コラム第12回映画の中のアリゾナ 〜西部劇だけがアリゾナじゃない! (8)
アリゾナが舞台となったり、アリゾナで撮影された映画を紹介するこのシリーズ。 8回目の今回は、1970年代から1980年代にかけての映画3本をご紹介します。 まずは、アリゾナの地で女性が生き方を模索し、奮闘していく「アリスの恋」。 次に、スターダムへとのし上がっていく女性を描いた「スター誕生」。 最後に、映画という範疇を超えた芸術作「コヤニスカッティ」です。
アリスの恋 ALICE DOESN'T LIVE HERE ANYMORE (1974)
監督:マーティン・スコセッシ
出演:エレン・バースティン、クリス・クリストファーソン、ビリー・グリーン・ブッシュ
「アリスの恋」は、母子家庭となってしまった女性の、自立とほのかな恋愛を描いた作品です。 主人公のアリス(エレン・バースティン)は、抑圧的な夫、反抗的な息子とともに暮らす主婦でしたが、ある日突然、夫を事故で亡くしてしまいます。まさにゼロからの出発となったアリスは、息子とともに故郷のモントレーを目指すのですが……。女性の自立、仕事、子育てという、現代の日本にも共通する問題意識をテーマにしながら、マーティン・スコセッシ監督は本作を心温まるドラマに仕上げました。 この映画を今なお色あせない秀作にしているのは、まずはアリスを演じたエレン・バースティンの魅力でしょう。平凡な主婦が、やがてたくましく逆境に向かっていく力強さと、その一方でなお時折見せる弱さ。この魅力あふれる演技により、本作でエレン・バースティンはアカデミー賞主演女優賞に輝きました。もちろん若きマーティン・スコセッシ監督(当時まだ20代!)の手腕も見逃せません。スコセッシ監督は、ともすれば重くなりがちなテーマを、人情味あふれ、時には笑いさえ誘う作品にまで昇華させています。 「アリスの恋」はこの映画1本にとどまりませんでした。この映画があまりにもよくできていたこともあって、後には、この「アリスの恋」の設定をほぼ引き継いで「アリス(Alice)」というTVシリーズが作られたのです。こちらはシチュエーション・コメディ番組ですが、大変な人気となり、何と9年間も続いたばかりか、ゴールデン・グローブ賞やエミー賞に何度も輝いています。一定の年代以上のアメリカ人ならば誰でも知っているコメディ番組、とさえ言えるでしょう。(余談ですがオリヴァー・ストーン監督の
「Uターン」にも、「アリスの恋」そして「アリス」のパロディが出てきます。) なお、この映画の主な舞台は冒頭部分を除けばフェニックスとツーソンですが、実際の撮影もツーソンやその郊外でなされた模様です。 ところで、この作品には、後にオスカーを2度も獲得することになるジョディ・フォスターが子役で出ています。アリスの息子の不良友達という設定ですが、既に天才の片鱗が見え隠れしています。
スター誕生 A STAR IS BORN (1976)
監督:フランク・ピアソン
出演:バーブラ・ストライサンド、クリス・クリストファーソン
本作は、ウィリアム・ウェルマン監督の「スタア誕生」(1937年)、ジョージ・キューカー監督の「スタア誕生」(1954年)という2本の傑作に続く、3作目の“A STAR IS BORN”です。 才能を見いだされて「スター」への階段を上っていく女性と、その才能を見いだした「スター」の男性との恋、そして葛藤……。本作は、過去2本の「スタア誕生」のプロットはそのままにしながら、時代設定を1970年代に移し、題材としてロック音楽を取り上げた作品です。 本作の魅力は、何と言ってもバーブラ・ストライサンドの歌声でしょう。この映画のために書き下ろされた珠玉の名曲を、彼女は時には力強く、時には可憐に歌い上げます。もちろん歌だけでなく、彼女の演技、そしてクリス・クリストファーソンの演技にも注目です。特に、「アリスの恋」ではまだおとなしい印象だったクリストファーソンが、本作では「スター」の栄光と苦悩を表現する、堂々たる演技を見せています。 さて、この映画の前半の見せ場に、巨大な屋外競技場に満員の観衆を集めて行ったロック・コンサートのシーンがありますが、実はこのシーン、アリゾナ州立大学の「サン・デビル・スタジアム」(Sun Devil Stadium)で撮影されたものです。何万人というエキストラを動員し、本物のコンサート以上の迫力といっても過言ではないこのシーンは、とにかく見る者を圧倒します。(このコンサート、実は映画の後半部分でもちょっとだけ使い回されています。) アカデミー賞では歌曲賞を獲得し、そしてゴールデン・グローブ賞では5部門(最優秀作品・主演女優・主演男優・作曲・主題歌賞)を獲得したこの名作。まるで一曲一曲に魂を込めていくような彼女の歌声は、時代を超えて、私たちの心に直接響いてきます。 (写真:サン・デビル・スタジアム)
コヤニスカッティ KOYAANISQATSI (1983)
監督:ゴッドフリー・レジオ
製作:ゴッドフリー・レジオ、フランシス・コッポラ
「コヤニスカッティ」(最近のDVDでは「コヤニスカッツィ」と表記する例も)には、セリフは一切ありません。俳優らしい俳優も出てきません。他の映画に見られるような明確なストーリーもありません。……そう、「コヤニスカッティ」は、映像と音楽だけで構成される叙情詩であり、エッセイであり、ドキュメンタリーであり、そして芸術作品です。 この映画のテーマは、現代社会の危機であり、物質社会の危険です。映画は前半、雄大だがどこか恐ろしげな大地、そして自然を映し出します。それは広大な砂漠であったり、うねるような雲の海であったりします。やがて画面には、人間社会が映し出されてきますが、そこにあるのは慌ただしい人の動き、画一的な住居、人間性が排除された工場といった、現代社会のひずみばかりです。このような映像に合わせて、フィリップ・グラスの音楽が全編で響き渡ります。そして最後に証される「コヤニスカッティ」の意味。アリゾナ州等に居住するホピ族の言葉とのことですが、その意味を知ったとき、この作品の重いテーマが改めて浮き彫りになるでしょう。 さて、この映画には、アリゾナの風景も少なからず収録されています。ざっと列挙すると、このようになります。
まさに「映像作品」というべき本作。本作が後の映画、テレビ、ミュージックビデオから前衛芸術にまで与えた影響は少なくないはずです。 (写真:モニュメントバレー)
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