「蝶道」を勉強する 続き
                         遠藤英實 作 0 はじめに 1 JT生命誌研究館の研究結果 2 日高敏隆さん達の研究結果 3 二つの結果を考える 4 終わりに *********************************** 0 はじめに 前回の報告「「蝶道」を勉強する」では、「蝶道の問題」から外れて、 アゲハチョウの産卵行動に移ってしまった。 これは私にとっては、非常にエキサイティングな問題であった。 というのも、私がこれまで見聞きしていた諸論文とは大分異なっていたからである。 以下アゲハチョウの産卵行動に絞って、その調査結果を述べる。 1 JT生命誌研究館の報告 JT生命誌研究館の吉川寛さんの報告がある。 https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=3268 図解入りでは以下の報告がある。 https://www.brh.co.jp/upload/labo_top_page/lab01/content/2019kaikata1.pdf     (これらは分りやすい解説で、私にも理解は出来る。) 「このような研究は90年代から」と書かれているから、 多分以前に私は読んでいたのだろう。 そしてこの報告が、 「日高敏隆選集T チョウはなぜ飛ぶか ランダムハウス講談社」 とは大いに異なるのである。 以下アゲハチョウの産卵行動について述べる。 吉川寛さんの報告によれば、 産卵は、最終的に以下のドラミング行動で終了するとある。 即ち、  「前脚2本で葉に触り、目指す味であるか否かを確認する。   目指す味であれば、腹部をまげて産卵する」 である。 勿論このドラミング行動の前に幾つかのステップがあるのだが、略。 2 日高敏隆さん達の研究結果 日高さん達も概ねその結果に従うのであろうが、 かなり意地悪な環境設定もしている。 (この意地悪ぶりが何とも言えず私には楽しい。) 「日高敏隆選集T チョウはなぜ飛ぶか」から抜粋要約する。 観察の過程   観察a 食草をケージに入れ、網から20cm程離す。       雌を外側から近づけた。       雌は手近な位置に産卵した。       (つまり、吉川氏の云うドラミング行動       =日高氏の云う接触化学覚による認知行動       を行わず産卵した。)       触覚を切った(つまり、嗅覚は使えない)。       それでも産卵した。       雌を網から1m程離すと殆ど集まらなくなった。       雌を網から2m程離すと全く集まらなくなった。      (つまり、雌は視覚のみを頼りに食草に辿りつき、産卵したのである。)   観察b 食草を透明な箱に入れ、中の空気を遮断した。       つまり外側の雌は、接触化学覚も嗅覚も使えない。       頼るは視覚だけだが、それでも雌は手近な場所に産卵した。 3 二つの結果を考える 吉川さんの報告は分析化学(神経生理学か)からのアプローチであり、 日高さんの報告は生態学(自然環境下での観察)からのアプローチである。 アプローチが違うのだから、どちらかが間違っているというわけではない。 それに、吉川さん達の環境は極めてオーソドックスな環境である。 だから、わざわざエキセントリックな環境(=日高さんの環境)を設定して 分析する必要もなかろう。 私(岡目八目的な散策屋)と云えば、やはり日高さんの報告が面白かった! 以下、その理由を述べる。 今まで私が漠然と理解していたことは(記憶にあったことは)、こうである。      ****************************      情報(刺激)の到達範囲: 視覚 > 嗅覚 > 接触化学覚      情報の強さ      : 視覚 < 嗅覚 < 接触化学覚      つまり範囲の広さを利用して、視覚―>嗅覚―>接触化学覚の順に      目的物に近づいていく。      近づくにつれて、情報(刺激)は強くなっていき、      最後は前脚でタッチすることによって、      信頼度(100%?)で目的物を確認する。      ***************************** であればこそ、今回の日高さんの報告      *****************************      環境(甚だ人工的な環境)によっては、      視覚だけで産卵してしまう。      ***************************** という結果に興奮したのである。 つまり、この結果は、      *****************************      出来るだけ、食草は間違えない方が良い。(幼虫が餓死するから。)      しかし、そうも云っておられない状況なら、      (リスク覚悟で)視覚だけで産んでしまう。      ***************************** ということを示しているのだろうか? 日高さんの報告で、疑問に思ったのは、  「視覚と嗅覚との役割分担が判然としない」 ということである。(もっとも、吉川さんの報告でも判然としないが。)  「蝶は視覚、蛾は嗅覚の、役割分担」 という考え方もあり得るが、多分そうではなかろう。  「雌を網から1m程離すと殆ど集まらなくなった。   雌を網から2m程離すと全く集まらなくなった。」 ここに解決の鍵があるかも知れない(ないかも知れない)。 或いは、蝶の場合でも、以下のように  情報(刺激)の到達範囲: 嗅覚 >視覚 >接触化学覚   情報の強さ      : 嗅覚 <視覚 <接触化学覚  修正されるべきなのか? 4 終わりに 勿論、日高さんも前述の分析化学的な研究は、百も承知のことだったと思う。 それでも、このような報告を発表したのは 生態屋の意地をみせたのではなかろうか? 自然界は甘くはない! と。 若手の工学屋も参加してくれたので、 満を持して、予て狙っていたこの調査に打ってでたのであろうか? 結果的には、「匂い」まで遮断する必要もなかったと思うが、 意地を張っていたのであろう。    “師匠なりゃこそ夢かけまする!” 蝶の或る生態観察に次のような一節があった。 「ある時期になると、ホルモンが生成されて以下のように進行する・・・  個体によってはホルモンが生成されない場合もあり、以後変化はない・・」 “ホルモン”が現れると素人には手も足も出ないのだが、  “かって読み”すると、 「通常の状況下の産卵では、アゲハチョウは通常のホルモンによって  ドラミング行動をとる・・  異常な状況下では、突飛なホルモンが現れて視覚だけで産卵する・・」 別に私は、この“仮説”を提案しているわけではない。 ただ、楽しんでいるだけである。 蝶は、昆虫は、楽しむに如かず!  日高さんは、メイナード=スミス等のESS理論に違和感があるようだ。 実際そう書いているし、 それにもし賛成なら、このような観察なんぞせず、 フォン・ノイマンを勉強したり、 パソコンと睨めっこで “確率計算”をしていた筈だから。 それにしても、生き物とORや確率計算とに何の関係があろう。 ティータイム(その1) 「不思議なシマヘビの物語 (野川で出会った“お島”)」
ティータイム(その2) 「ミノムシ 《皇居外苑北の丸公園の蓑虫》」
ティータイム(その3) 「ゴイシシジミ讃歌」
ティータイム(その4) 「空飛ぶルビー、紅小灰蝶(ベニシジミ)」
ティータイム(その5) 「ヒメウラナミジャノメの半生(写真集)」
ティータイム(その6) 「蝶の占有行動と関連話題」
ティータイム(その7) 「ヒメアカタテハの占有行動」
ティータイム(その8) 「オオウラギンヒョウモン考」
ティータイム(その9) 「ヒメウラナミジャノメの謎」
ティータイム(その10) 「コムラサキ賛歌」
ティータイム(その11) 「散歩しながら動物行動学を学ぶ」
ティータイム(その12) 「”お島”ふたたび」
ティータイム(その13) 「オオウラギンヒョウモン考(再び)」
ティータイム(その14) 「謎の蝶 ヒメアカタテハ」
ティータイム(その15) 「我が隣人 ヒメアカタテハ」
ティータイム(その16) 「オオウラギンヒョウモン考(三たび)」
ティータイム(その17) 「姿を顕さない凡種、クロヒカゲ」
ティータイム(その18) 「微かに姿を顕したクロヒカゲ」
ティータイム(その19) 「不可解な普通種 ヒメジャノメ」
ティータイム(その20) 「散歩しながら動物行動学を学ぶ ― 蝶の知的生活―」
ティータイム(その21) 「オオルリシジミを勉強する」
ティータイム(その22) 「集結時期のヒメアカタテハを総括する」
ティータイム(その23) 「毒蛇列伝」
ティータイム(その24) 「東京ヘビ紀行(付記 お島追想)」
ティータイム(その25) 「ヒメアカタテハやクロヒカゲの占有行動は交尾の為ではない(序でに、蝶界への疑問)」
ティータイム(その26) 「ヒメアカタテハの越冬と発生回数」
ティータイム(その27) 「鳩山邦夫さんの『環境党宣言』を読む」
ティータイム(その28) 「蝶の山登り」
ティータイム(その29) 「蝶の交尾を考える」
ティータイム(その30) 「今年(2019年)のヒメアカタテハ」
ティータイム(その31) 「今年(2019年)のクロヒカゲ」
ティータイム(その32) 「蝶、稀種と凡種と台風と」
ティータイム(その33) 「ルリタテハとクロヒカゲ」
ティータイム(その34) 「ヒメアカタテハ、台風で分かったこと」
ティータイム(その35) 「「蝶道」を勉強する」
ティータイム(その37) 「ミツバチを勉強する」
ティータイム(その38) 「「蝶道」を勉強する  続き其の2」
ティータイム(その39) 「里山の蝶」
ティータイム(その40) 「岩手の蝶 ≒ 里山の蝶か?」
ティータイム(その41) 「遺伝子解析、進化生物学etc」
ティータイム(その42) 「今年(2020年)の報告」
ティータイム(その43) 「徒然なるままに 人物論(寺田寅彦、ロザリンド・フランクリン、木村資生、太田朋子)」


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