花音伝説
第四部-豊紳殷徳外伝 肆

第二十五回-豊紳殷徳外伝-4

阿井一矢   豊紳府00-3-01-Fengšenhu
 公主館00-3-01-gurunigungju


 此のぺージには性的描写が含まれています、
18歳未満の方は速やかに退室をお願いします。

  富察花音(ファーインHuā yīn

康熙五十二年十一月十八日(171414日)癸巳-誕生。

 西六宮
平面図
 東六宮
平面図

        

嘉慶三年一月一日(1798216日)

 

和珅(ヘシェン)弾劾の謀略は進んでいる。

表の筋書きは綿寧(ミェンニィン)が父親の嘉慶帝と組み立てたことに為っている。

乾隆上皇の生前は行動を起こさない。

薨去が確認されたら嘉慶帝を動かし上皇最後の寵姫を寿太貴人として尊称を与え、残された妃嬪に動揺を起こさせない。

(妃嬪の信頼は太監、宮人の支持も取れる)

 

和珅(ヘシェン)の一族は豊紳殷徳(フェンシェンインデ)が束ねることで妄動を抑える。

それには豊紳殷徳と固倫和孝公主に養子-福恩(父豐紳宜綿)を迎えて家系は残すこと(将来子が出来ても分家させるか養子に出させる)。

 

隠された和信(ヘシィンHé Xìn)は追求しない事。

この事について綿寧(ミェンニィン)から提案があった。

父の嘉慶帝には話さないと、粘竿処(チャンガンチュ)はフェンシェンインデの秘密も握っているが上皇から嘉慶帝への引継ぎはまだ行われていない。

一同は皇帝が猜疑心の塊の事は承知だ。

「御秘官」と粘竿処(チャンガンチュ)は綿寧(ミェンニィン)を支持していると告げられ、直ぐに話は決まった。

「御秘官」は綿寧(ミェンニィン)の太監康藩(カンファン)が次期の長に決まった。

 

隠匿財産について豊紳殷徳(フェンシェンインデ)の差し出す和珅(ヘシェン)の財産で豊紳殷徳の分は追及しない事、それによって次は自分と恐れる者を帝への忠誠を誓わせて安堵させる事。

 

フォンシャン(皇上)は「補精薬」探索を諦めたようだ。

そう見せかけている。

インドゥを呼んで「探せないか」と無理を言う。

「前回のことも有ります。輩江(ペィヂァン)も協力は難しいでしょう」

諦めきれない様だ。

裏の手を考え着いたようて公主へ贈り物を与えると呼び出した。

弘暦(フンリ)の与えた年銀千両の費用を三年に限り倍増するからそれで豊紳殷徳(フェンシェンインデ・インドゥ)に秘密裏に「補精薬を探してほしい」と言い出した。

皇統の事を考えれば兄が皇子を望むのならば叶えてあげたい。

戻ってきた公主の浮かない顔にインドゥは心配している。

「実は輩江(ペィヂァン)に五か月の休職命令が出てしまいました」

「まさか、彼は何も悪いことないぜ。ただ持って帰って調べただけじゃないか」

「貴方も、休職させると、兄が」

「おれはその方がありがたい。貴方といつもいられる」

公主、目がウルウルしている。

「兄は裏表がありますから」

「人間なら、誰でもあるさ」

「貴方と輩江(ペィヂァン)を休職させて、巡遊しろと言って来たらどうします」

「今日の話はそれか」

「行ってほしくは有りません。でも兄の体を考えれば壮健であってほしい。太医院の老医師を信用していないようです」

休職通知(一月二十八日付け)休暇許可証(一月二十八日付け)と年銀支給書(一月二十八日付け)を出して「このお金で前回の補償と今回の費用だというのです」もう決まっていて断われなかったとインドゥに縋った。

言いくるめられたようだ、健康維持なら昔と変わりなくて良い筈だ。

許可証を読むと無理な日程まで出ている。

蘇州、杭州、南昌、上饒霊山周辺。 

「なんで蘇州なんだ。あそこは何も見つけられなかった」

「聞きました。三軒の飯店、それと繁絃(ファンシェン)飯店は私と貴方が資金を出したこともご存じですから。そこへ視察と表向きを整えろと言うのです」

フォンシャン(皇上)は前に「上皇の南巡のお供で蘇州は行ったことがある」と言っていた。

眠そうな目で輩江(ペィヂァン)が遣ってきた。

「どうした」

「泊り明けで寝られると思ったらいきなりこれが。フォンシャン(皇上)直々に、豊紳府へ行けと」

休職通知に休暇許可証だ「着替えを持って急いできました」と荷物の包みを示した。

フォンシャン(皇上)に押し切られてしまった。

姑姑と一緒になって邸内に家がある昂(アン)先生を呼んでもらった。

「まさか」

「諦めていない様だ。よっぽど太医院を信用できない様だ」

「カカオですか」

「分からないものまであったんだろ」

「そうなんです。宣教師は匂いの元のバニラという名前は教えましたが、効果は知らないそうです。そのほかにも健康維持の薬草の他にどうしても分からない小さな粒が混ざっていました」

ペィヂァンは猫にはあまり良くなかったが年寄りの猿は元気になったという。

「猿で使い過ぎて残りがわずかです、全部試すわけにも。数が無いのでこれ以上は無理ですね」

 

誰を連れていくかとなってハタと困った。

「與仁(イーレン)はいいが、後二人位荷物持ちが居ないと自分で持って歩くようだぜ」

「それで四人、困りましたな」

やはり先生はついてくるようだ。

困ったときはと界峰興へ使いを出すと夜に孜漢(ズハァン)が遣ってきた。

景延(チンイェン)二十一歳と甫箭(フージァン)十七歳を連れて行くように勧められた。

公主が銀(かね)の心配をする。

「兄は三千で足りるような暢気なものですがこの間、劉全が珍しい輸入ものなら一万両は用意しないとなぞと言っておりました」

「急に一万、二万と出てくりゃ苦労はないさ。ハァンに泣きつくか」

「ありますよ」

「どこに」

「劉全興に」

「借りたくないな」

「私から借りなさいな」

「あの銀(かね)」

「そうですよ。利もつかずに置いてあるだけですもの。劉全からあなたに預け替え」

劉全に手紙を書いて劉全興の銀千両信用状二十五枚を出してもらった、インドゥと公主は和信(ヘシィン)の為に預けてある銀(かね)を分割することにした、月に一度一万五千両ずつ預け替えをすると別の手紙もインドゥに持たせた。

なぜか劉全は預け替えの手紙をインドゥの了解があれば燃やすという「この男が言うには何かあるんだろう」と承諾し目の前で燃やした。

「銀(かね)は重いので金換算にして豊紳府へ届けておきますが、無理しないで。無茶は避けてくださいよ」

信用状を無条件で銀(かね)に出来るところは限られている、手数料に一割、急げば二割取られるからと何軒か紹介し、そこの資産状況まで話してくれた。

インドゥが孜漢(ズハァン)と受け取りに出向いたが心配性は相変わらずだ。

六人には多いかと思ったが、船で行くので多めに見込んで小出しに銀五百両、銀四千両、金千百両(銀なら一万千両)を分けてもった。

界峰興(ヂィエファンシィン)で銀(かね)を出してもらったが「これで貯えの半分ですから。全部献上してもびくともしません」と劉全とは違って鷹揚だ。

歩きの時は脚夫(ヂィアォフゥー・ヂィアフゥ)を雇う事にした方がいいとハァンは教えてくれた。

出達は二月二日昼に船で天津(ティェンジン)へ出ると決まり、支度にかかった。

 

 

平儀藩が何処で聞いたか例の護符を届けに大曲がりへ来ている。

「御秘官」に隠し事は出来ない、噂では影の長、粘竿処(チャンガンチュ)も支配下に入ったという。

上皇は政治を和珅(ヘシェン)、情報を平儀藩(ピィンイーファン)へ任せたらしい、劉全が老爺には内緒ということは老爺からではない様だ。

「私に何かあったら此処へ」

秘密めかしく教え、半分に切られ端に小さな穴の有る和国の「小判」を渡して、手のひらを開いて「これだけ有ります」と言う。

相手の名前を書いてその紙をインドゥとハァンの目の前で灰になるまで念入りに燃やした。

公主に昔遊びで作った隠し場所を教え其処へ「二人だけの内緒」と落とし込んだ。

「手のひらと言うことは五千両でしょうか」

「それなら秘密めいた事など言わないだろう、五万いや五十万両かな」

「もう、冗談ばかり言って」

取り出すには隣の部屋の寝床を壊すしか手はないと教えた。

「どの様に造られたのです、ご自分で」

「そうだこの棚は造らせた場所が気に入らぬと自分で動かした。それで入れることはできても壁事壊すようになってしまった。素人仕事はこんなものだ」

天津(ティェンジン)で蘇州(スーヂョウ)までの船を雇って運河の船旅としゃれた。

與仁(イーレン)が交渉したら「船の帰りもあるのでその分出せ」と言うので六人分の船賃、銀六百六十両で與仁(イーレン)が決めた。

インルゥーへのお土産を昂(アン)先生とペィヂァンが買い入れている。

仲介したやつは八百以下なら儲けだと言っていたそうだ、親切で紹介しただけだと云うので一杯おごって銀塊を一つ渡したと昂(アン)先生と話して居る。

徳州・聊城・濟寧と泊まり、休暇らしく街で一日遊んでは先へ進んだ。

黄河を横切って淮安で三日遊んだ。

黄河に甫箭(フージァン)は大はしゃぎで河へ手を入れようとして與仁(イーレン)に叱られていた。

この辺りインドゥが生まれる前には何度も大洪水が起きて城まで流される大災害も起きている。

船頭八人にご祝儀に一人銀五両はずんだ。

長江(チァンジァン)を横切り鎮江(チェンジァン)で三日船止めがあり、八人の船頭にペィヂァンが一人二両、昂(アン)先生も二両、インドゥも二両ご祝儀を出した。

宿は運河沿いの潘家の艮倦(グェンジュアン)酒店。

着いた夜に六人で大宴会だ。

話題はこの街では出歩いたことがないので何も知らないと一緒ということだ。

宿の女中は「有名なのは金山寺」だという。

どうやら行きたいものは居ないので女中は膨れている。

「船旅で遠出はきつい」

インドゥが取りなして機嫌は直った。

翌朝、與仁(イーレン)が寝不足でにやけて居る。

「なんだ女にもてたな」

昂(アン)先生に揶揄われてもへらへらしている。

街へ出るとき見送った女の眼が輝いている。

「あれか」

昂(アン)先生さすが昔、胡同で鍛えた眼は確かだ。

二十七日夕刻に明日夜明けから運河の通航が出来ると、船頭たちも順番待ちで大混雑の中、船で夜を明かしている。

夜が明けるのを待たずに船に向かうとき、見送る女の顔が別れを惜しんでいる。

どうやら四晩続けて女にもてたようだ。

「この色男が」

昂(アン)先生に小突かれている、確か三十七八の男盛り、うば桜にもてても不思議じゃない。

京城(みやこ)を出て二十九日目に蘇州(スーヂョウ)山塘河の星橋を潜って船着きに着いた。

インドゥは與仁(イーレン)に言って、船頭頭に一人五両宛の慰労金を渡して別れた。

インドゥ物好きにも橋の上から運河を見に行った、先に見える橋は人通りが多いがこちらはまばらだ。

橋に成化二十年改修とあるが橋番も何時ごろか知らないと云う、白居易が運河を整備したと云うのは教えてくれた。

運河近くの路西街に入ると繁絃(ファンシェン)飯店は賑やかな声で溢れている。

店を與仁(イーレン)がのぞくとインルゥーが見つけて表へ飛び出して「お付きに為りました~~」大きな声で店へ向かって怒鳴った。

康演(クアンイェン)やお仲間が店で酒を飲んでいる。

「今日は何の寄り合いで」

與仁(イーレン)が聞くと「哥哥が今日来ると聞いて集まった」と言っている。

「なんでしれました」

「お前さんのせいだ」

「あっしですか」店中大笑いだ。

天津(ティェンジン)で雇ったのは潘寶絃(パォイェン)の仲間の船で、たまたま天津(ティェンジン)まで客を送って来ていたそうだ。

本拠は丹陽(ダンヤン)の船だそうで、戻りの荷がないか探していたところへ與仁(イーレン)が来た、客を捕まえたと仲間内であっという間に噂が広まった。

與仁(イーレン)に紹介したやつもとぼけた野郎だ。

「じゃ、帰りの分も寄こせは」

「引っ掛かったのさ。蘇州から丹陽へ戻りは確かだ。別の船の船頭に蘇州まで急ぎの者がいて船止めの先まで出たそうだ。二日も前に鎮江からの話が来たぜ、船頭たち知り合いに出くわして笑い話だ。よっ、この色男」

昂(アン)先生思わず「プッ」と噴出した。

丹陽(ダンヤン)は昨日の午に通り過ぎた街だ、街のはずれで鐘を聞いた。

離れと後三部屋しか空いていないので聘苑(ピンユェン・飯店)に二部屋取ってあるという。

昂(アン)先生と輩江(ペィヂァン)は一度聘苑へ入って着替えてくるという。

店からぞろぞろ離れに大移動だ。

インルゥーは大忙しで飛び回っている。

「哥哥、今回はどちらまで」

「杭州、南昌、日に余裕があれば上饒霊山を回るつもりだ、足慣らしに杭州へは歩くつもりだ。港で出歩いても街道を歩くには足慣らしも必要だ」

「蘇州は幾日」

「明日から、三日ほど近在をペィヂァンと回ってみるさ」

康演(クアンイェン)に南昌までの脚夫(ヂィアフゥ)の相談をした。

片道二十七日一人銀二十両と帰りの旅費の十両で三人雇う事にした、銀二十両は東源興へ戻っての支払いと決まった。

街でお仕着せに葛籠もその分買い入れて渡し、泊りと飯は與仁(イーレン)と同等で康演(クアンイェン)が請け合った。

その晩は軽く仕上げてまた盃岱(ペェイダァイ)で四日午後から騒ごうと約束した。

戌刻前に皆引き上げてファンが「湯浴びをして下さい」というので湯殿で湯を浴びて用意された新しい物に着替えた。

部屋に戻ると待ちかねたようにファンが膝に乗ってきた。

「もう哥哥は薄情なんですもの」

「無理は言うな」

「手紙も頂けないなんて」

「それは無理だ」

「なぜです」

「俺はそれほど豆じゃない」

それを聞いて「ウフウフ」笑いながら体を捩っている。

「舒服(シュゥフゥマァ・気持ちいい)」

「最高だよ」

「本当ですか」

思い切り舌を舐って寝床へ運んだ。

顔がゆがんで前より凄艶とも思える顔で到達して泣き出した。

行った後で泣かれたのは初めてだ。

泣いているのも自覚していないらしい。

口を吸って舌を吸い上げるといきなり抱き着いてきた。

胸を押し付けインドゥの中へ入るかと思えるくらい力が強い。

「どうした」

「哥哥と一つに成りたい」

「好漂亮的胸呀(ハオピィアオリャンダションヤ・胸が綺麗だよ)」

そういうと顔が笑って「到上面来(ダオシャンミエンライ)」とせがんだ。

「哥哥は顔をちっとも褒めてくれない」

「你眼睛真美(ニイイェンジンヅェンメイ・眼が綺麗だ)。嘴巴很性感(ズィバフェンシンガン・口は色っぽい)。你头发真漂亮(ニイトウファヅェンピャオリャン・髪も素敵だよ)」

「嘘ばっかり」

そういって動きが激しくなった。

 

馮霽雯(ファンツマン)が亡くなった事を一行は知らぬまま旅を続けた。

嘉慶三年二月二十八日(1798413日)四十八歳死去。

 

 

杭州に入って平関元(グァンユアン)を訪ねたがあれ以来村から人が消えたそうだ。

「困ったもんだ」

「上の人って素直じゃいけねえんですかね」

分からなかった粒の話を聞いても「俺じゃ無理ですよ」とすげない返事だ。

インドゥは平大人とグァンユアンが仕組んだと思っていたが違う様だ。

 

南昌へ三月三十日に着いた。

昂(アン)先生も手控えを見て「五十九日目は早かったですね。甫箭(フージァン)と景延(チンイェン)もよく付いて来て呉れたものだ。褒美でも出さないと」と煽てた。

「褒美は南京(ナンジン)迄我慢だ、與仁(イーレン)に指南してもらって妓楼でどんちゃん騒ぎでもさせてもらいな」

與仁(イーレン)はもう顔がにやにやしている。

「與仁(イーレン)、その時は一人二十出してあげな。もちろんお前さんの指南料も出すよ」

五日かけて回ったが昔の道人の噂が残るくらいで収穫はない。

「やはりだめですか、あのカカオだけでは効果無いですかね」

「太医院で輸入できないのか」

「新大陸で無くて、どこか農園で取れれば安く入りそうだが」

「それいいですけど。最初に万と金がかかりそうですね」

「やるか」

「またぁ、哥哥は冗談が過ぎますよ」

「産地は山之上で雨が多くて暑いそうだ」

「調べたんですか」

「そりゃそうさ、千両ぶっ飛んだんだぜ」

「あの分からない粒が何か判ればいいですが」

「宣教師じゃ医薬の事は難しいか」

「傷の手当てに骨折を治せる人は多いですがね。薬剤までは、母国には詳しい人が居るようですが布教が制限されてちゃ遣って来ませんよ」

「あとは貿易商か」

「広州まで行きますか、チャオクリー(チョコレート)は有るはずですよ」

「お前も無茶な男だな。二千里は有るぞ、歩きゃ二十日で付きゃ奇跡だ。それに」

何か思いついたようだ。

「おい、もしかしておまえさんの休暇届けに土地の名は書いてなかったのか」

比べてみるとその他必要地域となっている、大きな許可印がバンと押してある、しかも必要の字の真上だ、書き足しとは言わせない。

「これなら行けるぞ。行ってみる価値は有りそうだ」

さて困った脚夫(ヂィアフゥ)は初日に帰してしまった。

「宿場ごとに雇いましょう」

ペィヂァンが一番気楽だ。

與仁(イーレン)は銭を支払い用に崩すのが日課になった。

「脚夫(ヂィアフゥ)に担がせるんだ余分に両替しときな」

昂(アン)先生もお気楽な一人だ。

翌朝四月六日南昌(ナンチャン)を出て南へ向かった。

 

 

二十日目、四月二十五日に広州(グアンヂョウ)に入った、日が伸びて宿場をうまく利用できた。

午の鐘が響く中、北側から街へ降りると多くの行きかう人が大声で喋りながら通り過ぎる。

昔、劉全から聞かされていた興基街の双顛行を訪ねた。

此処を通じて馬鈴薯(マァーリィンシゥー・potato)や甘藷(ガゥンシュ・sweet potato)を買っているというのだ、京城(みやこ)の近くでは玉米(ユゥミィ・maize)は畔や狭い耕地で栽培してくれても、高粱、麦の農地の転用をしたがらないそうだ。 

玉米(ユゥミィ・maize)は時期がづれたり生育の悪いものは牛の餌に為るのであっという間に広まった。

劉全の事を話すと「貴方がフェンシェンインデ哥哥」と感慨深げに挨拶をしてくれた。

まだ赤子の頃のインドゥを知っているという。

「はじめて劉全興との取引で京城(みやこ)を訪れた時に馮霽雯(ファンツマン)娘娘を紹介されましてね。あなたを椅子に座らせ女の子を抱かれていました」

その時インドゥは二歳くらいと思うと言って、全員に洋人の挨拶の握手を教えてくれた。

「この街で手を出されたらこうした方が話も早く進みます」

カカオにバニラの話には取引したことは無いという。

「チャオクリー(チョコレート)は貰ったことは有りますが、それほど美味い物では無かったですね」

十日ほど滞在するので宿を紹介してもらった。

この街では一番は茶の取引が大きいそうで、農産品は利が少ないというが代々それでやってきて乗り換える気は無さそうだ。

「三娘廟の西はあまり近寄らない様に。アヘンの闇取引の巣窟が点在しています」

張り出された街の様子を描いた絵図に手を遣り西街のはずれを指して教えてくれた。

城壁の近く「燈籠巷の繁苑酒店がお勧めだ」と親切に案内の者を付けてくれ、紹介状まで書いた。

着いたら與仁(イーレン)が吃驚している。

「まるで妓楼の派手な奴みたいだ」

案内の男はその言葉に「ここは街一番のいい宿だんよ。百人は泊まらる」とちょっと違った言い方をした。

脚夫(ヂィアフゥ)に余分に一人に差し一本ずつ与えて別れた。

店先で男が声をかけると番頭や女たちが出てきて温かく迎えてくれた。

男がさっきの手紙を出せと言うので渡すと庭先の大きな二階建ての離れへ連れて行った。

昂(アン)先生が男に銀の小粒を握らせて「ありがとうよ」と別れた。

「茶の支度をしてまいります」

女がそう言って下がると「まずいぜ。随分ぼられそうだ」と昂(アン)先生と與仁(イーレン)が話して居る。

「こうなったら、一日百両でも言われたら払えばいいさ。大分金持ち扱いしそうだ」

茶を飲んで菓子を摘まんで居たら何か外が騒がしい。

女が何か叫んでいる。

連れている子供を乳母らしき女に渡して駆け出した。

「だんなさまぁ~~」と聞こえる。

回廊伝いに声が近くなってきた。

全員がなんだと庭を見てみると、向こうの方で大勢人があつまって此方を見ている。

「だんなさま~~」女が部屋に飛び込んできたが、一瞬全員を眺めてインドゥの胸に飛び込み泣きわめいている。

誰だという顔のインドゥが顔を上げさせると見覚えがある。

「お前、フェイイーじゃないか。どうして此処にいる。吉安(チーアン)の商家に嫁いだはずだ」

梁緋衣(リャンフェイイー)十六でインドゥの格格に京城(みやこ)へ遣ってきた。

椅子に座らせると「旦那様は此処が私の実家と知って来られたのでは」と言い出した。

インドゥ迂闊にもそんな事、知ろうともしなかった。

「そういゃ実家は広州とは聞いたが。フェイイーは何も話さなかったぞ」

「だって旦那様が、そんなこと聞かないから」

そういや自分から話題を振ることはめったに無かったと思い当たった。

双顛行の顔円泰が劉全に推薦して格格になったと改めて身の上話をした。

詳しいことは後でお話ししますと男の子を連れて来た。

今年三歳だという「利発そうな顔立ちだ」インドゥが褒めるとフェイイーは嬉しそうに顔がほころんだ。

子を乳母に渡して何か言いつけて向こうへ行かせた。

フェイイーはこの建物専用の女中二人を紹介して、湯殿はお屋敷と同じ作りですと言って仕事を片付けてくると出て行った。

湯殿で汗を流し終わると見ていたようにやってきた、顔見知りの昂(アン)先生と二人で話を聞くことにした。

吉安(チーアン)の嫁いだ劉家で、相手が水難事故で亡くなり、路銀と田地を売った銀(かね)、嫁入りの時の残りの銀(かね)を渡されて実家へ帰されたという。

ひどい仕打ちを受けたわけでは無さそうだ。

戻ったら妊娠していたことが分かったが、取られるのを警戒し、婚家には言わずにここで育てているという。

嫁いだ姉たちは「フェイイーがここを継げ」と言うので店を仕切ることにしたという、姉たちは今更飯店の女将をやる気は起きない様だ。

父母に祖父母は健在で近くに住んで居ると云う。

顔大人、インドゥが経緯を少しくらいは知っていると思って、わざわざここを紹介したらしい。

鐘が響いてきた。

なんとこの街、洋人に合わせて朝六字点、昼十二字点、夕六字点に三か所の教会の鐘が鳴るというではないか、おまけに七字近くの夕暮れ時に回教の「アッラーフ・アクバル」の声もする、その合間に刻の鐘も鳴るという。

最後の鐘は戌で寅までは静かになると女中が部屋の置時計で教えてくれた。

 

 

昂(アン)先生が全員引き連れて夜の街へ出て行った。

ペィヂァンも妓楼だろうと思ってしり込みするかと思いきや、嬉しそうに出て行く。

この旅に出てから一段と肝が据わって、細かいことは気にしなくなった「別に太医院から追い出されてもいいや」位の様だ。

與仁(イーレン)に銀二百両持たせたので大盤振る舞いで騒いでくるだろう。

どうせ見張られていると思ってインドゥは昂(アン)先生と相談して居残りだ、インドゥ妓女に興味は起きない。

なぜなら纏足の女が嫌いで、音曲に興味がない。

画もよく理解できない、好きなのは酒、書に読み本、庭園、それでいて花は名前を覚えるのが苦手だ。

富察の一族が最近インドゥに隠密を付けたと劉全に言われて、行動は慎重にしている。

インドゥ「無駄金を使うほど富察も余裕があるんだな」なんて昂(アン)先生と酒のつまみだ。

「菓子を食い過ぎたから夕飯は抜く」と皆が出ていくと言っておいた。

女中が「後の御用事が無ければ朝は六字に私が出てまいります」

朝六字点から夜八字点までが受け持ちだという。

「緊急の御用の時は母屋との間の小屋に寝ずの番の者がおります」

街の案内でもあれば読みたいと頼んだ。

冊子を抱えてフェイイーが酒の支度を持った女中を連れて遣ってきた。

庭の向こうの食堂の喧騒も静かになり、遊びに出る者たちの声も聞こえなくなった。

船で潮風を浴びたような爽快な飲み心地だ。

そういうとフェイイーは「弟弟(ディーディ)の所で扱っています」と可笑しなことを言い出した。

確か五人姉妹の五番目だと聞いたが、ややこしくなりそうで聞くのを止めた、相変わらずいい加減な男だ。

立っていたフェイイーに「マァ立って居ないで座れよ」と対面の椅子に座らせた。

「勧めてくださらないのですか」

「おっ大分大胆になった」と顔がほころぶインドゥに、自分でグラスを差し出してきた。

手提げ盆に目が行くとあと二つある「飲むつもりを、余分に持ってきて胡麻化したな」と可笑しさを堪(こら)えて半分ほど注いだ。

つまみはPEANUTの塩ゆでだという。

殻のついたままゆでるほうが美味いと言いながら、またグラスを差し出してくる。

又半分注いだ、置いた瓶を取り上げてインドゥにグラスを空けろと言う。

立ち上がっても届かないのでインドゥに寄り添うように回ってきて催促する。

飲むとたっぷりと注いでにこにこしている、まるで悪戯っ子だ。

隣の椅子をインドゥの傍へ寄せて座った。

「このお酒、知っていました」

Scotch

「それ紹興酒というくらいいい加減なお答えですよ」

Campbeltown(キャンベルタウン)と言う地方の酒だという。

銘柄がないと言うと「密造酒ですもの書くわけ有りません」と「にゃっ」と笑った。

大分飲んだが酒に強いようだ、豊紳府の時代は弱い酒でも、盃で二杯も飲むと真っ赤になっていたが年とともに強くなったようだ。

インドゥがちょっぴりと飲む間にグイっとフェイイーは美味しそうに飲んでいる。

二人でひと瓶空けてしまった。

「お代わりを持ってきます」

立ち上がったが、ふらついている「大丈夫か」と手を出すとその手を引いて抱き着いてきて泣き出した。

「泣き上戸か」と困るインドゥだ。

「お別れしたく有りませんでした。旦那様が大好きです。あの頃に戻りたい」

最初の男だったインドゥは忘れられない男だ。

酔った勢いでつい抱き返して抱え上げる様に口を吸った。

フェイイーが後ろ手で瓶を机に置いて胸に顔をうずめて「昔のように可愛がってください」とつま先立ちで体を預けて来た。

インドゥにとっても初めての女だ、昔を思い出して服を脱がせ寝床へ座らせた。

「早くぅ」

フェイイーが誘うように囁く。

両手を床に着けて腰を持ち上げようとしている。

「昔と同じでいいわ。とっても素敵です」

男の自尊心をくすぐってくる、わずか二つとは云え年上の女だ、初めての後は自分がインドゥを支えようと努力して大人ぶっていた。

乾いた布で汗を拭いてやると抱き着いてきた。

「俺の汗でべとべとだ」

「旦那様の汗ならそのままでもいいの」とわざわざ乳を胸に擦り付けて喜ぶのは子供の昔の儘だ。

インドゥ、事が終わってから気になった「さっきは子供を産んだ後、再婚したか聞かなかった」というとインドゥを押し倒して「ひとりですっ」と怖い顔で言う。

十四と十六でともに初めて男と女になった二人は、心の奥底でつながっている、忘れる事などできない。

ボウリィエンが来るまで二人で学んだ夜の営みだ、少しずつ女の喜びが増してゆく日々はフェイイーの人生最高の時間だったはずだ。

インドゥだって初めて女にしたフェイイーだ、そしてフェイイーに男にしてもらったのだから。

二人の時間が戻っていく。

暫くそうしているとフェイイーの気が収まったようだ。

「なぁ。旦那様はやめてくれ」

「では、なんてお呼びすれば」

「皆は最近哥哥というので、店の者にもそう呼ばせてくれ」

「好いですとも。旦那様」と腰を押し付けて来た。

暫くそうして気も落ち着いたか、インドゥの体の汗を拭きとってから自分の衣服を身にまとった。

「哥哥」

「なんだ」

「ウォーリェンシー(我練習)」と笑った。

始末をして酒瓶をもって下がっていくフェイイーと入れ違いに賑やかに昂(アン)先生たちが帰ってきた、早いお帰りだ。

空けてある入口から椅子で冊子を読んでいるインドゥへ「哥哥、このペィヂァン、いつの間にか蟒蛇です」與仁(イーレン)が報告してくる。

酒だけで妓楼の女を揶揄って帰ってきたそうだ、残ったインドゥに遠慮したようだ。

つい笑ってしまった。

ペィヂァンに明日は此処へ行こうと怡和行の所を開いて見せた。

店の盛況ぶりが書かれている。

「十三行ですか、敷居が高そうだ」

「各国の東印度会社へ行くにも口譯(クォイィー)してもらえる者が必要だ。此処で借りだせば便利そうだ」

 

 

二十六日・広州(グアンヂョウ)二日目

「官医でしたら布政史役所へお頼みされたほうが良いですよ」

「そりゃ、ご親切に済まない。そうさせてもらうよ」

表で待つインドゥに「駄目だそうです」と怡和行から出て告げて来た。

珠江には大小さまざまな船が行きかっている。

インドゥはそれをぼんやりと見ながら「仰せの通りに布政史へでも行くか」と気にもしていない。

若い男とフェイイーが船から手を振っている。

船着きから駆けてきて「何、ぼんやりとしてるんです哥哥」とそでを掴んでくる。

「街中でやめろよ、みっともねえ。男が笑っているぞ」

「あっ、これ弟弟(ディーディ)の呉運宣(ンインシュアン)」

「昨日聞き忘れたが酒を仕入れているという人か」

「そうそう」

「フェイイーは女五人の一番下のはずじゃなかったか」

「あっとそうね。一番上の姉の子、私とふた月しか違わないのでムゥチィンの乳で育ったから乳飲み姉弟」

「お噂はいやというほど聞かされ居ます。昨日広州へと聞かされていました。立ち話もなんですから店の方へどうぞ」

河岸の表通りから裏へ回ると間口の広い店で十人ほどが荷作りをしている。

十五.六くらいの男が盛んに帳面を持って行ったり来たりしている。

「儲賢(チューシィエン)」

「なんです姐姐(チェチェ)」

「紹介してあげる。この人が京城(みやこ)の旦那様」

「えぇっ、嘘だと思ったら、ほんとにいい男なんだ」

遠慮なんてない男の様だ。

「口の利き方に気をつけてよ」

声を潜めて「大臣の一人なんだからね、布政史より位は上よ」と怖い顔してる。

「おお、おっかね」

何て言って仕事に戻っていった。

「すみませんね哥哥。いつも生意気で困っちまう」

ペィヂァンは面白そうに荷作りを見ている。

接待用の部屋は豪華だ、卓に茶の支度をしてまだ荷造りを見ていたペィヂァンも座る様に勧められた。

「街では、哥哥の御屋敷をおん出された出戻りって言われてるんです。だからみんな遠慮のない付き合いが出来ます」

「すまねえ。俺のせいで苦労をさせた」

「苦労何て、老爺(和珅)のお立場ならあの時はそうするしかありませんよ。それに子供も産めたし、昨日」

危うく口を滑らしそうになって「おいで頂いて本当にうれしいです」と繕った。

「なんで伍浩官なんて処へ」

怡和行はこの街いちばんとうわさだ、伍浩官は伍国寶の事だ。

「口譯(クォイィー)でも紹介してもらうつもりで聞いたら、この太医に布政史で頼めと門前払いさ」

呉運宣が聞いてきた。

「どこの言葉です」

「英吉利か西班牙」

「英吉利ならいくらでもいますよ」

後で繁苑酒店へ連れて来てくれることになった。

「ここも大きいですけど。十三行の一つですか」

「いやいや、本家は同順行と言いますが、うちはその下請けの地方への発送が主な仕事です」

夜になって異国の風貌の女の子を連れて来た、ツンと上を向いた鼻が可愛い。

昂(アン)先生と二人で会うことにした、どうやら此方の事はフェイイーより詳しいらしい。

「藺香蝉(リンシィアンチェン)と言います。これでも十九です」

「余分な事言わないでよ哥哥」

「わりい、私の妻子(つま、チィズ)の妹妹です。姉には内緒ですが、これでも結の一員に今年成りました」

「ということは、あなたも」

「ええ、そうなんです。こいつは教えられて居ませんでしたが良い機会なので話しておこうと思います。それで和孝(ヘシィア)様ちょいとお耳を」

「結はともかく「御秘官」と和信(ヘシィン)様の事、話してよろしいですか」

インドゥ驚いた此処にそこまで知っている結の男がいたことをだ。

「平大人と知り合いかい」

「砂糖の取引で年に二.三度くらいはお会いします。ああ、それと姉にはひと払いするように頼んであります。昂(アン)先生の事は教えられております」

香蝉(シィアンチェン)は義兄の話を熱心に聞き入った。

「御秘官」、阿公と言われた呉智雷(ンヂレイ)の次の長がインドゥの曽祖父の馮英廉であることも告げられた。

呉智雷(ンヂレイ)は近くは無いが親類にあたるそうだ。

「結」と結の結社が和信(ヘシィン)様を守っていることもつげられた。

「結」と「御秘官」は昔から密接な関係と言うこと。

「御秘官」と粘竿処(チャンガンチュ)はフォンシャンの息子を支持している等々だ。

上皇は「御秘官」と「結」、漕幇(ツァォパァ)らをうまく使い郷紳(シィァンシェン)と連携して反乱を抑えていることもだ。

 

汚職官吏をすべて駆逐すれば統制が取れなくなるのが上皇の悩みだ、「結」の密輸は上皇以前の康熙帝の時代より続いて黙認されている。

国費を使えない秘密の銀(かね)は、漕幇(ツァォパァ)らを通じて反乱を押さえる郷紳、郷勇達に武器を揃えさせる重要な資金なのだ。

郷紳、郷勇が反乱を起こせば国は破綻する、ぎりぎりの釣り合いを取るのが「御秘官」と結の役目だ。

貧民の救済は政庁の予算だけでは賄いきれず、反乱には代々の皇帝も手を焼いている。

反乱は宗教の名をかたり、略奪を繰り返している、八旗、緑営の兵は弱い、郷紳(シィァンシェン)、郷勇(シィァンイォン)の協力無くして国を維持できない。

国内の銃器生産は遅々として進まず、輸入する資金も乏しい。

嘉慶元年正月,是年「會計天下民數二億七千五百六十六萬二千零四十四名

275662044人)」

正確な人口はこれをはるかに上回るはずで少ない官吏では統制が取れず、国庫は疲弊している。

 

この年(嘉慶三年・1798年)王聡児(白蓮教教主斉林の妻二十二歳)・姚之富(斉林の弟子)は湖北で自害して反乱は下火へ向かってきた。

反乱は和珅(ヘシェン)、和琳(ヘリン)、の搾取が要因と日本の歴史は伝える。

この時代、二人の台頭以前から続く騒乱をすべて二人の搾取のように日本の歴史家は伝えた。

八卦教の教徒であった王倫が官からの弾圧を期に蜂起したのは乾隆三十九年(1774年)、和珅(ヘシェン)はまだ三等侍衛だ。

ウイキペディアは劉之協の捕縛を和琳(ヘリン)に命じそれを利用して簒奪をしたと記すが。

劉之協は安徽から逃亡し湖北樊城に匿われたという。

湖北樊城は湖北省襄陽市、下記の貴州(四川の南・湖南の西)とは1300kも離れている。

確かに捕縛を命じられた官吏による簒奪は行われたと伝わるが日本語のサイト以外ほとんど和琳(ヘリン)による簒奪を記述していない。

劉之協はさらに湖北へ逃げ出し組織を再編した。

武昌府同知常丹葵が捕縛に向かい、富裕な者たちを恐喝したと歴史家は見ている。

劉之協は嘉慶五年六月汝州から叶県へ向かう途上捕えられて北京へ護送され、凌遅刑に処されたという。

 

貴州(四川の南・湖南の西)石柳鄧の反乱初期は雲貴總督福康安に討伐が命じられている。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/5c/Raising_an_army.jpg

四川総督の和琳に命じて福康安を補佐と歴史は伝えている。

福康安の死去後和琳(ヘリン)は乾州(旧称・四川省境近辺を指す)を取り戻し、陣中において嘉慶元年八月二十七日(1796928日)に死去している。

石柳鄧は明亮軍に嘉慶元年十二月十七日(1797114日)に殺害された。

 

 

段階ごとに教えられる手印があるので、シィアンチェンに上の段階の手印を使うことを呉運宣(ンインシュアン)が許可した。

「明日から香蝉(シィアンチェン)が付いて広州を案内してお役に立ってくれ」

「好いわよ哥哥、任せなさい。フェンシェンインデ様はどう呼べばいいの、哥哥は哥哥と言ったり和孝(ヘシィア)様と言ってるけど」

「そいつは和孝(ヘシィア)様が結に哥哥で通るからさ」

「じゃあたしも哥哥で好いの」

「そうしてくれ」とインドゥが頼んだ。

バタバタ音がして「お帰りですよ」とフェイイーの声だ。

「入って呉れ」

フェイイーは「話は」という傍から與仁(イーレン)の大声が響いてくる。

「なんでぃ、今日も振られたか」

昂(アン)先生がすっぱ抜いた。

昨日も與仁(イーレン)はお目当ての妓女に振られたという。

其処へ一同が遣ってきて入口で「お先に休ませていただきます」なんて言うと二階へ上がっていった。

「ペィヂァンは入って呉れ」と呼び止めて香蝉(シィアンチェン)を紹介した。

子供に口譯(クォイィー)がと言う顔だ。

 

二十七日・広州(グアンヂョウ)三日目。

チョコレートにカカオなんぞ儲けの少ないものを扱う商社は見つからない、英吉利の東印度会社へ行くとそれでも親切に聞いてくれた。

インドゥと同じくらいの男にその場で「君知っているか」と話を振った。

「家の繁が菓子を取り扱うので連れて行きますよ」

「じゃ頼む」

藺香蝉(リンシィアンチェン)に「ついて来いよ」と顎で道を教えた。

「敦元(トンユァン)哥哥、暇なの」

「馬鹿いえ、忙しいから抜けて来たんだ。此処で茶をしてれば商売の取引みたいだろ」

三人が付いて行くとこの前ペィヂァンと話して居た男だ。

「なんだ香蝉(シィアンチェン)が口譯(クォイィー)に為ったのか」

「そうよ、カカオは扱うの」

「来るけどほしい奴が来ない」

「荷はあるの」

「たくさんあるよ」

「どのくらい」

「全部ほしいか」

「焦らさないで教えなさいよ」

「女の子を揶揄うのが面白いのさ」と敦元(トンユァン)という男が笑っている。

何時もの事のようで「フン」とそっぽを向いて「早く言いなさいよ」と怒る振りをして居る。

荷を見せて見本を出して全部で金二百両だという。

二人で金三百両に銀六百両担いできた買うか考えた。

「なんでそんなに高いのよ」

「内緒だが都から太医院の医者が探しに来てる」

ペィヂァンの方を見て片目をつぶってきた、お道化た野郎だ。

どうも妓楼での話が漏れたようだ、それとペィヂァンの口譯(クォイィー)を探してるを繋げて商売になると踏んだようだ。

「どうします哥哥」

香蝉(シィアンチェン)は値段が高いと思う様だ

「薬じゃなくて菓子で献上ならいいんじゃないですか」

ペィヂァンが言うのは「官費」の買い物じゃないということだ。

船便を聞いたら明日、上海までの船で荷が出せるという。

その先は「船に一人くらいなら載せられるから向こうで」なんていい加減なこと言う。

聞いたら蘇州の荷だというので東源興へ送りつけることにして手紙を書いて荷と一緒に受け取ってもらうことにした。

送料は百三十梱分銀三百六十両に負けるという。

茶店で一休みした。

「京城(みやこ)へ直じゃ不味いですか」

「半分は売らねえと。全部は勘弁してくれ、それと献上は食えるように加工してからだ。それには職人も見つけるようだぜ」

「それもそうですね。で、私たちも帰りは船にしますか」

歩きが面倒になったようだ。

十三行の前は河が二手に分かれ陸側の入り江の奥は先でまた珠江と繋がっている。

茶店のあるこの辺り同慶大街というらしい。

他の店で聞いてもチャオクリー(チョコレート)は商売にするほどの量は来ないそうだ。

売っている店も少ない、買い占めるほどの量もないと分かって試しに食べる程度買うことにした。

「安済」と言う船主は五月三日に杭州(ハンヂョウ)への船便があるという。

香蝉(シィアンチェン)が交渉したら一人銀八十五両で乗せるという。

「飯だが朝は粥、夕は万頭。うまいのを食いたきゃ港でたらふく喰いな」

支払をして朝の乗船を約束した。潮位表で昼に引き潮に乗せて出港するという。

対岸の砂浜に乗り上げて繋がれている、フジツボをこそぎ落とすのが見える。

「あそこは浅いの。だからああして手入れして油(タール)を塗りなおすのよ」

沿岸交易なのに三枚帆だ、密輸で外洋まで出られそうだ。

予定は十八昼夜、四か所港へ泊まるという、ほかの夜は島影で休むそうだ。

杭州(ハンヂョウ)到着は五月二十一日夕刻という。

「付けたらご愛敬だ」

風任せの船旅に近い、逆風の時は帆の操作でどうにか進むくらい、英吉利人の大船は風に逆らって難なく進めるそうだ。

泊まる港は汕頭(シャントウ)、厦門(シャーメン)、泉州(チュワンヂョウ)、温州(ウェンヂョウ)、だという。

船主は話し好きのようで面白おかしく港の事を教える。

「俺が子供頃は呂宋(ルソン)へ密航させる船は一人六両で運んだそうだぜ。ひと船で百から百五十も乗せたそうだ、貨物以下だな」

今と違い汛口の検査は緩やかだったという。

この船は港ごとに二泊するという、とうことは直行なら十日かとペィヂァンが聞くと「千五百なら借り切りを紹介する」という。

インドゥおもわず安いと言ってしまった、香蝉(シィアンチェン)が呆れて居るのが分かった。

「どうして安いと思うの哥哥」

「陸で五千里と聞いた。いくら夏でも五十日は掛かる。歩くよりゃよっぽど楽だ」

「ねぇなら杭州から運河で帰る」

「そりゃいいな。暑い中汗みずくで歩くより楽でいい」

「手配しょうか」

「俺たちの船より早いのか」

「荷だけの直行があるわ」

「さっきの千五百はその船と同じか」

「そうよ荷と同じ扱い、でも夜は港で停泊して十一日目に着ける予定、ほとんど毎日出ているわよ。大体往復の荷運びで手にできるのは八百から千」

船主がげらげら笑っている。

「杭州から運河で蘇州、其処で荷を積んでいくから、後は適当に休み休み都まで」

「それこそ千五百なら請け合うわ」

「よし来た任せるが。全部先払いはむりだ、蘇州でなら払える」

「手付に銀で五百ある」

「金錠なら有るぜ」

「じゃ付いて来て」

城壁沿いに東へ行くと島がある長い橋(山なりで下を船が抜けられる)を渡ると太平街だという。

「王太太(ワァンタイタイ)いるの」

「いるよ。入っといで」

衝立の向こうから声だけする。

「お客を連れて来たわよ」

立ってきてペィヂァンとインドゥを見比べている。

評価が付いたようで「座りな」と手で長椅子を示した。

「こっちがフェイイーの好いひとか」

インドゥを指して香蝉(シィアンチェン)に聞いている。

「そうよ姐姐(チェチェ)の元の旦那」

此処にも噂が広まっている、どんなふうに流れているやら。

「昨日の話じゃ首ったけだと聞いたよ」

「そうらしいわ。燼(もえぐい)には火が点き易い。だわ」

客をほっぽり出して噂話だ。

「それで何の客だい」

「明日の船で連絡を取って、杭州から京城(みやこ)までの運河を六人と荷を運んでほしいの」

「いくら出せる」

「荷は少ないの、聞いてない私が仲介したの」

「知ってるさ。こら、どこが少ないんだよ」

「百三十梱だけよ、それも運ぶのは半分だけ一つずつは小さいのよ」

そう言って「これくらいが六十五」と葛籠を指した。

おいおい、噂が広まるのが早すぎるぜとペィヂァンと顔を見合わせた。

「荷はどこで積み込むんだ。杭州か」

「ううん、明日の蘇州までの便で出すから東源興で受け取ってよ」

「いつ、杭州で船を用意すりゃいい」

「安済では五月二十一日夕刻に着くと言ってるわ」

「あのぼろか」

「ぼろは可哀そうよ、今フジツボに牡蠣をそぎ落としてるわ」

「いくら出せる」

おっやっと駆け引きか、インドゥは興味がわいた。

「手付は、哥哥今銀で五百持ってる」

「ああ、ここに金錠ならその分あるよ」

置いた葛籠を指で指した。

「それ手付」

「ふぅン、あとは」

「蘇州で残りを渡すわ」

「お前も行くのかい」

「聞いてないけど、連れてく」

インドゥ慌てて否定した。

「まさか仕事があるだろうに。脅かすなよ」

王太太が大笑いしてる。

「このお人、気が柔そうだ」

「驚いた」

二人掛りで揶揄われた。

「連れて行ったらどうです。波斯の衣装で行けば平大人腰を抜かしますよ」

ペィヂァンまで喜んで参加してくる。

河筋でパォイェンチェチェの耳に入ったら、どうなるか想像しただけで寒気がするインドゥだ。

「そういえば香蝉(シィアンチェン)は波斯の血でも」

「希臘と埃及が母は半分、父は波斯が半分、広州人が全体の半分ね」

「それでどこの国の人に似てるの」

「母は埃及だと言ってるわ」

薄茶色の瞳はどこの国の特徴だろうと思っていたようで、漸くペィヂァンは納得したと満足そうだ。

太太が「広州はごっちゃさ」と言って「だからいくら出せるんだい、ごまかしても駄目さ」ときた。

「負けてね」

「先が五百、蘇州で八百、停泊地でのお約束は八人乗せるから一日八両。蘇州は一日一人一両だ」

「幾日くらい、蘇州は抜いて」

「二十二日」

即答で帰ってきた。

「分かったわそれだけ保証する」

「よし来た。早速手配するよ」

話が早い、ペィヂァンが驚いているがインドゥだってびっくりだ。

金錠一両は銀錠十両で王太太が良いと受け取った。

燈籠巷、繁苑酒店へ戻って與仁(イーレン)の帳面へ書入れをさせた。

「哥哥、この泊まる日の報償の合計はどうします」

「百七十六両と蘇州は荷船次第だからまだ分からないわ。ね、千五百で済みそうでしょ」

「大したもんだ、恐れ入つた」

ペィヂァンも「計算が追い付きません」と本当に日よけ帽を脱いで脱帽した。

船の日まで自由にしろと與仁(イーレン)に言うと嬉しそうだ。

女中が景延(チンイェン)と目配せしてくすくす笑っている。

ペィヂァンが気になって聞いてみると文が昼に来たそうだ。

相手となりゃ妓楼の女の様だと誰でもわかる。

毎日来て金払いがいい、この男が仕切っている、そうなりゃ妓楼のほうが女を煽てて文くらい寄こす。

二十五日について慰労の宴会。

翌二十六日も宴会の続き、ふた晩で銀八十両使った、ほかに自分の懐からも女に出した様だ。

二十七日、今日文が来たからには自腹でも行くだろう、このところ使うところがなくて懐は温かいはずだ。

妓楼は最低の春を売るだけの所から、二胡(アルフ)、三弦(サンシェン)、牛腿琴(ニウトゥイチン)に書画の手ほどきも子供の時から仕込む高級店まである。

景延(チンイェン)と甫箭(フージァン)は妓女に持てているのだろうか。

昂(アン)先生が甫箭(フージァン)と戻ってきた、別口でバニラの探索だ。

「駄目だな。あんな胡椒より高い物、三年以上扱うやつを聞いたことがないと言われた」

「こっちはカカオを買い入れた」

「申に行った香料問屋はもう知っていたよ」

この街で隠し事は出来ない様だ。

「大分ぼられたようですよ。哥哥」

「承知で買い入れた。フォンシャン(皇上)の耳に入れば儲けたとは言わないだろう」

「富察の耳ですか」

「そういうことさ。チャオクリー(チョコレート)も商売には無理だった。酒の摘みか、菓子の代わり位の分だが豪く高く取られたぜ」

船の事を話して残り四日、與仁(イーレン)に景延(チンイェン)と甫箭(フージァン)を昼は交代で夜は野放しにして派手に吹聴させようと決めた。

「ペィヂァンはどうする」

「私は、妓楼遊びは飽きました。明日からは自由に出歩いてバニラと薬剤を聞いて回ります。できれば昂(アン)先生に用心棒を」

「そいつは好い。聞きまわるのは苦手だ」

二人はまだそれぞれ十分に持っているから買い入れに困らないという。

「重いから持って歩きたくない」

ペィヂァンの言葉に與仁(イーレン)はもっと持ってくれれば楽なんですとほざいている。

「哥哥は」

「おれもぶらぶら街歩きだ」

「私案内するわよ」

「約束の仕事は終わりだぜ。遊びに付き合う余裕があるのか」

「インシュアン哥哥とは来月三日まで約束したわ」

「仕事は好いのか」

「哥哥の用心棒」

ペィヂァンが可笑しそうに顔をほころばせた。

朝九字に来ると香蝉(シィアンチェン)は帰っていった。

荷物をインドゥの部屋へ置いて五人は勇んでまた妓楼へ出て行った。

與仁(イーレン)には全部なくなるまで遊んで好いと言った手前、今日は止せは言えない、飽きたというペィヂァンも連れ出された。

 

皆が出ていくとフェイイーが女中と食事の支度をしてくれた。

フェイイーは、後は私がと女中二人を休ませた。

インドゥに付きっきりで世話をする。

「フェイイーは食べたのか」

「子供と早めに」

インドゥが食べ終わると庭の夜番を呼んで二人で卓から残りを下げていった。

暫くして酒を持たせてやって来た。

「昨日は何も飲まないと仰せでしたから」

期待していたようで酒を注ぎながら恨めしそうに見てくる。

「今日のは知っていますか」

「仏蘭西語らしいが見たことない、色はScotchと似ている」

「メゾン・レミーマルタンと言います。ワインの焼酎というほうが分かりやすいと弟弟(ディーディ)が」

「ブランデーというやつか」

「知ってるいるじゃないですか」

「それだけだ」

「本当に」言い乍ら椅子を寄せて来た。

「本当だよ」

「英吉利人はレミーマルタンと言います。仏蘭西人はもっと優しく言います」

好い香りだScotchより好きになりそうだ。

二人で時間をかけてゆっくりと飲んだ、杏の干し物に干し肉を持って来てあり、それを口に入れると鹿肉だ。

「ほう、あいつらも鹿を食べるのか」

「英吉利人はなんでもがつがつ食べます。仏蘭西人はこんなもの食べ飽きたという顔で全部食べます」

全部飲み切るのは無理だな、そう思うのが伝わったように栓を堅く押し込んでグラスの残りをぐいと開けて、寝床へ誘ってきた。

小さかった体も年相応な柔らかな肉がついて抱き上げると昔より重い、首へしがみつかれた。

寝床へ降ろすとさっさと裸になり手を差し伸べて来た。

それで十分満足したようでインドゥの体を拭いて自分の始末をつけると部屋を出て行った。

街の案内を読んでいると遊びから酔っ払いが帰ってきた。

「あっ、酒の匂いだ」

ペィヂァンが鼻を蠢かしている。

「嗅いだことない酒ですね」

ついてきたフェイイーが「白蘭地(ブランデー)ですよ。飲みます。まだありますよ」と誘っている。

フェイイー、菜(さかな)と新しい瓶を持ってきた。

「奶酪(ナイラオ)ですが口に会いますか」

昂(アン)先生は鹿の燻製はうまそうに食べている癖にナイラオは手を振って断わっている。

匂いがきついが與仁(イーレン)は大喜びだ。

それでチャオクリー(チョコレート)を出したら酒と会うので景延(チンイェン)と甫箭(フージァン)まで摘まんで喜んでいる。

チャオクリー(チョコレート)は全部なくなった、フェイイーが買っておくというので店を教えておいた。

 

 

二十八日・広州(グアンヂョウ)四日目

夜明け前から「アッラーフ・アクバル」と聞こえてくる。

明るくなり起きたら六点鍾が鳴っている。

昂(アン)先生以外は降りてこない。

「哥哥は昨日あれだけ飲んでよく平気ですね」

昂(アン)先生、インドゥが先に一人で半分以上あけたと勘違いだ。

「まさかあの隙間は全部俺が飲んだわけじゃないよ」

「フェイイーが付き合いましたか」

「本気で飲ませたら俺より強そうだ」

まさかねという先生の顔だ。

七字に為っても降りてこない。

時計が半を指すと料理人が粥の鍋を下げに来て裏へ回った、インドゥ物好きについてゆくと十人ほどの貧民が木の匙と椀をもって待っている。

配っていると別の鍋をもって表の料理人が来て二回り目を配っている。

捨てるよりましだなとインドゥは部屋へ戻った。

降りて来た與仁(イーレン)は粥がないので驚いている。

遠目に降りてくるのを見ていたようで料理人が湯桶を持って来て粥を注いでいる。

「なぜ今日は鍋じゃないんだ」

「降りて来ないと煮詰まるね。焦げたの食べたい。でも鍋底焦げるのいやだね。表の人は鍋を下げたらおしまい」

部屋の時計が九字に為る前に香蝉(シィアンチェン)が遣ってきてまず「自分の店を案内」するという。

燈籠巷から西へ一里ほどで孔廟(コンミャオ・孔子)があり朝のうちから参詣人で溢れている。

此処の裏手の天后廟(ティンハウミャオ・媽祖)との間が昼一番の繁華街だそうだ。

大観橋のたもとに細長い三階の建物がある、橋向うは十三行の金持ちの屋敷街だという。

下は店で二階が事務所兼倉庫に泊り番の寝床だそうだ。

店は昼間からランプが灯っている。

「もう来た」

「来たよ。嬉しそうに見ていた。それで言い値で売れた」

なんだと思ったら玉の仏像で、高く売れるそうだ。

仏像は土産物にしては好い値段をつけても仏蘭西人は買い入れるという。

飾ってあるのは木彫りの仏像に筆と硯だ。

女の子が一つ一つ手に取っては布で拭いては端から飾ってゆく。

埃は無さそうなのにと見ていると「あの子はそれが仕事。一日中端から端まで終わればまた最初から。観に来た客がここは不潔だなんて思わないようにね」という傍からぞうきんを絞って男の子が床を拭いている。

「あの子はあれが仕事。客が来れば裏で休めるの」

「客が来ないと」

「飯以外は掃除」

硯を見ていると「買うかね」と老爺が眼鏡をずらして聞いてくる。

香蝉(シィアンチェン)が笑ってみている。

「硯相は好いが古硯に似せたまがい物だ」

「ほお、どこの産かわかりそうだが」

「松花江緑石硯で古硯は笑わせる」

「爺爺(セーセー)それ偽だったの」

「古硯に見せてなきゃ本物さ。どこかの阿呆が宋の時代を付けようと余分な彫を付けちまって値打ちが無くなったのさ」

「よくわかったわね」

「媽媽(マァマ)は毎年書が上手くなるようにいろんな硯をくれるのさ。残念ながら見る目は出来ても字はからっぺただ」

黙って分厚い冊子を寄こした。

「すごいね。これ本物なら百や二百はふんだくれる」

「どこが悪い」

「板橋、これじゃ御本人が泣く、ほかはよく出来ている。拓本だけでも値打ちもんだ」

拓本は半分の折り目はうまくかわして一字ずつが見事に浮き上がっている。

「わざと弾けさせたがいけないか」

「六分半書は伊達じゃ書けない。諦めるんだね」

「だけど。まぁいいか」

「どうした」

「和人が欲しがるんだそうだ。長崎から催促されてる」

「本物を売りゃいいじゃねえか」

「無いんだ」

それじゃしょうがないと落ちが付いた。

珠江(ヂゥジァン)沿いの外国商館を見に行った。

六か国の旗がはためいている。

「念のため西班牙に聞いてみますか」

「銀以外に売り込むものを持って来ているかな」

「お茶との交換が多いわね」

昨日の敦元(トンユァン)が英吉利商館から出て来た。

「やぁ、まだカカオでも探してるのかい」

「バニラを持って居ないか手分けして回っています」

鼻の下をかきながら倍だすなら俺も回るという。

半分は手数料だということだ。

「もう、宛がある様だね」

「もちろんさ。そっちで見つけても勝手に買えないから何処か入れれば六掛けで取られる。それか時間を節約するかの違いだ」

「もしかして西班牙商館」

「おっ香蝉妹妹、鋭いね、でも金と同じくらいは取りそうだぜ。俺が交渉すれば投げ売りも期待できるぜ。かけてみな」

面白い男だとインドゥは感心した。

「今日は現金をあまり持って来ていない」

「好いとも香蝉(シィアンチェン)が保証すれば万でも後払いで好いさ」

「ほんとにいいの」

「俺は構わないよ。店は怒ったら自分の銀(かね)で始末する」

若しかして香蝉(シィアンチェン)に気があるのかと思ったら「妹妹(メィメィ)に手を出したら殺す」なんて言っている。

「俺を見くびるな。手なんか出さないよ」

西へ三軒目、スペイン王国の国旗の下を商館へ入った。

アマンシオ・ソテロだという二十歳くらいの若い男が通訳と出て来た。

「バニラね、仏蘭西人と白耳義の公爵が幾らでも欲しいと買うらしくて高い」

「それで東洋には来ますか」

「来るけど高い少ない、貴重品」

この口譯(クォイィー)どこの人間だと耳を疑う可笑しな言葉だとインドゥ知らん顔して壺を眺めていた。

それを見て香蝉(シィアンチェン)も仕方なさそうに椅子に深く腰掛けて成り行きを見ている。

「噂聞いていないのか。京城(みやこ)の医者が探し回ってる。いくらでも買い受けるそうだ」

昂(アン)先生の話とペィヂァンの話がごっちゃになって噂を呼んでいるようだ。

敦元(トンユァン)は「じゃあきらめよう。好いな香蝉妹妹」ってやっている。

「じゃまた儲かりそうな話が来たら」

帰ろうというのでインドゥも後からのそのそ付いて行こうと歩き出した。

アマンシオ・ソテロ「は、気が短すぎるよ。負けるから戻りなさい」と慌てて言い出した。

「値段と量は」

「茶の目方で二千斤しか持ってない。十両金錠百個にしてあげる。大負けだよ」

千両の金は七百五十斤程度と敦元(トンユァン)が教えてくれた。

金と同等は末端の価格の様だ。

インドゥの方を見て「どのくらい負けさせる」にソテロは大あわてで「負けない」と怒鳴っている。

「莢無しなら言い値、有なら半値でどうだい。香蝉(シィアンチェン)もそれならいいだろ」

聞いたらさらに怒り出した。

「もう売らない」

湯気でも出そうだが敦元(トンユァン)は慣れているようだ。

「しょうがない帰ろう」

「わかったわかった。莢有だから半値で好い」

「明日、金と交換で引取る」

口譯(クォイィー)が書類を出して名前を書けと敦元(トンユァン)に言って十両金で五百両と書かせた。

これ以上値切れない様に焦っているとインドゥは可笑しかった。

これだけの交渉に一字間も掛からなかった、駆け引きの腕はいいと感心した。

売りたくても買い手がいなかったようだ、話がまとまり持っている銀(かね)を呉運宣の所で金にしてもらうことにした。

敦元(トンユァン)は繁苑酒店まで付いてきた。

西班牙商館に十両金錠で五百両、敦元(トンユァン)にも五百両。

與仁(イーレン)を呼んで、全部を調べると金錠換算で三百二十両有った。

残りは銀二万五千両の信用状と先生たちが持ち歩いている分。

千両二十五枚、インドゥは思い切り全部金にするかと思った。

 

劉全は蘇州、杭州、寧波だろうと、まさか広州まで足を延ばすとは思わないから、南京、景徳鎮までは教えたがここでの交換先は教えていない。

興基街の双顛行とも思ったが面倒になって、與仁(イーレン)に預けた信用状を出させて「これをどこかで金にしたい」というと敦元(トンユァン)はざっと見てあっさりと八掛けなら買うという。

銀(かね)は與仁(イーレン)に戻して三人で怡和行へ向かった。

店で番頭たちが信用状を一枚ずつ冊子と比べている、よっぽど許可状を出して身元を言おうか悩んだころ敦元(トンユァン)を連れて中へ入ると、十両の金錠を持ち出してきた。

百錠は手元に置いて、百錠を敦元(トンユァン)に渡すとあっさり番頭に渡して「荷を受け取ってそのまま呉運宣の雷稗行へ届けてくれ」と店を後にした。

「上手くいったろう」

ほくそ笑んでいる。 

「おいおい、信用状も高く売りつけたな」

「ばれたか。今日一日で大分儲けさせてもらった飯でもおごろう」

どうやら行ってこいで金錠で参百両は自分の儲けのようだ、この分だと身元もばれている。

福徳里の繁萬(ハンウァン)という湘菜(湖南料理)料理屋に上がり昼には遅いが豪勢な食事で接待してくれた。

店の前で敦元(トンユァン)と別れて雷稗行で品物を受け取ってもらう話をした。

香蝉(シィアンチェン)の家まで送って帰るというと用心棒なんだから送ると聞かない。

繁苑酒店で別れの挨拶していたらフェイイーに見つかり、香蝉(シィアンチェン)も中へ連れ込んだ。

與仁(イーレン)に金を渡したらがっかりしている。

軽くなるどころか紙が金になって、割り当てが増えてしまった。

昂(アン)先生たちが帰り、バニラは手に入ったがまともな品物か帰って検査が必要だと相談した。

輩江(ペィヂァン)の仲間で検査してどんな効果があるか調べることにした。

「効果なしだとどうなります」

「菓子屋に売るか、チャオクリー(チョコレート)に入れるそうだぜ」

「カカオにチャオクリー(チョコレート)など売る店がありませんよ」

「饅頭はどうだ。そうだ蛋糕(ダァンガァオ・カステラ)ってのはどうだ

これにはみんな呆れている、豪く高い菓子になってしまう。

さすがに今日は輩江(ペィヂァン)と昂(アン)先生は妓楼はやめだという。

それで最後二日の夜に盛大に遊んでこようとなった。

フェイイーが心配してやって来て番頭を二人付けて香蝉(シィアンチェン)を送った。

香蝉(シィアンチェン)が出ていくと夕飯となったがインドゥがあまり食べないのでフェイイーが心配してくる。

「敦元(トンユァン)にこってりした飯をおごられて腹がすいてない」

そういっても他の者が居ても心配そうにしている。

 

 

二十九日・広州(グアンヂョウ)五日目

珍しく夜明け前に雨が降って街の熱気が去った。

「アッラーフ・アクバル」にも慣れて気にならない。

九字に香蝉(シィアンチェン)が来たが「出かけるのが面倒だ」と言うと笑い飛ばされた。

広州には書に画の偽物工房が昔からあると噂だ。

香蝉(シィアンチェン)の爺爺(セーセー)は和国へせっせと売り込んでいるという。

「もう何代目か分からないほど昔からやってるそうよ、ムゥチィンも私も興味がないから爺爺(セーセー)で終わり」

「玉も偽物か」

「本物の玉だけど、爺爺(セーセー)が扱うのは古く見せてるの」

「新しくても玉は玉だろ」

「買うほうは古ければ倍は出すもん」

悪い事している気は無さそうだ、相手が買うのは納得したからだ、そう思っているようだ。

「香蝉(シィアンチェン)の商売と違うんだ」

「私は違う。人さらいから奪い返すための情報集め、その序でに船の手配で手数料稼ぎ」

そこで思い出し笑いをしたのでインドゥは俺からも大分儲けたなと思った。

広州付近の沿岸は爪哇、亜剌比亜やイギリスに占領された印度の金持ちに幼い子を売る人さらいの密輸業者が集まるという。

爪哇は特に男の子を攫いに来るという、砂糖の農園に売るそうだ。

まともな輸出業者も英吉利に利権を奪われて密輸に手を染める者も多いという。

「結」と「御秘官」の密輸は生活必需品の不足分だが、アヘン業者たちは帰りの荷に茶と人間を乗せていくという。

その船に移る前が勝負だそうだ、本拠は澳門の沖合の諸島を転々としているという、府庁は当てにできないと自分たちで子供を守っているのだという。

時には荒っぽいこともやるための、漕幇(ツァォパァ)が協力するという。

自分も五歳の時三歳上の姐姐(チェチェ)と劃龍舟祭りの喧騒の中で攫われ、船で連れ去られそうになった時、結の結社に助け出されたそうだ。

それで武術を学んだということかとインドゥは納得した。 

その時の仲間に呉運宣(ンインシュアン)や平文炳(ピィンウェンピン)が居て、王太太が指揮を執っていたそうだ。

「ちょっと待て、インシュアンってフェイイーと同じ年だろ」

「哥哥はその時十二のおちびさんだったわ。姐姐(チェチェ)が惚れてしまって大変だったのよ。八つのくせにお嫁さんじゃなきゃいやだって大変、最後は哥哥のほうが折れて姐姐(チェチェ)が十五になったらと王太太が婚約させたの」

香蝉(シィアンチェン)は周りを気にしながらもインドゥに打ち明け話をしてくれた。

シィアンチェンは二人で昼を外で食べようと連れ出して、城壁にへばりつくように屋台店が並ぶ吉昌街へ出た。

広州らしく不思議なものを売る店が多い、壺は陶器、磁器より金属の物に人が集(たか)っている。

面条を炒めて脇で焼いた五花肉(ウーフゥアロォゥ)を乗せたもの、面条に肉の脂がしみて美味い、肉を食べたら塩と胡椒が強い(きつい)。

「幾ら」という前に香蝉(シィアンチェン)が十銭出したので小物いれから出そうとしたら「二人分払ったよ。奢り」という。

安すぎだ、台に瑠璃の小さな瓶が置いてある。

そいつは何か聞いたら魚醤というので少しかけて貰うと意外にも肉が美味い。

「こりゃ簡単だ、何も他に入れないのか」

「入れる必要ある」

「昨日の昼とどっちがいい」

「馬鹿じゃない。あんな金だけとってごてごてしたのは金持ちの見栄じゃん」

伍敦元(トンユァン)が聞いたら嘆くだろうと本気で思った。

京城(みやこ)へ戻ったら「公主に作ってやろう」と思うだけで顔がにやけたようだ。

面白そうに香蝉(シィアンチェン)が見ているのに気が付いた。

しかとして食べ終えて「どこへ行こうか」と催促した。

「荷が付いたか見に行かなくていいの」

「忘れてた」

呆れた顔されたのは今日だけで何回目だったか勘定してしまった。

雷稗行(レェイヴァィシン)へ行くと荷はもう来ている、怡和行の仕事は早いようだ。

運んだだけで怡和行は金錠で二百両(二百両はトンユァン・百両は税)が手に入る、大きくなるはずだ。

二十の梱が来ていた重さは無さそうだ。

「十七石くらい有りそうだ」

「お茶の二千斤だそうだから、そのくらいね」

「しまった、どう運べばいいんだ」

「時間が掛かってよければ、家で天津へ送りますよ、そこから運河で京城(みやこ)へ送れます」

「いつ頃着くかわかるかい」

「天津へは二か月掛かりませんよ」

天津(ティェンジン)での取引業者を教えた。

「そのひと梱は持っていけそうだ」

「人一人分くらい有りますよ」

一つ開けてみた。

見たもの全員なんだこれという顔だ。

出来損ないの四季豆(スゥヂィードォゥ・インゲン豆)が干からびたみたいだ。

莢を割ると小さな粒が詰まっていていい香りがする、インドゥが食べてみたが味はほぼない。

輩江(ペィヂァン)を探そうと繁苑酒店(ハンユアンヂゥディン)へ戻った。

昂(アン)先生と二人ぶらぶらと孔子廟にいたとフェイイーが言うので行くとのんびり日陰で冰(ピン)を浮かべた茶(チャァ・紅茶)を飲んでいる。

先生呑兵衛のくせに砂糖たっぷりの冷えた茶に眼がない、この茶、深めの茶器一杯銀一両広州(グアンヂョウ)では取るそうだが他にも飲んでいる者が多くいた。

時間が午から未までと張り出してある、売れなきゃ冰(ピン)で大損だ、高くて当たり前だ。

「バニラが雷稗行へ届いた。それでな、香りは好い香りだが味はほとんどない」

「見に行きましょう」

四人になって雷稗行へ戻ったら伍敦元(ウートンユァン)が店にいる。

「な、俺に任せて大成功だろ。こいつは莢無しなんてあり得ないんだ」

アマンシオ・ソテロはバニラがどの様なものか知らなかったようだ。

半年前から倉庫に眠っていてソテロは広州へきて二か月、敦元(トンユァン)に手玉に取られたようだ。

「仏蘭西人も白耳義人も栽培できるように試してるそうだが、成功していない。爪哇の砂糖業者も乗り出したが、大損出してやめたそうだ。栽培できても使える様にするのも容易じゃないと聞いた」

敦元(トンユァン)は情報通だとインドゥは感心した。

一本開いただけで店先は甘い香りに包まれている。

応接室で水をもらって輩江(ペィヂァン)が調べてみた。

「前の仙丹と同じ香りです。ただ味がないのはあの粒とは違うようです。擂って使ったみたいです」

突いて潰すと香りが高くなった、染みた紙は甘い匂いがする。

「試験できる量は持って帰ろう。あとは船便で送ってもらう。契約した船にこの量じゃ断られてしまう」

ペィヂァンは種が残るバニラの莢を竹の筒にしまい込んだ。

十九の梱を送り出す手続きをして、持ち帰る一つの梱を六個の包みに分けた。

送料は天津迄金八十両という、三月先に出る船なら自前なので四十両だという。

早の方へ載せる様に頼んだ。

葛籠には無理なので押し車で繁苑(ハンユアン)酒店へ運んでもらった。

敦元(トンユァン)は暇なのか付いて来てフェイイーがお茶を出すと「ここにブランデーが有るだろ、ご馳走してくれ」と催促している。

「店へ戻らなくていいのか」

「アフタケア」何て言っている。

香蝉(シィアンチェン)によると取引後でも「問題が起きてないか面倒見る」とでもいう意味みたいだ。

それでも人を頼んで此処にいる事を連絡している。

「ここで夕飯を食べろと言うので帰りは分からない。一応十時に迎えを頼む」

誰がそんな誘いかけたと呆気に取られてしまった。

フェイイーがチャオクリー(チョコレート)とウーイーヅゥ(烏魚子・カラスミ)にレミーマルタンを出してきた。

六点鍾の後、食堂に支度が出来たというので移動した。

「いゃあすごいご馳走だ、客じゃなきゃこんないいもの食えやしない」

料理人め気合が入ったか量も味も格別だ、ここは旅行客や洋人に人気の粤菜(広東料理)だ。

香蝉(シィアンチェン)め「金持ちの見栄じゃん」と言っていたくせに「美味しい。美味しい」の連発だ。

小龍包(ショウロンポウ)、鼓汁蒸排骨(ジージャップジンパイグワッ)は毎日のように食べてもまだ飽きない味だ。

トンユァンは良く喋るし良く食べる、その合間にブランデーを呑む。

良くマァ、話題が尽きないものだと思うくらい酔うほどに話が広がる。

馬車の迎えが来て敦元(トンユァン)は十時に帰っていった。

気がついたら香蝉(シィアンチェン)がまだ居る。

酔っぱらって「泊まってくからもう一杯」なんてフェイイーに強請っている。

呑兵衛のもう一杯ほどあてには出来ない。

仕方ないので食事の間は任せてインドゥの部屋へ移動した。

昂(アン)先生とペィヂァンの三人でバニラを竹筒から出して相談を始めた。

耳かきでひと掻き皿へ出しただけで甘い香りに包まれた。

フェイイーと香蝉(シィアンチェン)も来て、ここでも二人で盃を交わしている、三人の世話しに来たわけでもない様だ。

見ると新しい瓶も持って来ている。

さすがの昂(アン)先生も女二人の仲間に入ってまで飲みたはくない様だ。

女中が二人、菜と新しい二本の瓶にグラスを運んで来た、特別遅くまで居させたようだ。

三人はウーイーヅゥ(烏魚子・カラスミ)と搾菜でブランデーを呑むことにした。

「持って来たからには飲まないと」

なんて言い訳している、二人を見て飲みたくてうずうずしていたようだ。

輩江(ペィヂァン)はもう駄目ですとインドゥの寝床で高いびきだ。

フェイイーが夜番を呼んで女中に卓をかたづけに来させた。

「香蝉(シィアンチェン)は私の部屋で休ませます。残っている瓶は置いていきます」と連れて行った。

 

 

五月一日・広州(グアンヂョウ)六日目

気が付けばもう夜が白々と明けて来た。

時計を見たら四字半だ。

どうせ今日は用事もないと先生と夜明かしで飲むことにした。

輩江(ペィヂァン)が起きてきて最後の酒を飲んで「自分の部屋で寝ます」と先生とふらふら出て行ったのは六点鍾が響いた後だ。

女中が出てきて卓を奇麗に片付けた。

寝そびれて夜番に棒を借りて型の稽古をしたら、汗が出てすっきりして眼がさえた。

香蝉(シィアンチェン)が椅子で手を叩いている。

「こら、冷やかすな。もう起きたのか。二日酔いはしていないのか」

「哥哥って棒術もやるんだ。姐姐(チェチェ)は拳が得意だとは教えてくれたけど」

「昂(アン)先生から教わったんだよ。拳は落第坊主だ」

「先生って学者じゃなかったんだ」

あの厳つい顔が学者に見えたのかと笑いがこぼれた。

與仁(イーレン)達が下りてきたので一緒に粥を食べた。

「哥哥は寝なかったんで、棒のひゅひゅんで目が覚めました」

「後で昼寝でもするさ。そうすりゃまた夜飲める」

冗談に取らなかったようだ。

先生降りてきて柱に立て掛けた棒を手に取って型を稽古し始めた。

汗をかいて「これで眼が覚めた。粥でも食うか」と朝から元気だ。

香蝉(シィアンチェン)が「昂(アン)先生、一日で覚えられる型ってある」なんて聞いている。

「型じゃなくて形だけならすぐできるさ。二刻もあれば三つくらいは覚えられるさ」

「ここでもできる」

「もう少し広きゃ哥哥と二人で型を見せるから、その形を覚えればいい」

先生長旅で少し派手に動きたくなっているようだ。

舊糖房(ヂゥタァンファン)にあるというので二本の棒を担いで付いて行くと香蝉(シィアンチェン)の店の北側に格好の広場がある。

二人で声を掛け合いながらいくつか型を使い、香蝉(シィアンチェン)は熱心に見ている。

見物人が増えてきて中にお調子者が、受け手の先生が弱いとみてか、申し合いを言い出した。

汗の掻き足りない先生喜んで受けて立つと、散々に遊ばせて喜ばせて帰した。

「参考になったか」

「うん、動きの緩急は掴めそう」

おお、生意気にと可笑しくなった、先生がそれを聞いて黙って香蝉(シィアンチェン)に棒を渡した。

好きに打たせてもう一歩のところで受け流しているうちに、香蝉(シィアンチェン)の息が続かなくなった、普通あれだけ飲めば女でこれだけ動いたのは褒めてもいいかなと余裕だ。

肩を軽く軽く突いたら、ひっくり返って起きてこられないので手を出したら「本気で教えない」なんて駄々を捏ねだした。

「痣に成らなかったか。無理言うなよ、これでも十年やってこんなもんだぜ。先生が「棍」を使って本気で片手打ちしたら、受けた棒が折れて頭が割れてしまう」

先生そっぽを向いている。

「お願いします」

どうやら本気らしいと、インドゥに合わせて受けをいくつかと打ちを一つ形を付けた。

「あとは自分で工夫だ。哥哥の最初の年よりよっぽどましだ」

見物の中から一つ本式に立ち会ってくれと老爺が声をかけて来た。

先生が「たまにはやるか」というので、打ちあうが決まり手がどちらも打てない。

突きは寸前で払われるし、波の型から肩を狙えばすいと片足下がって空を打たされる。

その隙を突かれて、下段から無理を承知での先生の棒が回った、つま先を突かれそうで棒を支えにしての翻跟頭(ファトォゥトンボを切る)に見物人は大喜びだ。

「おい、哥哥。腕が上がったが殺す気で打とうとして居ないぞ」

「無理言っちゃいけません。受けは教えてくれたけど。殺す決定打は自分で工夫しろじゃこれが背一杯」

もう無理と汗まみれで座り込んだ二人にやんやの歓声だ。

「これが達人なら汗も出ないと言えるがな」

もろ肌脱ぐと二人とも痣が幾つも出来ている。

「いつ。突かれたの、打たれたようにも見えなかったわ」

それが分かれば免許だと先生が大笑いだ。

さっきの老爺が一杯献上したいと誘ってきた。

香蝉(シィアンチェン)が小声で「哥哥、この人、敦元(トンユァン)の爸爸(バァバ・パパ)」と教えて来た。

四人で橋を渡って小さな酒店で乾杯をして別れた。

シィアンチェンの店で「着替えてくるから店にいて」二人を待たせて着替えに上がっていった。

先生興味深く仏像を見ている。

男の子は客じゃないと判断したらしく、今日も床を磨いている。

女の子は拭き掃除にかかった。

「良いのがあるかい」

老爺は暇つぶしに声をかけて来た。

客には不愛想に徹して、自分から声をかけないと香蝉(シィアンチェン)が教えてくれた、俺たちは客じゃないということだ。

「俺は無趣味で全然わからん」

取っ掛かりを失ったところへシィアンチェンが降りて来たので燈籠巷へ戻った。

先生「もう一度寝てくる」と上っていくと入れ違いにペィヂァンが降りて来た。

「哥哥、寝てないね」

さすが医者だ。

「さぁ、今日明日はどこへ行こうかな」

フェイイーが「端午の節句は孔子廟はじめ付近は賑やかですよ、そろそろ支度の飾りつけも始まりましたし、劃龍舟も龍舟水が降って支度が終わりました」と言い出した。

「えぇ、そうらしいですね。昨日の夕方の雨はすごかったけど、船の上じゃ節句も関係ないしなぁ」

「どういうことです」

「聞いていませんか。明後日出港ですよ」

「だって十日泊まると」

「えっ、船の出港日聞いてないんですか」

「香蝉(シィアンチェン)、なぜ言わないの」

「ええっ、私が言うことと違う」

膨れっ面で言い返している。

インドゥが謝るしかない「わりぃわりぃ、聞かせたつもりで居たんだ。勘弁してくれ」とインドゥに言われては泣き寝入りするしかない。

香蝉(シィアンチェン)は六点鍾が聞こえると戻っていった。

さすがにその晩の酒は控えるインドゥ達だ。

與仁(イーレン)達は明日もあるので夕食が終わると二階へ引き上げた。

先生も簡単に打ち合わせをし、飲まずに引き上げていった。

八字に女中が「御用事の節は夜番へ」と言って下がっていった。

フェイイーがお茶を持ってやってきたが、いきなり膝に乗り上げて「哥哥は私なんかやっぱりどうでも良かったんですね」と恨み言だ。

「許してくれ。大きな銀(かね)を動かして気が動転していたんだ」

抱きしめて言い聞かせる様に言っていたらくすくす笑いながら口づけをしてきた。

「どうした」

「私のわがまま」

「そんなことない。いくらでも我儘言っていいんだ」

「じゃ。京城(みやこ)迄連れていって呉れますか」

「来るなら喜んで迎えるよ。昔のように格格として仕えて呉れ。明後日一緒に発てるなら。連れて行く。子供も俺の子として育てる。帰る道は船だけだ苦労はない」

「哥哥のお気持ちだけで十分です。此処に来られた時だけの女でいいのです」

フェイイーは膝から降りて手を引いて寝床へ誘った。

二人は昔へ戻ったように満足した。

「フェイイー。頼みがある」

「なんでも言いつけてください」

「いろいろと此処何日か考えた。どうしてもフェイイーが協力してくれないと駄目なようだ」

「信頼してくださいますか」

「そうだ。終わりまで聞いてから気持ちを教えてくれ」

十両金錠で七百両をフェイイーに皆の前で渡す、口実は造る。 

そこから五百両を呉運宣(ンインシュアン)に受け取らせる。

百両を一両の金錠に崩してインドゥに渡してもらい、呼んでもらう船頭たちに百両を渡す。

百両をフェイイーが受け取る。

細かい道筋を話して聞かせた。

「でも、私がお金をもらうのはいやです。哥哥のお役に立てるだけで満足です」

「そう言わずに受け取って呉れ。金で黙らされた、そう思ってくれた方がお互い別れた後で辛くない」

「別れるのがつらいと思ってくださいますか」

「もちろんだ。フェイイーから京城(みやこ)へ連れて行けと言われたいくらいだ」

口を吸うと二人は話を続けた。

「では香蝉(シィアンチェン)の所で会いますか」

「そうか香蝉(シィアンチェン)を外したら怒るな」

「そうですよ。あんなに哥哥を慕っているのに」

「まさか」

「女の感を信じなさい」

姐姐(チェチェ)ぶるのは好い気持ちの様だ。

 

 

五月二日・広州(グアンヂョウ)七日目

朝の粥を食べ終わると全員を部屋へ集めた。

與仁(イーレン)の帳面の銀(かね)は十両金錠で九百二十両・銀錠六百六十両と一両金錠で八百五十両が帳面通りのこっている。

遊びの銀(かね)はまだ五十両あるという。

一両金錠を六人全員に持たせた、インドゥもひとつ受け取り「今晩五十両使い切れよ」と笑った。

與仁(イーレン)と景延(チンイェン)、甫箭(フージァン)には明日で帰りだとこれまでの苦労にと一両金錠を三錠別に受け取らせた。

與仁(イーレン)は紙に出た金額と渡した相手を書いている。

それを見て先生に予備に十両の金錠を持ってもらった。

「これを使うには大変だ」

哥哥は留守番ですかと與仁(イーレン)は分かり切った事でも確認だ。

「俺は目晦ましさ。その代わり與仁(イーレン)にいい話がある」

「なんです」

「帰りの葛籠が軽くなる話だ。皆であのバニラを持たなきゃいけないから少しは軽くしてやる」

うまい具合にフェイイーが来たので「フェイイーの今までの苦労させた詫び代だ。えばって受け取って呉れ」と十両金錠を七十用意した盆に積んで受け取らせた。

「こんなことされては困ります」

「俺の気持ちだ受け取れ」

少し強く言うと「では受け取らせていただきますが宿代はこちら持ちで」とうまい芝居だ。

「駄目だ、きちんと請求しないと後で與仁(イーレン)が困る。明日は二日酔いだと困るから今日の内に会計を済ませて呉れ」

芝居とはばれてないなと二人はそれ以上大袈裟にやるのは控えた。

與仁(イーレン)にも手伝わせて三人でフェイイーの居間へ運んだ。

九字にシィアンチェンが出てくるとフェイイーが「お酒の交渉に行くから付き合って」と連れ出した。

昼過ぎ、フェイイーは無事に雷稗行へ届けたと耳打ちした。

與仁(イーレン)に壱日二十二両・銀百五十四両の計算書が渡され、すぐに支払いを済ませた。

與仁(イーレン)め「これだけの宿であれだけ飲みくいして、これは安い」などほざいている。

女中二人に銀十両と、料理長にも十両、ほかのもので分ける様に人数を聞くとあと三十五と言うので七十両を與仁(イーレン)に出させた。

あの時飲んだブランデーを請求されたら眼を回すだろうと思ったが「フェイイーに恥をかかせるまでもない」と思い飲み込んだ。

湯殿で身ぎれいにして、六点鍾を合図に葛籠をインドゥに預けた皆が出ていくとフェイイーと香蝉(シィアンチェン)が初めて顔を見る老爺と遣ってきた。

「七字に集まるそうです」

老爺がそう伝えてくれた。

十両金錠十個を一両金錠百個崩してきてもらったのをインドゥが受け取り、フェイイーが頷いて裏からインドゥと香蝉(シィアンチェン)を送り出した。

裏門の内に老爺を置いて鍵が閉められた。

小窓を開けて「ここでお待ちしています。三度、二度と叩いて下さい」と告げられた。

道々に結の船頭が座り込んで番をしているようだ。

大観橋には三人の男が押し車に乗せた大きな水烟(水煙管)を楽しみ世間話をしている。

シィアンチェンが頷いて店に入ると老爺が黙って指で上を指した。

呉運宣と呉儲賢の兄弟に二人の日焼けした厳つい男に王太太(ワァンタイタイ)が居る。

「姐姐(チェチェ)から金は受け取りました。もう一度この人たちに話しをして下さい」

荷は「結」の手で平大人に引き渡す、襤褸船を一艘連れて出て沖合で沈める。

大袈裟にバニラの荷が全部沈んだと噂を流す。

費用については足りなければ請求通り支払うと言って「これは船頭で分けて呉れ」と差し出した。

「聞かせてください。なんでそんな手の込んだことを」

フォンシャン(皇上)の事、上皇の事、老爺(和珅)の事、和信(ヘシィン)の事を手短に話して「献上すればまた難癖をつけられる。本当は銀二千両や三千両ならそのまま差し出してもいいが銀で万両は馬鹿らしい。一杯食わさにゃ太医院の老医師に我慢できない」と言った。

其の一杯食わすが王太太の気に入ったようだ。

「分かった、この金と前の金で十分だ。引き受けたよ」

「結」の手印を見せて腰を上げて降りて行った。

呉運宣が二人の船頭にそれぞれに金錠五十両をくるんで渡すと手印を見せて降りて行った。

少し身内の話をして兄弟も降りていく「さぁ俺たちも戻らないとフェイイーが心配する」と立ち上がった。

何が気に入らないかシィアンチェンは少しふてた顔で道を引き返した。

路ばたの男たちも二人が通ると来た道へ眼を向け、次の角を曲がるまでそこにいてどこかへ消えた。

老爺に中へ迎え入れられた「スンニュ(孫娘)が、お世話になります」と告げてインドゥの答えも待たずに母屋へ消えた。

部屋で待っていたフェイイーがほっとした表情でブランデーを注いで三人で飲むと二人を残して出て行った。

大分時間が掛かったようでもまだ八字四十分だった。

なにが気に入らないのか香蝉(シィアンチェン)が自分でブランデーを注いで飲んでいる。

「こっちへ来いよ」

インドゥが誘うと「哥哥は誘えばだれでも言うこと聞くと思ってるんでしょ。おあいにく様」と対面の椅子でふてている。

「怖くて声も掛けられないよ」

「うそっ」

「だって今振られて落ち込んでいるのが見えるだろ」

「どこが落ち込んでるのよ。私なんか子供だと思って馬鹿にして」

どうやら昨日の棒の相手であしらわれたのが気に入らない様だ。

仕方なく椅子へしょげた振りで座りなおしグラスを出した。

たっぷり注いで寄こすのはフェイイーと同じだ。

チャオクリー(チョコレート)に馬拉糕(マーラーカオ)で飲んでいると麻花(マーフア)をシィアンチェンがポリポリ食べている。

「マーフアはどこが有名か知っているか」

「杭州名物よ」

「天津の大麻花が本物だ。そいつは捻じっただけで堅くないはずだ」

手のマーフアを眺めていたが口へポイと放り込んだ。

グラスのブランデーをグイと空けて着ている物を脱ぐと椅子に掛けた。

身体を見せつける様に気取って寝床へ座ると指を一本立てくいっ、くいっと招いた、子供らしさが消えて色っぽい仕草だ。

「どこで覚えたやら」

そう思いながらインドゥも服を脱いでシィアンチェンの前にひざまずいてお芝居のように手を差し伸べた。

どうしたもんだとここにきて困るインドゥだ。

足を擽(くすぐ)ることにした、右足を上にしていたので踵をもち上げて袜子(ゥアヅゥ・靴下)を脱がせて親指に口づけををした。

驚いて引こうとしたのを強く抑えて「良い足首だ」とほめた。

「纏足してなくてもいい足なの」

「あんなの迷信の塊さ。自然の足のほうが好きだ」

「だけど妓楼では纏足してるほうが揚げ代は高いわ。あそこのしまりが良いと聞いたわ」

「壺のしまりは男次第だ」

「なんで」

「沢山の男と寝ればあそこも緩む。纏足してれば緩まないと宣伝すれば男も納得して金を出す」

「纏足女は具合がいいと自慢する男は大勢見てるわよ。それに子供を産めばゆるいと男は言うわよ」

「耳学問さ」

さっきの「来来」は虚勢かと、太ももに口づけした。

良い墨と同じようなかぐわしい香木の匂いに似ている。

「忘れていたよ」

「何」

「シィアンチェンの口譯(クォイィー)の代金」

「変な時に思い出すのね」

それに合わせて肩を引き引き寄せると口づけをしてきた。

胸を揉みながら長く口づけを続けた。

インドゥが口を離すとき「ぽん」と音がした。

「大丈夫か」

その声でシィアンチェンが両手でインドゥの肩を押してきた。

「まだ早かったか」

「ううん。驚いただけ」

「はじめてにしては素敵だよ」

「いやっ」

手で顔を隠して嫌々をしている。

相役の老爺は「初めてでも血の出ない女もいる」という、インドゥの接した女は多少の差はあるが血を確認している、シィアンチェンが今までの女で一番少なかった。

胡坐をかいて上に座らせた。

「教えて」

「なんだ」

「はじめてにしてわ、ってどういう意味」

「はじめてじゃないと言いたいのかい」

「はじめてよ」

「最初から気が行く女は十人に一人もいないそうだ」

「どっちが好き」

「両方だ」

「それ狡い」

「これなのね。これなのね」

首に回した手が緩んで後ろへ倒れそうになり慌てて肩を掴んでくる。

インドゥがシィアンチェンの体を拭き、始末をつけると卓のブランデーを二人で楽しんだ。

シィアンチェンは幸せそうだ、酒が一層旨くなった。

瑠璃の小窓に映る影を見たフェイイーが新しい瓶と菜を見繕ってやって来た。

子の刻近く、部屋の置時計が十一字四十分になってすぐ、昂(アン)先生とペィヂァンが戻ってきた。

三人を置いてきたという。

それで五人でお別れ会だ。

「フェイイーは京城(みやこ)へ来ればいいのに」

「哥哥に断ったんです」

先生何かあるんだろうとそれ以上は言わなかった。

十二字四十分にフェイイーがシィアンチェンを部屋で寝かせると連れて行った。

入れ替わりにこっそりと三人が戻ってきたが先生に見つかって呼び入れられた。

「いけね」

「どうしました」

「また口譯(クォイィー)の手当て渡しそびれた」

「向こうから請求しなきゃ知らん顔で逃げ出しますか」

ペィヂァンもこの旅で冗談も言えるようになった。

「昨日の棒術の演習で本気を出さないと不機嫌なんだよ」

「ああそれで」

シィアンチェン、二人の前でインドゥにふてた顔を見せていたのだ。

「まさか本気で打つには相手が悪い、先生は逃げて俺に遣らせるもんだから」

「哥哥を気にいつてる様だから任せたんだぜ」

「あぁ、やっぱり」

いやに呑み込みが早い。

「哥哥、ペィヂァンはどうやら京城(みやこ)に好きな女が出来たらしい」

「ほんとかよ、早く紹介しな、家くらい俺と公主で建てるからよ」

「先生の隣は勘弁してください」

「なんでだ」

「良い飲み友達が来たと付き合わされるのはご勘弁を。体が持ちません。姑姑に角が生えますよ」

この二人気が合う様だ。

二字になって最後のレミーマルタンを飲み終わり「朝六時に起きろよ」と無理は承知で別れた。


五月三日・広州(グアンヂョウ)八日目、最終日

六点鍾で全員が揃った。

與仁(イーレン)が銀(かね)を全員に銀十両と十両金錠一錠を分けて腹掛けに入れさせた。

「海は遭難もある。どこに打ち上げられてもそれで生き残れる。葛籠は浮の代わりに為るから手放すな」

船と決まってからペィヂァンから教えられ、バニラを守るため内側に目張りに膠で油紙を張り着けて、封印代わりに蓋も固定した。

銀(かね)を入れた葛籠は三個、残りも少ないし船旅だから荷にもならない。

打ち合わせをしているうちに食事の用意が出来たと女中が呼びに来た。

朝の粥で酒の気も抜け旅立つ気構えが整った。

「杭州に着くまでは陸でも酒抜きだ」

一番飲みたい先生に言われてしまった。

シィアンチェンも起きてきて静かに粥を食べている。

受け取るのを嫌がるシィアンチェンに「バニラが安くなったのも香蝉(シィアンチェン)が居たおかげだ」そう言って十錠の一両金を受け取らせた。

雷稗行で旅立ちの挨拶と内緒話をフェイイーと一緒に呉運宣にし、十両の金錠十個をシィアンチェンの為に保管して貰った。

與仁(イーレン)には「書の好い出物があれば送ってもらう金だ」と言っておいた。

板橋に百、二百は直ぐ出すインドゥに疑問は持たない、今度の旅で金に鈍感になっている。

香蝉(シィアンチェン)は表でペィヂァンと食べ物の好き嫌いでもめている。

「肉ばかりじゃ良くない」

誰にでも菜食優先と言って肉は添え物がペィヂァンの持論だ。

呉運宣は「あいつがね」と驚いていたが、フェイイーが「見ちゃいられないんだもの」に気性をよく知る呉運宣は納得した。

「安済」へ行くと船主が「一人都まで連れていって呉れ」と二十歳くらいの男を紹介した。

王太太も承知で、飯と宿代をインドゥに持ってほしいという。

他の者を先に船に行かせて話を聞いた。 

インドゥ達がカカオにバニラを買い入れたことから「安済」がこの男にいい機会だから京城(みやこ)で伊太利の菓子を売る店を遣る様に勧めたそうだ。

インドゥ、俺の懐で遣らせる気だなと鷹揚に受けて立った、王太太も絡むなら引き受けて損はない。

男は周徳海(チョウダハァイ)で二十五だという。

仏蘭西の商館で五年、伊太利の商館で一年料理番をしていたという。

「なんで仏蘭西菓子じゃなくて伊太利菓子なんだ」

「仏蘭西は甘すぎるんだそうだ」

「安済」がそう言って乗船をしろと追い出した、長引きそうだと思ったようだ。

「俺にゃ菓子の事は分からねえが応援はするよ。できればチャオクリー(チョコレート)を作れるように頼む」

「何度も仏蘭西人に作らされて材料さえあれば簡単です、ただバニラは使ったことが有りません。高くて手に入らなかったので」

「俺の方で幾らでも供給するぜ、高級品にはたっぷり使えるさ」

「入れなくても相当高いですよ」

「麺麭やほかの菓子で儲けてチャオクリー(チョコレート)は損切で好いさ」

「本当ですか、それなら京城(みやこ)で評判になる店に出来ます」

ほんとかよと思ったが大言壮語も言えなきゃ京城(みやこ)で成功も出来まいと信じている振りをした。

船の前でフェイイーと香蝉(シィアンチェン)が抱き着いて別れの挨拶を言うので、ダハァイは呆れてみている。

荷積みが終わったようだ、ペィヂァンが呼ぶので引きはがしてダハァイと船に乗った。

船上に三十人以上も船乗りが居てせわし気に行き来していた。

満潮で船端は高くにある、泣いている二人は抱き合っていて顔が見えない。

「笑って見送って呉れ」

大きな声で言うとやっと笑い顔を見せてくれた。

銅鑼が響いて錨が砂をつけた儘、引き上げられた。

舟板が取り込まれると、陸では丸太で船首を岸から押して潮に乗せた。

悠長なものだと見ていたらあっという間に見送る人の顔が遠ざかった。

船首は大騒ぎで近寄らない様に筒で怒鳴っている。

帆は全部畳んであるが引き潮で珠江の流れは割と速い。

続いて何艘もの船が珠江を下っている、中には小さな帆で勢いを抑える船も見えた。

二刻ほどで百里も下り河幅が広がり、真ん中の帆が張られ、船足が抑えられると船長は王(ウァン)だと自分で紹介してきた。

港で停泊して幾人かの乗客が多くの荷と乗り込んできた。

船端で夕焼けを見ていたインドゥに乗り込んで来た三人連れが話しかけて来た、聞けば杭州で商売と見物だという。

聞いたらここは花山港だという、夕日に映える丘の上に見える塔は文昌塔だが幾つもの名があるという、二百年ほど前の塔で登らせてくれるそうだ。

翌朝虎の刻の鐘が聞こえ暫くすると周りが見える様になってきた。

帆を操作して港を出て水道を下り本流に乗せた。

午後には川幅がぐんと広がり河とは思えぬ様子で陸の景色に見とれるインドゥだ。

王(ウァン)船長は舳先で見ているインドゥに「まだここは珠江だ。川口で幅は五十里くらいだ。右が澳門で左が香港」そう教えて質問をされないうちに持ち場へ行ってしまった。

 

小島が多く見える、小さな船から昔風の帆船までが数多く停泊している、ガレオンと呼ばれる大きな船は墨西哥から来たのだろうか西班牙の旗が翻っていた、砲門は閉じられているが四つ確認できた。

一艘風に逆らってフランスの軍艦らしき船がすれ違った、十二までは砲門と思われる窓を確認できた。

船首に不思議な三角の帆が風を孕んでいた。

 

帆を全部張ると斜めに風を受けて外洋へ出た、先生もう苦しそうだ。

不思議と汕頭(シャントウ)で陸へ足が触れると元気になった。

「医者にもわからん」

ペィヂァンも為す術が無いという。

「船酔いの丸薬でも売り出せば儲かるぞ」

そういうと「売っていますよ。気休めですが」と宿で薬房を聞いて買って来た。

「よく効くそうですよ」

何て渡している、気休めでも飲めば船酔いも軽く済む様だ。

「薬の中身より評判のほうが効果はある」

何て医者だとインドゥは呆れた。

そのせいでもあるまいが温州(ウェンヂョウ)の港まで寝込むまでの事は無く済んだ。

温州(ウェンヂョウ)の港を日の出前に出て二刻ほど、自慢の遠眼鏡で船の艫で遠くの雲を見ていた船長が慌てだした。

「船頭以外は船室へ入れ」

筒で怒鳴って部屋へ追い払われた。

波が、がぶりだしたのは半刻後「やばそうだ」と船室の積み荷を動かない様に縛らせた。

葛籠を背負わせて、腰縄で壁に取り付かせた。

「哥哥、なんで」

「本で読んだ。あの雲行きでは台風(タイフォン)が来そうだ」

船上では船長が海図でどこがいいか船頭頭と検討している。

黄沙澳の北側へ逃げることにして一刻後には東から島影に入ると、波は穏やかだ。

島が風を防いでいる、吹き返しも今のところない。

上では船長が船頭頭と相談している。

「どっちから来ると思う」

「この風向きだと本体は温州の西、今の時期なら東へ抜けるはずが陸へ上がったみたいで」

「追いかけられない様に、ここから動かないほうが良いか」

「島へ乗り上げない様に少し沖へ」

「後ろの帆をちっと上げろい。舵に三人取り付け」

旋回して岸から離れ陸と平行に、舳先は西へ定まると錨を投げ入れた。

「動くものは確り結わえろ、流されたらたすからねえぞ」

海流に艫が振れて揺れはするがきしむだけで水は入ってこない。

襤褸と言われた割に頑丈そうだ。

「通り過ぎたかな」

先生酔うどころではない。

「いや島影で収まっているだけの様だ。こっちに来るか神頼みだ」

與仁(イーレン)は天后娘娘に祈っている。

「天后娘娘は遭難者を助けるんじゃないのか。まだ早いだろう」

気を紛らわすように言って皆で笑った。

「冗談じゃねえですよ。先にお願いすれば嵐もどっかにすっ飛びまさぁね」

風は強いが雨はほとんど降ってこない、大きな波で揺す振られたが、台風は西へ去ったようだ。

一度島影から出ようとして南からがぶられて島影へ慌てて避難した。

粥どころか乾いた万頭を水で流し込んだ。

温州で不評判だった青花魚(チンファィユィ・鯖)を塩水で味を付けただけの焼き魚が恋しくなった。

次の日も外に出るとがぶられて小さな入り江に逃げ込んだ。

街では逃げ込んできた漁船や大船に粥やら油条(ヤゥティウ)、万頭(マントウ)を高値で売っている。

銭には代えられないと與仁(イーレン)が銀(かね)を取り出した葛籠を背負って、三人連れて出て万頭の湯気の出ているのを八十に油条も八十買えたと戻って来た。

水は瓢で三杯酌んできた。

万頭を六十、油条も六十、船頭や相乗りの客にも分け湯気の出ているうちにがつがつ食って落ち着いた。

炊事番も水を汲んできて久しぶりに熱い粥だ、がぶられたので樽が倒れて炊事用の水が流れたという。

差し出す椀に嬉しそうに配っている、油条を浸して食べた、こんなに油条が美味いとは思わなかった。

聞くと台州(タイチョウ)の松門港(ソォンメンガァン)だという。

後一昼夜で杭州だという、無理をせず寧波の手前船山の定海港で夜を明かすという話が伝わってきた。

其処なら台風の吹き戻しは来ないという話だ。

 

 

杭州(ハンヂョウ)到着は五月二十四日午の刻

船は広州から杭州迄二十二日目、三日遅れで杭州赭山港(ジゥシァンガァン)へ入った。

港は大騒ぎだ、沖でがぶられて何艘も戻ってきているという。

女たちが自分の亭主の船がどこかへ避難しているか聞きまわっている。

船長にみんなで分けて呉れと銀四十両出し、銭塘江をのぼる船をさがした

前に泊まった繁盛(ハンチャン)飯店へ行くと、足止めされていた客も出たので七人全員と相乗り客の内で付いてきた三人も泊まれるという。

王太太から渡された連絡場所の汎河(ファンフゥ)という飯店へ行くと船の支度は出来ているという。

この辺り雨が激しく降ったが風はそれほどでもないという。

明日、辰に武林門碼頭へ来てくれと言われた、五千五百里の運河の始まりだ。

八人の船頭に親方がついて九人だという。

平大人の羅江船を一回り大きくした構造、船室で寝泊まりできるように作られている。

荷物を入れる部屋は舳先側に屋根が見える。

海の船と違って平底で船端は低い、三枚の帆はあるが前後は舵の助けの様だ。

 

翌日、北へ三百五十里ほどで大運河から右へ胥江(シイジャン)へ入った。

外城河へぶつかると左へ、橋の下は帆柱を倒して櫂と竿で進んだ。

山塘河(シァンタァンフゥ)への入り口は狭く、一人が陸で遣ってくる船と交渉して通り抜けた。

橋は順番待ちで抜けるのに時間が取られた。

ダハァイは知らないので昂(アン)先生がこの先の波止場はこの船なら四艘楽にすれ違えると教えている。 

申には波止場で係留場所も決まり、七人と親方が下りてま近の路西街へ向かった。

與仁(イーレン)達は前の繁絃(ファンシェン)飯店で部屋割りを任せ、親方とインドゥは東源興へ入り荷が着いているか康演(クアンイェン)に確認した。

店で親方へ「ちょっと待ってくれ。内緒話があるんでな」とインドゥを庭へ連れて来た。

「哥哥」

「なんだよ、そんな慌てて」

「霽雯娘娘がお亡くなりに」

「なんだと。いつだ」

「この前此処へ来られた少し前だそうです」

馮霽雯(ファンツマン)嘉慶三年二月二十八日(1798413日)四十八歳死去。

「ほかの者には黙っていてくれ。旅先で慌てふためいてもムゥチィンが悲しむだけだ。ファンたちは」

「誰にも話して居ません」

胸にしまっておくと店へ戻った。

「わりいな。女の事でちょいとな」

何て平康演(クアンイェン)が胡麻化した。

手紙に書いた事の確認だ。

「半分船に積んで半分は売れそうなら平大人と相談して売ってくれ」

船で作ってきた仕入れ価格や経費を書いた紙を渡した。

「仕入れ値を下回らなければそっちの手数料は負担するよ」

よ月で無理なら京城(みやこ)で売り先を探すことにした。

十両金錠で八十両出し「話は銀八百だがどっちがいい」と聞いた。

銀にしてくれというので東源興で交換してもらって支払った。

クアンイェンが紙に参千と書いてこれだけ有ると教えて紙は破り捨てた、インドゥの金が銀で三千両此処にあるということだ。

「荷は明日午の刻からでいいから積み込んでくれ」

親方に銀三十両渡して「これは決まりとは別の遊びの金だ。船番には弾んでやってくれ。明後日辰に出よう」と頼んだ。

「それと三日分の二十七両だ」

與仁(イーレン)が用意して置いた紙包みを渡した。

與仁(イーレン)じゃないがインドゥも今度の旅は動かす金が大きいので気が大きくなっている。

「ほんとに景気がいいんだな。受けて大儲けだ」

親方、値切らず本気で出してくれるとは思っていなかったようだ、おまけに割り増しまでも出た。

インドゥが離れ、周徳海(チョウダハァイ)もここで、聘苑(ピンユェン)に昂(アン)先生とペィヂァン。

與仁(イーレン)に景延(チンイェン)甫箭(フージァン)が香廉飯店と決まっていた。

インルゥーは與仁(イーレン)から七人宴会と聞いてインドゥが店に来ると大はしゃぎで纏わりついて世話をする。

まるでファンと張り合っているようだとほほえましくなる。

店の飯の時間が近づいてようやく気が其方へ向いたようだ。

輩江(ペィヂァン)が店で大袈裟に台風の事を話してきたと、昂(アン)先生とやってきた。

「杭州で蒸し風呂へ行きそこないましたから、ここの風呂が恋しかったです」

などと大袈裟だ。

港々で湯浴びしたでしょと與仁(イーレン)に言われ「小盥一杯で湯浴び何て言うなよ。シィァンヅァォで垢を流すなんて広州(グアンヂョウ)以来だぜ」と言葉の応酬だ。

それでもここで二晩休めるというので気が緩んでいる。

ファンとインルゥーも店を閉めてやってくると話は嵐の事で大盛り上がりだ。

「脚夫(ヂィアフゥ)が戻ってきて無事南昌にお着きとは聞きましたが、広州迄足を延ばしたとクアンイェン哥哥から聞いた時は吃驚した」とインルゥーが大人っぽい口調で言うには昂(アン)先生も眼を白黒させている。

インルゥーが女中を呼んできて卓を片付け、皆が帰るとファンが湯殿へと送り出した。

新しい下着が置かれていた、インルゥーが小盥の湯を出して「あたいはもう寝るから、媽媽(マァマ)にあんまり飲ませないで」と生意気なことを言う。

最近手に入れましたと葡萄酒(プゥタァォヂォウ)を出してきた。

「シャトー・ラトゥール」

「ご存じでしたか」

「実はからの瓶しか見たことがない。この絵で思い出したのさ。従弟が高いなりに美味かったと自慢したがあてにゃ出来ないと思っている」

「飲み方も教わりました」

そう言って器用にコルクを抜くと、別の瓶へ八分目程移し、元の瓶は栓をした。

「飲まずに待っていてくださいね。湯浴びをして汗を流してきます」

おいおいお預けかと搾菜を摘まんで塩辛いビスクも食べていると戻ってきて足の付いたグラスへ注いで渡した。

「まねてください」

グラスの足を持って軽くゆするとワインがグラスの中でさざ波を立てて回った。

インドゥも三回目でうまく回っていい香りが漂ってきた。

「ほお、こいつは面白い誰に教わった」

「平大人が連れて来た、十五くらいの女の人二人。ひと月ほど前かしら、三種六本で銀百五両もしたんですよ、おまけで安物二本貰いましたので練習しました。インルゥーのほうが上手ですが飲ませては居ませんよ、回して香りを嗅がせただけ」

「大人にそんな年頃の娘や孫がいたかな」

「違いますよ。哥哥と呼ばれていた人達と一緒に天津へお酒の売り込みの帰りだそうです」

インドゥは香蝉(シィアンチェン)を思い出したが、ひと月じゃ違うと思って頭から追い払った。

女の感は鋭い「今誰を思い出したんです」グラスを置いて迫ってきた。

「何の勘違いしているんだ。広州で酒の卸しをしているのが仏蘭西の酒を扱っていると思い出しただけだ。そいつが周りから名前で無く哥哥と呼ばれていたんだ」

グラスの酒を飲んで胡麻化したが睨んでいる。

「ほんとだってば、気になるなら與仁(イーレン)にでも輩江(ペィヂァン)にでも聞いてみなよ。ブランデーを毎日飲んだから酒の名前も覚えたはずだ」

ワインを飲むうちに忘れて呉れたように話題は「なんで広州まで」というほうへ向かった。

移した瓶が空になった「そっちはどうするんだ」と聞いた。

「これは明日、鳥の丸焼きの香り付けに掛けるんです。これも聞いたお話で、安いワインで試したら美味しいので驚きました。残りは哥哥の為に仕舞っておきます」

男無しで寡婦が守れるかと思って悪かったと心で反省した。

見透かしたように膝へ圧し掛かり口づけをしと息をついている。

「やっぱり椅子では駄目」

手を引いて寝床へ誘った。

「どうした」

「だって哥哥は椅子では」

そう言って服を脱いでインドゥの服も脱がせた。

気が付くといつもの男殺しの笑顔で「我想你(ウォシィァンニー)我想你(ゥォーシャンニィ)」と抱き着いてきた。

「ファン、俺はあれでも気持ちいいんだぜ」

「ほんとですか」

「きついだけが気持ちいいわけじゃないんだ。ファンと抱き合うのが嬉しいのさ」

「狡い狡い」と悶えて気が軽く入ったようで「あぁっ」と仰け反った。

気が戻ったファンの耳へ囁いた

「明日な、さっきのワインを先生たちと飲みたい。それでその時丸焼きの鶏(とり)を肴に出してくれ」

「もうこんな時に哥哥は」

両の耳を捻じられた。

 

 

「哥哥にお願いが」

「なんだ」

「家の料理人の熊(ション)なんですけど。隠居して小さな酒店(ヂゥディン)を始めたいというの」

場所でもあるのかと聞くと孫が一緒に始めたいと場所を見つけたという。

「でも売るならいいが貸せないというので困っているのです」

「ここの料理人が居なけりゃ困るだろ、全(チュアン)だけでは無理だろう」

「ご存じの甫映姸(フゥインイェン)姐姐なら口を聞いてみようと康演(クアンイェン)哥哥が」

「番頭の息子の方の腕は大丈夫か」

「安園菜館の安願斌(アンユァンピィン)の旦那は、任せて大丈夫だと」

「朝の仕事が終わったら熊(ション)に全(チュアン)も一緒に話を聞こう」

話がついて安心したようでファンは乳房を押しつけくる。

身体を押して寝かせて膝を開かせた。

「駄目です。力を入れられては。これ以上は体が持ちません」

気が済んだようで、インドゥの身体を拭いて出て行った。

 

 

翌二十八日朝、粥を食べているとよく会う小間物の小商人に声をかけられた。

「私も哥哥と呼ばせていただいても良いですかね」

「構わんさ」

「哥哥、私はいろんな街へ商売で出歩きますが、此処でよくお会いするのが不思議です」

「そういえば他の街でお見掛けしませんね」

「蘇州は年二回位です。前で足りない物を仕入れたり、頼まれものを揃えてまた各地を回ります」

少し話をしているとよく見る爺さんが来たので、小商人は「またお会いしましょう」と軽々と荷を背負い、粥の代を払い、ファンとインルゥーの所で勘定を済ませて出て行った。

徳海(ダハァイ)が来たので手招きし三十銭を渡して「これで粥は三杯まで、漬物は食べ放題」と言い終わらないうちに粥が出てきて驚いている。

後は好きにやれよとばかりに自分の銭を払って前の店を覗くと、康演(クアンイェン)がもう帳場にいる。

山塘河の船着き近くまで行くと船を洗っているのが遠めに見えた。

親方自ら水をぶち撒いている、船を大事にしているようだ。

河を南へ外城河の閘門までぶらついて戻った。

さっきはあまり人の居なかった通貴橋(トォングゥィチィアォ)の周りはいつの間にというほど人が多い。

橋の際に可笑しな顔の石柱がある、見ていたら老媼が「通貴狸(トォングゥィリ)」だと教えてくれた(狸がリで貉はフェ)。

橋の下をくぐる船が順番待ちをしている、上で指図するのは橋番なのだろうか向うと此方をせわしなく往復しながら男たちに声をかけている。

離れに戻りファンたちを待つ間、南昌から公主へ出した文がフォンシャンへ披露されたか気になった。

広州からは文より先に着くだろうと出していない、何処にいるかやきもきしているだろうなと心配した。

映鷺(インルゥー)が茶を持って来て「今晩も宴会」と商売気丸出しで聞いてくる。

「七人は確実だ。鶏の丸焼きが食べたい」

「ワインで宴会」

「そのつもりだ」

にこにこして戻っていった。

徳海(ダハァイ)が来たので店を出す応援と、菓子に必要なものは揃えると改めて約束した。

麺麭(ミェンパォ)も焼けるので楽しみが増えた。

茶を飲みながら旨そうな菓子の話で盛り上がった。

熊(ション)に全(チュアン)、続いてインルゥーとファンが安願斌(アンユァンピィン)とやってきた。

「耳が早いな」

「そうじゃないんですよ、哥哥が来てるのは、今店で聞いたばかりで無錫(ウーシー)の戻りなんですよ」

熊(ション)のほうが移れたら、インイェン姐姐(チェチェ)が小僧を連れて後を引き受けるという。

番頭の息子と嫁は時々安園菜館へきて勉強するか、安願斌が教えに行くということで決めて来たという。

この際安園菜館を改築して調理場を大きくする、その間ひと月香潘楼(シャンパァンロウ)へ料理人たちが三人助に入るという。

問題は全(チュアン)の処遇だという、安園菜館でよければ引き受けたいという。

「私は熊(ション)の親方に付いて行きます。嫁も貰うつもりです」

何のことは無い、熊(ション)の孫と約束しているという。

全(チュアン)の名は子豪(ズーハオ)だという。

二百五十両で買い取れると云うので繁絃(ファンシェン)飯店が百五十両、インドゥが百五十両祝い金で出すことにした。

與仁(イーレン)を呼び出すまでもない、安願斌と熊がインドゥと目の前の店へ行くと康演(クアンイェン)が「もう決まったのか」と驚いている。

銀で三百両だしてもらい、その足で熊の孫娘(熊紅花・ションユーチェン)を向かえに行って無事に店を買い取れた。

インドゥの心の中「オイオイこんないい女の嫁をだと」全(チュアン)の小太りの取り柄のない風貌のどこに魅力を感じたのだろうと不思議だった。

「もう少し老爺には繁絃飯店に居て貰う様だが、ユーチェンが掃除して店らしくするんだ」

安願斌が「必要な買い物は言えば後払いで済むように妻子(つま、チィズ)が付き合うから遠慮するな」と言っている。

 

戻ると苑芳(ユエンファン)が東源興へ銀(かね)を届けに来たと康演(クアンイェン)が話してくれた。

「ワインを買ったり、祝い金を出したり、大分景気は好いようだ」

「イーチェンの母親がいたでしょう」

「妓楼の主と言うのか」

「あれが四月の灌仏会にひっくり返って、頭の打ち所が悪くて亡くなったんですよ。その銀(かね)です」

「妓楼はイーチェンの親父の持ち物だったんじゃなかったのか」

「死ぬ前に譲り受けていたそうでね。今度も苑芳(ユエンファン)に譲るというのを役所に届け出てあったそうです。しっかりとしたもんでさぁ」

「じゃ、ファンは妓楼もやっているのか」

「イーチェンの義理の母親と言うのが業突張りでね、女を含めりゃ二千じゃ聞かないのを五百に値切って取り上げたんですよ。知ってりゃ倍になら出すやつはいくらでもいるんですがね。小姐(シャオジエ=お嬢様)の儘では映鷺(インルゥー)が苦労しまさぁ」

「気の利いた男でも出来りゃ変わるさ」

「もう、哥哥がそんな事言ったと知ったら。害怕(ハァイタァ)」

周りを見回して誰もいないことを確認している。

 

集まったのは九人、康演に願斌もやってきた。

ワイン味の鶏の丸焼きに興味津々でかぶり付いている。

五本のワインが無くなると「ほかの酒と味が混ざるのは惜しいからやめましょう」願斌の言葉に昂(アン)先生にペィヂァンも賛同して早めにお開きとした。

小さな乳首を咥えると深く息を「すぅー、ハァー」と呼吸するようになってきた。

何時もと違って自分から誘わないと決めているようだ。

あの男殺しの顔とインドゥが言う顔だ。

妙適淸淨句是菩薩位

慾箭淸淨句是菩薩位

觸淸淨句是菩薩位

愛縛淸淨句是菩薩位

一切自在主淸淨句是菩薩位

見淸淨句是菩薩位

適悅淸淨句是菩薩位

愛淸淨句是菩薩位

慢淸淨句是菩薩位

莊嚴淸淨句是菩薩位

意滋澤淸淨句是菩薩位

光明淸淨句是菩薩位

身樂淸淨句是菩薩位

色淸淨句是菩薩位

聲淸淨句是菩薩位

香淸淨句是菩薩位

味淸淨句是菩薩位

十巡目を超えたあたりでファンに限界が来たようで、顔が凄艶な色気で溢れて来た。

 

 

五月二十九日に蘇州を出た。

鎮江の宿は前に泊まった潘家の艮倦(グェンジュアン)酒店。

與仁(イーレン)の顔を見て女中の眼が輝いた。

「これなら昂(アン)先生でなくてもわかる」

インドゥはおかしくなった。

翌朝、船が長江へ出るのを見送る女の顔は寂しそうに見えた。

與仁(イーレン)が嫁にとでもいえばともかく深入りは避けた。

来る時と違い河下の夾江へ入り、大回りで大運河へ入るのに二刻以上費やした。

蘇州から二十三日目に天津(ティェンジン)に着いた。

 

 

嘉慶三年六月二十二日(179884日)

街は茹るような暑さだ。

「運河のほうが良いですね」

皆同じ気持ちの様だ、船長が「あと三日船止めだそうです」というので約束に一両上乗せして銀三十六両渡したら「京城(みやこ)へもう少しで足止めは此処で遊んでいろとでも言われたみたいだ」を笑って受け取った。

バニラは置いて銀(かね)の葛籠を與仁(イーレン)に担がせて、ペィヂァンを連れて経莞(ジングァン)の店へ行くと「聞きましたか」といきなり言われた。

「何のことだ」

ムゥチィンの事かと思ったら船の話だ。

「哥哥の荷を積んだ船が遭難したそうです。台風で五艘やられて其のうち広州から出た二艘の内一艘がバラバラになって奇跡的に船頭は全員助けられたが、荷物は藻屑に」

輩江(ペィヂァン)が腰を抜かすほど驚いた。

「で残りの一艘は」

「昨日の朝、港へ入りました」

「どこで会える」

案内すると言って港の酒店へ連れていって呉れた。

あの厳つい男が二人とも居た、上手くいったということだ。

「雷稗行(レェイヴァィシン)の荷を積んでいたのですか」

「おお、そうだ。温州の手前でどでかい横波を食らってざまぁねえ。襤褸とはいえ台風で遣られるほど脆くは無いと海へ出たんだ。藻屑にゃ惜しいがお客の荷が無くなって顔向けできねえ始末だ」

もう一人が「そっちの紀の旦那へ届ける荷が高価だと聞かされていたんだ、申し訳ねえこの通りだ」と平謝りだ。 

「俺よりこっちが荷主だ。今天津へ着いたばかりだ」

二人の男がうまく芝居してくれた。

「荷は台風のことだ、責める訳にゃいけねえよ。実はおいらたちも九死に一生の眼に有った。同じ奴がそっちの航路へ諸に襲ったようだ。荷よりも船の損害を少しは埋めさせてくれ。それにしてもよく助かったな運のいい船頭だ」

與仁(イーレン)の葛籠から金錠で百両出して「すまねえ、こいつで帆の一枚でも作る足しにしてくれ。ケガした船頭が居たらこの男へ言ってくれ見舞い金は出させてもらう」と手渡した。

ペィヂァンはまだ放心状態だ。

「元気出せよ。皆が背負っている分だけでも無事なんだ」

さすがの太医も金額の大きさに頭が付いてこない様だ。

後は船頭たちに任せて紀の店へ戻った。

與仁(イーレン)はどうしたもんだと俯いている。

「仕方ねえよ。海へ潜って探して、出るもんじゃねえ」

「報告はどうします」

「買い入れた量と値段は俺たちしか知らないことだ、ある奴だけ買ったことで好いさ」

諦めますか、ペィヂァンも自分の懐じゃないし公金でもないので諦めも早い。

公主とインドゥの夫婦、銀(かね)は有っても吝嗇じゃないことは付き合いから分かる。

宿を決めて先生たちへ迎えを出してもらった。

インドゥが話す前に與仁(イーレン)が先生に伝えた、一番がっかりしたのはダハァイだった。

「菓子に使うくらい大丈夫だ。献上は太医の分で十分だ。もう一つで検査をすれば五つ残る。菓子作りに一つあれば見本くらいは出来るさ」

 

 

六月二十七日

京城(みやこ)では寅には通惠河の大曲まで着いて船から降りた。

荷は今日の内に引き取らせると約束し、與仁(イーレン)に店で脚夫(ヂィアフゥ)を集めて荷を蔵へ納めて呉れと頼んだ。

脚夫(ヂィアフゥ)を船溜まりで三人雇い入れて葛籠を背負わせた。

與仁(イーレン)連たちは界峰興へ向かわせ、周徳海(チョウダハァイ)を老椴盃「ラォダンペィ」へ泊まらせるように頼んで別れた。

ペィヂァンと昂(アン)先生と豊紳府へ向かい、「屋敷へ入る前に白状することがある」と堀端で話した。

平康演(クアンイェン)の所でムゥチィンが二月二十八日に亡くなった事を聞かされたが口止めをして話さなかったことを詫びた。

「娘娘がお亡くなりに」

二人は少し考えてから「お悔やみより、まずはフォンシャン(皇上)の御申しつけを片付けましょう。哥哥もそれで口止めを」と言ってくれた。

豊紳府へ着くと公主が何も言わずインドゥの胸に縋って泣いた。

「いうな、俺もムゥチィンの事は蘇州へ戻ったときに聞いた。供養も大事だが今の俺はフォンシャン(皇上)の密命の最中だ。今日このまま腰牌だけ貰って供養の許しを得てくる。それまで待ってくれ」

「せめて旅の垢でも」

「いや今回はこのまま輩江(ペィヂァン)と二人でいく、老爺には御前から下がったら向かうと人を遣って呉れ」

神武門の侍衛は旅支度に怪訝な顔だが、インドゥもペィヂァンも顔なじみの上腰牌も本物なので通してくれた。

東筒子から蒼震門をくぐり毓慶宮(イーチンゴン)でお目通りを願った。

カカオにバニラの事は手短に話し、ここはペィヂァンに任せて上皇へのお目通りを願った。

太監を付けて呉れて養心殿で帰朝報告と「伊太利の菓子を作れるものを見つけたので近々献上したい」と話して毓慶宮へ戻り、馮霽雯(ファンツマン)の供養のため下がらせて頂いた。

「七日の喪が明けたら出てまいれよ」

とやさしく言葉もかけていただいた。

二人で豊紳府へ戻ってようやく汗と埃から解放された。

衣服を整えて裏門から公主と昂(アン)先生も乗り、和第へ船で向かったのは既に酉になっていた。

櫓は二人が漕ぎ半刻で前海から和第の通用門へ付けた。

門には幾人もが出ていて昂(アン)先生は船に残り、公主と豊紳殷徳(フェンシェンインデ)は馮霽雯(ファンツマン)の霊前で旅の報告をし老爺に帰朝の報告と悔やみを述べた。

「苦労しているな」

「これしきの事。爸爸(バァバ・パパ)を思えば何のことも有りません」

「実は昨日だ。フォンシャン(皇上)のお召で毓慶宮(イーチンゴン)へ出た。船が台風で沈んだことを知っているかと聞かれた。お前の荷か」

「もうご存じでしたか。銀で一万両分の荷が藻屑になりました」

公主とまだ話もしていなかったので驚いている。

「ただ、公主からお借りした銀ですので返済を待ってもらうよう頼むつもりです」

「誰が返済をですって。怒りますよ」

角が生えかかっている。

「公主に頼みがある」

「はいお聞きします」

「其の銀(かね)は諦めて呉れ、ただわしの遺産は上皇が亡くなれば没収されるだろう。此処へわざとため込んであるが、別に「御秘官」へ委託した銀錠と金錠がある。それは上皇と平儀藩(ピィンイーファン)が承知しているが万一の為の割符がこれだ。公主が持って居てほしい」

あの護符と言われた紙だ、切れ目がわざと波型になっている、裏にこれも読めない字と三本の黒い鳥の足が切れている。

「平儀藩(ピィンイーファン)に万一のことがあれば康藩(カンファン)が役目を注ぐことになる。康藩(カンファン)が今の長とは孝(シィア)は知っているはずだ。表ではわしと平儀藩(ピィンイーファン)の繋がりは劉全も知らん」

上皇、平文炳(ピィンウェンピン)を含めて四人だけの秘密だったと言う。

馮霽雯(ファンツマン)に先立たれて弱気になっているのかもしれない。

康藩(カンファン)は豊紳殷徳(フェンシェンインデ)に従うと言うが「自分と上皇が死ねばどう動くか自信は無い」と公主とインドゥへ遺言めいた事を云った。

上皇も承知の「御秘官」の金は今、動かせないが将来二人の子が信頼できる男に為ったら継がせるように言う。

「御秘官」と「結」、「漕幇(ツァォパァ)」の為の銀(かね)だということを諄く伝えた。

「信(シィン)の事をご存じでしたか」

「霽雯(ツマン)に翠凛(ツゥィリン)から吹き込ませたのは我(われ)だ。この位の事が裏で出来ずに上皇様に信頼してもらえるものか」

いつもの笑顔が一瞬引き締まった。

「上皇も呆けた振りでもしなければ人は動かない。フォンシャン(皇上)の為にもわしと上皇が駄目な男たちは道連れにする。フォンシャン(皇上)では富察の福長安をあやせない。明日からは前の通りに富察に近づくな。フォンシャン(皇上)は今富察からの情報で動いている」

矢継ぎ早に言うと「帰朝の祝い酒と供養の酒を酌み交わそう」と翠凛(ツゥィリン)を呼んで支度をさせた。

「これから此処へは来てはならん。財産を動かしたなど、フォンシャン(皇上)に無駄な悩みを増やすこともない。ムゥチィンの供養は豊紳府でやってほしい。霽雯(ツマン)はあの屋敷が好きだった。頼む」

産まれて初めて老爺から頭を下げられた。

豊紳府へ戻りムゥチィンの部屋で二人は拝礼をして部屋へ戻った。

「なぜ今日フォンシャンへご報告に」

「なぜって六月二十七日だからだよ。期限内に報告と思ってだよ」

「休職期限は来月二日では」

「それは都を出た日の計算だ。天津(ティェンジン)で船止めには参ったと思った」

二人で話は続き「そうそう広州の事でいくつか話がある」と切り出したのはバニラの荷が海の藻屑になった話と、自分たちも危うく逃れた話の後だ。

「広州でフェイイーとあったよ」

「まさか婚家から離縁でも」

子供のことも含めて話をした。

「フェイイーなら、また格格で使えて貰いたいものですわ。子供も面倒見ますから」

「そう言ったら断られたよ」

「マァ残念。いい人でもいるのかしら」

「繁苑酒店と言う宿と料理屋を兼ねてやっていた、百人は泊まれると聞いたよ。仕事が好きだとは言っていたし、酒が強くて飲み負けた」

信じて呉れなかった。

「ほかの話は何」

「帰りの船に乗せて呉れと船主から頼まれたんだが。都で伊太利の菓子屋を開きたいそうだ」

「女の人」

「いや周徳海(チョウダハァイ)と言う、今年二十五と言っていた」

「誰か伝でも」

「どうもあの船主俺に押し付けたみたいだ。カカオにバニラなんてものに金をふんだんにかける位だから菓子屋位応援すると見られたようだ」

「良いですわよ。私が引き受けても」

「本気かい」

「だってカカオを使って作るお菓子って、聞いただけでも美味しそうですもの。フォンシャン(皇上)に全部献上したりしないでね」

読まれているとインドゥも観念した。

「バニラも今日の二つ以外にまだあるんだ」

「昂(アン)先生の分ね」

「あと與仁(イーレン)たちにも担がせてあるから菓子を作るのに十分あるさ。献上は七つに分けた二つだけさ。あと一つはペィヂァンのお仲間の医者に検査させるから四つ残る」

「ところでお菓子屋さんで必要な食材を知っていますの」

「バニラは香り付けか、カカオは砂糖を混ぜてチャオクリー(チョコレート)にすると聞いた。あとは小麦粉、卵にクルミなどの木の実とか干し杏は麵麭にくるむと言っいっていた」

「よだれが出そうですわ」

「まだ腕がいいか分からないんだぜ。気が早すぎるよ。そうだ牛の乳も必要と言っていた」

「それどこでやっていますの、城内では飼っていましたけど」

「広州には街の外で沢山いる所を通ったが京城(みやこ)では気が付かないな。それと肝心の売る店と作る場所だ」

「お母様の貸家」

「どうかしたのか」

「全部私が頂いたの。そうしたら先月峰家の息子が通りの南を全部売ってほしいというの」

「あいつか、遊び人でそんな金持っているのか」

「それが、惚れた人が出たの。峰勇胡(フェンヨンフゥ)じゃなきゃお嫁に行かないと大変なの」

「この近所の娘か」

「育群胡同の兮盃(シーペェィ)って知っています」

「ああ、あのあばずれなら有名だ、あれが勇胡に惚れた。おいおいあそこで妓楼でも始める気かよ」

「もちろんそんなお店にされては困るので劉全興でお断りしたの。どういう手を使ったか三軒出て行ったの。どうします」

「そうか其処へ菓子屋か。面白い。昂(アン)先生に言って空き家へお兄(あにい)さん方を暫く寝泊まりさせるか、ほかの者が追い出されないうちにやってもらおう。酒に菜を差し入れすれば喜びそうだ」

 

 

翌二十八日朝、ペィヂァンは自分の家に昂(アン)先生の葛籠から出したバニラを持って戻った。

昂(アン)先生は話を聞くと劉全興と胡同の護衛代わりのお兄(あにい)いさんを探し出しに出向いてくれた。

豊紳府へ孜漢(ズハァン)が荷は蔵へ引き取った報告と、悔やみを言いにやってきた。

「カカオとバニラはどうしますか」

「カカオはペィヂァンから言って来たらその分を内務府へ渡す予定だ。残りはバニラと一緒に老椴盃(ラォダンペィ)へ泊まらせた周徳海(チョウダハァイ)に菓子屋を遣らせるのに使う」

「與仁(イーレン)から聞きましたがどこか目当てでも」

「今、昂(アン)先生が劉全興へ出向いているが、公主がムゥチィンから受け継いだ轎子(ヂィアオヅゥ)胡同の予定だ」

「どこか立ち退かせますか」

公主が可笑しそうに「ねぁ、ハァン、早耳の貴方に聞こえてこないの」と言い出した。

「何のことですか」

「兮盃(シーペェィ)のことよ」

「あのあばずれ、男に入れあげて妓楼を開くと息巻いてますよ」

「相手は知っているの」

「ぐうたらの、勇胡(ヨンフゥ)ですがその二人と何かあるんですか」

「どうやら轎子(ヂィアオヅゥ)胡同に目を付けたらしくて売れと言うのよ。劉全興に断らせたら、三軒追い出されたようなの。旦那様と一緒にそこへ菓子屋を大きく開こうと思うの」

「昂(アン)先生が差配でも」

「あっ、それ好いわね。胡同の差配人ならお手当出せますもの」

先生困った顔で戻ってきた。

「どうしましたの。何か問題でも出来ました」

「実は、劉全興でいい機会だから、差配人を遣れと書類を持たされました」

「先生、今その話こっちでも出ていたのよ。いい機会だから一人雇いなさいな」

「そんな私の俸給で雇い人など無理ですよ」

「大家なら給与も出すわよ。その金で差配人を雇えばいいの。家はまず三軒を建て直すから一軒その人を置いて家賃を集めさせれば好いわ。そうすれば先生は名目だけで済むわよ」

「そりゃ濡れ手に粟の美味しい話ですね。先生うけにゃ損しますぜ」

ハァンに言われて「哥哥それでいいですかね」と確認した。

「好いさ、それでお兄(あにい)いさんの方はどうなる」

「そいつは頼んできましたから今日にも連絡が来ます」

「ハァン、そういう訳だ、俺の方は忌日明けまでここにいるから、誰か連絡を付ける者を朝晩寄こしてくれ、それと徳海(ダハァイ)に京城(みやこ)の案内と店を開く手伝いをできる者を探してほしい」

「分かりました。早速手配します。良かったですよ、バニラの件でがっかりしてるとばかり思っていました」

「がっかりより、びっくりの話をしてあげるわ。実はね昨晩老爺がもう知っていてフォンシャン(皇上)から聞いたそうなの。富察に気をつけろと言われたわ、劉全の言う通りだったわね」

皆で富察に気を置くように話してハァンと別れた。

「哥哥、積み荷の事で劉全老爺が、洋人たちは貨物や船にcargo insurance(カーゴインシュアランス)ってやつで事故があると金が出るそうですぜ」

「言葉からすると英吉利あたりか」

「そう言ってましたね。あいつらなんでも金儲けの種すると言ってましたよ。仏蘭西のワインを買い占めてこっちで売り出してるそうで、例のフェイイーの店にファンのもそうじゃ有りませんかね」

「先生、フェイイーのお店繁盛していたの」

「大層なものでね、最初紹介されたときは魂消ましたよ、まさかフェイイーの店とは知りませんから幾らとるんだとおっかなびっくりでね。二階建てで下が広間に寝部屋に食堂。お供用に二階に六部屋もありました。それが離れと言うには呆れました」

「フェイイーが酒豪って本当」

「聞きましたか。途中で明日の仕事がありますと抜けましたが、本気で飲ませたら哥哥より強そうでした」

「哥哥は振られたと言っていますわ」

「儂もね聞いていましたよ。仕事が面白いんじゃありませんかね」

「あら、可哀そうに人の前で振られたの」

「そういや、そうでしたね。あの時はそういう風には思いませんでしたな」

「ほかに面白い話はあった」

「好いんですかね哥哥」

「その言い方怪しいわ」

「変な話じゃないんですよ。回族の血が混ざったちっこい娘が口譯(クォイィー)になりましてね。年は十九だと言うが見た目は十五.六、すばしっこくてね。カカオにバニラもその娘の手蔓で手に入るわ、帰りの船の手配もきっちりしてくれる。大したもんですがフェイイーが言うには自分の手数料もがっちり稼いだそうでね」

「まぁ、面白い」

「酔い覚ましに棒を振っていたら、一日で覚えられる型は有るかなんて突拍子もない事平気で言うんですよ。ま、二人掛りでかっこだけは付けてきました」

「覚えたの」

「哥哥に軽く受け流されたのが悔しそうでしたから、自分で工夫するでしょう。京城(みやこ)の娘なら弟子に欲しいくらい根性ありますね」

大分褒めた。

「あとそのシィアンチェンと言う娘の爺さんが変わっていましたね。骨董などの店でしたが見本に下がっていた筆が本物ならすごい物ばかりでね」

「そうだ、硯も本物なら大した値打ち物ばかりだが、本物じゃないというのが売りかもしれない、拓本に写本でも、いい装丁なら和国長崎でいくらでも買うそうだが、どうも広州物は危ないのが多くて手を出せない」

「蘇州で買ったものは儲けたくせによく言います事」

「儂は見てないんですよ」

「噂が書物好きに広まったのさ。勝手に選んで値を付けたのが二百五十両。いやだと言ったら三百おいて強奪しかねない勢いで持っていった。おまけに板橋は要らないというので笑いが止まらない。よっぽど偽に見えたようだ」

「本物でしたか」

「いや分からないのが本当だ。写本の字は癖を出したら怒られる、売れなきゃ銀(かね)にならないからな。こちらは板橋でなくともそうらしいで十分さ」

 

 

夜になって権洪が遣ってきて昂(アン)先生も交えて話がしたいという。

何事かと広間にやってきたら老媼(ラォユゥ)が一人ちょこんと椅子に座っている。

慌てて降りて公主とインドゥにひざまずいて挨拶を始める。

気さくな公主に勧められてようやく椅子へ戻った。

「少し話がこんがらがって」とホォンが言う。

「この媼、轎子(ヂィアオヅゥ)胡同に親の代から住んでるそうでね。公主に追い出されたと勘違いして家の嫁さんに泣きついて来たんですよ。そんなことするはずないと言っても信じないので哥哥が戻ったと聞いて連れてきました」

権洪に兮盃(シーペェィ)と峰勇胡(フェンヨンフゥ)の事を話して聞かせた。

老媼(ラォユゥ)も兮盃(シーペェィ)の事は子供の頃から知っていたと言う。

「先生、明日元の家へ連れてってお兄(あにい)いさんの飯の世話でもさせてやってくれ。これ媼よ読み書きできるか」

「これでも近所じゃ先生だ」

「そりゃ御見それした、昂(アン)先生を新しい大家にするから差配人で家賃を集めるくらいできるかい」

「そん位朝飯前だ。払わなきゃ叩き出してやる」

「駄目駄目、そんなことしちゃ。穏便にね」

公主に言われてもたじろがない、年の功と言うやつらしい。

「あたりきだぁな。いうだけのこんだ」

「先生、三軒の内路地の際へこの媼を入れようと思うがどうだろう」

「哥哥、貰った図面じゃ反対側ですが」

「新しくするから移るかい」

「家賃が高きゃ嫌なこった」

権洪、ハラハラしどうしだ。

「大丈夫、差配人は給与も出るし、家賃はただよ」

「そんなら御の字だ」

言葉と裏腹に椅子から降りて公主に拝礼した。

「権洪、この媼の家財は」

「身一つでおん出されて知り合いを転々としてまして、その風呂敷一つ、でも家に残ってるかもしれません」

「とりあえず先生に任せて戻っていいわよ。媼は此処で泊めるから」

翌二十九日は月末、媼を連れて先生は轎子(ヂィアオヅゥ)胡同へ出かけた。

先生に言われて空き家の真中へ三人の威勢のいいのが入ってきて周りの住人は不安そうに遠巻きに見ている。

「顛老媼(ディアンラォユゥ)、無事だったの」

「あたりきだ、このお人が新しい大家だ」

先生の袖を引いて教えた。

「俺が差配人だ、家賃はおれんとこへ持って来いよ」

皆笑い出した、子供の頃から媼の悪口(あっこう)に為れている者ばかりだ。

「誰か追い出されたもんの行方(ゆくえ)を知ってるなら連れ戻して来いよ。この先生が面倒見てくれる。向こうの胡同との間の空地へ水はけが出来たら六軒新しく建てるからそこへ入れるとさ」

「新しくとも家賃は同じかい」

「ばかやろう、同じじゃなきゃ戻ってこいは無いだろ」

「おいらの家も新しくしてくれるのかい」

「ああ、公主様は順番に此処を新しくしなさるそうだ。古いほうが良いなら早く言っとくれ」

先生と顛老媼(ディアンラォユゥ)が新しい帳面と首っ引きで来月の家賃を集めた。

十二軒の貸家で三軒のけて二千七百銭、建て直せば相当の赤字だ。

どうやら日銭稼ぎの小商人は追い出しが後回しにされていたようだ。

先生がお兄いさんを「ここの留守番に暫く泊まるから仲良くやってくれ」と顔を覚えて貰った。

媼に飯と酒の面倒を見て呉れと頼んで小粒をいくつか渡して戻った。

 

 

嘉慶三年臘月

公主は自分が妊娠できないのでまたインドゥに格格を入れることを提案した。

使女も嫁に出したものが子供を連れて来ると我が子のように大事にしている。

使女に手を出さないインドゥは豊紳府に格格が居なくなって一年半、公主も心配している。

京城(みやこ)に妾は居ないことは知っている。

前に来た潘寶絃と時々逢瀬を楽しみにしている事は知っている。

他に南京に娘がいる事も掴んだ。

なぜ屋敷に格格を置かないのか公主には不思議だ。

 

寶絃(パォイェン)姐姐(チェチェ)が通惠河(トォンフゥィフゥ)大曲近く月河胡同(例の暗号)潘寶絃定宿の韓泰飯店に来ていると昂(アン)先生がインドゥに教えた。

「なんで呼び出しが来ないのかね。哥哥はどうしてか知ってますか」

「仕事が忙しいのだろ」

そんなやり取りの後三日して呼び出しが来た。

「来ているのを知っていてなぜ来てくれないの」

来るそうそう恨み言だ。

「遊んでいる暇がないのは承知のはずだ」

「だって」

寝床へ座らせて口づけをして服を脱がせた。

乳房を持ちあげて乳首を口に含んで甘噛みをするとインドゥの服を脱がしに来た。

膝を割って秘所を舌でこそげると薔薇の香水の匂いがした。

「姐姐(チェチェ)。宝貝,我愛你(バオベイウォアイニー)」

「我愛死你了(ウォーアイスニーラ)、哥哥」

「寶絃(パォイェン)とても気持ちいいよ」

「アアッ、アアッ。哥哥。哥哥」

「アアッ、アアッ。哥哥。哥哥」

身体をそらせて耐えている「アッ、若い頃の姐姐(チェチェ)みたいだ」と云うのも善がり声を連続して上げない姐姐(チェチェ)は初めての時と同じだ。

一呼吸遅れて姐姐(チェチェ)が「ウッ、ウッ」とうなる様に体中で喜びを表現して弛緩した。

インドゥが胸に顔をうずめてもいつものように抱きかかえずに腰へ手を遣ってインドゥを優しく擦っている。

 

 

嘉慶四年一月三日(179927日)、弘暦(フンリ)は八十九歳で薨去。

誕生は康熙五十年八月十三日(1711925日)。

乾隆帝・高宗-愛新覚羅弘暦(アイシンギョロ・フンリ)

(アイシンジュエルオ・フォンリaisin gioro hung li

 

同日、嘉慶帝は弘暦(フンリ)の最後の寵姫寿貴人を太貴人と尊位を贈った。

嘉慶四年正月三日(179927日)-乾隆帝逝去・嘉慶帝尊為寿太貴人

六宮の動揺は収まった。

 

嘉慶四年正月初八日、内閣が命令を受けた。

「成親王永瑆・刑部尚書董誥・兵部尚書慶桂は軍機処で業務に当たれ。戸部侍郎の那彦成と戴衢亨は軍機処に留任させる」

 

嘉慶帝は和珅(ヘシェン)一族のみならず、富察(フチャ)一族にまで弾劾の手を伸ばした。

和珅(ヘシェン)には二十の大罪を犯したとして捕縛が命じられた。

一時は福長安も斬刑との処分が下されるほどであった。

 

この騒ぎで劉全にも捕縛命令が下された。

罪状が豊紳府へ伝わるのが遅く、賄賂と断罪された銀は公主が降嫁したとき、劉全興の金庫室へ保管されたとの預かり証をフォンシャン(皇上)へ届けるのに時間が掛かった。

その間に、劉全からの借金の多い者と思われる人物に買収された慎刑司役人の手によって劉全は亡くなっていた。

自白しないからと真冬に冰(ピン)のような冷水を浴びせられ一晩放置された。

翌日午後、勅諭が届く前に忠実な老人は凍死していた。

和珅(ヘシェン)の家人劉全は、下賤な家奴の身でありながら、押収したその財産はなんと銀二十万両あまりに及ぶ。大小の真珠の腕飾りも見つかった。横暴なやり方でせびり取ったりしなければ、ここまで豊かになることはない。大罪その二十である。

 

 

嘉慶四年正月十八日

豊紳殷徳は固倫公主の夫であり、先帝は固倫公主を特にかわいがっていたため、先帝のお気持ちを慮り、まげてこれを責めることをしない。

もしも今回、豊紳殷徳の官職を剥奪し、一般人と同様にするなら、体制にもふさわしくない。

和珅の公爵の位は、王三槐を捕えた功績に対して与えられたものなので、提案通り剥奪する。

ただし、特別に伯爵にとどめ、豊紳殷徳に継承させる。

豊紳殷徳は自宅にこもり、外出して騒ぎを起こすことのないようにせよ。

 

閉門にするとは言っていない、要は遊び歩くなよということで終わりだ。

公主の銀(かね)は肝心の劉全の死で戻ってこない。

ということになっている。

三十万のうち半分は、前にインドゥが和信(ヘシィン)の為に隠匿した。

行き先は平大人の手で上海(シャンハイ)環芯、杭州(ハンヂョウ)平関元、広州(グアンヂョウ)は王太太、雷稗行に伍敦元も協力している。

インドゥの日常に変化はない、ただ公主は街歩きが二人で出来ないとお冠だ。

一回ごとに届けを出せと裏で話が来た。

表門は閉めているが、脇門に通用門、裏門は出入り自由にしている。

和第の半分が公主に一代限の条件で下げ渡され「別荘へ遊びに行く」のでその道中ですと二人で街を出歩いている。

半分の屋敷は永璘(ヨンリィン)が拝領した。

豊紳府の裏門から舟で出れば通惠河は西海迄続いている、舟遊びも面倒でも前日までに届けさえ出れば黙認される。

和第も前海から脇門まで船で行ける。

和珅(ヘシェン)嘉慶四年一月十八日(1799222日)五十歳死去。

参照

論文嘉慶維新(1799年)再検討・豊岡康史氏

嘉慶四(1799)年七月上諭の訳注および考察(1)・豊岡康史氏他

嘉慶研究序説( )嘉慶四年正月・二月の上諭・豊岡康史氏他

 

 

嘉慶四年三月三日 

屋敷に形だけでも禁足に成って潘寶絃と外で会えなくなった。

上巳(じょうし、じょうみ)の節句の日、平大人がインドゥではなく公主にお目通りをと言ってきた。

「何遠慮しているの」

そういって裏の船着きまで自分で迎えに出て行った。

恥ずかし気に後ろを向いているのは一度豊紳府へ来た潘寶絃だ。

「パォイェンチェチェ、どうしたの。早くおはいりなさい」

戻って待っていると二人がおずおずとやってくる。

何か様子がおかしい。

平大人の袖をパォイェンチェチェが引いて何か催促している。

「あら、この二人出来ちゃたのかしら」

公主、様子がおかしい二人を見て可笑しな勘繰りをした。

「実は姐姐が妊娠しまして」

やっぱりそうかと公主は「何か月」と聞いた。

「まだ四月程」

恥ずかしそうに答えている。

「実はね、昨年臘月の半ばにこいつが京城(みやこ)へ来たときに出来たらしいんで」

あら、臘月は平大人確かマカオだって言っていたわと、まだ平大人が孕ましたと勘違いしている。

「おかしいわね大人、あなた九月から正月の間マカオにいたと、この間言っていたわよ」

可笑しい、話が錯綜していると大人気が付いた。

「娘娘。何か勘違いでも」

「あなたと姐姐(チェチェ)が出来たという話と違うの」

平大人、腰が抜けるほど吃驚して口がパクパクして言葉が出ない。

「こいつとですかぁ」

手を振って懸命に否定している。

「じゃ旦那様の子なのね」

姐姐(チェチェ)が頷いている、やはり公主の言葉に気が動転した様だ。

「姐姐(チェチェ)あなた年は」

丁丑の生まれで、四十三です」

もじもじとはずかしがって、あの浅黒く引き締まった顔が真っ赤だ。

さぁ、大変だ屋敷中が大騒ぎだ。

「なにが、有った」

のんびりしているのは昂(アン)先生とインドゥくらいだ、囲碁を闘っていて騒ぎが大きいと見に来たようだ。

控えている二人を見て「なんだいふたりとも」と不思議そうだ。

公主意地悪く「二人が来たのは姐姐(チェチェ)が妊娠した報告」自分と同じように思うだろうとの思惑だ。

インドゥ座り込んで姐姐(チェチェ)の手を取って「あの時の子か」と冷静だ。

公主つまらなそうに「もう」と不満顔だ。

インドゥは公主に「娘娘、念願の子供を抱けるぞ」と抱き寄せて口づけまでしている。

漸く姐姐(チェチェ)と平大人に椅子を持ってこさせて座らせた。

公主はどこへ住まわせようかもう大騒ぎだ。

姐姐(チェチェ)が平大人の袖を引いて「言わないこっちゃ有りませんよ」とごねている。

「まだ何かあるの」

「いえね、こいつ、船をね、降りたくない、と、ごねるんで」

一言ごとに間合いを取っている。

「それで黙鞍化して(だまくらかして)連れ込んだんです。此処まで来ればこっちのもんだ」

上手く場を和ました、さすがは百戦錬磨の男だけの事はある

「駄目よ、この家から帰さない。姐姐(チェチェ)も観念しなさい。旦那様も助け船は無用よ」

立ちあがって姐姐(チェチェ)の頭を抱きよせて「丈夫な子を産んでね」と頼み込んだ。

インドゥに我儘を言っても公主のやさしさについ涙がこぼれるチェチェだ。

宋輩江(ソンペィヂァン)が若い娘とその母親の女を連れて来た。

王瓢養の娘と孫だという。

「この間約束した産婆です。娘は私の恩師に薬学を学びましたので、二人で姑姑のお産の手伝いを」

「いい処へ来たわ。家も、もう完成したわよ。いつでも住めるわ」

姑姑の花琳(ファリン)が一昨年昂潘(アンパァン)と一緒になって屋敷に家を建てさせ、このあいだ妊娠が分かったばかりだ。

ファリンは今年三十八歳になった。

大勢あつまっているのを見てやっと何かあると気が付いたようだ。

「媽は何人くらい取り上げたの」

「百はこえて数えるのを止めました」

娘が口を出した「あの後は百二十二人よ、死産は二回だけ」きっちりした娘の様だ。

「高齢の初産ということは聞いた」

「三十八歳と聞きました。五十まえで死産は有りません。半年前から食事に気を配れば産道も疲弊しません」

ということだと死産は本当の高齢の妊娠の様だ。

「若い方は十一歳よ。もうその子が七歳になったわ」

「この子は十一の時から産婆にしようと仕込んでいますが、中々言うことを聞かずに女医者になるなんて困ります」

「産婆と医者で組めば死産は減るわ、その人が姑姑、それにしては五か月では無いわね、せいぜい三月から四月」

「そうね私も変だと思っていたの、外仕事で鍛えた人みたいだもの」

花琳(ファリン)が遣ってきた。

「落ち着いたようだから来てみました」

何て言っている。

インドゥ女たちに任せて男たちを自分の部屋へ誘った。

「驚いたな。姐姐(チェチェ)が妊娠できるとは」

「驚いたのはこっちですぜ哥哥、娘娘いきなりワッチと寶絃(パォイェン)が出来たと勘違いしやして」

「居合わせたかったなぁ」と昂(アン)先生、これには一同大爆笑だ。

「で」

「でじゃねえですよ。どこで産ませます。部屋はどうします寧寧(ニィンニン)チェチェの部屋はうまってますよ」

「もう一軒建てるしかないな。輩江(ペィヂァン)に頼んで届けを出すか。あの親子の住まいという名目でどうだ」

「それならすぐ許可が出ます。上役に婚約の届を出したばかりですから」

「なんだぁ」

昂(アン)先生もう酒盛りでもしますかと言いだした。

インドゥを呼びに来た。

公主が「もう一軒家を建てて好いですか」と願ったりの言葉だ。

「いいさ、誰を入れる」

わざと言ったらペィヂァンとこの娘だという。

「婚約したばかりと聞いたが」

公主、隣の空屋敷を手に入れたそうだ、そこを改築か新築して住まわそうと相談だ。

もうこうなると公主の独壇場だ孜漢(ズハァン)まで呼ぶ騒ぎで、話はどんどん大きくなってゆく。

庭の新しい家もひと月で建ちあがる早業だ、なにふた月先の約束の家の資材の横流しだ。

大工も同じものならすぐ間に合うので嬉しい悲鳴だ。

同じじゃねえかなどばれっこない屋敷うちだ、ふた月職人も遊びが出ないうえ割り増しまで手にした。

家が出来るまで産婆の親子と姐姐(チェチェ)は同居に決まった、料理人に自ら考えたという高齢出産用の食事献立を渡して、公主から守る様に言って貰った。

それからパォイェンチェチェは産婆がつきっきりで世話をした。

花琳(ファリン)の方は娘が引き受けた。

はなれられなくなって、チェチェの家が出来ると付いて行った。

チェチェと一緒に働いて庭木の手入れまでして公主に怒られた。

「もう、産婆さんが危ないことまでさせるなんて」

怒られても産婆の親子は平気だ「動いた方が高齢の人のお産、特に初産は軽く済みます」なんだそうだ。

輩江(ペィヂァン)の家は半年後には建て終わる、黙っているが公主はもう地券を書き換えさせた。

孜漢(ズハァン)は景延(チンイェン)と拳稟(チュアンピン)を、屋敷うちが落ち着くまで毎日通わせて御用聞きだ。

儲けものは姐姐(チェチェ)の従姉弟梁冠廉(リィアングァンリィエン)が二月に一度は各地の名産を持ってやってくることだ。

八月に花琳(ファリン)が男の子を産んだ。

昂潘(アンパァン)は昂凛(アンリン)と名付けた

九月の末二十九日に寶絃(パォイェン)チェチェが、女の子を産んでこれで一安心だ。

産婆の言う通り食事に気を配り、体を動かしていたせいか、心配していた降りるのが遅れたり、産道が傷つき出血が多くなる騒ぎにはならなかった。

怖いのは二人の胎児の育ちすぎと早産だったそうだ。

「年を取ると死産が増えるのは産道が堅くなるからです」

「小さく生んで、大きく育てる」

そう親子が言ってふたりはお菓子も制限されていた。

女の子は和莱玲(ヘラァイリ)と名前が付けられた。

困ったことに子供を産んでも姐姐(チェチェ)はインドゥに首ったけで、乳母が困るほど甘えてくる。

一度公主に見つかって呆れられても、三日もすればじゃれたがる。

公主が「子供は私が育てるわよ」と脅かしてやっと大人しくなった、昼間だけだが。

産婆の媽は見て見ぬ振りが得意だ、それをいいことに子供を見に来るインドゥに甘えてくる。

媽は有るとき「甘えるのは銀(かね)が出て行かない、強請(ねだ)られるよりよっぽそまし」とインドゥに言ってきた。

仕方ないなぁと部屋へ来ると甘えに任せるしかない。

飽きると思ったのに、毎日のように甘えて姐姐(チェチェ)は喜んでいる。

産褥明けは媽が昨日から十日、自分の本職で留守だった。

乳母が子供を連れて下がると、インドゥに寝る間をあたえずに、何度行っても疲れを知らないかのように迫った。

「もう一人産みたい」

「知っているか」

「何」

「せっかく子種が出来ても何度もやると流れてしまうことだよ」

「うそっ」

「せっかく本職の医者に産婆がいるんだ聞いてみな」

やっとその日は解放された。

信じられないらしくて、媽が戻ると早速聞いたようだ。

媽が教えた本の題を言って持っているか聞くので探し出した。

それを読んで納得はしたようだが迫るのは減ることがない。

効果なしだ。

十一月に輩江(ペィヂァン)と産婆見習い、胥幡閔(シューファンミィン)の婚姻が行われ隣に住んだが、母親の方は姐姐(チェチェ)の家に居座ったままだ。

産婆の仕事の依頼が来ると「えっコラショ」と十日(とおか)ほど留守にする。

難しいお産だとペィヂァンへ使いが来て娘が手伝いに出向いていく。

ふた月、三月の仕事は手蔓があるらしく他へ回してしまう。

隣との通用門が丁度姐姐(チェチェ)の家の後ろなので出入り自由になっている。

自分の家は公主が付けた女中が管理していて、インドゥが来ると茶を飲みに行くくらいだ。

公主も「新婚だから姑が居なけりゃ、夫婦でなんでも好きにできる」と鷹揚だ、格格をとこのところ言い出さないのでインドゥも安心している。

其のペィヂァンの元に毎月のように弟子に成りたいというのが遣ってくる。

門番の夫婦では言うことを聞かないので、全部幡閔(ファンミィン)が追い返しているが、昂(アン)先生はどこがあいつの魅力なんだと不審げだ。

そりゃそうだ見習いが取れても、三日に一日出るだけの下っ端の医者だ。

朝出て翌日の昼に下がってきて翌日が休み、この時は評判を聞いて投薬の依頼人が遣ってくる。

なんせ安い薬剤で同じ効果をうむものを調剤してくれる。

貧乏人にはありがたい先生だ。

小商人が頼まれなくても遠くから貴重な薬剤を持ってくると惜しみなく買い入れてしまう。

インドゥはあの時の補正薬のしこりが上役に有る間、出世は無さそうだと見ている。

 

内務府はカカオをいい値段で買い入れてくれた、チャオクリー(チョコレート)に出来る者が居たようでフォンシャン(皇上)は大喜びだ。

六宮の妃嬪にも受けがいいようだ。

輩江(ペィヂァン)に一度に数を食べない様に言われるほど消費している。

一人太監で食べ過ぎて鼻血を出してからやっと輩江(ペィヂァン)の言うことを聞くようになった。

バニラにカカオがもっとないかと広州へ買い付けの使者が出たが、カカオは買えてもバニラは簡単に出てこないのをいいことに、平文炳(ピィンウェンピン)の隠したものを敦元(トンユァン)が手を回して高く売りつけた。

使者も面目がたつので十梱を金千両と報告したら許可が出て持ち帰った。

フォンシャン(皇上)は内務府に命じて一梱をダハァイの轎子(ヂィアオヅゥ)胡同の菓子屋へ金百両で売りわたした。

周徳海(チョウダハァイ)の作るチャオクリー(チョコレート)と内務府を競わせる気だ。

 

街の富裕なものは飲むチャオクリー(チョコレート)を知っていて、飲みたいと思っていたようでじわじわと売れていて、ダハァイはハァンから金(かね)を借りて買い入れた。

輩江(ペィヂァン)が初心者は牛乳で薄めて飲むように勧めさせた。

バニラ入りは人気で飲むと髪の艶が増すと評判だ。

老爺の中で秘密めいた噂で「朝立ちが戻った」と密やかに広がった。

輩江(ペィヂァン)の忠告で「妊娠中は飲み過ぎはやめましょう」と張り紙まで出して抑制している。

輩江(ペィヂァン)の友人の馬医者からダハァイの店の屑チャオクリー(チョコレート)を与えた結果、犬、猫、烏、などは中毒を起こすことが有ったと報告があった。

成功例は年齢別の十頭の猿に与えたところ毛並みに艶が出て、老猿の抜け毛が止まったという。

同時に馬に与えて良いものと悪い物も報告が上がり、犬、猫、ウサギも同じと考えられると追記もあった。

包菜(キャベツ)・葱(玉ねぎ)・茄子・菠菜(ほうれん草)・チョコレートは特に気を付けるよう触れが回った。

馬、犬、猫の若死にはこれ等の誤食による中毒と思われるという。

広州の洋人は牛ならカカオの中毒に為らないと言っていると聞こえて来た。

 

ダハァイの店は伊太利の麺麭に菓子が主力だ。

牛乳も毎朝しぼりたてが昼前に手に入る様になり、クリームを作る職人を雇った。

牛乳、クリームは冬で二日、夏で半日とペィヂァンに言われて店の方で飲む、食べる場所を提供して持ち帰りは断らせた。

牛乳も沸かして飲めば中毒は防げるというが腐るのに要した刻は同じだと云う。

公主とインドゥは乳牛牧場に冰(ピン)室を郊外に作らせるほど店に貢献して応援した。

店は売り子などを入れて八人も雇うほど盛況だ。

胡椒面包(パンペパート・panpepato

餡餅(クロスタータ・Crostata

馬里托佐(マリトッツォ・Maritozzo

女士之吻(バーチ・ディ・ダーマ・Baci di Dama

など聞きなれない名前に惹かれるようだ。

特に餡餅(シャーピン)は昔から肉入り等があるので親しみやすいようだ。

杏の甘煮、小豆の甘煮を入れたのが評判だ。

試作段階から近所の子供たちの評判は良く、最初の頃は売れ残れば近所に配られていたので自分でも将来麺麭の店を開きたいという子が多い。

 

公主は紫禁城へ上がる回数は減った。

惇妃は公主から妾に九月二十九日、女子が産まれた、そういっても無関心だ。

「それより花琳(ファリン)に子供を見せに来いと伝えよ」

何時までも自分の宮人(公主付)だったファリンを下に見ている。

和信(ヘシィン)の事を教えたいが、お喋りのムゥチィンがしゃべるのは目に見えている。

友達と言える妃嬪が居ないのにいつも強気だ。

行くとインドゥの悪口を聞かされるので自然足が遠のくことになる。

公主には余人に代えがたい大事な夫を、今でも臣下としか見ていない。

 

公主と亡き母の懸念したとおりになったとフェンシェンインデは得心した。

和珅(ヘシェン)の断罪を知らずに亡くなったのは「ムゥチィンにとって良かった」とインドゥと公主は胸をなでおろした。

 

嘉慶四年末

京城(みやこ)へ来た西班牙の貿易商はバニラには滋養、強精に効果があり、新大陸の王族が秘密にしたほど貴重品だと上奏した。

フォンシャン(皇上)は太医院の老医師たちを追い払った。

若い有能な医師を採用して宋輩江(ソンペィヂァン)が指導監督を命じられた。

 

 

しかしこの男嘉慶帝の信頼は厚い、その代わり嫉み妬みも多い。

豊紳殷徳(フェンシェンインデ)

-固倫和孝公主

十公主(十五歳)が豊紳殷徳(フェンシェンインデ十五歳)に降嫁した。

乾隆五十四年十一月二十七日(1790112日)

三等公・字天爵

御前大臣・護軍統領兼内務府総管大臣・総理行営事務

乾隆五十四年(1789年)七月-御前行走

乾隆五十五年(1790年)-散秩大臣行走

乾隆五十九年十月-正黄旗護軍統領

乾隆六十年正月-内務府大臣

嘉慶二年八月-正白旗漢軍都統

嘉慶四年(1799年)一月十八日-伯爵

嘉慶七年(1802年)十二月-散秩大臣上行走

嘉慶八年(1803年)-散秩大臣上行走・伯爵解任

清史稿-列傳一百六-16

公主府長史奎福訐豐紳殷德演習武藝、謀為不軌,欲害公主。

廷臣會鞫,得誣告狀。 

詔以豐紳殷德與公主素和睦,所作青蠅賦,憂讒畏譏,無怨望違悖;惟坐國服侍妾生女罪,褫公銜,罷職在家圈禁。

嘉慶十一年(1806年)-正白旗蒙古副都統。

(伯爵復位ウリヤスタイ派遣-維基百科-wikiwand.)。

(頭等侍衛・伯爵復位・ウリヤスタイ派遣- wiki

嘉慶十二年(1807年)一月-鑲藍旗満州副都統。

嘉慶十二年(1807年)十二月

(伯爵復位・烏里雅蘇台(ウリヤスタイ)派遣-百度百科-baike.baidu

嘉慶十五年四月-公爵

嘉慶十五年五月二日(181063日)三十六歳死去。

 

嘉慶四年(1799年)-福長安下獄、奪爵位。

何時獄から解放されたか記録は見当たらない。

嘉慶十一年(1806年)-福長安、囲場総管。

嘉慶十二年(1807年)-福長安、熱河副都統。

嘉慶十三年(1808年)-福長安、熱河副都統兼古北口提督。

嘉慶十四年(1809年)-福長安、囲場総管、兼马兰镇総管、内務府大臣。

嘉慶十八年(1813年)-福長安、马兰镇総管、兼古北口提督。

嘉慶二十年(1816年)-福長安、正黄旗漢軍副都統、健管総統大臣

嘉慶二十一年(1817年)-福長安、正藍旗満州福都統。

嘉慶二十二年(1817年)-福長安、五十八歳死去。

 

富察錫麟-満洲鑲黄旗人。福長安の子。

錫麟は、もともと福霊安から雲騎尉を世爵として継いでいる。

福長安が罪を得たので、侯爵も剥奪すべきであるが、福霊安は無関係である。錫麟は特別に以前どおり雲騎尉とするが、侍衛を解任し、今後は乾清門での活動を禁止し、出身旗にもどして閑散差使とする。

 

豐紳宜綿(伊綿)-満洲正紅旗人。和琳の子。

豊紳伊綿は公爵の位を剥奪し、侍衛を解任する。今後、乾清門での業務は許さないが、特別に雲騎尉を授け、出身旗にもどして閑散差使とする。

 

豊紳済倫は父が福隆安、母は和碩和嘉公主と豊紳殷徳(フェンシェンインデ)に準じて先皇の血を引くため福長安に関与したとはみなされなかった。

 

   第二十五回-豊紳殷徳外伝-4 ・ 2021-08-07
   
自主規制をかけています。
筋が飛ぶことも有りますので想像で補うことをお願いします。

   

功績を認められないと代替わりに位階がさがった。

・和碩親王(ホショイチンワン)

世子(シィズ)・妻-福晋(フージィン)。

・多羅郡王(ドロイグイワン)

長子(ジャンズ)・妻-福晋(フージィン)。

・多羅貝勒(ドロイベイレ)

・固山貝子(グサイベイセ)

・奉恩鎮國公

・奉恩輔國公

・不入八分鎮國公

・不入八分輔國公

・鎮國將軍

・輔國將軍    

・奉國將軍

・奉恩將軍    

・・・・・

固倫公主(グルニグンジョ)

和碩公主(ホショイグンジョ)

郡主・縣主

郡君・縣君・郷君

・・・・・

満州、蒙古、漢軍にそれぞれ八旗の計二十四旗。

・上三旗・皇帝直属

 正黄旗-黄色の旗(グル・スワヤン・グサ)

 鑲黄旗-黄色に赤い縁取りの旗(クブヘ・スワヤン・グサ)

 正白旗-白地(多爾袞により上三旗へ)(グル・シャンギャン・グサ)

 

・下五旗・貝勒(宗室)がトップ

 正紅旗-赤い旗(グル・フルギャン・グサ)

 正藍旗-藍色(正白旗と入れ替え)(グル・ラムン・グサ)

 鑲藍旗-藍地に赤い縁取りの旗(クブヘ・ラムン・グサ)

 鑲紅旗-赤地に白い縁取り(クブヘ・フルギャン・グサ)

 鑲白旗-白地に赤い縁取り(クブヘ・シャンギャン・グサ)

・・・・・

   
   
     


カズパパの測定日記