藤桂子論 本格からサイコミステリへの箱庭

 藤桂子のミステリ作品は少ない。
 もともとは作家でなかったが、父・藤雪夫との合作で作品を発表してからもしばらくは作品を継続して発表した。
 合作の構造は藤雪夫の旧作のトリックを現代に置き換えてミステリ的な構成は父が、そして実作執筆を娘が行ったと述べている。
 2作目の執筆途中で、藤雪夫は死去し藤桂子が完成させた作品も合作名義で発表した。
 こののち、発表済み2作の探偵役の菊地警部を主人公にして、構成的に似通ったスタイルのミステリを2作発表したが、その作者の言葉にはとまどいも感じられる。

 藤桂子は、そこで主人公を変えて女性キャリア警部の大江沙織を登場させた。
 そして、2009年現在では氾濫しているサイコミステリを内容とする作品を4作書いている。

 ミステリ小説の内蔵する「謎」の質と量(文章量と比較)と種類で、ミステリの細部のジャンル分けを行う。
 本格ミステリは、質と量には拘るが種類については、一般読者の知識内で小説中の探偵役と共に読者も解く事ができる事を重要視する。
 犯罪小説や警察小説やハードボイルド小説の多くは、質には拘るが量にはそれほど注目しない。種類は小説や登場人物や作者の主張に対して有効な種類である事を重要とする。

 このような中で新本格といわれるジャンルが登場したが、それ以前の本格を新しい作家が書くという姿勢から、上記の謎を異なる視点で見て表現する事も含まれた。
 結局はジャンルでないのでまとめる事は難しい。

 その中で、増えた物が「叙述」による謎と、「サイコ」的謎と思う。
 「叙述」は合わせて使用する事で効果は出せるが、小説中には謎が無いかあるいは希薄で読者に対してのみに謎が濃い作品が急増した。
 これは、作者にアドバンテージがあり読者はミステリとして読む事はかなり意味が無くなりやすく、ミステリ特に本格にはマイナスになる事が多い。
 「サイコ」的謎は、書かれた時点では特例的な謎・特殊な謎である人間の特殊な心理・心理学的ケースを扱う。
 小説が人間を扱う以上は作者は非常に興味がある筈であり、手法的にも特徴を出せる。
 しかし、2009年末現在に振り返れば、小説に書かれた内容と現実の事件がどちらが特殊であるかが判らない状況になった。
 これは作者にとって予想外と思うが、小説に設定した謎の質と種類が急激に変化している事になり、それが作品自体にも影響する。

 1980年半ばから登場した新本格と、1990年半ばから2000年過ぎにかけて増えたサイコミステリを振り返ると、藤桂子の少ない作品があたかも箱庭のように小さなモデルとなっている。
 戦後から昭和30年始めに藤雪夫が書いた本格ミステリを、再構成した作品からはじまった。
 そして、その中には叙述方法の変更が取り入れられた。実際はサブ的にとどまる。
 次に、主人公を変えてサイコ的謎に取り組んだ。
 最初は、本格を強く意識して、そして次第に人間のもつ特殊性に大きな比重がかかる様に変貌した。
 この時点で作品発表は終わっているが、現実が追いついて来た様だ。

 元々から連続殺人を取り上げていたが、それ自体に大きな意味が無かった。
 サイコミステリになる事で、事件の長期化と連続殺人の増加が顕著になった。

 大江警部シリーズでは、モチーフになるアイテムを持つ連続殺人の途中から小説が始まる。
 昔ならば見立て殺人に当たるが、サイコミステリでは常識は無視した特殊なデコレーションを取り入れる事が出来る。これが特徴と言える。
 「二重螺旋の謎」では「メーキャップ連続殺人」、「凍える十字架」では「宗教」、「人形の家殺人事件」では「死に装束人形連続殺人」、「絶対悪」は「パソコンゲームの殺人シミュレーション」が登場する。
 勿論外見と共に、それぞれ動機とも言えるテーマがあるが「サイコ」ミステリではそれは明かす事はネタばれになり不可である。

 作者は、菊地警部の登場作品ではあまり明らかにしなかった年代を大江警部作品では明確にしている。
 そして、時代に登場したものを小道具に使用している。これは時代がはっきりしていないと、将来的に風化する可能性があるからだ。
 例えば「形状記憶合金」「ホテルのカードキー」「ショップのレシートシステム」「結婚相談所」「多重人格障害」「パソコンゲーム」「パンフラワー」等多数ある。

 至って普通?の吉村刑事と、自身が心のバランスを崩しやすい事を知っている大江警部のコンビはサイコミステリの構成で重要に働いている。
 しかし、大江警部は事件とともにより心が傷つき、もし作品が続いていたら壊れていた可能性すらある。

作品(本稿の参考であり、書誌的に正確ではありません)
・獅子座  菊地警部 1984/06:藤雪夫との合作
・黒水仙  菊地警部 1985/10:藤雪夫との合作:藤雪夫「渦潮」の改稿
・疑惑の墓標 菊地警部 1987/12
・逆回りの時計 菊地警部 1991/06
・二重螺旋の惨劇 大江警部 1993/10
・凍える十字架 大江警部 1996/00 「我が母の教え給いし」の改題
・人形の家殺人事件 大江警部 1998/03
・絶対悪 大江警部 2000/02

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