オオルリシジミを勉強する

                遠藤英實 作  目次 0 はじめに 1 鳩山さんの観察の纏め 2 諸研究を眺める 3 オオルリシジミの保全 4 私の蝶の観察 5 終わりに 0 はじめに 私が、オオルリシジミを勉強したいと思ったのは、以下の三つの理由による。  ・私の中学時代(〜)の生活の場が、思いも寄らず   昔オオルリシジミの生息地だったこと。(極最近知った。)  ・現、前生息地の長野県で保全活動が行われていること。   (現況(2018年)は分からない。)  ・鳩山邦夫さんの著作「チョウを飼う日々」が面白かったこと。   “面白い”というよりは“エキサイティング”という表現がピッタリする。 最初の項についてのみ述べる。 「オオウラギンヒョウモン考」で述べている盛岡市の岩山丘陵は 1950年代、オオルリシジミの生息地としても知られていた。 ところが岩山丘陵は私の家から麓まで自転車で30〜40分、 それから広大な高原を探し回るのは子供にとっては難行苦行、 最初から探索などしなかった。 そして周囲でも、目撃した人は誰もいなかったのである。 ところが、最近以下のウェブサイトを眼にした。    http://www2.pref.iwate.jp/~hp0316/rdb/07konnchuu/0777.html 驚いたことに、当時の私の生活の場(学校の行き帰りの遊び場、学校近くの採集地、 家族と花見にいった池の周り等)が生息地になっていたのである。 勿論この地は盛岡市の中心部や繁華街ではなく、郊外の住宅地で、 周囲に広い草原(ソウゲンとは云いづらい、ただの広いクサッパラである)があり、 草原の各所は畑として利用されていた。 そして、岩手県至る所このようなクサッパラであったと思う。 果たしてこの地でのみ野焼きが行われていたのか? もっと至る所で野焼きは行われており、従って岩手県の各所、更には全国各所が オオルリシジミの生息地となっていたとしても不思議ではない。 (実際にはなっていないけれど・・) いずれにしろ、私の遊び場が、阿蘇高原に例えられると大いなる違和感を覚えるのである。 (この文献がいつの頃のものか分からない。「1935岩手山の蝶目録」とあるけれど、  岩手山は、盛岡市からは僻遠の地である。) 結局何が云いたいかというと、  ・(人の努力によって)どの地もオオルリシジミの生息地とすることが出来る  ・それは甘い!蝶の気難しさを知らない素人の戯言だ!! このことを多少なりとも勉強したいと思ったのである。 1 鳩山さんの観察の纏め 以下に、鳩山さんの観察報告を私なりに表に纏めた。 (私の理解不足もあるだろうから、やはり原文を読んでほしい。) 1-1 蝶の趣味再開 1-2 食草クララ 1-3 飼育日記       1回目       2回目       2回目の続き       2回目の続き2 1-4 纏め 上の鳩山さんの報告を私なりに纏めた。 2 総括 鳩山さんの報告と他の観察報告とを私なりに纏めてみる。 2-1 食草の問題   ――――――――――――――――――――――――――――――――――――   ・♀の1 回の産卵行動で 1 個のみ産卵する。   ・♀は同一の茎(多分、=花穂)に2個以上産卵しない。   (同一株の、複数の茎に産卵することはある?)   ・多数が産卵されている花穂がある。    つまり、複数の♀が同じ花穂に産卵していることになる。    つまり、母親の選択基準は同じということになる。   ・産卵されていない花穂が多数ある。    つまり、母親の除外基準も同じということになる。   (例えば、出たばかりの花穂や、花が咲き大きくなった花穂には産卵しない。)   ・1匹の幼虫が何本位の花穂を食べるのかは分からない。    つまり、好ましい蕾を求めて、      花穂から他花穂へ、茎から他茎へ、株から他株へ    と、どれ位彷徨うのかは分からない。    ある論文に、パスカル分布を想定してそのパラメータを算出する    という報告があった。これがどういう意味なのか私には分からない。    上記の問題に関連しているのだろうか? ――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 氏の「1-4纏め」の下記の部分を再掲する。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――   小幼虫は小さな蕾を外から食べてゆき   大きくなったら体に相応の大きさの蕾をやはり外から食べてゆく。   まさにクララの花穂の成長に見合って齢を更新していく   当然の如く、   ♀はまだ蕾とも見えぬような極めて若い花穂に好んで産卵する。   1齢には若い花穂が必要。   終齢は開花寸前の白色化した蕾を喰う。   クララの花穂の出始めと羽化のタイミングがぴったり一致。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――   氏は各期に応じて望ましい状態の食草をふんだんに与えている。   結局合わせて読めば、自然環境下での保護も   「好ましい状態のクララを大量に供給すること」   が第一歩のようである。 更に以下の部分を再掲する。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――   ・♀の1 回の産卵行動で 1 個のみ産卵する。   ・♀は同一の茎(多分、=花穂)に2個以上産卵しない。   ・多数が産卵されている花穂がある。    つまり、複数の♀が同じ花穂に産卵していることになる。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― これは、モンキチョウと同じである。 モンキチョウの場合は、私はこの光景にさほど有難みは感じなかったけれど、 オオルリシジミの場合は、各位、大層感動したのではなかろうか。 この項を読んで漢詩を思い出した。 オオルリシジミの娘(―>母)を詠った詩のように感じたのである。              桃夭(詩経) 2-2 共食いの問題 氏は、花食いの蝶の凄まじい共食いを嘆き、 早めに(2齢期から)分離している。 ところで、ルリシジミやウラナミシジミも花食いとして知られるが、 衰退どころか繁栄している。 食草がふんだんにあるからだろうか? してみれば、この問題もクララの大量供給に尽きると思う(思いたい)。 2-3 天敵、食草を巡る競争相手 氏の報告には言及されていないが、ウェブサイトには種々報告がある。 特に、天敵メアカタマゴバチ、 競争相手ウスベニオウノメイガが重要らしい。 野焼きをすればこれらは駆除されるという報告がある。 つまり、越冬中のメアカタマゴバチを焼殺し 且つ地中地表のオオルリシジミの蛹には 害がないように出来るらしい。 もしそうなら、(法的な問題を抜きにすれば) 公園の野焼きなんぞ、プロに頼めば簡単な気がするが・・ それにしても私の故郷のことが気にかかる。野焼きしていたのかな? 2-4 移動の問題 オオカバマダラやアサギマダラではなくても、蝶は程度の差はあれ移動性がある。 例えば、最早都心周辺にはオオムラサキは全くいない。 エノキは至る所生えているのに! 皇居にオオムラサキを放蝶したことがあったらしい。 が、結局姿を消してしまった。 移動量が、与えられた環境を越えているのである。 オオルリシジミの場合はどうだろう? いろいろ資料を読むと、ゆっくりとした所謂「日常的飛翔」の範囲のようで、 これならエリアをある程度広く確保すれば、 移動の問題を十分吸収出来ると思う。 つまり、エリアから飛び出していっても 既にエリア内で十分産卵している筈だからである。 (注)この蝶の個体数の計算にJolly法を用いている論文があった。 これには異議がある。 精度以前にこの手法に不可欠なランダムサンプリングの担保について 何も述べられていないからである。 そして実際フィールドに立てば それが途轍もない要求であることは直ちに分かる。 何をどうしたら良いのか見当もつかないのだ。 Petersen法とて同様だから、 結局蝶のカウントには素朴に全数調査をするしかないと思う。 草原性の蝶を狭い範囲で200〜300匹程度数えるのは難しくない。 (少なくとも、途方もない数値は出てこない。) 移動の問題にしても、 最多の日を過ぎてから少しずつエリアを広げていけば、 “移動量の雰囲気”は分かる。 蝶の計量分析には“雰囲気レベル”以上のことなど出来る筈もない。 こういう計算を専門になさっている学者(数理生物学者)がおられるようだ。 その先生にお願いしたいことがある。 “現場で具体的に、ランダムサンプリングの仕方を教えて下さい” と。 こういう格言がある。    「ここがロードス島だ。ここで跳んでみよ!」 2-5 親の食事 通常のありふれた花である。 3 オオルリシジミの保全 これらの報告を読むと、   ・十分広いエリアに   ・健康なクララを沢山育て   ・野焼き(或いは類似の作業)を行い   ・親に極く普通の花を供給すれば オオルリシジミは保護されるように思われる。 それなら例えば、昭和記念公園(立川市)の隣(後述)に蝶公園を作り このような実験を行いたくもなってくる。 (放蝶の問題はこの際考えない。) だが多分失敗するだろう。 というのも、オオルリシジミは本州の3か所に生息していたわけだが、   ・上記4条件が、オオルリシジミ生息の必要十分条件なのか?   ・広い日本で、上記3か所のみがこの必要十分条件を満たしていたのか? という疑問が当然湧いてくるからである。 勿論そんなことはないだろう。 やはり、厳しい或いは漠とした他の条件がありそうだ。 私のこれまでの観察からも、蝶は気に入らない場所からは 遠からず消えていく。(当初は居ついていても・・) その点、長野での保全活動は、ハードルは低いと思う。 何故なら、もともとその地が気に入って生息していたのだから。 4 私の蝶の観察 蝶は自分の環境に注文を付ける。 厳しかったり、大らかだったり、(人間には)理解不能であったり・・ 以下に、私の観察例を、取り留めも無く述べる。 (勿論オオルリシジミの観察はない。) 4-1 ヒメウラナミジャノメの観察その1 「ヒメウラナミジャノメの謎」で、 この蝶の好む環境を調べてみた。(略) 環境が自分の好みに合わなくなってくれば、蝶はこの地を放棄する。 以下は推測だが、この蝶が自分の生息環境を放棄していくプロセスは、   ・この場所から離れていく♀が増える   ・この場所で産卵する♀が減る   ・この場所での産卵数が減る のようだ。ドラスティックに放棄する(つまり群れをなして移動していく) わけではなさそうだ。 だから、滅びへのプロセスは人間にはあまり分からないのである。 居なくなって初めて分かる。 4-2 ヒメウラナミジャノメの観察その2 上の観察例では、放棄する理由は分かった。(分かった積りになった。) ところが、以下の例では皆目分からない。 盛岡市の郊外にヒメウラナミジャノメの多産地がある。 或る年の6月、その場所に出かけた。 近くの犬がしきりに吠えるのが鬱陶しい。 それもあって、雌雄50匹位を捕まえ、500m位離れた場所に放した。 次の日は雨。 その次の日行ってみると、 驚いたことにその“新天地”には一匹もいないのである。 元の場所には、相変わらずひしめいている。 人間の私には、それらの場所の違いが全く分からないのだ。  ・彼らは、その新しい場所の何らかの特徴を嫌ったのか?  ・それとも、単に新しい場所に行きたくなかっただけなのか? (私が蝶の生態研究には計量分析など100%無意味と主張する理由の一つである。  蝶の行動なんて、人間に計量分析、法則化など出来るものか!) 4-3 ツマグロヒョウモン、アカボシゴマダラ、アオタテハモドキ 前2種はどんどん生息範囲を広げている。 私の観察域では最も多いタテハチョウとなった。 オオルリシジミも(人間の努力で)こうならないとは断言出来ない。 (なりそうにもないけれど・・) アオタテハモドキは、2009年、野川河川敷で目撃した。他にも目撃者は多い。 2〜3年で姿を消した。 前2種とは何が違うのだろう?  アオタテハモドキ♀   4-4 ミヤマチャバネセセリ 私は、多摩川(狛江市)の一郭でヒメウラナミジャノメを数えてきた。 その一郭はミヤマチャバネセセリの生息地にもなっている。 (ミヤマチャバネセセリの方が、より明るい環境を好むので狭くなる。) ヒメウラナミジャノメは多い時では700匹/日を越えることもあるが、 ミヤマチャバネセセリは10匹内外である。 (20匹を越えることはなかった。) 10年以上もこのような個体数が続いているのだから、 “風前の灯”という感じはまるでない。 かえって、“タフな蝶”という感じすらする。 果たして“タフな蝶”なのか?  それにしても、10匹の廻りの偏差など計算しようもない。 10+―(100)になりそうだ。 終わりに 10年以上前、昭和記念公園を散歩した。 ここは返還された立川基地の跡地で、西側は未だ放置されていた。 園の人によれば、“荒れ放題、キツネやタヌキが住みついている” とのことだった。 面積はあの広大な水元公園(94ha)の2/3である。 その時、当時から蝶の政治家として有名だった鳩山さんが思い浮かんだ。 “鳩山さんの政治力で、ここを蝶大公園にすれば良いのに!” と。 オオルリシジミについて、鳩山さんの著書を勉強した。 とは云っても、飼育の秘法を勉強するためではなく、 “何故に滅びつつあるのか?”  という大問題の周辺を散歩したかったからである。 結局、氏の手腕に感心するばかりで得る所は多くはなかったけれど、 「氏が御存命で蝶大公園に手腕を発揮すれば事態はもっと好転したかも知れない。」  とは思えた。 というのも、(例えばオオウラギンヒョウモンとは違って)オオルリシジミは   ・生き方がコンパクトな蝶つまり狭い領域で慎ましく生きている蝶 のように思えたからである。   ・蝶大公園で成功を収めたかも知れない。   ・長野の保全活動に貴重なアドバイスを与えることが出来たかも知れない。   ・他蝶で、赫赫たる成功を収めたかも知れない。 そして何よりも氏の廻りには、多士済々の剛の者が集結していた。 なにせ、アルカイダの友達もいたのだから! ティータイム(その1) 「不思議なシマヘビの物語 (野川で出会った“お島”)」
ティータイム(その2) 「ミノムシ 《皇居外苑北の丸公園の蓑虫》」
ティータイム(その3) 「ゴイシシジミ讃歌」
ティータイム(その4) 「空飛ぶルビー、紅小灰蝶(ベニシジミ)」
ティータイム(その5) 「ヒメウラナミジャノメの半生(写真集)」
ティータイム(その6) 「蝶の占有行動と関連話題」
ティータイム(その7) 「ヒメアカタテハの占有行動」
ティータイム(その8) 「オオウラギンヒョウモン考」
ティータイム(その9) 「ヒメウラナミジャノメの謎」
ティータイム(その10) 「コムラサキ賛歌」
ティータイム(その11) 「散歩しながら動物行動学を学ぶ」
ティータイム(その12) 「”お島”ふたたび」
ティータイム(その13) 「オオウラギンヒョウモン考(再び)」
ティータイム(その14) 「謎の蝶 ヒメアカタテハ」
ティータイム(その15) 「我が隣人 ヒメアカタテハ」
ティータイム(その16) 「オオウラギンヒョウモン考(三たび)」
ティータイム(その17) 「姿を顕さない凡種、クロヒカゲ」
ティータイム(その18) 「微かに姿を顕したクロヒカゲ」
ティータイム(その19) 「不可解な普通種 ヒメジャノメ」
ティータイム(その20) 「散歩しながら動物行動学を学ぶ ― 蝶の知的生活―」
ティータイム(その22) 「集結時期のヒメアカタテハを総括する」
ティータイム(その23) 「毒蛇列伝」
ティータイム(その24) 「東京ヘビ紀行(付記 お島追想)」
ティータイム(その25) 「ヒメアカタテハやクロヒカゲの占有行動は交尾の為ではない(序でに、蝶界への疑問)」
ティータイム(その26) 「ヒメアカタテハの越冬と発生回数」
ティータイム(その27) 「鳩山邦夫さんの『環境党宣言』を読む」
ティータイム(その28) 「蝶の山登り」
ティータイム(その29) 「蝶の交尾を考える」
ティータイム(その30) 「今年(2019年)のヒメアカタテハ」
ティータイム(その31) 「今年(2019年)のクロヒカゲ」
ティータイム(その32) 「蝶、稀種と凡種と台風と」
ティータイム(その33) 「ルリタテハとクロヒカゲ」
ティータイム(その34) 「ヒメアカタテハ、台風で分かったこと」
ティータイム(その35) 「「蝶道」を勉強する」
ティータイム(その36) 「「蝶道」を勉強する 続き」
ティータイム(その37) 「ミツバチを勉強する」
ティータイム(その38) 「「蝶道」を勉強する  続き其の2」
ティータイム(その39) 「里山の蝶」
ティータイム(その40) 「岩手の蝶 ≒ 里山の蝶か?」
ティータイム(その41) 「遺伝子解析、進化生物学etc」
ティータイム(その42) 「今年(2020年)の報告」
ティータイム(その43) 「徒然なるままに 人物論(寺田寅彦、ロザリンド・フランクリン、木村資生、太田朋子)」


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