高温超伝導の発見 発見に何を学ぶか
高温超伝導(High-temperature superconductivity):超伝導になる転移温度が高いことを意味します。
超伝導とは電気抵抗値がゼロになることです、他にも色々な現象が起きますが一番単純な現象はこれです。
これが実用化されたときはその効果は多きすぎて予想が困難です。
”高温”の意味は、時代・状況によって異なります。
現在(2003年)では、一般に高温超伝導と言えば、ベドノルツとミューラーが1986年に発見したことから始まり、その後続々と発見された転移温度が液体窒素温度を越えるほどになった銅酸化物材料一連の高温超伝導物質とその超伝導現象のことを指します。
それまでは極低温でのみの現象であり、それと比べて高温という意味で、いわゆる常温・室温(20度C)よりはまだまだ低いです。<4>
高温超伝導が発見されるまえの、従来型の超伝導はBCS理論によりほぼその機構が解明されていました。
フェルミ統計とボーズ統計を駆使して、クーパーペアと呼ばれる極低温での2ヶの電子の相互作用を持ちながらの動き、そして電子がペアになることによるボーズ統計への相転移理論は美しいものでした。
これに対し、上記の高温超伝導の機構に関しては、多数の実験的、理論的研究や実用化の開発にも関わらず2003年現在でも全貌は解明されていません。
しかしその進歩は非常に急激であるといえます。<6>
高温超伝導については、例えば高分子材料説(リトル<2>)や有機伝導体説<1>など研究あるいは可能性は20年以上も前から述べられて来ました。
しかし実際の転移温度は殆ど飽和状態でした。
超伝導の特定分野の研究者にとってBCS理論の、ある意味での完全性が大きな進展をはばんでいたかの様にも感じられます。
「相転移温度には限界があるのではないか、それは超低温ではないか?。」<1>
1986年にIBMチューリッヒ研究所のベドノルツとミューラーが銅酸化物(セラミック)で高温超伝導を発見しましたが、材料的としては公式にはそれ以前は超伝導物質として検討されていないものでした。
発見者の二人はセラミックの専門家でしたが、超伝導に関しては狭義の専門家ではありませんでした。
従って設備面も含めて、発表後は世界中の研究ラッシュの中では目立たない印象があります。<4>
二人の発見を超伝導の専門家が、最初に確認を行ったのが日本で、その結果世界中で、より高い転移温度を求めて新材料探しが始まりました。
その結果、アメリカ・中国・日本でそれぞれ独自にほぼ同一物質が発見されました。
この時の日本での発見者が専門が理論物理の人でした。<5>
偶然と言えるかもしれませんが、度重なる狭義の専門家以外の発見は興味があります。
特に偶然に見つけたのではなく、捜して見つけた事が重要と思います。
ここで言う偶然とは、異なる目的である材料の特性を調べていたら偶然に超伝導特性を持っていた事を示します。
ベドノルツとミューラーは、高温超伝導物質を独自の指針を持って捜していたのです。
そして、その中から発見したのです。
彼らは強誘電体の専門家であり、その経験から新物質を捜す指針を決めていたのです。
この分野では有名なチタン酸ストロンチウムのペロブスカイト構造と、これに不純物を混入した場合のいわゆる混合原子価状態に詳しいのでした。
混合原子価状態では、強い電子格子相互作用をもつこと(セラミックコンデンサーで実用化されています)から専門的にいうポーラロン形成への期待がありました。
クーパーペアに相当する2ヶの電子の強い相互作用が電子・ポーラロンで実現する可能性を期待したのです。
そしてこれに合わせて、層状構造を持ちやすい銅酸化物を掛け合わせる事で高温超伝導物質を捜す事でした。
非常に複雑に見えますし、事実簡単ではありませんが、セラミックの世界では、不純物の混入制御による特性改善や異なる構造の物質を混ぜてつくる複数相混在物質はある程度常識的でもありました。
高温超伝導に有利に働くと予想される複数の構造を混在させて、比率や種類を変化させて最善の構造を得れば高温超伝導が可能性があるという新材料探索の指針があったのです。<4>
このような新材料捜しの指針を持って、高温超伝導物質にたどりついた事は幸運ではあっても偶然ではありません。
さてこの情報が世界を駆けめぐると、相転移温度を上げる競争とも言える類似材料捜しが始まりました。
先にも述べた様に、セラミックではわずかの異なる材料の組み合わせで特性を大きく変えられる事ができるからです。
そして、次々と高い相転移温度を持つ材料が短期間に集中的に報告されました。
結果的には同じ材料であった事が後でわかりました。
なにしろ、精度を求めなければ、乳鉢(普通は瑪瑙)と焼結炉と低温装置があれば可能ですので材料捜しに関しては専門家でなくてもある程度の知識があれば実験は可能です。
必要なのは、どのような考え・指針で材料を捜すかです。
ベドノルツとミューラーの材料を出発点にして、同じような指針で進めれば同じ材料にたどりつく可能性があります。
この時点では、超伝導専門家よりもセラミック材料の専門家の方が有利であったともいえます。
連続して、専門家以外が発見したのですが、後者についてはある程度の必然性は感ぜられます。
やはり考えさせられる事は最初の銅酸化物での、ベドノルツとミューラーの高温超伝導の発見です。
後から振り返れば目標と指針を持っての材料探索の重要さが分かります。
元々物理関係者は材料を自ら作る・捜すことは多くなく、単独で新材料を発見する事はあまり可能性は高くなかったと思います。
ただ、新材料を捜す幅が狭かったように見えます。
最近では多方面の専門家が集まって仕事をする機会が多くなったように見えます。
ただ、どうしてもその中の複数人が持つ「常識」が邪魔をして無難な内容に終わりやすいと思います。
結局は「常識」を破る発見・発明は個人・小数集団からしか始まらないのでは無いかと思います。
ただ、自由な発想と、柔軟性の欠けた間違った信念・執念とを分離する事は永遠に難しい課題だと思います。
参考文献
<1>超伝導入門 中嶋貞雄 培風館 1971年
<2>高分子物性 岡小天 他 朝倉書店 1974年
<3>セラミックの材料化学 荒井康夫 大日本図書 1975年
<4>新超伝導体BaLaCuO系発見の周辺 高重正明 固体物理 アグネ技術センター 1987年6月
<5>Y-Ba-Cu-酸化物超伝導体の発見 氷上忍 固体物理 1987年7月
<6>高温超伝導 十倉好紀 他 固体物理 1990年10月