演劇「検察側の証人」を観る

アガサ・クリステイは自ら脚本をかなり書いている。

小説として発表したものの戯曲化と、オリジナルの戯曲とある。

「検察側の証人」は小説では短編であり、もし戯曲にならなければそれほど話題にならなかったと思う。

戯曲は全て、巧妙に少ない舞台変化で本格推理演劇をなりたたせており、作者の実力が分かる。

「検察側の証人」自体は、映画「情婦」でも有名であり、舞台という制限がなくても優れた作品になる。

もっとも演劇も映画も上映時間は似ている。

推理演劇は厄介で、アドリブは勿論台詞間違いも場合によっては致命的になる。

役者にとってはかなり難度が高い。

今回見たのは山田和也演出、麻実れい・古谷一行主演作品であるが、クリステイ作品としては4年連続の3作目になる、そしてはじめての大阪公演である。

それも公演数が少なく、チケット発売日の昼に買いに行ったが後ろから3番目しか残っていなかった。

作品は日本ではなじみのない、陪審人のいる法廷を中心に進む。

英米ではかなり昔から優れた法廷ものの推理小説が存在するが、日本では昭和30年代からと見るのが普通である。

勿論先駆的例外はそんざいする。

法廷場面はやや専門的であり、しかも動きが少ないためメリハリをいかにつけるかが腕のみせどころである。

推理演劇では推理小説と同様に、ネタばらしは禁物になっているが、本作はあまりにも有名で結末を知っていて見ている人が多いと思う。

でも、ぼかして言うと法廷場面以外が重要になっている。

時間は夜、薄暗い中での場面がなんともいえない演出になる。

最後は作者の思いのままに、好きな様にどんでん返しが繰り返される。

推理小説的にはどこまで伏線で予想できるかが問題になる。

全ては容疑者の性格分析にかかると思う。

状況証拠と言うことで話としては、あまり深く考えないで楽しんでみる作品と考えたほうが良さそうだ。

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