微かに姿を顕したクロヒカゲ
                遠藤英實 作   0 始めに   1 密集地出現   2 密集の度合い   3 配偶行動(2017・09・26)   4 終わりに 0 はじめに 先般、「姿を顕さない凡種、クロヒカゲ」を書いて、 配偶行動を全く見せてくれない彼らを嘆いた。 ところが、その後微かに垣間見せてくれた。 その顛末を示す。 1 密集地出現 この生田緑地では、年3化、 個体数の最多時期は7月で、20〜30匹である。 内訳は、占有地とそれ以外で、半々か。 2017年の第3化は、09-18では全体で5匹だった。(占有地には1匹) ところが、09-24の観察から異常が現れた。 遊歩道10数m位の区間(=以下「当該領域」と略記)に、 多い日では10匹前後がひしめき出したのだ。 何の変哲もない区間なのだ。 個体数の時系列と気温を以下に示す。 「10匹前後」というのは、大した数字ではないように思うかも知れないが、 この地のクロヒカゲに関する限り決してそうではない。 この広い広い生田緑地に最盛期でも30匹前後、 しかもその半数は占有領域に集まって覇を競っているのだ。 残り(多くても15匹程度)の内10匹近くが、 この「当該領域」に密集しているのである。 やはり異常なのである。 これまでも発生していたのに見逃していたのかどうかは、ハッキリしない。 (ほぼいつも通過する箇所だから、見逃している筈はないと思うのだが・・) 然らば、異常気象の故か? 表で見る限りそうではなさそうだ。 更に、不思議なのは、 09-28の雨以降、激減した(元に戻った)ことである。 私は、交尾のためにこの「当該領域」に集結したのだと思う(思いたい)。 これについては後段で述べる。 そう云えば、ヒメアカタテハも交尾の為に集結したのであった。    「我が隣人 ヒメアカタテハ」参照 (もっとも、ヒメアカタテハは交尾だけではなく、他にもいろいろな姿を 見せてくれたけれど。) 2 密集の度合い 先ず、写真を披露する。 以下のような当該領域に、彼らは集結していた。   遊歩道下から              上から 以下に、集結していたクロヒカゲをクローズアップする。 大分、翅形や色が違っている。色の違いは光線の影響だけではなさそうだ。   以下に密集の程度を示す。   路上に1匹   周囲の草むらに1匹   近づき過ぎると樹上に逃げ出す。多分雄   2匹               2匹   2匹              3匹 通常の路上での孤独な姿については 「姿を顕さない凡種、クロヒカゲ」 参照のこと。 3 配偶行動(2017・09・26) 今度こそ配偶行動を目にせんものと張り切った。 9月26日、やっとそれらしい行動を目にした。 以下。(時刻は全て 13:32)   撮影開始1            トリミング   2               トリミング   3               トリミング   4 ♂飛び去る          トリミング 3年間の観察の成果が、“たった4枚の写真”というのも情けない気がするが、 やはり、野外での観察・データの収集は難しい。 とは云っても、出所不明の”定説”の引用は困る。 また、他人の論文を引用するのなら、 引用した人が責任をもってその詳細を説明するべきであろう。 以下解説。 雄が雌の傍に近づいていった。 これまで目撃した他種の例では、その後  ・交尾に至る  ・雌がフリーズ状態になる  ・雌が逃げ惑う  ・雌が飛び去る  ・雌が逆立ち行動をとる だが、 あろうことか本例では、雄の方が1秒も経たないうちに飛び去ったのである。 私の存在を気にしたわけではない。ずっと離れて撮影していたのだから。 実は、(撮影出来なかったが)飛翔中の雌雄でも同じような例を目撃している。 即ち、雄が直ちに姿を晦ましたのだ。 ヒメウラナミジャノメでは、 空中で絡み合った後、葉上に降り立ち直ちに交尾した。 ヒメジャノメでは、 空中で絡み合った後、葉上に降り立ち、 雌が僅かに逃げ、雄が追いかけ その後直ぐ交尾した。 だからクロヒカゲもヒメジャノメと同様と思ったのだが 豈図らん、雄は直ぐ飛び去ったのである。 この性衝動の希薄さはどうしたことだろう?  謎である。そして今でも謎である。 ついでに 以下の写真は遠く離れた占有領域での、9月30日14時33分の2匹である。    他蝶も殆どいない。 この2匹だけが時々争っていた。 「雌を求めての熾烈な闘い」なる連想は全く湧いてこない。 私には、“余生を気に入った場所で過ごすための争い”に映った。 「縄張り争いは、順位を巡る争い」という説があるそうだが、 私の思いもそれに近い。 4 終わりに 竹内剛氏という研究者は、科学研究費助成事業でクロヒカゲについて研究しておられる。 その研究概要報告(3年分)がウェブサイトに出ている。 https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-07J06072/07J060722009jisseki/ ついでに云うと、私は何の学会にも入っていない。だから読みたい論文をウェブサイト、 新聞記事、報告会などで知っても読む術がない。以前当該の学会に頼んだら 「著者に依頼して欲しい」と断られた。読みたい論文というのは、概ね批判したい論文 だから、著者には頼みづらい。だから読むのは専ら、ウェブサイトか雑誌「昆虫と自然」 などである。竹内氏についても、  「謎に満ちたチョウの縄張り行動」 昆虫と自然 2015 8 を読んだ。外国人による研究の紹介などに興味がないから、 今回は上記研究概要報告についてのみ感想を述べる。 (なお前回言及したI氏とは、本報告のIde 2004(井出純哉氏)である。)            先行研究では、クロヒカゲ雄の配偶戦略は午前中の雌探索飛翔と午後の縄張り行動    の二つがあるとされていた(Ide 2004)。しかし野外で本種の行動を詳細に観察した    ところ、雌探索飛翔とされていた午前中の飛翔行動は、実は餌を探しているだけで    配偶戦略ではなく、午後の縄張り行動が雄の配偶戦略であることが明らかになった。 交尾は1日中続くというわけではあるまい。だから、 「餌を探して交尾をしてまた餌を探して」という行動も可能なわけだ。 だから竹内氏も、餌を探しているだけなどと云わず堂々と、 「午前中の飛翔行動では、私は、交尾を観察出来なかった」 と報告するべきである。 すると当然竹内氏は、 「午後の縄張り行動では、観察出来た」 と書き、その観察結果を書かねばならないが、実際観察しているのだろうか? というのは、私は全く観察出来なったし、 《原色日本蝶類生態図鑑(W)  保育社》にも 「交尾行動の観察はないが・・」 と書かれているのみなのである。 この図鑑にも書かれていないのだから、僥倖によるウェブサイトでの報告はあっても、 調査に基づく記録など全くないのではあるまいか? それ程に難しい蝶なのである。 もし有るのなら謹んでお詫び申し上げ、その論文をお見せ願いたいと思う。    縄張りを保持できる雄は、体重が大きく、    飛翔筋の発達した個体であることが分かった。    飛翔能力の高い個体が争いに勝ち、配偶縄張りを確保できると考えられる。    本研究は、チョウの闘争に飛翔能力が効果を持つことを初めて示し、    これまで知られていなかったチョウの性選択を明らかにした。      「午前中の雌探索飛翔と午後の縄張り行動が配偶行動である。」 というのは、元来井出氏の主張であるが、著者は 「後者のみが配偶行動である」と主張するのであろうか? つまり、 「縄張り内での雌雄の出会いのみが、交尾に繋がる」と主張するのであろうか? その主張が観察等で検証されて初めて 「飛翔能力が高い雄は弱い雄を追い払うのだから子孫存続に有利」 ということになり、 「チョウの性選択理論に一石を投じた」 ことになるが、その検証は困難だし、多分それは事実ではあるまい。 私は縄張り内でそもそも交尾を目撃したことはないし、 むしろ本稿で述べた 《縄張り行動とは全く関係のない配偶行動らしき行動》 の方に、より交尾のリアリティを感ずるからである。 勿論この《配偶行動らしき行動》は、 井出氏の主張する《午前中の雌探索飛翔》とは全く関係がない。 むしろヒメアカタテハの《集結交尾》に近い気がする。 (集結規模は大分異なるが。)    クロヒカゲの場合、縄張り争いが激しい第一世代では、    体サイズを大きくする方向に淘汰がかかると考えられ、 「縄張り争いが激しい」というのは、縄張りに集まってくる個体数が多い ということなのだろうか? 私の観察では、第二世代(7月発生)の方が個体数も多く、 従って縄張り争い参加の個体数も多く、従って、縄張り争いも激しく見えた。 すると私の観察領域では、第二世代の雄の体サイズが大きくなっている筈である。 どうも、自分の観察範囲のデータのみからあれこれ一般的法則を導き出すのは、 研究者の悪い癖のように思うのだが・・    雌に与えたタンパク質は、雄の生涯にわたって回復しない・・    老齢な雄ほど交尾が容易でない・・    雄の交尾コストも無視できない・・    これから進化生態学的な研究を行う上で・・ 「交尾相手の選択の主導権は、雄、雌どちらが握っているか?」  はダーウィン以来論争が続いているらしい。 竹内氏も、クロヒカゲやメスアカミドリシジミの配偶行動を取り上げて この問題を考えているようだ。 どうも進化論が登場してくると、段々意味不明になってくる。 或るプロの論文(進化論が登場する)に対して、別のプロが、 「こういう論文は、賛成とも反対とも云えないのがつらい。」 と胸中を吐露していた。 竹内氏は、前掲の論説「謎に満ちたチョウの縄張り行動」で    原理を考えてそれを支持する証拠を集めること   の重要性をアマに説いておられる。   私もその通りだと思うが、自然はとてつもなく広大であり   アマにとってもプロにとっても難問だと思う。   そして私には、プロは証拠集めを怠っているように思われる。   実際昆虫学者Y氏は著書で   「野外でデータを収集していたら論文が書けない。」   と云って、外国人の論文を引用していた。(<−−鳥の胃袋の調査)   外国人の論文を引用されても困るのである。   アマはまず入手出来ないし、   それにそのような解読の必要性を感じないケースが多いから。      私は3年間クロヒカゲを調査して、為すところは少なかったけれど、   楽しく遊べたのが良かった。何よりのアマの特権である。   プロの諸方面の論文も時々読むけれど、フィールドに関する限り、   面白くないし、役に立たないし、眉唾と思うものが多い。   どうしてもオブリゲーションがあるから、そうなってしまうのだろう。 ティータイム(その1) 「不思議なシマヘビの物語 (野川で出会った“お島”)」
ティータイム(その2) 「ミノムシ 《皇居外苑北の丸公園の蓑虫》」
ティータイム(その3) 「ゴイシシジミ讃歌」
ティータイム(その4) 「空飛ぶルビー、紅小灰蝶(ベニシジミ)」
ティータイム(その5) 「ヒメウラナミジャノメの半生(写真集)」
ティータイム(その6) 「蝶の占有行動と関連話題」
ティータイム(その7) 「ヒメアカタテハの占有行動」
ティータイム(その8) 「オオウラギンヒョウモン考」
ティータイム(その9) 「ヒメウラナミジャノメの謎」
ティータイム(その10) 「コムラサキ賛歌」
ティータイム(その11) 「散歩しながら動物行動学を学ぶ」
ティータイム(その12) 「”お島”ふたたび」
ティータイム(その13) 「オオウラギンヒョウモン考(再び)」
ティータイム(その14) 「謎の蝶 ヒメアカタテハ」
ティータイム(その15) 「我が隣人 ヒメアカタテハ」
ティータイム(その16) 「オオウラギンヒョウモン考(三たび)」
ティータイム(その17) 「姿を顕さない凡種、クロヒカゲ」
ティータイム(その19) 「不可解な普通種 ヒメジャノメ」
ティータイム(その20) 「散歩しながら動物行動学を学ぶ ― 蝶の知的生活―」
ティータイム(その21) 「オオルリシジミを勉強する」
ティータイム(その22) 「集結時期のヒメアカタテハを総括する」
ティータイム(その23) 「毒蛇列伝」
ティータイム(その24) 「東京ヘビ紀行(付記 お島追想)」
ティータイム(その25) 「ヒメアカタテハやクロヒカゲの占有行動は交尾の為ではない(序でに、蝶界への疑問)」
ティータイム(その26) 「ヒメアカタテハの越冬と発生回数」
ティータイム(その27) 「鳩山邦夫さんの『環境党宣言』を読む」
ティータイム(その28) 「蝶の山登り」
ティータイム(その29) 「蝶の交尾を考える」
ティータイム(その30) 「今年(2019年)のヒメアカタテハ」
ティータイム(その31) 「今年(2019年)のクロヒカゲ」
ティータイム(その32) 「蝶、稀種と凡種と台風と」
ティータイム(その33) 「ルリタテハとクロヒカゲ」
ティータイム(その34) 「ヒメアカタテハ、台風で分かったこと」
ティータイム(その35) 「「蝶道」を勉強する」
ティータイム(その36) 「「蝶道」を勉強する 続き」
ティータイム(その37) 「ミツバチを勉強する」
ティータイム(その38) 「「蝶道」を勉強する  続き其の2」
ティータイム(その39) 「里山の蝶」
ティータイム(その40) 「岩手の蝶 ≒ 里山の蝶か?」
ティータイム(その41) 「遺伝子解析、進化生物学etc」
ティータイム(その42) 「今年(2020年)の報告」
ティータイム(その43) 「徒然なるままに 人物論(寺田寅彦、ロザリンド・フランクリン、木村資生、太田朋子)」


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