鍵のかかった部屋・第3話:「盤端の迷宮」について

1:現在のミステリを中心にした小説は大きな課題を持っている。
それは、日常生活の中に入りこんだ携帯電話やインターネット関連の技術革新が早すぎる事だ。
小説に特別な年月を書かずに、現代を描く事は珍しくない。
昔からの手法であり、時代小説やSF小説以外では普通だ。
しかし、背景が極く短い期間で変わってしまうと、読者が読むタイミングで内容に違和感が生じてしまう。
これは複数の作家が、携帯電話が普及した時に述べている事だ。
そして、復刊・重版の時に修正する事を諦めざるを得ない程だとも言っている。

小説については、読者は人数的にも限られておりこの当たりの事情も殆どの人が経験して知っている。
それ故に暗黙の了解事項となりつつある・・「時代背景は、書かれた年代で読む」という事だ。

ただ、それが一般・・例えば、映像化では崩れてしまう。
少なくても新作では、一般の人はその様に理解して見ない事は普通だ。
原作があるドラマは多数あり、脚本でいくらでも修正は可能だが、現実的には原作の持つ内容を多く引き継ぐ。
それは、否定しても何も得る事はないが、どうしても見る人との間に描いている時間・年のギャップが生まれてしまう。
ただ、携帯電話やインターネットを省くと今の時代では逆に違和感が生まれてしまう。
その1例として、鍵のかかった部屋・第3話:「盤端の迷宮」映像とその原作、そしてそれが描いている背景を取り上げる。

2: 映像が描いているのは、将棋界・コンピュータ将棋・インターネット中継・携帯電話中継等だ。
ただし、原作はチェスの世界を参考にして将棋については、たぶんそれから起こるだろう事を作家の視点から、創造して描いている。
しかし、原作発表と映像化の時間経過が、作者の創造を越えてしまった。
原作は、著者のチェスでの知識とそれを将棋にあてはめ、携帯電話やインターネットおよびコンピュータ将棋ソフトが進歩する推測で文字通りフィクションで書かれている。
それが、映像化の時期には多くが普通になり、視聴者がそれ以外の部分で現実との差に違和感がある節のコメントが多いようだ(主にツィッターでの情報)。

3: コンピュータ将棋および対棋士戦・将棋携帯中継・女性奨励会員等の年譜(筆者の理解する情報による)
あ)????:パソコン通信ニフティサーブでの名人戦のテキスト速報
い)????:インターネットでの動く盤面でのライブ中継
う)2007/03:ボナンザ対渡辺竜王
え)2007/11>貴志祐介著:盤端の迷宮:初出>発売は1月前:執筆はそれ以前
以下原作の内容の抜粋
*コンピュータソフト名は「電脳将棋・ゼロ」
*電脳将棋・ゼロ対竜王の対局が、既にあった
*テレビ中継は部分的に実施
*携帯電話でのライブ中継が有った
*巻末注:「日本将棋連盟および竜王戦は、実在する団体と棋戦の名前をお借りしました。また、チェスの歴史に関する記述は、おおむね事実に基づいています。ただし、それ以外の人物・事件等については、すべてフィクションであり、現存するいかなる個人・団体とも無関係です。
お)2009/9/28:将棋専門の携帯サイト「竜王戦△将棋道場」開始
か)2010/07/05:日本将棋連盟モバイル開始(携帯中継)
き)2010/10/11:ボナンザ対清水女流王将戦
く)2011/05:里見女流三冠・奨励会1級入会
け)2011/12:加藤奨励会1級・女流王座獲得
こ)2012/01:里見奨励会1級・初段昇段
さ)2012/01/14:ボンクラーズ対米長永世棋聖戦
し)2012/04:日本将棋連盟>1日立会制度開始
す)2012/04/30:鍵のかかった部屋・第3話:「盤端の迷宮」>放映

4: 原作は著者の注のように、チェスでの出来事と執筆当時の将棋界の状況からの創造でのフィクションであるが、2007/11-2012/5の間に変わった事がかなりある。
・携帯電話中継が開始された
・コンピュータ将棋が進歩して、プロ棋士に急激に迫っている
・コンピュータ将棋の終盤での詰みの発見は、しらみつぶし法の進化で既に人間以上
・幾度か話題になった女性の棋士(四段)の可能性が、また話題になった

5: 特に筆者が驚くの事は携帯電話ライブ中継が、内容に取り入れられていたが、映像化の時点ではかなり普及している事である。
コンピュータ将棋の進歩については、広い終盤についてはプロ棋士との比較は微妙だが、詰めの有無は明確にコンピュータ将棋が上位である。
そして、一般的に終盤はコンピュータがプロ棋士より上位かもしれないとの見方もふえつつある。

結果的に、原作執筆時ならば疑問視したかも知れない「携帯電話ライブ中継」「コンピュータ将棋の強さ」については自然に受け入れられて、それ以外の映像上のいくつかにコメントがあった結果になった。
これは、著者・貴志祐介氏のフィクション部が5年の間に実現した結果で、時代の先取りが丁度、映像化時点でかなり現実になったという珍しい結果といえる。
このような事は、珍しいだろう。
なお、不要になったチェスに関する原作の記述は、映像では省かれている、不要になったからだろう。
なお、将棋会館が違う・駒が貧弱・三段リーグの対局風景が異常等多数の現実の違いのツイートもあったが、映像化の問題とフィクションとを前提にすれば本稿とは異なる事で省く。

6: 2つの将棋上の疑問についてのコメントもあった。
情報機器の進歩に関する本稿とは別の事だ、触れておく。
・「1六桂」は本当に誰も気づかぬ妙手か?
これについては原作では「1六桂」という符号のみがあり、盤面はない。
映像化に関して、監修者が作った盤面図だろう。
「1六桂」という制約の下で作ったものでまずまずだと言える。
ただし、対局者以外が気づかない妙手というのは無理な要求だろう、アマ有段者なら判る手である。

・消えた「2三歩」について?
プロ棋士・片上六段のツイートがたぶん最初と思うが、盤面が映像で流れる部分で、「2三歩」があるものと無いものがあり、番組のウエブサイトの画像は無い。
これは、明確に約1週間の撮影中に生じた撮影事故であろう。
ただ、「1六桂」と近い位置であるから将棋の盤面を部分的には直ぐに憶えられるレベルの人は判ったであろう。
録画時代であるから、一つの撮影事故のエピソードとなるであろう。

7: 追記
映像で使用された局面について
2三歩の有無の2種類の局面は下記だ。
原作の「1六桂」に拘った。
以下、1六同香は2七玉・2八金・1六玉・2四桂・1七玉で打歩詰で先手が詰まない。1六桂を打たずに、2七玉は2八金・3六玉・2四桂・4七玉・5七角成で後手勝ちだ。この局面自体は、それほど難しい事はなく、多くの人が判るがフィクションだから気にしない。
2三歩の有無はどちらも映像に登場したが、ミスだろう。


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