乾隆五十七年一月一日(1792年1月24日)壬子
一月五日、雪晴れの朝。
和珅(ヘシェン)の元へよれよれの老人がやってきた。
門番は和珅(ヘシェン)から道人が来たら、どんな格好をして居ても取り次ぐように普段からしつけられている。
淡い期待はいつも心にくすぶっている。
「昔の知り合いに頼まれましたんじゃ、活精丹を今でも必要ですかな」
「作り方を知っているのか」
性急に言葉が大きくなった。
「わしゃ知りませんのう。知り合いが言うには欲深の道人が金持ち相手に高貴薬を売りつけているのを教えてやれ。そういわれて道すがら寄ったまでじゃ」
少し反省して心を落ち着けた。
「すまんすまん、わしも欲しいが世話になっている人に差し上げたい」
「話じゃ南昌の朱耷(ジュダァ)の住まいがあった場所の近く、だそうですじゃがの。お分かりかの」
「八大山人の家なら近くへは何度か行ったことがある」
「棗の樹のある大きな屋敷の裏だそうじゃ。湛(ヂァン)から聞いたと言えば話は通じるじゃろうと言うとったわ」
「すまん、有難い、礼はいかほど差し上げればよい」
「何、もう昼じゃ肉なしの万頭に酒を此の瓢(ひさご)に入れて呉れれば十分じゃ」
万頭を三個包ませ瓢に酒を入れるとふらふらと出て行った。
後をつけさせた、百順胡同(バイシュンフートン)昔蘇家の有った跡の蘭湘という妓楼へ入った。
聞き込みをすると「十日ほど前にふらっと来てこれでひと月遊ばせてくれと百両ほどの銀を出したお大尽」と近所で話題だと聞きだしてきた。
すでに同じような秘薬は試したが「活精丹」ほどの効果はなかった。
フンリは「手に入れろ」と和珅(ヘシェン)に命じた。
八十一歳の弘暦(フンリ)に秘薬が必要か疑問だ。
弘暦(フンリ)よりも自分のためにもほしい和珅(ヘシェン)は弘暦(フンリ)に願ってフェンシェンインデを派遣させた。
十八歳のフェンシェンインデは呆れたが、フォンシャン(皇上)の命では従うしかない。
名目は「七ケ月の休暇と江南への旅」の許しが二十二日に出た。
遅れたのは公主が長い旅に出るのを嫌がったからだ。
フンリは公主を贈り物攻勢で宥めた。
父親は自分の年にはチンハイへ向かって旅をしたという。
子供の頃、劉全に連れられて天津(ティェンジン)に青島(チンダオ)までは行った事があるが、黄河を超えてさらに先の長江南岸の江南は初めてだ。
旅発つ前にフェンシェンインデは供の五人に銀(かね)の番が有るので三人は宿で留守居だと話して「賽で決めるか札で決めるようにしろ」と言った。
環芯(ファンシィン)という敏い手代は「昂先生はどうなります」そう聞いた。
「俺は若様の用心棒だ。宿にいればそこにいるのが仕事だ、それに俺に賽は勝てやしないぜ」
そう言って賽を持ってこさせると茶碗に入れて逆さにすると「好きな目を言えば出してやる」と五回続けていう通りに出して見せた。
「札じゃどうです」
札も新しい札で好きなものを置いた札から選びだした。
「透いて見えますか」
そうじゃない一度見た傷は忘れないだけだと言われても、信じられない様子ですんなりと先生の手に乗せられた。
京城(みやこ)からの旅立ちは乾隆五十七年一月二十五日(1792年2月17日)壬子。
皆で背負う葛籠に平儀藩(ピィンイーファン)が届けた二種の護符、盗難除けだと言われて全部に分かりやすい処に張り付けて置いた。
フェンシェンインデに昂先生と五人の供、七人が徐州へたどり着くまで休暇らしく名所巡りなどして、六十五日掛かった。
気にもしていなかったが「閏二月二十九日だ」と昂先生が手控えを見て教えたのが明日は彭城という日だ。
京城(みやこ)では老爺(和珅)にフォンシャン(皇上)が一日千秋の思いで待ち焦がれているが、直接行くと勘ぐられて噂が出るのが怖い二人だ。
天津から徳州へ向かい、泰山の裾を抜けて銅山県の利国街道から彭城へ入った。
乾隆五十七年三月一日(1792年4月21日)壬子
彭城(徐州府・スーヂョウ)では五泊、雲竜山の摩崖石刻を観に昂先生と二人で一日かけて古代の遺産を巡った。
山の桜は紅白入り乱れて満開だ、梅は咲いてはいるがまばらになっている。
蘇州の平文炳(ピィンウェンピン)の紹介状を持って、シャンハイから宿へ訪ねてきた男に「結」の約束により後援を約束して、手形を書いて渡した、あれから三人、都合八人目だ、約束は後二人。
京城(みやこ)へ来ていた平文炳に旅の話をしたので、この辺りと当たりを付けたようだ。
フェンシェンインデが初筆だという孟浩(モンハオ)という二十歳くらいの男は「こんなに簡単に信頼していただけるのですか。何を始めるか話もしていません」と不思議そうに聞いた。
「十年付き合っても腹のうちなぞ簡単に分かりゃしないさ。ずるく振舞うのは役に立つが、小狡くなりなさんなよ。それよりお前さん詩人の浩然と繋がりでもあるのかね」
「イャア、最近よく言われるんですがね、おかげで詩も覚えました。其の人とは繋がりなど母親も知りません。春眠不覺曉は何時もの事ですがね」
春眠不覺曉
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春眠(しゅんみん)
曉(あかつき)を 覺(おぼ)えず
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處處聞啼鳥
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處處(しょしょ)
啼鳥(ていちょう)を 聞く
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夜來風雨聲
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夜來(やらい)
風雨(ふうう)の聲(こえ)
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花落知多少
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花落(はなお)つること
知(し)る 多少(たしょう)
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この男和珅(ヘシェン)と劉全の噂を信じて「良くて一割、若しかして三割は賄賂に取られるか」と邪推していたのが、一遍でフェンシェンインデの虜になった。
蘇州の東源興(平康演(クアンイェン)の店)に行けば銀(かね)を出してもらえる。
平文炳の紹介は全て認めてきた、あっさりとしたものだ。
フェンシェンインデの蘇州の店は繁盛して四軒目の飯店を今年開いた。
そのうちの一軒は協力店だ。
東源興は資金を無利息だが預かってくれる。
火事を心配するものは此処へ保管してもらう。一度賄賂を要求した両江総督の書麟は免職されて手を付けるものは居なくなった。
其の書麟は昨年再任されている、どうやら本人ではなく下っ端に名前を使われたと助けが入ったと云う。
この地の「結」も仕事を回したり回して呉れたりと助け合う商売人は多い。
劉全の所で修業した孜漢(ズハァン)が商売は取り仕切ってくれる。
フェンシェンインデは自分勘定で品物を動かす事もなく、孜漢(ズハァン)が年二千両近い儲けを出している。
フェンシェンインデは月銀八十五両の手当てを出していても、この儲けを孜漢(ズハァン)が出せるのはすごいと思っている。
劉全が出しすぎだと何度も言って来る。
京城(みやこ)で儲からない店は、飯店(宿屋)を別の男にやらせているくらいだ、其の買范(マァイファン)は最初から「儲からない仕事があるのですが」と売り込む変な奴と資金を出して飯店(宿屋)を遣らせた。
蘇州へも回りたかったが其れだと南京へは遠回りで諦めた。
南京で三泊して「結」の男たちと街を歩き回りたいと手紙を出してある。
一人運漕業の男でフェンシェンインデが推薦した男がいる。
姐姐(チェチェ)が応援をしているからで、その男の友達との交流だ。
揚子江(長江)はこの辺り川幅が狭い、それでも船渡しの船頭は「そうさなぁ、四里ほどかいな」という、大人の歩幅で千二百歩有るということだ。
南京最初の日。
「昂(アン)先生、先生は色街お好きですか」
「好きでも今回は仕事がらみの旅ですから。妓楼遊びは止めておくよ」
「結」の男たちは仲間内で酒の勢いで妓楼へ連れ込んで散々あそばせ、後で笑いものに仕様と待っていたがあてが外れた。
歓迎の食事と誘われ、菜店で酒を飲みだしたが、一向に二人が酔わない、底なしだ。
二刻もたたずに一人倒れ、二人倒れと五人のうち最後まで残った一人は歩くのがやっとで押し車で運ばれていった。
昂先生事昂潘は本当に底なしだが、念のため二人で酔い止めの秘薬を予め服用して臨んだ、昂先生さすがフェンシェンインデの軍師だ。
「美味い酒ですな」
菜店の親父が腰を抜かすほど驚いた、酒豪と豪語していた街の兄貴が叶わない。
「これで足りるか」そう言って昂(アン)先生は二十両の銀を肩に引っ掛けていた袋から出した。
兄が飲みすぎて倒れたと聞いて妹の飛燕(フェイイェン)が番頭を連れてやってきた。
「飲みすぎてふらふらする」
などと言いながら公遜を担いで出てきたフェンシェンインデと鉢合わせだ。
噂でヘシェンの息子は「へなちょこの道楽息子」、そう言われて居たのとは大違いの美丈夫が兄に連れられ、昼に自分の飯店に入ってきたのを見て一目惚れしてしまった。
このころのフェンシェンインデは裁衣尺で五尺あった、当時の十八歳の男にしては背が高いほうだ。
公遜の琵琶街(ピィパァヂィエ)魁芯行(クイシィンハァン)へ担いで戻った、フェンシェンインデから店の番頭に渡され部屋まで運ばれた。
飛燕は女だてらに昨年「結」の資金で隣に源泰興(ユァンタァィコウ)、裏の回門巷(フィメンハァン)に辯門泰(ビァンメェンタァイ)という飯店を開いている。
店の裏は小道を挟んで向かい合っている、辯門泰は小商人、源泰興は「結」の紹介が大半の泊り客だ。
小商人の多くは薬の原料の買い出しで、京城(みやこ)や広州など広範囲に繋がりがあり「結」には認めてもらえないが、結社の繋がりを利用して商売をしている。
飛燕とは話が合い十六巻の「聊斎志異」に面白い本があれば帰りに寄るので買い入れておいてくれと銀を三十両渡して頼んだ。
特に板橋の出物があったら高くても買いたいと言い置いた。
何、薬に買い物で背の葛籠の銀(かね)が出て、軽くなれば其処へ入れて運ばせる気だ、共の者に楽をさせる気はない。
「シャンハイは此処から近いと聞いた」
「誰がそんなこと言ったの」
「俺のフーチンさ」
「結」の男の事は知らん顔だ。
「千里は有るわ。男の人でも十日掛かるわね。あんな漁村に何があるの」
父親が西蔵まで行くほどの男とは黙っていた、どうせ悪い噂しか伝わっていない。
最近南京にも蘇州から風呂屋が進出してきた。
道を挟んで男の湯屋、反対側は女だけの湯屋、湯船はない、蒸気の籠った部屋もあるそうだが利用しないものが多いという、洗い場で体を洗うだけで出る者が多いそれでも繁盛しているという。
近くに回族専門の蒸し風呂は随分と昔に商売を始めたそうだが、誰もがいつごろか知らない、それだけ古くからあるそうだ、噂では忽必烈が皇帝の頃だろうと聞いたと飛燕が話した。
昂(アン)先生が聞き集めた話では南京が建康と言う名前だったころだという。
回(フェイ)族専門と言っても男のほうは辮髪でも入れてくれる。
朝から開いているというので昨日の酒の気が抜ける様に蒸し風呂を選んだ。
二日酔いの兄いたちは置いてきぼりで供は銀(かね)の番に残し、昂先生、フェンシェンインデは案内の「結」の仲間の家で下働きしている老爺と街を巡った。
夫子廟(孔子廟・文廟)では案内の老爺の説明が面白く一刻も見物してしまった。
先生が銀の小粒を渡したら黄色い歯を見せ「ニヒッ」と笑った。
城塞は厳めしい番兵が居て近寄りがたい、中の総督府へも傍へは寄らなかった、フォンシャン(皇上)の許し状など見せてもいいことは起きない。
妓楼は明かりが入るころ、通り抜けをして楽しんだ、揚がらなかったと聞いて飛燕は呆れていた。
明日は南昌へ発つという晩。
寝ているフェンシェンインデの元へ飛燕が忍んできた。
掛け布団の隙間から体を入れてくる気配で目を覚ますフェンシェンインデ。
鼻をくすぐる香は飛燕とすぐ気が付いても寝ているふりを続けた。
体を重ねて来たので背中へ手を遣ると裸だ。
飛燕がフェンシェンインデの着ている服を脱がすのに任せて秘所を弄(まさぐ)った。
「アッツゥ」
小さな声が漏れた、どうやら初めての様だ。
色街も近く耳年寄り、子供でも色気づくのが早い土地だ、処女が寝床へ忍び込むとは土地の妖力か。
懸命にフェンシェンインデにしがみ付く飛燕は小さく震えている。
止める事など無理で腰を使うとそれにこわごわと付いてくる。
「ホッ」
飛燕の声だ。
気をやって飛燕は「ニッ」口元に笑いが来たようだ。
「泣く」のは経験があるが笑うのは初めてのフェンシェンインデだ。
翌朝、飛燕(フェイイェン)はすましてフェンシェンインデの一行を送り出した。
南昌にようやくついた、それというのも景徳鎮のほうが近いと南京で聞いたから寄りたくなった。
一月二十五日京城を出て六十五日目に彭城(徐州府・スーヂョウ)。
南京には三月十八日に着いた。
南京から景徳鎮まで一日十時間、歩きに船、馬など使っても二十日掛かった。
窯元で身分は休暇許可状を出して確認させると二人の案内人を付けてくれた。
「回り切れませんぜ」
環芯(ファンシィン)は直ぐに音を上げた。
「今日は三軒だけだ。それにお前、なぜ宿で休まない」
「土産に買えばムーチンが喜びます」
昂先生に「誰のムーチンだ」と言われて四苦八苦している。
「一人で捏ねて仕上げているんじゃないんで」
案内人も毎度素人はこれだものという顔で説明している。
翌日は小売りもする民窯を教えてもらい売り物を聞いて買い入れた。
京城(みやこ)へは毎月一回荷が出るというので豊紳府へ届けてもらうことにした。
フーチンには五彩、ムーチンには闘彩と昔ながらの物。
公主に琺瑯の湯呑十椀の揃い、ムーチンお気に入りの翠凛(ツゥィリン)にも同じものを買い入れた。
白磁にコバルトで絵付けを施した「リンロン(玲瓏)」が気に入り百と纏まっても一緒に間に合わせるというので、二つずつの箱入りにしてもらうことにして、言い値で引き取った、すべてで金八十両掛かった。
京城(みやこ)に帰ればお土産もあちらこちら配る必要もある。
南昌の賢湖村まで歩きで三日掛かって四月十三日に着いた。
次の日紹介してもらった街中の飯店で聞くと、聞いたことがあると付近の様子を教えて呉れた。
南昌で三日掛かったが、家が見つかり昂先生と五人の供を外で待たせて話をすると「一粒金十両」と吹っ掛けてきた。
道々自分の商売にでもと金三百両を供に担がせ、父親の銀二千両と合わせれば金錠換算五百両持って出た。
まだ金錠換算四百両手つかずである、全部使ってもと「幾つ譲り受けられる」と大束に出た。
「値切らず幾つと聞いてくる奴は初めてだ。今あるのは二十二粒、二つは残すので二十だけだ」
大事そうに一粒ごとに木の箱に入れてある。
「商売上手な奴だ、でも数を教えるのは正直なのか」
そう思いながらも「有難い、これでフーチンに顔向けできる」と二人の共を呼び入れ背の葛籠から金錠を出して渡した。
「一年以内に来ても無駄だよ。簡単に仙丹の材料は手に入らない」
そう言って「いつできるか約束はできないから来た時の運しだいだ」と送り出した。
昂潘はじめ共には延命薬「保精丹」と話はして有るがどうせ昂先生は知っていて知らんぷり何だろうとフェンシェンインデは思っている。
「保精丹」は供に任せず自分の葛籠へ着替えと入れ替えて持ち帰ることにした。
供の陪演(ペェイイェン)は重みの違う荷で嬉しそうだ。
空身で帰れると喜んでいる環芯(ファンシィン)は南京で重い本を背負わされるのをまだ知らない。
「何かあれば、人のせいにはできない」
フェンシェンインデ責任感が強い。
南昌を発ったのは、四月十八日、京城(みやこ)を出て百十五日目だ。
帰りも南京で源泰興に三泊した。
共には全員に妓楼で遊ぶのに一人銀十両渡して「此処からは遊びはなしだ、今晩は戻らなくても勝手だ」そう言って送り出した。
葛籠は全部フェンシェンインデが預かった。
「金瓶梅」十巻に「聊斎志異」二十四巻それと雑書二十巻が手に入った。
足りないはずだが請求がないので黙って受け取った。
飛燕が来るかと期待したが来ないので寝そびれ、欲しかった「聊斎志異」を読みふけった。
翌日の晩、飛燕は本を読んでいるフェンシェンインデにお茶を運んできた。
「昨晩は待ちくたびれた」
「都に素敵な奥様が居て、私のようなはねっ帰りはお気に召さないでしょう」
すねて見せるが体は期待しているように首筋に色気が滲んでいる。
片手で引き寄せると真っ赤になって縋ってきた。
寝床へ座らせて着ている物を脱がせた。
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