七年の嘘・花言葉・砂のあと」
火恋 作品集 199907 %
 「情人・騒がしいラブソング・灰の女・火恋・黒夜」
秘花 長編 200009
ゆきずりの唇 長編 200010
夏の最後の薔薇 作品集 200107 >嘘は罪
 「夏の最後の薔薇・薔薇色の嘘・嘘は罪・罪な夫婦
  ・夫婦未満・満天の星・星くず・くずれた鍵
  ・鍵孔の光・仮橋・走り雨・雨だれを弾く音」
白光 長編 200203
人間動物園 長編 200204
さざなみの家 長編(連作短編集) 200209
流れ星と遊んだころ 長編 200305 
造花の蜜 長編 200810
小さな異邦人 作品集 201403
 「指飾り・無人駅・蘭が枯れるまで・冬薔薇・風の誤算・白雨・さい涯まで・小さな異邦人」
処刑までの十章 長編 201410
女王 長編 201410
わずか一しずくの血 長編 201609

エッセイ

恋文の女たち エッセイ 198500
 「秋の風鈴・冬のコスモス・春の手袋
  ・夏の陽炎・運命のいたずら」
一瞬の虹 エッセイ 199408

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