その翌日十二日、どこで聞き込んだか二十三人もやってきた、初めて見る男もいる。
孫原湘(スンユァンシィァン)は呆れている。
「仕方ない。不足分俺が持つ」
朱(ジュ)に「十両は持っているぞ」そう耳打ちした。
「足りるかな」
不安そうだ。
「そん時ゃ徐頲(シュティン)に出させりゃいいさ」
呆れた友人だ。
その頃阮品菜店では、早めに羅箏瓶が甫杏梨から聞き込んでいて、いつでも出せる準備をしていた。
店は三十人で一杯になる、常連客は表で待つ羽目になった。
上海紅焼菜(シャンハイホンシャオツァイ・野菜の旨煮)が六つの卓へ次々置かれ、料理は注文を聞かずにどんどと出てきて一同は唖然としていたが、がつがつと食べだした。
五香脱骨扒鶏(ウーシアントウオグーパーチー)
叫化鶏(ジアオホワジー)
油淋鶏(ユーリンチー)
東坡肉(ドンポーロウ)
紅焼肉(ホンシャオロウ)
無錫排骨(ウーシーパイグ)
蛋花湯(タンファータン・卵のスープ)
調理室では、三人が注文など無視し、勝手に材料に合わせて腕を振るっている。
食べている方も銀(かね)の心配などする暇もない。
箏瓶(ヂァンピィン)が「面条を食べたきゃ手を挙げて」と叫んでいる。
助っ人に近くの娘が七人来てくれて下がってきた皿を洗っている。
常連客がようやく飯にありついて、いなくなってもまだ終わらぬ奴もいる。
「まだお腹に入る人はこっちへ移って」
助っ人に現れた富富(フゥフゥ)が呼びかけたら、五人が凳子(ダァンヅゥ)に掛けた。
「麻婆豆腐が食べたい」
「焼いた面条が好い」
「餃子は」
「家の流儀は料理人が決める」
富富(フゥフゥ)に言われて項垂れていたが、注文は聞こえたようでお望みのものが出てきた。
ほかの卓では食後の茶で菓子をつまんでいる。
「すごいな。よく入るなぁ」
貢院でまともに食べていなかった者がほとんどだ。
「足りるのか」
徐(シュ)は朱(ジュ)に聞いている。
「孫哥哥は十両出すと言ってる。十五両に俺が两両持ってる」
「こんだけ食や危なそうだ。一昨日の紅包の残りが有るから安心しろ」
羅箏瓶(ルオヂァンピィン)が二人のいる卓へきて紙を出した。
固倫和孝公主(グルニヘシィアォグンジョ)の手紙だ。
勘定は公主持ちだと書いてある、酒は自腹で飲みなさいと有った。
「お酒どうします。うちには紹興酒(シァォシィンヂウ)に杭州黄酒(ハンヂョウホアンチュウ)の二種類だけなの。高いのは近くで都合しますよ」
富富(フゥフゥ)は「お酒が欲しい人いるの」と勝手に聞いている。
手を挙げた二十人に、瓶を持った二人の姑娘が柄杓で好みを聞いては注いで回った。
四人残ったものは茶で菓子を食べ続けている。
「酒飲みには適わん」
など言うが酒豪の者ばかりで、昨晩飲み過ぎたようだ。
実は箏瓶(ヂァンピィン)の母親が前の日、早朝に来たとき「面白い話が有るの」と教えたのを、午の前に娘娘は聞き込んで手紙をその日のうちに届け差せていた。
鄧麗麗(ダンリィリィ)は箏瓶を心配している公主に「会試に及格(ヂィグゥ)しそうだと浮かれています」と半分怒って報告したのだ。
公主はその日のうちに“会試受験者を接待したいのでお許しをしてください”と届けを出した。
範文環(ファンウェンファウン)は面白そうに眺めながら、水餃子で酒を飲んでいる。
常連客が出払ったのを見計らって入ってきたのだ。
娘娘に呼び出されて十両銀票五枚、五十両の支払いを頼まれたのだ。
「昂(アン)先生がいれば頼んだのだけど」
「お役に立ててうれしうございます。でも十五人くらいでこんなに食べますかね」
「余ったら徐頲(シュティン)に、次も有ると甫唐燦(フゥイタァンツァン)から言うように伝えて頂戴」
笑いながら府第を後に取灯(チィーダァン)胡同まで来たのだ。
顔を知られていないので店でも不思議そうに扱っている。
「料理は」
富富(フゥフゥ)に言われて「酒のあて」というと「八寶菜(パパウツァイ・八宝菜)」と云うので頷いた。
範(ファン)は「店主を呼んでくれ」と箏瓶(ヂァンピィン)に言って残りの酒を呷った。
「勘定」
富富(フゥフゥ)は「三百文」と云うので銀(イン)で払った。
阮永徳(ルァンイォンドゥ)は不審げに見ている、勘定をして俺に用事は変だと思っている。
銀(かね)を持っていないのかと思っていたようだ。
袖から公主の手紙と託を伝えた。
「あいつら今度はもっと大勢で来ますぜ」
「足りなくなれば、そん時ゃがっぽり請求してやんなよ」
「ところでお見かけしたことないのですが」
「娘娘のところへ最近お出入りし始めた、範文環(ファンウェンファウン)というかけだしでさぁ」
「確か水会(シィウフェイ)の御用を」
「ええ、鴨兒胡同(ィアルフートン)に簪兒胡同(ツァンアルフートン)のとおりに三軒の飯店を開いておりやす。料理は人任せでフラフラしておりやす。此処のは美味い餃子で感心しやした」
富富(フゥフゥ)は遠慮がない「八寶菜(パパウツァイ・八宝菜)のほうは」ときいた。
「ありゃ、火の勢いがたりませんや」
「おい、阮永戴(ルァンイォンダァイ)まだまだだと言われてるぞ。確りしろい」
でてきたのみりゃまだ若い。
「見本をこいつに見せてくれませんか」
酔った勢いで「応」と一つ返事で厨房へ入った。
阮永凜(ルァンイォンリィン)が材料を揃えている。
「蘿蔔(ルゥオポォー・大根)が古い」
慌てて選び出した。
店で徐頲(シュティン)達が勘定だと言っている。
一刻以上食べて飲んで上機嫌で別れを告げた。
徐(シュ)と朱(ジュ)に孫(スン)の三人が残り、もう一度娘娘の手紙を見て勘定を頼むと六両だという。
孫(スン)が一両足して勘定して幹繁老へ向かった。
鍋で火加減を見ながら油を注いで切ると、手早く炒めて永凜が出した紹興酒(シァォシィンヂウ)を熱してから注いだ、匂いが違う永凜と永戴は息を詰めている。
餡を最後に絡めて温かい皿へ盛った。
「前に金華火腿(ヂンホアフオトェイ)を手に入れて使ったら、上手くできたが高いものにつきやした」
店で小皿を手に試食が始まった。
「小皿に移すのが勿体ない」
富富(フゥフゥ)は味の決め手は何だと聞いている。
「紹興酒(シァォシィンヂウ)を熱してからくわえるんだ。親父に教わった。そうでないと温度が下がる。食べて呉れるまでが勝負だ、今日の客の様にがつがつ食う客の方が有難い」
娘娘も街の料理はそう食べるのが美味しいと言ってくれていた。
上品な公主府より阮品菜店の方が好いと孜漢(ズハァン)に言ってくれる。
「二儿子(アルウーズゥ・次男)は婿に行くのが決まりましてね。相手の親が応じたらひと月でいいので、預かってくれませんか」
「相手も料理を」
「幹繁老(ガァンファンラォ)と言ってすぐ近くで」
「蘇州と聞いてますが。向こうさんに合わせなくてよろしいので」
「急ぎでなきゃさっきの話のついでに聞き合わせを」
「いいでしょ」
二人で後を置いてきぼりで出て行った。
幹繁老(ガァンファンラォ)も一息ついたところで範文環(ファンウェンファウン)の名を聞いて「瑠璃廠西街の範文盧(ファンウェンルゥ)さんと関係でも」と聞いてきた。
「おっ、そういやそうか。大勢の調理で頭が混乱していた」
「あっしの爸爸(バァバ・パパ)でござんす。今は徳勝門(ドゥシァンメン)近くで飯店をやらせてもらっておりやす」
「ぜひお願いしたい。永徳(イォンドゥ)さんにゃ悪いが婿入りが遅れても仕込んでいただきたい。そのうえであっしが鍛えて一流にします」
「水会(シィウフェイ)が本格的に動くまででよろしいですか、早まったら権鎌(グォンリィェン)に仕込ませます」
「其れって細米巷東権飯店の」
「二儿子(アルウーズゥ・次男)ですよ。今度隆福寺街(ロォンフゥスゥヂェ)の南へ店を持ちました」
「親以上の腕だと聞きました。いや、すごいことに成りそうだ。ぜひお願いしたい」
ヌゥーヂゥーレェン(女主人)があわてて「期限を切っておくれ」と騒いでいる。
「婿入りして、向こうに家を持ったって好いやな。腕が有れば食いっぱぐれはしない」
甫杏梨(フゥイシィンリィ)が心配そうに覗きこんでいた。
範文環(ファンウェンファウン)は「基本は有るんだ。ひと月と限りやしょう。修行にゃ限りがありませんから」と切り出した。
二人の料理人も納得して今日連れていくことに成った。
驚いたのは阮永戴(ルァンイォンダァイ)だが、料理人として腕を磨きたい気持ちが勝つた。
帰り道豊紳府により、二人で報告し、店で住み込ませた。
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