蝶、稀種と凡種と台風と
                        遠藤英實 作 0 始めに 1 ホシミスジ   a 発見の経過(東京)   b 発見の経過(盛岡市)   c まとめ 2 ミスジチョウ、イチモンジチョウ   a ミスジチョウ   b イチモンジチョウ 3 ウスバシロチョウ 4 ヒメウラナミジャノメ、ミヤマチャバネセセリ   a ヒメウラナミジャノメ   b ミヤマチャバネセセリ   c 台風を語る 5 終わりに 0 始めに F氏(後述)のホシミスジの報告を大分以前、虫のミニコミ誌TSU-I-SOで読んだ。 それ以前に、私は野川公園でホシミスジを目撃していたこともあり、 この記事を面白いと思った。 氏は個体数計測の計算を実行していた。(Jolly-Seber法か?) 「最初順調だったが、或る日突然狂いだした」という件があり、 あれこれ推測されて可笑しかった。 その後の氏の論文(後述)に亜種(種)への分割が説明されていた。 私には、「細分化」と「統合化」の違いが分からない。 また、DNA解析も良く分からない。 個体間の違いを示す部位の発見やその部位間の違いを計る方法が 果たして、いろいろな蝶(或いは生物)で分かるものなのか? といろいろ疑問はあるが、 氏が実際に全国を飛び回って、観察・考察されていることは、 観察屋の端くれである私にも良く分かる。 チャランポランな研究者ではないのだ。 ましてや論文稼ぎの研究者でもない。 私の多摩川の観察地(ヒメウラナミジャノメ、ヒメアカタテハetc)で ホシミスジを目撃した。 そしてこの観察地が、先般の台風19号で木っ端微塵に粉砕された。 (蝶にとってだが。) 本稿を書きたくなった所以である。 (タイトルが若干意味不明だが、読めばそれ程でもない。) ******************************************** 1 ホシミスジ a 発見の経過(東京) 暖かくなると野川公園(小金井市他)を良く散歩した。 2011/6/24、公園内の野川観察園で大きめのコミスジを見つけた。 ところが、良く見るとホシミスジなのである。 2011/6/24 野川公園 ホシミスジ     2011/7/5 野川公園 コミスジ     これには吃驚した。 何故吃驚したかというに、ホシミスジは盛岡市では稀種なのである(あった)。 野川公園といえば蝶相貧ならずとは云え、都会の一郭(はずれとは云え)なのである。 稀種などいる筈もない。 そこでウェブサイトを探索したら、当時しばしば目撃されていたようだ。 以下に私の目撃例(の一部)を示す。 2013/6/18 野川公園           2015/10/9 馬橋     2016/6/1 野川公園            2019/9/27 狛江市     野川観察園にはその後何年か通ったが、定住したようであった。 「馬橋」は、野川と甲州街道とがクロスする橋である。 (ヒメウラナミジャノメの観察では、ここも観察の起点としていた。) 野川観察園の下流5km位であろうか。 上流から4〜5年かけて下ってきたのだろう。 狛江市は、ヒメアカタテハの私の観察地域でもある。 そして、ここにもいた! 大き目のコミスジと思ったら、ホシミスジであった。 ここは遊歩道沿いにユキヤナギが植えられているので、食草には事欠かかない。 この場所はその後も観察しているが、見かけない。皆コミスジである。 狛江市の観察地域は馬橋からは直線距離で3km位だが、 まさか街中を突っ切ってきたわけでもなかろう。 野川は、二子玉川(世田谷区)で多摩川に注ぐ。 とは云っても、二子玉川まで下りてきて、それから多摩川を上るというのはちょっと考え辛い。 結局謎なのである。 (この原稿を書く気になった理由の一つは、この狛江市での発見による。) b 発見の経過(盛岡市) 毎年、盛岡市に帰省する。 “野川公園にいる位なら、盛岡市にも”と思って探してみたら“いた”のである。 2011/8/16 盛岡市            2013/6/27 盛岡市     昔採集した場所とは離れていて、私の盛岡市の自宅から10分位のところにいた。 ここからは盛岡市の中心地まで2kmくらい、決して片田舎ではない。 それでも、盛岡市は丘陵が市内に突入しているから この地もそれなりに緑は豊富なのである。 数匹がユキヤナギで遊んでいた。 岩手県では5、60年ぶりの再会である。 夢、幻の如くであった。 c まとめ 日本産ホシミスジの現状と課題I 福田 晴男 https://www.jstage.jst.go.jp/article/yadoriga/2012/232/2012_KJ00008075851/_article/-char/ja/ によれば、 瀬戸内亜種(更に3分割?)、北上高地亜種、本州中部以北亜種 の3亜種に分かれる。 野川公園の個体は多分本州中部以北亜種であろうが、 論文に例示されているのは奥多摩などで、野川公園なんぞ論外のようだ。 盛岡市の個体は、北上高地亜種には(名前からも)入れづらい。  北上高地は、盛岡市よりずっと東側早池峰山周辺をイメージすれば良い。 ホシミスジを図鑑で調べると、 「山地性の稀種」 「平地の草原に普通」 「嘗ては稀種だったが、人間の生活の変化により、普通種へ」 と、各位、自分の経験に照らして述べているが、 私の経験では、 「嘗ては稀種であった。今は分からない」 である。 この蝶を見ているとツマキチョウを連想する。 ツマキチョウも十数年前は、都心では稀種であった。<――私の経験では。 ところが今は、モンシロチョウ並みの普通種に下落した。 食草(例えばムラサキハナナ)の大群落を都内の公園で見かける。 どうもツマキチョウの場合は、食草が種の消長に敏感に反応しているように思える。 勿論、食草(食樹)がふんだんにあれば、個体数も存分に増えるわけでもないだろう。 (オオムラサキとエノキの関係を見れば分かる。) 種によって違うということか。 ホシミスジもやがて、公園に植えられたユキヤナギの繁みに頻繁に姿を見せるのであろうか? ******************************************** 2 ミスジチョウ、イチモンジチョウ a ミスジチョウ 図鑑を見ると、 「コミスジに比べると希少価値のある蝶」   「主に樹冠付近が生活の場となっているので、 吸水時などの時以外に見かけることはほとんどない」 とあって、十分稀種である。(私もそう思う。) とは云っても、姿、形あまりインパクトがないから 人に注目され難いのは遺憾なことである。 「越冬時、そのまま枯れ葉についている」という解説もある。 だからといって、それを知っていれば発見は容易というわけでもなかろう。 以下のウェブサイトを見れば,やはり難物であることが分かる。 http://butterflyandsky.fan.coocan.jp/shubetsu/tateha/misuji/misuji.html 野川公園でのホシミスジとの遭遇があったので、盛岡市でも注意していた。 すると思いがけず、ミスジチョウに遭遇したのである。 2012/6/25 雫石町(盛岡市の西側)  2012/6/30 大志田(盛岡市内の東側)                   どちらも吸水していたが、右側は私の汗を吸っている。 確かに吸水以外は目撃出来そうにないけれど、 さりとて、下ばっかり見ていれば目撃出来るというわけでもなかろう。 やはり、ミスジチョウは珍品なのである。 (ついでに) 同日、同場所、シータテハも私の汗を吸いに来た。 シータテハは盛岡市ではしばしば見かけるけれど、吸水されるのは初めてだ。 シータテハは何といっても飛翔が素晴らしい。 “山から山へ”、天に消えていく趣である。 (もっとも、熱帯のイナズマチョウ類はもっと速いそうだが。) 2012/6/30 大志田(盛岡市内の東側)     b イチモンジチョウ イチモンジチョウは、どこでも確かに個体数は多くはないようだが、 あまり稀種という評価は受けていない。 毎年同じ場所に姿を現わし、ゆっくりと樹幹を舞っているからであろうか。 すぐ目につくから、珍品感がない。 私が取り上げるのは、イチモンジチョウ一般ではなく某地域の個体である。 2011/06/29 某地域                2012/05/23 某地域     2016/08/17 生田緑地       2010/8/16 盛岡市     某地域の個体の発色メカニズムは、若干構造色と云えるのではなかろうか。 翔んでいても煌めきが仄見えて、夢中で追い回したのである。 この地を乱獲屋に荒らされてはかなわない。 とにかく彼らは、無神経・無尽蔵にとるからな〜 私も標本にしたいという誘惑に駆られたけれど、哲学を曲げてはならぬ。 (とは云っても、案外ありきたりの変異かも知れない。  そうであっても、ちっとも構わないが。) ******************************************** 3 ウスバシロチョウ 盛岡市の我が家に帰省した。 自宅の傍(他人の庭先を突っ切れば2、3分の草叢)に白い蝶が数匹飛んでいる。 ウスバシロチョウであった。 (実は以前からモンシロチョウではなさそうだと、気にはなっていたのだが・・) こんな場所にまで、進出して来たのか! 2015/5/27 盛岡市            同     昔(40,50年前)、山地の林道や草むらを頼りなげに翔ぶこの蝶は何度も目撃している。 何と云ってもウスバキチョウの親戚だから、憧憬の念で眺めそして採集したものだ。 (当時は私も採集した。) 或る日、蝶友から発生場所を教えられた。 行ってみると、林道と川の間の大分長い距離の草叢(林道より下方)に 数多くのウスバシロチョウが飛び交っていたのである。 “女王の親戚”というイメージは更になかった。 その後P autocrator(=専制君主蝶)についての、某プロの紹介記事を読んだ。 「Pの習性から、いる所にはウジャウジャいるのではなかろうか?」 という件を読んで、あの経験を思い出し笑った。 流石にプロは色々な事を知っているなぁ〜 蝶友が大昔(採集禁止になる前)、ウスバキチョウの採集に何度か大雪山に登った。 結局目撃すら出来なかったけれど、蝶友が云うには、 「遠くから眺めて、いそうな場所はあった。  ただ、道がない。  それに、ヒグマが出そうでとても近づけない。」 とのこと。 やっぱり、“ウジャウジャ”とは居ないのではなかろうか? その仲間であるウスバシロチョウが、私の家(の傍)に迄進出してきた。 この蝶も、やがて日本を席巻するのではなかろうか? (なお、都心での奇天烈な発見例は、私の知っている範囲では1件、 自然教育園(港区)で吸蜜中の本個体が観察されている。 この蝶は見かけによらずタフだから(三角紙中でも死なない)、 高尾山からの採集個体でも放したのだろう。 不届きな奴だが論ずるに足りない。) ******************************************** 4 ヒメウラナミジャノメ ミヤマチャバネセセリ 2019/10/12、台風19号が日本を襲った。 狛江市多摩川の私の観察地の惨状を示す。 (惨状と云っても、人間の死傷者の話ではない。蝶についてである。)                   a ヒメウラナミジャノメ 5/10               10/5     この種はこの地では、(年によって違うが)年、数百匹発生する。 だからと云って、この地での存続に心配はない という訳では決してない。 例えば或る生息地での大部隊のこの蝶が、 或る年からどんどん数を減らしていって消滅するのである。 移動していくというわけではなさそうだ。 発生個体数がどんどん減っていくようである。 “もうこの世で生きていたくない”とでも云うように・・ 数が多いからといって、安心出来ない蝶なのである。 発生域が惨害を受けたけれど、来年はどうなるのだろう? 心配せねばならぬ蝶なのである。 b ミヤマチャバネセセリ 8/31   私はこの地域でミヤマチャバネセセリもカウントしているが、 毎年10匹内外である。(20匹を超えたことは一度もない。) 風前の灯のようにも思えるが、 毎年(10年以上)必ず出現するのであるから、 それはそれで強靭なように思っていた。 (ただ、移動性がなさそうなのは心配ではあったが。) ところが、強烈な台風が襲った。 となると話が違う! この台風の頃は、幼虫のステータスは終令か蛹であろうが、 その生息域が完全に破壊されたのである(と思う)。 だから、ミヤマチャバネセセリは、この地から姿を消したと思われてならない。 来年も現れてくれたら? 「人間の尤もらしい浅知恵では、自然界は“解析出来ない”」 ということだ! 浅知恵であることを切に願っている。 c 台風を語る 1974年9月(45年前)、台風第16号が日本を襲い、この地も惨害を受けた。 家が多摩川を流れていく様子が放映され、人々を驚愕させた。 ここは正しくその地である。(当時、私は蝶とは縁が切れていたが。) 当時、蝶はどうしたのだろう?(特にミヤマチャバネセセリ)  ・難を逃れた蝶が、逞しく復活してきた?  ・この地では滅び、よそから移動してきた?  ・当時、もう少し広いエリアに棲んでいて、   彼らはこの地に集中しだした。元のエリア全体にはいない? あれこれ想像を逞しくしている。 今回はどうなったのだろう? 滅びたのではなかろうか? ミヤマチャバネセセリはこのようにして、各地から姿を消していくのである。 自分の目で、滅びを確かめるのは辛いことだ。 何としても生き延びて欲しい! やはり、蝶は  数が多い方が良い!  自由に移動できる方が良い! 盛岡市の私の観察域には、ミヤマチャバネセセリはいないが、オオチャバネセセリはいる。 この蝶、或る年盛岡市の東の外れにいたかと思うと、 次の年は西の外れにいる。そして東の外れにはもういない。 だからもう絶えてしまったのかどうか、分からないのである。 こういう蝶も困る! やはり、蝶は  少しは、定着している方が良い! ******************************************** 5 終わりに DNA解析なるものが喧伝されている。 それでは冤罪事件「足利事件」のDNA鑑定はどうなるのだ? と云いたくなるが、 素人の私が騒いでもどうにもならない。 その代わりに、画像識別について語る。 (こちらも、ど素人ではあるが・・) 将棋ソフト、囲碁ソフトが世を騒がせている。 そしてそこで使われている技法「ディープラーニング(深層学習)」 がもてはやされている。 騒がれ出した頃、   「人工知能は人間を超えるか」 松尾豊 角川PUB選書 を読んでみた。 驚いたことにこの手法は、 最初、画像認識のための手法として提案・開発されたのだそうだ。 そして、その方面のコンテストで他ソフトに圧勝したのだそうだ。 (私は、てっきりゲームソフトの為の技法と思っていた。お恥ずかしい・・) コンテストの内容は具体的には述べられていないが、 例えば(私の勝手な想像、蝶も然り)、    ・いろいろな蝶の画像及び関連知識のデータベースをつくる。    ・蝶屋が、ある蝶をそのデータベースで検索しようとする。    ・ヒットするか否かは別として、その蝶の情報も付け加える。    ・どんどん利用していけば、データベースの質・量は向上し     ヒット率はどんどん向上していく。 ということらしい。(お粗末な解説でした) 確かに、素人目にも囲碁、将棋ソフトに使えそうだ。 (プロは盤面を画像で記憶しているそうだから。) 付け加える情報の、整理・追加・更に整理が難しそうだが そこがプロの腕の見せ所なのだろう。 これは蝶の種・亜種の識別にも使えそうだ。 データベース1、データベース2・・を作っていく。 複数つくるのは、人(の集まり)によって主義・主張が異なるからである。 つまらないデータベースは淘汰されていって、    落ち着くべきところに落ち着く。(落ち着かせる。) わりとリアリティはありそうに思える。 嘗てのベニヒカゲのような下らない亜種分類は消えていくだろうし、 大家ぶって、「何たらに差異はない!」なる御託宣も消えていくのではなかろうか? ティータイム(その1) 「不思議なシマヘビの物語 (野川で出会った“お島”)」
ティータイム(その2) 「ミノムシ 《皇居外苑北の丸公園の蓑虫》」
ティータイム(その3) 「ゴイシシジミ讃歌」
ティータイム(その4) 「空飛ぶルビー、紅小灰蝶(ベニシジミ)」
ティータイム(その5) 「ヒメウラナミジャノメの半生(写真集)」
ティータイム(その6) 「蝶の占有行動と関連話題」
ティータイム(その7) 「ヒメアカタテハの占有行動」
ティータイム(その8) 「オオウラギンヒョウモン考」
ティータイム(その9) 「ヒメウラナミジャノメの謎」
ティータイム(その10) 「コムラサキ賛歌」
ティータイム(その11) 「散歩しながら動物行動学を学ぶ」
ティータイム(その12) 「”お島”ふたたび」
ティータイム(その13) 「オオウラギンヒョウモン考(再び)」
ティータイム(その14) 「謎の蝶 ヒメアカタテハ」
ティータイム(その15) 「我が隣人 ヒメアカタテハ」
ティータイム(その16) 「オオウラギンヒョウモン考(三たび)」
ティータイム(その17) 「姿を顕さない凡種、クロヒカゲ」
ティータイム(その18) 「微かに姿を顕したクロヒカゲ」
ティータイム(その19) 「不可解な普通種 ヒメジャノメ」
ティータイム(その20) 「散歩しながら動物行動学を学ぶ ― 蝶の知的生活―」
ティータイム(その21) 「オオルリシジミを勉強する」
ティータイム(その22) 「集結時期のヒメアカタテハを総括する」
ティータイム(その23) 「毒蛇列伝」
ティータイム(その24) 「東京ヘビ紀行(付記 お島追想)」
ティータイム(その25) 「ヒメアカタテハやクロヒカゲの占有行動は交尾の為ではない(序でに、蝶界への疑問)」
ティータイム(その26) 「ヒメアカタテハの越冬と発生回数」
ティータイム(その27) 「鳩山邦夫さんの『環境党宣言』を読む」
ティータイム(その28) 「蝶の山登り」
ティータイム(その29) 「蝶の交尾を考える」
ティータイム(その30) 「今年(2019年)のヒメアカタテハ」
ティータイム(その31) 「今年(2019年)のクロヒカゲ」
ティータイム(その33) 「ルリタテハとクロヒカゲ」
ティータイム(その34) 「ヒメアカタテハ、台風で分かったこと」
ティータイム(その35) 「「蝶道」を勉強する」
ティータイム(その36) 「「蝶道」を勉強する 続き」
ティータイム(その37) 「ミツバチを勉強する」
ティータイム(その38) 「「蝶道」を勉強する  続き其の2」
ティータイム(その39) 「里山の蝶」
ティータイム(その40) 「岩手の蝶 ≒ 里山の蝶か?」
ティータイム(その41) 「遺伝子解析、進化生物学etc」
ティータイム(その42) 「今年(2020年)の報告」
ティータイム(その43) 「徒然なるままに 人物論(寺田寅彦、ロザリンド・フランクリン、木村資生、太田朋子)」


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