令和元年10月26日 諏訪大社等参拝記


 令和元年10月25日。この日は金曜日で、仕事を終えた僕は、夜自宅でスマートフォンをいじっていたのです。
 ふと、「最近、職場の近くの神社にお参りしていないなぁ。明日は休みだし、お参りに行くかぁ。・・・そういえば、あの神社は諏訪大社の分社だったなぁ。」と思いながら、スマートフォンでいろいろ調べていたら、諏訪大社の事が出てきて・・・「あー、職場の近くの神社をお参りしたら、そのまま諏訪大社にも数年ぶりに行っちゃおうかぁ。」となりました。
 今年はもう旅行には行かない予定でしたが、急遽、日帰りの県内小旅行を決めてしまいました。

 なお、今回は最初から「参拝のための小旅行で観光要素はほとんどないし、以前に諏訪大社は旅行記で紹介しているから、写真は撮らなくてもいいか。」と考え、カメラを持っていきませんでした。スマートフォンのカメラで最低限の写真を撮っただけですので、御理解頂きたいと思います。


 事前知識として・・・

・諏訪大社
 長野県の諏訪湖周辺に鎮座する2社4宮(上社前宮、上社本宮、下社春宮、下社秋宮)の総称。全国に約6500社存在する「諏訪神社」の総本社であり、日本最古の神社の一つと言われている。信濃國一宮。旧官幣大社。主祭神は建御名方神(タケミナカタノカミ)と、その妃である八坂刀売神(ヤサカトメノカミ)。通称「お諏訪様」「諏訪大明神」。天下の奇祭「御柱祭」でも有名。

・建御名方神(タケミナカタノカミ)
 出雲大社の主祭神「大国主神」の第2子。日本神話における「国譲り」の逸話で、天津神最強の武神「タケミカヅチ」と戦った、国津神最強の武神。タケミカヅチに敗れ、諏訪の地から出ないことを条件に和睦したとされている。「タケミカヅチに為すすべもなくコテンパンにやられ、諏訪まで敗走し、諏訪の地から出ないことを条件に命乞いしてタケミカヅチに許してもらった」などと、神話上ではかなり酷い扱いをされることがあるが、その割には武勇の神、軍神、武門武将の守護神とされ、「関東第一大軍神」「日本第一大軍神」などと称されるなど、実質上の扱いはかなり良い。ちなみに、全国にある諏訪神社は約6500社。タケミカヅチを祀る「鹿島神社」は全国に約600社。敗けた方が10倍以上という逆転現象。
 軍神として以外にも、水の神、風の神、狩猟の神、漁業の神、農耕の神、開拓の神とされている。
 なお、タケミカヅチは古代に権勢を振るった「藤原氏」の氏神であったため、藤原氏が自分たちの氏神の権威を高めるために建御名方神を貶めたのではないかという説がある。実際はそんなにコテンパン状態ではなく、死闘の上で僅差の決着だったとか、そもそもタケミカヅチ+他の存在vs建御名方神でやっと決着がついたのに、いつの間にかタケミカヅチ単独の手柄になったとか。まあ、長野県民の建御名方神びいきはあります、はい。









 10月26日午前7時20分頃、自宅を出発し、まずは職場である営業所の近くにある神社に行く。分かりにくいところにある神社なのでちょっと迷ったが、なんとかたどり着き参拝。5カ月ぶりくらいに参拝したかも。
 ここの神社の詳細についてはあえて触れません。祭神が諏訪大社の神様である建御名方神・八坂刀売神ってことくらいで御勘弁を。


 午前8時20分頃、車のナビで目的地を「諏訪大社上社前宮」と設定し、出発。
 途中、「そういえば、生島足島神社にも4〜5カ月参拝してないなぁ。ここも諏訪大社ゆかりの神社だしなぁ。途中で寄ろうかなぁ。」と思ったものの、ナビのマップを見たらルートからは完全に外れたところにあったので、「まあ、今回はいいかぁ。」と諦め、諏訪に直行する。

 午前10時ころ、諏訪大社上社前宮に到着(以降、詳細な時刻は覚えていないので略します)。


■上社前宮(かみしゃまえみや)


上社前宮 拝殿





■上社本宮(かみしゃほんみや)
 上社本宮は4宮の中でも人出が多い上に、この日は休日で七五三参りの家族連れが多かったが、僕の参拝時、人払いが起きる。
 ※「人払い」・・・境内は混雑若しくはそれなりに参拝客がいる状況であるにもかかわらず、本殿や拝殿付近から人がいなくなってしまう状態。これが起こると「神様から歓迎を受けている」と言われる。


上社本宮 参拝所
 「マジか、人払いが起きた・・・。」と本当に驚いた。
 この参拝所までは一般参拝客も来れるのに、この状態。



上社本宮 拝殿及び斎庭
 一般参拝客は入れない場所だが、この日は七五三参りの参拝客で賑わっており、拝殿で御祈祷を受けた後に斎庭で写真を撮る家族連れが多かった。


 参拝後、授与所で諏訪大社の特別な御守「薙鎌守」と諏訪大社のお札を購入。

 妙に居心地がよく、離れがたかった。

 帰りに北参道鳥居前のカフェに入る。せっかくなのでコピ・ルアク(世界最高峰のコーヒー)を頼んで、八ヶ岳を眺めながら一服。





■下社春宮(しもしゃはるみや)


下社春宮 幣拝殿





■下社秋宮(しもしゃあきみや)
 ここも人出は多い。


下社秋宮 幣拝殿





 4宮とも無事に参拝を終え、まだ昼頃だったが、帰路に就く。
 再度、車のナビを使い、目的地を「自宅」にして出発したが、途中で朝来たルートと違う道に誘導されたことに気づく。
 「あれ?・・・まあ、方向的には間違っていないし、このまま進もうか。」と思いながら車を走らせているうちに・・・気づいてしまった。

 「この道、生島足島神社の前を通る道じゃねえか・・・(笑)」


 もう、導かれたとしか思えない・・・というのは言い過ぎだが、うまい具合に生島足島神社へ行くことになった。





■生島足島神社(いくしまたるしまじんじゃ)
 長野県上田市にある神社で、旧国幣中社。日本総鎮守と称される。生島大神と足島大神が主祭神。境内には「上宮」として生島足島神社本社、「下宮」として諏訪神社がある。
 建御名方神が諏訪を目指していた途中、この地に留まって、生島大神・足島大神に米粥を煮て献じたという伝承がある。


上宮 生島足島神社 御本社(右側は御神橋)
 参拝客は左側の参橋(白い石造りの橋)しか通れない。
 ここも七五三参りの参拝客で賑わっていて、家族連れに「写真を撮ってもらえませんか?」と撮影を頼まれたりした。



下宮 摂社 諏訪神社(右側は神楽殿)






 まあ、今回の日帰り小旅行はこんな感じでした。
 なんか、「建御名方神ツアー」って感じになってしまいましたけど、とても良い参拝だったと思います。

 正直なところ、今回の旅行は「旅行記」のページに残さなくてもいいかな、と思っていたのですが、上社本宮で人払いは起きるし、導かれたかのように生島足島神社に行くことになったし、不思議な体験があったので、あえて残すことにしました。