高橋泰邦論・海洋文学を開いた生涯

高橋泰邦は、作家と共に翻訳家としても活躍し著書的には翻訳書が多い。
作家と翻訳家としての活躍が知られるが、その主な対象は海洋文学である。
その中には、冒険小説の比重が多いし、翻訳物には帆船時代を舞台にしたものも多く含まれる。

多くの解説者が日本は海に囲まれた海洋国なのに、海洋小説が書かれなかったと言う。
そして先駆的ないくかの作品を列挙してから、本格海洋小説の著者として、高橋泰邦の登場を上げて、日本の海洋小説のパイオニアと言う。

作者の認識や思いや現実は「群狼の海」の後書きに語られているが微妙に内容は異なる。
曰く(引用する)
・「一般の人々に海の世界を、とりたて父たち商船乗りの海に生きる姿を、もっと煎じ詰めれば、戦時の不本意な苦闘を知ってもらうために、誇張でなく一生を賭けようと、非才を顧みず決心してからでも、40年余りになる」
・「処女長編小説「衝突針路」の「あとがき」で、日本に真の海洋文学を誕生させるには天才の出現を待つしかない、自分はそのために、コケの一念で藪を切り開いて道をつくろうと思う、(中略)、細い道だけは通った」
・「最初は(中略)「日本では海のものは読まれないから、(中略)」と言われた。やがて翻訳でミステリーとSFを訳しはじめたのがきっかけで(中略)、海洋ミステリーという形で海と船と船乗りを書ける幸運が訪れた」
・昭和30年代(中略)フォレスターの傑作群(中略)出版者に声を掛けたがとんと相手にされずに(中略)。ついに昭和40年代後半に(中略)訳出紹介出来る運びとなった。(中略)爆発的に人気が出て(後略)」

創作・翻訳に関わらず編集者に拒絶感があったようだ、書き手が少ない事はその様な環境では判断出来ないが、読者側には受け止める土壌は育っていた様だ、それが最初からかあるいはいつからかは今となっては、不明としか言えない。
確かな事は、高橋泰邦という海洋小説を日本に育てる事をに絶えず目標にしていた作者・翻訳者がいて、この分野が本格的に始まった事である。

海洋という特殊な背景を描くと、冒険要素は自然に含まれると考えられ、それは高橋泰邦としても同様だが、海の男のイメージは特に戦時に於いては現実でもあったから、男のみの登場作品ではと考える人がいても仕方なかった・・・・のか度量が狭いのか、結果論からはなんともいえない。
後年の海洋物では一般的に冒険小説でもあるいはSFでも、女性の登場は普通になった・・或いは必須なのか、時代と共に舞台も変われば女性の社会進出も進んだので、過去の戦記小説をを女性が登場しないから読まれないとする編集者の考えを、検証する事は難しくなった。
後述の様に作者自身も戦記物のホーンブロワーシリーズの外伝に女海賊を登場させた。

海洋小説の他の一面はドキュメンタリーだろう、海洋小説と海洋ドキュメンタリーとの関係は密接だと思える。
海洋ドキュメンタリーを如何に描くかの手法は、多岐に渡ると思えるが通常のドキュメンタリー手法で事実と取材を積み重ねて、その過程を描く手法は多い。
ただし、海という証拠品や目撃証拠が少ない場所では限界も制約も多い。
それ故に、取材に基づく内容に著者の解釈を加えて構成するドキュメンタリー小説として、フィクションとして描く手法がある、その先には取材内容を元にした小説がある。
高橋泰邦は、「群狼の海」を広義のドキュメンタリーとして見れば、全ての手法を書いている、すなわちジャンルだけでなく、手法と小説化としても間違いなくパイオニアだったと検証出来たと考える。

海洋ドキュメンタリーの題材になり易いのは、海難事故であり、海軍戦記であり、航海記だ。
海難事故には謎があり、その解明作業が行われる、通常と異なり海上審判所があり、そこを担当する海洋問題専門の担当者が存在する。
これは、通常のミステリでの事件>捜査>裁判という経過と対応するものがある。
海洋の知識、船の知識、海洋法の知識が著者に求められ、同時に読者に伝える必要がある、魅力的なミステリの舞台となり得る。
高橋泰邦の作品の多くに登場するのは、海事補佐人・大滝辰次郎であり忘れられない人物であるが、必ずしも全てで主人公と言えない。
少ない登場作だが、その中でも別の主人公が登場しそれを助ける登場も多い。
それは、海難事故では後から捜査・調査する事の限界や、小説上の構成の難しさもあるだろう。
大滝辰次郎は海事補佐人が働く場面で登場する事に、何も違和感がないし、むしろ現実的と言える、海と船乗りを描く作者の思いからは船乗りの視線や事件に近い視線は必要なのだと理解する。

帆船時代を舞台とした海洋冒険小説の翻訳者としての高橋泰邦は、「ホーンブロワーシリーズ」「ボライソーシリーズ」「オーブリー・マチュリンシリーズ」が上げられている。
その中の「ホーンブロワーシリーズ」の主人公の空白部分を、インド会社への渡航として構成したのが、「南溟の砲煙」「南溟に吼える」だ。
イギリスの植民地政策の地インドに訪れたホーンブロワーが、マラッカ海峡や南シナ海で中国軍と海賊と争う。
そして、実在の女海賊・チン夫人との微妙な関係と一騎討ちが目立った展開となる、ホーンブロワーシリーズの外伝的な作品をも執筆した、これも作者の本領ともいえるだろう。

個々の作品内容は、あまり紹介していないが参考に下記する。
 
紀淡海峡の謎=南海丸遭難事件
偽りの晴れ間=洞爺丸事件
群狼の海=父をモデルにした戦時を含めた輸送船苦難の航海小説
南溟の砲煙・南溟に吼える=ホーンブロワーシリーズの外伝
サドン・デス=ゴルフ・ミステリ


参考創作リスト(書誌的な正確性はありません)
海事補佐人・大滝辰次郎 A
未読 %


大暗礁 1961 短編集 %
衝突針路 1961 A ハードボイルド・法廷
紀淡海峡の謎 1962   ノンフィクション小説
賭けられた船 1963 A サスペンス
黒潮の偽証 1963 A 本格推理
海の弔鐘 1965
海底基地SOS 1970 SF %
偽りの晴れ間 1970 A ノンフィクション小説
軍艦泥棒 1971   冒険小説
サドン・デス 1973
南溟の砲煙 1983
南溟に吼える 1986
群狼の海 2000

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