「蝶道」を勉強する
                         遠藤英實 作  0 初めに  1 資料其の1    @モンキアゲハの子どもの頃の思い出    A蝶道とは    Bアゲハチョウの交尾行動(雄の探雌行動)について    Cアゲハチョウ雌の産卵行動について  2 資料其の2  3 総括  4 終わりに 0 初めに 「蝶道」という用語をいつ覚えたのかは定かではない。 いつの間にか覚えそして何となく使っていた。 “気持ち悪さ”を感じていたので調べてみた。 諸説はあれど、 「原色日本蝶類図鑑 横山光男著 保育社」が人口に膾炙している。 この図鑑は名文としても名高く、蝶の風姿、麗姿を格調高く謳いあげていた(らしい)。 私も持っていたけれど、「蝶道」についての記憶はない。 ボロになったせいか、いつの間にか「若林守男増訂版」に変わっていた。 (こちらには記述がない。) だからずっと意味不明で、つくづく無意味な定義(或いはネーミング)だと思っていたが、 最近、その“無意味さ”を語るのは、それほど“無意味ではない”と思い始めた。 1 資料其の1 最近以下の本を読んでみた。 昔、原本を読んではいたが、今手元にはない。   「日高敏隆選集T チョウはなぜ飛ぶか ランダムハウス講談社」 惹句には   「少年・日高敏隆が小学生のときに気づいたチョウの「習性」を   研究者・日高敏隆が20年の時を経て解き明かす」 とある。 これは、いくら何でも大げさである。(この著者の本にはそういう傾向がある。) 内容を私が纏めると    @モンキアゲハの子どもの頃の思い出    A蝶道とは    Bアゲハチョウの交尾行動(雄の探雌行動)について    Cアゲハチョウ雌の産卵行動について となる。以下〜 @モンキアゲハの子どもの頃の思い出   あれこれ論難するのは大人気ない気もするが、敢えて述べる。 疑問は、以下である。  ・モンキアゲハは、雄も雌も蝶道生活を送るのか?送らねばならぬのか?  ・いつ蝶道生活に入り、いつ終えるのか?  ・モンキアゲハは蝶道で何をしているのか?吸蜜? 交尾? 産卵?   この場所以外では出来ないことなのか? 研究者・日高敏隆が20年の時を経て解き明かしてくれたのなら、 どこかに答えがある筈だが、勿論ない! 私の経験を述べる。 経験一 北の丸公園(皇居の傍)の一郭に クロアゲハ、アゲハチョウの“蝶道”(つまり頻繁に見かける場所)がある。 そしてここに、偶にモンキアゲハがやってくる。 或る日の午前、この場所にモンキアゲハがやってきた。 クロアゲハ等に交じって飛んでいたが、いつの間にか(午後)いなくなっていた。 2,3日後、遥か桜田堀の土手でノンビリとヒガンバナを吸蜜しているモンキアゲハを見つけた。 この地では珍しい種だから同一個体であろう。 たった半日“蝶道”に留まって、また放浪の旅に出たのである。 経験二 昔、静岡大学大谷地区裏手の林は、虫の絶好の観察地であった。 クロアゲハやモンキアゲハも舞っていた。 2、3日後駿府公園に行くとモンキアゲハが飛んでいた。 後翅の大きな破損具合から、静岡大学で目撃したあの個体だと分かった。 かくの如く彼らにとって蝶道は、行方定めぬ旅(放浪)の途中の、 一時の安らぎの場ではなかろうか? 何か特別な行動を見せてくれたわけではない。フラフラ飛んでいただけ・・ 経験三 自然教育園(港区)では、3日連続でモンキアゲハを2匹見かけた。(多分雄ばかり) それ以降は見物に行かなかったから分からないが、 生涯の重要な行動をなしているようには見えなかった。 (つまり漫然と時を送っているだけ・・ 大きなお世話と言われそうだが。) 取り敢えずの結論 というわけで、あまり大げさに考えなくても良いのでは・・ 著者はモンキアゲハの思い出と後のアゲハチョウの観察を語っているが 両者の行動が全く違うのは蝶屋の常識である。 (ところで、私は未だ、モンキアゲハの交尾を目撃したことはない。) A 蝶道とは  この著書では、蝶道はかくの如く説明されている。  「蝶道とは、・・まさにチョウの飛ぶ道であって、それ以上のものではなさそうである。   チョウはそこを飛びながら・・花のミツを吸い・・メスと交尾し・・食草に卵を産む。」 それなら著者は、蝶道の定義なんぞ無意味だ! と云っているのか? それでは 20年の時を経て解き明かしたというのは大げさである。 それに、蝶は他にもいろいろなことをしている!  ・天気が悪くなったら隠れる ・外敵から逃れる ・他の蝶と縄張り争いをする  ・樹液や腐果を探す ・塒を探す etc つまり、蝶道とは成蝶の「生活の場そのもの」である! 蝶は、自らの命(結果的に種の存続)をかけて、大自然を利用し何千年も何千万年も 生き抜いてきたのである。 人間の解説なんぞ笑止千万と思っているのではなかろうか? ところで、外国人は蝶道を知らない(認めない)らしい。 “彼らはキアゲハしか知らないから”という理由からでは多分なかろう。 彼らが植民地としたアジア、オーストラリアにはアキリデスは沢山いるではないか! 彼らは、明確に定義できないことは、“自然科学の用語”として認めたがらないらしい。 日本においても、それは然り! 訳の分からないことを定義してしまうと、 数学、物理、化学(=つまり理学部=つまり正統派自然科学)から馬鹿にされるのである。   “この建物から出ていけ!”、“博物学部でも作れ” と!! 他ならぬ日高氏も昔語りで嘆いていた筈だが・・ B アゲハチョウの交尾行動(雄の探雌行動)について 惹句には、  「研究とは、【仮説】と【検証】の繰り返しであることを軽妙に伝えた傑作!」 とある。(とは云え、本著は相当に冗長である。) 私が纏めてみると、    雄からみた雌の特徴抽出    雄による雌への接近行動の解明 となる。 前者は、人間(著者等)があれこれ推測しているわけだが、 ここでは書かない。 以下にコンパクトに書かれている。    蝶の自然史 行動と生態の進化学     オスはどうやってメスを探すのか 山下恵子 北海道大学図書刊行会 後者を要約する。  a 雄はランダム探索をしている。(<――これは私には疑問?)    匂いは関係なく、視覚によっていると思われる  b 1.5m位近づいて、(あれば)興味の対象に気が付く。  c アプローチ行動をとる。即ち視覚によって更に近づく。  d 関心がなければ飛び去る。(形状で判断するのではないか?)  e 関心があればコンタクト行動をとる。    すなわち前脚で触る。(<――接触化学覚)    触覚は最後まで使わないようだ。  f 雌と思ったら腹を曲げて交尾しようとする   (注 アプローチ行動・コンタクト行動は前述の山下さんのネーミング) ここで著者等は色々観察している。  ・雄ならちょっと触って飛び去る  ・雌であっても、古い死骸ならちょっと触って飛び去る。  ・モデルなら、  「近づく、触る、交尾しようとする」という行動間に差がある。   つまり、そのまま次のステップに進むわけではなく、   あれこれ確かめてみるのである。  aで、「雄はランダム探索」と著者は主張しているが、これには異論がある。 生き物の探索には、粗探索、密探索(一般に段階探索)があり、 ランダム探索はしていないのではなかろうか? アゲハチョウのこのケースでいうのなら、 aでは粗探索、即ち「先ず、然るべき葉の樹木を探すこと」を行う。 次に、b以降に進むわけである。 ランダム探索では効率が悪すぎる。 エベレストに昇るのに、ハワイや南極に行ってしまうようなものだ。 先ず粗探索で麓に行き、次に密探索で頂上を目指すのだと思う。 C アゲハチョウ雌の産卵行動について 雌の産卵行動こそは不可解であった。 著書を要約するとこうなる。 *************************************    a 食草をケージに入れ、網から20cm程離す。      雌を外側に近づけた。      産卵した。      触覚を切った。それでも産卵した。      雌を網から1m程離すと殆ど集まらなくなった。      雌を網から2m程離すと全く集まらなくなった。      つまり、雌は視覚のみを頼りに産卵したのである。    b 食草を透明な箱に入れ、中の空気を抜いた。      もはや匂いはない(=外の雌にはもはや伝わらない)。     それでも雌は産卵した(しようとした)。 ************************************** 今まで私が漠然と理解していたことは、こうである。 **************************************      到達範囲: 視覚 > 嗅覚 > 接触化学覚      強さ  : 視覚 < 嗅覚 < 接触化学覚      蝶は、これらを駆使してリスクを回避し産卵する。 ************************************** 実際、    新編チョウはなぜ飛ぶか 日高敏隆 写真海野和男 朝日出版社 でも、そのように(後者)記述されている。 それでは、この実験結果(=視覚のみでも産卵する)はどう理解すべきか? (なお、この実験は工学部出身の若手研究者が担当したらしい。  流石に工学屋は冴えている!) 2 資料其の2 次なる資料がある。    動物行動の意味 ハスモンヨトウの配偶行動     日高敏隆・久安早苗・宮川桃子 東海大学出版会 これはコンパクトな論文であるが、最後の結論だけを書く。  ・ハスモンヨトウの雄は、ランダム飛翔によって、雌が放出する性フェロモンを探す  ・性フェロモンをキャッチすると(有効圏2〜3m)、定位飛翔によって次なる情報Bを探す。   情報Bが何かは不明、従って何によって(視覚? 匂い?)探すのかも不明。  ・情報Bをキャッチすると、最終的な信号Cを認知し交尾する。   多分、足で接触化学信号を認知するのではないか?  (ランダム飛翔についての私の疑問は前段と同様。  やはり、何らかの情報を使って「疎探索」を行っていると思う。) いろいろ観察を行っているが、分かったことは、これだけ。 ハスモンヨトウという農業害虫の駆除に、 「フェロモン利用」は役に立たないことを示そうとしたようだ。 (但し私は、この誘蛾灯は多くの蛾を集めているとは思う。 作物の被害額減少に役立っている程ではないということだろう。) 本研究は、アゲハチョウの産卵に関する疑問解明に役立ったわけでもない。 私は思ったのは要するに、  野外での観察は気の遠くなる程難しいなぁ〜 ということである。         3 総括 日高さんの、本編と新編を比較して思った。  “ええ加減な著作だなぁ〜” ふと思った。  “これはどちらも間違いではないのではないか!   日高さんも、こう云いたかったのではないか?” と。 即ちこうである。 ***************************************  雌は、間違った葉に産卵するリスクを警戒して、接触化学覚段階まで進もうとする。  その結果、厳密さに拘って産卵できないリスクを負うことになる。  (産卵できるのに! <――人間はしたり顔で論評する)  野放図に産もうとすると、間違った葉に産卵してしまい、  その結果、幼虫を餓死させるリスクを負うことになる。 (愚かな親だ! <――人間はしたり顔で論評する)  各雌は、実はそのリスクを勘案しているのではないか?  つまり、  使える状況なら、接触化学覚も使う。(つまり精度を上げる)  使えない状況なら、視覚だけで間に合わせる。  或いは、  大胆な雌、慎重な雌の分布は決まっているのかも知れない。  大胆派が多ければ、分布拡大と絶滅は表裏一体、  慎重派が多ければ、平衡、或いは少しずつ衰退、或いは少しずつ繁栄  ということか。  そして、分布も変動しているのかも知れない。 ********************************************* 「蝶と植物は、一方的に加害者でもなければ被害者でもない」 という説を読んだことがある。 こうした知恵、関係を、彼らは何千万年の歴史のなかで見につけてきたわけだ。 つまり、相互依存、相互反発! だからこそ、今でも生き延びているのだ。どちらも! 4 終わりに 「蝶道」を勉強しようと思ったのだが、大幅に逸れてしまった。 それでも勉強になったのは、  ・野外での観察は気の遠くなる程難しい  ・大勢が知恵を出し合えば、結果は出てくる   (これは、私の勝手読みかも知れない。) ということだ。 生物学の、実験室での研究(観察、実験)や特定の場所での観察は沢山ある。 私がかねがね不思議に思っているのは、 それらの結果は、別の実験室や観察地でも確かめられているのだろうか? ということである。(特に数値や数式で) 分子構造や重力定数は、どの実験結果でも同じだ。 常温核融合にしても、講演を聞きに行った人が批判していた。 “泡がブクブク立つ映像を見せられただけ!”だって。 つまり、同じことを出来ないから批判したのである。 O女史の研究も、他の人では同じことが出来ないから批判されたのである。 然るに蝶の“研究”の場合、誰がどこでやっても同じ結果を得ているのか? そもそも、他の人は何もやっていないのではないか? 本人も、そのことを気にもしていないのではないか? “論文さえ出来ればOK! 後は野となれ山となれ! と思っているのではないか? メイナード=スミス等のESSなる理論がある。 “進化論を数学的な厳密さで追求する”とは本人の弁。 京都賞を受賞したが、どういう生物学者が選定したのだろう? どういう数学者が推薦したのだろう? ラングールや「高い樹、低い樹」を例にとって解説していた西国の先生がいたが、 “数学的な厳密さ”とは大分乖離があるようで、お粗末様! 進化論の、パソコンを使ったシミュレーション本がある。 遺伝子を簡単化して、その生物の消長を“解析”するらしい。 (私は使ったことはないが)、メイナード=スミスよりはこちらの方が面白そうだ。 学問的ではないというのなら、どちらも同じではなかろうか? ティータイム(その1) 「不思議なシマヘビの物語 (野川で出会った“お島”)」
ティータイム(その2) 「ミノムシ 《皇居外苑北の丸公園の蓑虫》」
ティータイム(その3) 「ゴイシシジミ讃歌」
ティータイム(その4) 「空飛ぶルビー、紅小灰蝶(ベニシジミ)」
ティータイム(その5) 「ヒメウラナミジャノメの半生(写真集)」
ティータイム(その6) 「蝶の占有行動と関連話題」
ティータイム(その7) 「ヒメアカタテハの占有行動」
ティータイム(その8) 「オオウラギンヒョウモン考」
ティータイム(その9) 「ヒメウラナミジャノメの謎」
ティータイム(その10) 「コムラサキ賛歌」
ティータイム(その11) 「散歩しながら動物行動学を学ぶ」
ティータイム(その12) 「”お島”ふたたび」
ティータイム(その13) 「オオウラギンヒョウモン考(再び)」
ティータイム(その14) 「謎の蝶 ヒメアカタテハ」
ティータイム(その15) 「我が隣人 ヒメアカタテハ」
ティータイム(その16) 「オオウラギンヒョウモン考(三たび)」
ティータイム(その17) 「姿を顕さない凡種、クロヒカゲ」
ティータイム(その18) 「微かに姿を顕したクロヒカゲ」
ティータイム(その19) 「不可解な普通種 ヒメジャノメ」
ティータイム(その20) 「散歩しながら動物行動学を学ぶ ― 蝶の知的生活―」
ティータイム(その21) 「オオルリシジミを勉強する」
ティータイム(その22) 「集結時期のヒメアカタテハを総括する」
ティータイム(その23) 「毒蛇列伝」
ティータイム(その24) 「東京ヘビ紀行(付記 お島追想)」
ティータイム(その25) 「ヒメアカタテハやクロヒカゲの占有行動は交尾の為ではない(序でに、蝶界への疑問)」
ティータイム(その26) 「ヒメアカタテハの越冬と発生回数」
ティータイム(その27) 「鳩山邦夫さんの『環境党宣言』を読む」
ティータイム(その28) 「蝶の山登り」
ティータイム(その29) 「蝶の交尾を考える」
ティータイム(その30) 「今年(2019年)のヒメアカタテハ」
ティータイム(その31) 「今年(2019年)のクロヒカゲ」
ティータイム(その32) 「蝶、稀種と凡種と台風と」
ティータイム(その33) 「ルリタテハとクロヒカゲ」
ティータイム(その34) 「ヒメアカタテハ、台風で分かったこと」
ティータイム(その36) 「「蝶道」を勉強する 続き」
ティータイム(その37) 「ミツバチを勉強する」
ティータイム(その38) 「「蝶道」を勉強する  続き其の2」
ティータイム(その39) 「里山の蝶」
ティータイム(その40) 「岩手の蝶 ≒ 里山の蝶か?」
ティータイム(その41) 「遺伝子解析、進化生物学etc」
ティータイム(その42) 「今年(2020年)の報告」
ティータイム(その43) 「徒然なるままに 人物論(寺田寅彦、ロザリンド・フランクリン、木村資生、太田朋子)」


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