散歩しながら動物行動学を学ぶ  ― 蝶の知的生活―

                遠藤英實 作  目次 0 始めに 1 闘いか遊びか其の一 ・・ツマグロヒョウモンとキタテハ 2 闘いか遊びか其の二 ・・イチモンジセセリとヒメアカタテハ  3 意表をつく行動   ・・モンシロチョウの交尾 4 高見の見物     ・・ベニシジミとスジグロシロチョウ  5 終わりに 0 始めに 私の目下の夢は、「蝶の知能」を野外で実感することである。 昔、チンパンジーの記事を読んだ。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――   アメリカ人の一団がアフリカに野生のチンパンジーを見物に行った。   チンパンジーは落ちている木の枝を投げつけてくる。彼らの投擲可能距離を推測して   多少遠くに位置する。そして油断して後を向いたりすると、凄い勢いで木の枝が   飛んできて見物人を直撃した。チンパンジーはキャッキャッと騒いでいた。   あの“痛さ”が何よりの土産話になったそうだ。   ――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 揶揄、遊び、好奇心などは相当知的レベルが高いのだそうだ。  1 闘いか遊びか其の一 ・・ツマグロヒョウモンとキタテハ 2017・04・28の午後、野川河川敷を散歩していた。 キタテハがツマグロヒョウモンを追いかけていた。キタテハの方が小さいけれど、 圧倒的な強さであった。 このような河川敷40〜50mを両者は往復している。 そして、ツマグロヒョウモンは決して逃げ去らないのである。 同じような環境が延々と続いているのに・・ しばらく眺めていたけれど、段々奇妙に思えてきた。 ツマグロヒョウモンが懸命に逃げ回っているとは全く感じられないのだ。 むしろ、ツマグロヒョウモンがキタテハを揶揄っているようだった。 そのうち、キタテハも一緒になって遊んでいるのではないかとも思い始めた。 以下。    高所を飛んだり   低所を飛んだり       地表近くを飛んだりしているのだが、 ツマグロヒョウモンは決して飛び去らないのである。     ツマグロヒョウモンが一休みすると、キタテハも近くで一休みする。 再び飛び始める。 ツマグロヒョウモンが吸蜜すると、キタテハも近くで一休み。     両者、地面でも一休み。 多少はバトルもあった。 再び、追いかけっこ。 結局、13:54〜14:19観察し、その場を離れた。 (なおこうした行動は、その後も珍しくはなかった。) 彼らは(少なくともツマグロヒョウモンは)、遊んでいたと思う。 そしてこういう行動は、ホルモン、フェロモンの生成・消滅では複雑過ぎて解明出来まい。 況や、数値、数式での解明なんぞ論外であろう。 ツマグロヒョウモンは私も度々取り上げているが、 全くもって、“異星からやってきた遊び人”なのである。 嘗て、虫のミニコミ誌「TSUISO」に 「オーストラリアから姿を消しつつある」 という記事があった。 しかしこの蝶程、“絶滅”のイメージからほど遠い蝶もないのだ。(目下のところ) 今頃、彼の地ではどうしているのだろう? 2 闘いか遊びか其の二 ・・イチモンジセセリとヒメアカタテハ 私はヒメアカタテハに興味をもって、特に“占有行動なるもの”を中心に観察してきた。 3年目を終え、イメージらしきものが出来つつあるので其のうち纏めてみたい。 ところで、今回の主役はイチモンジセセリである。   まずヒメアカタテハについて述べる。 既にウェブサイトで報告しているが、 私の観察地内にコンクリート・ブロックの土手がある。 その端にあるこの樹木が、ヒメアカタテハの大のお気に入りなのである。 大抵1匹、稀に離れて2匹が、樹木の前の地面に陣取る。 そして、樹木の廻りで陣取り合戦を行う。 そして通りかかった或いは侵入してきたヒメアカタテハとのバトルを 繰り広げるのである。(多くて4匹位) 甚だ雄大なバトルで、遥か多摩川の上空まで繰り出していく。そのまま向こう岸に 渡った方が楽に思えるのだが、必ずこちら側に戻ってくるのが可笑しい。 心理的抵抗ラインがあるようだ。 次にイチモンジセセリについて述べる。 周辺の草むらでは、時期、イチモンジセセリが多数見られ、配偶行動もしばしば見られる。 図鑑等には、イチモンジセセリの配偶行動はなかなか見られないとあるが、 ここではそうでもないし、都心でも見かける。 またウェブサイトには、 イチモンジセセリの活発な縄張り行動(=占有行動)が喧伝されているが、 私はその映像を見たことはない。 また私自身、野外でこの行動を、この地でも他の地でも見たことがない。 大層おとなしい蝶なのである。 ところが、対ヒメアカタテハでは事情が一変する。     かくの如く、バトルが繰り広げられる。この特徴はというに、  ・対ヒメアカタテハ以外では、イチモンジセセリは極おとなしい蝶であること。  ・普段は、この場所はイチモンジセセリの縄張りではないこと。   前述に示したように、少し離れた低地の草むらをおとなしく徘徊している。  ・バトルの強弱がきまっていないこと。互いに追ったり追われたりしている。   (例えばクロヒカゲでは、他種を一方的に追い払う。)  ・一方が集団で、他方を追い払うわけではないこと。   複数対複数もあれば一対一もある。   つまりイチモンジセセリが野次馬として集まって来て、   ついでにバトルに加わったという印象なのである。  ・この場所に致命的な利害関係(幼虫、成虫の食草、食糧)が、   どちらにもあるわけではないこと。ヨモギやイネ科など、どこにでも生えている。  ・走行性で説明するには、バトルの時間が長いこと。(15〜30秒位)   私も他の例で走行性現象らしきものを目撃しているが、殆ど瞬間的であった。 つまり、これは遊びといって良いのではなかろうか。 もっとも、遊びといってもこれはイチモンジセセリにとっての遊びであろう。 イチモンジセセリにとっては、波長の合う楽しい遊び相手だが、 ヒメアカタテハは、“適当に或いはしょうがなく付き合っている”ような気がする。 なにせ、ヒメアカタテハは広範囲を疾駆するのだ。イチモンジセセリなどに 構ってはいられない。イチモンジセセリは狭い範囲で離脱するようである。 ヒメアカタテハは蝶界の快速ランナーであり、 イチモンジセセリは、50〜100km/h とある。(<――ウェブサイトによれば) 私には甲乙つけ難いように思われた。 蝶の速さ?(運動量だったか?運動エネルギーだったか?)を計って 蝶の行動を調べるという論文を読んだことがある。 計量分析をするのなら、「誤差解析」は必須である。 疾駆する蝶の速さの誤差解析なぞ可能なのだろうか? 本テーマには関係がないが、 昆虫写真家海野和男氏が、見事なイチモンジセセリの飛翔写真を披露している。      https://www.youtube.com/watch?v=I0cQ5RQOT1 私も以前サイトでウラギンシジミについてコメントした。 海野氏の写真は、「花から花へ」だから、羽ばたいたり閉じたりしているが、 私がサイトで見たウラギンシジミの写真は、羽ばたいた後、翅を閉じて一直線に 画面から消えていったのである。アグリアスもこういう芸当をしているのだろう。 イチモンジセセリのこのような写真も是非プロにお願いしたいところだ。 イチモンジセセリもウラギンシジミもヒメウラナミジャノメもアグリアスも 飛び方は皆同じだと思う。 3 意表をつく行動 ・・モンシロチョウの交尾 2017・04・17の午後、世田谷区の緑道を散歩していた。 ところどころに菜の花の小群落があり、モンシロチョウが飛び交っている。 そこで面白い光景を目撃した。 標識用のビニール紙が地面に落ちていて、 モンシロチョウ(多分雄)が、その廻りを飛び交っているのである。(多い時で数匹) この場所から20m位離れた場所に、緑道数mに渡って菜の花の小群落がある。 勿論そこでも雄は群れ飛んでいる。   その場を離れ、30分程して戻ってきた。 驚いたことに、その標識の上でモンシロチョウが交尾していたのである。 近づいたら逃げていった。 何故私は驚いたのか? モンシロチョウの解説記事は概ね下記の如くである。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――   モンシロチョウは食草(キャベツ、菜の花etc)やその廻りで羽化すると   雌はその場に留まっている。(<――外敵に襲われない為に)   一足先に羽化していた雄は、紫外線を目印にして雌を探し当て交尾する。   その後、雌は産卵の旅に出る。・・   ――――――――――――――――――――――――――――――――― この解説では私の目撃例を全く説明出来ない。   ・雌は、近くの菜の花の小群落で羽化したのか?    そして、いつまで経ってもやって来ない雄に業を煮やして    乾坤一擲、交尾の旅に出たのか?   ・それなら、目の前を飛んでいる雄と交尾したら良さそうなものだ。    廻りの雄共では不足だったのか?   ・それとも、あの標識の傍の雄の方が立派に見えたのか?    (何らかの手段で、その情報をキャッチして)   ・最初から、場所を変えて交尾しようと思っていたのか?    (人間どもの“解説”を嘲笑して。)   ・或いは交尾を終え産卵の旅の途中で、雄に捕捉されたのか?   ・どちらにしろ、標識上での交尾というのが不可解である。    確かに、アゲハチョウの探雌行動実験ではダミーの雌に雌も近づいてくる    という報告を読んだ記憶があるが、    いくら何でも、騙された雄と雌がその上で交尾するわけではなかろう。   ・そして、地面での交尾というのも珍しい。                  私は過去3例、目撃しているのみである。    (アゲハチョウ、ジャコウアゲハ、ツマグロヒョウモン。)    上図では、交尾中のジャコウアゲハを他の雄が邪魔をしている。    多分、邪魔されて地上に避難せざるを得なかったのだろう。    そもそも、地面ではアリに邪魔されて交尾どころではなかろう。     どうやらモンシロチョウの交尾は、    “紫外線を手掛かりに雄が雌を探す云々” という定型的パターンだけではなさそうだ。 私の知り合いが、盛岡市で100坪位の家庭菜園(A菜園)をやっている。 日々、モンシロチョウとの闘いだそうだ。 面白い話をしていた。 以下。 廻りにも同好の士がいて家庭菜園(=B菜園、C菜園・・)を楽しんでいる。 B菜園等のやり方によって、つまり以下のやり方によって     ・作物を変える   ・菜園を閉じる。(年をとったから)   ・農薬を使う(止める)   ・同好の士が新たに参入する。   ・etc A菜園の蝶の行動が全く違ってくるのだそうだ。 仮に私が、A菜園で統計分析を企てる。 A菜園のみを母集団(=この場合は見本集合)とすると 結論は、  “モンシロチョウは予測不可能な蝶である” にしかならないだろう。 母集団を拡げて行ったとして(A,B,C・・)、 今度はどうやってサンプリングし、見本集合を選んだら良いのだろう? その見本集合から、“何らかの法則”を導びき出したとして、 その“法則”が“モンシロチョウ一般の法則”になるのだろうか? それとも単に、A菜園の廻りのモンシロチョウの挙動”に過ぎないのだろうか? 野外に立って、モンシロチョウを眺めれば、 人間の“・・学”なんぞ、“風の前の塵”のように思える。 4 高見の見物 ・・ベニシジミとスジグロシロチョウ 2017・06・15の午後、生田緑地を散歩していた。 スジグロシロチョウの交尾拒否行動を目撃した。   この時期既に3例目撃していたので通過しようと思ったが、 傍にベニシジミがいるのに気が付いた。 そして、この3者(時々4者)が大層面白かったのである。 (観察時間は、13:12〜13:17。)     雌はかくの如く凄まじい拒否行動をとる。 私は、モンシロチョウ、モンキチョウ、ツマキチョウ、スジグロシロチョウの交尾拒否行 動を目撃しているが、私の印象としては   ・モンシロチョウ 雄に屈してしまうことがある   ・モンキチョウ 反撃して雄を追っ払う   ・ツマキチョウ 隙あらば逃げようとする   ・スジグロシロチョウ 拒否を貫徹する というところだろうか。 雌の位置から20cm位のベニシジミはどうしたか? 傍で大騒ぎしているのに全く逃げないのである。知らんぷりなのである。 ベニシジミは関心がないから、ソッポをむいているわけではないだろう。 例えば、ヒメウラナミジャノメの雌は、交尾拒否時はかくの如くソッポを向いているが、 雄が飛び去ると直ちに行動を開始するのである。つまり真剣に様子を窺がっているのだ。 ベニシジミも、何らかの方法で(視覚か嗅覚か)様子を窺がっていたに違いない。   あきらめて雄は遠く飛び去った。その直ぐ後、雌も少し離れた場所に移動した。 疲労困憊、とても遠く飛びさることは出来なかったのだろう。 その点、雄はタフである。このようなことをやりつけているからだろうか? 移動した雌の写真を撮って元の場所に戻った。 驚いたことに、ベニシジミは姿を消していた! やっと静寂が戻った筈なのに! 以下の二つの事例を合わせて考える。  ・ベニシジミの交尾拒否の場合には、雌はひたすら逃げ回る。  ・ヒメウラナミジャノメの交尾拒否の場合には、雌は微動だにしない。   (しっかり、監視しているくせに。) この二つの事例から、  「ベニシジミは、このドタバタ劇を見物していた。」 と想像する。  「自らの利害には全く関係のない行動だから、面白がって見物していた。」 と想像すると可笑しい。 本例のように、蝶が“高見の見物”を決め込むのであれば、 “蝶の知能”と云えそうだ。(と云いたくなってくる。) しかしながら残念なことに、このような例の収集は偶然任せで、 体系的・組織的に集められるわけではない。 やはり「蝶の知能の研究」は難しい。 5 終わりに “意余って力足らず”に終わったようだ。 ティータイム(その1) 「不思議なシマヘビの物語 (野川で出会った“お島”)」
ティータイム(その2) 「ミノムシ 《皇居外苑北の丸公園の蓑虫》」
ティータイム(その3) 「ゴイシシジミ讃歌」
ティータイム(その4) 「空飛ぶルビー、紅小灰蝶(ベニシジミ)」
ティータイム(その5) 「ヒメウラナミジャノメの半生(写真集)」
ティータイム(その6) 「蝶の占有行動と関連話題」
ティータイム(その7) 「ヒメアカタテハの占有行動」
ティータイム(その8) 「オオウラギンヒョウモン考」
ティータイム(その9) 「ヒメウラナミジャノメの謎」
ティータイム(その10) 「コムラサキ賛歌」
ティータイム(その11) 「散歩しながら動物行動学を学ぶ」
ティータイム(その12) 「”お島”ふたたび」
ティータイム(その13) 「オオウラギンヒョウモン考(再び)」
ティータイム(その14) 「謎の蝶 ヒメアカタテハ」
ティータイム(その15) 「我が隣人 ヒメアカタテハ」
ティータイム(その16) 「オオウラギンヒョウモン考(三たび)」
ティータイム(その17) 「姿を顕さない凡種、クロヒカゲ」
ティータイム(その18) 「微かに姿を顕したクロヒカゲ」
ティータイム(その19) 「不可解な普通種 ヒメジャノメ」
ティータイム(その21) 「オオルリシジミを勉強する」
ティータイム(その22) 「集結時期のヒメアカタテハを総括する」
ティータイム(その23) 「毒蛇列伝」
ティータイム(その24) 「東京ヘビ紀行(付記 お島追想)」
ティータイム(その25) 「ヒメアカタテハやクロヒカゲの占有行動は交尾の為ではない(序でに、蝶界への疑問)」
ティータイム(その26) 「ヒメアカタテハの越冬と発生回数」
ティータイム(その27) 「鳩山邦夫さんの『環境党宣言』を読む」
ティータイム(その28) 「蝶の山登り」
ティータイム(その29) 「蝶の交尾を考える」
ティータイム(その30) 「今年(2019年)のヒメアカタテハ」
ティータイム(その31) 「今年(2019年)のクロヒカゲ」
ティータイム(その32) 「蝶、稀種と凡種と台風と」
ティータイム(その33) 「ルリタテハとクロヒカゲ」
ティータイム(その34) 「ヒメアカタテハ、台風で分かったこと」
ティータイム(その35) 「「蝶道」を勉強する」
ティータイム(その36) 「「蝶道」を勉強する 続き」
ティータイム(その37) 「ミツバチを勉強する」
ティータイム(その38) 「「蝶道」を勉強する  続き其の2」
ティータイム(その39) 「里山の蝶」
ティータイム(その40) 「岩手の蝶 ≒ 里山の蝶か?」
ティータイム(その41) 「遺伝子解析、進化生物学etc」
ティータイム(その42) 「今年(2020年)の報告」
ティータイム(その43) 「徒然なるままに 人物論(寺田寅彦、ロザリンド・フランクリン、木村資生、太田朋子)」


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