府第の姐姐の使女、徐青筝(シュチィンヂィアン)の仕事が大幅に増えた。
姐姐は営繕の夢月(モンュエ)に頼んで奴婢の六人を使女並みの給付にさせた。
縫製の腕は青筝や雲麗に負けていないためだ。
姜雲麗(ジァンユンリィ)は公主娘娘使女だが来年三月婚姻する予定だ。
夢月(モンュエ)は二人より腕達者だが指導に回ることが多くて自分では完成品を仕上げていない。
インドゥは奴婢で縫製の上手が五人と思っているようだが、李(リィ)が二人いるので思い違いで、実は六人になる。
王美麗(ワンメェィリィ)李鳳蓮(リィファンリィエン)、李春苑(リィチゥンファン)の三人は外城北城生まれで小商人の娘だ。
朱慧鶯(ジュフゥイン)内城小牌坊胡同。
袁柳燕(ユエンリゥイェン)内城大牌坊胡同。
呂桃鈴(リュウタァォリィン)内城小方家胡同。
この三人、禄米庫の番人の娘たちだ。
六人は湯老媼(タンラォオウ)の紹介で勤めた。
皆が貧民の為の給付で腕を上げた、府第に勤めて初めて針を持つ娘もいる。
余姚(ユィヤオ)から来た娘にも「素質ありと思えるのが二人いる」と姐姐に報告が来ている。
舒鈴仙(シュリィンシィェン)の婚姻以来、紫蘭の元へ師匠の使いに息子が良く来るようになった。
息子と言っても三儿子(サンウーズゥ・三男)で崇文門外南城石鼓胡同(シィグゥフートン)の隠居所近くで質店を営んでいる、五十を過ぎて甲子の年一月に連れ合いをなくしたという。
店は息子と番頭がしっかりと営業していて、街の見物がてら好天気の日を選んでは、出歩いているそうだ。
荒れ邸の主と見た目も似ている。
営繕の作業場を見て戻るのが何時もの順路だ、ダァンヅゥ(凳子)にヂゥオヅゥ(卓子)の修理を楽しむように見ている。
四月のある日、縫製も多くの奴婢が担当していると聞いて興味を持ったようだ。
貧民への下着・上着の給付に使える質流れの晒棉布(ミェンプゥ)を、二百五十匹捐款(ヂュァンクゥァン)したいと五月初一日奴婢掌事女夢月(モンュエ)に申し入れが来た。
返事をする前に孜漢が調べたら質に置いた男が死去し、遺族に借金が圧し掛かり、受け出せない内に期限が来て流れた品と分かった。
丁度二か所の荘園の女たちの作業衣を支給しようと娘娘が姐姐に相談していたので一人二着支給を決めた。
足りない分は蘇州へ二百五十匹の注文を出し、楊鈴(ヤンリン)を呼んで興永からも月二十五匹を一年納めるように申し付けた。
荘園出入りの古着屋に二着銀一銭で寸法表を出させ、配布も取り扱わせた。
古着屋が出してきたのは大興荘九百零二人、平谷縣の荘園一千七百五十八人、合わせて二千六百六十人。
そのうち女性は赤子を含めて一千四百五十二人だった。
一回目は十月を目途に冬支度に間に合うように手配した。
大人用の大ぶりなものは二軒の布行へ三百着ずつ注文を出した。
昔から出入りしている布行で奴婢、門番のお仕着せは此処が請け負っている。
問題は子供用だが娘娘は五段階の採寸表に合わせて多めに作らせることにした。
「余れば京城(みやこ)にも貧民の子は大勢いるのよ」
六月三十日久しぶりに師匠が来たと昂(アン)先生が案内してきた。
「紫蘭の方へはまだなの」
「本日は息子の事で娘娘にお願い事が出来まして」
「何時も世話になっているから大抵のことは叶えてあげる」
言いにくそうにして居るので娘娘の方から切り出した。
「だれに惚れたの」
「お解かりでしたか」
「言いにくそうにして居るからには大抵子連れだと思ったのよ。若い娘なら師匠も悩まずに打ち明けるでしょ」
「子供も引き取りたいというのです。今の質店は息子に譲り、質店の抵当に入れてある店を買い上げて仕舞いました。家訓で分家は本家の許しが無いと絹問屋を開けませんが、本人は抵当店が布行、それも小売りの布店でルゥシィア(瑞祥)というのですがもう番頭、手代迄手なずけて仕舞いました」
「この間の捐献(ヂュァンシィェン・献納)の綿布の店とは違うの」
「あの店は息子が手をまわして寡婦と息子に資金を出して再開させました」
「ちょっと待って。その人たちなら相談する迄もないわね。京城(みやこ)の綿行は苦しいところが多いのかしら」
「いえ、四軒が組んで広州(グアンヂョウ)へ一万匹の綿と一万匹の絹布を輸出ともくろんだのですが半分を海賊に奪われてしまったそうです」
「それで四軒が立ち行かなくなったのね」
「いえ、それが一軒は生き残って繁盛しています。もう一軒はまだ荷を送らない内でまだ頑張っております」
「その店は品物が有って銀(かね)がない程度ね」
「そうなんですがつぶれそうな二軒は、繁盛している布行に騙されたんじゃないかと噂を広めています」
話が飛んだが昂(アン)先生は後ろで首を捻っている。
「先生も誰か心当たりがありそうね」
「問題は莱玲様が許しませんよ」
胡蓮燕(フーリィェンイェン)はまだ七歳、母親としても娘を置いて再婚はしたがらないだろう。
昂(アン)先生がそういって花琳(ファリン)にも「どう思う」と聞いた。
「袁夢月(ユァンモンュエ)で間違いないの」
「ご推察の通りです」
「舒佳仙(シュヂィアシィェン)は今年でいくつ、三儿子は」
「私は八十二歳で、三儿子は五十六歳になりました。兄達とは年が離れた分甘やかして育て過ぎました」
「その年で新しい商売に入ろうとは相当な覚悟ね」
「私の弟弟に似て、適当に隠居でもするのかと去年までは思っておりました」
夢月に聞くより、胡蓮燕(フーリィェンイェン)の意見の方が大切だと娘娘は判断した。
姐姐に連れられてリィェンイェンがやって来た。
七歳の娘に意見を聞く、普通の家では呆れる話だ。
「マァーマァー(媽媽)に縁談があるの。婿になりたい人が阿燕も一緒に来てほしいというのよ」
「それはマァーマァー(媽媽)の望みですか」
「まだ聞いては居ないのよ」
「それでしたらマァーマァー(媽媽)の再婚は実家の望んでいたことですので反対はしません。でも私はお邸へ上がるときマァーマァー(媽媽)から、莱玲様へ一生かけてお仕えするなら一緒に行きましょうとマァーマァー(媽媽)と約束しました。ですので、莱玲様が一緒に行きなさいと言われてもお邸を離れません」
「マァーマァー(媽媽)が置いていくなら再婚しないと言ったらどうするの」
「親子の縁を切ってあげるわ」
花琳(ファリン)はリィェンイェンを呼びに行って、そのあと夢月(モンュエ)を連れて脇から入って話を聞かせていた。
姐姐に連れられてリィェンイェンが去ると居間へ連れて入った。
「話は聞いたでしょ」
「師匠がおられるとは舒豪亮(シュハァォリィェン)様の事でしょうか」
「気持ちは聴かれたの」
「いえ、縫製も営繕の奴婢たちへ、“忙しい仕事を持ち込んでしまってすまない”とお言葉をかけて下る優しい方と思っております。わたしに特にお言葉をおかけになることもありません」
「継妻になる気持ちはあるの」
「芽衣(ヤーイー)様も抜けて来年には姜雲麗(ジァンユンリィ)様も婚姻が控えています。今私が抜けられるわけがありません」
「ヂゥコゥ(住口・おだまり)。何時からそんな口をおききだい。十二の年に私について初めて自慢口を聞いたわね。ハオダァダダンズ(好大的胆子)」
「シュゥズイ(恕罪)。私の思い上がりでした」
「謝るなら許してあげる。でもせっかくのいい話を無にする気なの。まぁ、相手がお年寄りでは師匠の手前でも強引に押し付けられないのよ」
年を言えば夢月(モンュエ)も三十五になった。
花琳(ファリン)が差し出がましいがと言いつつ口をはさんだ。
「私の見るところ。三儿子は営繕に興味をお持ちでしたが、営繕担当の夢月が縫製の指導をしているのを見てから、おいでに為るのも楽しそうに見えました」
奴婢掌事女は二人、営繕と縫製が袁夢月(ユァンモンュエ)、掃除、食堂が姚杏娘(ヤオシィンニャン)二十歳だ。
「あれ、それで初手はいやいや使いに出たのが、そのうち嬉しそうに行くので“紫蘭様の使女にでも惚れたかい”というとマァーマァー(媽媽)の使いをするだけでうれしいのです。なんて嬉しがらせ迄言い出したんですよ」
質店を譲り、布行に手を染めるのも一族の血がなせる業だと師匠は応援に回ったという。
老大(ラァォダァ)に二儿子、タンディ(堂弟・従兄弟)にも布行開店の了解を取ってマァーマァー(媽媽)へ打ち明けたので商売人としてやってゆけると後押しをすることにした。
条件は老大(ラァォダァ)とタンディ(堂弟・従兄弟)の店から絹布を仕入れる、綿は買い取った店の取引先を大事にする。
姐姐が戻ってきた。
雰囲気で夢月(モンュエ)がぐずっていると思ったようだ。
「何が心残り、阿燕の事」
「いえ、娘娘には怒られましたが、奴婢掌事女は出来ても裁縫を任せるには経験不足ではないかと」
「だれの事なの」
「朱慧鶯(ジュフゥイン)です」
「朱慧鶯(ジュフゥイン)は壬子の生まれと聞いたわ」
「ええ、十六歳です。父親は禄米庫の番人の朱王衍(ジュゥアンイェン)です」
花琳(ファリン)が折衷案を出した。
「まず婚姻に異議はないとしてのお話でいいですか」
姐姐が「その方向で進めて」と促した。
「荘園の第一回配布迄夢月(モンュエ)が奴婢掌事女は続ける。後を朱慧鶯にまかせる。ただし後見は姐姐が担当なのですから見ていただきたいですわね。縫製は姜雲麗(ジァンユンリィ)が嫁入りまで監督する。そのあとならあの娘もそれなりに成長しているでしょう」
「婚姻して通うか、それまで婚儀を伸ばすかね」
娘娘が「香河の実家に承諾させるには十月以後がいいわね」と決めた。
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