北森鴻論 歴史資料と証人

北森鴻は1995年に小説デビューして、2010年に49歳で死去した、活動期間は短いが著作の内容は個性的でかつ濃い。
若くしての死去は、創作途中作やシリーズ途中や構想中の作品が多く存在すると予想される、同時にそれは死去近くの作品は書き急ぎが見られたり、中絶作の書き継ぎでは、作者の本領が発揮されていないとも思われる。
それ故に、15年よりも実質は短い活動期だとも言える。

歴史・絵画・骨董・伝統芸術・民族学などの独自の舞台を描いた作品群は、ストーリーも展開方法を含めて、作者と作風に於いて類似分野の作者が少なく、同時に豊富な知識に基づく考察と視点を展開した。
北森鴻が取り組んだ分野は個々の対象は多数の作家がそれぞれの立場と視点で描き続けて来て、歴史ミステリ・絵画ミステリなど言われたが、それ自体が謎に満ちている。

北森鴻はそれぞれが謎に満ちた複数のジャンル・対象を結びつけて、それを分身である登場人物に考察させる事で自身の視点・考察を展開した。
それぞれのジャンルの専門家を登場人物に設定して作品を構成したが、複数の対象・ジャンルが交錯する事件では登場人物を交錯させて登場させて、謎のレベルと考察のレベルを高いままに維持した。

絵画・骨董・歴史資料には贋作が付きもので、現実の世界でも小説の世界でも話題となる。
それの真偽は大きなテーマであり、対象への考察は、真偽によって劇的に逆転する。
そこには詐欺があり、コンゲームが展開する。
ミステリー小説的には、パラドックスと逆転の発想と展開をも含む。
絵画・骨董・歴史資料の真作か贋作かは、ストーリー設定上でどちらに最終的に結論が判っても成立する様に構築できる事が有効である、小説としての大きなポイントだ。
シリーズ作品では、主人公の係わり方で読者は推測する、それには期待も含まれるだけにその結果の設定は作者としては難解だ、それにはシンプルな解決手段はなくてストーリーと結果が複雑に錯綜する事で成立する。
それ故に作者の実力が反映する。
贋作はそれを作った者の意志がある、それは犯罪でもあるし謎を作ったとも言える、犯罪や謎の解明を探偵役が行いその過程を描くとサスペンスになり、論理的に謎を解明すると本格ミステリーになる。
贋作絡みの謎は、最初は何が謎かを設定していない事も多い、探偵役は何を解明するかが不明だが、最後に解明する結果が該当するケースだ。
それは謎としては充分に面白いのだが、長編作になると解くべき謎が曖昧な状態でストーリーを展開してゆく事はメリットではない、それ故に殺人事件が起きたり盗難事件が起きたり何かを調べる目的を起こすストーリーを作る、当面の調べて向かう目的がありその過程で解明結果として贋作を含めた資料解明も行われる事になる。

歴史を舞台にすると、その背景の時代で描く手法と、その後の時代で背景の時代を調べる・考えると言う手法がある。
その後の時代を何時に設定するかが小説では大きく影響する、具体的な内容を調べる段階で関係者に聞く事が出来る時間内か(生存しているかどうか)、どうかが一つの区切りになる。(生存していなくともその人や出来事を知る人に聞くという捜査もある、資料か聞き取りかの境目は明確ではない)
資料以外には調べる事が出来ない程に時間が経過した後の時代で見て描く事が、歴史を描く手法の一つだ、そこで探偵役の調査は資料類を探す事になる。
原則に手元の資料だけで推理すると安楽椅子探偵となる、多くの安楽椅子探偵作では助手役が追加資料・情報を集めて来る、あるいは探偵役の中間的な推理でその正否を調べる事も多い。

北森鴻は資料やアイデアを最適に小説に展開出来る設定を模索して行く、現代の登場人物が資料を探しそれを含めて調べる事が主題で、その資料を含めた隠蔽・贋作等を含めたその後の時代の操作を解明してゆく過程を描く事が多い。
解明してゆく過程は、最初の時代・その後の時代・現代全てが対象となり、その時代の特定も解明の対象となる。

資料で知る時代のイメージは江戸時代以前だ、時代の証人が存在すると考えるのが第2次世界大戦後だ。
ならば明治時代から昭和初期で戦前まではどうかと言うと、人個人でイメージが異なる中間的な時代だ、そこは作者の手法で読者はどちらかに連れて行かれる。
あるいは、どちらかと思い込みそれが作者で覆されて、場合によってはそれを楽しむ事となる。

そして、北森鴻が取り組む歴史はその期間が圧倒的に多い。
例えば、
「狂乱廿四孝」「蜻蛉始末」「暁の密使」「なぜ絵版師に頼まなかったのか」「暁英 贋説・鹿鳴館」等がある。
北森鴻のとっては、歴史とはまさに明治から取り組むのだ。

北森鴻のシリーズは作品数に比べて多いので本としては少ない、だが長編と短編と連作短編がほどよく混ざる。
短編の名手とも呼ばれる様に短編の密度が濃くて、1作品集でも存在感は高い。
冬狐堂シリーズ・4冊
香菜里屋シリーズ・4冊
蓮丈那智シリーズ・5冊(死後出版含む)
佐月恭壱シリーズ・2冊
越名シリーズ・1冊(客演多数)
博多シリーズ・2冊
裏京都シリーズ・2冊


参考作品リスト(2017/09)

宇佐見陶子シリーズ #
香菜里屋シリーズ $
蓮丈那智シリーズ %
博多シリーズ &
雅蘭堂シリーズ @
裏京都シリーズ =
佐月恭壱シリーズ *
注:シリーズ連作集と長編との区別は難しい


狂乱廿四孝 1995/09
冥府神(アヌビス)の産声 1997/04
狐罠 1997/05  #1 
メビウス・レター 1998/01
闇色のソプラノ 1998/09
花の下にて春死なむ 1998/11 連作集 $1
メイン・ディッシュ 1999/03 連作集
屋上物語 1999/04
凶笑面 2000/05 連作集 %1 
パンドラ'S ボックス 2000/06 作品集
顔のない男 2000/10
親不孝通りディテクティブ 2001/02 連作集 &1
蜻蛉始末 2001/06
共犯マジック 2001/07
孔雀狂想曲 2001/10 連作集 @1
狐闇 2002/06  #2 
触身仏 2002/08 連作集 %2
緋友禅 2003/01 連作集 #3
桜宵 2003/04 連作集 $2
支那そば館の謎 2003/07 連作集 =1
蛍坂 2004/09 連作集 $3
瑠璃の契り 2005/01 連作集 #4
写楽・考 2005/08 連作集 %3
暁の密使 2005/12
深淵のガランス 2006/03 連作集 *1
ぶぶ漬け伝説の謎 2006/04 連作集 =2
親不孝通りラプソディー 2006/10  &2
香菜里屋を知っていますか 2007/11 連作集 $4
なぜ絵版師に頼まなかったのか 2008/05 連作集
虚栄の肖像 2008/09 連作集 *2
うさぎ幻化行 2010/02
暁英 贋説・鹿鳴館 2010/04
ちあき電脳探偵社 2011/01 連作集
邪馬台 2011/10  %4 
天鬼越 2014/12 連作集 %5
双蝶闇草紙 2016/10 (中絶)

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