謎の蝶 ヒメアカタテハ
                遠藤英實 作     目次      0  はじめに 1  謎其の一 越冬 2  謎其の二 発生回数 3  謎其の三 移動性 付記 安西冬衛の詩 0 はじめに ヒメアカタテハは世界を駆け巡る蝶であり、当然謎に満ち満ちている。 その謎について、極く身近な場所から観察してみた。 謎に満ちているけれど、驚いたことに、たいそう“おおらか”な蝶でもあるのだ。 2015年、かれらの?占有行動“を追いかけたが、これは失敗であった。 かれらのお好みの場所の半分が、すでに草刈りされていたのである。 (これは次の年に知った。)つまり、不完全な場所での観察結果だったのだ。 翌年はフルスペックで観察した。そして彼らは様々な行動を見せてくれた。 感激した! これが“おおらかさ”の意味である。こういう蝶も珍しい。 謎とおおらかさについては、「謎編」「隣人編」で述べる(本稿は謎編)。 1 謎其の一 越冬 a) 便宜上ステージを、成虫とそれ以外(卵〜蛹)に分ける。 (関心があるのは、成虫の越冬だから。) 多くの方の調査を経て、結局     成虫でもそれ以外でも越冬する。     但し、成虫越冬の可or不可は場所による。 ということになったらしいのだが、 どうしてこういう結論(=成虫越冬も有り)になったのか良く分からない。 ウェブサイトを見ても、同じような疑問を持っている人がいるようだ。 以下、疑問について述べる。 b)     2014/12/07 野川  2014/12/09野川 この写真を見ると、(休眠・非休眠は別として) ボロボロの個体が、いかにもこれから越冬に入るように思える。 c)     2011/01/02 野川  2011/01/18 野川  2011/01/26 野川      2012/01/13 野川  2012/01/13 野川               アカタテハ ところが、(年が違ってはいるが)このような写真もあるのである。 どう見ても羽化したばかりのようだ。 「古びた成虫が越冬する場合もあれば、羽化してから越冬する場合もある」 ということなのだろうか? d)       2012/01/08 野川 2012/01/08 野川  2012/01/13 野川  モンキチョウ♀  ベニシジミ     ベニシジミ      2012/01/13 野川  モンキチョウ 他種と比較してみる。 図鑑では、    ・ベニシジミ、モンキチョウは「成虫越冬せず」である。    ・ヒメアカタテハは前述の如く「成虫越冬も有り」である。 同じような出現の仕方なのに、どうしてこのような違いになったのか? 結局、    ・前者の成虫は、その後の種の存続(交尾・産卵)に貢献せず死んでしまう。    ・後者の成虫は、(一部でも)貢献する(場合がある)。 ということだろう。 この「定説」については疑問を持っている人はいるようだ。(私も) それ程徹底的に観察したのだろうか? 成虫の野外での観察は本当に難しい。 なお、厳冬とは、1月5日頃〜2月3日頃の節分までを指すらしい。 つまりこの頃が「もっとも寒い時期」なのである。 ところが写真の如く、前述の成蝶は、この時期目撃しているが、 2月は、私は全く見ていない。 多分(ヒメアカタテハの一部を除いて)1月の厳冬の時期を越えられず、 これらは死に絶えたのだと思う。 だから2月にヒメアカタテハの雌を目撃したら、飼育してみると面白そうだ。 これ位やらないと、黒白はつかないと思う。 e) 以下のウェブサイトにそれぞれ、 アカタテハ、ルリタテハの越冬写真が載っている。  http://www.hokusetsu-ikimono.com/butterfly/060225akatateha/index.htm  http://blogs.yahoo.co.jp/mothaibasingsjp/33986928.html 一見して越冬写真であり、撮影者が羨ましい。 ところで、成虫越冬も    休眠性有 アカタテハ ルリタテハ、・・    休眠性無 ヒメアカタテハ、・・ と、分かれるのだそうだ。 しからば、私の上述の写真「2012/01/13 野川 アカタテハ」は何か? 調べてみたら、「休眠性有」でも、「degree」があるのだそうだ。 結局確率の概念が入ってくるわけで、つまり統計学が必要になってくるのだが 蝶の生態研究に統計学など全く無力、無意味である。 証拠写真を沢山集めるに如かずと思う。 下記のキタテハは成虫越冬である(と云われており)、2月に目撃した。       2017/02/20 世田谷区   キタテハ キタテハは休眠性無か? f) 越冬の問題を、気温や日照時間(特に日照時間)に関連させる議論がある。 つまり「光周性」理論である。 「地球の自転、公転という超マクロデータを自らの種の存続に利用する」 というのが、何とも凄まじい。  “途方もなく分散値の大きい野外のこのようなデータを、   実験室での日照時間データ(分散値は思いのまま、0にも出来る)に収斂させて、   何が分かるのだ?” という気もするのだが、反面、  “体内にそのようなメカニズムがあるからこそ、生命は生き延びてこられた。   無能な種は、かたっぱしから淘汰されてきた。” とも云えそうな気がする。 そして今、学者が実験室で研究しているわけだ。 2 謎其の二 発生回数 a) ヒメアカタテハの発生回数を調べてみようと思った。 私のようなデータ処理屋が思い浮かべるのは、 「目撃個体数の時系列データを調べること」 くらいである。 まず、以前調べたヒメウラナミジャノメの例で、 「個体数」なるものの雰囲気を述べる。 これについては、私の「ヒメウラナミジャノメの謎」参照。 観察期間内での、各緑地の最大個体数とその時期は以下である。 (他の時期の詳細は略)  ・北の丸公園      130匹 2014年3化  ・野川河川敷(一部)  894匹 2012年1化  ・多摩川河川敷(狛江市)736匹 2015年1化   ・生田緑地        71匹 2012年1化 特徴を示す。  ・東京周辺での目撃期間は年3回、   5月から1ヵ月程度、7月から1ヵ月程度、9月から1ヵ月程度 である。  ・化性が増える毎に、個体数は減っていく。   (この事実は種によって異なる。)   なお、北の丸公園の、2014年3化最大は、異常現象である。      ・発生期間の合間に、顕著な空白期間(成虫が目撃されない期間)がある。   当たり前のことだが、これが「発生回数」の指標となる。   従って、この蝶の発生回数は3回となる。  ・しかるに、場所(例えば野川河川敷)によって、顕著な4化が発生する。  (例えば野川河川敷では、更に10月中旬にも発生し、 従ってこの地では明らかに発生回数=4である。)   これが、磐瀬太郎氏の云う「無駄な+1世代」かも知れない。   いは、前述の越冬のメカニズムと密接に関連しているのかも知れない。  ・この最大個体数は、「その年/その化期」に羽化した総個体数と   考えて良さそうである。何故ならヒメウラナミジャノメの寿命は、   1ヵ月の半分、2週間以上はありそうだからである。 b) 多摩川河川敷のヒメアカタテハを数えてみた。 但し、ヒメウラナミジャノメの場合よりも上/下流を伸ばして 全長3km位の区間である。 (伸ばしたのは、ヒメウラナミジャノメよりも移動性がありそうだからである。)    2016年月日別のヒメアカタテハの目撃個体数   c) 表中の「幼虫」は、初めて幼虫をヨモギの葉上に発見した日である。 とは云っても、それまで「幼虫等の他ステージ」を精査していたわけではない。 d) 表中の「草刈り」は、中心的な飛翔地(約100m+−)の草むら半分が 草刈りされた日である。 その日以後、彼らは見事に散ってしまった。 総数としては、減らなくても良さそうなのに半数以下である。 遊歩道を離れて散っていったのだろう。 かくの如く継続的な調査には、この「草刈り」は難敵である。 とは云っても草刈りをしないと、笹と外来キク科とゴミの山になってしまう。 やはり、プロの管理・指導の下に、行なった方が良いようだ。 e) データを概観する。 図鑑などには、 「春には少なく、秋にかけて増えてくる」 と記述されているから、全国どこでも、個体数の変動はこのような傾向を 示すのだろう。 ヒメウラナミジャノメのデータと比較すれば良く分かるが、 これではヒメアカタテハの発生回数など皆目見当がつかない。 まるで地震波(P波)の測定なのである。 あるいは、「産卵〜羽化」の生育状況から類推できるのかとも思い、 プロフェッショナルの御二人、   http://butterflyandsky.fan.coocan.jp/shubetsu/tateha/himeaka/himeaka.html   http://www.geocities.jp/n25nmori/himeakatateha.htm 等を参考にしたけれど私には何も閃いてこない。 なおヒメウラナミジャノメに比べて、個体数が少ないのがデータ処理屋としては 不満である。 遊歩道の両側をもう少し広げ、 更に対岸も含めれば100〜150匹位にはなりそうである。 それでも、1時間程度の散歩での50匹は“多い”と云える。 ツマグロヒョウモン、キタテハでもせいぜい20匹程度であり、 それでも多すぎてややゲンナリする。 f) 環境風景を写真で示す。(冬)  ・上左から順に下流へ進み、最下段右が観察地のほぼ終端である。  ・左側に多摩川があり、その右に遊歩道がある。   更にその右側は、治水対策用の草原であり、   コンクリートブロックで上下段に分かれている。   (遊歩道の長さにして100m位)   この上段側が草刈りされた。  ・最初の3枚がメインの集合地であり、半数が集結する。 以下遊歩道が続く。  ・本写真より更に上流側も観察しているが略。           3 謎其の三 移動性 a) ヒメアカタテハの移動性については良く知られている。 例えば、   http://butterflysociety-jp.org/img/sample5.pdf   http://www.natsukijun.com/life_history_detail.php?eid=00068 には、ヨーロッパ、北米の渡りの事例が報告されている。 ここでそのような事例報告をする積りはない。 ヒメアカタテハの、この地(多摩川)への登場の仕方を知りたいのである。 b) その為に、この周辺のタテハチョウを分類してみる。(私の基準で) @ コムラサキ、キタテハ、ツマグロヒョウモン・・   定住している。つまりこの地で生まれこの地で死んでいく。 A ルリタテハ、アカタテハ・・   広く放浪している。この地で育ったのかも知れないし、外から流れてきたのかも   知れない。いずれにしろどの種も目撃は年数回である。   野川ではウェブサイトに次のような報告がある。   「幼虫は発見しやすいのだが、成虫は難しい。」   私が推測するに、   「幼虫は食草を手掛かりにすれば見つけ易いけれど、   羽化すると成虫は直ぐ放浪の旅に出る。」   ということではないか。   頻繁に探索すればそれだけ多く遭遇するから、   あまり珍蝶のイメージはないけれど、    “然るべき時期に探索すれば必ず会える!”    という蝶でもない。 B ヒオドシチョウ   以前は都心では相当に珍しかったけれど、この数年都心の大公園でも割と   目撃されるようになった。   越冬成虫だけではなく、新1化も見られるようである。        2013/05/28 生田緑地  2014/05/07 多摩川         新1化         越冬   越冬個体はいつもこのようにボロボロである。   それに比べて、ヒメアカタテハの前掲の写真は美麗である。   両者は何かが根本的に違うのだ。   ほぼ毎年、越冬成虫を多摩川河川敷で目撃するが、   生田緑地(対岸の100m位の山)で珍しく新1化の成虫を目撃した。   いずれにしろ翌年迄、私はこの蝶を目撃出来ない。   かく目撃例(証拠写真)が無さすぎて、若干詰まらない。   下記は夏眠例のサイトである。    http://s.webry.info/sp/aorin.at.webry.info/201308/article_3.html C ヒメアカタテハ   上グループに比べて、ヒメアカタテハはどうか?   その為に個体数を数えたのだが、これでは皆目分からない。 c) 私の時系列データからは何も分からないが、仮説は提案されている。 例えば、   ・ウラナミシジミのように、南方から繰り出してくると考える。   ・良く知られているこれまでの迷蝶に託して考える。 などである。 これらは考えづらい。 ウラナミシジミは東京では8月終わり頃からやっと現れるが、 ヒメアカタテハは早い。本多摩川データでは5月に出現しているが、 野川の場合は(暖かいから)3月には既に出現している。 また、知られている迷蝶程には、気まぐれな現れ方ではない。 つぎのような仮説もある。   ・早くから発生しているのだが、食草の成長と共に、個体数も増える   ・ルリタテハやアカタテハのように当初は放浪しているが、    やがて放浪を停止し、気に入った場所に集まりだす。 個体数の増減も自在というのが、いかにも天衣無縫で面白いと思うし、 また気ままなボヘミアンという趣も面白い。 松井英子さんの論説、 「蝶たちがくれたテーマからひろがる世界」やどりが を読んだ。 ヒメアカタテハに関する仮説を抜粋する。   ・秋に向かって日本全土で数を増やしていくには ,  国外からの長距離移動個体が関わっていると推定される。  出発地は中国南西部やインド西部の半乾性の多発生地であろう。  2-3000kmは移動するというから,世界の多発生地とその移動先をみると,  ひとつの地域の大集団の活動範囲は,  となりの地域のそれとオーバーラップするようで,  このことが地理的変異のみられない種である所以だと思われる。 世界に雄飛するヒメアカタテハの機動性とよく符合していて面白いと思う。 ウンカをイメージする。 ウンカ(何種か)は大陸から季節風にのって飛来し、場合によっては大発生する。 ウンカは日本では越冬出来ないが、勿論ヒメアカタテハ(どれかのステージ)は 越冬する。この越冬個体が春先細々と姿をみせ、やがて大陸からの部隊が合流する というストーリーのようだ。 ウンカは季節風を利用するが、わがヒメアカタテハには強靭な飛翔力がある。 合流の様子がこれまで観察されていないのはちょっと奇妙に思えるが、 そうでもない。前掲ヒメアカタテハのヨーロッパでの大移動でも、 学者が機器を使ってやっと観察したと報告されている。 私自身のヒメウラナミジャノメの観察でも、そのような経験がある。 「観察出来ないけれど、データを数えてみると、確かにそのような事例は 起こっている筈!」 という経験である。 それにしても、南方(九州・・)の個体数データが欲しい。   付記 安西冬衛の詩 てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行つた このてふてふは、ヒメアカタテハだと思う。
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ティータイム(その2) 「ミノムシ 《皇居外苑北の丸公園の蓑虫》」
ティータイム(その3) 「ゴイシシジミ讃歌」
ティータイム(その4) 「空飛ぶルビー、紅小灰蝶(ベニシジミ)」
ティータイム(その5) 「ヒメウラナミジャノメの半生(写真集)」
ティータイム(その6) 「蝶の占有行動と関連話題」
ティータイム(その7) 「ヒメアカタテハの占有行動」
ティータイム(その8) 「オオウラギンヒョウモン考」
ティータイム(その9) 「ヒメウラナミジャノメの謎」
ティータイム(その10) 「コムラサキ賛歌」
ティータイム(その11) 「散歩しながら動物行動学を学ぶ」
ティータイム(その12) 「”お島”ふたたび」
ティータイム(その13) 「オオウラギンヒョウモン考(再び)」
ティータイム(その15) 「我が隣人 ヒメアカタテハ」
ティータイム(その16) 「オオウラギンヒョウモン考(三たび)」
ティータイム(その17) 「姿を顕さない凡種、クロヒカゲ」
ティータイム(その18) 「微かに姿を顕したクロヒカゲ」
ティータイム(その19) 「不可解な普通種 ヒメジャノメ」
ティータイム(その20) 「散歩しながら動物行動学を学ぶ ― 蝶の知的生活―」
ティータイム(その21) 「オオルリシジミを勉強する」
ティータイム(その22) 「集結時期のヒメアカタテハを総括する」
ティータイム(その23) 「毒蛇列伝」
ティータイム(その24) 「東京ヘビ紀行(付記 お島追想)」
ティータイム(その25) 「ヒメアカタテハやクロヒカゲの占有行動は交尾の為ではない(序でに、蝶界への疑問)」
ティータイム(その26) 「ヒメアカタテハの越冬と発生回数」
ティータイム(その27) 「鳩山邦夫さんの『環境党宣言』を読む」
ティータイム(その28) 「蝶の山登り」
ティータイム(その29) 「蝶の交尾を考える」
ティータイム(その30) 「今年(2019年)のヒメアカタテハ」
ティータイム(その31) 「今年(2019年)のクロヒカゲ」
ティータイム(その32) 「蝶、稀種と凡種と台風と」
ティータイム(その33) 「ルリタテハとクロヒカゲ」
ティータイム(その34) 「ヒメアカタテハ、台風で分かったこと」
ティータイム(その35) 「「蝶道」を勉強する」
ティータイム(その36) 「「蝶道」を勉強する 続き」
ティータイム(その37) 「ミツバチを勉強する」
ティータイム(その38) 「「蝶道」を勉強する  続き其の2」
ティータイム(その39) 「里山の蝶」
ティータイム(その40) 「岩手の蝶 ≒ 里山の蝶か?」
ティータイム(その41) 「遺伝子解析、進化生物学etc」
ティータイム(その42) 「今年(2020年)の報告」
ティータイム(その43) 「徒然なるままに 人物論(寺田寅彦、ロザリンド・フランクリン、木村資生、太田朋子)」


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