翌日朝から孜(ヅゥ)は河口三堡浙江會館の叶(イエ)番頭に会いに出かけた、護衛は昂(アン)先生が付いてきた。
「待ちかねたよ。旦那は引取れるようにおっしゃっていたんだが。安物を抜かすと二百五十擔が良い物だった。金額が張るんだ」
「ま、品物を持っている業者を回りましょう」
前回より積極的になっているが叶(イエ)番頭は気が付かない。
最初の仲買の所に薛(シュェ)家の姻戚の有る高門村より東の五府山の二葉一芽が十擔あった。
八十両だという。
「一回りしてきます」と約束せずに次へ回った。
五軒の茶商に二十三擔の武夷山正岩水簾洞の武夷肉桂(ウーイーロォゥグゥィ)が有ったが値段はまちまちだった。
一番安いのが十五両、高いので二十二両だという。
薛(シュェ)家で一斤百五十銭、十五両だと百二十五銭、二十二両だと百八十三銭。
「高いのは脚夫(ヂィアフゥ)に手数料なら仕方ないか」
「そうですね一擔じゃ値が取れないと十五でも売りたいからでしょう」
「浙江會館の手数料はどうします」
「今回値段に関わらず一擔刺し三本でお願いできますか」
「それで集めて船積迄」
「遣らせていただきますよ。昨日の船ですね」
「そうなんだけど二十五日朝巳の刻の船出予定なんです」
「前日でもいいですか」
「そうお願いします」
その間にも武夷肉桂を買い入れて京城(みやこ)で茶具の好い物と組み合わせて売るかと考えている。
それが届いたか景徳鎮の賀(ハー)が店から出て来た。
「今日も売り込みですか」
「ここでね茶器を千二百組、壺を三千個の注文で今収めたところですよ」
「今晩体空いています」
「良いですよ、良い話でも」
「和孝(ヘシィア)様たちと旅立ち前の宴席があるので混ざりませんか、叶(イエ)さんもどうです。その運河の向こうの繪老(フゥィラオ)で酉からです。挨拶のあとの席は私と三人別に設けます」
「家の手代二人も招待してくれますか。今晩奢ると言った手前一人は気まずいので」
「ねえ、すぐそこだ三人で繪老(フゥィラオ)まで今予約に行きましょう」
三人で行くと「喜んで五人ご用意します」と請け合ってくれた。
「お酒どうします」
「同じものまだ余裕ありますか」
「五人なら三本ずつ用意します」
「じゃ、こっちは私に別会計で。銀票でも良かったですよね」
話がまとまり賀(ハー)と夜の約束を確認して、叶(イエ)番頭と先ほどの店を回って話をまとめて貰った。
十五両一擔、十八両三擔(五十四両)、二十両十五擔(三百両)、二十二両四擔(八十八両)合計四百五十七両。
全て銀票、銀錠で決算が出来た。
最初の店に戻り他に売り物は無いのか聞くと黄山毛峰雀舌(チィアォウー)が二擔と二箱だという。
「半端だね。いくらで出す」
「前のを買ってくれるなら十両で好い」
「良いよ。合わせて九十両だねあとは」
「白毫銀針二擔と一箱、桂林の白茶二百擔で全部だ」
桂林は貢茶龍脊茶で有名だが白茶は普及品だ。
「なんで広州(グアンヂョウ)行きじゃなくてこっちへ」
「例のあんたがたの騒動で喬(ヂアオ)が捕まったからさ」
「そいつは御難だったね。でも騙されないうちでよかった」
「よくないよ。広州(グアンヂョウ)へこれから送れば運送費こちら持ちだ」
「それで桂林のは幾らに為れば儲けになります」
「ちょっと待ってくれ今日払ってくれるのか」
「折り合えばね」
「じゃ千五百両出してくれ」
「ちょっと待ってくださいよ」
算盤で出すと七両と五百銭だ、運送費に大分取られている、喬(ヂアオ)は何が目的だったのだろう献上茶は青のはずだ。
「きちっとしてるね。全部で千五百両で買ってくれるなら、白毫銀針二擔と一箱もつけるよ箱は見本と思ってくれ」
「桂林は見本は無いのかい」
叶(イエ)が替わって聞いてくれた。
「見透かされたか三箱あるから持っていって呉れ、あと寄せ集めで一擔分の茶が有るから上げるよ。箱に名が有るから売るより楽しんでくれ」
この際店を空にして新しく買い入れようと思ったようだ。
二百十八擔分に為る、これ以上苛めて怒りだしても損と千五百両で手を打った。
孜(ヅゥ)が銀票で払い、叶(イエ)番頭が一度浙江會館へ運んでくれと頼んだ。
浙江會館で手数料二百六十二擔分、銀錠七十九両で刺し四本釣りを出してもらい受け取りを貰った。
朝から回って昼も食べずにもう申の鐘が鳴っている。
「また明日残りは回りましょう、焦って今日回って好いことないし」
昂(アン)先生もやれやれ今日はお役御免だとほっとしている。
臨江(リィンジァン)飯店へ戻り哥哥に経過報告をして宴席へ四人呼んだことを了承してもらった。
「先に了承を頂きませんのに申し訳ありません。お許しください」
「良いってことよ。何も遠慮することもない」
「御本がいつものとは違うようですが。大分手擦れが」
「これか、剪灯新話と言って完本は無いという噂の貴重本だ。此処の老爺が先代の残した本が三百くらい有るというので午前中蔵でひっくり返して一冊見つけた。家のとは違うので百で分けて呉れと言ったら怒られた。本好きを待っていたんだろうから、ただなら呉てやるとさ。京城(みやこ)で仲間に自慢してやるのが楽しみだ」
インドゥは百両銀票をこれからは孜(ヅゥ)が管理しろと包みを預けた。
「責任重大ですね」
「この後大きな銀(かね)は孜(ヅゥ)の取引ぐらいだ。今日の勘定は與仁(イーレン)に任せるんだぜ」
「桂園茶舗(グイユェンチァプゥ)の分がまだあるのでそれでと思っていたのですが」
「おいおい、黙っていたが景園(ジンユァン)の土産に景鈴(ヂィンリィン)の土産も福州(フーヂョウ)で買ってないだろ。星村鎮は茶でもこっちの二人に土産は必要だぞ。南京(ナンジン)で良い物を土産に買う銀(かね)にしなよ」
「ありがとうございます。自分の事ばかりで土産まで気が回りませんでした」
「良いってことよ。実は俺もな、何時も自分の本や書を買って公主の土産を忘れる口だ」
人が揃うと與仁(イーレン)に孜(ヅゥ)が必要な分を包んで出た。
繪老(フゥィラオ)では星星(シィンシィン)自らお出迎えだ。
宴席は広い部屋を屏風で仕切ってある。
インドゥもあえて一緒にと云うのは控えてくれた。
仕切りの隣は何処からの旅の途中のようでもう大分飲んだらしくて陽気な声がしている。
叶(イエ)番頭に賀(ハー)と手代二人が来て孜(ヅゥ)はインドゥ達へ挨拶して席へ案内された。
叶(イエ)番頭に賀(ハー)は隣へ呼ばれて大きな声の男にペコペコ頭を下げて出て来た。
冷菜の皿でまずは冷えた香槟酒(シャンビンジュウ)で乾杯だ。
鶏蛋(ジータン)の湯の後は蠔皇吉品鮑(ホウウォンガッバンバウ)の皿が出て一人一杯という贅沢だ。
棒棒鶏(バンバンジー)は辛くて口直しのワインが美味い。
暫くして與仁(イーレン)が来て女中を揶揄い座は賑やかになった。
「なんだい気後れしてたのかい」
「ここの主に圧倒されました」
あの衣装にあの顔で間近で言葉を掛けられ、手代二人は舞い上がっていたようだ、挨拶するたびに顔を寄せて一言声を掛けてゆく、ぞくぞくする色気を漂わせていた。
星星(シィンシィン)のいない向こうでは「陳弟弟、お前の言うのと観相が違うぞ、この前とは大違いだ。男たらしより恋女だ」と耳打ちしている。
「俺にも訳が分からん。先月はきつい顔だったが、なんだあのとろけた顔。男が出来た顔だぜ」
「最近のようだな」
「どうもそんな様子だ」
星星(シィンシィン)が與仁(イーレン)を手招きしている。
「ここの酒も足すようなら頼んで来るぜ。白蘭地(ブランデー)を奢りな」
孜(ヅゥ)に銀(かね)包みを預け、瞬きして出て行く、瑠璃盃に冰(ピン)が山盛りに瑠璃の盃の大き目のが来た。
孜(ヅゥ)が遣るまでもなく、女中が冰(ピン)を竹ばさみで取り分け支度をしてくれた。
菜は叉焼(チャーシュー)が出て来た、乾き具合が酒に合う、皆大喜びだ。
「遅いな向こうの席へもどったかな」そう思っていると半時ほどで戻ってきた。
星星(シィンシィン)が向こうの席で何が楽しいのか陽気な声で話をしてこっちの席へ来た。
孜(ヅゥ)の席から星星(シィンシィン)が與仁(イーレン)の背中を抓って出て行くのが見えたが、ほかの四人は気が付かないほど星星(シィンシィン)の顔に見とれていた。
叶(イエ)番頭など「年に一度くらいこの店へ来るんだが、ここ五年ちっとも変わらん。年を取るのを忘れたんじゃないか」と言い出している。
賀(ハー)も「ほんとだ私は十年前と三年前に来たんだが、色気が増しただけで年が分からん」など言っている。
與仁(イーレン)はニタニタして白蘭地(ブランデー)を呑んでいる。
女中がそれをきいて「本当に家のヌゥーヂゥーレェン(女主人)は何時までも若いままですわ」と肯定している。
女老板(ヌゥーラオパン)は使いづらいなと皆思っているようだ。
孜(ヅゥ)は二人の様子に星星(シィンシィン)を口説いたかと思った。
「あるはずのないことが起きるのも旅ですね」
何て鎌をかけても「そうだ孜(ヅゥ)だけじゃない。宜綿先生、蔡太医迄奥方を見つけたんだ」と酔った口調になっている。
賀(ハー)は自分が壺の売り込みに初めて来た頃は建昌會館と浙江會館しかなくそれほど大きな街とは思わなかったという。
「それが南昌會館も出来、まだまだ手伝う会館は増えていく様子だ」
この街はまだこれからも取引が大きくなるという。
叶(イエ)番頭は建昌會館が此処の一番古手で四堡に最初の会館が出来て五十年だという、浙江會館のできる二十四年も前から活動しているそうだ。
建昌會館は遼寧承徳府の商人、浙江會館は華東浙江の商人、南昌會館は江西南昌の商人の互助組織だ。
丁(ディン)が来て「そろそろ締めて呉れと言っています」と告げに来た。
部屋別に請求が来る前にこちらの客は孜(ヅゥ)が見送って御帰りねがった。
戻ると與仁(イーレン)が星星(シィンシィン)と銀(かね)勘定している、向こうの料理は八十八両、こっちが四十両、酒は向こうが百十二両で此方が六十六両の三百六両。
十両銀票を三束出して勘定させて一両銀票で六両出した。
「確かに御座います」
「心づけは旦那と相談するから一緒に来てくれ」
女中に銀票を「帳場に預けておいで」と盆に乗せて渡した。
哥哥に書付を見せて「心づけは如何ほど置きますか」と相談している。
「二部屋分だ、料理番に十五両、女中が入れ替わりで分からんから十五両を分けて貰いな」と銀錠を出させた。
結局孜(ヅゥ)の包みは紐も解いていない。
陳洪(チェンホォン)と師範は店の前で別れた。
哥哥と蔡太医夫妻を昂(アン)先生と孜(ヅゥ)で臨江(リィンジァン)飯店へ送り、二人で戻る道で「なぁ、後ろでこそこそ與仁(イーレン)と女老板(ヌゥーラオパン)が抓りっこしていたようだが、心当たりあるか」と聞いてきた。
昂(アン)先生は後(うしろ)にも眼があるんでと聞いてみた。
「そのくらい酒に酔っても分かるさ」
「実は先生の方を中座してこっちへ来たら、女老板(ヌゥーラオパン)に呼び出されていました」
「戻ってこなかったが、そっちへ行ったのは目晦ましか」
二つの部屋を行ったり来たりしてうまく誤魔化すつもりが胡麻化しきれていない様だと報告した。
「なんで與仁(イーレン)なんだ」
「銀(かね)番と分かって色目でも」
「不思議と哥哥が贔屓にしてから後家が寄って来る、あのニタニタは覚えがある。早でひと仕事務めたようだ」
「半刻足らずで。ですか」
「女の方がその気なら楽なもんだ。與仁(イーレン)はニタニタくらいだが、女老板(ヌゥーラオパン)め中年男が大分(だいぶん)とお気に召した様だ」
「景徳鎮の賀(ハー)さんは十年前から容姿が変わらず色気が増した、叶(イエ)番頭も五年前から同(おんな)じだと持ちあげていました」
「そういう女も確かにいるな。昔馴染みの前門の胡同な、俺より年上だったはずが今でも若いままのが何人も居る」
ばか話で道も捗り興帆(シィンファン)酒店の前で「内緒にしといて遣れよ」と念を押された。
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