脇の部屋から平文炳(ピィンウェンピン)と平康演(クアンイェン)が出てきて、娘娘と哥哥の前に半円を描くように五人は凳子(ダァンヅゥ)へ座った。
茶の支度をすると、前もって言われているのか、使女は扉の外に三人、壁のうらへ三人が入っていった。
「まずは一息ついて茶で喉を潤してくださる」
口を付けて平儀藩は驚いて顔を上げて「娘娘、これは鳳凰」と声を上げた。
「わかるのね」
娘娘が驚いている。
「フォンシャンがある日喉が渇いたお前たちも付き合え。そうおっしゃられて大事そうにフォンホウ(皇后)と一緒に私たちにも飲ませてくださいました。確か十一番で壬戌の年」
手をたたいて公主は喜んでいる。
「素晴らしいこと。一度で覚えたなんて貴方国一番の味利きだわ」
「美味い。壬戌と庚申はご相伴しました。庚申とは違う風味ですね」
そう言って「二番をおねだりしても好いでしょうか」と期待の声がする。
喜んだ公主は自ら支度をして七人分入れて一同へ振舞った。
「落ち着いたところで平大人から皆の賛同を得たいことがある」
その言葉で哥哥と娘娘が庸(イォン)を認めたと分かった。
海賊退治の話し、軍師の話し、財政の話し、庸(イォン)の了解が必要だと話を持ち掛けた。
「私が信(シィン)様の軍師ですか」
「関元は忙しすぎて行動をすべて一緒には無理だ。この先十年をめどに引き受けてほしい」
考えていた庸(イォン)は関元殿が承知ならと頷いてくれた。
公主が「親としてお礼を申します」と華麗に頭を下げて「信(シィン)が我儘を申したら叱る事のできる人に為って下さい」そうお願いした。
「わがままは私と関元殿が言いそうですな」
平儀藩も「御秘官(イミグァン)」の事を手短に告げ「まとめは今哥哥のお役目ですが、いずれ信(シィン)様が引き継がれます」と自分は相談役だと告げた。
この年、平文炳六十一歳、平儀藩五十七歳。
「いずれ俺を飛び越して関元(グァンユアン)の時代になる」
康演(クアンイェン)は老大(ラァォダァ)にそう告げた。
「フゥチンはまだ若い」
「いや時代はお前のものだ」
平康演この年四十四歳の男盛り、平関元二十五歳。
「そういえば庸(イォン)さんの年は」
俺は知りませんと関元が言うと公主は「だから軍師に向かないんだわ」と笑わせてくれた。
「天明二年壬寅二黒(てんめいにねんみずのえとらじこく)の生まれでござる」
また和国の言葉が出た。
儀藩が「今年は乙丑でございます」というと「二十四歳でござるが、干支は同じでござるかな」と聞いている。
和国を離れると干支も忘れがちだと懐の筆を出して字を書けば通じる。
哥哥は「ちょっと待ってくれ」と隣から和国の冊子を何冊か、わしづかみで持ってきた。
「これだ是だ」
和国の冊子に“寛政暦対比”と哥哥の字で書きこんであり「大清と和国の干支は同じだ」と告げた。
「おい、息子よ。お前乾隆四十五年の庚子生まれだろう」
「やっぱり年上でしたか二つ上なら今日から哥哥と呼ばせていただきます」
「五分の飲み分け兄弟で同等にしてくれ。弟弟(ディーディ)より庸(イォン)さんの方が呼びやすい」
「ならば三番を入れてもらって皆で飲んで同等の付き合いといこう」
やっぱり哥哥は人たらしだと康演(クアンイェン)は思った。
信(シィン)は姐姐(チェチェ)の食堂で娘たちに四恩を紹介している。
顔見知りは藍桃だけの様だ。
曾藍桃(ツォンラァンタァオ)は「弟弟は元気なの」と聞いている。
「曾驍熙(ツォンシィアシィ)は勉強も拳も子供たちの中で一番だよ」
信(シィン)も「そうそう私も拳では負けてしまう」とシィアシィの姐姐(チェチェ)をおだてている。
「妹妹の手紙ではチィエもここで働きたいと書いてきましたがお雇い頂けるでしょうか」
「今幾つなの」
「今年で八歳です」
「十歳をすぎないと仕事は追いつかないよ。勉強だけではお願いしにくいから」
「莱玲様の御付きにもう一人は駄目でしょうか」
「聞いては上げるけど。あと二年待つように言うのが良いと思うよ」
「ラァンタァオ無理を言って信(シィン)様を困らせては駄目だよ。舅父が困るから。それにラァンタァオの媽媽(マァーマァー)だって子供が一人もいなくなれば悲しむよ」
優しく説得する四恩にラァンタァオは「私たち姉妹のわがままで困る人が出てはいけませんね。妹妹には手紙でよおく言い聞かせます。戻る前に宿へ届けます」
趙(ジャオ)哥哥が娘たちに手紙を書くように話した。
「四日の夕方申の下刻(17時頃)までに書き上げて通用門門番のところへ届けておくんだよ。こちらから湯(タン)哥哥が取りに来ることになっているから」
娘娘から使女が使いに来た。
「信(シィン)様は娘娘がお呼びです。お供の方は四半刻後に、そこの時計で一時を過ぎたら居間の方へおいで下さい」
信(シィン)を案内して武環梨が戻ると四恩はラァンタァオに「奇麗な人だね。門から案内された時ドキドキしたよ」と聞いている。
「武環梨(ウーファンリィ)様よ。来年にはお嫁に行くことも決まっているわ」
妻もいる四恩を揶揄っている様子は趙(ジャオ)哥哥には見物(みもの)だとおかしかった。
つい口が滑って「あの時のもう一人(おひと)かたは」と聞いてしまった。「趙(ジャオ)哥哥も気になりますの」
「夏玲宝(シァリィンパォ)様よ」
「リィンパォ様も許嫁の方がおりますわ」
一斉に口が軽くなっている。
賑やかに話が弾むとあっという間に長い針が半周して上に来た。
名残惜し気に三人を送り出し、娘たちは自分の服と着替えに戻っていった。
こんな時でも腹が空いてくる四恩は図太い神経の持ち主だ。
公主と別れの挨拶をかわし、格格、使女に見送られて府第を後にして崇文門へ向かった。
幹繁老(ガァンファンラォ)まで送り届けると平儀藩(ピィンイーファン)と護衛の侍衛は戻っていった。
侍衛は二等侍衛で紀佶崇(ジーヂィチォン)、直隷天津府(ティェンジン)生まれ武環梨(ウーファンリィ)の婚約者と夏玲宝(シァリィンパォ)の婚約者二等侍衛・管麟歓(グァンリィンファン)直隷順天府香河県(シャンホー)生まれが来ていた。
もう一人は同じ二等侍衛でも平儀藩の仲立ちで婚約し、三月には袁純雪(ユエンシュェジン)と婚姻の二十歳になった二等侍衛柴功(チャイゴォン)直隷順天府東安県(ドンアン)生まれが相手との顔合わせに来ていた。
ヂィチォンとリィンファンは相手と顔見知りだがゴオンは初めて相手を見て相当気に入ったようだ。
帰り道二人に冷やかされイーファンにも「大分にやけていたぞ」と言われている。
|