ヨハネの福音書の目次

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ヨハネの福音書

はじめに
第1章
第2章
第3章
第4章
第5章
第6章
第7章
第8章
第9章
第10章
第11章
第12章
第13章
第14章
第15章
第16章
第17章
第18章
第19章
第20章
第21章





ヨハネの福音書:第19章

各章は、英文:[NLT]、和文:[拙訳]、[解説]によって構成されています。

Jesus Sentenced to Death

イエスに死刑が宣告される


1 Then Pilate had Jesus flogged with a lead-tipped whip.

1 それからピラトはイエスを、先端に鉛を埋め込んだむちで打たせました。

2 The soldiers wove a crown of thorns and put it on his head, and they put a purple robe on him.

2 兵士たちはいばらで冠を編んでイエスの頭に載せ、紫色のローブを着せました。

3 “Hail! King of the Jews!” they mocked, as they slapped him across the face.

3 兵士たちは「ユダヤ人の王さま、ばんざい」と言ってあざ笑い、イエスの顔を平手で打ちました。

4 Pilate went outside again and said to the people, “I am going to bring him out to you now, but understand clearly that I find him not guilty.”

4 ピラトは再度外に出て来て人々に言いました。「これからあの人をあなた方のところに連れて来ます。ところで私にははっきりとわかっていますが、あの人には罪はありません。」

5 Then Jesus came out wearing the crown of thorns and the purple robe. And Pilate said, “Look, here is the man!”

5 それからイエスが、いばらの冠と紫色のローブを着て出て来ました。ピラトが言いました。「さあ、この人です。」

6 When they saw him, the leading priests and Temple guards began shouting, “Crucify him! Crucify him!” “Take him yourselves and crucify him,” Pilate said. “I find him not guilty.”

6 祭司長たちや役人たちはイエスを見ると叫び始めました。「十字架にかけろ。十字架にかけろ。」 ピラトは言いました。「あなた方がこの人を連れて行って十字架にかけなさい。私はこの人には罪を認めません。」

7 The Jewish leaders replied, “By our law he ought to die because he called himself the Son of God.”

7 ユダヤ人の指導者たちは答えました。「私たちの律法によれば、この人は自分を神の子と呼んだのですから、死んで当然です。」

8 When Pilate heard this, he was more frightened than ever.

8 ピラトはこれを聞くと、それまで以上に怖くなりました。

9 He took Jesus back into the headquarters again and asked him, “Where are you from?” But Jesus gave no answer.

9 ピラトは再びイエスを総督邸に連れて入り、イエスにたずねました。「あなたはどこの出身ですか。」 しかしイエスは何も答えませんでした。

10 “Why don’t you talk to me?” Pilate demanded. “Don’t you realize that I have the power to release you or crucify you?”

10 ピラトは言いました。「なぜあなたは私に話さないのか。私には、あなたを釈放する権力も、十字架にかける権力もあることがわからないのですか。」

11 Then Jesus said, “You would have no power over me at all unless it were given to you from above. So the one who handed me over to you has the greater sin.”

11 するとイエスは答えました。「もし上から与えられているのでなければ、あなたには私に対する権力は何もありません。だから、私をあなたに渡した者には、もっと大きな罪があるのです。」

12 Then Pilate tried to release him, but the Jewish leaders shouted, “If you release this man, you are no ‘friend of Caesar.’ Anyone who declares himself a king is a rebel against Caesar.”

12 それからピラトはイエスを釈放しようと試みましたが、ユダヤ人の指導者たちが叫びました。「もしあなたがこの人を釈放するのなら、あなたはローマ皇帝の味方ではありません。自分を王だとする者はすべてローマ皇帝に対する反逆者です。」



[解説]

1節、ピラトはイエスをむちで打たせました。当時の「むち打ち」がどのように行われていたかと言うと、まず受刑者の上半身を裸にして両手を自分の前にある一本の柱に結びつけます。「むち」は先端部分が三つに分かれていてその部分には鉛を編み込んであります。受刑者を打つ回数は刑の重さにより異なりますが、ユダヤの律法が許す回数は最大で40回です。鉛を埋め込んだむちで40回も打たれると数回目で背中の皮膚が引き裂け筋肉がむき出しになります。その上をさらにむちで打てば、ときには骨が露出することもあります。裂傷の上を繰り返し打たれることでおびただしい出血で血圧が急速に低下し心拍数が増えて意識障害に陥ります。十字架に至る以前にむち打ちの段階で死んでしまう受刑者がほとんどだったようです。

2節から兵士はイエスにいばらの冠を被せ紫色のローブを着せますが、これはもちろん定められたむち打ち刑から逸脱した行為で「ユダヤの王」であるイエスを揶揄するための嫌がらせです。イエスの背中は裂傷で皮膚が裂けている状態ですからローブを着せたり脱がせたりすればそれだけで激痛が伴ったはずです。

6節、外に出てきたイエスに「十字架にかけろ」の声が浴びせられます。ピラトは「死刑にしたければ自分たちで勝手にしなさい(自分はユダヤの宗教問題には関わりたくない)」と断りますが、これに対して7節でユダヤ人指導者側は「私たちの律法によれば、この人は自分を神の子と呼んだのですから、死んで当然です」と言いました。イエスを告発したユダヤ人たちはイエスがローマ帝国に対する反逆を企てていると言ってピラトの元へ連れてきたはずなのに、ここでは「私たちの律法によれば、この人は自分を神の子と呼んだのですから、死んで当然です」と言っています。ユダヤの律法では神さまに対する冒涜は死罪を求めますが、それはユダヤ社会での話でローマ帝国から見れば預かりしならないところです。告発者たちはイエスさえ殺すことができれば理由はどうでも良かったのです。8節には「ピラトはこれを聞くと、それまで以上に怖くなりました」とあります。ピラトの観点ではイエスは死罪に値しないはずでイエスに死刑判決をくだす理由はないのですが、告発者側は執拗に十字架刑を求め、ピラトはそこに狂気を感じます。ピラトの恐れは道徳的な恐れというより告発者の叫びがユダヤ民族による暴動につながる、それを鎮圧するために軍隊を派遣しなければならなくなる、そういう自分の立場を危うくする恐れだと思います。9〜10節、ピラトは再度イエスを尋問しますがイエスは答えません。十字架死を叫ぶ告発者と暴動の恐怖を感じて出たり入ったりするピラトの前でイエスだけが冷静です。イエスは旧約聖書で預言された神さまの計画や救世主が通らなければならない苦難をすべて知っており、神さまの計画が預言どおりに遂行されることだけが正しいと理解していたのです。

11節のイエスのことば「もし上から与えられているのでなければ、あなたには私に対する権力は何もありません」はイエスが認め尊重する権力は父なる神さまの権力だけだと言っていて、それに続く「だから、私をあなたに渡した者には、もっと大きな罪があるのです」はユダヤ人指導者たちの圧力に屈して実際に無罪のイエスに死刑判決を下すことになるピラトにも罪はあるが、それよりも罪深いのはイエスの殺害を企てた大祭司を含むユダヤ人指導者側だと言っています。

12節でユダヤ人の指導者たちが叫んだ「もしあなたがこの人を釈放するのなら、あなたはローマ皇帝の味方ではありません。自分を王だとする者はすべてローマ皇帝に対する反逆者です」の言葉がピラトに決心させたと思われます。ピラトはイエスに関するゴタゴタを解決する方法とその方法を正当化する筋道、政治的な解決の道をこの言葉の中に見つけたのです。ピラトは総督として地域の平和を守る責任を負っていて、だからこそ反逆の根は大事に至る前に効果的に取り除いていかなければ帝国内の平和を保つことはできません。実際の反逆の暴動が起こってから帝国の軍隊を出動させるのでは莫大な軍事予算がかかるでしょうし、自分の総督としての地位も保証されなくなるでしょう。だからピラトはイエスを反逆者として扱って死刑を宣告することで総督邸の前で暴徒のように絶叫する告発者たちを解散させ帝国への説明も筋道立ててできると考えたのです。



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13 When they said this, Pilate brought Jesus out to them again. Then Pilate sat down on the judgment seat on the platform that is called the Stone Pavement (in Hebrew, Gabbatha).

13 ユダヤ人がこれを言うと、ピラトは再度イエスを外に連れてきました。そしてピラトは敷石(ヘブライ語でガバタ)と呼ばれる壇で、裁判の席に着きました。

14 It was now about noon on the day of preparation for the Passover. And Pilate said to the people, “Look, here is your king!”

14 それはちょうど過越の祭の準備の日の正午頃のことでした。ピラトは人々に言いました。「さあ、あなた方の王です。」

15 “Away with him,” they yelled. “Away with him! Crucify him!” “What? Crucify your king?” Pilate asked. “We have no king but Caesar,” the leading priests shouted back.

15 ユダヤ人たちは大声で叫びました。「そいつを取り除け!そいつを十字架にかけろ!」ピラトはたずねました。「何だって?あなた方の王を十字架にかけるのですか。」祭司長たちは叫び返しました。「ローマ皇帝のほかに、私たちには王はありません。」

16 Then Pilate turned Jesus over to them to be crucified.

16 そこでピラトは十字架にかけさせるため、イエスを彼らに引き渡しました。



The Crucifixion

十字架刑


17 So they took Jesus away. Carrying the cross by himself, he went to the place called Place of the Skull (in Hebrew, Golgotha).

17 そこでユダヤ人たちはイエスを連れ去りました。イエスは自分で十字架を背負い、「どくろの地」と呼ばれる場所(ヘブライ語で「ゴルゴタ」)へ行きました。

18 There they nailed him to the cross. Two others were crucified with him, one on either side, with Jesus between them.

18 そこでユダヤ人たちはイエスを十字架に打ちつけました。他に二人の人がイエスと共に十字架にかけられました。それぞれがイエスの左右に、イエスを真ん中にしてでした。

19 And Pilate posted a sign over him that read, “Jesus of Nazareth, the King of the Jews.”

19 ピラトはイエスの上に次のような掲示を掲げました。「ユダヤ人の王、ナザレ人イエス」。

20 The place where Jesus was crucified was near the city, and the sign was written in Hebrew, Latin, and Greek, so that many people could read it.

20 イエスが十字架にかけられた場所は町の近くで、掲示はヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書いてあったので、大ぜいの人々がこの掲示を読みました。

21 Then the leading priests objected and said to Pilate, “Change it from ‘The King of the Jews’ to ‘He said, I am King of the Jews.’”

21 するとユダヤ人の祭司長たちが異議を唱えてピラトに言いました。「『ユダヤ人の王』ではなく、『この人はユダヤ人の王と自称した』に変えて下さい」。

22 Pilate replied, “No, what I have written, I have written.”

22 ピラトは答えました。「断る。私の書いたことは私が書いたことです。」

23 When the soldiers had crucified Jesus, they divided his clothes among the four of them. They also took his robe, but it was seamless, woven in one piece from top to bottom.

23 兵士たちがイエスを十字架にかけたとき、四人でイエスの着物を分けました。兵士たちはローブも取りましたが、それは縫い目がなく、上から下まで一枚で織られていました。

24 So they said, “Rather than tearing it apart, let’s throw dice for it.” This fulfilled the Scripture that says, “They divided my garments among themselves and threw dice for my clothing.” So that is what they did.

24 そこで彼らは言いました。「それは切り裂かないで、だれの物にするか、くじを引こう。」これで聖書の言葉が実現しました。「彼らは私の着物を分け合い、私の着物のためにくじを引きました。」 それが彼らがしたことです。

25 Standing near the cross were Jesus’ mother, and his mother’s sister, Mary (the wife of Clopas), and Mary Magdalene.

25 イエスの十字架の近くにには、イエスの母、母の姉妹でクロパの妻のマリヤ、マグダラのマリヤが立っていました。

26 When Jesus saw his mother standing there beside the disciple he loved, he said to her, “Dear woman, here is your son.”

26 イエスは自分の母が、自分の愛した弟子の横に立っているのを見ると、イエスは母に言いました。「女の方よ、そこにあなたの息子がいます。」

27 And he said to this disciple, “Here is your mother.” And from then on this disciple took her into his home.

27 それからイエスはその弟子に言いました。「そこにあなたの母がいます。」 その時からその弟子は彼女を自分の家に連れて行きました。



[解説]

13節にある裁判席の「敷石(ヘブライ語でガバタ)」とは寺院の北西部に隣接するアントニアの塔の一部です。ピラトの総督邸は寺院のすぐ北側にありましたからほぼ同じ場所です。実はイエスの死刑判決が下される前にイエスは一度ヘロデ王の宮殿へ送られています。その様子はLuke 23:5-12(ルカの福音書23章5〜12節)に書かれていますがヨハネの福音書では割愛されています。イエスがガリラヤ地方の出身であることからたまたまエルサレムに滞在していたヘロデ・アンティパス王の管轄がガリラヤ地方であったため、ヘロデ王の意見を求めるために連れて行かせたのです。ヘロデ邸は大祭司邸のすぐ北にあり直線距離で7kmほど離れています。イエスはヘロデの尋問に対して何も答えようとせず告発者たちがイエスを激しく責め立てるのでヘロデはそのままイエスをピラトの元へ送り返しています。

14節に書かれているようにこのとき時刻は正午頃です。15節、告発者たちは「ローマ皇帝のほかに、私たちには王はありません」と言います。この言葉がピラトの決心を促すと知ったからでしょうがこれはまったくの嘘です。ユダヤ民族は長い間、過去のダビデ王やソロモン王による統治の頃のような強く輝かしい王国の復興を願っており、さらに言えば自分たちが「王」と呼べる存在は本来ならダビデやソロモンのような人間ではなく「神さま」ただひとりです。ユダヤ民族はいつかはローマ帝国の支配から脱却したいと強く思っていました。これがユダヤ民族の悲願でした。ところが指導者としてただひとり神さまだけに忠誠を示すべき大祭司を含むリーダーたちが「ローマ皇帝のほかに、私たちには王はありません」と叫んでいるのです。ユダヤの指導者にとってはイエスさえ殺すことさえできれば立場も理屈もどうでもよかったのです。

17節、イエスは自分で十字架をかつぎ「どくろの地(ゴルゴタ)」へ向かいます。ゴルゴタの正確な場所についてはいくつかの説があるようでひとつがエルサレムの西側、もうひとつがエルサレムの北側です。どちらの場合もイエスが歩かなければならない距離は4〜5キロです。イエスの背中は皮膚や筋肉が切り裂け骨がむき出しになるほどむちで打たれていておびただしい出血が生じ、すでにイエスは瀕死の状態です。そのイエスが十字架を担がされてゴルゴタへと向かいます。ローマ帝国では罪人に十字架を担がせて大通りを処刑地まで歩かせることで支配民族に対する見せしめにし帝国への反抗を押さえようとしていたのです。十字架の形状や十字架へ罪人を掛ける方法にはいくつかの種類がありました。あらかじめ十字に組まれた木材を運ぶケースだけでなく、たとえば十字架の横木だけを担がせて処刑地へ向かい、あらかじめ処刑地に立てられている縦の木の上へ載せるケースもありました(このときの十字架の形はT字になります)。他の福音書にはイエスの代わりに十字架を担いだシモンという人物が描かれています。Matthew 27:32(マタイの福音書27章32節)に「そして、彼らが出て行くと、シモンというクレネ人を見つけたので、彼らは、この人にイエスの十字架を、むりやりに背負わせた」([新解訳])と書かれている部分です。おそらくむち打ち刑によるダメージがひどくある程度イエスは自分で十字架を担いだのですがそれ以上進むことが困難になったため、このシモンという人物が代わりに担がされたのだと思います。シモンの出身地クレネはアフリカの北部にあります。過越しの祭のためにエルサレムを訪れていた外国人の一人と思われます。

18節、イエスが十字架に打ち付けられます。テントを固定するペグのような太い釘を使い、両方の手首と(手のひらでは体重を支えるようには固定できません)両足を交差させて足首のあたりの一カ所を打ち付けます。釘は太い神経を貫きますからその痛みは想像を絶します。19節、イエスの頭上には「ユダヤ人の王、ナザレ人イエス」の札が掲げられ、20節ではそれを多くの人が見ている様子が書かれています。十字架は通常大通りの近くに設置され、やはりここでもローマ帝国が属領に対する見せしめとしたのです。「掲示はヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書いてあった」とありますがそれぞれユダヤ民族向け、ローマ帝国駐留軍向け、外国人及び外国に居住するユダヤ人向けです。ピラトは皮肉を込めて「ユダヤ人の王」と書いたのでしょうがイエスは神さまの計画を成就させるために自分から十字架を選び救世主のイエスが十字架上で死ぬことでその計画が達成されます。そうするとイエスは真の「ユダヤ人の王」となり、ユダヤ人ばかりか福音を信じるすべての人間を罪と死から解放するのです。ですから「ユダヤ人の王」はその意味では預言になっているのです。

23節、ローマ帝国の兵たちがイエスの着ていた服を分けます。これは当時の慣習で十字架刑を担当した兵たちが罪人の衣類を分けていたのです。この出来事はPsalm 22:18(詩編22章18節)にある「彼らは私の着物を互いに分け合い、私の一つの着物を、くじ引きにします」([新解訳])を実現しました。詩編のこの部分が書かれたのはイエスの時代を1000年もさかのぼる昔のことで当時はローマ帝国もなければ十字架刑もありません。

25節、イエスが逮捕されるときに弟子たちはみな散り散りになって逃げてしまいイエスの十字架を見ていたのは女性たちばかりです。ここに書かれているのはイエスの母(マリヤ)、母の姉妹でクロパの妻のマリヤ、マグダラのマリヤの三人のマリヤです。旧約聖書を読んでいてもときどき思うのですが、状況に左右されず神さまの目から見て正しいことを実行できるのは女性であることが多いです。男性は大言壮語しますが実際の場面になると尻込みして逃げたり妥協したり判断を誤ったりします。私はこれは旧約聖書の創世記でアダムとエバが食べてはいけないと言われていた木の実を食べた後、神さまがエバにかけた呪いに関係があると思っています。つまりGensis 3:16(創世記3章16節)に次のように書いてある場面です。[新解訳]です。

16 女にはこう仰せられた。わたしは、あなたのうめきと苦しみを大いに増す。あなたは、苦しんで子を産まなければならない。しかも、あなたは夫を恋い慕うが、彼は、あなたを支配することになる。

後半の部分ですが、ここは私は「女性は夫を純粋に(霊的に)恋い慕うだろうが、一方の男性の側は理屈で関係を支配したがるようになる」「結果として女性は大いにうめき、苦しむようになる」と読みます。だから女性は霊の声に従うことができるが男性は理屈でねじ伏せようとして失敗するのです。これについてパウロは新約聖書の1 Corinthians 1:20-21(コリント人への手紙第一第1章20〜21節)で次のように書いています。[新解訳]です。

20 知者はどこにいるのですか。学者はどこにいるのですか。この世の議論家はどこにいるのですか。神は、この世の知恵を愚かなものにされたではありませんか。

21 事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。それゆえ、神はみこころによって、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められたのです。

つまり男性側が重要視する「知恵」や「理屈」は神さまから見れば「愚か」なのです。自分の「知恵」や「理屈」を重視すれば本当に大切なものを見失ってしまう。さらにそのすぐ後、1 Corinthians 1:27-29(コリント人への手紙第一1章27〜29節)には次のように書いてあります([新解訳])。

27 しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。

28 また、この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。

29 これは、神の御前でだれをも誇らせないためです」(新解訳)と書いています。自分の「知恵」や「理屈」を誇るものを辱めるために、神さまはわざとこの世で弱いとされている者や見下されている者を選んだ、と言うことです。

「女性の直感は鋭い」などと言いますが私は理由はここにあると思います。男性が重視する「知恵」や「理屈」はプライドに関する罪なのでそれを誇ることは愚かです。だから男性はよく注意して警戒し神さまが語りかける言葉によく耳を傾けいざ判断を下すときにその声に忠実に従えるように心がけていないと失敗を繰り返します。そしてそのとばっちりを受けて苦しむのは霊に従うことができる女性ということなのです。この男性側の弱点についてはサタンもつけ込もうとしていつも狙っています。Matthew 26:41(マタイの福音書26章41節)ではイエスが「誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです」([新解訳])と言い、1 Peter 7:8(ペテロの手紙第一7章8節)でペテロが「身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています」([新解訳])と警告しているとおりです。ちょっと脱線してしまいました。26節、唯一使徒の中でヨハネだけがイエスの母マリヤの横で十字架を見ていました。「自分の愛した弟子」と書いてあるのはヨハネのことです。イエスはヨハネに母マリヤの面倒を見てくれるようにと十字架の上から頼みます。ここからマリヤの夫であるヨセフはこの時点ではすでに死んでいたものと考えられます。



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The Death of Jesus

イエスの死


28 Jesus knew that his mission was now finished, and to fulfill Scripture he said, “I am thirsty.”

28 イエスはこのとき自分の任務が完了したのを知り、聖書の言葉を実現するために「私はのどが渇いた」と言いました。

29 A jar of sour wine was sitting there, so they soaked a sponge in it, put it on a hyssop branch, and held it up to his lips.

29 そこに酸っぱいぶどう酒の入った瓶がありましたので、ユダヤ人たちは海綿をその中に浸し、ヒソプの枝につけて、イエスの口もとに当てました。

30 When Jesus had tasted it, he said, “It is finished!” Then he bowed his head and released his spirit.

30 イエスはそれを味わうと「完了した」と言いました。それからて頭をたれて、霊をあけ渡しました。

31 It was the day of preparation, and the Jewish leaders didn’t want the bodies hanging there the next day, which was the Sabbath (and a very special Sabbath, because it was the Passover). So they asked Pilate to hasten their deaths by ordering that their legs be broken. Then their bodies could be taken down.

31 それは準備の日のことで、ユダヤ人の指導者たちは翌日の安息日(過越の祭なので、とても特別な安息日)に死体を掲げておきたくありませんでした。そこでユダヤ人たちは罪人たちの足を折ることで死を早めるようにとピラトにたのみました。そうすれば死体を降ろせるからです。

32 So the soldiers came and broke the legs of the two men crucified with Jesus.

32 そこで兵士たちが来て、イエスと共に十字架にかけられた二人の人の足を折りました。

33 But when they came to Jesus, they saw that he was already dead, so they didn’t break his legs.

33 ところが兵士たちがイエスのところに来ると、イエスがすでに死んでいるのを見て、イエスの足は折りませんでした。

34 One of the soldiers, however, pierced his side with a spear, and immediately blood and water flowed out.

34 しかし兵士たちの一人は、イエスのわき腹を槍で突き刺しました。するとすぐに血と水が流れ出ました。

35 (This report is from an eyewitness giving an accurate account. He speaks the truth so that you also can believe.)

35 (この報告は正確な話をする目撃者からのものです。その人は、あなた方も信じられるようにと真実を話しているのです。)

36 These things happened in fulfillment of the Scriptures that say, “Not one of his bones will be broken,”

36 これらの事が起こったのは次の聖書のことばが実現するためでした。「彼の骨は一つも砕かれません。」

37 and “They will look on the one they pierced.”

37 それと「彼らは自分たちが突き刺した人を見ます」の部分です。



The Burial of Jesus

イエスの埋葬


38 Afterward Joseph of Arimathea, who had been a secret disciple of Jesus (because he feared the Jewish leaders), asked Pilate for permission to take down Jesus’ body. When Pilate gave permission, Joseph came and took the body away.

38 その後で、イエスの弟子であることを隠していたアリマタヤのヨセフが(ユダヤ人の指導者たちを恐れていたから)、イエスの死体を降ろす許可をピラトに願い出ました。ピラトが許可を与えると、ヨセフが来て死体を取り去りました。

39 With him came Nicodemus, the man who had come to Jesus at night. He brought seventy-five pounds of perfumed ointment made from myrrh and aloes.

39 ヨセフと共に来たのは、以前イエスを夜間に訪問したニコデモです。ニコデモはミルラ(没薬)とアロエから作った香りをつけた軟膏を75ポンド(約30kg)持ってきました。

40 Following Jewish burial custom, they wrapped Jesus’ body with the spices in long sheets of linen cloth.

40 ユダヤ人の埋葬の習慣に従い、彼らは細長い亜麻布に香料をつけて、イエスの死体を巻きました。

41 The place of crucifixion was near a garden, where there was a new tomb, never used before.

41 十字架刑の場所は庭園の近くでした。その庭園には誰にも使われたことのない新しい墓がありました。

42 And so, because it was the day of preparation for the Jewish Passover and since the tomb was close at hand, they laid Jesus there.

42 そこで、その日がユダヤ人の過越の祭の準備の日であり、墓がすぐ近くにあったので、彼らはイエスをそこに横たえました。



[解説]

28節に「イエスはこのとき自分の任務が完了したのを知り」とありますが、この時点でイエスが十字架に掛けられてから三時間が経過しています。そのことはMatthew 27:45(マタイの福音書第27章45節)に「さて、十二時から、全地が暗くなって、三時まで続いた」と書かれていることからもわかります。この三時間の間に過去から未来に渡って地球上のすべての人間のあらゆる罪がイエスに流れ込んでいきます。そうやってまったく汚れのなかったいけにえとしてのイエスは罪に汚れて行き、イエスは私たち人間と同様に神聖な神さまから切り離されます。そうやってイエスは私たち人間の罪を背負ったのです。約三時間を経てすべての人間の罪が注ぎ込まれると「イエスはこのとき自分の任務が完了したのを知」ったのでした。

この時点でイエスは約三時間、十字架の上にいたことになります。罪人は最初に十字架を地面に寝かせた状態で両手首と左右の足を交差させた場所を太い釘で打ち付けられ、それから十字架が垂直に立てられます。すると体重で上半身が前へ倒れ込んで膝がガクンと折れ曲がり、腰の部分が自分を支えて両肩が脱臼しそうな無理な姿勢で吊り下がることになります。そのときに釘を打ち込まれた両手首と足に感じる痛みは想像を絶します。罪人はこのままの状態では吊り下げられた上半身が緊張状態にあって呼吸ができません。息が詰まって肺の中の空気を吐き出すことができないのです。そこで罪人は釘が打ち込まれた両足をと腰の部分を支えにして踏ん張り、膝を少しずつ伸ばしながら全身を上にズリ上げます。こうして体重を下半身で支えられるようにして上半身の緊張状態を解くのです。上半身の緊張が解けると罪人は肺の中の空気を初めて吐き出すことができます。このとき両手と両足は激痛にさらされていますから、その状態で長時間我慢することはできません。罪人はすかさず肺いっぱいに空気を吸い込み、すぐに膝を折って元の状態に戻ります。そしてまた呼吸ができなくなるのです。十字架刑はローマ帝国が考案したのですが、こうやって罪人を極限まで苦しめられるように考えられています。最も残酷な刑と言われる理由です。罪人は十字架に掛けられる前に背中の筋肉が裂けて骨がむき出しになるほどむちで打たれ多量の失血で瀕死状態です。そんな状態でもうろうとする意識の中でこの十字架上での上下動を繰り返すのです。やがて体力が尽きて自分の身体を持ち上げられなくなったとき罪人は十字架上で窒息死します。この時点でイエスはこの苦痛に三時間も耐えていたのでした。

28節でイエスは「聖書の言葉を実現するため」に「私はのどが渇いた」と言ったのでした。これはPsalms 22(詩編第22章)で救世主の苦難を歌った箇所の中にある15節の「私の力は、土器のかけらのように、かわききり、私の舌は、上あごにくっついています。あなたは私を死のちりの上に置かれます」の部分です([新解訳])。イエスは自分が地上に立つより1000年も前に書かれた聖書のこの箇所を意識して「私はのどが渇いた」と言いました。するとそれを聞いたユダヤ人が酸っぱいぶどう酒を含ませた海面を枝の先につけてイエスの口元へ運びます。「酸っぱいぶどう酒」は安物のぶどう酒でローマ帝国の兵たちが受刑者が死ぬのを待ちながら飲んでいたものです。Psalms 69:21(詩編第69章21節)には「彼らは私の食物の代わりに、苦味を与え、私が渇いたときには酢を飲ませました」と書かれています([新解訳])。

30節、イエスがその酸っぱいぶどう酒を味わうとこれで救世主に関する預言が実現してイエスは「完了した」と言いました。ギリシア語の「完了した」は「支払いを完全に済ました」の意味も持ちます。モーゼが神さまから授かりユダヤの民に与えた律法には人間が自分たちの罪の代償として捧げるべきいけにえのシステムが複雑に書かれています。これによると神さまの期待を裏切る「罪」を犯した人間と神さまの関係を修復できるのは、いけにえとして捧げられる動物の「血」だけなのです。しかしそれら動物の血の効力は一定の期間に限られ人は罪の購いのために繰り返し何度も何度もいけにえを捧げ続けなければなりませんでした。人間が支払うべき代償を「完済」するための特別ないけにえは神さまの側から用意されました。それが人の姿をとった神さまの子イエスです。まったく罪のない人間となったイエスがあらゆる人間の罪を背負って十字架で死んで血を流すことで、人間の罪が完全にぬぐい去られたのです。このとき罪に対する代償の支払いが完済したのでイエスは「完了した」「支払いを完全に済ました」と言い、霊を神さまにあけ渡しました。つまり死んだのです。

31節にユダヤ人たちは十字架上に死体を掲げておきたくなかったとありますが、これはDeuteronomy 21:23(申命記第21章23節)に「その死体を次の日まで木に残しておいてはならない。その日のうちに必ず埋葬しなければならない。木につるされた者は、神にのろわれた者だからである。あなたの神、主が相続地としてあなたに与えようとしておられる地を汚してはならない」と定められているからです。罪人を殺すためにユダヤ人たちは「罪人たちの足を折ること」を頼みますが、ローマ兵たちは罪人の死期を早める目的で大きな木槌のようなもので罪人の膝下や足首を折っていました。それは足を折られれば、罪人たちは上で説明した呼吸のために自分の体を押し上げることが困難になりすぐに窒息死するからです。32〜33節、こうしてイエスの左右の罪人の足は折られましたがイエスは既に死んでいたためわざわざ足を折られませんでした。しかし34節、ローマ兵は槍を使ってイエスの脇腹を下から上へ突き刺します。恐らく槍は水のたまった胞と心臓を貫き、傷口の穴から血と水が流れ出しました。

35節に書かれている「正確な話をする目撃者」とはヨハネ自身のことです。ヨハネは十字架刑に立ち会った唯一の使徒です。36〜37節に書かれている聖書の預言の実現とはそれぞれExodus 12:46(出エジプト記第12章46節)などに書かれた過越のいけにえの羊の食べ方の「これは一つの家の中で食べなければならない。あなたはその肉を家の外に持ち出してはならない。またその骨を折ってはならない」([新解訳])とPsalms 34:20(詩編第34章20節)に「主は、彼の骨をことごとく守り、その一つさえ、砕かれることはない」([新解訳])と書かれた部分、及びZechariah 12:10(ゼカリヤ書第12章10節)に「わたしは、ダビデの家とエルサレムの住民の上に、恵みと哀願の霊を注ぐ。彼らは、自分たちが突き刺した者、わたしを仰ぎ見、ひとり子を失って嘆くように、その者のために嘆き、初子を失って激しく泣くように、その者のために激しく泣く」([新解訳])と書かれた部分です。

38〜39節に登場するアリマタヤのヨセフとニコデモは共にユダヤの最高議決機関サンヘドリンのメンバー、つまりは国会議員です。心の中ではイエスを信じていながらイエスを告発するユダヤ指導者たちの手前、公然と信者であると言えずに隠して来ました。ニコデモはJohn 3(ヨハネの福音書第3章)やJohn 7(同第7章)にも登場していて、第3章では夜陰に紛れてこっそりとイエスの教えを聞きに来て、第7章ではイエスを告発する指導者たちの前でイエスをかばうような発言してたしなめられています。ところが今回は自分の国会議員の立場を失い、さらにはユダヤ共同体から追放されるであろうリスクを冒してイエスの死体を引き取りたいと申し出ました。二人は大急ぎで作業しなければなりませんでした。律法であらゆる仕事を禁じる安息日が迫っており、安息日は金曜日の日没から始まるとされていたからです。午後三時頃に十字架の上で死んだイエスをあわてて引き取り、日没までにイエスを墓に納めなければなりませんでした。だからすぐ近くにある墓を使うことにしたのでしょう。当時のユダヤの墓は岩肌の露出した丘の壁面を掘って洞窟にしたものです。人ひとりが歩いて入れるほどの大きさです。また当時の風習で墓に納める死体は細い布でグルグルと巻きます。包帯で全身を巻かれたミイラ男のようなイメージです。その細い布にミルラ(没薬)やアロエなどの香りをつけた軟膏を練りつけて固定していきます。軟膏は30kgもあったと書かれていますが全身を包むのであればそれくらいは必要だったのだろうと思われます。墓は通常は洞窟の入り口がそこへ向かう周囲から見て低くなるように作られていて、死体を納めた後に大きな岩を数人で転がしてきて入り口をふさぎます。入り口部分が低いので岩を転がしてくるときは比較的楽ですが、逆にその岩をどかすのは大変です。



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