里山の蝶
                         遠藤英實 作 0 初めに 1 里山とは 2 三つの表 3 「東京都の昆虫観察日記」を読む 4 「皇居の蝶類相(2009–2013)」を読む 5 生田緑地の蝶 0 初めに 昔、「皇居・吹上御苑の生き物」世界文化社 を読んだ。 2001年初版発行となっているから、多分その頃読んだのだと思う。 今再読すると復、感慨が湧く。 「武蔵野」の大まかな範囲が定義されていて、  ・隅田川、海の西側  ・荒川の南側  ・入間川の東側  ・多摩川の北側 となっている。 つまり、現在の東京都と埼玉県の一部とから成っているわけだ。 (神奈川県は含まれていない。) 大まかでも定義されていると、私のような不器用な人間は何となく落ち着く。 一方、国木田独歩に「武蔵野」という随筆がある。 それに沿って今流に書けば、  ・新宿から立川までの中央線沿線(独歩の住まいは渋谷)  ・その北側(といっても深山は含まれない。埼玉県とて、深山幽谷はあるのである。)  ・その南側、とはいっても神奈川県までは含まれないだろう。   明治三十年頃は、あちこち鉄道が引かれていたが、武蔵野には未だなかったのではないか?   だから、独歩が徒歩で歩ける範囲ということになろうが、上記の範囲でも広すぎる?!   そもそも、独歩はどれ位歩き回ったのだろう? 関八州に「武蔵国」がある。東京、埼玉、及び神奈川の一部である。 国木田独歩の「武蔵野」もここからのイメージであろうが、 勿論このままでは余りにも広すぎる。 上述の「皇居・吹上御苑の生き物」の植物部門を担当した研究者は、 皇居を武蔵野に準えている。植物は私には分からないが、 蝶に関する限りはそのような準えは当てはまらないと思う。大げさ過ぎる! 1 里山とは 「里山」という言葉(用語)は、蝶屋でなくても知っている。 その意味するところの雰囲気を述べると、  「農林業を基盤として生きてきた我々日本人の生き方或いはその生活環境」 ということになろうか。 だから、「里山の蝶」というのは、 こういう環境に棲みついた蝶、云わば人間と共に生活している蝶 ということになろうが、これがどういう蝶であるか(あったか)は後述。 「農業」といっても、「米作」を指すのだろう。 米作は水が循環する。つまり緑を破壊せず、農業は永続する。 それ以外の農業は、森林とそれに接する緑地の破壊に繋がるのだそうだ。 確かに、四大文明発祥の地は、今や荒涼たる砂漠である。 私は昔、  「文明はあのような荒涼とした砂漠で生まれてくる。   自然と戦うことによって文明は栄える。戦いは苛烈であればある程良い」 と教えられたような気がするが、実際は違うらしい。  「文明は豊潤な緑野に生まれる。そして、文明は緑野を徹底的に破壊し  砂漠にする。一度砂漠になった緑野は二度と復活しない。」 ということであるらしい。 確かに私も(スケールは小さいが)実感する。   60年前瓦礫となった作業跡は今でも殆ど瓦礫のままなのである。   50年前、ツマジロウラジャノメが遊んでいた岩肌は、   今は無機質に太陽を撥ね返している。生命は全くない。   火星は至るところあのような状態なのだろう。昔、何が起こったのかわからないが・・ 緑の大地は、諸々の生物(ミミズ、コケ、・・ 微生物・・)の共同作業の結果なのだそうだ。 その一角でも崩れれば、最早復活しない(らしい。)人間の独占物と考えてはなるまい。 勿論、地球規模の天変地異(例えば恐竜絶滅など)は対象外かも知れない。 つまり瓦礫が緑野になるかも知れないが、そんなこと誰にも分かりっこない! (こういう議論には、インチキ人間がシャシャリでてきて困ったことだ!) 前述の林業は、外国や日本の一部地域で見られるジャングルの伐採や ゴルフ場の為の周辺の樹木伐採のことではない。 (ゴルフ場は、芝生を作り、チョコチョコと木を植える。  これで炭酸ガス削減に貢献している積りらしい。笑止である!) 前述の林業とは、   ・杉、ヒノキ等の建築資材   ・楢、椚などの木炭燃料 の確保のことである。 十分育った建築用の樹を切り出して運ぶ。 雑木は適宜切り払って(或いは倒木をかき集めて)木炭にする。 つまり、樹林との共存なのである。 樹林に助けてもらっていると、当時の人は考えていたらしい。 また、どちらも馬を使うから、それ用の道が出来、保管用・休憩用の草地が出来る。 そういった場所は、我々子どもの虫屋にとっても絶好の遊び場でもあった。 子どもでも無理なく溶け込めたのだから、社会全体にとっても 従って産業にとっても、上手く回転していたという気がする。 いつから、変調をきたしてきたのだろう? 東京オリンピック以降か? とは云っても、当時が理想的社会であったとは流石に云えない。 子どもの目にも、 吸血性の動物(カ、アブ、ダニ、ノミ、シラミ、ヤマビル)の被害は凄まじかった。 田んぼは、イナゴやウンカが収穫を簒奪した。 日本住血吸虫が猖獗を極めた地区は、 花嫁さんは赤い服(結婚衣装)を着て嫁入りし、 白い服(死装束)を着て戻って来ると云われていたらしい。 学者が奮闘して、当時既に解決していたが、 外国では今も絶えず死を齎しているようだ。 (もっとも、日本住血吸虫と薬剤との関係は良く分からない。  外国では、ダムの建設と関係があると云われているが。) だから、カールソンの警鐘は尤もだとは思うけれど、 薬メーカーの反論も全く無視すべきではないと思う。 ただ、大企業・大組織が金の力でゴリ押ししてくるのは腹が立つ。 新コロナ対応の中国のように! 環境保護を主張する蝶学者の論文は、単なる遊び! 遊びでも、面白い遊びなら良いけれど、外国の論文なんぞを引っ張り出してきて、 あ~でもない、こ~でもない、あ~でした、こ~でした・・ こんな“論文”のどこが“環境保護”に資するのだ! 2 三つの表 事項以下で説明する3種類のデータ、即ち 小石川植物園の蝶のデータ、皇居の蝶のデータ、生田緑地の蝶のデータ を予め表に記述する。 これらが(取り敢えず)私がイメージする“里山の蝶”である。 先ず、黒字のデータが小石川植物園の蝶である。47種。 赤字のデータは、小石川植物園にはいないが皇居にはいる蝶である。8種。 青字のデータは、前二つの緑地には見られず生田緑地で見られる蝶である。20種合計75種 この75種を(取り敢えず)“私の東京都市周辺の里山の蝶”ということにしておく。 3 「東京都の昆虫観察日記」を読む(小石川植物園の蝶=黒のデータ))    サイト http://www9.plala.or.jp/tokyoinsects/kansatu-nikki-2005.htmは大層面白い。 主に都心の大型緑地の蝶の観察結果を記録している。 特に、小石川植物園(文京区)の記述が多い。 声高に馬鹿な主張をせず、淡々と観察結果を述べる。 長期に、そして個体数も記録している この「個体数」が役に立つ。“ライントランセクトがどうしたこうした”などとは云わない。 目撃した数を素朴に、2、5、多数などと記録している。 継続して記録しているから、各種の消長が、こちらの記録の方が良く分かるのだ。 実は私も、「皇居・吹上御苑の生き物」を読んだ2001年頃、小石川植物園に良く通った。 この公園に生息していたことになっているヒメウラナミジャノメを再発見するためである。 結局発見できず、3年位で訪問は断念したが、本サイトは継続して読んでいる。 読んでいて何が分かるのかと云うに、    a どこにでもいる平凡な蝶か   b 環境破壊で消えていった蝶が復活してきたのか   c 何らかの理由(環境破壊など)で消えつつあるのか   d 偶産種か   e 温暖化とともに定着してきたのか が、何となく分かるような気がするのだ。 (ところで、環境破壊のピークはいつ頃だろう?  私は、1970年後半のヘドロ公害の頃を思い出すのだが・・) 以下、感想  ・ミヤマチャバネセセリ、ギンイチモンジセセリは、   上記bによって復活してくれないものか!   コチャバネセセリは案外山地性のようだ。今後も多分登場しない?  ・ゴイシシジミも復活して欲しいが、食餌の関係で難問かも知れない。    もっとも、歴戦の蝶屋なら何とかしてくれるか?  ・クロコノマチョウは変幻自在、多分この地にもそのうち登場する。   但し、定着するようでもあるし、しないようでもあるし・・   この蝶も得体が知れない。  ・ツマグロキチョウには著者もビックリしたようだ。   2000年頃はツマキチョウも稀種だったが、今は多産。   だから、今後食草次第で案外普通種になるかも知れない。   (プロが食草の面倒をみてくれたら。)  ・トラフシジミ、テングチョウは、明らかに環境復活派である。   2000年頃は「貴重種」であった。  ・オオウラギンスジヒョウモン、ミドリヒョウモンは、ビオトープ移動派である。   やはり環境好転で、ビオトープ移動を始めたか?  ・コミスジは、2000年頃は、自然教育園(港区)の掲示板に「貴重種」と解説されていた。   日本もこんなになってしまったのかと暗澹たる思いに捉われた。   その後雄々しく復活した。世田谷区の緑道でもしばしば見かける。  ・イチモンジチョウは普通種のようでいて、未だに「貴重種」である。   私は、小山田緑地(町田市)、昭和記念公園(立川市)、生田緑地(川崎市)   でしか見たことがない。   なお、盛岡市では普通種である。(コミスジ程ではないが。)  ・コムラサキも環境復活派である。   2000年頃は、蝶屋仲間で“発見せり”と騒がれていた筈だ。   私も善福寺公園(杉並区)で“発見”して友人に自慢した覚えがある。  ・ゴマダラチョウ、アカボシゴマダラは共に目撃されているが、   両者の関係はどうなっているのだろう?   ゴマダラチョウはアカボシゴマダラに駆逐されているのか? 駆逐されつつあるのか?   前者の食樹(榎)は大木、後者は道端の1m位の榎なる説がある。   私も後者の産卵は目撃していて、いつも人目を気にせず貧弱な榎に産卵していた。   だから、両種は折り合いをつけている風でもあるし、   前者は風前の灯火のようでもあるし・・   私は成虫の混在はまだ目撃したことがない。  ・ヒオドシチョウが未である。   但し、都心の各地で目撃されているから、この地でもいずれお目にかかれると思う。  ・著者は、2005年7月2日にウラギンスジヒョウモン、   2007年9月15日にメスグロヒョウモンをこの地で確認している。   メスグロヒョウモンはミドリヒョウモン同様、ビオトープ移動派と思うから   それ程不思議ではないけれど、   ウラギンスジヒョウモンというのが私には驚天動地なのである。   これまでの他サイトのチェックでも、ウラギンヒョウモンは時々都心で報告されているが、   ウラギンスジヒョウモンは、私には報告を見た記憶がない。   それに、この報告されているウラギンスジヒョウモンは   (著者ではなく)他人様の目撃写真なので、「以後要確認」というところか?  ・著者は、2006年7月23日 ヒメウラナミジャノメを目撃している。   著者が(例えばヒメジャノメなどと)間違える筈はないので   確かに目撃したと思うが、これについては後述。  ・ゼフィルスの記録はない。   都心の大型緑地でのゼフィルスの記録は、個体数が多い順に     ミズイロオナガシジミ--->アカシジミ、ウラナミアカシジミ--->ミドリシジミ   である(私の記憶では)。   ミズイロオナガシジミ位は、そのうち定着するかも知れない。  ・なお私自身は、オオミドリシジミを渋谷駅近くの神社、生田緑地で各一回だけ目撃している。   どうもこの蝶は放浪性があるようで、私にとっては、“彷徨えるゼフィルス”なのである。   盛岡市ではよく見かけるが、やはり定着のイメージがない。 4 「皇居の蝶類相(2009–2013)」を読む(皇居の蝶=赤のデータ)) 「皇居の蝶類相(2009–2013)国立科博専報」国立科博専報, (50), pp.239–271, 2014 年3 月28 日 を読んだ。 各位、読んでもらうとして、最後の方にある表3が手っ取り早い。  (とはいっても、表3の最初の方にある「説明」がちっとも分からない。   (○)(□)○ × <―――― 何これ??) 皇居は55種(不明1種)(小石川植物園にはいない蝶のみ前テーブルに付加する。8種 ) 以下、感想。  ・先ず手始めに、   観察者の名前が個体数と共に延々と出てくるが、見づらくてしょうがない。   観察者に敬意を表することは結構なことだけれど   それならば別資料とすれば好いではないか?  ・“多様性指標”なる無意味な計算をしていないのは大層結構なことだと思う。   シャノン、ウィーナーなるスーパースターを登場させている指標があるけれど、   この二人はこんなくだらない計算に全く関係はない。   自分たちの“理論”の拍付けにスーパースターのお名前を借用しているのである。   やることがせこい!   以下、内容についての意見。  ・オオムラサキまでカウントされている。   昔放蝶されたが、姿を消したという情報を得たことがあるが、   そのことと、関係があるのかな?  ・クロヒカゲやコジャノメもカウントされている。   これらの蝶は、移動性は希薄ということになっているし、   台風に吹き飛ばされたようにも思えない。   カウント0の方が良いのではないか?   なお、東京都心近くでは、野川公園にクロヒカゲは定着している。   山地とはいえない場所に定着しているのは面白い。  ・この報告書では、ヒメウラナミジャノメは自然教育園にいることになっている。   これに関連したことを述べる 。   確かに以前、以下の報告を私も目にした。   「 2012年5月武蔵野植物園で数日間に複数回の撮影が行われている。   それ以後,発生が確認できないので定着はしていない模様。」   私もこの報告をみて、その後何度か自然教育園に足をはこんだが、   その後定着しているようには思えなかった。   復活したのなら、(一部の)蝶屋にとっては大事件なのだが・・  ・前述のように、小石川植物園では、報告者は2006年7月23日に   ヒメウラナミジャノメを目撃している。   報告者自身が驚いていた。私は3年間通って終に目撃出来なかった。   自然教育園も小石川植物園も目撃されたのは間違いなかろうから、   放蝶か?嵐が運んできたか?復活したか? (最後の「復活」はないと思う。)  ・赤坂御用地の報告書 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjeez/13/3/13_143/_pdf   がある。   この報告書では24種報告され、上位5種(ヤマトシジミ、モンシロチョウ、・・)で   占有率は83.1%だって!   数値屋から見れば、他の19種は(数値的には)ゴミなのだ。   勿論、蝶学的にはゴミではないのだから検討するとしたら   各種毎にその歴史(履歴)検討するべきなのだ。   それなのに、得体の知れない重み?なるものを付加してガサッと計算している。   そして、赤坂御用地は    「公園緑地(貧自然)と農村・人里(中自然〉の中間的な自然環境」だの    「三次段階(農村段階)」だのと   結論している。   それなら、日比谷公園だって農村段階!だろう。多分?   大阪の公園は中間的な自然環境かな?   こういうのを、“顰に倣う”というのである。  ・この報告書「赤坂御用地の報告書」では   ヒメウラナミジャノメはいることになっているが、ヒメジャノメは0。   私は嘗て迎賓館近くでヒメジャノメを2回目撃している。  ・ヒメウラナミジャノメは、   前掲の報告書 「皇居の蝶類相」では東大本郷構内にもいることになっている。   私も嘗て本郷、駒場を調査(という程でもないが)したが、   とてもいるようには思えず2、3回でやめた。   その後復活したのだろうか?それとも、私の観察漏れか?それとも、そちらの錯覚か?  ・もっとも私としても、    ヒメウラナミジャノメがある地域で姿を消すと二度と復活しない   と主張しているわけではない。   都会で、緑地と市街地が距離をおいて明確に分離されている場合は   復活は無理なようだ!   ということである。   つまり、それ程の飛翔力は“なさそうだ”からである。   だからこの蝶に関しては、   あれ程沢山いた蝶が、どうして0匹になったのか?   の方が謎なのである。(それ程環境が悪化したわけでもないのに・・)  ・盛岡市のような田舎(緑地と市街地とが曖昧な地域)では   ヒメウラナミジャノメについて以下のような現象が見られる    -ある場所には数十匹、数百匹がいる    -その近くには殆どいない。(嫌う理由が考えられないのに。)    -ある地域で姿を消した。―>いつの間にか復活していた    この蝶の、場所の好き嫌いの理由が知りたい!  ・ヒメウラナミジャノメとヒメジャノメは同じくらい飛翔力は脆弱   と思っているとしたら、それは間違いである。   都心の空き地(マンション予定地であろう草地)に   ヒメジャノメが遊んでいるのを偶に(しばしばではないが)見かける。   ヒメウラナミジャノメ、ヒカゲチョウ、サトキマダラヒカゲは皆無。   ヒメジャノメはこのようにして、   自分の適地を探している、或いは探す能力を有しているのである。   例えば今日(2020・06・14)も、雨が降ったり止んだりの天候なのに、   ヒメジャノメは世田谷区の三軒茶屋付近を翔んでいた。  ・私はヒメウラナミジャノメが、   皇居と北の丸公園とで、source(湧き出しエリア)とsink(吸い込みエリア)の関係に   あるのか否か?   に興味をもっている。最初は関係ありと思っていたけれど、なさそうな気もしてきた。   つまり、依存関係はない・・ 5 生田緑地の蝶(青のデータ 皇居と小石川植物園を合計すれば55種なり、東京都会の大型緑地の蝶ということになりそうだ。 しかしながら、これを以って東京の都会近辺の里山の蝶というのはいかにも情けない。 特に、私のような「田舎の里山へのノスタルジー派」にとっては・・ そこで生田緑地の蝶を、   生田緑地の蝶 川崎市青少年科学館 2002年3月発行 に基づいて付け加えてみる。 但し、前二つの緑地に登場していない種のみである。 また、嘗て生息していて今は姿を消している蝶も付加した。 75種となった。 段々様になってきた。 因みに私は、この75種は(殆ど)これらの地で撮影している。 故郷も含めるのなら、全て(オオムラサキなども)採集、撮影した。 とは云っても、これでも威張る気にはなれない。 昔は良かった!  やはり昔の思い出は強烈なのである。 ティータイム(その1) 「不思議なシマヘビの物語 (野川で出会った“お島”)」
ティータイム(その2) 「ミノムシ 《皇居外苑北の丸公園の蓑虫》」
ティータイム(その3) 「ゴイシシジミ讃歌」
ティータイム(その4) 「空飛ぶルビー、紅小灰蝶(ベニシジミ)」
ティータイム(その5) 「ヒメウラナミジャノメの半生(写真集)」
ティータイム(その6) 「蝶の占有行動と関連話題」
ティータイム(その7) 「ヒメアカタテハの占有行動」
ティータイム(その8) 「オオウラギンヒョウモン考」
ティータイム(その9) 「ヒメウラナミジャノメの謎」
ティータイム(その10) 「コムラサキ賛歌」
ティータイム(その11) 「散歩しながら動物行動学を学ぶ」
ティータイム(その12) 「”お島”ふたたび」
ティータイム(その13) 「オオウラギンヒョウモン考(再び)」
ティータイム(その14) 「謎の蝶 ヒメアカタテハ」
ティータイム(その15) 「我が隣人 ヒメアカタテハ」
ティータイム(その16) 「オオウラギンヒョウモン考(三たび)」
ティータイム(その17) 「姿を顕さない凡種、クロヒカゲ」
ティータイム(その18) 「微かに姿を顕したクロヒカゲ」
ティータイム(その19) 「不可解な普通種 ヒメジャノメ」
ティータイム(その20) 「散歩しながら動物行動学を学ぶ ― 蝶の知的生活―」
ティータイム(その21) 「オオルリシジミを勉強する」
ティータイム(その22) 「集結時期のヒメアカタテハを総括する」
ティータイム(その23) 「毒蛇列伝」
ティータイム(その24) 「東京ヘビ紀行(付記 お島追想)」
ティータイム(その25) 「ヒメアカタテハやクロヒカゲの占有行動は交尾の為ではない(序でに、蝶界への疑問)」
ティータイム(その26) 「ヒメアカタテハの越冬と発生回数」
ティータイム(その27) 「鳩山邦夫さんの『環境党宣言』を読む」
ティータイム(その28) 「蝶の山登り」
ティータイム(その29) 「蝶の交尾を考える」
ティータイム(その30) 「今年(2019年)のヒメアカタテハ」
ティータイム(その31) 「今年(2019年)のクロヒカゲ」
ティータイム(その32) 「蝶、稀種と凡種と台風と」
ティータイム(その33) 「ルリタテハとクロヒカゲ」
ティータイム(その34) 「ヒメアカタテハ、台風で分かったこと」
ティータイム(その35) 「「蝶道」を勉強する」
ティータイム(その36) 「「蝶道」を勉強する 続き」
ティータイム(その37) 「ミツバチを勉強する」
ティータイム(その38) 「「蝶道」を勉強する  続き其の2」
ティータイム(その40) 「岩手の蝶 ≒ 里山の蝶か?」
ティータイム(その41) 「遺伝子解析、進化生物学etc」
ティータイム(その42) 「今年(2020年)の報告」
ティータイム(その43) 「徒然なるままに 人物論(寺田寅彦、ロザリンド・フランクリン、木村資生、太田朋子)」


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