婚礼を上げた三組に下賜の服と高烈(ガオリィエ)が用意した祝い金が渡された。
そのほかにもまだ服を下賜されていない五組が呼ばれて同じように服と祝い金が配られた。
村に戻って婚姻した九家はすでに服は下賜されていたので祝い金が贈られた。
「今年はここまで十七組が縁組か」
「于睿(ユゥルゥイ)、何を言うやら。ほれ其の段(タン)もだぞ」
「まいった小作と手代への祝い金の計算で頭が一杯で忘れていた」
「そろそろホォン(鴻)に差配人を譲るか」
「そろそろ考える年だろうな。あいつも三十六になった」
「わしもようやく孫のラァン(榔)が十八になった、嫁のきても決まったし李宇に差配頭を譲って隠居だな」
「まだ困りますよ」
「いやいや、お前さんには後三十年、頭でいてもらわんと困る。段(タン)を頭にしては雑仕事で忙しくて、果樹園に煙草の仕事が滞る。雑仕事はほかのものがやるしかあるまい。鈴仙は差配と云ってもほぼ名目に近いからな、仕事の多くは女たちの愚痴の聞き役になりかねないぞ」
荒れ地の測量と道の割合など段(タン)と差配、その手代達は忙しい日が続いた。
段(タン)は四十ムゥ(畝)の小作三十家が可能と出てほっとしていた。
苦労する分それだけ生活が楽になるはずだ。
千五百ムゥ(畝)と山林百ムゥ(畝)、ただ新娘という二百ムゥ(畝)の場所が何処かわからない、鈴仙は興延に礼雄が来たらもう一度古い帳面で探すという。
三十家の当主に分家の予定者が呼び出された。
「噂も出ているようだが公主娘娘のお許しも出て荒れ地を村で借りることに決まった。それで前々から段(タン)が申し出ていたお前たちに難しい仕事を引き受けてもらいたい。銀(かね)に成るなどの噂もあるが物になるには年月がかかる。その間は段(タン)と妻の舒鈴仙(シュリィンシィェン)が生活できるように考えてくれる」
段(タン)が「開墾と言っても低地があるのでまずかさ上げ、水抜き、水路からやる必要がある。調べたところ昔水田でミィ(米)を作っていたが不作続きで諦めた土地だ」と教えた。
「そんな場所へ分家させろと」
「今暮らしは楽なら降りてもいいよ」
高烈(ガオリィエ)に言われて「分家は無理だから出稼ぎ脚夫(ヂィアフゥ)を考えている」と答えるものが何人か出た。
「四十ムゥ(畝)を小作として貸し出してもそれよりも良い条件なのか」
「全部イェンイエ(烟叶・葉煙草)ですか」
「輪作で交互に二十ムゥ(畝)を葉タバコ、二十ムゥ(畝)で大豆などの豆類と考えています。三年を一区切りで食えるようになるように応援します」
「その三年どうやって食いつなぐのだ」
「小作の差配が足りない穀物を分配する予定です。丸抱えが良ければ小作で無く使用人と言う手もありますが、私の嫁は小姐(シャオジエ=お嬢様)育ちで厳しそうですよ」
「小作料は高いのでしょうか」
「というより。葉タバコの売り上げの三割しか手に入りません」
「七割取られては食えるはずもない」
「聞いてなかったのか。輪作用の畑地は自分用の作物だ。村で買い上げるか自家の食い扶持だ。税はかかるが献納は取られない」
高烈(ガオリィエ)が大きな声で伝えた。
「好きなものを作れるというのですか」
「そんなわがまま者に任せられるか。豆類と言っただろう。村全体で気をそろえなければ飢饉の時生き残れんぞ。大水害で家族を売った話を聞いただろう。幸いここにいる者はそこまで被害は出なかったが、俺たちはこの十年苦しんできた。今公主娘娘のおかげで息がつけるこの時バラバラでは生き残れんぞ」
賛成の家族だけ残れと言われ二十八家が残った。
「池を囲んで三十家の区割りだ。抜けた二家分は後で兄弟の多いものへ振り分ける」
後で苦情が出ないように壁に張った図面の番号を入れ札にした。
五家が重なり抽選となった。
はずれのもので再度空き番号へ入れ札をするとあっさりと振り分けが決まった。
残りの二つに五家族が名乗りを上げた。
高烈(ガオリィエ)は「肥料用に牛馬の糞の発酵場を作れと柴信先生から言われている。匂いを我慢する仕事になるが計算し場所を確認したら三十ムゥ(畝)の畑地がつけられると分かった。やってくれるものは自営と身分を引き上げ五人扶持の給付もつける。先に決まった者でもよい」
大分議論していたが四十代のガタイの良い男が申し出た。
「息子を今の家に残し、仕事に近い新たな家を与えられるのなら応じていいのだが。代々牛も居たので匂いに負けるのは若いもの位だ」
「なら、なぜ牛飼いの時申し出なかった」
于睿(ユゥルゥイ)が詰め寄った。
「見てくれ俺の家は年寄り夫婦、俺たち夫婦に男が三人十七を頭に年子だ、娘もいる。引き受けたくとも場所もない。俺たちが牛小屋を直して住んでいるくらいだ。今回も長男を残して分家を自分がしなけりゃ息子に嫁も取れないのだ」
「そりゃ俺が悪かった。自分の所で手一杯でそこまで見ていなかった。やっぱり隠居するべきだな。高烈(ガオリィエ)さん息子を呼んでいいか」
「まぁ、まて。この話がまとまったら二人で隠居して李宇(リィユゥ)を差配頭にさせよう」
これだけ多くの前でわざと聞かせたようだ。
「ほかにいなけりゃ南の于(ユゥ)に任せるがいいのか」
南の于成(ユゥチァン)夫婦に発酵場を任せると決まった。家は表街道沿いの小川の先の小さな畑地跡に建てると決め、三十ムゥ(畝)の畑地の先二里奥に堆肥置き場と説明した。
「南の于成の十五番が空いた。二十二番、二十八番で五家の抽選だがもう申し出るものがいなきゃ抽選で決める」
「待ってくれ。俺たちは今の家のままなのか」
于睿(ユゥルゥイ)が説明をした。
「落ち着けよ。ついでだここで言っておく。荒れ邸から村の入り口まで道の北が奥行はないが村の入会地だ。そこへ三十軒建てようと思っている。段(タン)の家ほどではないが大きさは十分とって五部屋と裏へ牛小屋を鈴仙(リィンシィェン)の銀(かね)で建てる。表向きは鈴仙が差配人でその小作になる。開墾が終わるまでに順次住めるようにする。区割りは畑の番号と同じで于(ユゥ)の家に近い方が一番だ」
予算は千五百両だという、不足分は村の負担になる。
鈴仙は葉タバコが順調なら利としては十分だと思っている、金貸しではないのだ小遣いに不自由しないのに欲張らない方が良いと思っている。
嫁荷の半分に相当する銀(三千両)を置いておくだけでは何も産まないと申し出たのだ。
そんな性質を爺爺(セーセー)は見抜いたのだろう。
差配の三人は感激した、鈴仙はそんなもので建つのかと淡寶に言ったが「小作の家にそれ以上かければ村が割れる」と説得された。
「間口二十歩、奥行き三十五歩の土地だ。間取りは居間、厨房、寝間三か所。玉米(ュイミィー)にホォンドォウ(紅豆・小豆)やダァドォゥ(大豆)を自分用に作れる。いつ牛が来てもいい様に牛舎は奥へ建てておく。実家より分家の方がいい扱いだとうらやましがられること請け合いだ。制約は鶏の親鶏を十羽以上置けないくらいだ」
荒れ邸から村の馬、山羊を飼う家までの間に四十の家は建てられると段(タン)と鈴仙は話し合っている。
三里=1500メートル・歩=五尺(量地尺34.5センチ)。
一軒分-前面二十歩34.5メートル・奥行き三十五歩60.4メートル。
三十家=六百歩1035メートル。
四十家=八百歩1380メートル。
娘が一人広場へ駆け込んで来た。
南の于成の息子があたふたして「どうした姐姐」と迎え出た。
「爹(ディエ)に知られた」
一同も何事だと振り向いた。
二人で高烈(ガオリィエ)の前に出て「一緒にさせてください」と叩頭している。
父母(フゥムゥ)も唖然としてどうしたらいいか分らないようだ。
于睿(ユゥルゥイ)が差配の威厳で問い詰めた。
「莱富(ラァイフゥ)お前いつの間に、従弟の浩(ハァォ)より五歳も年が上なんだぞ」
莱富の父母(フゥムゥ)も追いかけるように来て浩をにらんでいる。
娘娘が買い戻した娘の一番の年上、二十三になった娘だ。
漸く事情を掴んだ于成が「家の息子が手を出したのか」と聞いて居る。
「手どころか腹ましやがった。お前の所にほおりこんでやる。好きにしていい」
高烈(ガオリィエ)が「まままぁ、段(タン)の親父よ。一緒にしていいのか」と両手を出した。
村で多い段(タン)の一族だ、于成の妻は妹になる。
「長老が言うなら嫁に出すが南の于成の所は嫁が取れる状態かよ」
「いまな、此処で何を話してるかは知っているだろ」
「何時かねになるか知れねえ荒れ地の話しだろ」
「柴信先生の牛馬の糞の肥料話はお前も知っているだろ」
「ああ、聞いたよ」
「それを南の于成(ユゥチァン)が引き受けてくれた。家は新しく建てるから嫁の方も大丈夫、だろうな、成(チァン)」
「嫁が来るなら洪(ハァォ)のためにほかの家族は新しい家へ移るよ」
「なぁ、家が夫婦二人ならお前たちも親戚のよしみで認めてやれよ」
先ほどの勢いも失せて(うせて)きている。
「住まいがありゃどこも貧乏所帯は同じだ、それでいいよ」
寄り合い所から帳面を手に鈴仙と興延に礼雄が出てきた。
「後二軒畑地が足りないようですけど」
高烈(ガオリィエ)が答えた。
「そうなんだが、抽選で決めるから心配いらないよ」
「それなんですけど嫁荷に順義縣南彩鎮大興荘新娘(シィンニャン)二百ムゥ(畝)とあるんですけど三人で探してもそんな土地ないんですよ」
礼雄も首をかしげている。
「これが見つかれば抽選に加えられると思うんです」
一同が顔を見回しても誰も知らない様だ。
柴信先生がのんびりと下僕と馬でやってきた。
「どうしたい」
「荒れ地の振り分けでもう少しで纏まります」
「先生、大興荘新娘て土地を知りませんか」
段(タン)の言葉にうなずいている。
「それ街道の向う側にある丘の事だ。覚えてるはずもないか。俺の爺様から聞いた話だが飢饉の時、麦を買うのに売ったというぞ。街道沿いに休み所を作るつもりが道を付け替えられて断念したと聞いた。其の子孫が開いたのが曲がり家の休み所だ。」
「どこにも記録がありませんが」
「三藩の乱の時代というから百四十年も前の話しだ」
慌てて礼雄が帳簿を見ている。
「これでしょうか」
高烈(ガオリィエ)が見て「なんだこりゃ虫食いだらけで読めやしない。ご先祖がファンガン(風干・天道干し)を怠けたな」と皆に回している。
“癸丑九月八吊新・・・・・・・・街道・・・”とまではどうやら読めた。
「それにしても安いな。足元を見られてやむなく売ったようだ。荒れ邸や池の周りもそのころ手離したようだ」
「それははっきりしています。翌年の甲寅に龍神八十八吊千五百二十ムゥ(畝)同山林十吊百零一ムゥ(畝)と天鳳六十五吊五百ムゥ(畝)と帳面にあります。明の時代の帳面には龍神池街道東三里脇道同祠としてありますから昔の街道は丘の向う側だったようです。今の街道は荷車もやっとの脇道だったようですね。そのころは新娘と記載がないので分地したようです」
高烈(ガオリィエ)は五家のものに「二人はずれたら街道の向うでも納得してくれるか。あそこはシゥ(黍)かュイミィー(玉米)しか無理だと思うのだ」と聞いて返事を待って三家の抽選をした。
「さて段莱富(タンラァイフゥ)于浩(ユゥハァォ)をいつ婚姻させる」
「今させても住むところだ」
「急いで父親の家を建てたらどうです。半月あれば建ちますよ」
「おいおい、そりゃ無理だろう」
柴信先生迄危ぶんでいる。
「興延さん、礼雄さんが村にきて寝泊まりが今の集会所では不便なので、孜漢さんが建て直すと言ったでしょ」
「あの建築材か。大分大きいぞ」
「七人住むんですからそのくらいあった方が好いですよ。それに街道沿いですから村の顔にもなりますよ」
荒れ邸の南三里、小川の先になり、村はそこから東南へ山林が伸びて隣の楊鎮田家営村との境になる。
西北三十里の南彩村との縁戚は多いが田家営村との縁戚は数が少ない。
娘三人に縁談が持ち込まれたが“公主娘娘の香山村乳牛が欲しい”というので高烈(ガオリィエ)が怒って破談にしろと息巻いている。
「昔から気に入らん奴らばかりだ」
そうは言うが于睿(ユゥルゥイ)は娘たちが可哀そうだと交渉を続けている。
南彩村とは共に李遂鎮を抜けて李橋鎮へ行く街道が重なるというのが理由の様だ。
「確かにいくら貧乏村でも少しは見栄を張るか」
「後ろの糞小屋隠しにもなります」
いくら樹木で隠しても丸見えよりはいいだろうと村人も賛成した。
集会所は最初取り壊して肥料置き場の假住まいと決まっていたのだが、どこかほかへ移し替えするようになった。
興延に礼雄も「また注文すれば済むことで旦那の了解待ちの必要はありません」と請け合った。
村の事は全面的に公主から二人に任されているのは皆が承知している。
決まれば農閑期の今が絶好期だ、あれよあれよという間に建ち上がった。
古い家もすっかり洗い出されて見違えるようだ。
十二月初一日婚礼と決まり、あと一組は新しい差配の高榔(ガオラァン)、まだ十八歳で、嫁はチョンヂェン(張鎮)の苗木業者の次女劉柳蓮(リゥリィオリィェン)十六歳という。
干爸(ガァンヂィエ)が段(タン)のために果樹園の指導に何度か来てくれたが、熱心に働く高榔を気に入って婚約を高烈(ガオリィエ)へ申し入れた。
まさか年内に長老の差配が隠居しで相続とは思っていなかったようだが、娘は「いい機会です。お嫁に行きたい」というのでまとまった。
同じ日に隣の楊鎮田家営村から二人嫁が来ることに為って村では後はいないかと触れ回っている。
楊鎮田家営村へは受け入れる二人と嫁に出す二人も決まっている。
最初の嫁荷に公主娘娘の牝牛にこだわる家は破談になり、条件を下げて村生まれの牡牛と仔山羊ひと番という家と話がまとまった。
「村生まれの牛は村のものよ」
娘娘の一言でニォウグゥァン(牛倌・牛飼い)の劉(リゥ)と周(チョウ)が仔山羊をひと番買い取り嫁荷とした。
「毎日婚礼では仕事に為らんぞ月一度にまとめるかふた月に一度だ」
隠居の決まった二人も後を継ぐ差配を追使っている。
「恒例の新差配人が娘娘へお目通りと、下賜の晴れ着の受け取りへ行ける日を決めたら迎えに来る」
礼雄は段(タン)に約束し「とりあえず一日の夕刻には二人で來るから決めておいてくれ」と戻っていった。
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