海渡英祐論・短編の名手の書いた長編
海渡英祐は、少数の長編を発表後に「伯林―1888年」で1968年の江戸川乱歩賞を受賞して本格的な作家になって行きました。
江戸川乱歩賞は、公募の長編ミステリーの新人賞ですがプロ・アマは問いません。
既に著書や発表作のある人の応募も多数あります。
そして、その時の「伯林-1888年」が代表作と言われ、現在でも唯一の入手容易な作品です。
10作余りの長編発表は、寡作な本格派ではありえる数ですが、現実は上記の様に1作のみが入手可能な状態です。
海渡英祐は短編の名手と呼ばれる事が多いですが、それは1970年から1980年代後半にかけて、多くの中間誌に多様な内容の短編を発表していましたので、その印象が強いのでしょう。
それらが、全て単行本に収録されたかは未確認ですし、単行本の短編集を未読でも、個々の短編を読んでいる可能性はかなり高いです。
海渡英祐は、作風やジャンルを一言では表せない作家です。
もし、多作家であれば数々のジャンルを書きわける作者として、広くしられる事になったと思われます。
実際は、長編・短編共に作品の絶対数が少ないために、読者の印象には個々には残りにくかったと思われます。
極端に言えば、あたかも複数の作家が異なるジャンルの作品を少数のみ発表したという印象に近いでしょう。
歴史ミステリ・本格ミステリ・戦記物・諜報物・ユーモア物・競馬ミステリ・現在ミステリ・・・多彩です。
歴史ミステリには、日本ものと海外ものがあります。
決して、一人の作家が1ジャンルを書くわけではありません。
2-3の得意ジャンルやテーマを書いている作家は多いです。
しかし、しかし1ジャンルが多くて3作程度という寡作家では、継続してその作家の愛読者であり続ける事は現実的ではありません。
直ぐに、好みのジャンルは読み終わりますから、後は何でも良いから海渡英祐作品ならばという人達にのみになってしまいます。
それはかなり贅沢な望みですが、たとえそうでも短編集を含めても、作品の単行本は寡作といわざるを得ません。
1時期を除いては、まるで副業作家が空いている時間に作品を書いている量に近いと思われても仕方ないです。
キャラクターも幾人か登場しますが、定着する程に多作ではなかった事と、歴史ミステリに登場させた歴史上の実在人物が印象的で、独自キャラクターを印象で越えてしまったとも言えます。
ただし、創造したキャラクターはそれに合った事件と謎解きをする凝りようで、かなりファンがいるでしょう。
しかし、継続的に多数冊を書いた訳ではありません。
また、歴史ミステリに実在の人物が登場するのは、「伯林―1888年」以降により増えたと感じます。
ただ、他者やあるいは本作者も含めて、後続の作品群が「伯林―1888年」を越えたかどうかは相当に疑問です。
特に主要登場人物が、ミステリ的に主要な役目を振り分けられているのは、これまた多くの後続作をもたらしました。
最後に何故、作者は多数のジャンルやテーマやスタイルの作品を書き分けたのかの謎があります。
勿論、書き分ける能力があった事は答えではなく前提です。
ただし、能力があったから実作したかったというのは一つの答えです。
ただし寡作でありながらどうしての疑問はあります。
作者が1時期高木彬光氏の資料集め等の手伝いをしていた事は知られています。
高木彬光氏は多作家で、多数のジャンルやテーマやスタイルの作品を書き分けた作家ですがその影響があった可能性もあります、1ジャンルの作品数を極端に少なくすれば海渡英祐の発表作のリストになりそうです。
一番ミステリ・ファンに魅力的なのは、表面的に見えないがどこかに繋がりがあるという見方ですがなかなか難しい命題であり、読者のいる世界ですから見えないと無いのとは同じという事になります。
個人的な好みでは、面白い作品が多いにも関わらず1冊以外は復刊されない作者になっているのは残念です。
古書でも是非読んでもらいたい作者ですが、お薦め作品が難しいです。
あえて好みで選ぶなら、「燃えつける日々」「おかしな死体ども」「死の国のアリス」等はいかがでしょうか。
参考(書誌ではありません。*:未読。短編集は収録作の個々を指してはいません。)
長編:
極東特派員:1961/06
爆風圏:1961/12
伯林―1888年:1967/08
影の座標:1968/09
無印の本命:1970/12 *
燃えつける日々:1977/08
白夜の密室 ペテルブルグ1901年:1977/01
霧の旅路:1978/04
積木の壁:1981/01
二十の二倍:1981/03
黎明に吼える:1981/10 *
咸臨丸風雲録:1983/03
ターフの罠:1995/07
短編集
おかしな死体ども:1974/12
パドックの残影:1974/04 *
殺人ファンタジア:1975/10>死の国のアリス:1986/07
閉塞回路:1976/01
罠のなかの七人:1976/08
ふざけた死体ども:1977/07
美女が八人死体が七つ:1978/12
地獄への直行便:1979/11
謀略の大地:1980/11 *?
仮面の告発:1976/11
三つの部屋の九つの謎:1983/01 *?
忍びよる影:1983/06 *?
事件は場所を選ばない:1984/06 *?
次郎長開化事件簿:1985/01 *?
趣味の犯罪 華麗な殺し:1985/04 *?
喰いちがった結末:1988/02 *?
辰五郎維新事件帖:1989/06
出囃子が死を招く:1992/08
俥に乗った幽霊:1992/10
札差弥平治事件帖:1998/04 *?