電気抵抗値と過ごした時間

要旨

学生時代を数学・理論物理を中心に学んだ私は、就職後は研究・開発・製造・設計などの色々な職務を担当する事になりました。電気にかんする知識がほとんどなかったにも係わらず、全ての職務が何らかの形で電気抵抗値に関係する事になりました。30年弱を振り返れば、少しずつ理解するのに長い時間を要したと思うとともに全くの基礎であっても、学生時代に学んだ事は出発点として役に立っていると思いました。

1,はじめに

高校時代までは、まだはっきりした進路を決めていませんでした。大学に進む時には、数学の教師になることを考えていました。そして物理(特に理論)と数学のいくばくかの知識で製造業に就職しました。

2,学生時代

電流と電圧そしてこの二つを繋ぐ電気抵抗の関係式との出会いは、まだ小さい時でいつだったかは忘れました。非常に憶えやすい式で、当時は電気抵抗は定数と思ってしまっていても仕方がなかったと思います。そして、多くの人は V=R・I の知識で社会に出てそれきりつきあいがないのでは・・と思います。そして、電気抵抗Rは定数と思ったままで現在も多くの人はいるのではないかと思います。これは例えば英語で言えば、アルファベットを習い、初歩の文法を習ったばかりに当たると思います。これらの事を基に、一部の人が、「数学・物理・電気等は社会へ出て役に立たない」と思っているように感じます。確かに中学1年レベルの英語力が社会で充分には役に立つと思えないので、数学・物理・電気に対する意見も一面では正しいことには違いありません。しかし、かなりの誤解のうえでの意見であることは明らかだと思います。英語に通訳や翻訳者がいる様に、学校教育に、より多くの知識を加えて、その結果として実用に役たてている人がいます。数学・物理・電気等も学校教育の範囲のみで社会で役に立つ事はほとんどないでしょう。数学・物理の理論系を学び、電気とは縁が少ない私が就職後度々電気抵抗とつきあう事になるとは、初めは全く予想していませんでした。

3,電気抵抗体とは

それでも直ぐに、電気抵抗の温度係数に出会います。定数から、温度の関数に変わる訳です。電気回路に使用する部品の特性表にも、また理科年表にも温度係数ははっきり載っています。色々な物質特性や部品特性をみても全て、温度係数は有ります。温度により特性が変わることはあたりまえと思ってしまうと、そこから先には進み難くなります。実際に電気抵抗体(物質)を研究する立場になると、次にそれ以外の変動要素があり、沢山の関数であることをまさしく、いやになる程に知ることになります。

同じころに等価式の考えに出会います。でも後から考えると、1対1の関数関係にある式は自然界では一番生じ易いありふれたものであることが常識的に理解できます。理論的には関数として扱い変動要素を全て変数にする、必要に応じて級数展開を行う。これで終わりかもしれません。

しかし、現実は式ではなく数値が必要です。理論の正確さよりも実際に数値の結果が得られる事が必要です。電気抵抗値は体積抵抗率で表し、もし膜ならば面積抵抗値に変換します。この原則は、どのような物質でも同じです。ところが数値で明確に示されているのは、純物質の体積抵抗率のみです。複合物質の電気抵抗値は組成で異なります。また現実は純物質は使用せず、不純物を含む純度の低い材料を扱う事が多いです。またあらゆる物質の表面・界面は、絶えず周囲の環境の影響を受けます、従って全体の数値に対して無視できなければ非常に複雑な数値になります。一方体積抵抗は電流が流れる方向に直角な断面積が正確に分かることも前提にしています。細線状とはあいまいな言葉ですが正確には断面積が簡単に分からない状態を想定してもらえれば良いと思います。理論上は体積抵抗率と断面積が分かれば単純な計算の筈ですが、通常は片方あるいは双方共に正確にはわからないことが多いのです。

4,現実の電気抵抗体とは

現在は小型化の時代です。特に日本と言う国は小型・薄型が得意芸です。従って、薄膜・細線状の電気抵抗体が研究の対象になることは必然といえるでしょう。薄いとか細いとかいっても程度はバラバラですが、既に学校で習う定数や単純な温度係数から大きく離れた存在として扱う必要があります。

表面・界面は非常に特殊な状態です。これを専門に研究して取り扱う人・機関・会社等が沢山に存在します。そして電気抵抗体と、結果としての製品があります。その人たちや製品の数が、沢山か少数かは人それぞれが違う印象を持っているでしょう。しかし、現実の社会では高周波電気抵抗値を除外しても定数で表される電気抵抗値で扱えないものが非常に多いといえます。

5,私の電気抵抗体研究のはじまり

さて私自身は、就職後からいきなり電気抵抗体との付き合いが始まりました。結果として理論的な勉強と、実験的な色々な出会いが同時に進みながら、知らず知らず深いそして長い付き合いになりました。

最初は「酸化物透明抵抗体薄膜」との付き合いです。いきなり厄介なものを扱う事になりました。現在では液晶をはじめとして、表示関係で無くてはならない物質です。1975年頃でもある程度技術的に進んでいたと思いますが、私にとってはゼロからの出発でした。再現性が悪く、ようやく再現してもわずかの製法の差で異なる特性が出来てしまいます。酸化物という複合物の難しさと、薄膜という難しさを合わせもつ材料です。複合物は組成を安定に製作することは非常に難しいですし、見かけは同じでも複数の物質がいつも同じに混ざり合っているとは限りません。また、表面・界面が特殊な状態で難しいことは前節で述べました。薄膜とは、この表面・界面が無視できない程に全体に対して重要な影響を与える状態です。

多くの可能性を持つ材料でしたが、私個人は非常に難しい材料である事を理解した頃には、別の種類の材料開発へ変わる事になりました。一番初めに難しさを知った事はその後を考えると有意義であったと今は思っています。

非常に単時間ですが、この時期に並行して別の電気抵抗体の特性を調べたことが有ります。ガラスクロス含浸カーボン面状抵抗体です。特性評価しか行っていませんが、体積抵抗率の異なる2種類のカーボンと絶縁物の混合体と聞いただけで、電気抵抗特性の複雑さと難しさは充分に予想できます。

6,再び薄膜電気抵抗体の研究へ

さて、研究対象が変わり同時に転勤で仕事の環境も変わりました。

今度の研究・開発材料は、「電気メッキ合金抵抗体薄膜」です。

皆さんは電解着色というものはご存じでしょうか?。実は私が、中学2年の時にクラブ活動の理科部で行ったテーマです。今、振り返ればほとんど意味は理解せずに、参考書を片手に遊んでいた気がします。結局は電極に付着する時点では反応で酸化物になり、その厚みにより異なる色が表面に表れるものでした。不思議な色が付いて楽しかったですが、はじめにこのような色にしたいと思っても無理でした。電気メッキと言っても導電体以外もあるということですが、通常は導電体を電極に付着させます。一般には、電気が流れ易い物質を導電体、流れにくい物を抵抗体、実用的には電気が流れない物を絶縁体と呼びます。なんとなく分けている方が分かりやすいだけで、電気抵抗率または電気導電率(抵抗率の逆数)が大きいか小さいかだけの違いです。

電気メッキで付着させる物は普通は導電体です。それでは合金抵抗体とは何かと疑問を持つひとがいる筈です。実際に当時もいました。いちいち説明するのも面倒で必要がなければ適当にごまかして逃げていました。上で述べた様に、導電体も抵抗体も基本は同じです。合金は単純金属よりも若干は抵抗率が高くなりますが、通常は導電体です。

ポイントは薄膜ということです。元来電気メッキは金属の薄い膜状の層を付着させる物です。従って、かなり詳しい人でも「電気メッキ合金抵抗体薄膜」と説明しても本当の意味を理解できません。従って説明に疑問をとなえる人と、勝手に抵抗率の高い特殊な合金だと思ってしまう人のどちらかです。私は個人的には、絶えず好奇心と疑問を持ち続ける人間でありたいと思っており、前者でありたいと思っています。先入観を持ってしまうと自分で限界を作ってしまう様で避けたいと思います。実は、銅箔の上に若干の電気抵抗率の高い合金を付着させるだけです。ただし、通常の電気メッキと比べて非常に厚みが薄い電気メッキです。厚みが非常に薄いので電気抵抗率がそれほど高くなくても、抵抗体と呼べる程に電気抵抗値が実用レベルになります。

分かってしまえば簡単な理屈です。かなりの人は、「ああそうだったのか」で終わります。しかしこの方面に詳しい人は「それは無理だ」と考えるでしょう。非常に薄い電気メッキを行うこと自体が非常に難しい事、薄い金属膜が酸化など周囲の環境に対して非常に不安定である事を知っているからです。

元々、何も問題が無ければ研究・開発の必要は有りません。数えきれない問題を順次解決することで最終的に目標とする製品になります。

抵抗体付き銅箔を使用して、「抵抗体付きプリント基板及びその回路加工品」を目標とする製品はできました。しかし、それが実際に大量に生産されて広く世の中で使われるかどうかは別問題です。この製品も少量の生産で終わりました。

7,フレキシブルプリント回路板の製造(導電体との出会い?)

「抵抗体付きプリント基板回路加工品」は、通常の固い板の上に不要導電部を除く事により電気回路を形成するものです。通常、サブトラクト方法またはエッチング方法と呼ばれる方法です。これを銅箔と抵抗体に2回続けて加工する事で製品になります。従って通常のプリント回路板の加工方法は全て経験済みと言えますが、これは片面品に限っての事で現在主流の多層プリント回路板は未経験になります。

「抵抗体付きプリント基板回路加工品」を短期間生産していたのが「フレキシブルプリント回路板(以下FPC)加工」の製造部です。私は「抵抗体付きプリント基板回路加工品」の最後の少量生産時にその技術サポートを兼ねて、FPCでの新しい仕事に変わりました。

FPCは名前の通り変形するプリント回路板ですが、変形しない通常のプリント回路板と較べて、電気的には類似していても機械的には異なります。変形性・軽量性・薄型性等の特徴は多くあります。一方、材料の制限・加工の制約・特殊特性の必要性等があり生産には追加の特別な技術が必要です。当然ながら、片面・両面回路が主体で多層板の製造面では遅れています。遅れているというのは正しく無いかも知れません、変形性・軽量性・薄型性等の特徴のいくつかは銅箔層・絶縁層を重ねる事で失われてしまいます。用途上の要求が無かったと言った方が正しいとも思います。

プリント回路は、基本的に電気的にはケーブルです。導電体に銅箔が使われるのは電気抵抗が金属の中で2番目に小さいからです。より小さいからといって銀箔を使用する考えはとうとう一度も聞いた事が有りません。いくら銅が導電体であると言っても、その電気抵抗を無視して良いのでしょうか?。答えは簡単で、製品設計者にとって絶えず注意すべき事です。導電体といわれているものを、電気抵抗体としても見ることがしばしば大事になり、設計者のセンスが分かります。私自身は、はじめは漸く電気抵抗体から縁が切れたと錯覚しましたが、電気抵抗率の大小の差だけで通常は導電体と呼ぶ電気抵抗値を持つ製品を扱う事に変わりは有りませんでした。一方絶縁材料についても、電気抵抗率が高いといっても有限の抵抗値を持ち、絶縁抵抗値と通常は呼ばれ重要な特性とされています。

これらの電気抵抗値は、製品が使用される条件で要求値が決まります。要求値が決まれば使用材料や、回路パターンの設計に反映させる必要があります。ここで問題になるのが要求値の安全率です。FPCを含めてプリント回路板自体は元来は使用側の技術者が設計し、サンプルワークなどで確認後に量産製品に使用されます。これだけ見ると、図面に基づいて製品を作る事は特性上で問題が発生する筈がなく、また直接の使用者が技術者であるので最近重要視されている「PL」問題は大きな問題では無いように見えます。ところが現実はかなり異なります。

常識として、ある製品を企画・設計する時にケーブルに相当するプリント回路板から設計をはじめる事は絶対に無いといえます。多層板でもある程度、製品の内容が固まってからだと推定します。特殊特性が必要で重要な時は、FPCでも多層板と同様と予想されますが、単にケーブル用途の場合は他の全てが決まってから、一番最後に設計される可能性が非常に高い筈です。実際に現実はそのようになっています。この時には最終製品に要求される特性は新製品の場合は特に、無理をしている設計部分があるのが普通です。これに加えて、最終製品の心臓部の設計者にくらべて設計経験の少ない人や本来の設計専門外の人がケーブル部のFPCの設計を担当する場合が多くあります。そして、最近特に問題なのは製品の垂直立ち上げです。最終製品の設計開始から完成までの時間が非常に短くなっていることです。そして製品設計の最後になるのがFPCの設計で、逆に組み立て時には一番最初またはかなり早い時期に必要になるのがFPCです。この事は、最終製品の設計者側にとってFPCの設計時間がほとんど無いくらい短い事と、製品の他の部分の変更がFPCにも影響を与えやすい事を示しています。FPCを製造する側にとっても事情は全く同じで、要求納期の短さはFPCの生産のための設計時間の短さに繋がります。これらが重なりあうと、要求特性に対する安全度の検討が不充分になりがちです。もっと悪い時には、要求特性自体が明確でない場合があります。そして、意味不明なのが「設計の詳細は経験の豊富なFPCメーカーに任せます。」という購入側のFPC設計者です。いくら設計経験があっても、詳細用途や要求特性が不明では無理な依頼です。この様な場合は無理としても、検討不足の場合はFPC製造側の設計者はケアレスミスや設計の矛盾点が有れば、指摘・確認を行う必要があります。このためには電気抵抗値が関連する電流容量の問題や両面FPCの接続用穴の抵抗値・信頼性や絶縁抵抗などの多くの電気特性の知識が必要になります。使用する材料の種類が少ないので通常は難しい作業ではありません。逆にFPC製造側の設計者にとって常識になりすぎて、理解していて普通で、マニュアルにも当然記載されています。しかしマニュアルはもっと多数の事項が含まれていますし、分からない時の確認に使用される事が普通になりつつあります。従って、確認しなければいけない事を見つける能力は最低必要になります。このような事が重なり、FPC製品の設計の初心者はしばしば見落としがちになります。幸い直前に電気抵抗体を開発していた私にはむしろ数ある設計要因のなかでは直ぐに気づく部分でした。ただ、「使ってみれば分かる」というような考えが購入・販売の双方にしばしばあり確認することが納期をおくらす行為として負の見方をされる場合もありました。実際は未検討の回答があたかも、正確なような形で戻ってきて、しかも実使用上の問題が発生すると・・・もう考えたくも思い出したくもない事になることがありました。

8,銅回路の電気抵抗値

FPCに於いては薄型・小型が使用目的になる場合が多いですが、当然回路パターン幅もぎりぎりの設計をするので電流容量は問題になります。材料が銅箔に限られる場合が普通ですので、パターンの幅と銅箔厚さに対して使用可能な電流容量や発熱などが求められており、毎回計算する必要はありません。実際は使用方法や使用温度などで変わりますが、元々安全度を見込んでいるので一般的な設計で問題になることはありません。それでは一般的な条件では不可の時はどうするのかが重要です。現実にはしばしば生じる問題で、一般的な範囲にあるときは公式手順でこの一面だけを見れば初歩中の初歩です、いわゆる学校での一般教養のような物です。現実は適応できない場合が多く応用問題なります、これができなければ「数学・物理・電気等は社会へ出て役に立たない」といわれても仕方がありません。一般的許容範囲は最悪に近い使用条件で、なおかつ安全度を見込んでいます。詳しい使用方法・要求特性を確認して安全度を含めて見直す必要があります。その方法はケース毎に異なり、マニュアルでは書いても繰り返し役に立つ事はほとんど期待できません。決まった回答がないのが応用問題です。

銅回路の電気抵抗値は決まっているといっても、当然大きなばらつきを含みます。要求特性として電気抵抗値を狭い範囲で指定している場合は、全く異なる設計と加工などが必要になります。この技術は非常に多方面をシステム的に設計・管理する必要があり、まだ一般的ではなくかなりのノウハウの集まりです。従って詳しい内容は省きますが、技術開発を始める時に、全ての先入観を廃して全てのバラツキ要因を抽出する事が大事です。全ての要因のバラツキを調べ、改善の可能性を調べ最終的に実現可能性が分かります。この時に、電気抵抗値は定数でも関数でも無くなり専門的にいえば摂動の世界になります。すなわちいつも得る事ができるのは近似値のみといえます。いかに近似値を計算するのかは学問のテーマのひとつでもありますから、ここまでくれば「数学・物理・電気等は社会へ出て役に立たない」とは決していえないと思います。学生時代に単にアルファベット段階にいた私が長い時間を経てここまで来た訳ですが、アルファベットに相当する事も学んでいなければもっと困難か簡単に挫折していたと思います。誰も未来の事は分からないのですから数学・物理・電気等も最低、英語のアルファベットに相当する部分は学んでおくべきと考えます。

9、直流抵抗値から複素数抵抗値(高周波抵抗値)へ・・おわりに

私の電気抵抗との接点は低周波数のいわゆる直流抵抗値のみでした。しかし、現実の社会ではとっくに高周波の時代になっています。そこではLCRの3要素の複素数抵抗値を取り扱います。その激しい開発競争はほとんどの人は言葉・情報としては聞いていると思います。複素数など学んでも生涯関係ないと思っていた人は多いと思いますが、もう遅いです生活の中は高周波だらけになっています。私もこの方面では、少しだけ歩いただけの初心者ですが、さてこの先どのような関わりを持つか見当もつきません。

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