山尾悠子論 破壊・構築・終焉

作者と読者は、偶然の出会いから始まりそれが良い出会いであれば、長い必然性の強い読書へと繋がるが、それは独自の文体と世界を作る山尾悠子という作者でも同じだ。
大学生で1975年にデビューした作者に対して、同世代としてリアルタイムで読書が始まったが、まだまだ多くを読まない内に一旦は作品発表が停まりそこから少ない作品集を読みつくし、山尾悠子が幻の作家と呼ばれた時間が経って2000年に「山尾悠子作品集成」でかなりの作品と出会う過程を経た。

「かっぱまがじん」掲載の「堕天使」を最初に読み、次のSF誌「奇想天外」掲載の「破壊王」連作を読み衝撃的に感じた、だが3回で停まった状態は非常に悩まされた何故なら山尾悠子の作品には「定番ストーリーとか明確な終わりが見えないものが多く何事もなく終わった所にその後に続く何かを読み取らせる内容が見られる」からだ。
「破壊王」3回連載で完結したのかどうかはかなり悩まされた、内容的には終わっていないと思っていたが隠れた部分を読み取れていないだけという気持もあった、「山尾悠子作品集成」で「繭(「饗宴」抄)」を追加して完結と示されたが「繭」の短さはまたまた悩ました。

山尾悠子のデビューがSF雑誌だと言う事は当時では他にどこもなかった事情もある、当時から作品が幻想小説であると言われていても実は幅が広い漠然とした分類であったがそれ故にか定着した、ついてまわる怪奇・ホラー性は当然とされた。
長い休眠時期を経て再度作品を発表する時には既に、幻想文学というジャンルが認知されていて迷わずに山尾悠子もようやくそこに分類された、そして大冊の「山尾悠子作品集成」が出版以降は伝説の位置から小説界に戻った。

山尾悠子が描くのは架空の世界であり、そこには複数のジャンルが関わるがSF小説は作者が自然科学で構築・理解しようとする場合はハードSFと呼ばれ、逆に作者がイメージとして作りあげて理解しようとすると幻想系とされる、後者でも作者のなかでは自然科学的な面があるかどうかでSF要素の有無を判断する。
山尾悠子は幻想の世界を描くが道具として自然科学を使用せずに、独特の文体の言葉を使用して描くので今ではSFとはされない。

山尾悠子の文体は難しい、発表の経緯から優しい言葉で書かれている「オットーと魔術師」に取られている作品群でも一般的よりも難しく感じる。
表面的に見れば「小栗虫太郎」的であり、内容的には「倉橋由美子」的な印象だ。(個人的には山尾悠子読書過程で倉橋由美子を読み始めたと言う事情がある)

山尾悠子が描く世界は、作者が構築した架空の世界だが、現実の世界との区別は細部ではなくその世界を包むおおまかな設定自体が作者が構築した架空の世界だという事だ。
架空の世界でも過去から未来まで通常は有るはずでそれが省かれている場合は読者は文章のなかに探す、それは物語が終わった後も同じだ、あらかじめ公知の事実として持たれていない背景では読者は個々に文章から探す。
前はどうだと考えると、何もなかった所から生まれたのか、何かが破壊されてあたらしく何かが出来たのか、あるいは破壊されたそのままなのかを探す。

ラリー・ニーブンの描いた「リングワールド」ではサイエンスでその世界の可否を検討する事が行われた
山尾悠子が「遠近法」で描いた「腸詰宇宙」は同様に誘惑を読者に与えるが実際に扱う人はいない、それは無限から来て無限に去るかの様な構造ゆえとも思うし、あるいは上下が繋がっているかも知れない、小説で描かれていない場所に重要な部分が隠されているからだろう。
全て描かれていても解析は難しいが、見えない部分が重要ならば、それは科学ではなく空想で補う必要があるのだ。
作者の描こうとするイメージを読者自身でも描こうとする。
すなわち、本作者の作品は理解するには難解な世界・幻想文学といえる。

山尾悠子が描く世界のキーワードには「破壊」がある。
世界の誕生以前にはなにがあったかは、別の世界の破壊・終焉だとすれば理解出来る事も多い、それは描かれる世界も同様にどこかで破壊される予感を持たせる。
描かれる世界は「破壊行動」よりも「放置」「無関心」「諦め」的な部分が存在する。
これらは「放置」という名の「消極的な破壊」だとも言える。

「夢の棲む街」はキーワードの破壊・終焉と呼ばれる事に挟まれた時間と空間での切り取った短い時間の出来事を描く、まさに描かれた事から描かれていない事が読み取れる構成だ、これに関する記述は多いので「破壊王」「ゴーレム」で読み取る。

「破壊王」は4つと1つの短いエピローグからなる。
「破壊王:パラス・アテネ」では、侵略されて破壊されてる王宮や国の民と商人が子供を土地神・守り神・「犲王」とした、それは都では破壊神と呼ばれ、領地では救世主と呼ばれた、民は守り神を作る。
「破壊王:火焔圖」では、領主・王に顔が似ている少年がいた。
あちこちでその似た顔の利用を考える。領地が他から侵略されると似た者が逃げ出す。
王・領主の代わりを作る、侵略された時は影武者なされる。
「破壊王:夜半楽」では、匠が王宮で長年守護神の像を造る。神も王も作る世界なのだから偶像も作るが王宮が破壊されると逃げる。
「破壊王:繭(「饗宴」抄)」では王宮が滅ぶ前に篭城が行われる。
篭城時に諦めると滅びの前に、門外には飢餓と死があり門内では饗宴がある。」

作者曰く、中編テーマがあり、長編化したものが「仮面物語」であり、別の中編にしたのが「ゴーレム」だという。
ゴーレムは、彫像師・影盗み・葬儀屋の3人の話しだ。
「破壊王:夜半楽の匠と重なる彫像師のイメージだ、匠は彫りそうだが、こちらの彫像師は材料集めにふんそうするそれ故に、粘土細工的なゴーレム=泥人形を作ろうとするイメージだ。

「ラピスラズリ:寵の秋」は「消極的な破壊」=「放置」の例だ、家に冬籠もりする。家や設備が強風や地震で壊れても修理はしない。


作品一覧(山尾悠子作品集成年譜を一部変更)(2017年現在)


仮面舞踏会(1)1975 #%
夢の棲む街(2)
月蝕(3)
ムーンゲート(4)
堕天使(5)
ファンタジア領(6)
遠近法(7)
ワンス・アポン・ナ・サマータイム(8) #%
オットーと魔術師(9)
シメールの領地(10)
チョコレート人形(11)
ハドンの肖像(12) #%
耶路庭国異聞(13)
街の人名簿(14)
*夢の棲む街 作品集(あ)1978<収録作:2・3・4・7・10・6>
蝕(15)
巨人(16)
水棲期(17) #%
ヴァニラ・ボーイ(18) #%
支那の禽(19)
破壊王--パラス・アテネ(20)
破壊王--火焔圓(21)
童話・支那風小夜曲集(22)
破壊王--夜半楽(23)
スターストーン(24)
菊(25)
透明族に関するエスキス(26)
黒金(27)
*仮面物語  長編(書き下ろし)1980(28)
*オットーと魔術師 作品集(い)1980<収録作:9・11・5・初ものがたり(43)>
秋宵(29)
私はその男にハンザ街で出会った(30)
傳説(31)
美女と野獣(32)
月齢(33)
*角砂糖の日 歌集1981(う)
*夢の棲む街/遠近法 作品集1981(え)
 <収録作:2・7・遠近法/補遺(44)・31・繭(45)>
眠れる美女(34)
蝉丸(35)
冬籠り(36) #%
狼少女(37) #%
塔(38)
赤い糸(39)
天使論(40)
アンタンツィアツィオーネ(41)
夜の宮殿と耀くまひるの塔(42)
*山尾悠子作品集成 作品集2000(お)
 <収録作:第1章:夢の棲む街(収録作:2・3・4・7・10・6>
 <収録作:第2章:耶路庭国異聞
 <収録作:13・14・16・15・24・27・22・26・30・遠近法/補遺>
 <収録作:第3章:破壊王(収録作:20・21・23・繭(「饗宴」抄)(46)>
 <収録作:第4章:掌篇集・綴れ織
 <収録作:19・29・25・34・31・33・35・39・38・40>
 <収録作:第5章:ゴーレム(収録作:ゴーレム(47)>
*ラピスラズリ 作品集2003(か)
 <収録作:銅版・閑日・寵の秋・トピアス・青金石>(48-52)
*白い果実 翻訳の幻想文学書体化2004(き)
*歪み真珠 作品集2010(く)
 <収録作:ゴルゴンゾーラ大王あるいは草の冠・美神の通過・
 娼婦たち、人魚でいっぱいの海・美しい背中のアタランテ・
 マスクとベルガマスク・聖アントワーヌの憂鬱・水源地まで・
 向日性について・ドロアテの首と銀の皿・影盗みの話・
 火の発見・41・夜の宮殿の観光、女王との謁見つき・42・
 紫禁城の後宮で、ひとりの女が>(53-64)
*夢の遠近法 山尾悠子初期作品選 作品集2010(け)
 <収録作:2・3・4・7・22・26・30・31・33・34・40>

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