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               ** 蓑虫と蟷螂 **

                           遠藤英實


皇居と北の丸公園を分ける路上で、思いがけなく蓑虫(ミノムシ)を見つけた。

     
    汝、蓑虫           何処より来たりて        何処へか去る


*蓑虫(オオミノガ)
 昔懐かしい蓑虫も、今や全国的な絶滅危惧種になっている。
中国から飛来した寄生バエや寄生バチの猛攻を受けて死屍累々といったところ。
だからこの東京で蓑虫を目撃した時は、大いに感激したわけだ。
 蓑虫といえば、ただぶら下がっているだけの印象が強いけれど、この時は
懸命に移動していた。敵から逃れて皇居に逃げ込もうとしていたのだろうか?

      * 敵飛来 逃げろや逃げろ 禁門へ *

 蓑虫の幼虫は蓑の中で成長し、八月頃、雄は羽化して普通の蛾になるが、雌は
そのまま蓑の中で雄の飛来をまち、交尾して産卵、そして、あの世へ旅立つ。
卵から孵った子ども達は自分の蓑を作って独りで生きていかねばならぬ。

*枕草子
 「蓑蟲いとあはれなり・・八月ばかりになれば、ちちよちちよとはかなげに鳴く・・」
なる有名な一節がある。 勿論、「鳴く」のは廻りの“秋鳴く虫”であろう。
そして「チチチチ!」と鳴く虫は多いから、ボロの蓑に連想を膨らませて、清少納言は
かくの如く描写したというのが定説となっている。とは云っても、
「ちちよちちよ」というのが何とも云えず可笑しい。自分だけさっさと飛び立っていく
雄の無情を、清少納言は憤慨しているようにも思えるからだ。「清少納言は、蓑蟲の
不思議な一生を知っていた」と我々も連想を膨らませたくなってくる。

      * 蓑虫の ちちを尋ねる 旅なれば
        去りゆく姿 あかず眺める    *


*江戸の俳句
   蓑虫の音を聞きに来よ草の庵     松尾芭蕉
   みの虫や啼かねばさみし鳴くもまた  酒井抱一
   みのむしや秋ひだるしと鳴くなめり  与謝蕪村
江戸の大物俳人の俳句である。どの句も“蓑虫は鳴く”ことになっていて可笑しい。
枕草子に、 「蓑虫いとあはれなり 鬼の生みたりければ・・」 とあるので、
当時から蓑虫について何らかの伝承があったと思われるが、
「蓑虫が鳴く」というのは、当時から伝承としてあったのだろうか?
それとも清少納言の創作なのだろうか?
創作だとすると、江戸時代の俳人(というよりもインテリ全般)にとって、枕草子は
必須の教養となっていたのだろう。私は、高校の授業で習った。
(虫好きだったせいもあって)この一節だけは大いに気に入っていたけれど、他の節は、
風物の描写が通り一遍で深みがなくつまらないと思った。
(虫好きでもなさそうな)芭蕉はどういう感慨をもったのだろう?
   蓑むしも父よぶころや魂祭り     横井也有
也有の句では、“父をよんでいる。” 清少納言をいっそう踏襲しているようだ。

*明治の俳句
   蓑虫の鳴く時蕃椒(とうがらし)赤し 正岡子規
   蓑虫の父よと鳴きて母もなし     高浜虚子
   蓑虫を養ふ記あり逝かれけり     高浜虚子
明治の大物俳人も、“鳴く蓑虫を”詠んでいて楽しくなる。子規は芭蕉を罵倒していた筈だが、
“蓑虫が鳴く”ことに関しては呉越同舟ということで、これも清少納言のお引き合わせであろう。
虚子では更に、“父よ”と、蓑虫がはっきり父を慕って鳴いている。
これが、私が探した範囲では今の所、清少納言をもっとも明確に踏襲した俳句のようだ。


*現代の俳句
云うまでもなく、「蓑虫」は「秋の季語」であり、他の虫(蜻蛉、蟷螂、蟋蟀、鈴虫・・)とならんで
数多く詠まれている。流石に現代では“鳴かない”ことになっているらしく、
それらしい俳句は一つも見当たらず残念なことである。
気に入った俳句二つ。
   蓑虫の出来そこないの蓑なりけり  安住敦
確かに立派な蓑もあれば出来そこないの蓑もある。今までこの巧拙は、種の違いによる
ものと思っていたけれど、案外同じ種でも、名人と下手くそがいるような気がしてきた。
   蓑虫の蓑に一縷の何の紅      栗間耿史
名人は、自分の家を紅色(萩の花などが良い)で飾る。
(ついでに)
  蓑虫やきのうもきょうも一張羅   小生
  蓑虫もたまには飾る一張羅     ,,
お粗末様


*蓑虫の未来
多分、絶滅の危機を脱したと思う。そうでなければ、私の漫然たる散策で
目撃できる筈もないからだ。(<−これまでの経験から)
敵との秘術を尽くした攻防で活路を見出したように思える。


*(ついで) 蟷螂  

 
         ブラックホール

蓑虫の良い写真がなく、ちょっと殺風景なので同じ秋の季語、蟷螂の写真を載せる。
蟷螂の目をご覧あれ。いつも、このように小さい黒い瞳がこちらを見据えている筈である。
これは瞳というわけではなく、一つ或は複数の個眼である。人の視線がどれかの個眼にぶ
つかると、この個眼は、人にはこのように黒点に見えるのである。(何故なら、個眼は光を
反射せず奥の方に吸収してしまうから。)だから人は、黒い瞳がいつもこちらを見ているよ
うに感ずる。これを偽瞳孔(ぎどうこう)というのだそうだ。
   蟷螂の瞳逃さぬ魔力あり 


     
 
 オオカマキリとアカトンボ      20秒後

蟷螂は「待伏せ」で獲物を捕える時、その本領を発揮する。目と鎌の神経が直結しているか
ら敏速にして過たない。反面、獲物に忍び寄っていく時は相当に不器用である。蜻蛉など
に忍び寄っていく(stokeするという)場合でも超スローモーだから、捕まる迄その場に留
まってくれる蜻蛉などまずおるまい。(写真中の赤い矢印に注意、秒速5mm)
辿りついて飛びかかっても、あの腹では獲物は余裕綽々で逃げていくだろう。その上自分
もいろいろな敵に襲われるのだから猛虫といえど決して楽ではない。
   蟷螂は無聊と無事に苦笑い

                                                
 
 晩鐘 ミレー        祈り(1)        祈り(2)

蟷螂ほど、「獰猛」と「敬虔」を混然一体として人に印象づける動物も珍しい。猛虫なのであ
るから「獰猛」は当然であるが、野辺での佇まいが人の胸を打つ。祈りの姿が、人にミレー
の絵を思い浮かばせるのだ。確かにミレーの絵と並べると本当に良く似ているのである。
(因みに、日本人は、「古池」といえば芭蕉の俳句、「祈り」といえばこのバルビゾン派の
大物の絵をすぐ思い浮かべるらしい。)
蟷螂こそ“常在戦場”なのだから、一日を無事終えて祈りを捧げる心境になるのも
尤もだと思う。
   業(わざ)を終え秋の夕べに祈りけり


ティータイム(その1) 「不思議なシマヘビの物語 (野川で出会った“お島”)」

ティータイム(その3) 「ゴイシシジミ讃歌」

ティータイム(その4) 「空飛ぶルビー、紅小灰蝶(ベニシジミ)」

ティータイム(その5) 「ヒメウラナミジャノメの半生(写真集)」

ティータイム(その6) 「蝶の占有行動と関連話題」

ティータイム(その7) 「ヒメアカタテハの占有行動」

ティータイム(その8) 「オオウラギンヒョウモン考」

ティータイム(その9) 「ヒメウラナミジャノメの謎」

ティータイム(その10) 「コムラサキ賛歌」

ティータイム(その11) 「散歩しながら動物行動学を学ぶ」

ティータイム(その12) 「”お島”ふたたび」

ティータイム(その13) 「オオウラギンヒョウモン考(再び)」

ティータイム(その14) 「謎の蝶 ヒメアカタテハ」

ティータイム(その15) 「我が隣人 ヒメアカタテハ」

ティータイム(その16) 「オオウラギンヒョウモン考(三たび)」

ティータイム(その17) 「姿を顕さない凡種、クロヒカゲ」

ティータイム(その18) 「微かに姿を顕したクロヒカゲ」

ティータイム(その19) 「不可解な普通種 ヒメジャノメ」

ティータイム(その20) 「散歩しながら動物行動学を学ぶ ― 蝶の知的生活―」

ティータイム(その21) 「オオルリシジミを勉強する」

ティータイム(その22) 「集結時期のヒメアカタテハを総括する」

ティータイム(その23) 「毒蛇列伝」

ティータイム(その24) 「東京ヘビ紀行(付記 お島追想)」

ティータイム(その25) 「ヒメアカタテハやクロヒカゲの占有行動は交尾の為ではない(序でに、蝶界への疑問)」

ティータイム(その26) 「ヒメアカタテハの越冬と発生回数」

ティータイム(その27) 「鳩山邦夫さんの『環境党宣言』を読む」

ティータイム(その28) 「蝶の山登り」

ティータイム(その29) 「蝶の交尾を考える」

ティータイム(その30) 「今年(2019年)のヒメアカタテハ」

ティータイム(その31) 「今年(2019年)のクロヒカゲ」

ティータイム(その32) 「蝶、稀種と凡種と台風と」

ティータイム(その33) 「ルリタテハとクロヒカゲ」

ティータイム(その34) 「ヒメアカタテハ、台風で分かったこと」

ティータイム(その35) 「「蝶道」を勉強する」

ティータイム(その36) 「「蝶道」を勉強する 続き」

ティータイム(その37) 「ミツバチを勉強する」

ティータイム(その38) 「「蝶道」を勉強する  続き其の2」

ティータイム(その39) 「里山の蝶」

ティータイム(その40) 「岩手の蝶 ≒ 里山の蝶か?」

ティータイム(その41) 「遺伝子解析、進化生物学etc」

ティータイム(その42) 「今年(2020年)の報告」

ティータイム(その43) 「徒然なるままに 人物論(寺田寅彦、ロザリンド・フランクリン、木村資生、太田朋子)」

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